25話 上位種
光より速く行動できる者などこの世にいるわけがない。
だから迫り来る雷光にコレンが反応できたのは、『最初から反応すると決めていたから』だった。
アナに当たる軌道でふるわれた雷の触手を、コレンが盾で受ける。
「いっ、ぎっ……重っ……!」
細く速く、実体ではなく雷のはずのその触手は、コレンの腕を衝撃だけでしびれさせ、ふんばっている足を地面にひきずらせながら、数歩ぶんの距離を後退させた。
後退に巻きこまれたアナとハヅキは、コレンの背に手をあてながら叫ぶ。
「コレン、大丈夫ですか!?」「コレン!」
心配の声を背に受け、しかしコレンは振り返らない。
聖騎士は背中で語る。
他者を守るその背で語り、視線は敵から逸らさない。
雷触手による打擲は続く。
特に狙いを定めてのものではない。まるで苦し紛れにのたうちまわるような、雑な攻撃だった。
けれど、魔族の力にかかれば、人は雑に死ぬ。
ローパーの皮による絶縁、さらに補助魔法による防御力上昇と耐熱のおかげでもっているが……
それら補助が一瞬のあとにはすべてはがされかねないほどに、フルフルの攻撃は厳しい。
だが、補助が今にもはがされると思った時、のたうちまわるような猛攻が不意にやんだ。
ほんの一瞬、不気味な『間』があく。
続いて繰り出されたのは――
冷静さを取り戻した攻撃だった。
打擲と巻き付きのミックス攻撃。
強く激しい打撃をしてきたかと思えば、盾ごと人をからめとるような攻撃をしてくる。
その変化ある攻撃に、聖騎士たちはどんどん打たれ、からめられていく。
無理もない。
打たれる攻撃は『受けねばならない』。
だが、からみつく攻撃は『受けてはならない』。
雷の速度でせまる触手を前に、そんな選択はしていられない。
直感に頼るしかなく、直感はいつまでも当たり続けるものではないのだから……
そして、コレンもまた、雷の触手に盾ごとからめとられる。
「あがっ……!」
触手がバチバチと音をさせるたび、コレンの体もビクビクと跳ねる。
事前報告にあった――フルフルの性格は残虐で、獲物をからめとると、一瞬で消し炭にはせず、いたぶり殺すのだと。
「コレェェェェン!」
アナの叫びもむなしく、コレンはフルフルにからめとられ、持ち去られた。
雷の球体と化したフルフルの周囲には、他にも同じようにからめとられた戦士たちがいて、その者たちは絶え間なく襲い来る電撃に気絶することさえ許されず、ビクビク跳ね、泡を吹いて痛みに耐えている。
その苦悶こそが甘露だとでも言うように、フルフルは高く、長く、気持ちよさそうに鳴く。
コレンの細い体がビクンビクンと痙攣する。
金色のツインテールがそのたびに揺れ、跳ねる。
青い瞳は白目をむき、食い縛られた口の端からはヨダレが垂れている。
アナは拳を握りしめる。
「ハヅキッ、わたし……!」
「サポートしよう」ハヅキはすべてわかっているというようにうなずく。「今も、君の正体がみんなにバレてしまったあとも、ずっと」
アナは一瞬だけ嬉しそうに笑って、それから表情をひきしめ、フルフルをにらみつける。
アナの額からは優美な角が生え、腰から太い尻尾が生えた。
やわらかそうな白い手は、純白のウロコにつつまれ、指先には鋭い爪があらわれる。
「竜だ」誰かが言う。注目が集まる。視線の中を、アナは歩む。
そして、大きくしゃがみこんでから、跳ねた。
大地は爆ぜて、アナは矢よりも速くフルフルへ迫る。
雷触手が接近するアナをからめとろうとする。
だが、触手たちは突然、逸れた。
アナを追いかけるように、彼女の周囲にはなにかが飛んでいた。
それは『シュリケン』と呼ばれる飛び道具だ。
フルフルの自動迎撃の制限か、あるいは雷そのものの性質ゆえか、雷触手たちは、そちらの迎撃を優先してしまった。
アナが、フルフルを間合いにとらえた。
竜の姿をあらわにしたアナが、フルフルに拳を打ち付ける!
雷を打てるものか?
打てるわけがない。
雷に痛手をあたえることは可能か?
不可能だ。
――人には、できない。
だが、竜ならば可能だ。
竜の拳が打ち付けられ、雷の球体と化したフルフルは四散した。
とらわれていた戦士たちは『ぼとり』と落とされ、雷の責め苦から解放される。
「コレン」
けれど安堵できたのもつかのまで、四散した雷はまた球を成す。
殺せない。
『雷を殴って散らす』という奇跡は適った。
だが、『雷を殺す』というほどの奇跡を成すには、帯びた神秘が弱い。
それでも散らし続けることができれば、いつかは倒せるかもしれない。
――けれど。
「あ、だめ、竜化が……!」
アナの腕が人のものに戻っていく。
アナの尻尾が、なくなっていく。
角が光の粒子となって消え、体が人のものに戻る。
全身の力を使い果たしたアナは膝から崩れ落ちた。
からだじゅうからドッと汗をふきだし、銀髪をほおに貼り付かせ、息を切らせる。
それでも、黄金の瞳はフルフルをにらみつけていた。
『すべての力を使い果たし、それでも決して、あきらめない』。
それは美しくも気高い抵抗だった。
ただし。
魔族は、美しさも気高さも、醜悪にふみにじる。
雷の触手が、アナを打った。
アナの意識は一瞬で遠くなる。
「アナー!」
――誰かの悲鳴が聞こえた気がした。