24話 魔族『フルフル』討伐
王都北方に出現した魔族は『フルフル』という名称をつけられた。
それは、雷を操る魔族だ。
真っ青な、でっぷりと肥大した人型で、常に帯電し、頭上にはいつでも雷雲がたちこめているという。
短い足で大きな腹を引きずるように『ずるずる』と移動するため、発生地点からあまり動いていない。
本体はかように鈍重だが、ぶよぶよした皮に包まれた腕は俊敏で、さらに伸縮自在の十指を自在に伸ばし、ムチのようにふるう。
また、体に帯びた雷は近付くものを自動で迎撃するため、通常の弓矢などは本体にとどかない。
接近しての攻撃、あるいは特別な絶縁処理をほどこした飛び道具などが有効と思われる。
魔法については風、地、水、氷はあまり効果が見られず、雷にいたってはフルフルを強化するのみであったと報告されている。
有効なのは炎か、純粋な衝撃を与える無属性魔法だろう。
強力無比な雷撃は魔法防御、あるいは別な手段での絶縁・耐熱処理をほどこさないものを一瞬で消し炭にする。
また、性質は残虐で、指でとらえた獲物を一瞬では殺さず、電撃でいたぶり殺す姿が確認されている。
これら情報を得るため身命を賭した斥候たちの活躍を無駄にしてはならない。
いよいよ、魔族との対決だ。
◆
そのおぞましき姿は雷雲の下にある。
日ものぼりきった時間。
だというのにそいつの上には雷雲がたちこめ、あたりはどんよりとした暗さで包まれていた。
近付き、姿がハッキリしてくるにつれ、そいつを取り囲む軍全体の緊張感がどんどん増していくような気がする。
息苦しいような空気の中、『パリパリ』『バチバチ』とそいつが帯電する音が空気を震わせていた。
アナとハヅキとコレンは三列目にいる。
真っ先にそいつ――『フルフル』という魔族と戦う位置ではない。
けれど緊張感のあまり、ときおり強く響く『バチィッ!』という雷鳴だけで、心臓が止まりそうになる。
これだけ激しく雷鳴が轟いているのに、まだ、軍の最前列でさえ、フルフルの間合いには入っていないのだ。
最前列では精鋭の聖騎士たちが盾をすきまなくそろえ、包囲の輪を狭めていっている。
重装備の彼らの歩みは遅く、重く、聖騎士に続く軍全体もまたその歩調に合わせるかたちになる。
じりじりと距離が詰まる。
フルフルの、真っ青ででっぷりした体は、近付くにつれその異様な巨大さを思い知らされる。
頭部のない人型の魔族。
肥大しきりぶよぶよの皮を持つ、帯電する生き物。
上位種、幻想種――人類の敵たる、魔族。
「あいつの有効射程が事前に聞いた通りだとすると、あと数歩で間合いに入る」
ハヅキがつぶやいた。
隣のアナとコレンは緊張しきったおももちでうなずく。
あたりにいた三列目の聖騎士たちも、かもしだす空気が重く、かたくなった。
アナは手にした杖と、そこにはまった真っ白い発動体の様子を確認する。
コレンが愛用の盾につけられた、絶縁性のあるローパー皮の様子と、そこにかけられた『耐熱』『耐麻痺』の補助をたしかめる。
ハヅキもまた手にしたニンジャソードの刃を指でなぞり、そっと腹部に手を当てた。
フルフルの帯電音が、どんどん大きく、そして、間隔が短くなっていく。
バチッ、バチッ、バチバチッ……
バチチッ! バチッ! バチバチバチッ!
「――入った」
ハヅキがつぶやくと同時に、雷鳴が爆ぜる!
ズガン! という音を立てて飛来した雷は、最前列をかためる聖騎士の盾に当たった。
着弾の衝撃で地面が揺れ、聖騎士たちが雷撃の圧力でわずかに後退し、後列にその背があたる。
そして、老将軍の声が、高らかに響く。
「攻撃開始ィィィィ!!」
軍全体が呼応するように大声をあげ、隊列が一気に加速する。
魔族、『フルフル』討伐戦が、開始された。
◆
人が蹴散らされていく。
近くで見るフルフルは人類の五倍ぐらいあって、柔らかそうなお腹をひきずり動く姿は、どこか滑稽でかわいらしくすらある。
だというのに腕の動きは速くて、二本の腕にある五本ずつの指が伸びて動いたと思ったら、あとには残光だけを残して、いつのまにか人が束になって吹き飛ばされていた。
絶縁、耐熱処理をほどこして魔法で補助までかけた槍があらゆる方向から投げられる。
だけれどそれらの多くはフルフルのまとう雷に打ち落とされる。
体までとどいたものもブヨブヨした青い皮にめりこんで、『ボヨン』とはじかれ、地に落ちた。
雷と、ムチのように襲い来る伸縮自在の指により、ついに隊列の一列目がはがされた。
崩れた一列目のあとを素早く二列目が埋める。
負傷兵たちが回収され、後列へと運ばれていく。
隊列の入れ替えと同時、軍の中から躍り出る者があった。
魔族殺しの部隊だ。
聖別した白金色の装備に身をかためた彼らは、王国軍の、いや、すべての『魔族と戦う者たち』の憧れだ。
アナたちのすぐ後ろには、いつの間にか宮廷魔導士の部隊がいる。
彼らが補助と回復の呪文を唱え、魔族殺したちを援護する。
唱えられているのは『効果時間は短いが効果は高い』呪文だ。切れぬよう、魔導士たちはローテーションを組み、絶え間なく詠唱を続ける。
歌のように呪文がろうろうと輪唱される中――
あらゆる能力強化がかけられた魔族殺したちは目にも止まらぬ速度でフルフルの周囲を跳びまわり、視認さえ不可能な速度でふるわれる敵の指を紙一重で回避していく。
聖別された剣はフルフルのぶよぶよした皮に突き刺さり、その存在に悲鳴をあげさせた。
最上級の補助を受けた、最強の戦士たちは、次々とフルフルに手傷を負わせていく。
青い皮は見る間に刻まれ、ボコボコと泡立ち、雷光の輝きを放つ青い血液が流れだす。
フルフルのあげる苦悶の叫びは耳に触れただけで脳が汚れていくようなもので、アナたちは耳をふさぎたかったけれど、もう、隊列一枚挟んだすぐそこでフルフルが暴れている。
杖を、剣を、盾を扱う手を『耳を塞ぐ』なんていう些事に使うほど、彼女たちには余裕がなかった。
二列目の聖騎士たちがはがされれば、次は自分たちの番なのだ。
魔族殺したちはフルフルの攻撃を回避し、的確に痛手をあたえているが……
すぐ目の前をかためる聖騎士たちはどんどん吹き飛ばされているし、二列目の聖騎士たちがやられ、三列目の自分たちが最前列になるのもそう遠くないかもしれない。
だが――
魔族殺しの一人がふるった大剣が、深々と、フルフルの頭頂部を割った。
そのまま、てっぺんから足もとまで、真っ二つに引き裂いていく。
フルフルはひときわ長く、甲高い苦悶の声をあげると真ん中から二つに割れて、動かなくなった。
「……やったのか?」
どこかの列の、誰かが言う。
十秒が経ち、二十秒が経ち、三十秒が経つ。
フルフルは動かない。
場に弛緩した空気が流れていく。
四十秒、五十秒、六十秒。
もう大丈夫だ、この激闘は終わったのだ、と誰もが思った。
――雷鳴がとどろいて、その安堵を木っ端みじんにした。
直視するのが困難なほどまばゆい雷が、フルフルの真っ二つに裂けた体の中から出てくる。
それは球をなし――
鳴いた。
雷が、生き物のように、鳴いた。
復活――だけではない。
あきらかに、圧力が増している。
この『フルフルの雷化』に対し、将軍の判断は早かった。
「撤退ィィィ! 六列目までの聖騎士隊、盾を逸らさず後退! 魔導士部隊は後列に移動し防御補助をせよ!」
だが、その声は、雷よりは遅かった。
雷の球体となったフルフルが、雷を飛ばす。
それは細く長く触手のようにうごめき、あたりいったいの聖騎士たちを吹き飛ばしていく。
魔族殺しの部隊は応戦するが、聖別した武器とはいえ雷そのものを斬ることはかなわない。
そして――
目の前を守る聖騎士たちがふきとばされ――
フルフルの雷触手は、ついに、アナたちにもせまった。