23話 ごちそう(最後の晩餐)
決戦前夜、アナたち追放されし者たちが野営するテントには、目玉が飛び出るような豪華な食事がとどけられた。
ちなみにこのテントは支給品であり、すなわち義勇兵募集のさいに告げられた『寝床』とはこのテントである。
ちょっと騙されたような気もしないでもない。
「すごっ、なにこれっ、すごっ……お肉のカタマリなんですけどぉ!」
「この白くてふわふわのパンもいったいなんなのだ……見ろ! つかむ力をちょっとこめるだけで、つぶれるぞ、このパン!」
「こちらのドライフルーツのケーキは、ずいぶんいいお酒で漬け込んでありますのね。なんていい香りなのでしょう……」
三人は粗末な支給品テントの中、運ばれてきた夕食を前におおはしゃぎしていた。
無理もない。
三人は空腹だった――眷属との戦いの前には食事が支給されたものの、それはおなじみの硬いパンと具のあるスープ、そしてふかしたイモぐらいなものだった。
ところが今、三人の目の前にある食事ときたら、どうだ
まるまるとしたチキンのローストは、光量の低いテント内照明の下だというのに、脂によって黄金のようなきらめきを放っている。
その小麦色に焼かれた皮はナイフでつついただけでも『サクッ』とした食感が容易に想像できる。
切り分ければ透明な肉汁があふれ出し、中の真っ白く仕上げられたチキンは簡単に切れるほど柔らかく――いや、『ひょっとしたら手で裂けるかもしれない』と思うほど柔らかく、ナイフの動きに合わせてホロホロと崩れていった。
さも脇役のように添えられている丸い白パンは、指でつけばあとがのこるほど柔らかい。
つぶさないよう慎重に顔の近くにもっていけば、ふわりと甘やかな香りが漂う。
小麦の香りだ。まさか、小麦にこんな甘い香りを出すポテンシャルがあったとは知らなかったアナとハヅキは、その香りを何度も楽しんだ。
食べ盛りの三人にはあまり注目されないが、中でも豪勢なのは金で縁取られた皿に注がれたスープだろう。
たっぷりとさいの目切りにされた野菜の入ったスープからは、濃厚な『旨み』そのものの香りがした。
それは野菜をあまりとらない冒険者への、将軍からの配慮だったのかもしれない。
会食の席で出すには下品な大盛りも、戦場の戦士にはありがたい分量だった。
そしてドライフルーツを盛り込んだケーキなど、おいしいに決まっている。
生フルーツにクリームをあしらったケーキと違って硬い代物ではあるが、刻まれ入っているドライフルーツの種類が本当に多くて、断面を見れば宝石箱でものぞきこんでいるかのような感動がある。
そして乾物だというのに鼻孔をくすぐる濃厚な甘い香りは、このドライフルーツが市場で普通に出回る十把一絡げの品とは違い、特別なオーダーにより作られた、特別なフルーツを特別な酒で漬けこんだ逸品だと、見る者が見ればすぐにわかるだろう。
なんという豪勢な食事か。
アナの肩にいるエルマーなどは『これ絶対に最後の晩餐のつもりで提供されてるよ』と言いたげに「きゅう、きゅっ……」と鳴いていたが……
食べ盛り女子三人は今、食欲に支配されていて、そんなことまで考えがおよばない。
食べた。
チキンをほおばって、皮のサクサクとあふれでる肉汁を噛みしめた。
パンをかみちぎってその柔らかさと口いっぱいに広がる風味に感動し手足をバタバタさせた。
注目していなかった野菜スープの旨さに目を見開いておどろきをあらわにする。
ケーキの甘酸っぱさは天にものぼる心地で、決して柔らかくない、食べ応えのあるケーキだというのに、次を求める手が止まらない。
三人が食事をしていると、ちょうど飲み物がほしいタイミングでテントの外から声がかかった。
「お飲みものをお持ちしました」
三人は受け取り、芳醇に香る深紅の液体の奥深い旨みを楽しんだ。
「明日、わたしたち、魔族と戦うんですねー」
アナの発言がやけにポヤポヤした声だったのは、彼女のふわふわ性格だけが理由ではないだろう。
あまりにおいしい食事と、脳を溶かすようなおいしい飲み物――
そして、『現実感のなさ』が、大きな理由だった。
「魔族、魔族か」ハヅキがうむうむとうなずいている。「私の故郷で言う『妖』にあたるもの、だな。いわゆる『上位種』『幻想種』……『すごく強い、すごくやばい連中』だ」
「聖騎士冥利につきますわ」コレンの鼻息がさっきから荒い。「魔族殺しのかたがたと肩を並べて戦うことができるなど、聖騎士として……いえ、一度は騎士だった者として、光栄のいたり……」
空気が酩酊していた。
アナが、なんでもない調子で言う。
「生き残れますかねぇ」
それは、ハヅキとコレンの酔いをさます発言だったらしい。
二人はふと真剣な顔になって考えこみ――
「わからないな」ハヅキは言う。「こればっかりは、わからない。……本当にわからない。今まではどうにかこうにか、死なずにやってこれたが……相手は雷を操るという魔族だ。死んだことさえわからないまま、消し炭にされているかもしれない。そうなればいかに彼とて……」
視線がチラリとエルマーのほうを向き、そして、逸らされた。
逸らした先には、アナの顔がある。
幼い雰囲気の、ちょっと丸めの顔だ。
銀髪を長く伸ばしていて、瞳は黄金。
かわいらしく、無防備な笑顔を浮かべる、背の低い彼女を、ハヅキはしっかりと見て、
「……だがまあ、私は、たとえ死んでも後悔しないよ。君だけは……君たちだけは、命ある限り守るとも。だって大事な友達だからね。我が主家の名誉にかけて……いや、『スライムの角』にかけて」
賭けるものがランクダウンしたのかアップしたのか、余人にはわからない。
ハヅキ的にはランクアップなのだが、伝わっていないようだった。
コレンが言う。
「ハヅキさん、他者を守るのは聖騎士の役割ですわよ。心配せずとも我らには神がついていらっしゃいます。ええ、ええ、努力をおこたらず、臆病に堕さず、怠惰に過ごさぬ限り、きっと神は報いをくださいますわ。『もっとも励んだ者が、もっとも神の寵愛を受ける』のです。……わたくしは聖騎士として落ちこぼれでしたが、これまでの報われない人生は、この戦いにおいてお二人を守るためにあったものと思っています」
「やはり落ちこぼれだったのか」ハヅキが納得した様子でうなずく。
「お二人にはわからなかったかもしれませんが、落ちこぼれでしたわ。訓練校時代、模擬戦で勝った経験は一度もなく、初の大規模任務で戦線を崩壊させるクラスの失敗をし、免職となり……ですが! わたくしはあきらめぬ心でここまで来たのです。この盾に誓い、最後までお二人の守護をつとめあげますわ」
身命を賭して、とは言わなかった。
聖騎士が仲間を守るために身命を賭すのは当たり前すぎて、コレンはいちいち言う必要を感じなかったのだ。
二人の宣言を見て、アナもちょっと気の引き締まった顔になる。
「わたしもなにかにかけたり誓ったりしたいのに、かけるものが思いつかないです……」
アナ以外の二人はほほえましそうな顔になった。
アナは慌てて言葉を続ける。
「だ、だって! 『スライムの角』みたいに『がんばって獲得したもの』はないし、聖騎士の盾みたいに、象徴になるものもないんですから! 杖とかローブは、魔導士の象徴ですけど、もらいものだし、『わたし』の象徴ではないっていうか……」
ドラゴンならば、誓いは角にかけるらしい、と聞いたことがあった。
しかし半竜人はなににかければいいのだろう?
激闘の果てになにを手にしたのか。
自分を自分たらしめる象徴はなにか。
アナは考えて――
「なら、わたしは、みんなにかけます」
「どういう意味だ?」ハヅキが首をかしげる。その隣ではコレンも同じようにしている。
「わたしは……追放されし者たちっていう、パーティーにかけます。パーティーにかけて……守る? 倒す? ……いえ、『生き残る』! パーティーの名にかけて、みんなで生き残りましょう!」
「なにかちょっとズレている気がするな」
ハヅキはしかたなさそうに笑った。
「アナさんらしいですわ」
コレンも笑った。
三人は笑って、うなずいて、それから、手を重ねた。
なぜそうしたかはわからない。
ただ、なんとなく、それが誓いのサインのような気がしたのだ。
誓い合う少女たちの姿を、エルマーが見ている。
それはそれは、不思議そうな顔で、見ている。




