21話 君だけが知らないこと
魔族退治のための義勇軍に入る冒険者は多い。
アナたち追放されし者たちが依頼を受けて『指定された場所』まで来れば、そこは多くの人でごったがえしていた。
たぶん、募集地域――ようするに最前線が王都に近い場所であることも、人の多さと無関係ではない。
魔族。
それは『魔族の領地があって、そこから攻めてくる外敵』ではない。
国土の中に、突然、わくのだ。
だからわいた場所を取り囲むように前線が構築されるのだが――
今回は王都に近い場所に出現したために、王国正規兵たちの緊張感も高い。
そして――
冒険者たちの役割は『尖兵』だった。
これは『どの部隊よりも最初に、魔族の率いる眷属たちとぶつかる役割』である。
魔族というのは発生したあと、眷属を作る。
これは『ゴブリン』や『オーク』などの人型のモンスターが主だが……
冒険者による義勇軍は、この『ゴブリン』『オ-ク』らモンスターにあてられるのである。
魔族そのものはものすごく強いので、それにはきっちり連携訓練を積んでいる王国軍があたるから、そのための露払いというのが冒険者の役割なのであった。
だから――
「これが『ゴブリン』か」
「小さいですね」
「けれど子供並の知能はあるし、腕力は大人なみなんですのよ」
「油断をせぬ方がいいな」
「今日は義勇軍のみなさんがいますから、三人だけの時より心強いですよね」
「ゴブリン退治は何度か経験しましたわ。わたくしが前衛で活躍しましょう」
ゴブリンの大軍と、冒険者義勇軍が激突した!
冒険者義勇軍は懸命に応戦している!
追放されし者たちも応戦している!
追放されし者たちはゴブリンに取り囲まれた!
コレンが盾をふるってゴブリンを寄せ付けない!
アナが魔法でゴブリンを倒していく!
ハヅキが冷静にゴブリンを狩り取っていく!
コレンがゴブリンに取り囲まれ、押し倒された!
「あっ!?」
ハヅキが助けようとしてゴブリンに背後から殴り倒された!
「あっ……!?」
アナが魔法で二人を助けようとした!
しかし焦りのせいで呪文をかんでしまった!
「あああああ……!」
三人はゴブリンに組みしかれた!
追放されし者たちは全滅した……
◆
「……え? あれ? ここは……シェアルーム?」
シェアルーム。
数名で借りて共同生活をいとなむための物件である。
王都東側にはこういった物件が多くあり、主にパーティーを組んだ冒険者たちに、宿代節約の目的で利用されている。
シェアルームは大家によって様々な特徴があるが……
アナたちが借りているのは、ある程度の家具が最初から備え付けてある、ワンルームタイプだった。
仕切りがないためどこにいても家中を見渡せる。
『個人の部屋』というものも存在しないので、目覚めてすぐ、同居人たちがそこらに転がっている光景が目に入った。
ハヅキ。
コレン。
二人はぼろぼろの状態で転がっていた。
「きゅいーっ、きゅっ、きゅっ」
「あ、エルマー……あれ? あれれ?」
アナは混乱している。
だって――
たしかにさっきまで、義勇軍に参加して戦っていたはずだ。
ゴブリンに取り囲まれて、頭を『がつん』とやられたところまでは覚えている。
それに、ハヅキやコレンの服には、たしかに戦い、負けた痕跡があった(なぜか傷はない)。
だというのに、気付いたら家だ。
義勇軍に救助してもらったなら、前線のテントか、あるいは救護兵たちのいる治癒所で目覚めるものだと思うのだけれど……
家だ。
どう見ても家だ。
たまたま治癒所が家にソックリとかじゃなくて、床のヘコミとか天井の傷とかが、もう完全に家そのものだ。
「ねぇハヅキ、ハヅキ、またハヅキがわたしたちをかついで帰ってきたの? 治癒所じゃなくて家に?」
ボロボロの状態で転がる友人をゆすり起こす。
ハヅキはいきなりパチリと目を開けると、素早い動作で上体を起こし、周囲の様子を確認した。
長い沈黙があった。
ハヅキはまったくの無表情のまま言葉を探している――
『アナのお父さんである竜王が転移呪文を使ったんだよ』
『転移のためには門を設定する必要があるらしく、門の設定地点が家だから、家以外には戻れないんだよ。だから家が分かれてた時はコレンを持ち帰るの大変だった』
『実は毎回、気絶した君らを私がかつで帰ってるわけじゃなくって、やられるたびに君の肩で仔竜のフリをしているパパが、いちいち治癒と転移をしてくれてるんだよ』
――打ち明けてしまえれば、どんなに楽か。
しかし、ハヅキはニンジャであった。
秘密を秘密のまま守ることにかけては誇りがある。
ごまかすことにした。
「アナ……我々は義勇軍だ。勝手に前線を離れるのはまずい」
「ハヅキが家まで運んだんじゃないの!?」
「早急に戻ろう」
「え、じゃあなんで家に……というか本当にハヅキが……?」
「アナ!!」
「え、あ、はい!」
「魔族がすぐそこまでせまっている……そんな時に、我々が前線を抜けたら、いったいどれだけの被害が出るか……!」
「えええええ!? わたしたち、そんな重要な戦力ですかぁ!? 自分で言いたくないですけど、戦力的には弱々の弱ですよねぇ!?」
「そう思えるかもしれない。だが、いずれわかる。我々が前線を支えているのだという事実が! だから一刻も早く戦場に戻ろう! 聖騎士! 聖騎士コレン! 目覚めるんだ! 国防の任務が君を待っている!」
ハヅキがテキパキとコレンを起こし始める。
アナは「えっ、あの」とか言うが、動き始めたハヅキは止まらない。
ハヅキは色々なことをうやむやにすることに成功した。
◆
「ようこそお戻りくださいました! 我らの救世主!」
戦場に戻った追放されし者たちは熱烈に出迎えられた。
冒険者義勇軍だけではなく、王国の正規兵たちまで膝をついてアナたちを出迎える。
「えっ? えっ?」
アナは混乱している。
「……」
ハヅキは痛そうにお腹をさすった。
「賞賛が心地よいですわ」
コレンはほめられるなら、その理由とかが気にならないタイプだった。
夕暮れの戦場にはたくさんの人たちがいて、誰もかれもが、神か、それに準じる憧れの相手でも見るような目を、追放されし者たちに向けていた。
ひときわ立派な鎧とマントを身につけた騎士が、三人の前に歩み出る。
白いヒゲをたくわえた老境の男性騎士は、三人を見下ろし、言う。
「貴君らの活躍、まことに見事であった」
「わたしたち、なにかしましたっけ?」アナが困惑しながらたずねる。
「これはこれは、なかなかあざといお嬢さんじゃのう」老騎士は孫でも見るみたいにニコニコした。「貴君らは、魔族の眷属どもの予想以上の猛攻を前に崩れかけていた前線を盛り返し、憎き眷属どもを光の魔法で一蹴したのだ」
「ええええええ!?」
「貴君らと同じ戦場にいた者たちは、口々に『白い光がまたたき、一瞬のうちに眷属どもが全滅した』と言っておる!」
ハヅキは状況を理解してしまっているので、話を聞いていて気が気じゃない。
たぶん、アナが気絶したと同時に、アナパパが眷属を全滅させたのだ。
エルマーが「きゅいっ、きゅいっ……」と気まずそうに鳴いているのがその証拠だろう。
正体を隠したいなら、そのための努力をしてほしいと思うハヅキだった。
しかし――
まだ、『白い光がまたたき、一瞬のうちに眷属どもが全滅した』と言われているだけだ。
『仔竜が壮年男性に変化した』という目撃証言は出ていない。
ハヅキは明確な証拠が出る前に『ほら、アナは半竜人だから隠された力が危機において目覚めて……』みたいな方向でアナを納得させようと考え始める。
だが……
「俺、見たんッスよ!」
あたりを囲む冒険者のうち、目がギョロリとした細い男が、叫ぶ。
「その子の仔竜が、光ったと思ったら――」
やめろ。
ハヅキはキリキリ痛む腹部に手を当てた。
スライムの角のぷよぷよした感触が心地よくて癒される。
「あんっ?」またちょっと震えた気がした。スライムの角が震える気がする間隔がどんどん短くなっているように思える。もはや気のせいじゃなく、たまに震えている。
これはなんなんだろう。ペットにしてもいいのだろうか。
ハヅキが現実逃避をしているあいだに、冒険者は大きな声でエルマーの正体を喧伝する。
――いや。
喧伝しようと、したのだが。
「――仔竜が、おっさ……おさ、おさ、おさ、おさ……ぶべらっ!」
あまりにも突然の出来事に、その場にいた全員が目を見開いておどろいた。
今まさにエルマーの正体を語ろうとした男が――
全身の穴という穴から、色々な体液を垂れ流し、崩れ落ちたのだ。
ヨダレ鼻水涙、はては糞尿までこぼしながら膝から崩れ落ち、痙攣して気を失った。
ともあれおしゃべりは黙った。
ひと安心――と思いきや、
「俺も見たぜ! 仔竜が、おっさ――んごわ!?」
言葉を引き継ごうとした冒険者が、やはり全身からあらゆる体液を噴出し、膝から崩れ落ちた。
「えっ、なにあれ!?」「恐っ!?」「仔竜がおっさ――いげごわっ!?」「ぶあっ、汚っ!」
「なんかヤベェぞ……」「なに、仔竜のことおっさ――たわば!?」「また倒れた! おい! まずいって!」「みんな、絶対に言うなよ!? 仔竜をおっさ――かりぎゅらぁ!?」
次々と冒険者たちが、ヨダレ、鼻水、涙、泡、その他体液を噴出させ倒れていく。
なにか超常的な力で仔竜のことを『おっ〇〇』と言ってはならないようにされているらしい。
いったい、仔竜はなんなのか?
それは『おっぱい』かもしれないし、『おっかむ』かもしれない。
真相は闇の中だ……
場がパンデミックな混乱に包まれ始めた。
老騎士は「とにかく次の戦闘も期待する!」と追放されし者たちに言い残すと、混乱した場の収拾を始めた。
「……変な病気でしょうか? 恐いですね……」
アナの言葉に、ハヅキは「そうだな」と言った。
エルマー様が見ているので、下手なことは言えない。
――あれなるは、上位者からの『正体について口外するな』という命令に背いた者の末路。
ハヅキだって、エルマーがアナのパパだとわかるようなことを口にすれば、全身から液体を噴き出して気絶するに違いなく――
そんな姿はさらしたくなかった。