20話 なんもかんも貧乏が悪い
冒険者ギルドには食堂があって、その端っこが追放されし者たち所定の位置である。
古びてボロボロで、表面がささくれだっていて、一本足はガタがきていてすぐグラグラするテーブルを囲んでいた。
テーブルの上に乗っているのは、硬さ以外に特徴がないパンの切れ端が三枚と、野菜を煮込んで作ったスープから具材を取り除いた汁が三つだった。
お金が、なかった。
「……わたしたち、よく無事でしたよね! あんなにたくさん全滅したのに! ね!」
暗く沈んだ雰囲気を嫌って、アナが無理に笑う。
銀色の長い髪に、黄金の瞳を持つ小柄な――ただしバストだけは大きい――少女だ。
彼女の笑顔には子供みたいな無垢さと、慈母のような優しさがあった。
周囲をなごませ、安心させるような笑顔――
だけれど、卓を囲む仲間たちは、沈んだ表情のままだった。
「……お腹が空きましたわね」
コレンの言葉をきっかけに、三人のお腹が『きゅう』と鳴った。
三人は少女である。
が、そんじょそこらの少女ではない――肉体労働者の、少女たちなのだ。
命懸けで駆け回る日常を過ごしている彼女たちは、とにかくエネルギーが必要だった。
けれどお金がない。
スライム狩りの他の金策手段を探っているあいだにも時間は経っていき、時間が経てば、そのぶん『生活費』がかかるのだ。
三人はそれぞれの定宿を引き払いルームシェアを始め、家賃を安くした。
それでも食事は一日に一回で、それも硬いパンの切れ端と具のないスープだけというありさまであった。
いや、貯金をもっと豪快に使えば、満足に食べられるのだ。
けれど失敗続きが彼女たちを不安にさせ、倹約せざるをえない心境にさせていた。
「ねぇ、ハヅキさん」コレンがどことなくやつれた顔を向ける。「あなた、ひょっとして、ものすごい力を隠してはいませんこと?」
「……なんの話だ?」
「だって、おかしいじゃないですの。毎回毎回、わたくしたちが全滅していつのまにか王都に帰ってきている時には、『早めに気がついた私がみんなをかついで王都に帰ったんだ』って……けっこうな距離があっても、半日とかからずに、わたくしたちと、わたくしたちの装備をかついで、王都に帰ってきているじゃありませんか。それは、ものすごいことなのでは?」
「…………」
ハヅキはダラダラと汗をたらしながら、アナ――の肩に乗ったエルマーを見ている。
エルマーは「きゅいっ……きゅっ……」と申し訳なさそうに鳴いた。
その鳴き声を、アナが拾う。
「あ、ごめんねエルマー。あなたもお腹空いたよね。ご飯、少ないけど、食べよう?」
エルマーは『いらない』というように首を左右に振った。
けれどアナは受け入れない。
「半分こ」
そう言う彼女のお腹がまた『きゅうっ』と鳴って、アナは「……あはは」と力なく笑うのだった。
その様子を見て――
コレンが、薄すぎる胸をはり、金色のツインテールをかきあげた。
「アナさん。でしたらエルマーさんに渡したぶん、わたくしの食事から持っていきなさい」
「ええっ!? そんな、なんでですか!?」
「庶民にはわからないでしょうけれど、貴族には『ノブレスオブリージュ』というものがありますのよ。すなわち、貴族であるわたくしは、民であるあなたを飢えさせない責務がございますの」
「でも、今のコレンはただの貧乏人じゃないですか……!」
「黙らっしゃい! ……それに、これまでの戦闘は、前衛であるわたくしが崩れてから総崩れになることばかりでしたのよ。その責任もありますわ」
「そんなこと言ったら、わたしの魔法でうまくしとめられなくって……」
「とにかく、庶民は難しいことを考えなくてもよいのです。わたくしに従いなさい」
「……でも」
「いいから。……けれど、わたくしの渡せるパンの量にも限度はありますわ。このままではいずれ……」
三人がまた暗い雰囲気になる。
その時だった。
「注目!」
ギルド入口から、野太い男の声が聞こえた。
めいめいに食事やケンカなどをしていた冒険者たちが、声のほうを向く。
そこにいたのは――
王国軍の旗を掲げ、綺麗な鎧をまとった、五人の、騎士と思しき者たちだった。
「冒険者諸君ら、喜べ! 名を上げる機会を与えてやろう! ――第二次『対魔族義勇兵』の募集をおこなう!」
ギルド内がざわざわした。
ざわめいている者の胸中は、大きく分けて三種類だろう。
一つは、純粋な高揚だ。
名を上げる機会を与える。対魔族義勇兵。
この言葉にワクワクした者たち。
二つ目は『義勇兵募集』の意味を正しく知る者たちの、おどろきと恐怖。
義勇兵は参加自由なのだ。
冒険者日報で取り上げられたり、貼り紙や高札で知らされたりするが、参加するしないは自由だし、一回ぐらいは募集に来るが、二回目の募集はまずない。
――だというのに、王国軍の兵たちがわざわざギルドまで来て、募集を呼びかけた。
これは、『相手が強い』ことを意味する。
一人でも戦力が、さらに言えば『最前線でのつぶれ役』がほしいから、こうして、『募集』などという、めったにしないことをおこなったのだ――
と、理解してしまった者たちの、恐怖まじり、迷惑そうなざわめき。
そして、最後の一つが――
「義勇兵になった者たちには、寝床と食事、望む者にはある程度の装備が与えられる!」
「食事」アナがつぶやいた。
「食事」ハヅキがうなずいた。
「食事」コレンが目を輝かせた。
――最後の一つが、これ。
ご飯がほしい貧乏人たちの、ヨダレまじりのざわめきである。
「希望する者は、こののち貼り出される『依頼』を受けて、指定の場所まで来るように! 諸君らの熱烈な愛国心を期待する!」
王国軍の兵たちは去って行く。
うち一人が『依頼』を出すためにギルド受付に向かったようだが、あらかじめ話が通っていたらしく、依頼はすぐに貼り出された。
アナは言う。
「食事ですって」
ハヅキも言う。
「食事だな」
コレンが細く長い息を吐き、言う。
「わたくしは聖騎士ですから、もちろん愛国心があります。それ以上に、食欲が」
三人は瞳を見交わし、うなずきあった。
こうして――彼女たちは『魔族討伐軍』に参加することに決めた。




