2話 竜王は娘を守る
その日のクエストは大成功で、夕刻にはもう、アナスタシアたちは祝勝会をしていた。
アナスタシアは、お酒は苦手だったが……
パーティーを組んだお兄さんたちの知り合いのお店だし、お兄さんたちが何度もお酒をすすめるので、断るのも申し訳ないなと思って、アナスタシアも飲んだ。
幸いにも、すすめられたお酒は甘くておいしく、気付けばたくさん飲んでしまっている。
「アナスタシアちゃん、かわいいよね」
「そんにゃことにゃいれふー!」
「いやいや。かわいいって。さらさらの銀髪とか、超ステキ!」
「そんにゃあ」
「背がちっちゃいのもキュートだよねー。耳とがってるけど、それもチャーミング!」
「にゅへへへへへぇ~」
「おっぱい大きいよねー」
「ひゅへへへへへへへ」
もはやなにを言われているか、全然わからない。
甘くておいしいお酒なので酔っ払わなさそうだったのだけれど、アナスタシアの視界はもうぐらぐらしていて、顔はだらしなくゆるみっぱなしで、自分が今どういう状態かもわからなくなっていた。
きゅいーきゅいーと先ほどから白竜が警告するような声をあげているが、アナスタシアの耳にはとどかなかった。
「アナスタシアちゃん、その真っ白い服って、どこ製? マジかわいいんだけど~! 杖もすっごいよね! 見たことない発動体がついてて……高そうじゃない?」
「こりぇは~パパがくれまひたあ」
「そうなんだ! 娘さん想いのいいパパだねぇ」
「しょんなことないれふ! パパはわらひが冒険者になりゅの反対れ……」
「まあ、気持ちはわかるよ。冒険者は危ないからねー」
「みなしゃん優しくていい人でしゅ……」
「アナスタシアちゃんがかわいいから、みんな、優しくしてくれるんだよ」
「…………」
「アナスタシアちゃん?」
アナスタシアは、突っ伏しもせずに寝息を立て始めた。
同じ卓を囲んでいたフレッドともう一人の男は、目配せして、うなずきあう。
そして、
「マスター、奥の部屋使うよ」
アナスタシアを肩にかついで、そんなことを言った。
アナスタシアをかついだフレッドは、言う。
「本当にかわいい子だよね、アナスタシアちゃん。――無垢で警戒心がなくてさ」
フレッドの浮かべる笑みは、下卑ていた。
◆
男たちは酒場奥の部屋に入ると、内側から施錠し、かついでいたアナスタシアを一つきりのベッドにドサリと投げ捨てた。
「おい、あんまり乱暴にするなって。目覚めたらどうすんだ」
「杖をとりあげりゃ魔導士なんざ無力だよ。それに――抵抗された方が燃えるだろ」
「そうだな! 違いない!」
クックックとさわやかな顔に似合わない笑みを浮かべ、フレッドたちはアナスタシアに視線を向ける。
小柄だが、扇情的な少女だ。
背は低いのに、胸が大きい。
まばゆい銀色の長い髪は、酒酔いで上気し汗ばんだ頬に貼り付いていた。
小ぶりな唇がむにむにと動き、ときおり「ん、んぅ……」と苦しげな吐息を漏らす。
布は多いが体に貼り付くような白いローブの下、彼女が身じろぎするたびに、大きな胸が柔らかそうにかたちを変える。
深いスリットからのぞくふとももも、うっすらと汗ばんでいて、なんとも言えない色香を放っていた。
「きゅいー! きゅいー!」
男たちとアナスタシアのあいだに、仔竜が割りこむ。
そのリスのようなサイズの翼竜を、フレッドたちはにらみつけた。
「チッ、うっせー小動物だな……まあ、高く売れそうだから殺すのは勘弁してやるよ。にしても……簡単に騙されて、しかも希少な白竜まで持ってるとか、この女は俺らにとって幸運の女神だな!」
フレッドともう一人は笑う。
そして、無造作にエルマーをとらえようと手を伸ばした――
――その瞬間。
エルマーの全身から、真っ白い光があふれ出した。
「な、なんだあ!?」
フレッドたちはおどろく。
その目の前で、エルマーからあふれた光は、人型となる。
長い銀髪を後ろになでつけた、壮年の男だ。
黄金の瞳を持ち、全身を真っ白いローブ――アナスタシアのまとっているものによく似ている――で覆った彼は、低い声でつぶやく。
「君たちは、人の娘を酔わせてなにをしようとしているのかね?」
「娘ぇ!?」
「アナスタシアのことだが」
壮年の男は手を腰の後ろで組み、寝ているアナスタシアの横に立った。
そして、うなされている彼女の髪を優しくなでる。
するとアナスタシアの苦しげだった呼吸は正常に戻り、眉間に寄っていたシワも消えた。
「あいかわらず、人を疑うことを知らない子だ。無垢で純真で素晴らしい子だ。……そのせいで貴様らのようなクズを招いてしまうのは困りものだがね」
「ああ!? クズだと!?」
「――耳障りだ。しゃべるな、クズが」
壮年の男が黄金の瞳でにらみつけると、フレッドは「かっ!?」という音を発した。
その顔はみるみる青ざめていき、喉をかきむしり、のたうちまわる。
その様子を見て、壮年の男は冷然と言った。
「ああ、すまない。君たち人族は脆弱だったね。発言を禁じただけで呼吸もできなくなるとは、なんという弱さだ。――仕方ない。口を開くことを許そう」
「ガハッ! ハァッ! ハァッ……ハァッ……! なん、なんだ……なんなんだよ、あんたは……!」
フレッドは涙を浮かべながら問いかける。
壮年の男性は答える。
「竜王」
「……ろ、ロード……?」
「そうだ。君たち人とは、もはやほとんど交流もしていない、幻想種族の王にして――」
壮年の男は悩むように言葉を切り、
「――娘に『過保護すぎ。キモい』とは思われたくないが、娘の身の安全はそばで守りたいという、悩める男心の狭間で揺れる、ただの父親だ。……さあ、君たちを処そうか。二度と娘にかかわらぬよう、今日のことを誰にも口外せぬよう。死なない幸運に感謝しなさい。――周囲で人死にがあると、娘が迷惑するからね」
そう言う男の右腕は、いつのまにか人のものではなく。
輝ける真っ白いウロコと、鋭い爪の生えた――竜のものへと変貌していた。