18話 キックばっかーズ、進化の時
「我々に『死ね』と言うのか!?」
ハヅキが声をあららげる。
冷静沈着、黒髪に黒い瞳のミステリアスビューティー、平時はいつも口をマスクで覆っていて口数が少ない(周囲からのイメージ)、そしてなにより『ぼいん! ぎゅっ! どかん!』みたいなものすごい体を『ニンジャ装束』というボディラインのよく出る服で包んでいる――
スライムを殺す者――
ともかく声をあららげるイメージのないその少女の叫び声に、ギルド中から視線が集まった。
いきなり冒険者どもからガン見されて、怒鳴られたギルド受付嬢はわたわたと両手を振り、ぶんぶんと首を何度も左右に振った。
「いえっ! いえいえいえ! そんなめっそうもない! 死ねだとは! ただ、そのですね……う、上のほうから? 『あんまりスライムばかり狩るのはいかがなものかと』というお達しがあったっていうか……」
「冒険者の生計の立てかたに『上』とやらが口を挟んでくるのか!?」
ありえないことだ。
が、『スライムの核の欠片』の場合、ありうるかもしれなかったことだった。
みなさんご存じの通り『スライムの核の欠片』は国家の水事情のためになくてはならない素材だ。
大量にとれ、とる難易度も低く、加工も簡単で、『水を蓄える』性質を失わない……
この夢のマテリアルは、広く国民生活になじんでいる。
なので、国が『大量に確保するための狩り場』から、大量に確保している。
わざわざ冒険者に頼る必要はないのだ。
それでも冒険者が『核の欠片』を買い取ってもらえるのは、国家から日雇い労働者への温情であり、ようするに税金が使われている。
なので追放されし者たちは、二つほど『上』から注意されるに足る問題を抱えていた。
一つはもちろん『狩りすぎ』である。
もう一つは、ハヅキが、この国からすれば外国人であるあたりが問題だった。
ようするに『税金で外国人冒険者を食わせてやるのはちょっと』みたいな意見がどこかであったという話である。
そして――
今、さも『おどろいた』とばかりに受付嬢に詰め寄っているハヅキではあるが……
「……まあ、わかったよ。大声を出してすまなかった。いつかはこんな日が来ると思っていたんだ」
そう、わかっていた。
なぜ、ハヅキ以前に『スライムスレイヤー』はいなかったのか?
それは『スライムの核の欠片』というアイテムをとりまく社会的な事情を察した冒険者たちが、あまりスライムに頼って生計を立ててはいけない空気を感じ、辞していたからである。
スライムの核の欠片は、冒険者なりたての新人が、どうにかやっていくためにとるもので……
ずっと、これだけで暮らしていっていいものでは、ないのだ。
ハヅキは受付嬢にもう一度「すまなかった」と言ってから、今日の収獲を換金してもらう。
そして後ろのほうで様子を見守っていた、アナやコレンに合流した。
「どうしましょう?」アナが不安げな目をする。「わたしたち、これからどうやってお金を稼げばいいのかな……」
「なに、今日明日にもすぐ禁止されるわけじゃない」ハヅキは目を細め、アナをなでる。「私たちは『自重』を求められただけだ。だが……いずれはやめなければならないことでは、あっただろう。その期限がいよいよ差し迫っているというだけさ」
「どうしますの?」コレンが不安そうにハヅキを見上げる。「スライムを狩り続けてはや数日、ようやくコツもつかんできたところでしたのに……わたくしの生活は、ここで終わってしまいますの?」
怯え、不安がり、惑う二人の少女。
ハヅキはうなずき、真っ黒い瞳で二人を順番に見て、言った。
「我らが生きていく方法は、ある。それは――スライム以外を、狩ることだ」
「スライム以外を――!?」
「狩る――!?」
「そうだ。――冒険者が狩っていいモンスターは、スライムだけじゃない」
アナとコレンは目をまんまるに見開いた。
『冒険者が狩っていいモンスターは、スライムだけじゃない』――なんということだろう! まさか、そんな可能性が残されていたとは!
冒険者と書いて『スライム狩り』と読むのではなかったのだ!
世界には――スライム以外にも、モンスターが、いたのだ!
アナとコレンは、あまりの衝撃的事実にうちひしがれ、涙さえ流しそうになっていた。
ハヅキはやさしい目で二人を見つめ、うなずく。
そして、二人の肩に手を置き、言った。
「では、探そうか。――私たちの、次なる生活の手段を」
エルマーと周囲の冒険者たちは『なにやってんだコイツら』という目で彼女らを見ている。