17話 デーモンが出たって(他人事)
「なんだか今日は、冒険者が少ないですね」
追放されし者たちは今日もスライム狩りをしていた。
三人の生活費をスライムで稼がなければならなくなったせいで、一日に狩る量は倍々で増えていく。
王都じゅうの飲食店をまわって廃油をかき集め、スライムのまわりで炎をおこし、排出されたスライムの核を斬っていくという単調な作業だ。
ハヅキ一人にとどめ役をまかせるわけにもいかないので、アナやコレンも今では短剣を所持し、スライムにとどめを刺す活動に参加している。
三人は拓けた空間の中央付近、水たまりそばで車座になって座っていた。
水たまりからは絶えずスライムがわき続け、それを狩っているのである。
あたりは炎にかこまれているせいで暑く、三人は顔をほてらせうっすらと汗ばんでいる。
けれど暑さなんかなんでもないように、作業を淡々とこなす。
ざしゅっ、ひょいっ、ざしゅっ、ひょいっ、とスライムを殺しその核をみんなの真ん中においたバックパックへ投げ入れていく手際は熟達の域に達していて、もはやスライムを目で追わなくても手探りでできるまでになっていた。
「うむ、魔族が出たらしい」ハヅキが答える。手はよどみなく動いている。
「魔族?」
「このへんじゃあ『魔族』と『竜』なんだろう? 『人の上位種』とか『幻想の住人』とか呼ばれている、やばい連中は。……あっ、えっと、その、やばいというのは『はなはだしく強い』という意味で、悪い意味では……」
「……そんな気をつかわなくても大丈夫ですよ」
アナは笑う。
なお、ハヅキはアナが半竜人だと知っているが――
コレンは知らないので、首をかしげていた。
ハヅキは首をかしげ、
「というか二人はなぜ知らないんだ? 冒険者日報にはかなり大きく取り扱われていたし、さっきギルドで合流した時だって、そこらじゅう、魔族の話題でもちきりだっただろう?」
アナとコレンは顔を見合わせた。
「そうでしたっけ?」
アナは首をかしげる。
「そういうものを調べるのは斥候の役割であって、聖騎士の役割ではありませんわ」
コレンはひらたすぎる胸を張る。
なお、ハヅキの質問への回答を考えるさいに、二人のスライム狩りの手は止まってしまっていた。
ここらへんが、まだまだ未熟である――スライムスレイヤーと呼ばれるまでには、まだ足らないところだ。
すでにスライムスレイヤーの名を冠しているハヅキは、まったく手を止めず作業をこなしながら、大人びた困り顔を浮かべた。
「……冒険者というのは、情報が大事な職業だろう? 耳をそばだてていないと、どんな影響のある事件が起きているかわからないぞ。ニュース一つ聞き逃しただけで、命運が分かれることになりかねない」
「なるほど」アナはなんどもうなずいた。「冒険者には情報収集も大事なんですね」
「というかどの職業でも情報収集は大事だと思うが……んおっ!?」
「どうしたんですか?」
「いや……このあいだとった『スライムの角』がな、たまに動くような気がするんだ」
「……え? どういう意味?」
「いやだから、このあいだ、『スライムの角』をとっただろう?」
「はい」
「それが、たまに『ぷるん』って動くような気がするんだ。今も、動いたような気がして、ちょっとびっくりした」
アナは情報整理のために考えこんだ。
スライム狩りの手が止まっているので、このかんも本日の収入が減り続けている。
「……えっ!? まさか『スライムの角』をいつも持ち歩いてるんですか!?」
「え? うん。帯とお腹のあいだに挟んでる。ヒヤっとするけど、打撃とか吸収してくれるから防具として便利だぞ」
「そんな小さいものだったかなあ!?」
「弾力があるし伸縮性があるから、詰めこめば入る。携帯してるのはあと、希少品だし、宿を抜けてるあいだに盗まれてもイヤだからな」
「ああ、なるほど……」
「これがなかなか便利でな。ほら、スライム狩りの時は火を放つから暑くなるけど、『スライムの角』を触るとひんやりしてて気持ちいいんだ」
「……たまにお腹のほうに手をつっこんでるのは、『スライムの角』に触ってたんですね……」
「そうだな。でも、最近、この『スラ角』が」
「『スラ角』」
「うん。『スラ角』が、なんか定期的に『ぶるる』って震えているような気がして」
「不気味じゃないですか?」
「ううん。かわいい」
「かわいい!?」
「寝る前とか磨いてるし、ベッドで抱きしめてるし、話しかけてるから」
「え? え? え? なぜ?」
「なぜ? うん? 『なぜ』っていうのは?」
「モンスターからのはぎ取り素材ですよね?」
「そうだな」
「それって、肉片に話しかけてるってことでは?」
沈黙――
ごうごうと炎の燃えさかる音が、いやに大きく感じられた。
ぴちょんぴちょんと天井の鍾乳石から水滴が垂れ、落ちる音が、やけに響く。
今日は冒険者たちのたてるいつもの喧噪がない。
静かなスライムの洞穴内、追放されし者たちの狩り場は、重苦しい沈黙に包まれた。
「あ、あのっ!」最初に声を立てたのは、コレンだった。「趣味は人それぞれだと思いますわ! わたくしは、ハヅキさんが肉片に話しかける趣向をお持ちでも、『それはそれ』と受け入れますわよ!」
「肉片に話しかけてるわけじゃないぞ」ハヅキが無表情で口を開く。「スライムの『肉』にあたるのは『核の欠片』だ。まわりのゲル状の部分は、いわば『鎧』や『服』にあたる。ぬいぐるみだって布製品だろう? 服と同じだ。だから、ぬいぐるみに話しかける子のように、私は『スラ角』に話しかけ、抱きしめているんだ」
アナとコレンは察する。
この話題を続けないほうが、いい。
「あの、ハヅキ!」アナが慌てて口を開く。「……ところで! 魔族が出るから冒険者が少ない、ってどういう意味なんですか!?」
「うん? それはな、魔族討伐のための義勇軍に参加してるからだ。軍に参加中は食事と寝床が提供されるし、仮に手柄をたてた場合、報奨金も出るからな。参加者は多いらしい」
「まあ、義勇軍は最前列に配されて、魔族の操る魔物に当てられる役割なので、『手柄』を立てられるかは微妙ですけれど」とコレンが注釈した。
アナは「へー」と言った。
それで話題は終わって、三人はまた黙々とスライム狩りに戻った。
魔族討伐に興味はないらしい。
アナの肩では、エルマーが安心したように「きゅいー」と鳴いた。