16話 聖騎士の末路
「それで、全滅後、わたしたちはどうやって街に帰ってきたんでしたっけ……?」
全滅したパーティーがどうなるのか?
それは多くの新米冒険者が考えたくもない話ではあるが……
冒険をするならば、しっかりと覚悟しておかなければならない話でもある。
『全滅後どうなるか?』は、『どこで全滅したか?』が深くかかわってくる。
まず、安全なのは『拠点の街近くにある、初心者がよく行くようなダンジョン』だ。
こういった場所では、他の冒険者が見つけてダンジョン出口まで運んでくれる場合がある。
なにより『初心者用』として知られているダンジョンは、王国軍の兵が決まった時間に巡回しているもので、たとえ全員が気絶していても、巡回兵に助けてもらえることが多い。
また、『巡回兵がいる』お陰で自然とダンジョン内のモラルも高いので、『気絶しているうちにアイテムを盗まれた』などの被害が出にくいのもいいところだ。
人里離れた場所などは、もちろん危険だ。
こちらは巡回兵がいないので、モラルも低い。
『意識のない冒険者』など格好の獲物であり、気絶しているあいだに武器やアイテムを盗まれることも多く、場合によってはさらわれて人買いに売り飛ばされることもある――らしい。
人の売買は違法である。
が、法に定めただけですべての人類が従えば苦労はないのだ。
……もちろん、それ以前に、冒険者には常に『死』の危険がつきまとうことは言うまでもない。
モンスターや地形、時には罠が――『古代人』がダンジョンにしかけたものに限らず、冒険者がモンスター用に、あるいは冒険者狩りのために仕掛けた罠などが、冒険者の命を狙う。
『盗難』『拉致』『死』……準備をおこたり、撤退の機会を見誤った冒険者の末路はかように暗いものだ。
が、全滅したはずの追放されし者たちはどの憂き目にも遭わなかった。
少なくともアナ的には『拠点から遠い沼沢地で気絶したら、いつのまにか王都の定宿にいた』という認識だ。
仲間の二人はどうだったのか?
アナは冒険者ギルドの所定の位置で、情報のすりあわせ中なのであった。
そして――
『自分たちはどうやって帰ったのか?』
その問いにあからさまに動揺したのは、ハヅキであった。
「ハヅキ! なにか知ってるんですか!?」
バランスの悪い一本足テーブルをたたき、身をのりだす。
ハヅキは黒い綺麗な瞳をおよがせ、チラリとアナ――の、肩に乗るエルマーを見てから、
「……うーん、その、なんだ……人の身では行使不可能な奇跡が……具体的には転移……」
「きゅいー!」
「わ、わ、どうしたのエルマー!?」
アナが突如耳元で大きな声を出したエルマーをたしなめる。
ハヅキが注目を集めるように大きなせきばらいをして、
「ゴホン! ……そう! 二人より早く目覚めた私がな、『これは無理だ。アルウネラは我々の手にあまる』と判断し、君たちをかついで撤退したのだ」
「え!? 力持ち!」
「力持ち……うん、まあ、君たちは軽いからな……うーん、コレンの盾は重かったなあ……」
ぶっちゃけると、アナのパパが転移で家まで送ってくれているのだが……
転移は『門のある場所まで一瞬で移動する』という呪文らしく、つまり使うには『門』の設置が必要だ。
そして門が設置されているのがアナの宿なので、ハヅキは目覚めたあとで、コレンをてきとうな場所まで運ばされるはめになったたのだ(アナの部屋で全員が目覚めると不自然なため、偽装工作である)。
なので、コレンの盾はかついで長距離移動するには向いてない重さなのがわかっている。
だから『わたくしの盾と二人の女の子をかついで移動するなんて難しい』とコレン側からつっこみがあると非常にめんどうくさいのだけれど……
そのコレンはというと、さきほどから飲酒でもしてるのかのような様子でボーッとしている。
まだ毒が抜けきっていないのではないか――
混乱中のコレンの強さを知っている二人は、戦慄しながら警戒する。
アナが腰のポーチの中に解毒草の感触をたしかめたその時――
コレンが、ぽつりとつぶやいた。
「『神』が見えましたわ」
やはり毒が残っているようだ。
ハヅキが音もなくコレンの背後にまわる。
アナは解毒草を握ってジリジリとコレンとの距離を詰めた。
コレンはやけに近寄ってくる二人に気付いて、慌てて言う。
「正気ですから! わたくしは正気ですわよ!?」
「「ほんとにぃ?」」
「聖騎士が神のことを語ってなにがいけませんの!? 訓練校では毎週一回は礼拝をするんですのよ!?」
訓練校のことをよく知らない二人は、まだコレンの正気を疑っている。
「だんだん近寄ってくるのをやめてくださらない!? 圧がすごいんですわよ! 胸の圧が!」
そうは言っても、もうほとんどゼロ距離だ。
背後からは肩の下あたりにハヅキの胸がせまり、前からはお腹の上ぐらいにアナの胸がせまる。
羨望のサンドイッチが完成されようとしていて、周囲の冒険者たちは『ゴクリ』と生唾を飲みながら追放されし者たちの様子をうかがっていた。
「はい、止まって! 止まりなさい! 話します! わたくしの見たものを話しますから、いったん離れて!」
二人は警戒しながらもコレンから半歩離れた。
まだ近い。
「……わたくしは、毒に侵されもうろうとした意識の中……真っ白い光を見たのですわ」
「……コレン、頭が、もう……」アナが唇を噛んでうつむいた。
「あなたけっこうキツいですわよね!? たしかに見たのです! 光差さぬ沼沢地で、全滅したわたくしたちにせまるアルウネラの群れ……お二人はなぜか気絶しており、」
「あなたにやられたんですよ……」
「わたくしは毒がぬけきっておらず、夢うつつの状態……」コレンは語りに陶酔していてアナの声が聞こえない。「アルウネラたちに毒漬けにされてしまう……そう思われたその時! 真っ白い光がまたたいて……『神』が顕現なさったのです」
コレンは両手を組み合わせて、うっとりした顔で語る。
アナは『もうダメかもしれない』と悲しそうな顔をし――
ハヅキが冷や汗を流し始めた。
「んあー……んあー……コレン、その、なんだ。……君の言う『神』は、どこから現れ、どこに戻ったかわかるか?」
「……神は天よりあらわれ、天に戻るものでは?」
ハヅキはエルマーを見た。
エルマーが『大丈夫』というようにうなずく。
ハヅキはエルマーの意を受けて、言葉を続ける。
「なるほど。コレンはたしかに神を見たのかもしれないな」
「ハヅキ!?」アナが『信じられない』という顔をする。
「いや、まあ、その、『神』の実在についてはなんとも言えないが、『全滅した我らを救った謎の白い光』は『神』と呼ぶしかなかろう? そういう奇跡は、たしかにあったのかもしれない。むろん、なにか仕掛けはあるだろうが」
「……ああ、なるほど。たしかにそうですね。それなら、ハヅキが気絶から目覚めるまでわたしたちが無事だったのも納得できます」
「そうだろう!? ……そのような感じで取り扱っていきましょう」
「え? はい……?」
アナは不思議そうな顔をしている。
コレンはうっとりしたまま続ける。
「……このパーティーにはなにかありますわ。きっと、不遇なわたくしを哀れんで、神がなんやかんや加護をくださっているのです」
「君への加護ではない気がするぞ」ハヅキはしゃべるが、その声はとどいていない。
「この一見して『行き場のない者たちの掃きだめ』みたいなパーティーも、きっと神がわたくしを導いてくださったのでしょう。追放されし者たち……今にして思えば、騎士団を追放されたわたくしに、なんとピッタリな名前でしょう!」
「君は夢を見るのが上手だな」
「騎士団からの意味のわからない追放も、きっと、これから始まるわたくしのサクセスストーリーの幕開けなのです。……アナさん、ハヅキさん、あなたたちはきっと、神がわたくしのために遣わした御遣い……」
「君は自分を主役にストーリーを作るのが上手だな」
「さきほどから賞賛が心地よいですわ。もっと言ってくださいまし。わたくし、謙虚ですけれど、褒められるのは嫌いではありませんのよ」
「すごーい」
「ありがとう。そういうわけで、しばらくお世話になりますわ。そう、あの、アルウネラという強敵をいつか倒すため……」
「やっぱりまだ毒が……」とアナは言った。
「そうだな」とハヅキも同意した。
そしてハヅキはコレンに向き直り、
「なにはともあれ、君にバックパックを買い与えた費用ぐらいは回収しないと、我々も赤字だ。しっかり働いて返してくれよ」
「……あれは入団祝いに献上されたものではありませんの?」
「君の感覚はだいぶ我らとことなるようだ。そのあたりから直してほしい。そうだな、まずは――」
――スライム千匹、狩りに行こうか。
それこそが追放されし者たちのメイン活動。
一人ぶんの一日の生活費がおおよそ三百匹、それが三人ぶん。
アナとハヅキは、コレンの両腕をガッチリつかんで、『スライムの洞穴』に連行するのだった。