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13話 聖騎士は敗れない

 沼地の花。

 正式には『アルウネラ』と呼ばれるモンスターだ。


 根で歩行する人間大の花で、その真っ赤な花弁は染料などに使われている。

 また、おしべにあたる場所からは幻覚作用のある毒がとれるので、冒険者間でも需要のあるモンスターである。


 単体はさほど強くないが、ただの花に擬態しているうえに、基本的に集団で行動するので、『いつのまにか取り囲まれていた』という事態にならないよう注意が必要とされている。


 攻撃力は高くないが、なんといっても幻覚作用のある毒が厄介だ。

 おしべにあたる花弁の中心部から細い触手を伸ばし、それを刺すことで毒液を注入する。

 毒薬の効果時間はそう長くないが即効性がある。また、毒液注入のための触手は細くて見えにくく、分厚い鎧などを着ていても容易に隙間から侵入してくる。


 対策は『焼き払う』だ。

 だが、アルウネラ触手は、たいていの魔導士(ウィザード)の間合いよりも遠くからとどく。

 なので『前衛が触手を打ち払い、魔法のとどく距離まで魔導士を守り、間合いに入ったらすぐさま最大威力の炎をお見舞いする』というパーティーとしてのコンビネーションが問われる敵だ。

 一部では『新造パーティー第一の試練』とも呼ばれる、連携力の試される敵なのである。


 あらかたリサーチを終えたアナたち追放されし者たち(キックばっかーズ)は目的の沼地へ旅立つこととなったのだが……



「コレン、鎧は装備しなくていいのか?」

「生活のために売りましたわ……」

「……コレン、剣とか槍とかはないのか?」

「…………生活のために売りましたわ」

「…………コレン、落とし物(ドロップ)を入れるためのポーチかバックパックは?」

「………………買う余裕がありませんでしたわ」



 下着と盾だけで戦う聖騎士がいるらしい。


 目的の沼地が遠いので、それなりにドロップ品を回収しないと生活が苦しい。

 なのでまず、アナとハヅキはコレンにバックパックを買い与える必要にかられた。


 本当は剣か短槍(たんそう)はほしかったし、聖騎士なら鎧もないと格好がつかないのだが……

 剣や槍は買い与えるには高いし、鎧なんてそれ以上に高いうえに手入れも大変だ。


 だから下着と盾だけで戦う聖騎士は、下着と盾とバックパックを装備した聖騎士ぐらいまでしかランクアップできなかった。



「で、でも、盾が魔法発動体(はつどうたい)なのでっ! 治癒の術式は使えますわ!」



 聖騎士を名乗っているが、役割がほぼ治癒術士(ヒーラー)である。

 後衛だ。


 こうして前衛不在という不安を残しつつ……

 三人はようやく沼地へと向かった。





 三人がおとずれた沼沢地(しょうたくち)にはよどんだ空気がたちこめていた。

 足もとはどこもドロドロにぬかるんでおり、注意して歩かないと、地面と沼との境が見えない。

 昼だというのに薄暗いのは、曇っているわけではなく、この地に棲まうモンスターどもの吐き出す毒の息が、空の低いところで層を作って陽光をさえぎっているからだと言われている。

 耳には不気味な甲高い鳴き声がひびき、ゴボゴボとどこかの沼が泡立つ音が聞こえてくる。


 この地にいどむ冒険者の数はそれなりで、沼沢地入口にはなん組かのパーティーがいたものの、少し入ってしまうともう、あたりに人の気配はなかった。


 びちゃびちゃの地面を歩いていると、ふと、ハヅキが声をあげる。



「……二人とも止まれ。見えるか? あの、妙にねじまがった木の向こうに、赤い花が群生している……おそらくあれが、アルウネラだろう」



 言われてみればたしかに、ハヅキの言う通りだった。

 アナとコレンは「へー」と感心したような声を出す。



「アルウネラの最大有効射程まではまだあるな。ここからは慎重に近付くぞ。私についてきてくれ。アナは炎を放つ準備を」



 ハヅキはびちゃびちゃの沼沢地で、音もなく一歩踏み出す。

 アナとコレンは「ニンジャ……」「ニンジャだ……」と口々につぶやく。


 ふと、コレンが我にかえったようにハッとした。



「って、そうじゃありませんのよ。あの、ハヅキさん、先頭はわたくしにまかせてくださらない?」

「……しかし君は治癒術士(ヒーラー)だろう?」

()()(ディン)! 聖騎士ですわ! 最前列で仲間を守るのが役割ですのよ! 魔法の間合いまでは、わたくしがお二人を守りますわ!」

「でも今の君は、下着と盾とバックパック姿で沼地をゆく愉快な女じゃないか」

「下着ですけれど、これは鎧の下に着るものなので、人前に出てもいい下着なんです! 訓練校における体操服みたいなものなんですから! というか『愉快な女』ってなんですの!? あなたもたいがい人のこと言えない服装ですからね!?」

「育ってきた文化が違うからな」

「文化を盾にとらないで! あのね! これは、わたくしの希望した仕事(クエスト)なんですのよ! そのわたくしが最後尾でお二人の活躍を見てるだけって、それじゃあ、存在意義がないでしょう!?」

「存在意義」



 ハヅキが発言の一部を拾う。

 なにかが彼女の心にヒットしたようだった。



「わかったよコレン。存在意義は大事だものな。私とて『スライムを狩るためだけに異境に来た』というだけなら、心が生きていけない。……友と出会い、王国民の生活をささえる役割がある……その存在意義があるから、こうして豊かな感情表現ができるのだ」

「あなた基本的に無表情なんですけれど……というかスライム狩りで王国民の生活をささえる……? ま、まあ、わかってくれたならいいんですけれど」

「しかし、状態異常治癒ができるのは君だけだ。我らもいちおう毒消し草はいくらか購入したものの、数もないし、なるべくなら消費したくない。できれば腐ってダメになるかならないかギリギリまでねばってから使いたい……もったいないからな」

「生活感を出すのやめませんこと?」

「我らは生活しているものでな。……まあそういった事情で、君が後衛に立つことは心強く感じていたのだが、前衛で大丈夫か?」

「なにをおっしゃいますやら」



 コレンは不敵に笑い、胸を反らせた。

 彼女の胸部から腹部までの平原がゆるいアーチを描く。



「聖騎士の真髄は盾さばきにありますのよ。他の職業(クラス)からすれば『邪魔』と不評な盾も、聖騎士の手にあれば優秀な武器になり、鉄壁の鎧になりますの。鎧は失われ、短槍(たんそう)を手放し、バックパックさえ献上品を身につけるしかないありさまですけれど、つちかった盾さばきの技術は失われていませんわ。――どんな攻撃だろうが、盾一枚でしのぎきってみせましょう」



 そこにはたしかな自信が感じられて、アナとハヅキは「な、なるほどォ~」と感心していた。

 ただ――


 アナの肩にとまったエルマーだけが、「そうかあ?」というような顔でコレンを見ていた。

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