12話 沼地の花
「実はわたくし、元は騎士団におりましたの」
知ってる。
やっぱり。
だろうと思った。
そんな感じだよな。
アナとハヅキと周囲でなんとなく話を聞いていた冒険者たちが、口々に似たような反応をした。
「……なぜ関係ない人たちまで当たり前のように会話に参加してくるのかしら?」
「ギルドはそういうところですよ」アナが言う。
「……まあとにかく、とある『大規模討伐任務』に出向き、わたくしは前衛をつとめたのですけれど……その時の失敗がもとで、団を追われ、家を追い出され、今では冒険者にまで身を落としてしまったのですわ」
冒険者だらけのギルドで『冒険者にまで身を落とす』とか言っちゃうあたり、実に貴族。
「今さら団に戻ることは適わないでしょうけれど、わたくしに屈辱をあたえた憎きモンスターには、是非とも一矢報いてやりたいところでしたの」
「でも、騎士団が大規模討伐任務の対象にするようなモンスターなんですよね? 冒険者だとちょっと難しいんじゃ……」
「……ああ、『大規模討伐任務』というのにも色々あるんですのよ。わたくしに屈辱をあたえたモンスターと戦ったのは、『弱いモンスターが異常に大量発生した』というたぐいの任務でして……だからこそ屈辱なのですけれど!」
「そのモンスターは、どこのお宅のどちらさまなんですか?」
「『沼地の花』ですわ!」
「……」
アナは頼るようにハヅキを見た。
ハヅキはクールな表情でうなずいて、
「聞いたこともない」
「あなた、『知ってる』みたいな顔してませんでしたかしら!?」
「故郷で似たような名前を聞いたことはあるが、たぶん、こちらのとは別だろう」
「……そうですか。……ええと、ともかく、その『沼地の花』に、わたくしはやられ……そのせいで戦線が崩れ、騎士団は一時撤退をよぎなくされたのです」
「聞いた感じだと、『沼地の花』さん、だいぶ強そうなのだが」
「いえ、強くはありません。ただ、幻覚を引き起こす特殊な毒を使うのです。それでわたくしは混乱してしまって……」
「……君の他にも聖騎士がたくさんいたなら、誰かしら『解毒』が使えなかったのか? 聖騎士というのは『仲間を癒す』ことも専門なのだろう?」
「ええ、もちろん、みな長い訓練校生活をくぐり抜け、カリキュラムをこなした騎士たちですもの。解毒ぐらいは、基礎教養ですわ」
「だというのに、君の混乱で戦線の崩壊までいったのか?」
「そこが、わたくしにもわからないところなのです」
コレンは不満そうに唇をとがらせた。
「その時の戦線崩壊はひどいもので、わたくしとともに隊列を組んでいた仲間のうち数名が、騎士団を辞することになりましたわ」
「……ひどいケガを負ったのか?」
「体のほうは特になにも。どうやら精神的な事情らしいのですけれど、わたくしがたずねても、誰も、なにも答えてはくれず……ただ、あいまいにほほえむのみで」
「……ふむ」
「ですから、あの時、なにが起こったのか……それをたしかめるためにも、わたくしは、もう一度、あの花にいどむべきだと思ったのです。……あなたたちに希望をたずねられるまで考えてもいなかった……いえ、無意識に避けていたのでしょうけれど、わたくしは、『沼地の花』に復讐をするべきだと、確信いたしました。わたくしが免職にされた真相も、今一度戦えばわかるかも……」
「そういうことなら、そうしよう。いいかな、アナ?」
アナはうなずく。
「行きましょう。それはきっと、コレンにとって大事なことだと思うから」
「……会って間もないわたくしのために、ありがとう」
「そうと決まったら、『沼地の花』のことを調べないといけませんね。なにを落とすのか、周囲にはどんな採集品があるのか、どのぐらい稼げそうか、仕事は出てるのか……ドロップ品を売るだけでも暮らしてはいけますけど、やっぱり誰かが出してる依頼をこなしたほうが実入りがいいですからね」
「……あの、ええと、わたくしは、自分を追い落とした者と戦うつもりで行くので、そうテキパキとお金の話をされると、気分が盛り下がるというか……」
「コレン」
アナは真剣な顔でコレンを見つめ――
「冒険は、遊びじゃないんですよ」
稼げる時間は稼ぎにあてないとならない。
それが儲けの少ない日雇い労働者の、悲しい現実であった。




