傍観し願う令嬢の話
仕事が忙しくて合間を縫って書く少しずつ書くつもりが、ふと思いついた内容を書いてったら今までの中で一番指が動いてしまって一気に出来上がっちゃいました。
書き直すのも勿体無かったので正式正用。
こっちを読んでからの方が分かり易いと思います。
(理性を捨てられない王子の話:http:///ncode.syosetu.com/n2681ff/)
私の婚約者、ギルガルス・ラファエ・グラディエス第一王子殿下は可愛い人です。
昔は子供らしく目に余る行動や言動をしたりしてましたが、年が二桁に届く前には自分を律する事を憶え、誰から見ても王太子に指名されてもおかしくない王子として振る舞っていました。
教育係達に教わった通りに王族として、王太子として相応しい振る舞いを身に着け実践する殿下を見るのが好きでした。
だって私と同じように、自分と言う『個』を殺して覆い隠し、誰かが求める虚像を己として振る舞うお人形になってくのですから。
ああ、私は一人じゃないんだ。この人も同じなんだと思うと、とっても楽しい気分になれるんです。
けど、人形になろうとしながら『個』を殺しきれずに思い悩む姿は私とは違ってて、とっても興味が惹かれるのです。
いつまで個を生かすのか、それとも人形である事を止めてしまうのかと考える度にドキドキします。
趣味として色んな習い事をさせられてきましたが、本心から趣味と言えるのはこの殿下の様子を眺める事以外にはありませんでした。
そんな殿下を見続けて何年になるでしょう?
私も殿下も王国最大の学院である聖マダカル学院へと入学しました。
入学時の成績は一位は殿下で次いで私と言うもの。
おめでとうございますとお声をかけた時、他の人には分からないよう取り繕っていましたが内心では何か思う所があった様子。
大方、一位という順位は“王太子”という地位を加味したものであると思って自分を卑下しているのでしょう。
私としてはその地位を含めて殿下の実力なのですから恥じる必要はないと思いますけど、そういう小さい事を気にせずには居られず、人形になりきれない殿下だからこそ見ているのが楽しいとも言えます。
是非とも殿下にはこのままでいて欲しいと思っていた頃、殿下に多少の変化が見え始めました。
何処となく明るくなり、何かを楽しみにする様子。
思考も柔軟性を得ていて、初めは学院という環境に合わせた変化だと思っていたのですが、それでは殿下の行動の変化に説明が付き難くく疑問に思っていました。
けど、とある日にその答えは周囲の可愛い取り巻き達から得られました。
なんと、殿下が一人の特待生の女子を気に入っているという話です。
あの理性によって己を自制する事が当然となった殿下が、一部からとはいえそういう噂が出る程に興味を持つ生徒。
私も気になって色々と調べたり、遠くから観察したりしました。
彼女の名前はアルマ・ノルーク。
西部の辺境にあるボーレン男爵領のノルーク村という小さな村出身の特待生。
見た目は可愛い子ですが、貴族の平均から見たら些か見劣りする容姿。
けれどその平民とは思えない理解力は驚くべき程。
その能力は私等を軽く超えていると思えるぐらいの学習能力。
殿下が彼女と会う機会を増やす為に、平民の生活を知るというお題目で特待クラスとの交流会を持ったりしたのもこの才能が目的と言われたら納得してしまう事でしょう。
確かに平民といえども有能な人材を囲い込むのは将来的に有意義で、またこの交流で“個”の欲求を抱きつつも人形でいる方を選び続ける殿下の様子がまた楽しく愛おしいというのもあり、取り巻きの皆には問題無いので手を出さないようにと告げて密やかに眺める対象を増やしました。
彼女は殿下に弄られたり無茶振りをされ、それに対して遠回しに文句を言いながらも殿下の期待に応えていきます。
当然、殿下の取り巻き達は平民が殿下にここまで関わるのを良くは思わない様子でしたが、彼女はそれにも負けず、また彼等が困った事になった時にも内心では関わりたくないと思っていたでしょうに、無視出来ずに助けたりしてました。
人形と個の間で揺れる殿下も良いですが、色々なモノに振り回される彼女もまた私を飽きさせる事はありません。
そんな二人の様子を眺めているある日にふと気づきました。
彼女、アルマ・ノルークが初めて見た頃よりも女性として輝いている様に見えるのです。
それは宝石の原石を研磨した際に覗く美しい磨かれた姿。
そして他の誰にも見えない時に殿下を見るその視線。
ああ、彼女は殿下に恋をしてるのだと、それによって自然と美しく輝き出したのだと理解しました。
けどその想いを他の誰でも無い、殿下の為に隠して普通の様に振る舞うその姿。
私はその姿に釘付けになりました。
ええ、正直に言いましょう。
私はその姿に恋をしたと言っても過言ではありません。
あの二人の様子を見続ける事が出来れたら、私はどれ程の幸いを得られるのか、想像もつきません。
殿下は己が人形である事が彼女を守ると信じて彼女の手を取る事はないでしょう。
彼女は殿下の将来の幸いを願ってその手を求める事はしないでしょう。
それによって、己がどれ程に苦しみ悲しんだとしても。
ああ、ああ、ああ!
この美しさ!私自身では決して得られないソレ!
人はそれを、とても尊い感情として『愛』の呼ぶのしょう。
私のこの歓喜、どう表現すれば他の人に理解して貰えるのか、非才な私では思いつきません。
けど、そんな私の歓喜に水を差す様に、最近になって殿下の取り巻き達が手の平を返して近づき始めました。
殿下の付き添いで教養を深めながら徐々に輝きを増していく彼女を身近で見続けたら、心変りも仕方ないかもしれません。
ですが、それにより彼女に余計な噂が立ち、また殿下も人形として彼女から距離を取り始めてしまうとなっては、酌量の余地はありません。
演劇に向かう馬車の中でそれとなく聞いてみたら、彼女との時間を減らして私との時間を増やすという藪蛇をつついてしまったのもまとめて挽回するためにも、彼等には早々に片付けてしまいましょう。
問題は彼女が被っている問題への対処ですが、いっそ彼女を私の手元に置いてしまうのもありかもしれません。
私と彼女が近くにいるのを殿下はどう思うでしょう?
私と殿下が近くにいるのを彼女はどう思うでしょう?
想像するだけで顔が緩んでしまいそう。
けれど、私は殿下と彼女が壊れるのを望みません。
私の恋と楽しみを守るためにも、お二人を私が守ってあげましょう。
ああ本当に、本当に素晴らしいものです。
もし神様が実在して、願いを叶えて下さるというのならば、私はこう願いましょう。
二人が別たれる事無く、二人の望みが叶い続きますように