ロームの休日
2話と3話の間です。
宿屋に戻り部屋の扉を開けると、カンターが仰向けで脱力している。
地獄の筋肉痛だ、もう限界だ、たまには休みが要ると連日のネムリダケ採集に音をあげていたため、今日は休みにしていた。
横抱きにしていた女を自分のベッドに寝かせ、わざとらしい声をかける。
「せっかくのお土産だが、動けないカンター君には必要ないか」
俺の発言と「お土産」を確認したカンターは、電流を浴びたかのような勢いで起き上がる。
「へへ、急に元気になっちまったみてえだ。こいつは?」
「カジノでおけらになってた女がいてな。酒に誘って盛る量の加減を試すつもりが、二杯で勝手に酔いつぶれた」
ここロームのカジノエリアは、驚くぐらい風紀がゆるい。
昼間からカジノも酒場も連れ込み宿も営業していて、男女ともに開放的な者が多い雰囲気だ。
「どうせ股を開くつもりだった女だ。好きにしていいぞ」
「さっすが~、オズ様は話がわかるッ!」
たまには楽しいこともなければ続かない。
早くも包み紙を開いたカンターは、お土産にむしゃぶりついている。
調子の良さにあきれながら、俺は買ってきたワインを開け、この街で集めたカジノエリアの情報について振り返る。
ここロームには裏の顔がある。
盛り場の脱落者を国が囲い、非合法な輩が国を出し抜こうとしている構図だ。
ワインを注ぎ直しながら、さっそく反復運動を繰り返しているカンターのほうを見る。命がかかった狩りに、匹敵するほどの真剣さだ。
最中の女の脚が揺れ動くのを見て、カマキリの鎌に似ている、などと考えた。もっともこの女は今、喰われている側だが。
ただカンターに喰われる程度で済んだのは、僥倖というものだろう。
カジノに巣食う捕食者は国とヤクザで、どちらもただでは済まされない。
国主導の八百長と貸金回収――
ここロームの国営カジノでは、モンスター闘技場が一番の目玉となっている。
昼間から手に汗と賭け証を握りしめ、声援、怒号、懇願入り混じる声で連日盛況だ。
そして後方から見ていると、闘技よりもそれに興じる連中を品定めしている人間がいることに気づいた。
失ってはいけない金に手をつけた賭け中毒は、見ていてすぐにわかる。
絶叫から失意のどん底となるが、そんなやつがいるときに限って、なぜか発表される次の対戦カードは特徴的なものになる。
鉄板試合――
弱い三体と強い一体の組み合わせで、当然強いモンスターの倍率は低い。だが実際の勝率から考えると、とんでもない幸運の組み合わせに見える。
その倍率は、二十回やって十九回勝ち抜けるようなモンスターが一・三倍。
まさに光明――
失意から一転、闘技場に隣接している唯一の国営貸金屋に駆け込み、血走った目で大金を賭け証につぎこむ。だが無情にも賭けたモンスターは一斉に袋叩きにされ、二十分の一が起きる。
イカサマが行われているのは明白だが、その訴えを聴く者はいない。
崩れ落ちた債務者は両腕を抱えられ、次の借金の懇願むなしく連れ去られる。
支払い能力がない場合、女は国営の娼館行き、男は王家管理の奴隷として公共事業の労働力となるのが定番だ。
つまり、国が賭博・貸金・奴隷制度をしきっている。
もともとは国営カジノのみだったが、賭けで身を崩して非合法に売られる人間が増えたことで、国が管理に乗り出した経緯があるようだ。
裏社会の連中に喰い物にされるような人間は、その前に国の奴隷にしてしまえということだろう。
今では三つの施策でがっちりと固められている。
カジノエリアは狭い城壁で囲われ、出入りの荷物検査が徹底されていること。
国営以外の貸金は返す義務なしと明文化されていること。
納税と国民登録がない人間を所有する者に厳罰が処せられること、だ。
だがここに集まる賭け中毒者を、何もせず諦めるのは惜しいということか。
うまく国の目をかわして、非合法な娼館や変態貴族に売り払いたいと考えてるヤクザは一定数いるらしい。
ネムリダケの粉末を卸す良客もその一人だった。
性質が性質だけに、採集後は正規の冒険者組合に売却する義務があるこの粉だが、国に売るのは美味しくない。やはり悪人がいい値段で買う。
この期間、かき集めたキノコを売り抜けて資金を築いた。
だがまもなくネムリダケは採集できなくなる。次の金づるが必要だ。
この環境、状況で堅く派手に儲けられる手段とはなにか。
イカサマには王家が間違いなく噛んでおり、下手なことはできない。
債務者候補がいるときの合図がわかれば――
いないときは強いモンスターを、いるときは逆張りで儲けることもできるだろうか。だが前者はそもそも倍率が低く、後者は三点買いになってそれほど利益も出ない。
つまり儲けるには大金をぶち込む必要がある。
イカサマで結果が操作できる胴元側に目をつけられたら、当然のように逆側の結果に操作されるだけだろう。
つまり賭けで儲けることは難しい。
人を眠らせてさらっても、城壁外に連れ出せない。
このような環境なら当然だが、カジノエリアの外は一転して警戒心が強い国となる。
カンターが楽しんでいるこの女も、カジノエリアだからこそ羽目を外しているだけだ。
それなら――
ふとグラスからまぶしさを感じ、陽が傾いてきたことに気づいた。
煮詰まった思考をいったん放棄して、もう一度ワインに集中する。
連中はそろそろロヴァニールに進んだ頃だろうか。
陽にかざして見上げたグラスの色に、暗い部屋で浮かび上がった幼馴染の髪色がよぎる。
半分寝ているはずの女が漏らす声が、決別の夜の記憶をさらに呼び起こした。
振り払おうと飲み干すほどに、余計に気分が悪くなっていく。
ワインにしたのは失敗だった。
目を閉じ、無理やり最初の目標のことを考えた。
浮かんでくる優しい笑顔に心が落ち着き、浮かんでくる魅力的な体に心がざわめいた。
この感情は復讐心とは相反するものだ。
だが今の俺の胸の内では、不思議なぐらいに両立している。
いつのまにか眠っていたが、見ればまだカンターと女は楽しんでいた。
こいつの限界はまだまだ先のようだ。
明日以降の狩りで、しっかり見せてもらうことにしよう。
これを言わせたくて主人公の名前を決めました。