事後
前話
復讐をアマルダにぶつける
「今日はそれで最後にする」
ロウガイの三ターン目が終わって声をかけた。
カンターは先に身支度も終え、誰でも開けられる合鍵を早くも作成していた。
いい気分のまま早く宿屋で寝たいところだが、油断して詰めを誤るようなことがあってはいけない。片付けは入念にやる必要がある。
「最後だけは中もウォッシュしてくれ。ヒールも忘れずにな」
そこそこの時間が経っているため、裏の用途としてはもう遅い。だが翌朝に気づかせないためには必要だ。
降りる前にいったんじじいの部屋を開けた。
「じじいの鼻の奥にこれを突っ込んでから帰る」
かばんから小さな皮袋を取り出す。
「これは……透明な、なんでございましょう」
「ポイズンジェリーの死骸の一部だ。二、三日ほど軽い体調不良になるぐらいだな」
まったく仕込みも楽じゃない。
まさか毎回ワインを持ってくるわけにもいかないし、次の口実は必要だ。
「次に訪ねる口実はロウガイのじじい訪問治療だ。この手段は一回だけだがな」
「へへ、アニキはそつがねえな」
「毒ですか! ならば是非、拙僧にお任せください」
ロウガイが黒い笑顔で手を差し出す。やけに押しが強いと思ったところで、以前の死因を思い出した。
誰がやってもいいことは、楽しめる者がやるべきだろう。
「は! 本当は毒で死にゆく経験を教えてやりたいぐらいですがな。微量しか塗り込めないのが残念です」
ロウガイはさっきまでとは正反対の手荒な手つきで、ぐりぐりとじじいの鼻の穴にジェリーを詰め込み出す。
「おっさん、いったいどうした」
「私が以前死んだときのことです。魔力が枯れ、解毒アイテムも残り一つだというのにダンジョン撤退提案を却下されましてな」
悪いことは、えてして来てほしくないときに来る。
レオとロウガイは同時に毒をくらい、当然レオは自分に解毒アイテムを使わせた。
ロウガイは毒状態での撤退になり、奮闘虚しく出口付近で力尽きた経緯を説明した。
「勇者の話なら、もうその程度は驚かねえな」
「そうかもしれませんな。ですが毒で命の砂時計が落ちゆく感覚、いつか必ずあのくそ勇者に味あわせてみせますぞ」
ランタンに照らされるロウガイの笑顔は、まさしく悪魔のそれだった。
家はすべて入ってきたときのままに戻し、入念に痕跡がないことを確認して鍵を閉めた。
街灯も無くなった深夜のため、夜目が効くカンターの肩に手を置いて宿屋に戻る。
「しかし、本当に中のウォッシュはすぐにかけなくてよかったのですか?」
「お尋ね者にはならねえって言ってたろうに」
宿屋に戻って服を着替えながら二人が聞いてきた。
この手の認識違いを感じるあたり、二人はまだまだゲスにも悪魔にもなりきれていない。
そもそもこれは復讐だというのに。
「眠らせて気づかせず、すぐに後始末までやっては旦那不在の人妻向け慈善事業にしかならん」
「お、おう、たしかにそうだな」
「今後もすぐに後始末するのは無しだ。それで『手遅れ』にさせた後がこの復讐の肝だ」
そう、俺たちは別にアマルダに恨みがあるわけではない。
もちろんくそ勇者に育てた責任はとってもらうが、復讐対象はあくまでレオだ。
レオにダメージを与えることこそが復讐だ。
「『手遅れ』にさせた後はいかがされるので?」
「金策がどこまでうまくいくかと、アマルダの態度次第だ。三パターンを想定している」
「三つもか」
「お聞きしたいですな」
余計なことを言った。
二人はベッドに入ろうともせず、あぐらで座って話をしたがっている。
張り切りすぎたこともあって早く寝たいのだが、難しそうな雰囲気だ。
「殺す、連れ去る、放置の三つだ」
諦めて深く息を吐き、順番に説明していく。
「まず殺す場合。レオへのダメージ狙いなら一番優秀な方法だな」
ただし死亡をレオにわからせる場合、死体を片付けられない。
衛士の犯人探しにより、直前のあの家の出入り情報などで怪しまれる可能性はある。
それがレオの耳に入れば、今後の復讐の支障にもなるかもしれない。
「やるならじじいと共に裸にむいて、乱暴された果てに相討ちになったよう細工するのがいいかもしれんな」
「勇者の血筋の評判も地に落ちましょうな」
「さすが……アニキだぜ」
カンターの生唾を飲み込む音が響いた。
「連れ去る場合はさらう・匿うの、さらに二つに別れる。最終的な復讐のとき、母親を利用できる点がメリットだ」
「さらう場合はわかるんだが、匿うってなんだ?」
「世間の目から、ということでしょうな」
ここは元・王家文官のロウガイが察して説明に加わった。
勇者の家は王家からの援助で食っている。
勇者の留守を預かるアマルダが、旦那不在で子を産むなどは体裁が悪い。
最悪の場合はその子を理由に勇者血筋から外れたとして、王家からの生活費援助打ち切りも考えられる。
「なるほどな。ボテ腹の間、よそで面倒見てやるよってことか」
「レオ殿は母親依存が強そうな性格でした。行方不明とわかれば精神的ダメージもありましょうな」
「さすがに復讐の協力者にはならないだろうが、よその土地でアマルダを利用できるなら悪くはない」
二人もいい方針だと言わんばかりの顔だ。だが考えている金策がうまくいかなければ、この案は難しい。
「最後にこの大陸から俺たちが立ち去る場合だな。弟のプレゼント程度でレオのダメージになるかはわからんが、復讐手段は他にもある。アマルダにこだわってリスクを増やすこともない」
「ふうむ。匿う場合もなのですが、自身の体に子を宿したと気づいた場合、こちらを疑ってきませんかな?」
「気づかず宿したなら普通は義父を疑う。他人に相談したところで同じ答えだろうな。俺たちについては証拠もない」
「それもそうだわな」
疑念を持たれて接触を避けられる場合はともかく、俺たちは現行犯で抑えられる心配は無い。
あるとすれば、何かおかしいと気づいたアマルダが知り合いに相談し、監視を依頼するような場合だろうか。
しばらくは無いだろうが、ことに及ぶ前に人が潜めそうなスペースは確認するのが無難だろう。
「それに『気づかず宿した』とは思わんだろう。予定どおりに進めば、どこかで一度、目隠しで起こしてから楽しむつもりだ」
「なっ、それは……」
二人とも驚き、恐れ、歓喜が入り混じった顔になった。
「や、やりてえが、大丈夫なのかい」
「心配は無用だ。段階も踏むし手段も考えている。金策の仕込みで二ヶ月ほどはここメルバラン大陸でしっかり働いてもらう」
話の終わりを諭すようにブランケットをめくって横になった。
「オズ殿にそう言われると、安心してついていけますな」
「おれもアニキみたいになりたいぜ」
「何を言う。お前がなるのは父親だ」
最小限の声量で話すのは癖付いたが、最後の下卑た笑い声だけは全員はばからずに上げた。
愉快な夜だった。
これからの楽しみにはやる心をなだめ、明日に備えて眠りについた。
たくさんのブクマと評価ありがとうございます。
更新のモチベとして活かします。