イニシエーション
前話
アマルダ眠らされる。
※復讐心の心理描写です。
夜の通りを静かに進んだ。
通り側ではなく城壁側に玄関があるため、鍵を開ける姿が誰の目につくこともない。
手間取るようなら灯りをつけようと思っていたが、カンターは息を吸って吐くだけの間にすんなりと開錠した。
入るとすぐに鍵をかけ、先ほどのまま散らかっているテーブルを横目に二階へ進む。
念のために先にじじいの寝室に入り、口元に粉を挟んだ布を添えた。
わずらわしい下準備はこれで終わりだ。
まだ準備のすべてが終わったわけではないが、ここからは何もかもが充実した心地でやれるだろう。
アマルダの部屋の扉の前に立ち、手でゆっくりと押し開ける。
一つ目の扉を開けると同時に、ずっと感じてきたこの既視感が何なのか、今このときにやっと理解できた。
これは子供の頃の初めての猟だ。
初めてうさぎ罠を仕掛け、罠の中を確認したときのそれだ。
今は初めて人を、それも知り合いである勇者の母を獲物と狙い定めている。このように胸がときめくのも当然だろう。
獲物は着替えもせずにベッドに入っていた。
入り口側にランタンを置き、体半分のみにかかっていた薄手のシーツをはぐ。
規則的な寝息、紅潮した頬、かすかに開いた口がいっそう童心を弾ませた。
はやる気持ちのままに手際よく、しかし手荒にはならないようにボタンを外す。
「ロウガイ、頼む」
ロウガイは返事の替わりに詠唱を発した。
「ウィークネス」
紫色の光が真っ白な肌を妖しく照らした。
感覚を鋭敏にしてダメージを増加させるその魔法は、裏の用途も優秀だ。同じ効果を持つ弱化ポーションは不妊治療や夫婦仲改善のお役立ちアイテムとなっている。
「最後の準備は少し時間がかかる」
「入念でございますな」
「違和感を残さないための準備は万全を期する」
疑念を抱かせぬよう、復讐のあとにウォッシュとヒールは必須だが、綺麗になっていればいいというものでもない。
酔いつぶれて寝た身が、翌朝になって身も衣服もさっぱりしすぎているのはむしろ不自然だ。
ならば衣服を汚れたままにしておけば、良策のカモフラージュとなるだろう。
自らでじっとりとしみさせて、それにはウォッシュをかけなければいい。
多少の不快感が馴染んで、泥酔後の目覚めとしては自然な具合となるはずだ。
復讐の最後の準備は、単調かつ順調だった。その様子から、深く眠りに落ちていてもウィークネスはしっかり効いていることがわかる。
二人にも手はずは説明済みのため、焦れることもなく思い思いに楽しんでいる。急ぐ必要はまったくない。
気づけば吐息が少し荒くなっていた。顔と首元にはうっすらと汗がにじんでいる。
頃合いだろう。
復讐の準備は終わった。
獲物をぐいと摑んで、復讐の道を一歩ずつ進む。
そのときの心地はとても言葉では言い表せなかった。
無理に列挙するなら高揚、興奮、劣情、怒り、緊張、好意、使命感、陶酔などだろうか。
それらすべてが自分の中で押し固められ、そして柔らかく包まれ、快感と共に溶けていくように感じた。
二番目の扉の先には悪魔が待っていた。
無法と縁の無い人生だったが、今はためらいも後悔もなく、復讐心と欲望をないまぜにして当てつけている。
悪魔に売約済みだった魂は、これで売却済みになったと思った。
今までは生きるために獣を狩った。
これからは生きるために人を狩る。もはや狩らずには生きていけないだろう。
そう確信するほど、初めての獲物は格別だった。
やがて次の扉に達した感覚を得た。
この三番目の扉を開けたら、きっと真の悪魔になれると思った。
列挙しきれない感情をぶちまけ、達成感、脱力感が残った。
通過儀礼は完了した。
俺の悪魔を育て、解き放ってくれたレオには感謝しないといけない。もちろん、ありがとうなどと言いに行くわけではない。
悪魔の礼は最大限の非道で返すが伝承の常だ。
短期的な目標と定めたが、ここはまだその中でもスタートラインでしかない。
「復讐の仕込みはこれからだ」
俺のつぶやきは、今まさに復讐に夢中な二人には聞こえなかったようだ。
見れば二人の顔も、順調に悪魔に憑かれたような表情になっていた。
※復讐心の心理描写です。




