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さじ加減

前話

じじい殺害

 翌朝、アマルダ邸には大勢の衛士が駆けつけて西区は朝からざわついていた。

 衛士に声をかけると、すぐに立会いを要求されて現場に戻ることになる。どうやら昨晩最後に会っていたことは伝わっているらしい。


 アマルダは玄関脇の段差に腰掛けてうなだれていた。髪の間から見えた横顔は青白く震えている。


「アマルダさん、お気を確かに」

「オズ君……」


 一声だけかけて中に入ると、心配していたじじいの剣は自室にあったはずの革のさやに収まり脇に置かれていた。聞けば勇者の直系血筋ということもあって、蘇生の判断を仰ぐべく衛士は真っ先に教会の神官を呼んだという。

 蘇生は不可と判断したものの、刺さっていた剣の呪いには無事気付けたようでなによりだ。


 ひとしきりじじいの死を嘆いたあとで、衛士長に促されるままビレソンを見て考え込んでみせた。


「この男は……」


 あまり説明しすぎないように黙り込んでみたが、衛士長は現場を疑うこともなくぺらぺらとしゃべりだした。


「見覚えがありますか? 実は名義札を持ってまして、なんと国番号がロームだったんです!」

「……言われてみればロームで見覚えがあるような気もします。この葉巻は高級品で、裏社会の連中も好んで吸っていますね」

「国外から犯罪者が、しかも勇者様のお祖父様を手にかけるなどとんでもない事件です! カンロニー様からオズバルドさんとロウガイさんの協力を仰ぐように言われておりまして――」

「ええ、もちろん。ロームの事情には詳しいつもりです。行きましょう」


 早くも衛士は死体を王宮に運び始めていた。

 死斑の場所や移動するかどうかの確認などもまったくしておらず、死体がよそから持ち込まれたという発想はまったく持ってなさそうだ。




「勇者レオ様のお母様、当面は王宮でお過ごしください。今、居室を準備していますので!」

「はい……」


 アマルダは相変わらずうつむいたままでかすかに返事をした。呆然としているわけでもなく、目は細かく動いて何かを考え込んでいる。

 さて、この女はこれから当然投げかけられる問いかけにどう答えるか。


 衛士詰所の大部屋に現れたカンロニーも交えて衛士長と話をすることになった。


「同じ質問ですが、改めて犯人の顔を見て思い当たることはありませんか?」


 ありませんとアマルダは顔を上げずに言った。

 四日前に暴行されたことをアマルダが言うかどうかで路線が変わる予定だったが、どうやら簡単なほうに進んでくれたようだ。他の者に知られたくない話でもあり、今更言っても「なぜそのときに泣き寝入りしたのか」と責められるのは目に見えている。だがささいな嘘によってのちに袋小路に追いやられるとは考えてもいないようだ。

 俺は信じていなかったが、素直さは身を助けるとは真実だったか。


「お休みになってから、お部屋で何か物音など聞こえませんでしたか?」

「何も気づきませんでした……」


 侵入者と住人が殺し合いになったあの惨状で、派手な音がしなかったわけがない。ビレソンが家に入る際はどちらかに招き入れられたのではないかという発想は、すぐにそのままアマルダへの容疑につながるはずだ。

 もちろん救いの手を差し伸べる役割の俺が問い詰める必要はない。

 勝手口のかんぬきや雨戸や格子窓が閉められていた状況でもあり、間違いなく「玄関の扉は朝どうなっていたか」と聴取されるだろう。そのときに「別れ際にかんぬきをかけてましたよね」とそっと一言添えるだけで充分だ。

 嘘をついてないか、何か隠し事をしてないかと指摘されて狼狽するアマルダが頭に浮かび、思わず笑みが漏れそうになる。


「なるほど、ありがとうございました!」


 だが衛士長は簡潔な質疑応答を紙に書き終えると、カンロニーを見てこくりとうなずき羽ペンを置いた。

 戸締りや最近のじじいの様子どころか、テーブルの酒についてすらまだ質問されていないが、まさか聴取がこれだけで終わるのではあるまいな。

 仕事をしろと内心で檄を飛ばしたが、悪い予感は当たるものだ。現場の話を一区切りとしたカンロニーは苦々しい顔で別件を口にしだす。


「実は捨て置けない知らせが、今日になってもう二つも王宮に入ってきてな」


 南のジーロ村と北西の孤児院からすべての人間がこつぜんと消えて、どちらにもビレソンの持っていた葉巻が現場に残っていたとカンロニーは告げた。


「そんな……父は……」

「誰一人として所在が知れぬ」


 アマルダは座ったままがくりと前傾して机に突っ伏した。

 カンロニーは慌てて使用人を呼び、アマルダを休ませてやるよう指示を出している。両脇を支えられながら出ていくアマルダを心の底から心配している様子で、まったく疑っている気配はない。


 ロームの名義札を持つ者と買い物以外で外出しない勇者の母では、つながりが想像しづらいのは理解できる。だが明らかに不自然なあの現場に何一つ疑念を持たないとはさすがに予想できなかった。

 投獄されるほどの確証はなく、絶妙な具合で疑惑が残るという状況を狙っていたつもりだったが、どうやら俺はさじ加減を失敗したらしい。いっそビレソンの下着を二階の廊下に放り捨てておくぐらいすればよかったのだろうか。


 アマルダが使用人に連れられていった直後、衛士長はこちらを向き直ってさわやかに言ってのけた。


「それでオズバルドさん、ロウガイさん。本件はどのように調べていけばいいと思いますか?」


 こいつらの無能ぶりには俺も頭が痛い。チラ見した先のロウガイも、目を細くして白けた表情をしていた。




 話し合いでは質問や情報整理を装いつつ、さっさと予定に向けて話を進めていくことにした。


「まずは孤児院とジーロ村の犯行がいつなのか特定したいですね」

「おぉ、聞いておるぞ。孤児院は朝の祈りで近隣住民が訪れるらしくてな。一昨日の朝までは何ともなかったらしい」

「ジーロ村は特定できませんが、とある家の暦は十四日前までは印がついていたそうです!」


 続いて誘惑の遺跡入り口の衛士から異常な報告がなかったか確認するも、当然のように多人数や子供含む一般人の通過などはなかったらしいと二人はうつむいた。


「……やはり魔法船しかないでしょうね。複数犯による多人数誘拐と見るべきでしょう」

「ロームやリスボアルの大手貴族が噛んでいるということですかな。そうなると、単純に地通じの扉で協力要請をしても成果は得られますまい」


 ビレソンからは否定されたばかりだが、どうせこいつらが知るわけもない。

 ロームに問い合わせたところで、真実がどうあれ「誰もそんな物は持ってない」の一言で終わりだろう。


「むう……なんたることだ……」

「たしかに孤児院もジーロも海辺ですね……」


 先ほどは無能な二人と断じたが、何をどうしたらいいのかわからないといった様子を見て、これはこれでやりやすいと思えてきた。


「カンロニー様、ご安心ください。本件は私にお任せいただきますよう」

「お、おお……自信にあふれておるな。何か心当たりはあるのか?」


 わかりやすく目に希望を取り戻したカンロニーに、あてと要求を順番に説明していった。


「こちらでいうカンロニー様のような、ロームの有力者と懇意にしております。高潔な方で、間違いなく内密な捜査に協力してもらえるはずです」

「おお」

「つきましては三点ほど願いをお聞き入れください」

「……申してみよ」


 表情の落差が凄まじく、目と眉は閉まった財布の口のようになった。金なら出せんぞという圧力が強いが、欲しいものはそれではない。


「一つ目は勅令状です。他国相手とはいえ、メルバラン王家の保護下にある調査活動だと明言していただくことで情報収集もうまくいくかと思います」

「ふむ、すぐに準備しよう」


 本来は国王にうかがいをたてるべき内容のはずだが、大抵のことを取り仕切っているカンロニーの裁量は広い。金がかからない以上は問題ないということか。


「ありがとうございます。期限はとりあえず二年で『メルバラン王家にとって最も尊重されるべき活動であり他国他者にも協力を願う』と、必ず記載をお願いします」

「わかった。それについては問題ない」

「二つ目はビレソンという者の人相書きをローム王家に送ってください」

「よかろうよかろう。すでに作成もしておる」


 四日後の定期連絡の日ではなく、魔法使いと僧侶を動員して地通じの扉を二日後の朝一番に稼働させてほしい点も伝えた。


「三つ目はレオの母に、捜査の状況や見通しなどを一切教えないようにお願いします」

「おぬしの希望ならそのようにするが……どのような意図であるか」

「勇者邸が襲われたということは、レオに対して恨みを持つ者の犯行である可能性があります」

「壮行会の事件だけでなく、各地でも色々とやらかしているようでしてなあ。あ、この話は内密に願いますぞ」

「ふむ……ありそうな話だな」


 身もふたもないカンロニーを見て衛士長がしかめっ面をしているが、異論があるわけでもなさそうだ。

王宮で事件を起こしたこともあってか、そこそこレオの性格については広まっているらしい。


「母親にしてみれば不安な状況です。そして不明なことばかりのうちにあれこれ教えては、王家の保護を頼りないと考えだすかもしれません。そうなると最悪、魔王討伐後のレオに別の居住地を希望する可能性もあります」

「む、それはいかんな……」

「ですのでオズバルドと有力な者たちに任せている、順調に解決に向かっているぞとだけ、できる限り前向きに伝えておいてください」


 こいつらが察してくれない以上、アマルダを追い込むには多少の工夫が必要になってくる。とってつけたような理由であまり機転も利いてないかと思ったが、カンロニーはあっさりと快諾した。


「あいわかった。おぬしには苦労をかけるな」

「はは、苦労などとは思いませぬ」

「メルバランのために働けること、まこと無上の喜びでございますぞ」





 前回のロームからの定期連絡の内容を確認してから王宮を出た。

 門から離れたところで、途端にロウガイが深いため息をつく。


「うまく動いてもらえないものですなあ」

「構わん。アマルダを追い詰めるのはもう数日先だ。とりあえずは予定していた要求が通れば現時点では問題ない」


 あいつらが動かなくても、疑われていると信じさせればいいだけだ。三つ目の要求とじじいの手紙があれば問題なくやれるだろう。一応のつもりで書かせたが、安全策を準備しておいて本当によかった。


「やはり様々な想定が必要になるものだ。悪事は一筋縄ではいかんな」

「ロームの仕上げはつつがなく進めたいものですなあ。山場とあって拙僧も緊張してきましたぞ」


 次が金策の総仕上げであり、そのためにメルバランとロームで様々な準備を進めてきた。


「ロームは一日にして成らずというが、俺たちもこの地でしっかりと積み重ねてきたものがある。やり遂げてみせようじゃないか」

「もちろんですぞ。しかし育成などもまだ残っているとはいえ、この地を離れるときが近いと思うと少し寂しく感じますな」


 宿屋へ戻る帰り道、ふと見やった勇者家の屋敷は王家の衛士が見張りをしていた。

 住人がいなくなったせいか、それともじじいの怨念が瘴気とでもなったか、明るい日中の日差しを受けてなお薄暗く陰っているように見えた。


お盆が明けるまでにはメルバラン編を書き終える予定です。


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