地下
前話
孤児院丸かじり
ビレソンを呼びつける前に少しだけ作戦会議をした。
「おそらく連中はここに馬車を止める。罠を踏み抜くか、商品を見るために背を向けた瞬間に襲いたい」
釘を上向きに突き抜けさせた板を設置し、たっぷりと麻痺の毒液をかけた。
「枯葉と草で……こんなものですかな」
入念に場所を確認してからすべての板に覆いをかけた。この暗さならまずまず気付かない仕上がりではあるか。
「何人で来ますかね」
「アジトを空にはできんだろう。おそらく馬車二台で四人だ。取り逃がさないようにかからねばならん」
そこでコージーがにやりと笑い、かばんから拳ほどの大きさのアイテムを取り出した。
「おお、買えたのか」
「組合所の掲示で、ロヴァニールと行き来してる連中から買い取れました」
「それはなんですかな」
「蜘蛛糸球だ。この油紙を半分外して相手に投げつければ、べったりと糸がまとわりついて機敏に動けなくなる」
「コソ泥時代はこいつによく助けられたもんよ」
ロームでは売ってない品だったが、今日間に合ったのは大きい。相対している場合は腕を、逃げる相手には下半身をめがけて投げるよう伝えて各自に持たせた。
「拙僧は初手ファストムーヴで参りますぞ」
「じゃあカンター、使いを頼む。同じ馬車には乗らず、場所を手下に伝えたらさっさと建物を出てくれ」
「へぇい」
しばらくしてカンターが戻り、直後に遠くから馬車の音も聞こえてくる。
「もう飲んでいいぞ」
ポーション類を飲み干し、暗闇に容器を放り捨てて到着を待った。
馬車から二番目に降りてきたビレソンは、開口と同時に並べた商品に近寄ってきた。
「やあ今日はよろしく。競り合う仲買人はまだかい?」
「まもなく来るはずです。査定をしながらお待ちを」
「わかった。それにしても、この人数を同時にさらうなんてすばらしいお手並みだね」
近づいて来たところで、狙いどおりに部下の一人は麻痺針の罠にかかった。
「ぐっ……あ……」
「ファストムーヴ」
「なっ、おまえら――」
ビレソンは得物の短刀を抜いたが、腕や指の防具はつけていない。
突きのフェイントに反応した払いの手にあっさりと第二の突きが届き、麻痺毒でがくりと崩れ落ちる。
残りの部下二人はどちらも蜘蛛糸球をくらい、苦もなく制圧完了となった。
「馬車に全員押し込んでから移動だ。各自で御者を頼む」
「糸で地面にくっついて取れねえ」
「ところが炎の剣なら、一刀両断スッパスパ!」
「せ、拙僧も欲しくなってきましたぞ!」
持ち物だけ確認してから北側の林に移動し、空になったビレソンの馬車はいったん放置とした。
「あとでここに戻る。魔除けの聖水を頼む」
北門のやや北西側に到着したとき、すでにケイビーンは馬車を止めて待機していた。
「あんなとこで取引すんのかよ」
「そうだ」
同じように門の衛士側に馬を向け、馬車をぴたりと並べて止めるとケイビーンは愉快そうに感心する。
「おもしろい取引方法を考えるもんだよ」
馬車後方から商品を取り出しては、一人ずつ代金を受け取りつつケイビーンに売り渡した。
馬車の幌が影になっているため、門にいる衛士からは死角となる。
「大丈夫だとは思うが、衛士が来たらそこで取引終了して逃げるからな」
「それはこちらも同じです」
衛士の交代時間は確認済みで、それまでは持ち場の門を離れてこちらに来ることは考えにくい。
結局、何事もなく三十一人の取引は完了した。
「まいど。今回もいい取引ができた」
「ではそちらは西側、こちらは東側移動で」
お互いに馬車の進路を東西別にして別れた。
今日の気を張る予定がすべて終わったせいか、ビレソンの馬車まで戻る間はほっとした空気となる。
「顔色までは見えぬ距離とはいえ、ひやひやしましたぞ」
「お互い手出しできねえように、門の近くで取引したってことか」
「そうだ。そもそも三十一人の取引金額はお互いにとって危険すぎる」
八人分なら今後の取引や襲撃失敗の危険性を考えて誠実な商売もするだろう。だが大金は人を凶行に走らせる。
三十一人分の代金を持たせた客なら、アジトの中で葬ってしまいたいと思うのが仲買人という人種だ。
そして同じ理由で連中も外の取引は警戒する。
特にケイビーンは穏健派らしく、この方式以外では外の取引など了承しなかった可能性が高い。
「それでビレソンはあんな大金を持ってたんですね」
「確実に競り勝って、相手の仲買人が先に消えたら襲うつもりだったんだろう。回収できる金ならいくら積んでも懐は痛まんからな」
ビレソンは武闘派の地下者で、荒事もいとわないとうわさで聞いていた。
もっとも金だけせしめようと考えていたのはこちらも同じだが、だからと言って「気が合いますね」などと仲良くなるわけではないのが悪党というものだ。
四人を馬車から降ろし、まずはざっとしか見てなかった持ち物を確認した。
「名義札も持っていて、ビレソンは本名なんですな」
「ネムリダケの粉も補充できたのは大きいですね」
持っていた道具や武器はネムリダケと短刀のみだった。これではよっぽど仕掛け方を工夫しなければ、無傷で同人数の制圧はできないだろう。
俺たちが商人を装っていたのもあるだろうが、なめられたものだ。
「ではこいつだけ頼む」
「デトクス」
「てめえら……調子乗りすぎてると後悔す――」
ロウガイから借りたメイスを上段から振り下ろすと、低く短い音が響いた。
口を開いた部下は物言わぬようになり、その場で力なく横たわる。
「余計なことはしゃべらなくていい」
バックに貴族がいる場合、蘇生のつてを持っている可能性もある。
最初の一人を見せしめにするのであれば、蘇生の可能性は完全につぶしてみせたほうがよさそうだ。
「いいか」
もう一度、部下その一にメイスを振り下ろした。先ほど同様、腹に響くような低い音が鳴り、以降は説明と部下その一への打撃音を交互に三人に聞かせた。
「今から俺が質問をする」
「非協力的なやつは必要ない」
「嘘つきも必要ない」
「俺たちはまもなくこの町とはおさらばだ」
「欲しい情報がもらえるなら殺さない」
最後はあまりいい音が鳴らなかった。もはや蘇生が不可能なことも見た目ではっきりとわかる。
「では三人ともデトクスを頼む」
順番にロウガイがデトクスをかける間、しゃべる者は一人もいなかった。
手足を縛ったまま正座させ、メイスをビレソンの肩に置いて再開する。
「まずは顧客情報だ。十三日前に俺たちが売った姉妹と弟の売却先を言え」
部下は一言もしゃべらず、わずかな沈黙を破ったのはビレソンだった。
「知らない。店にしろ貴族にしろ、使いの者が来る」
「……聞こえが悪い耳のようだな」
メイスをロウガイに返し、今度はカンターから目線で短刀を借りた。
「非協力的なやつは必要ないと言ったぞ」
「まっ、やめぐううう! ぐあああああ!」
引っ張ったビレソンの耳の上に短刀をあて、前後に押し引いた。
切り落とすつもりはなかったのだが、激痛で身をよじられたこともあってぷっつりとちぎれてしまう。
「使いが来るなど当たり前のことを言うな」
片耳がなくなったせいか、痛みのせいか、うつむいて荒々しく呼吸する様子からはもうこちらの声が届いてないように見えた。
改めてちぎれてない側の耳を強くつかみ、もう一度問いかける。
「使いを尾行したり、下取りした奴隷の口から情報を得たりできるだろう。それすらしてない無能なら今ここで殺してやる」
実際、賃借り馬車屋までつけられたこともある。尻尾は掴ませなかったが、長い付き合いのキヴォンヌ相手にも当然やっているだろう。
「キヴォンヌだ……キヴォンヌ伯爵にあの四人は売った」
ようやく確信していた名前が出た。これで殺さず治療してやれば、部下に生存の希望を見せられて尋問もスムーズにいくはずだ。
「治してやれ」
「ヒール」
新鮮な傷口ということもあってか、あてた耳はヒールでじわりとくっつき始めた。
治療が終わってからビレソンを眠らせ、もう一度馬車に運び入れさせた。
「さて部下の諸君、予定ではもう一人だけ生き残れる。ボスもぐっすりで、あとで叱られることもあるまい。死にたくなければどんどん口を滑らせていこう」
「何でも話す。なりたくて部下になったわけじゃないんだ」
「兄さん、そいつは田舎もんのぺーぺーで何も知らんぜ。俺はこの仕事も七年目だから、何でも聞いてくれ」
ぺーぺーはアジトについて、七年目は顧客、別の仲買人、非合法の組織と店や貴族とのつながりなどを、まさに洗いざらいといった勢いでしゃべった。
「なるほど、有意義な情報ばかりだな」
「兄さんの役にたてて何よりだ。俺を部下にしてくれたら絶対、役に立つぜ」
「なっ、俺だって――」
「うるせえ! お前はなりたくなかったって言ってただろ!」
口喧嘩をよそに、あとはアジトの処遇をどうするかと考え込んだ。
このような事態でも反撃に転じられるような仕掛けが待つ可能性もあり、最初はアジトの金まで狙うつもりはなかった。
だが残っているはずの人数は二人らしく、金庫の場所も把握できて案内役までいる。ここは強欲にいくべきところだろう。
「いったん別々に話をするか」
ぺーぺーはそのような仕掛けがあっても知らされてない可能性もある。先に眠らせて七年目から尋問することにした。
「今からアジトにある金目の物もいただくが、お前は留守番だ。つまり俺たちが失敗してすぐに帰れない場合――」
「もちろん兄さんとは運命共同体だ。扉を開けさせる合図には決まりがあるからそれを教えるぜ」
七年目を眠らせてからぺーぺーに尋ねても、得られた情報は同じだった。
「デトクス」
あとはどちらを案内役にするか。そう考えたところで、持ち物確認をしていたコージーが意味ありげな目線でぺーぺーの名義札を見せてきた。
「モーメン?」
「ああ。出身はメルバランなんだ」
メルバランで聞く名前だが、ひっかかったところはそこではない。
「地元に残してきた婚約者や恋人はいるか」
「あ、ああ。婚約者を待たせている」
「名前はなんという」
「ウェンディだ」
「兄さん、そいつに情けは要らんぜ。奴隷の尻を味見しながら、もう故郷も婚約者もどうでもいいとか言ってるやつだ」
「でまかせを言うな!」
「言ってただろうが!」
精鋭軍入りだろうと思ってコージーに軍管区情報を探らせていたが、地下組織に身を落としていたのか。こういうのを行き掛けの駄賃というのだろう。
「家族や友人などが知らない、お前とウェンディだけの性的な事情を詳しく教えてくれ」
「はい?」
「個性的な話が聞けたら殺さない。だが嘘はあとでわかるからな」
「兄さん、俺も猥談ならかなりの引き出しが――」
「ちょっとお前は黙ってろ」
最初は当惑していたモーメンだが、命の危機ともあってこちらも洗いざらいに白状した。
「なるほど、参考になった。ではアジトにはお前を連れて行ってやろう」
用済みになった七年目を蹴倒し、背中から心臓めがけて剣で貫いた。
「え、なん、ぐぇ……」
「……ふぅ、ありがとうございます……ありがとうございます……」
七年目の死に様を見たモーメンは心の底から安堵した様子を見せた。
再度ビレソンの馬車は現地に放置してアジトへ向かった。
「開いたらこの釘を手近なやつに突き立てろ。それを成功させれば、めでたくお前も生き残りだ」
「はい」
アジト待機組の二人は警戒することなく扉を開けた。一人はモーメンによって即座に麻痺させられ、残る一人もすぐに両手を挙げての降参となる。
いったんビレソンを馬車からアジトに運び、じっくりと回収作業に入った。
「大きな金庫ですなあ」
「これを運び出すのはきつい。カンターの腕前に期待しよう」
「ちっと時間かかるぜ」
「装備はそこまでいいものはないですね……」
「あ、こいつの指輪は純ゴルで、没落貴族の質流れ品らしいです」
モーメンは調子よく、麻痺しているアジト組の男から指輪を取り上げようとしている。
「あれっ、全然……取れない」
「指から落とすか」
「は、はは……この二人も芯から悪人なんで。殺しておいたほうがいいと思いますよ」
「そうか」
指輪を回収後、さっそく二人とも始末した。あとはかさばる装備品と金庫で用事は終わりそうだ。
「こんなところか」
「は、はい、お疲れ様でした」
モーメンはアジトの装備をひもでくくる手伝いをしながら、半分ひきつった顔で必死に機嫌を取ろうとしてくる。
「そういえば『嘘はあとでわかる』って言ってましたし、ウェンディのこと知ってるんですよね」
「ああ」
「狙ってるんなら、俺の名前を出せばあいつはどこにでも来ますんで」
「ほう」
「へへ……お堅いように見えますけどね。嫌がってても、ぱっくりずぶっとやっちゃえばすぐに――」
「はは、こんな感じか?」
モーメンの陽気で小気味よい表現に、呼応するように剣を刺し入れた。
だんだんとひきつりが消えつつあった笑顔だが、またも自然さを失ってゆがんでいってしまう。
「あ……な、ん……ごぼっ」
事切れたモーメンから剣を引き抜き、名義札を回収してから深くため息をついた。
「まったく、笑えるぐらいに悪人とクズばかりだ」
「ほんとにそのとおりですぞ」
「余計にゴルの清らかな輝きが際立ちますね」
「よっしゃこっちもぱっくりちゃん」
開いた金庫には大量の大ゴル貨幣が詰まっていた。
コージーの言うとおり、暗く汚く臭いこの部屋の中で、ただゴルだけが曇りなく輝いていた。




