開幕
前話
生贄四人を勇者召還させて一般民へ
生贄四人がすぐに出てこないのを見届けてから、道々で予定の周知をしつつメルバランへの帰途を急いだ。
「寝たままアマルダを楽しむのは今日が最後だ。明後日は最中に起こす」
「なんか狙いがあってコージーの声を聞かせんだよな」
「狙いというほどでもない。レオへの報復で暴行されたとアマルダに認識させつつ、かつ泣き寝入りに落ち着く程度に手加減する。本格的な悲劇は五日後だからな」
暴行の自然な状況などというのもおかしな話だが、違和感を残すわけにはいかない。
大勢の犯人がいるのに一人しかしゃべらないのでは、知っている者の犯行かと疑念を抱く可能性もある。明後日はコージーとだんまりの俺だけで行くのが無難か。
それと怪我をさせて義父が騒いでもよくないが、回復ポーションまで使うのも不自然になりそうだ。
総合的に考えると単独犯か二人組で暴力軽め、浄化ポーションを使ってやるぐらいの流れで問題ないだろう。
「おれぁ夜は姉妹と遊ぼうかと。あにきの言ってた侵入経路二つ目は、西の格子窓が外せるようにしといたからよ」
「拙僧も姉妹と打ち合わせで、明日は朝一でタビガラスの様子を見て参りますぞ」
最後になるかもしれないと示唆したところで、あの姉妹がいてはこうなるか。まあ予想はしていたが。
お決まりの流れで一人でアマルダを楽しんだ。
一日置きの仕込みで、最初の頃よりもかなり仕上がって来ている実感もある。明後日はどのような顔を見せてくれるのか本当に楽しみだ。
翌日は夕方までザリガニバチの森で育成をして、夜にロームへ到着してからはすぐに就寝した。
――明けて翌日。
「決行日は近い。今日は別行動で細かい準備だ。俺とロウガイは製塩所の町に馬車を移動させておく」
カンターはキヴォンヌ邸の外観確認とハヅキ情報の照らし合わせを伝え、お互いに出発した。
――モンスター闘技場観覧エリアの一画。
勝ち抜けモンスターが決まり、怒号と歓声が静まるのを待ってからロウガイは口を開く。
「それで、こちらには何を探しにきたのですかな」
「日銭が欲しそうなやつなら誰でもいい。あいつなど手頃か」
試合が終わって次の試合のモンスターと倍率が発表される中、考え込む連中に向けて独特な呼びかけをしている者がいる。
「次の試合、勝ち抜けモンスターは決まってるみてえなもんだ。五十ゴルで教えるぜ」
どこかで聞いたような口調で裕福そうな連中にうさんくさい誘いをかけているが、おけらの雰囲気丸出しなので乗る者はさっぱりいないようだ。
「負け犬の予想を買う者などそうはいない」
「あん? 喧嘩なら買わねえぜ」
「仕事の誘いだ。短期間で楽に大金が稼げる仕事がある」
「うほっ……どっちとで、前と後ろは? サンドウィッチなら倍もらうぜ」
「ちょっと何言ってるのかわかりませんぞ」
ググレガスの名義札を使って二台の馬車を借り、西門を出た。
「いやあ渡りに船とはこのことだぜ」
奇遇にも男は冒険者だった。アバスへの道中にパーティに死人が出て、ただ一人命からがらロームへ戻ったという。
「パーティ探してる間に闘技場で有り金すっちまってよ。一般民に戻るしかねえのかと思ってたところだ」
すでに気前のいい前金を渡した上で、三日後にはその三倍の報酬を約束している。
思いもよらない楽な仕事にジーメンと名乗る武闘家はほくほく顔だった。
「馬の世話程度はしっかりこなすから安心してくれや。ちなみにググレガスさんのパーティに空きは――」
「――四人揃っている。それと当日は牧師様に何を聞かれても、頼まれてるとだけ言って他は何もしゃべらないでくれ」
「ふぅん……金払いもいいし、悪事くせえな」
「逆だ。悪事の被害者救済といったところか。二日後の夜は少し驚く光景を見せると思う」
「ちょっとやそっとじゃ驚かねえさ。俺も冒険者だし多少はね?」
「はは、頼もしいな」
町が見えてきたところでターバンとマスクをつけ、いったん町の中央まで進んだ。
「では二日後の夜に二台とも教会の裏手につけておいてくれ。退屈そうな町だがよろしく頼む」
「ははっ、昼寝しながら肌でも焼いとくぜ」
ローム行きの馬車を待つ間にロウガイが口を開く。
「三十一人の運搬で往復する間、魔除けの聖水を使えば林などに死体放置もできましょうに。それなら前回と同じ運び方で問題なさそうに思いますぞ」
他人を関与させるほどに予想外の危険性は増す。ましてや会ったその日の男に悪事の一部を依頼するのは無用心ではないかと暗に言いたげな様子だ。
「羽を持って行動する以上、この町では最悪の事態が起きても身の破滅にはならん。こっちの馬車ではいろいろと注意点も念押ししておいた。それに人死にが起きる以上は犯人役は用意したい」
「なるほど。とことん勝ち運に見放された男ですなあ」
「運任せに生きればそうなるということだ」
ロームに戻ってカンターとコージーが合流し、メルバランへと帰還した。
「じゃあアマルダを眠らせたら迎えに行く。それまではゆっくりしててくれ」
「お待ちしてます」
城門手前で三人と別れて、単独でアマルダ邸を訪ねた。
「おかえりなさい。今日は煮込みの出来が、すごくいいの」
早くも家具は新品に替わっている。家具新調祝いのロームグラスをテーブルに並べていつものワインで乾杯した。
少し酒のペースが落ちたところで、顔をしかめて話題を切り出す。
「そう言えばロームで、ちょっと気になることを聞きました。あくまでもうわさですが」
「うわさ?」
苦々しい顔色を見てよくない話だということはすぐに理解したのだろう。アマルダとじじいもグラスを口にあてたまま固まり、続きの言葉を聞きたがっている。
「ザフスタやロヴァニールで活動していたローム出身者のパーティが解散になったそうなんです。なんでもその原因がレオらしくて」
「ど、どういう原因なのかしら」
「……同じ宿屋に泊まっていた女性冒険者が、部屋に連れ込まれて乱暴されたと。騒ぎにかけつけた衛士や宿屋主人も当然、レオの合意の上だったという言い分を信じてお咎めはなしだったようです」
「な……」
「解散の原因はその女性が失意で故郷に帰ったからだそうです。それを恨んだ元仲間はロームの犯罪組織に入ったと聞きました」
「ま、待って。クレアちゃんと恋仲だって話をしてたと思うんだけど」
「マリアとユーリともです」
アマルダもじじいも開いた口がふさがらないようだった。一部でまかせではあるが、事実はもっとひどいと考えるとこいつらも呑気なものだ。
「勇者相手に大それたこともできないとは思うんですが、今後レオがアバスに向かう際にロームを通るので、何か胸にひっかかっています」
「い、言って一度。オズ君が、帰れって。だってロームだし」
「落ち着いてください。会えるようなら注意と、一回メルバランに戻ってくるようにも伝えます」
とりなした言葉で二人は少し落ち着きを取り戻した。だが内容に衝撃を受けたのか、二人はあまり酒が進まなくなり眠らせるのに苦労した。
ようやくアマルダも眠気が見えてきたのを見て、最後の一押しは多めに粉を投入する。
「最後の一杯はレモン水にしましょうか。ぐいっといってください」
「ありがとう……美味しい……」
玄関に見送りにきたアマルダは少しふらついていた。
「オズ君……ごめんなさい」
今日は別れ際の言葉が正反対となった。クレアのことと俺が外されたことについてか、それともそれでなお実家に思いやりを見せにくることへの申し訳なさか。
「泣かないでください」
「だっ……て……」
「今の仕事と仲間にやりがいを感じてるんです。僕らが仲がいいのは知ってるでしょう」
「そうだけど……」
「心配しなくていいんです。さ、しっかり鍵を閉めて、ゆっくり寝てください」
「うん、おやずみなざい……」
鼻水をすすりながらアマルダは扉を閉めた。
そう、これからしばらくは他人や息子の心配をする余裕などなくなるのだから。
宿屋の別部屋で待機させていたコージーの部屋にいったん入って、時間を置いた。
「毎回こっちでは別行動ですまんな」
「はは、顔が知られた土地ですから当然です」
ローム以降は俺たちの顔を知る者もそうそういない。悪事のために名義札を使い分けることはするだろうが、何かと面倒なこの別行動をしなくて済むようになるのが待ち遠しいものだ。
二人でアマルダの部屋に忍び込んで、じっくりとコージーに仕上げさせた。
「そろそろいいか。起きたあとに弱化ポーション二本目を使ってくれ」
「はい」
だがロウガイは連れてくればよかったと目線で会話した。
寝ている者の口に解毒ポーションをそのまま一気に流し込むわけにもいかず、一、二滴ずつ口に含ませるのには時間がかかった。
やがてアマルダはぼんやりと覚醒した。
いつでも口をふさげるように構えつつ、コージーはいつもよりも低い声色で凄んでみせる。
「ん……」
「起きたか。さわぐなら殺す」
「むえ……え、な」
いまだ眠気が支配する体、ふさがれた目、ベッドの四方向に縛られた手足、そして覆いかぶさる侵入者がおどしをかけている状況をすぐに理解できていないようだった。
「声を出すな。さわぐようなら殺す」
「あっ」
コージーは前傾して首を絞める体勢となったが、仕上げの体勢を余計に押し付けられたアマルダから力なく発された声の色は、この状況にそぐわないものだった。
本人もすぐにそれを自覚したか、思い直したように歯を食いしばって口を固く結びだす。
静かになったことを見届けて、コージーが打ち合わせどおりに口を開いた。
「しゃべったら殺す。こっちは勇者じゃなくてお前相手でもかまわんからな」
首を押さえつけた手を外して弱化ポーションをたらりとかけまわすと、恐怖を感じる身体はいっそう震えだした。
「よくもあんな外道を育てたもんだ。母親として責任をとってもらうぞ」
復讐と暴力の宣言をしたあとは、打ち据える音と食いしばった歯からもれる吐息の音だけがしばし部屋を支配した。
だがこれ以上は耐えきれないと思ったか、かぼそい声でアマルダは許しを求め始める。
「ごめんなさ……いっ、ゆ、るし――」
「しゃべるなと言っただろう」
発言を阻止するかのように力を込めると、アマルダは苦しげに息を止めて身を固くし、数秒してから絶え絶えと息を再開させた。
今までに何度も感じたことではある。だが涙でぐしゃぐしゃになって苦しみ続けるアマルダを見て、最高に心躍らせる獲物だとまたも思った。
「外道がこれ以上増えてもな。浄化ポーションは使ってやろう」
絶え間なく恨みつらみをぶつけられてぐったりしているアマルダに、説明がましく強調してから浄化ポーションを含ませた。
続けてコージーはこちらをちらりと見て、平行に立てた親指と人差し指を手首から半回転させて目線で問いかけてくる。
単独犯に思わせるため、様子を見るだけにしておこうと思ったが、同時に動かなければいいだけではあるか。
交代して復讐心を当てつけながら、苦悶する反応を一つ一つ楽しんだ。
声を出すまいと必死に口を結んでいるが、喉の奥からは耐えきれない声が漏れ出している。
何度目かわからない苦しさの極致の直後に、アマルダをもう一度眠らせた。
縛りをゆるめて部屋を出る際、一度火をつけてもみ消しておいた葉巻を床に放っていく。
「犯人役だろうとは予想してましたが、ここにも絡めてくるんですね」
「人相書きが必要になるからな。死に場所はこの家がいいだろう」
雑な後始末のため、じじいが先に起きてアマルダの異変に気付くのは都合が悪い。じじいにもネムリダケをしっかりとかがせてから家を出た。
夜道でコージーがぽつりと口を開く。
「復讐とは少し違うようにも感じましたが……今日は何かくるものがありました」
「俺もだ」
最後の復讐の道具としてどれだけ活用できるかは今後にかかっている。
そのためには確実に追い込み、心と自由を奪わなければいけない。可能ならば理性までもだ。
簡単なことではない。だが問題なく可能だと思えるほど、思い返した今日のアマルダは扇情的だった。
※復讐と暴力の描写です




