肩書き
前話
私情全開で面接
夕方前から始まった酒宴は早くも乱痴気騒ぎと化していた。
「「せっ・そ・う! せっ・そ・う!」」
「んむぅ……おふふぁん?」
「「違いますぞー!」」
「あーん、まただー」
「みなぎらせたのはぁー、マクドナのぉー」
「「せっきにーん!」」
早くもミスドナは酒瓶片手に先頭ではやしたて、輪になって妹を弄んでいる。
マクドナは最初こそ少し緊張していたものの、今は絶妙な加減で嫌がったかと思えば、強引さには悦んで応えてみせている。殻を破ってしまえばやはり姉妹だと納得した。
しかし盛り上がりに流されて、ここでの主目的を忘れるわけにもいかない。
「すまん、しばらく出るがお前らは楽しんでくれ」
カンターに一日置きの日課に向かうことを告げて宿屋をあとにした。
「いらっしゃい。待ってたわ」
「蜂蜜酒をですか?」
「ふふっ、両方かな」
嫌味な質問に、アマルダは仕返し混じりで答えた。
「あら、でももう飲んでるのね」
上着は着替えたが、体に染み付いた酒のにおいは隠せてなかったらしい。
「ええ、今日は交易を引き継がせる連中と軽く壮行会のようなもので」
「え、ひょっとして抜けてきたの?」
「もうしっかり盛り上がってますし、僕にとってはこっちの三人飲みも大事ですから」
まったく嘘は言っていない。ここで中途半端に詰めと確認を怠って振り出しに戻ったのでは、何のために過密すぎる予定を踏破してきたのかわからない。
「でも私たちとはいつだって飲めるじゃない。人付き合いって、いうのは……」
口うるさいアマルダの前に土産を並べていくと、おもしろいように語調は弱まっていった。
まるでよだれをこぼすまいと口を結んでいるかのように見えておかしくなる。
乾燥トマトのオリーブオイル漬け、サラミ、チーズ、バジルを堅パンの前に並べ終える頃には、無言でまじまじと品定めをしていた。
「こいつは酒が進むんですよ」
「どうやって食べるの」
今回は狩りの都合でコージーまかせの土産だが、やはり商人の目に間違いはないようだ。
「美味しいし、ワインとも蜂蜜酒ともあうのね」
焼いた薄めの堅パンに土産を全種類乗せ、ざくりと音が鳴るのも構わず大口で頬張っている。もはや説教などは忘却の彼方へ消え去った。
「そういえば大手商会の者と知り合ったんですが、家具の寄贈をしたいそうです」
俺から話をつけるということでミスドナとは合意済みだったが、すぐにじじいは大喜びした。
勇者血筋のこの屋敷は大きさこそ立派だが、逆に言うと維持費はかかる。貧しいメルバラン王家からの援助費では、家具にまわせる金もあまりないのかもしれない。
かといって年老いて下働きに出るなどは、勇者の血の誇りが許さないのだろう。
勇者の血筋というのもいいことばかりではないようだ。
「明日にも伝えておきますんで、明後日には家具の大きさなどを使いが見にくると思います」
アマルダは喜んでこそいたが、手元から離れる寂しさも強いようで、家具のきず一つ一つの思い出を語っている。
特にテーブルは愛着が強いようだった。長話に返事をしながら、最高価格のアミュレットになるのは勇者が勇者を仕込んだベッドだろうと考えていた。
じじいを二階に運んで戻ると、アマルダは少し落ち込んでいるように見えた。この雰囲気のときは少し身構えてしまう。
「家具のことはオズ君が?」
「いや、まあ、はは」
落ち込んでいる様子もあって正解が見えず、どちらともつかぬ答え方をした。
アマルダは少しだけ笑みを浮かべたが、すぐに握り込んだ膝上のグラスに目線を落として口を開く。
「過去の勇者様がいたから……今こうやって暮らしていける。国も、お店も、人も親切にしてくれたりするわ」
次にグラスを置き、テーブルのきずを親指でゆっくりとなぞった。
「それはありがたいことなんだけど――」
そこからは黙り込んだ。よどんだ口調と複雑な顔色は、それをうれしく思えない感情もあると暗に物語っている。
言葉の続きを無言になって考え込んだ。おそらく勇者の妻、勇者の母という肩書きをうとましく思うときがあるのだろう。
アマルダと話し込むことが多くなって性格も見えてきた。情や思いやりが深いが、奔放で欲望に素直なところもある。
本来は相反する気質でもないはずだが、アマルダの境遇だとそうとも言えない。
考えてみれば異常な状態ではある。夫が六年以上も行方知れずで安否不明ともなれば、普通は死んだとみなして再婚する。ましてや三十代になって息子が成人したならば、ここらがいいきりだと思うものだ。
だが勇者の妻であり母でもあるアマルダは、無言の圧力が押し付けられる。
世界を救う使命で旅立った夫と息子の帰りをこの家で待たねばならない。
そのように誰かから言われるわけではないが、自分でもそうあるべきと心を縛ってしまうものなのだろうか。
かける言葉がないまま無言でいると、再びアマルダが口を開く。
「オズ君」
「はい」
「レオか国から、私やお義父さんの様子をちょっと見てあげてくれって……頼まれてたりするのかしら」
予想していた心のうちとは少し違った質問だったが、無関係というわけでもない。
「いいえ、まったく」
残念だがそんな殊勝なレオでも王家でもない。
「そ、そう。すごく忙しそうなのに、しょっちゅう来てくれるから」
「自分でもお邪魔し過ぎだと、さすがに迷惑かなと思ってます」
心からそう思う。復讐の準備も楽ではない。
「全然そんなことなくて、私もお義父さんもすごくうれしいし楽しいの」
「でも手掛けている交易の引き継ぎが終わったら、来るのもそこそこ日が開くと思います」
「そ、それはそうよね。しょうがないわ」
少しうれしそうになっていたがやや顔色が曇った。今日は本当に感情の移り変わりが激しいように思える。
満たしたばかりの蜂蜜酒だが、不意にアマルダがそれをぐいと飲み干した。
「オズ君」
「はい」
「……いつもありがとう」
いつも聞いている言葉だが、その消え入りそうな声には続きがあった。
「何か…………」
空いたグラスから目線を動かさずにそこで固まってしまった。
次の言葉が頭にちらりと浮かんだが、アマルダは長い沈黙のあとに少しだけ目を閉じて、次に作ったような笑顔となった。
「何か食べたいものとかあったら、私作るから」
「毎回満足してますが、バラ肉の煮込みはまた食べたいですね」
取り繕った言葉なのは見え見えだが、気づかないふりで無難な会話を続けた。
「これからも、何か悩みがあったら僕に相談してください」
「ええ、ありがとう」
定例行事を楽しみ、後始末まで少し時間を置く間、寝顔を見ながら今日の話を振り返った。
メルバラン最後の大仕事中に殺す想定もしていた。だがこれなら匿う路線で問題はない。
まだ数日ほど確認は必要だが、手遅れになっている見込みももう充分だ。
そして明日、生贄四人を召還させればここでの大仕事の仕込みは終わる。
当初の構想よりも大きくなったものだ。何度も頭の中で想定した流れをもう一度繰り返す。最後に手に入れられる獲物は最高のご褒美となるはずだ。
膨らむ期待と固まる決意を実感しながら、もう一度アマルダの唇に触れた。
今晩中にもう一話更新します
それと感想受付停止にしました。
ここまでに感想を書いていただいた方、ありがとうございました。




