アマルダ
前話
僧侶のロウガイが加入。
四人目候補の商人の話を聞く。
「あらオズ君、久しぶりね。もっと久しぶりのロウガイさんも……」
息子と似つかぬ柔和な印象の目が見開かれている。
レオの母アマルダは、同僚・消えてタブー化していた中年・知らない男の三名が夕方に訪ねてきた状況を理解できず、当惑している様子だった。
「ご無沙汰してました。新加入メンバーが来てお払い箱になったんで、再起を図りに帰郷した次第です」
「ふふ、若いのに相変わらずお堅いしゃべり方ね」
軽口を言いながらも、アマルダが少し残念そうな顔になる。
編成者である息子が追い出したことは予想できるため、当然の反応とも言えるが。
「拙僧も力及ばなかったようでしてな。今はオズ殿と共に」
「そ、そう……でもオズ君もロウガイさんも腕利きと聞いたから、何もあの子の面倒みなくてもいい稼ぎ口があるわよね」
まさしく言うとおりだが、元凶の母親に言われると煽られているような気持ちだ。
しかし空気を重くしては今後がやりにくい。ここはにこやかにうなずいておく。
「アマルダさんはお酒が好きでしたよね。これ、ローム産のワインです。レオたちはしばらく本大陸で動くと思いますんで、近況なども代わりにお伝えしようかと思いまして」
「あら……ありがとう、嬉しいわ。よかったら夜ご飯は食べていってね」
宿泊はさせませんと釘を刺してきた意図が見え隠れするが、そこはこちらも予定どおりだ。
「はい、ありがとうございます。向かいの宿なんで酔っ払ってもすぐ帰れます。今日は飲みましょう」
後ろ手で扉を閉めたカンターは早くも鍵のタイプを見定めたようで、眉をくいとあげた顔つきになった。得意気な顔の意味するところは「楽勝」だろうと、打ち合わせ無しでもわかる。
「はは、資金など問題はありません。このゾンビのような顔色で夜更けに民家を回れば、投げつけられた十字架がすぐに路銀となりましょう」
ロウガイのブラックな自虐ネタで、レオの祖父が爆笑している。
孫のせいということを考えればかなり不謹慎なのだが、やはり酒の力は偉大だ。
アマルダは義父と二人で暮らしている。
もともとは数年前、勇者の血を引く旦那が神託を受けて出発した。
今年になって次の神託が息子レオの名を告げたため、旅の途中で死んだかそれに近い状態なのだろうともっぱらの噂だ。
つまりは体をもてあましている、ということだ。
「相変わらずアマルダさんの料理はうまいです」
「ウサギ肉のハーブ焼き、最高だぜ」
「ふふ、ありがとう。もうすぐ次のも焼きあがるから、どんどん食べてね」
料理を一通り並べると、アマルダも座って酒と旅の土産話に興じた。
「レオは自分がやるっていう責任感が強い子なの。だけどその分こうなっちゃうのよね」
アマルダが手のひらを上に立て、顔の両横に添える。視野が狭くなるというジェスチャーだろうが、的確ではない。
目をふさぐか、その間隔のまま腰に当てたほうがレオを言い表していると言えるだろう。
「だから大人のロウガイさんと常識人のオズ君が抜けちゃったのは心配だわ……」
物憂げにため息をつく横顔は、大人の女性の魅力がただよう。
残念ながら俺への評価は見る目無しだが、残ったメンバーを考えるとあながち間違った心配ではない。
「大丈夫、あいつもがんばっています。僕らもいつでも手助けできるように、追いかけますから」
まったくその気のない励ましだが、アマルダは満面の笑みを見せた。
機嫌も良さそうで、しっとりとした唇に運ぶワインはさっきからペースが落ちない。
大の酒好きで、本大陸一と名高いロームのワインだ。今後一生飲めない可能性すらある品となれば、進むのも当然だろう。
うさぎの骨付き肉を食べ終えて、ぺろりと手をなめる仕草を目の端で見る。
色白で幼さを感じさせる顔立ちは、相変わらず三十を過ぎているようには見えない。
だがつややかな黒髪を目で追うと、その下方には幼さと正反対の魅力が備わっていた。
待ちきれなくなり、背後の台に載せていた『仕込み済み』の瓶に手を伸ばす。
「こっちは、香りと甘さが一段上の上物です」
嬉しそうに目を細めるアマルダを見て、痛いぐらいに自身が昂ぶっているのを内心で苦笑した。
以前から魅力的な女だと思っていたが、「獲物」と意識してしまうとここまで心が踊るとは。
義父のじじいをベッドに運んだあと、潰れているカンターをかついで玄関へ向かう。
「それじゃあ、しっかりと鍵をかけてお休みになってください」
「ええ、今日は楽しかったわ。これからがんばってね」
アマルダの言葉にゲスな返しをしたくなるが、当然口に出すわけにはいかない。最後まで礼儀正しく別れを告げる。
閉まりかける扉の隙間に、やっとのことで意識を保っている様子の目と紅潮した顔が見えて、このあとの成功を確信した。
家を出たあとはカンターを引きずり、いったん宿屋の自室に入った。
手はずどおりにロウガイが俺に解毒魔法をかける。ロウガイだけは席を離れるたびに自身の解毒をし、酔ったふりだけをするよう伝えていた。
「デトクス」
詠唱と共に、酔いも暴力的な眠気も一気に吹き飛んだ。
続いてカンターも覚醒し、頭を振る。
「さすがネムリダケの粉は効果てきめんですな。アマルダ様も深く眠っておられることでしょう」
「一応、少しだけ時間を置いてから行く」
「どうして、あの場ですぐにしちまわねえんだ?」
あまり深く物事を考えないカンターが質問してきた。
このあたりは性格だろうか。だが致命的なミスにならないうちに、必要なことは教えておかなければいけない。
「この大陸は基本、海の向こうと行き来がないが、皆無というわけでもない」
各国の王家はそれぞれ管理する「地通じの扉」を通して連携や情報共有するときもあること。
高価な旅ガラスの羽を使い、世界の街を行き来する高級品貿易商もいること。
高レベルの冒険者パーティは賞金首討伐も収入のあてにしていること。
一通り話すとカンターも納得した様子になる。
「じゃあ俺らが勇者に狙われたのも、国の賞金目当てでか」
「それと盗品の着服もだな。賞金稼ぎはそれが美味しい」
お尋ね者になるリスクをカンターも理解したようだ。
小さな集落程度はともかく、王家の首都やそれに準ずる大都市では細心の注意が必要だ。長く悪事を働くためにも絶対に騒ぎにはできない。
「でも僧侶には眠らせる魔法もあんだろ?」
「大きな町では結界がありましてな。悪意のある魔法は人に向かってかけられません」
カンターは魔法が使える仲間と組んだことはなかったらしい。
そもそも状態異常魔法は人相手だと効きが悪いということも教えておく必要がありそうだ。
「知らなかったぜ。でもよ、ネムリダケの粉を嗅がせても速効寝ちまうだろ?」
「嗅がせるときの記憶が残ったら、翌日騒がれる。いつのまにか寝ていたというのも、多用するとさすがに不審に思うだろう」
「家の鍵をかけて眠り、翌朝しっかり閉まっている。それが肝要でしょうな」
「『長く楽しむため』ってのはそれか」
ネムリダケの粉は口にする物に混ぜれば、じわりと眠りに侵される使い勝手がいい毒物だ。
数時間後にはさっぱりと目が覚めること、メルバランのある大陸に存在しないこともあって警戒されることがない最高の手段だと言える。
カンターの鍵開けスキルと併せて、今後もこの手口は有効だろう。
「しかしネムリダケは高価で、採集も大変危険だと聞き及んでおりますがどのようにして?」
「それは明日にでも話そうか。そろそろ向かおう」
「かしこまりました。参りましょう」
「へへっ、苦労した分楽しませてもらうぜ」
小さなかばんだけ手にして立ち上がり、部屋のランタンを消して宿屋をあとにした。
多くのブックマークありがとうございます!
これがNTRの力か!と驚いています。
よかったら感想もよろしくお願いします。
アマルダさんの話が終わったら、お金関連の悪事やレベリングの話も書いていきます。
それと他の作品では、ゲスな敵役に負けじと頑張る主人公の話を書いています。
でもゲスいキャラクターについて書くときのほうが楽しいなと思って、この作品に着手しました。
良かったら他の作品も読んでみてください。