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権勢欲

前話

元冒険者とメルバランを喰い物にしているローム

 暗くなるまでサツジンバチの狩りを続け、大量の蜂蜜と蜂蜜酒を得てロームへの帰路についた。


「でかい壺は孤児院用だから手をつけるなよ。順調なら七日後に着手する」


 決行まで予定も詰まっている。おそらく蜂狩りの時間はもう取れないだろう。


「その七日ってのは何か意味があんのかね」

「アマルダが子を宿したと判断できる日数との兼ね合いだな」

「あの女と他の悪事がどう関係あんだ。それとローム王との交渉ってのは考えてもよくわかんねえ」


 方針はこうだと決めてすべて伝えてしまうと、それ以上の提案が出てこなくなる可能性がある。時間が許すときは説明しすぎないようにすると三人には伝えているが、昼から考えてわからないことを引っ張るのも不毛ではあるか。


「まずここロームとメルバランで俺たちがやるべきことを全部挙げてみようか」

「ええとだな」


 アマルダをはらませて別の場所に連れ去ること。

 孤児院の子供全員を売り払うこと。

 交易パーティ四人を育成すること。

 キヴォンヌとビレソンを罠にはめること。

 勇者召還の不正を突き止めること。

 ローム王となんらかの交渉をすることの六点を、カンターは指を折りつつ挙げ列ねた。


「この先アマルダが子を宿したことに気づいたとして『大変ですね。別の土地で匿いますよ』と言っても、さすがにそれだけでついては来ない」

「そんなもんかい」

「実家は潰しましたが、今の家を離れる理由が必要ですよね」

「拙僧も気になっておりました。王家は義父の仕業とみるでしょうし、そもそも義父がいれば王家の援助も止まりませんからなあ」


 宿したからといってすぐに腹が大きくなるわけでもない。だからといって見た目で大きな腹になるまでメルバランに逗留するわけにもいかない。


「コージーが言うように理由が必要だ。あいつを操るためにはいったん落とし穴に突き落とし、そこに救いの手を差し伸べる必要がある。そのために他の悪事と絡める」

「んんんん」

「少し話は変わる。俺たちの中期的な目標は覚えているか」

「金稼ぎしつつ悪事を勇者になすりつけるんだよな」

「そうだ。できればレオがいいが無理なら第三者でもかまわん」


 同じ土地でレオと同時に活動するわけにもいかない。

 魔王討伐直前は協力者のふりをする必要があるだろうが、それまでは連中が離れた直後を狙ってその土地で悪事をしていくことになるだろう。


「行く先々で事件を起こして、未解決のままその地を離れる。この繰り返しだけでは危険だ」

「遠からず疑惑をかけられて捕まりましょうな」

「目の前の悪事だけを見るな。その土地でやるべきことをすべて把握して、最高形に向けて仕上げていく訓練が必要だ。だから全部は説明しない」

「あにきが全部考えてくれるのが一番だと思うがねえ」

「それは違う。メルバランの脚本ですら、すでにお前ら三人がかなり上方修正している。俺だけの発想よりもはるかに稼げる脚本になった」

「そうかい」


 悪態をつく雰囲気になりながらも、カンターは足を投げ出してもう一度思索にふけり始めた。





「僕も質問していいですか」


 少ししてから今度はコージーが口を開いた。


「いいぞ」

「昼に言ってた『ロームの屈辱』とはなんでしょうか」


 今度は歴史の勉強の時間になりそうだ。


「数百年前の初代魔王討伐後に起きた事件だ。魔王が生まれるまで、ロームは今と比べ物にならない領土を誇る世界一の国だった。名実共にな」

「ローム帝国といったそうですぞ。人類が城壁の内側に逃げ込む前の時代ですな」


 さすがに教会に関連する話だけあってロウガイは知っていたようだ。


「だが初代魔王はモンスターを活発化させ、とうとうロームは現在のような城壁内部だけの国となった。もちろん世界中が似たような状況だったが、民は当時の王を非難した。モンスターや魔王に何も手を打てない無力な王だとな」

「そんな折に神託を受けた初代の勇者が魔王を打ち果たしたのですぞ」


 国がジリ貧になっていく中、稲妻をまとった剣を魔王の心臓に突き刺した初代勇者の英雄譚は神話と言っても過言ではない。


「そしてここロームには世界中の教会を束ねる教皇が住んでいる。神の代理人である勇者への熱狂的な崇拝はローム教皇の人気へとつながり、無力な王よりも統治者としてふさわしいと民は考えるようになった」

「政権交代を叫んだ革命軍と王軍はにらみ合いになりましてな。ですが当時の教皇が人同士で争ってはいけないと仲裁に入りました」


 もっとも教皇が革命の裏で手を引いていた説が有力で、俺もそれが真実だと思ってはいるが。


「だが話し合いの場で王は教皇を口汚くののしった。その醜聞が広がり、『教皇が王を破門し民が王を追い出そう』と国全体がまとまった」

「そこで王の起死回生の一手ですぞ。自ら教皇の元に出向き、泣きながら地に頭をこすって自らを鞭打つように嘆願しましてな。以後は教皇も政治に加わりましたが、王家の地位自体はなんとか存続とあいなりました」

「王より教皇のほうが権力が上だと世に知らしめたその事件を『ロームの屈辱』と呼ぶ」

「なるほど」

「今は状況は異なる。三代目魔王がいるのに数十年間も勇者の神託が降りず、王家の奮闘もあって教皇の権勢は落ちた。だが八年前はレオの父親に、そして去年はレオにも神託が降りて潮目は変わった」


 時代は繰り返す。レオが魔王を討伐すれば、教会はまた世間の求心力を強めることになるだろう。


「つまり今、ローム王は不祥事が命取りになるということですな」

「それなら……僕らはとんでもない毒を送り込んだことになりますね」

「昼にロウガイが言った不安は正しい。不祥事が王にとって命取りであればあるほど、向こうもなりふり構わずもみ消そうとしてくるわけだからな。だが教会を後ろ盾に見せておけば手出しはできん」

「お見それしましたぞ」


 実際は教会にもメルバランにも事情を話すつもりはない。背後にいると見せかけるだけで充分だ。

 いい条件を引き出したあとはローム王と組んだほうが悪事もはかどるだろう。



「しっかし王様ってえのも楽な身分じゃねえんだな」

「ここロームは特にな。権力維持のためには何でもする覚悟だろうさ」


 隔離された精鋭部隊、国有奴隷、作業牢獄、カジノ八百長、勇者召還の不正、国営貸金屋と国営質屋、すべてが王家のために設計された国となっている。

 いかがわしい店や非合法の輩ですら、黒幕には王がいるのではないかと思えてくるほどだ。


「まもなく到着ですぞ」

「国というより巨大なおり、か」


 どこまでも闇深いロームは、相変わらず煌々とその姿を夜に浮かべていた。



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