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オペラ

前話

王家のお墨付きで釣れたマーブル


※演技指導の描写です

 遺跡に向かう道中はマーブルの身の上話となった。


「家族はいません。育ててくれたおじいちゃんも一昨年亡くなりました。今は家もなくて、安宿とメルバラン大陸のいろんな村を順番に行商でまわってました」


 話を聞くとジーロ村にも行っていたらしい。定期的に来る商人が一人だけいると聞いていたがこの女だったのか。


「行商は他の者に引き継いできたのか」

「いいえ、特には」

「そうか。それは……村も困るだろうな」

「テルファへは他の行商人もいます。私だけが行ってた村にしたって、契約してるわけじゃないので行かなくなるのも私の自由です」


 商人らしい考え方だが、それではジーロ村の異変が知れ渡るのがいつになるかわからない。

 商業組合にマーブルが行商をやめて旅立ったと一言伝えておくか。そうすれば「じゃあ商売敵が消えた場所なら行ってみようか」という者も現れるかもしれない。

 異変に気づいた者が王家に報告する際、もともとの情報元が俺たちだと伝わればより犯人の目星からも遠ざかるだろう。

 だがもしビレソンがマーブルの売却先を――


「――オズバルドさん?」

「あ、ああ。最後尾で身を守っていてくれて問題ない。殲滅はすべて俺たちでやる」


 悪事をなす際、複数の想定を頭で組み立て、すべてに万全を期することは簡単ではない。

 事実は一つだが、体裁は相手によって使い分ける場合があるというのが理由の一つだ。

 そしてのちに辻褄が合わなくなると、疑念を持たれてそれが一つの線につながる場合もある。

 今回は隠蔽するより、最後にさらわれるところだけをすっとぼける体裁のほうがいいか。そう結論づいたところで深く息をついた。

 悪事も楽ではない。楽ではないが、これも醍醐味というものか。

 上機嫌に胸を躍らせてスキップを踏むマーブルにほほえみ返して、先ほどの言葉を振り返る。


「『商人は矢の下くぐれ』か。いいことを言うものだ」

「ええ、この日のために準備してきたみたいなものです」


 陽気に力こぶを作るポーズをしてみせるマーブルに、三人とも暖かい目線を向けた。







 遺跡を抜けてロームが見えてきたところで今日の予定を伝える。


「引き合わせるパーティがまだ到着してない可能性もある。その場合は明日になるが、俺たちは普段そいつらが使っている安めの宿に泊まるつもりだ。マーブルさんはどうする」

「はい、私もそこに泊まろうと思います。皆さんが四人部屋に泊まるなら空いてるベッドで寝たいんですがだめですか? もちろん一人分の代金は払いますので」


 合理性を重視する性格ということもあるが、主にこちらへの信用があるからこその発言なのだろう。

 やはり王家の紋章の持つ力は絶大だ。

 今日の流れを考えると同部屋なのはむしろ好都合というものだが、じゃあどうぞとすぐに了承してしまうのもよろしくない。


「む。いや、マーブルさんのように魅力的な女性と同部屋など俺たちには目の毒でな」

「あはは、お上手ですね」

「いろいろ買い込んで酒やつまみで過ごそうと思っている。のけ者にもしたくないし、かといって女性に酒を勧めるのは下心に見られそうでな」

「いいですね。私、お酒は強いですし、皆さんのことは信用してますから」

「そうか、なら連中がまだ到着してなければゆっくり飲もうか。いろいろ聞いておきたいこともあるだろう」

「はい、こっちのお酒や食べ物も楽しみです!」


 誰もがロームの雰囲気や物品には簡単に浮かれてしまう。安全で貧しいメルバラン大陸は本当に罪なものだ。




 通りで三人を待たせつつ、一人で宿に入ってコージーの部屋を訪ねる。


「お疲れ様です。夕飯でも行きます?」

「いや、裏の商品を一人連れてきた。このあと、コージーには演技の審査員をやってもらう」


 すでに書いておいたメモ紙を見せると、コージーはくすりと吹き出す。


「なるほど。カンターさんの名役者っぷりが楽しみです」



 コージーの隣の部屋をとって三人の待機場所へ戻り、今晩の予定を伝える。


「まだ連中は到着してなかった。夜更けに到着したら知らせには来るし、今晩は飲むとするか。マーブルさんは食い物や飲み物の好みはどんなだ」

「お肉、甘いもの、お酒が好きです。買い出しに行くなら私もぜひ連れて行ってください!」

「なら行こうか。酒盛り代が餞別代わりだ。ばか高くないものならおごらせてもらおう」



 買い出しではあれもこれもと買い込まされた。

 酒に強いのも事実なようで、部屋ではぐいぐいと飲んで平気な顔をしている。


「ちょっとトイレに行ってきます」


 奥ゆかしさのない言い方でマーブルは席を立った。

 扉が閉まってから壁を決めていたリズムで叩くとすぐにコージーはやってきた。


「さあ今日の審査員のお出ましだ。まずは気絶の演技からだな」



 ほどなくしてマーブルは帰ってきた。扉を開けてすぐに、先ほどと状況が変わっていることに気づく。


「え? 皆さんもう潰れちゃったのかな……でもロウガイさん、床でむぐっ」


 マーブルは口をふさがれて力なく崩れ落ちた。

 扉の裏側に潜んでいたコージーに抱えられたのを見て俺たちもむくりと起き上がる。


「さて、ここからどれだけ迫真の被害者演技ができるかだ」

「任せろい」

「カンター殿の大根っぷりが一番不安ですぞ」

「はは、じゃあすぐに借りてた馬車をここの前にもってきます」





 西門から町の外に出て少し北上した。

 大声も出るとなると、あまり町に近すぎるのはよろしくない。念のために魔除けの聖水も使って準備は完了だ。


「さて、ではあらすじは脚本どおりだが、たまに指示を書いた紙を出すからな。臨機応変にいこう」


 マーブルに目隠しをつけて手首を縛り頭上に上げさせた。

無防備かつあらわになった脇と胸元を見て、これは売り払う前にしっかりと観劇を楽しんでおくべきだと確信する。


「デトクス」

「んっ……なにが――」

「オズバルドだな?」


 目が覚めたマーブルの発言に被せて、コージーが隣に置いた荷物を蹴りながら問いかけてくる。


「ぐっ……な、何者だ……貴様ら」


 体勢はあぐらだが、声で痛んだふりをしながら質問を返す。

 コージーもいつにも増して無感情な雰囲気の声色だ。


「王家の割引証まで手に入れて、ここからさらに荒稼ぎか。だが我らの商売を不当に荒らすことは許さん」

「ちょっ、ちょっと何よ。いったい――」

「お前は黙っていろ」


 首元にひやりとした金属をあてられてマーブルは息を飲んだ。

 あてられたのはコージーの金属製やすりの裏側で、刃はついてない。だがすっかり命の危機だと信じたか、マーブルは小刻みに震えだし、思わず全員笑みが漏れる。


「私どもはメルバラン王家の代理人のようなものですぞ。こんなことをしてどうなるか――」


 発言途中でコージーが革のカバンを殴って低い音を立てた。


「うっ……う……」


 満面の笑みでロウガイが苦しむ声をあげてみせる。

 疑念などではなく恐怖がはっきりと漂うマーブルの口元を見て、掴みは充分だと確信した。

 人差し指を伸ばして前後に突く動きを見せると、「話を進めろ」の手合図だと理解したコージーは再び口を開く。


「我らアバスの国の原則は『刃には刃を』と言ってな。秩序を乱す者に無法でやり返すのは常識よ。まあ証拠も残すつもりはないがな」

「待ってくれ。お前たちの商売を邪魔するつもりなど――」

「ふん。たまにしか来ない交易路などと信じた我らが間抜けだった。まさか卸を通さず、じかに買い付けて儲けていたとはな。これからはロームの仕入れは割引価格で山積みさせ、ますます往復させるつもりなんだろう?」

「本当に知らん。アバスで商う連中とは面識があるだけで――」

「すぐにわかる嘘をつくな。酒場で聞いたぞ。脱退者の補充人員をオズバルドが連れてくるとな。今日すでに連れて来ているとは思わなかったが」


 無言になったところでコージーがマーブルのあごをぐいと掴んで上を向かせる。


「商売の秩序を乱す者には制裁が必要だ。今のうちから芽は摘んでおこうか」

「ま、待って。私、本当に何も知らないんです」

「しらじらしい連中だ。おい、そろそろいい熱さになっているだろう。持ってこい」

「え、待って。やめて、本当に私は無関係なの!」


 不穏な言葉を耳にして不安が頂点となったマーブルは必死の命乞いを始めた。

 手を伸ばせば届く距離で炎の剣のさやを外し、刀身に調理油をたらす。

 油がはねる高温を思わせる音を聞き、マーブルは青ざめた顔色になった。すでに声もうまく出せないようだ。


「そこの金髪にでも聞いてみようか。やれっ」


 刀身の上にうさぎ肉の切り身を乗せ、焼け焦げるにおいと音が広がると同時に、カンターは口に布をあてて叫び声をあげた。


「ぎゃああああああああ」

「我慢は毒だぞ」

「ぎにゃあああああああ」


 フォークで肉を押し付けるたびに、カンターは肉の焼ける音に合わせて声をあげる。

 そのたびにマーブルは怯えて身体をびくりとさせた。


「ぐううう! ひぎいいいい!」


 薄切り肉はすぐに両面とも焼け、ロウガイはレモン汁と塩こしょうでさっぱりと食している。


「さて素直になるか、もう片方の手もこんがりとさせるか選べ」

「うぅぅ……そうです。女が補充で入る商人ですう……」


 わざとらしい泣き声でカンターが白状して音を上げると、途端にマーブルが大声になる。


「待って! 話は聞いてたけど入るつもりなんてないの! 本当に無関係なの!」


 声が響いて困ることはないが、あまりうるさいのも不快だ。少し静かにさせようと思い、紙に指示を書いてコージーに見せる。


《声、下げさせろ》


 うなずいて反応したコージーはさっそくやすりをあてなおして静かにするよう命じた。

 滝のような冷や汗を流しているマーブルの様子からは、このまま売っても支障はなさそうに思える。だがカンターの大根役者っぷりでも疑念を抱く様子もない。

 こいつの今後を色々と想定した場合、こちらに対する負い目も作っておけばより盤石だろうか。


「次に大声をあげたらそのときは殺す。覚えておけ」


 マーブルはゆっくりと繰り返しうなずいた。すでに涙と鼻水で顔はびしょびしょだ。


《剣で刺すと言え。二十回分誰を刺すか選ばせろ》


 今度は鋼の剣がさやから抜かれる音を間近で聞いて、全身をびくりとさせた。


「や……なにを……」

「制裁だと言っただろう。だが出血が多すぎると死ぬ。仲間同士で刺す回数を分担させてやろう。最初は誰から罰を受けるか」


 剣の側面を二の腕にぺしぺしと当てると、恐怖極まったマーブルは余計にその身を固くさせた。


「いや……やめて……」

「無精ひげ、黒い中年、金髪、お前の誰から罰を受けるか選べ。計二十回で許してやる」

「う……ぁあ……」

《はよ》


 業を煮やしてカンターも指示書きに加わった。

 マーブルの声にならない泣き声を制してコージーは無慈悲に選択を突きつける。


「選ばないならお前にするか」

「金髪!」

「んんなああ」


 マーブルの叫びを聞いてカンターは布越しに失望の声を出してみせる。白目を向いて上機嫌な顔で嘆く様子に、全員笑いをこらえるのに必死となった。


「くっ……そうか。おい声をあげさせないよう布をしっかり噛ませておけよ……そらっ」


勢いよくうさぎ肉のかたまりに剣を突き刺すと同時に、またもカンターは口に布をあてて叫び声を出した。


「んほおおおおおおおお」

「次は誰だ」

「金髪!」

「おほおおおおおおおお」


 先ほどの仕返しのつもりか、マーブルの熱いカンター推しは続いた。



 六連続でカンターの悲鳴が上がったところで、今ひとつ狙いの成果とはなってないことに気づく。

 俺たちを犠牲にさせるよう仕向けて負い目を作れればと思ったが、そもそもマーブルに非はまったくない。

 こいつの割り切った性格だと、どれだけ俺たちを犠牲にしたところで負い目を感じるなどはなさそうだ。


《気絶した。他選ばせろ》

「どうやら気を失ったか。無精ひげ、黒い中年、お前のうちから選べ」

「ううぅ、無精ひげ!」

「ぐうっ、くっ……が……」

「次」

「中年!」

「ぐあああっ」


 今度は俺とロウガイが交互に劇団員となった。



《俺も気絶》

「どうやら無精ひげの男も終わりか。そろそろお前もがんばったほうがいいと思うが、次はどちらに刺す」

「えぐっ……中年」

《全員終わり》

「くっく、そらっ」

「うぐああああっ……うっ」

「……どうやら残るはお前だけか。あと四回だな」

「いやぁ……仲間なんて、入らないから……」

「信用できんな」

「ほんとよ、うっ、こんなことされてまで、商売しない、わ……」

《剣か拙僧か選ばせろ》

「二十回だと言っただろう。だがそうだな、お前にはもう一つ選ばせてやろう」


 コージーは腰紐をほどいて手際よくズボンを没収し、順番に選択肢を与える。


「他の三人と同じくこれでもいいし――」

「ひっ、い、いや……」


 鋼の剣の側面を太ももの横からあてると、マーブルは首を横に振って拒否を示した。


「こっちで我らに誠意を示してもいい」

「うぅ……本当に、今日連れてこられただけなの……絶対に、アバスなんて行かないから、ゆるして……」


 次に無遠慮な手つきで選択を迫るも、マーブルは謝罪の言葉ですがってくる。


「くどい。選ばないなら両方くれてやろう!」

「待って! 剣はやめて!」

「ならしっかり楽しませてみせろ。そら、準備も手伝ってやろう」


 弱化ポーションをたらして、すりこませていくとマーブルは震えながら身をよじらせた。


「あっあっ……」


 胸元同様に豊かな太ももが宙をさまよい、あたかも独唱アリアのさなかに両腕を天に掲げてすがる歌姫のように見えた。


《お願いしますと言わせろ》

《お願いさせようぜ》

《自ら望ませて行動させるが肝要ですぞ》


 三人の指示が一致したところを見て苦笑しつつ、声色の無感情さはそのままで最後の命令を出した。


「準備はいいようだな。我らがその気になるよう、誠意を込めて誘ってみろ。お前ら、物足りなければ剣を突き入れて構わんからな」

「うっ…………どうか……こっちに、罰をください……あっ、あああああっ!」


 主役の熱演に四人とも次々と引き込まれ、劇はクライマックスを迎えた。





 一通りマーブルの名優っぷりを楽しみ、浄化ポーションを最後に使ったところで閉幕の合図を出す。


《三人は治療せず放置、運任せ》

「明日朝、運が良ければ人が通って助かるだろう」

《お前には勤め先を紹介してやろう、粉》

「そしてお前には交易パーティより、もっとぴったりの勤め先に送ってやろう」

「え……帰しんむっ」


 がくりと眠り入ったマーブルを見て、久しぶりに各々が口を開く。


「あっさりと信じて、怯えておりましたな」

「これなら始末せずに売却でよさそうです」

「素直さが身を助けると俺の親父が言っていた。何をばかなと思っていたが、こいつに限っては正解だったということだな」

「今日はおれも名演技だったと思うぜ」


 カンターは一仕事を終えた男の顔になっていた。何事も経験ということで、今は何も言うまい。




 ビレソンにはカンターを使いに出すことにした。


「手下をよこすというならそれで了承していい。それ以外の質問はわかりませんと言っておけ。上玉だとも忘れずにな」

「へぇい」


 カンターが出発した直後、コージーから質問とも疑問ともつかない声があがる。


「届けるのではなく呼びつけるということは……」

「ゆくゆくは、な」


 だが違法・無法の世界で生き抜いてきた連中をなめるわけにはいかない。

 じっくりと信用を得る必要があるだろう。その点をしっかりと見極められるまで、小さな取引を積み重ねられるロウガイの裏案は好都合だ。


「おそらく今回は手下が来る。そしてなぜアジトに運び入れてくれないのかと質問してくるだろう」

「でしょうね。どう答えればいいですか」

「『懇意の仲買人が別にいて、取引を見られたくない。あんたのほうが払いがいいが無下にきれない事情があってな』とでも言っておこう」

「わかりました」

「『三十一人を売るときも、二人とも呼んで金額を競ってもらう』と言っておこうか」


 仲買人なら不安はないが、俺たちの情報について一切マーブルの前で口にしないように念押しするようにも伝えた。



 やはり来たのは本人ではなく手下だった。

 想定に沿ったやり取りに少しだけ不満げな色を見せたが、大口の取引を前にへそを曲げられてもうまくないと思ったのか、特に文句も了承の旨も言わずに帰っていった。


 仲買人の手下の馬車を見送りながらカンターがぽつりとつぶやく。


「あの女が言ってた商人のことわざはなんてったか」

「『商人は矢の下くぐれ』と『機を見るに敏たれ』ですな」

「それだ。実際はことわざとは違うもんだなと思ってよ」


 手のひらをすいと持ち上げながら肩をすくめたカンターだが、ことわざは教訓として心に留め置くべきだと教えておかなければいけない。


「使うときを間違えたら意味がない。ところで今回、もっと適した商人のことわざが一つある」

「はは、わかります。あの女じゃなくて僕らにぴったりの言葉ですよね」


 察しをつけたコージーが愉快そうに吹き出す。

 人差し指と目線を向けあい、口にした言葉はやはりぴたりと一致した。


「「商人あきんどの嘘は神も御許おゆるし」」


 商売のためにつく嘘は神も咎めない。

 復讐のための悪事は悪魔も大喜びだろう。

 つまり俺たちが注意するべきは他人の目だけということだ。




※演技指導の描写です

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