献上
前話
金策の審議
王宮の外庭で広げられたファーファを見て衛士たちも息を呑んでいる。
駆けつけた高官の中には当たりをつけていたメシューマ子爵もいた。使うならこいつでいいだろう。キヴォンヌの派閥に属してない中では大物の部類だ。
「おおお……まさか本当に……そなたも覚えておるぞ。勇者レオの同行者であったな」
覚えているとは言いつつ、名前は出てきていないようだ。
「オズバルドと申します。今はその任を離れて流れの冒険者を」
自己紹介を終えた直後に別のどよめきがメシューマの奥から聞こえてきた。
「陛下、御自らお越しになるなどおそれ多いことです。しかるべき処置を施してのち――」
「よいよい! 毛皮になる前に憎きファーファの肉にひと蹴りもくれてやりたい気分であるぞ!」
上機嫌のローム王と相変わらずでっぷりとしたキヴォンヌ伯爵が現れて、その場の全員が膝をつく。
「楽にせよ。そなたが討伐者であるか。大儀であったなっはっは」
杖でぺしりとファーファを一打したローム王がほがらかに笑う。
聞かれるままに自己紹介とサンガクオオクズリについて説明をすると、当然の疑問を王は投げかけてくる。
「なるほど、もともとは勇者の同行者であったか。しかし戦士と僧侶で討伐したというわけでもあるまい。なにゆえ二人であるか」
カンターとコージーは街で待機という名の羽伸ばしをしている。
もっともカンターは元お尋ね者とはいえ、レオから殺害報告も済んでいて人相も変わっているため心配は不要ではあるが。
「……我らの手に余る難敵でした。一人は戦闘中に還らぬ身となり、もう一人は形見を家族の元に届けております」
「む、可能ならば教会に蘇生をさせようぞ」
「ありがたいお話ですが、首も右手も喰いちぎられておりましてな……くっ」
ロウガイが首を振り、器用に涙を流しながら同僚の死を悼んでみせた。
「そうか……本当に大儀であったな。ならば冒険者組合に依頼した報酬額に、特別恩給もつけさせよう。して、このファーファの骸はどうする」
どうすると聞いてはいるが、すでに目は引き取り希望の色をはっきりと打ち出してきていた。
「はっ。討伐証明と思いそのまま運びましたが、毛皮はぜひ陛下に献上させていただきたく」
「なんと。高値で売ることもできように、まことであるか」
惜しい金額になることはわかっている。だが今は王の覚えめでたきことが優先だ。
「はっ。メシューマ子爵よりロームの威信がかかった依頼として引き受けております」
「陛下にお納めいただくため、不肖の身を賭して討伐した次第でございますぞ」
目を白黒させたメシューマだったがさすがは貴族というべきか。予想していなかったはずの展開も無難に受け入れてみせた。
「……陛下の御心に沿えて何よりでございます」
「おお、メシューマ卿の差配であったか。良き者に目をつけたものよ。ならば毛皮処理もそちが済ませて献上するがよい。そのときは大いに報いようぞ」
「これほどの大きさです。台座を用意して立て飾りもよし、敷物としてもよし。素晴らしい品となりましょう」
「ははは! 待っておるぞ!」
戻っていく王の背中に深々と頭を下げて見送った。
充分に間があいたところで、隣のメシューマが腰を折ったままぼそりとつぶやく。
「……で、何が希望であるか」
一介の冒険者に過ぎない俺たちが貴族を食い物にするのは簡単なことではない。だが王の覚えと子爵の後ろ盾があれば、足がかりとしては充分だろう。
「大きな願いは申しませぬ。二つほどお聞き入れいただければ」
顔を上げたメシューマはいぶかしげな顔つきだったが、こちらは最大限にこやかな顔で要件を伝えた。
「一つ目は卸売店で使える割引指示書です。メルバラン間の交易をしつつ後継を育成し、準備が整いましたら引き継がせようと考えております」
交易の内容とローム側の利点も伝えるとこちらは二つ返事となった。
「香辛料は今後の懸念点だった。一番条件のいい二割引きは約束しよう。まあ陛下のあの様子を見る限り、私の口添えがなくとも一割引き程度の指示書ならすぐに受け取れたと思うがな」
割引額はそのまま利益の増額となる。人を釣るためにも今後の堅実な収入のためにも、物価が高いローム側では出来る限りの割引が欲しいところだ。
「二つ目はロームの教会で蘇生を受けられるよう取り計らっていただきたい。私たちと引き継がせた四人、二パーティ分お願いします」
「蘇生か……先ほどの言いようでは、万能ではないことは知っているのだな」
「はい。仮に金を払ったのち、損傷がひどく蘇生不可だったと言われたとて騒いだりはしませぬ」
「ではこちらも申し立てておこう。問題なく裁可されるとは思うが、この二つで本当にいいのか」
少しほっとした様子と疑わしげな様子の半々でメシューマは尋ねてきた。
おそらくはもっと大変な要求を想像していたのだろう。
たしかに十年来の国の頭痛の種を解決した手柄とは誰の目から見ても釣り合わない。
「はい、お力添えに感謝します。それと近々、子爵にはもう一つ贈り物をと考えています」
「贈り物とな」
「ええ。空いた椅子を」
「そ、それは……」
「今より一段上の座り心地です。つきましては密に連絡が取れるよう、使用人と門番に私の名前を伝えておいてください」
「……悪企みなら協力はせんぞ」
言葉には「悪企みでなければ、悪企みであっても協力しなくて済むのなら」という意図がはっきりと表れている。
一段上と聞いて遠目にキヴォンヌを見たことからも、しらじらしく釘を刺すふりをしつつ、内心でよだれをたらしているのが見え見えだ。
「ご心配なく。誓ってご迷惑はおかけしません。メシューマ子爵や陛下のためにならぬ者を、このように斬ってみせるために私たちは参りました」
ファーファにゆったりと手を向けて答えるも、メシューマの疑念は後を絶たない。
「……そのときそなたは何を要求するつもりだ」
「元持ち主の『毛皮』をいただきましょうか。なに、それも口添えだけでけっこうです」
「どんな情報を掴んでいるかは知らんが、ただの冒険者が狙うことではない」
最後は疑問というより不安を吐き出すように、メシューマは声を少し荒げた。
「そこは後日お話しましょう。お互いのため、陛下のためになることだとお約束いたしますよ」
「…………私の屋敷の場所は知っているのか」
「もちろんです。おそらく二十日以内には連絡しますので。では失礼」
人の家に招き入れられるには、やはり手土産が重要ということだ。
花壇と泉のある広場で腰掛け、昼飯をとりながら合流したカンターに経過報告をした。
コージーは斜め後ろに座って他人のふりをしながら聞いている。
「ふぅん。毛皮を売っぱらうよりも得になることなんかね」
「万が一死んでも蘇生できるという安心は早めに欲しいところではあった」
一撃ももらわなかったとはいえ、いい一撃をもらったら即死もありえた討伐を終えて実感した部分でもある。
だがカンターは今ひとつ納得してない様子だ。
「わかるんだがよ。ちょいと脅せばいいだけじゃねえの。小さい集落の教会なら他にもあるわけだし」
存在が脅威的だったからこそ、売って金に替えないことが理解できないといったところか。
「たしかに競売にかければ、本来ならかなりの金額になる。八人を売り払った金より高くなる可能性もあるほどにな」
「そう思うぜ」
「だが王が欲しがった時点でもう高値はつかない。それぐらいなら恩を着せるために使う」
「どういうことだよ」
国の仕組みから外れて無法者となっていたカンターらしい疑問ではある。
「競売とは金をたくさん詰め込んだ袋での殴り合いだ。王を相手に本気でやる阿呆はいない」
王家文官だったロウガイも説明に参加する。
「まず貴族は絶対に無理ですな。商家にしても、下手に王家ににらまれたら商会の危機となりかねませぬ」
危機となる可能性があると考えて、慎重を期するぐらいでなくては大手商会の代表をやってはいけないだろう。
競売とは名ばかりで、王宮の代理人が開幕一声あげた時点で全員だんまりなのは確定だ。
「毛皮にしてよそで売りゃいい」
「派手に金が動く競売場ならアバスまで行く必要がある。予定ではだいぶ先だが、それまであの巨大な毛皮を持ち歩くのは愚か者としか言いようがない」
だがこれならどうだとばかりの顔でカンターが思いつきを述べる。
「冒険者組合所にしばらく飾らせるってのはどうでえ。向こうも歓迎するこた間違いないぜ。んでアバスにいくときに返してもらえばいい」
わざわざメシューマの依頼を受けた体裁にした意味もあまりわかってないようだ。
それに比べてやはりロウガイはこの手の感覚に長けている。
「そもそもこれは王家の面子の問題でしてな。王家の威光を地に落とさぬよう、あちらを立てることも必要ですぞ」
税を集めて軍を編成する立場でありながら十年間も一体のモンスターに手を焼き、それが流れの冒険者に駆除されてよその競売にかけられる。それがどれほど王家の体面を潰すかは想像にたやすい。
「そこまで王様のご機嫌とらないといけないもんかねえ。おれらは根無し草だし別にいいんじゃねって思うが」
どうやら国と民と冒険者について、それとなぜ金稼ぎが必要かについてを教える必要がありそうだ。
次回は苦手な説明回です




