理由
前話
アマルダ定期
薄暗いうちに起床し、テルファへ馬車で出発した。
整備の甘い街道が車輪越しに不規則な衝撃を伝えてくるが、寝不足の身にはちょうどいい。
「行きはもう最後まで俺が御者をやる。寝てて構わんが、あほみたいに口を開けて舌を噛むなよ」
「へへっ、あにきは優しいな」
大量出血してヒールの世話になった前科持ちがにへらと笑って眠りについた。
ロウガイもすぐにぐっすりと眠り込んでいたが、ハヅキだけは道中ずっと起きていた。
「ローム王家もレオの歓待パーティを開いたことがある。お前はそこでレオに乱暴された挙句、口封じのために仲買人に売られたとベルターには言うつもりだ」
「あーい」
「元婚約者と同じ境遇のお前に同情して、優しくしてくれるだろうさ。ベルターにあてがう目的で連れて来たということは内密にな」
「わかった。あんたたちもそこに寄ったりするの?」
「たまにだな。受け取る物もある」
「そっか。あんたにはお礼できてないから、次に来たときにしようね」
少し身を乗り出して、肩口から陽気さ半分、艶っぽさ半分で誘ってくる。
「お前はベルターにしゃぶられていろ」
「あん、そうさせながら後ろからなんてひどい男」
そもそもの目的から考えると適役なのは間違いないが、どうにも人選を誤ったような気がしてならない。
「オズさん、待ってましたよ」
馬車を目ざとく見つけて走り寄ってきたベルターはたった七日で風貌が変わっていた。
真っ白な髪の根元が黒く、げっそりとした様子も精悍なものとなっている。
人生の張りというものはこのように力を持つものか。
第一声までは気安い雰囲気だったベルターだが、コージーの代わりにいるハヅキに気づくと、少し顔色を平淡なものにした。
「そちらは?」
打ち合わせした内容をベルターに伝えると、予想そのままの反応となる。
「なんとロームでも同じことを……いや、より開き直っているとは勇者め……」
「詳しいことと今後については部屋で話そう。茶でも入れてくれ」
いったん三人に先に部屋にいくように伝え、茶の準備をするベルターに内密にするべき部分を説明しておく。
「引き取った理由は情報が欲しかったからだ。今はレオと組んでいる仲買人と貴族を標的にしている」
「いい狙いだと思います」
「レオに恨みがあることは言っている。だが最終的にレオを殺すこと、金のために無差別に悪事を働いていること、羽のことは絶対にハヅキには言うな。万が一知られるようなら始末せねばならん」
ベルターは火を起こしたかまどに鍋をかけ、少し考え込む様子となった。
「情報狙いはわかりました。ですが事情を話して協力者にするわけでもないのに、なぜ解放しないのでしょうか」
「器量も悪くない。もともとのお前たちの二段構え計画にもあったように、帰還後のレオに近づかせて寝首をかくのにも使えるだろう」
「なるほど」
「まあ頼るものが何もない女だ。少し優しくしてやれば、すぐに心も股も開くだろう。昼は適当に家事でもさせつつ、夜は好きに楽しめばいい」
「わ、わかりました」
ベルターは表立って乗り気は見せなかった。だが否定もせずに方針を受け入れた瞬間、それを体現するかのようにのどは何かを飲み込む動きをした。
部屋に集まってからは体裁だけの引き合わせを済ませて、いったんハヅキは与えられた部屋で待機させた。
「次の羽も生えて、魔力も充分たまったようです。それとこれも」
ベルターは追加の風切羽二枚と気持ちばかりのゴルを手渡してきた。
「ゴルはもう不要だ。むしろ俺たちが稼いだ中から少しお前に渡そうかと考えている。稼ぎにならないことに没頭していて、家族が今後の支障になってはいかん」
「む、お気遣いありがとうございます」
今回もベルターは特に否定しなかった。
事情が事情とはいえ、家に金を入れない者をいつまでも許すほど金持ちでもないのだろう。
渡されたゴル袋を増量して差し戻すと、少しほっとした様子が見えた。
「出入りする俺たちが不審がられるのも困る。冒険者の交易に出資しているとでもいっておけ。この土産も家族や小作人に配るといい」
ベルターはロームの物品を珍しがって喜んでいた。
これで今後の羽の供給に不安はない。
「そういえばオオガラスの雌、すべてが卵を産みました」
朗報を聞いてさっそく小屋に様子を見に行った。
人を襲う凶暴なモンスターだが、こじんまりと座って卵を温めている姿は普通の鳥と変わらないようにも見えた。
「中の掃除とか、育ったひなをわけたりするときはどうすんだ?」
「この餌入れと、金属板の仕切りが差し込める作りで安全にやれます。餌箱に顔を突っ込んだときに背後に差し込めば、その体勢で動けなくさせられるんです」
最弱級のモンスターとはいえ、丸腰で同じ部屋に入るのは大人でも危険だ。
だがベルターが実演してみせた仕掛けであれば安全に管理できることがすぐにわかった。
聞けばこの仕掛けもコージーが考案したという。
「タビガラスと同じように羽が使えればいいですなあ」
ひなが生まれて、おそらくはある程度育ってみないと使える羽を持つのかどうかはわからない。
だが今後の金策と旅の進行を左右する最重要事項であり、集中させるためのハヅキとゴルと土産は必要経費というものだ。
「まだまだ繁殖期でもある。うまくいく前提でもう少し増やすことは――」
「――私もそう考えました。すでに卵を温めている雌はそのままで、追加のオオガラス小屋を併設して新規で六匹の雌を確保してます。ロウガイさんが来たときに交配させようと思いましてね」
にやりと笑うベルターが指差した先には同じサイズの小屋が新築されていた。
「さすがだな。今日はあまり時間もないのですぐとりかかってくれ」
「ならば手際よく参りましょう」
ロウガイが雌のオオガラスを魔法で眠らせ、前回同様の準備を進めていく。
タビガラスの血が半分である以上、生まれた子によって結果が違う可能性は高い。
メルバランにいる間に、なんとかこの繁殖も成功例を確立させておきたいものだ。
「本当にありがとうございました。私、ここでがんばります」
最初はしおらしい女路線でいくらしい。行儀良さそうに一礼をしたハヅキとベルターに別れを告げ、急ぎでメルバランへ帰還した。
帰りの馬車で眠ろうかと思った矢先、カンターが質問を投げかけてくる。
「あにき、昨日のメンブレンの仕送りだけどよ」
「ああ」
「遺跡ん中で殺したときには、もう思いついてたんかね」
今になってと思ったが、さっきまではハヅキがいて質問の機会がなかったということか。
「遺跡では持ち物を奪おうとしか考えてなかった。だがあいつに限らず、冒険者で金を引っ張れるやつはロームに連れていってから殺そうという発想自体はあった」
今日のノーキンなどはまさにその典型だ。
もっともメンホーは殺害したあとで実家から金を引き出すという変則的なパターンではあるが。
「衛士との話で、実家をだまくらかそうって思いついたんだよな」
「そうなるな」
「あの話し合いでもそうなんだけどよ。あにきみてぇに、その場その場で頭がまわるようになるにはどうしたらいいのかね」
昨日はやけにだんまりだったが、このように考え込んでいたということか。
カンターなりに、金策の突破口をなんとか見つけ出したいと考えてはいるのかもしれない。
「これだけ抑えろという秘訣はないが、いくつか話していけば少しは手助けになるかもしれん。今日は基本の話だけでもいいか」
「聞きてぇ」
「興味しんしんですぞ」
御者席のロウガイも聞き耳を立てつつ反応した。
「他人を動かしたいとか罠にはめたいと考えるなら、まず第一にそいつの欲望や願望を見極めることだ」
「欲望や願望」
「そうだ。次に欲望・願望の障害を取り除いてやり、自分で行動させること。この二点だな」
「ふうむ」
「詳しく頼む」
もう少し自分で考える癖をつけさせたいところだが、今日は早めに寝ておかなければいけない。
「……大前提として、人は誰しも嫌なことはやりたくない。脅したり痛めつけたりすれば可能だが、そんな悪事を考えなしに続けては身の破滅だ」
「そりゃそうだな」
「そこで動かしたい者の欲望・願望を見極め、それを動かしたい方向にぶら下げる」
昨日のメンブレンなら子の窮地を助けたい親心。
今日のノーキンなら冒険心。
ベルターなら婚約者を亡くして発散できてない性欲がそれに当たることを順番に列挙していく。
「だが欲望・願望であっても、他人に強制させられると人は動かないことが多い。途端に抵抗したり、疑ったりするものだ。だから決して無理強いはせず、ただただそいつの障害、言い換えるとやらない理由を取り除いてやる」
「やらない理由ってのは具体的にはなんだ」
「それぞれだな。メンブレンの持ち逃げされるんじゃないかという疑念には、引いてみせてその気がないと思わせた。援助続きでまた無駄金になるかもという心配には、あと一回援助すればすぐに稼げるようになると『腕利きのお墨付き』をそれとなく与えた」
ノーキンの場合はロームに行きさえすればお前は引っ張りだこだと信じさせたと、先日の会話の流れを説明しておいた。
「さっきはベルター殿も例に挙げたと思いますが、彼の場合は自らそうさせたわけではないように思いますぞ」
「実は基本は抑えている。仮に『お前の性欲処理のためにこの女を買ってきた』と言ってもあいつは断っただろう。婚約者の死に悲しんでいる手前、発散したいとは表に出せんし、自分でもそうあってはいけないと思いこみそうな性格だ。だから無理やり押し付ける形で飴を与えたし、食い扶持のゴル援助もした」
「なるほどな」
都合よく使える女を食費付きで、しかも押し付けられた格好だ。
しょうがないなどと考えつつ、今頃はどうやってものにしようかと舌なめずりしているだろう。
「難しい話ではないはずだ。動かしたい方向にそそる餌をぶら下げ、そこに罠を仕掛けて自ら向かわせるというだけの話だからな」
「わかった。じゃあ基本の次はどんなだ」
「次は……そうだな、今度『蜘蛛の糸』の話をしてやろう」
「今はだめなんかね」
「今晩はかなり危険な討伐をする。睡眠不足で臨めば死ぬぞ。カンターとロウガイも御者をしないときは寝ておけよ」
「お、おう。わかった」
「なにやら凄まじいモンスターのようですな……」
口調で冗談ではないことがすぐ理解できたらしく、以降は二人とも無言となった。
だが俺の発言に不安になったか、目をつぶっているカンターの貧乏ゆすりは馬車の振動よりも激しく上下していた。
「蜘蛛の糸」は著作権フリーです




