蜂蜜
前話
ノーキンをそそのかす
夕飯の前に土産を並べると、アマルダは目を丸くして喜んでいた。
「どれもおいしいわ。初めて食べるものがいっぱい」
後から開けるワインは言うに及ばず、チーズやサルタナレーズン、蜂蜜、蜂蜜酒も気に入ったようだ。
一応メルバラン大陸にも蜂蜜は希少ながら存在するが、安くもなければたいして甘くもない。
さじをくわえたまま本大陸の甘さに体を震わせる様子に、子供の無邪気さと大人の魅力を否が応でも感じさせられた。
夕飯が並んでからもご機嫌そのものだった。
「これが天然のお酒だなんて、本大陸は素敵なところね」
「洞窟内の清水が蜂蜜の層にしたたると、発酵が始まってお酒になるらしいです」
味付けの濃いバラ肉煮込みと甘い蜂蜜酒の相性がよく、アマルダは喉を鳴らしながら飲み続けている。
「甘いのに爽やかでどんどん飲めちゃう。すごく高かったんじゃない?」
「気にしないでください、おじいさんとアマルダさんは貴重な飲み友達ですから」
勧めれば勧めるだけぐいぐいと飲み続け、ネムリダケの粉も投入していたじじいのほうはすぐに酔いつぶれた。
いったん二階にじじいを連れて上がり、ベッドに放り投げた。
部屋の隅には亡き妻と二人、若かりし頃の肖像画が飾られている。だがじじいの人生の歩みは、描かれた笑顔とは対照的だった。
神託がレオの父親の名を告げるまで、数十年の間が開いた。
勇者の本流と言われる血筋でありながら神託が降りず、戦士として鍛え続ける日々はどれほど居心地が悪かっただろうか。
老いて実家に戻った直後、息子に神託が降りたときはどのような気分だっただろうか。
本人が語ることはないが、老いた細い体でも維持されている筋肉は、無念が今でも身を焼いていることを雄弁に物語っている。
壁掛けに横向きに飾られている細身の剣は固定されておらず、いつでも持ち出せるようになっていた。
ご老体の最後の花は準備してやらねばなるまい。
薄暗いランタンの光にも関わらず、入念に手入れされた刃には漏れる笑みが映り込んだ。
戻って席に座り直すと、アマルダは早くもうっとりとした目つきになっていた。
「オズ君が来た時は、私もお義父さんも飲みすぎちゃって困るわ」
桃色に染まった顔はまったく困ってそうには見えない。
腹具合も少し膨れ気味となり、ゆっくりと飲んでいると先日の別れ際を話題にしてきた。
「この前は私、眠っちゃって……運んでくれてありがとう。重かったでしょう」
「いいえまったく。役得でした」
「な、何言ってるの。こんなおばさんに」
居心地悪そうに俺の腕を叩いたあと、たいして減ってもないグラスにワインをついでくる。
なにやら今日の雰囲気はおかしい。
俺の口元をふいたり腕に触れてきたりと、やたらといい雰囲気になっている。
まさかとは思うがこのまま誘われたりなどするまいな。
普通は心配しなさそうな心配をしてしまうほど、今日のアマルダの酔い方は壁を感じさせない。
まったく想定してなかったが、酔った頭でもそれはあまりよろしくないとすぐに判断できた。
匿うにもレオ殺害時に連れていくにも、こちらの非では都合よく動かすことができそうにない。
誰の父親かわからぬ子を宿し、その境遇を助けるからこそ行動を管理できるというものだ。
万が一にもこちらが酒に呑まれてはならないなどと考えていると、アマルダは突拍子もないことを言い出した。
「レオとオズ君は似てるわ。ぶっきらぼうだけど優しいところとか」
外道っぷりが似ているのは同意だが、この女はどこまで呑気なことを言っているのかと思う。
何も知らずにいることは、考えようによっては幸せなものだ。
相変わらず良心が痛むなどという感覚も皆無だが、今後はこのように緩んだ顔も見られないと思うと、やや「惜しい」と思う気持ちが芽生えた。
酒に興じている中、ふとしたときに旅立ち当初の頃に戻ったような心地になることがあるからだろう。
だからといって手心を加える気もない。もうじきこの女はめまぐるしいほどの不幸に見舞われることになる。明日のジーロ村はその二手目だ。
悪巧みを表情に出さずにとりとめのない話を聞いていると、次第に愚痴とも悩みともつかない内容になっていった。
夫の消息が数年もわからない中、息子にまで神託が告げられたこと。
旅立ち当初に比べ、本大陸進出後はレオの情報も入ってこない日々となったこと。
最近モンスターの動きがより活発になってきていると聞いたことなど、胸の内に渦巻く不安を少し苦しそうに語った。
旅立ち当初の頃を思い出していたのはアマルダも同じだったらしい。
「そういえばオズ君とクレアちゃんは結婚予定だって聞いてたんだけど、今は連絡――」
「――してません。レオと仲良くしてると思いますよ」
「そ、そう」
よくない話題を踏んだと思ったのだろう。息子が関係しているとなれば、どのようにフォローすればいいのかもわからず二の句が出てこないようだ。
嫌な話題も出て多少酔いは冷めた。そろそろ眠らせて仕込みに入ろうと思い、土産物の袋からレモンを取り出す。
「向こうで気に入ったお酒があるんです。是非一杯飲んでみてください」
甘みのあるレモンをスピリッツにしぼり、塩を飲み口につける。
作る手つきは背中で隠し、この一杯にはしっかりとネムリダケの粉を入れた。
「すっぱーい」
湧き上がった加虐心は、顔を可愛らしくくしゃりとさせるアマルダを見ていっそう膨れ上がった。
ほどなくして眠気がはっきりと現れ始めたため、いとまを告げた。
玄関先まで見送りにきたアマルダが、少しかすれた声を出す。
「いつもありがとう」
含むものは何もないと思うが、なんとなく返答の仕方につまり、視線が絡んだまま少し時間が止まった。
「こちらこそ、いつもごちそうになってばかりで」
「ふふ、また来てね」
「はい。迷惑じゃなければ明後日の夕飯、またお邪魔してもいいでしょうか。ウサギ肉をいっぱい持ってきます」
「ありがと。じゃあもらったハーブをさっそく試せるわね。待ってるわ」
「楽しみです。おやすみなさい」
いつもの宿屋とは違う安宿に戻ると、ロウガイは目を覚ましていた。
デトクスを受け、少し時間を置いてロウガイと再出発したが、ウィークネスのあとで金目の物を家探しすると言い出す。
「蓄えがあれば自ら雲隠れするかもしれませんからな。場所は把握しておこうかと思いますぞ」
アマルダの性格を考えると、蓄えやいい装備があれば息子に餞別で持たせているだろう。
期待はできないが何かしら金策のとっかかりを得ようとする姿勢は悪いものでもないと思い、好きにさせておくことにした。
静かな部屋だと、少し荒くなった寝息がやけに響く。
いつにも増して親密な態度だったが、それは眠ったあとも同様だった。
思考を捨てて今日のアマルダを胸の内で振り返ると、欲望、好意、困惑、苛立ち、慕情が順番に沸き起こった。それらを取り繕うことなくぶつけるたび、他の女では感じることのない高揚感に包まれる。
『復讐という料理は冷めてから食べた方が美味い』らしいが、相変わらず俺の復讐は熱が下がりそうな気がしない。
感情のるつぼをかき回すたびに、決別と解放が待つ復讐の終着点に一歩ずつ進んでいる実感を得た。
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