解呪師
前話
死蜂の村での狩り
※この話の描写はあくまで解呪です。
死蜂の村での狩りは激しくも順調に進んだ。
夜は最初に潰した巣で野営をし、翌日は早朝から昼過ぎまでみっちりと取り組んだ。
充分すぎる量の毒液と蜂蜜を持ち帰り、冒険者組合でのゴル換金も終えて、今は宿屋でコージーと打ち合わせをしている。
「俺たち四人の名前は絶対に出さず、偽名で頼む。どっちの仲買人にも四人ずつ売れるだろうと話しておいてくれ」
「わかりました。値段についてはどう話しましょう?」
「俺が以前に聞いた相場程度でこっちから提示してくれ。どうせ値切ってくるようなら別の仲買人に売るだけだし、細かく話さなくていい」
それ以外にも仲買人の名前と特徴、普段よくいる場所なども教えておいた。
いざ出発という段階になったとき、ロウガイが引き止めるように口を開く。
「拙僧も思いついたことがございます。コージー殿、例の沈黙の呪いがかかったネックレスを拙僧にお貸しください」
受け取ったロウガイは、まるで呪いの面を装備したかのような顔でせせら笑った。
「くく、要は一昨日の状況をこの手で作ればいいだけのこと。ご期待どおりの結果を出してみせましょうぞ」
つまりは沈黙の呪いを押し付け、呪い解除をたてにして脅す算段なのだろう。
しかし高額とはいえ町の教会に行けばすぐに解除は可能だ。そうなると「沈黙」の特性も活かすということだろうが、無茶をしてお縄になるようなことがあっても困る。
先にやり方を聞いておこうかと思案しているうちに、カンターとの打ち合わせが始まった。
「このネックレスは高価な石がはまっております。『はい』と返事をするようなら……」
聞いている限りでは、入りの手口は強引でもなさそうだ。信用して見守ることに決め、開きかけた口を閉じた。
――カジノの一画。
どうやらロウガイとカンターは一人の女に狙いをつけたようだ。
先ほどまで賭け札に熱中していたその女は、今は空になったチップ入れの箱を返却し、カジノを退出しようとしている。
観察したのは少しの時間だけではあったが、なかなかの大枚をつぎこんでいた。
派手なスカーフと瀟洒なイヤリングを見るに、それなりの財布ではありそうにも見える。だからこそネックレスに食いつくかは怪しいが。
難しいかと思う俺の思惑をよそに、カジノを出た女にカンターは声をかける。そして意外にも、女はあっさりとカンターの罠に乗っかった。
「ちょっといいか? あんたが座ってたカードの席にあったんだが、こいつぁあんたのかい?」
「ん……、そ、そうね。外してたのを忘れてたわ。ありがとう」
「そうかい。こんないいもんを忘れちゃいけねえ。ほら、つけてやるよ」
「あ……」
差し出された手をひらりとかわして、カンターは女の後ろに回り込んだ。
自然に、それでいて速やかにネックレスを回して金具をはめる。途端に黒い靄が湧き上がり、女の首に巻きついた。
「な! こ、こいつぁいったいどうしちまったんだ!」
女は首を抑え、圧迫感と声が出せない自身にひどく困惑している。
その横でカンターは説明がましい叫びと嘆きを続けていた。
「こ、これは呪いの品じゃねえか!」
「どうしてあんた、自分のなんて嘘をついたんだ!」
「だ、だれかこの中に僧侶様はいねえか!」
カンターの白々しすぎる小芝居を見て、絶対にこの手の仕事をさせるまいと決意する。
通りの人は少し遠巻きに様子を見守り、ちょっとした騒ぎになりかけていた。
「参りましょうか」
機は熟したと言わんばかりの顔でロウガイはカンターに近づき、声をかける。
「話は聞かせていただきましたぞ」
満を持してロウガイが登場した。
「ああ、あんたひょっとして僧侶様かい?」
「さよう。拝見しますに呪いの装備でお困りのようですな。拙僧が解呪して差し上げましょう」
「で、でも、お高いんだろう?」
カンターは人差し指と親指で輪っかを作り、眉を八の字にして問いかける。
「ご心配召されるな。今日はいにしえの祭日でございます。今だけ、特別に無料で解呪しんぜますぞ」
「あああ、よかった……くっ、神様ってのはいるもんだぜ。ぜひ頼みやす!」
「清めのアイテムも必要でございます。どうぞ、ご一緒に参りましょう」
「わかった、さ、とっとと行って呪いを解いてもらおう!」
戸惑う女の背中を押し、カンターとロウガイは宿屋へ向かった。
阿呆しかいない。それが俺の頭に浮かんだ。
女をベッドに腰掛けさせてロウガイは説明を始めた。俺とカンターは少し離れたところで座っている。
「人の道や規範、すなわち『倫』を重要視する倫派に拙僧は属しております。倫派の解呪方法、さっそく始めさせていただきますぞ」
多少ケバいかと思ったが、想定外の状況に戸惑い涙ぐんでいる女はなかなかの美人だった。
袖のないシャツは白くほっそりとした腕を、堅く引き絞った腰紐はその上下のボリュームを強調している。
「解呪には、拙僧の放つ倫波をその身で受け止めていただきます。痛みや不快感などはまったくございませんのでな」
最初はいきなり現れた男や僧侶、その同行者のいる部屋に連れ込まれて不信も残っていたように見えた。
だがロウガイの取り出すガラス容器や長い説明で、ちゃんと呪いの解除をしてもらえると思ったのだろう。今は戸惑いは顔色だけとなり、姿勢は大人しく座っている状態だ。
「それでは、体の感覚に集中していただくためにこれをつけていただきますぞ」
一部にクモ糸が織り込まれた伸縮性のあるヘアバンドを取り出し、女の目にすっぽりと被せた。
女は視界を奪われ、声もだせず、ただその不安を口元に漂わせている。
「まずは倫波をしっかりと感じていただく準備ですぞ。――ウィークネス」
女の体がびくりと固まった。手は自らを抱きしめているが、それがいっそう胸元を強調した姿勢となっている。
「では、こちらへ横になって……ええ、呪い解除のためですぞ」
女をゆっくりとベッドに導き、ロウガイは呪いの靄がまきついた首をさすり始めた。
「これは相当な怨念がたまっていたようですな。しっかり倫波を流していきますぞ」
手は首から肩、鎖骨へと移り、続いて両手を上にあげさせ、二の腕から脇に進んでいた。
だが脇をさすりだすと再び女の体に力が入り、目隠しされたままの顔で困惑の表情となった。
「大丈夫ですぞ。皆様やっておりますからな」
もう一度両腕を上に引っ張り、改めて二の腕を脇方向に向けてさすっていく。
女は抵抗の代わりに少し大きく息を吐いた。
「では聖油を使って清めていきますぞ。のちほどウォッシュですべて綺麗になりますので」
もともと魔除けの聖水が入っていたガラス容器だが、今の中身はただの植物性オイルだったはずだ。
再び首、肩、鎖骨と両腕を丹念に、今度はオイルを滑らせながらさすっている。
ここでは少し、女の戸惑いの色も緩和されているかのように見えた。
「かなり強い呪いのようですな。倫波を全身に流していきますぞ」
ロウガイは移動し、足裏やくるぶしもさすり始めた。
次第にスカートの中に手が滑り込み、女は顔を上げ、手でスカートを抑えて阻止しようとしている。
「ここでやめてしまっては、呪いが解除できませんぞ?」
ロウガイのやや強めの語調で抵抗はいったん止まるが、次第に体の中心部に進んでいく折に、女は困惑を浮かべて手で阻止しようとしていた。
「呪い治療の一環ですからな」
ロウガイはあわてることもなく、手をその都度元の位置に戻し、確実に呪い解除の深みは増していった。
胸元から手を滑らせて奥まで進んだ手が、今度は体の側面を通って帰ってくる。
「やはり首元の呪いですからな。上半身の倫波をしっかりと流す必要がありますぞ」
不意に奥まで滑らせた手が止まり、その場で小刻みに倫波を伝えた。
女は突然の振動にその身をよじらせて震えている。
「この呪いはつらかったでしょうな。ご心配には及びませんぞ」
いつしかロウガイの手つきは神聖さを思わせるスローペースから、悪を祓わんとする意志に満ちたリズミカルなものに変わっていた。
「倫波をスムーズに流すためですからな。なに、拙僧からは見えておりませんので大丈夫ですぞ」
呪い治療はゆっくりと、だが確実に深部におよび女は流されるままに甘んじていた。
全身つやめき、息も絶え絶えとなった女にロウガイは呪い治療の山場を伝える。
「では、中から呪いをほぐしていきますぞ」
「さすがおっさんだ。完璧な手際だったぜ」
「はは、我が才能が怖いぐらいですぞ」
最中にコージーも帰ってきたため。四人の倫波の力で無事呪いは解除された。
呪い解除とウォッシュ、ヒールで我に返った女はそそくさと宿屋を出ていき、今はロウガイとカンターが談笑している。
「で、いくら儲かったんだ?」
途端に二人は黙り込んでそっぽを向いた。
「いくら儲かったのか、聞いている」
「あ、あにき……おれぁ心のゴルってやつも、大事じゃねえかと思うんだ。はは……」
「ま、まさしくそのとおりですな」
期待した俺も阿呆だったと言わざるを得ない。むしろカースブレイク時に使うお祓い用聖水の分だけ赤字だ。
「心が充実してるというわけか。じゃあ次の狩りは、昨日今日なんか目じゃないきつさで考えておこう」
巻き添えを察知したコージーが、自分の仕事は上首尾であった旨を報告してくる。
「俺たちは運命を共にするパーティであり、つらい思いも全員一緒だ。なぁコージー?」
黙り込んだ三人を見て、メルバラン大陸の次の金策も早めに考えておく必要があると確信した。
※解呪の描写です
次話はまた冷酷な悪事に戻りますので、解除せずブクマはそのままで!




