追放、寝取られ、失望、決意
「オズバルド、お前にはこのパーティから抜けてもらう」
こいつは突然何を言っているんだ。あまりにも唐突な発言に理解が追いつかない。言葉を出せずにぽかんとしている俺を見て、勇者レオは続ける。
「これからは彼女に加わってもらう」
「ユーリです。がんばります」
先ほど何やら話をしていた女武闘家が、はにかみながら前に進み出て一礼した。
「レオ、なぜ、いきなり?」
片言で問いただす俺に、レオは無感情な調子で答える。
「ユーリの先祖は前回の魔王討伐パーティの武闘家だったそうだ」
武闘家の手甲をちらりと見る。頑強さを感じさせるその武器はたしかに業物と一目でわかった。
だが外見は幼く、しかも実力を見てもないうちから交代などとは無茶もいいところだ。何から説得すればいいのか、そう考える間も許されずに次の要求をぶつけられる。
「それじゃあここでお別れだ。装備と持ち物をすべて返してくれ」
「は? 待て。一緒に戦ってきて揃えた装備だろう」
「資金とアイテムはすべて俺が管理すると最初に皆、納得したはずだ」
レオの顔色が険しくなった。購入に苦労した念願の鋼の剣について、数時間前に口論したことを思い出す。
魔法も使うレオよりも常に最前線の俺が装備するべきだ、そう論破したことがかなり不満だったように見えた。だが俺を追放すれば、晴れてこの剣を装備できるのはレオだけとなる。
そう、こいつは勇者でありながら相当に腹黒いことを俺は知っていた。
「こんな山あいの村で放り出されて、所持金・装備・アイテム無しだなんて冗談じゃない」
「お前を思いやって村で伝えたんだ」
レオはとりつく島もない。今度は斜め後ろに控えている僧侶に声をかける。
「マリア、お前は聞いていたのか?」
「はい。魔王討伐のためとレオ様が判断なされたことに異はありません」
まあこいつはこう言うだろう。勇者伝説に完全に心酔していて、どんな命令でも従いそうな奴だ。
「ユーリとやら。代わりに加わる立場で、このやり方に心苦しさは感じないのか」
「憧れの勇者さまと魔王を倒す旅に出たいって、ずっとそう思って修行してたんです」
まったく俺を思いやる気持ちなんぞ無かった。これはマリアと同じタイプか。
「それにオズバルドさんが私の代わりにこの村で猟師をしてくれるなら、安心して旅立てます」
どんな理屈だ。だがこのまま本当に追い出されるなら、手ぶらはきつすぎる。
「家や猟の道具は引き継げると?」
「家は家族が住んでますし、私は拳で猟をしてましたので、特にそういうのは無いです」
「それはあんたが武闘家だからだろう!」
本当に無茶苦茶だ。だがもう一人のためにも、はいそうですかと言うわけにもいかない。
「ここで二人抜けるより、大きな街で別れたほうがそっちも四人目の補充がしやすいだろう」
「何を言っている。抜けるのはオズバルドだけだ」
「なんだと? 」
まったく騒がず、ただうつむいていた恋仲の幼馴染を振り返る。
「レオが決めたことなら、もうしょうがないよ」
気の強さを表したかのような赤い髪と瞳の彼女は、今はけっして俺を見ようとはしない。
「クレア、お前は抜けようとは思わないのか」
「それは許可できない」
「うん」
幼馴染の魔法使いは、相変わらず目をそむけたままだ。
「約束はどうする」
「こんな世の中と旅だしね。お互い忘れようよ」
魔王を倒したら一緒になろう、そう約束したときに送ったヘアピンを髪から抜き、クレアは俺の手に握らせた。
「それじゃあ装備を外して渡せ」
「待ってくれ。クレア、一度話を――」
すがる俺の目の前に、羊皮紙が広げられた。勇者が懐から取り出した王家の勅令状だ。
「話は終わりだ。勇者の要請は王の命令。俺はお前をお尋ね者にはしたくない」
呆然とする俺から、はぎ取るように装備と持ち物を回収し、四人は宿屋に入っていった。
「せめてメルバランに帰らせてくれ。タビガラスの羽だけでも――」
「宿代も一部屋分しかないのに、そんな余裕は無い」
「俺の持参装備を売った金がその武器の購入代金に――」
「お役に立てさせていただきますね」
「こんなところで追放なんて殺すのと変わらな――」
「いい村ですよ。失礼しちゃいます」
「クレア! お前――」
「バイバイ、オズ」
無常な扉の音が響き、俺の魔王討伐の旅はこのように終わりを迎えた。
沈みそうな日を見て我に返った俺は、一晩のねぐらを求めて民家を回った。しかし勇者に追放されるざまを見ていた村人が多数いたせいか、村人の反応は散々だった。
すべての民家に断られ、俺は宿屋の裏手に厩舎があったことを思い出す。山の朝は夏でも冷える。臭いぐらいは我慢して、わらをかぶって寝たほうがいいだろう。
厩舎に向かって宿屋の隣を歩いていると、格子窓の中から聞き覚えのある声が聞こえた。
近くに寄って聞き耳を立てると、中に誰がいるのかはすぐわかった。どうやらレオとマリアがお楽しみ中らしい。
マリア加入直後のレオの言葉を思い出す。
『お前らが恋仲なのは都合が良かった。二部屋しか空いてなければ、俺とマリアの相部屋にできるからな』
『勇者の力を発揮するためにお前の愛が必要だと言ったら、すぐに許した』
マリアを落としてこのように上機嫌だったはずのレオだが、何故いきなり俺は追放されたのか。マリアの声がいっそう昂ぶるのをよそに、俺は思案した。
本性を知っている俺が危険分子だと思ったのか。
それとも戦い方にうるさい俺を追い出したかっただけか。
はたまた、ユーリもゆくゆくはつまみ食いしたくなったのか。
まあ宿代が一部屋分しか無いなどと言ったのは、俺に何も与えないための口実だろう。ならば原因はやはり鋼の剣か。
クソみたいな勇者だったが、いつまでも落ち込んではいられない。
取り戻したい装備もあるが、まずは身を立て直さなければ何も行動できない。帰郷するか大きな町にさえいけば、剣の腕がある俺はいくらでも仕事はある。
クレアの身が心配だが、レオのゲスっぷりも知っているし、そのうちに帰ってくるだろう。
窓から離れようとした際、またもマリアの声が聞こえてきた。
「さあユーリさん、次は貴方です」
衝撃的な内容に足が止まった。まさか会って初日にか。
「そう……心を開いて、レオ様を感じてください」
何やらマリアは教導者の雰囲気で、ユーリのぎこちない声も聞こえだす。どうやら愛で勇者の力が発揮できる理論をユーリにも信じさせているらしい。
まさか、本当に一部屋じゃあるまいな。そう思うと、足は鋼のようにその場に固まった。
中に灯りは無い。ばれる心配もなく、格子窓の隙間に耳を押し付けた。小気味いいリズムの音とは別に、口づけを連想させる音と吐息も聞こえる。
これはマリアだろう。マリアのはずだ。いやレオのゲスっぷりを考えると、クレアを同じ部屋に居させるぐらいはしてくるかもしれない。
かすかな音も聞き漏らさぬよう耳をすませると、ユーリの声がうるさいぐらいに脳に響いた。
やがて音が止み、次に聞こえてきた声は普段から俺が聞いているマリアの声、いや詠唱だった。
「ヒール」
その魔法が光も発することを知っていた俺は、耳を離して目を近づける。消え行く光が一瞬照らした室内には、幼い頃から見慣れた燃えるような赤の髪が見えた。
「ふふ……元気になりましたね。ではクレアさんも」
自分の目を信じることができなかった。クレアはレオの手口について、俺からすでに聞いている。ならば勅令書により強制させられたのだと思った。だがすぐに聞こえてきたクレアの喜色混じりの声で、そのようなものではないと理解した。
どうやってその場から離れたかは覚えていない。
気がつくと、村の近くにある岩が露出した場所で仰向けになっていた。
握り込んだヘアピンが手のひらに突き刺さり、血がしたたっていた。
この血の匂いにつられたモンスターに襲われてしまっても構わないと思った。
「はぁっ……はぁっ……くそっ、くそどもが!」
身をひそめるつもりもなく、怒号を上げる。
本当にモンスターは現れたが、怒りの感情のままに落ちている岩で殴りつけた。素手など一匹も倒せず死ぬだろうと思っていたが、すべてに勝利した。
モンスターの死体を眺めるうちに、俺は急速に胸のうちが変化するのを感じた。
「獣相手に腹をたてることもないし、ためらうこともない」
自分自身に言い聞かせるかのように声に出した。
急に命が惜しくなった。せかせかとモンスターの買い取り部位を引きちぎって村に向かう。
明日朝、これを売れば多少の金ができる。
足りない分は薪割りでも用心棒でも何でもいい。なんなら強盗殺人でも構わない、金を稼ぎたい。
金ができたらタビガラスの羽を買って、旅立ちの地に戻ろう。
先ほどまでの絶望感はきれいさっぱり消え、正反対の感情が俺の胸に燃え上がっていた。
「そうとも、心置きなく楽しめる」
わずかな良心の残りカスを、踏み消すような気持ちでつぶやいた。
→どうやってその場から離れたかは覚えていない
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