ー火曜日ー
ダム、ダムダム。
体育館に、ボールをつく音がこだまする。
毎週火曜日、僕は三条まで出かけ、自分の所属するバスケサークルへ遊びに行く。ここではみんな好きなようにバスケをやっていて、部活と比べると、バスケそのもののレベルは低い。しかしその分、高校から始めた僕はある程度活躍できるし、先輩も友人も面白い人が多いため、楽しい時間を過ごすことができる。
僕の試合が終わり、汗を拭きながらほかのチームの試合を見ていると、隣に同級生の女の子が座ってきた。手にはさっき買ったらしい、ポカリスエットが握られている。
「相変わらず上手だね。」
誰のことを言っているのかわからず、僕は目の前で行われている試合を観察する。上手な人は何人かいるが、それだけに彼女がだれを指しているのか特定できない。いぶかしがる僕を見て、彼女が笑った。
「違う違う、君のことだよ。さっきの試合を見てて思ったの。」
僕は彼女の顔を見る。白い肌に光が反射して、まぶしかった。
「上手く見せるのがうまいだけだよ。」
彼女はまた笑った。なるほどね、とつぶやいて、ポカリを一口口に含む。
「いつからバスケをしているの?」
「高校から。君は?」
「私は大学から。高校の部活って、厳しいんじゃない?」
「そうだね、厳しかった。」
「どれくらい?」
「監督が怒鳴りすぎて、熱中症で倒れるくらい。」
「それ本当?」
「嘘。」
彼女は三たび笑った。笑顔を振るまうことが、彼女の仕事らしい。
と、さっきまで試合をしていたメンバーが、コートから出ていくのが見えた。どうやら試合が終わったようだ。会長さんが真ん中で、「次、5番と6番!」と叫んでいる。
「あ、私5番だ。」
そう言って彼女が立ち上がる。そしてこちらを振り返り、「君は何番?」と尋ねた。
「2番。」
「そっか。」
彼女は今日四度目の微笑みを残して、コートへと向かっていった。僕の隣には、彼女の残したポカリスエットが、寂しそうに佇んでいる。
僕はこの、哀れなポカリスエットと一緒に、彼女の試合を眺めることにした。
サークルが終わり、みんなで夕飯を食べた後、僕は一人帰路についた。
アフターの席では、先輩たちが相変わらず、面白い話を湯水のように提供してくれた。彼らはおそらく、話題を保管できる四次元ポケットでも持っているのだろう。どこに売っているのか、教えてほしい。
笑顔を振るまう職業の彼女は、相変わらず楽しそうに会話の輪の中心にいた。一体何を食べたら、いつもあんな風に笑えるのだろうか。僕も試しにあの子と同じ料理を注文してみたが、彼女のようには笑えなかった。
そんなことをぼんやりと思い出しながら、川端通りを鴨川に沿って自転車で進む。所狭しと乱立した飲み屋や飲食店が、オレンジ色の行燈の灯に包まれて、対岸に浮かんでいる。三条四条の繁華街は、昼間のおとなしい仮面を脱ぎ捨て、夜の姿に変わろうとしていた。僕はそこから逃げるように、自転車をこぐ。
中心街から離れるにつれ、あたりは少しずつ静かになった。鴨川の流れる音、柳が揺れる音が心地よく響く。吹き抜けた夜風は、少しだけ冷たかった。
ふと前方に、見覚えのある人影を発見した。僕は自転車を降りて、小走りでその人物に近づく。
「お疲れ様です。」
その人物は振り返ると、おう、お前か、と言って笑った。バスケサークルの先輩であるその人は、大学の二回生であり、文学部に在籍している。この人がどんな人か、と言われると僕は、説明に窮する。生きていくための便宜上、人間の形でもって現世を漂っているような人、というのが僕の印象だ。
「この鴨川は、昔心霊スポットだったらしいぞ。」
先輩は、まっすぐ前を見て語りだした。月がとてもきれいだった。
「昔の人々はここに死体を並べ、念入りにその数を数えていたらしい。そして死体の数が108に達すると、それを清めるため川へと死体を遺棄したそうだ。そして今でも丑三つ時の鴨川沿いでは、等間隔に並べられた幽霊と、そこで反復横跳びをする幽霊の姿が目撃されている。これが、第二の鴨川等間隔の法則だ。」
「その話、本当ですか。」
「嘘だよ。」
僕は笑った。幽霊だってそれくらいしなければ、運動不足にもなるし、退屈だろう。
「だけど、ここに昔死体が並べられていたのは本当らしい。噂だけどな。」
「へぇ。なんのために。」
「わからん。」
僕たちは、それから黙って歩いた。黙って歩くことで、会話をしているような気もした。
しばらく歩いて、僕はふと思い立って、切り出してみた。
「あの子と、花火大会に行くことになりました。」
根が臆病な僕が、彼女のことを話しているのは、サークルでは先輩だけだった。
「そうか。」
先輩は少し間を置き、言った。
「よかったな。」
「はい。」
「よかったです。」
それきり、先輩は何も言わなかった。僕も何も言わなかった。
川端通りと、御蔭通りが交わる交差点。先輩はここを直進するが、僕は右に曲がらなければならない。
「じゃ。お疲れ様です。」
軽く会釈して、歩き出す。すると後ろから、先輩の声が追いかけてきた。
「おい。」
僕は振り返る。鴨川を背にして立つ先輩の姿は、ちっぽけであり、偉大でもあった。
「人生とは、なんだと思う。」
僕は考えた。考えて、当たり前のことを言った。
「わかりません。」
「俺もわからん。」
そう言って先輩は、にやりと笑った。
「つまりは、そういうことなんだろう。」
僕は嬉しくなって、笑った。やっぱりこの人は、偉大だった。
家に帰り、ラインを開いた。彼女には今朝、「こんなに堂々と嫌われると、清々しい」と送っておいた。
彼女から、返信が来ていた。
「こんなに堂々と嫌えるのは、あなたぐらいだよ」
僕は少し考え、文字を打った。
「光栄だけど、嫌われてる人に、リンゴ飴を買おうとは思えない」
送信し、スマホを閉じる。寝る前に、紅茶を一杯だけ淹れることにした。




