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夏の残り火  作者: とある貝
2/7

ー月曜日ー

目覚ましの音を聞かなくていい起床というものを、平日の朝に贅沢に味わいながら、僕は目を覚ました。まだ睡魔が体に居候している状態で、枕元にあったスマホを手に取る。確認するが、そこには特に、何の連絡も入ってなかった。

僕はゆっくりとベッドから出ると、できるだけ丁寧にベッドを折りたたんだ。折り畳み式のそれはいとも簡単に、六畳一間の僕の部屋に似つかわしいサイズになってくれる。

トーストを焼き、その間に顔を洗う。時間に余裕があるので、目玉焼きを焼くことにした。

焼きあがったトーストに、少し遅れて焼きあがった目玉焼きを乗せ、アイスカフェオレとともに比較的優雅な朝食を楽しむ。半ば習慣としてつけたテレビでは、ニュースキャスターが様々な記事を熱心に報じていたが、一番僕の興味を引いたのは天気予報だった。美人のお天気お姉さんによると、今のところ、来週の日曜は晴れるらしい。

片づけを終え、歯を磨き、時計を見ると10時過ぎだった。今日は13時からバイトがあるが、バイト先が家から遠いこと、そして塾講師という仕事の特性上、12時頃には家を出る必要があった。必然的に、今の食事はブランチということになる。

読みかけの本を読んで時間をつぶす。これは彼女が、面白かったからと僕に貸してくれたものだ。僕と彼女は、好きな色も食べ物の好みも全然違うが、小説の趣味は驚くほど似通っていた。

小説が一段落したところで、時計を見る。頃合いの時間だったので、服を着替え、ペンケースとクリアファイル、それと冷たい麦茶を鞄に入れて、家を出た。


いくつかの授業を無難に終え、次の授業の準備をしていると、背後から無邪気な生徒の声が聞こえた。

「ユミ、早く藤原君のこと誘いなよ。もう夏休み終わっちゃうよ!」

「えー、でも、彼部活とかで忙しそうだし…」

「でも夏祭り行きたいんでしょ?あいつも絶対、ユミに誘われるの待ってるって!」

思わず笑みがこぼれる。生徒たちの若さを見ていると、相対的に、自分が年を重ねたことを意識してしまう。

「先生って、彼女いるの?」

ふと、一人の女子生徒が話しかけてきた。僕は少し笑って、口元に人差し指をあてる。

「ノーコメントで」

その生徒はにやにやしながら、「いないんだー!」と言って後ろを振り返る。するとそこにいた友達と思しき数人の生徒が、先生彼女いないのー、かわいそー、などと口々に言ってこちらを見た。彼女たちはひとしきり陽気にはしゃいでいたが、すぐに僕から興味を失い、まるで台風のように、喧騒の名残を残して去っていった。

生徒たちがいなくなると、僕は一人、苦笑した。確かに僕は、かわいそうなのかもしれない。


その日の授業を何事もなく平和にこなし、一日の報告書をまとめていると、背後から声をかけられた。

「お疲れ様です。」

振り向くと、僕が研修時代からお世話になっている柳先生だった。手にはマグカップを持っている。

「いかがです、もうこの塾には慣れましたか。」

朗らかな声で問いかけてくる。僕はいったんペンを置いた。

「ぼちぼちですね。不規則なシフトには、まだ翻弄されがちですが。」

急遽体調不良などで来られなくなった講師がいた場合、そのコマを空けるわけにはいかないので、代わりの講師が入ることになる。裏ではそのほかにも複雑な事情があったりするらしいが、とにかく最近授業を持ち始めた僕の空きコマは、出勤してみるとものの見事に埋まっていることが多い。

柳先生は笑って、カップを少し傾けた。

「それは仕方ないですね、塾とはそういうものですから。本当、先生にはいつも、助けられています。」

真っすぐに目を見て話す彼に、先生、という呼称はぴったりだった。

「ところで先生。」

彼は、鞄から何やらシフト表らしきものを取り出し、満面の笑みで言った。

「今週の木曜日など、空いていないでしょうか。入っていただけると、すごくすごく助かるのですが。」

僕は、心の中でこっそりため息をついた。試しに困ったように苦笑してみたが、あちらの笑顔には太刀打ちできなかった。

「…わかりました。何時からですか。」

柳先生は、もう一度笑った。さっきの笑顔のさらに上があったことに、僕は驚いた。

「ありがとうございます!では今日と同じく、1時からでどうでしょう。」

僕は曖昧に頷いた。せめて、僕もコーヒーが飲みたかった。


一日のバイトを終え、木曜日のシフトというお土産とともに、家に帰る。スマホを開くと、彼女から返信が来ていた。

「許してあげる。その代わり、私はリンゴ飴が食べたい」

僕は、浴衣姿の彼女が、リンゴ飴を持っているところを想像する。普段の彼女のイメージとは少し違うが、とても似合っているな、と思った。でもそれをラインで伝えようとも思わなかったため、僕はリンゴ飴のレシピを調べ、彼女に送ることにした。

いつものように夕食をとり、シャワーを浴び、歯を磨いて、折り畳みベッドを開く。一日中バイトをして疲れていたため、早めに寝ようと思い横になる。と、ケータイがラインを通知した。開いてみると珍しく、彼女からの返信だった。

「あなたのそういうところが嫌い」

思わず頬が緩む。今日はよく笑う日だな、と思った。

返信は明日でいい。その日はそのまま、眠りについた。

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