ー日曜日ー
アパートの郵便受けに、一通の手紙が入っていた。
電気料金の振り込み依頼や、他愛もない広告にまぎれた、一つの封筒。シンプルな水色のそれには、差出人とあて先を示す宛名シールと、向日葵の描かれた切手以外には、何の装飾も施されていない。
差出人は、彼女(といっても、恋人のことではない)だった。とっさに僕は、彼女が手紙を送る理由をいくつか検討してみる。検討したのち、彼女なら何の理由もなく手紙を出したりもしそうだ、という結論に達した僕は、戸棚からペーパーナイフを探し、丁寧に封を切った。
中からは、カラフルな広告と、一枚の小さな便せんが出てきた。広告には、大きな打ち上げ花火が堂々とプリントされている。その下にははっきりした文字で、花火大会の日程や開催場所が記されていた。日時は一週間後の日曜日、場所は兵庫県伊丹市の河川敷、僕の家から、電車で一時間くらいのところだ。
僕は広告の内容をなんとなく確認し、もう一枚の便せんを手に取る。そこには彼女の筆跡(彼女は、男らしさと女らしさとをちょうど半々で併せ持ったような字を書く)で、「伊丹駅改札、午後5時集合」とだけ書かれていた。
僕は少し思案し、彼女にラインを送ることにした。
「条件がある」
「浴衣で来ること」
送ってから、浴衣で彼女がここまで来るのは大変だろうと思いなおし、付け足した。彼女の家から伊丹までは、長旅と言って差し支えない。
「レンタルでもいい」
既読はつかない。いつものことだ。彼女が返信するスピードは、ウミガメの全力疾走と同じくらいだと思う。
僕はラインを閉じ、代わりにカレンダーを開いた。一週間後には、同じ学部の友達と映画を観に行く予定が入っていた。再びラインを開き、彼に送る。
「悪い、来週日曜、どうしても外せない予定が入った」
一分ほどで彼から返事が来た。これもいつものことだ。
「女か」
僕はちょっと考え、事実を述べた。
「生物学上は」
「そうか」
「今週の金曜はどうだ」
確かその日は、空いていたはずだ。
「大丈夫」
「OK、その日にしよう」
時間や場所は追って決める、ということで、彼とのラインは終わった。
その日の夜、彼女からラインが入っていた。
「わかった」
「あなたも浴衣できて」
僕は浴衣を持っていない。形式的に探してみたが、僕の押し入れにはやはり浴衣は入っていなかった。代わりに、去年の夏に買った甚平が出てきた。
「甚平でもいい?」
送りながら、この返信は明日になるな、と思った。
時刻は19時過ぎ。昼食の残りを温め、ご飯をよそって簡易的な夕食をとる。料理をするのは嫌いではないので、日曜日は大体昼に2,3食分の料理を作り、それを2,3日かけて消費している。僕は味覚が鋭くないので、クックパッドや料理本が提供してくれるレシピは、基本的においしいと思っている。彼らがいれば、日本語と目盛りが読める人間ならば、ある程度まともなものが作れるはずだ。幸運なことに僕は、日本語ができるし目盛りも読める。
夕食を食べ終わり、機械的に片づけを済ませる。それからシャワーを浴びて、髪を乾かす。一通り実務的な作業が終わると、特にやるべきこともないため、紅茶をいれることにした。
市販の安価な(リーズナブルとも言う)紅茶を飲みながら、僕はなんとなくテレビをつけた。流れてきたのは歌番組で、画面の中では何人かの女性がきらびやかな衣装で、花火の歌をさも情熱的に歌っていた。それほど長くはない僕の人生の中で、何度も聞いたような歌詞に、自分がじんわりと共感していることに驚く。なんとなくその感覚が気に入って、僕はこの番組を最後まで見てみることにした。
今が夏だからなのか、それともたまたま今日がそういう企画だったのか、恋愛の歌が多かった気がする。
恋愛は、いや恋愛に限らず人間の気持ちは、とても複雑で難しい。そのすべてを表現することなど、おそらく不可能なのだろう。少なくとも僕が神様だったら、そんなことできないように世界を作る。
僕はたまに、小説を書く。文章を書く時、並べた文字の隙間から、表現したいイメージや心がこぼれ落ちていくような感覚をよく感じる。それはとてももどかしいけれど、その感覚のおかげで僕は、少しずつ僕の好きな文章を書けるようになってきた。
以前彼女に、そのことについて話したことがある。根が臆病な僕が、小説を見せられる人間は決して多くない。彼女はそんな僕の、数少ない読者の一人だった。
「私は小説を書かないから、わからないけど」
彼女はその時、迷いながら、しかし確信を持って言ってくれた。
「完璧だったら多分、私はあなたの文章を好きになってないよ」
ぼんやりとそんなことを思い出していると、いつの間にか画面はバラエティに変わっていた。有名な芸能人が、高級そうな料理を前に難しい顔をしている。
僕はテレビを消し、残った紅茶を飲み干した。




