正義の勇者様
凡俗な自分が伝説の剣に選ばれ勇者となった時は、どれほど喜んだだろう。
民のためと努力を怠らず、民が平和に浸かっている間も最善を尽くしてきたつもりだ。
いくら辛くとも、汗を流しはしたが決して涙は流さなかった。
……私はいつから過ちを犯していたんだ?
「御父様、またお酒なんて呑んでいるのですか?それもこんなに……」
某国の姫は国王である父親に呆れた声を上げた。空の酒瓶で転ばぬようにドレスを持ち上げ玉座へと向かう姿はここ最近では恒例となりつつある。
「この国はもう安泰だぁ!魔王の首がありさえすれば、ほかの国の牽制には持ってこいだ!それもこれも勇者が現れたおかげだからな」
ガハハと酒の入った体で豪快に笑い、更に新しい酒瓶へと手を伸ばす。
こんな姿の御父様を国民が見たら、と思うとため息の数がまた一つ増える。いっそ勇者なんていなければ良かったんじゃないかと考えてしまう程に、国王は変わってしまったのだろう。
およそひと月前、伝説の剣に見初められた――それは勇者であること意味する――青年が王宮へとやってきた。魔族と戦争をいつ起こしても可笑しくない状況下で、である。誠実で正義溢れる彼は、伝説の剣に見初められたことを自覚すると自ら魔王退治を買ってでたのだ。「勇者になったのなら国のために尽くすのは当然だ」と語る彼の目の穢れのないことといったら、姫の胸元にあるダイヤモンドの宝石ほどの価値があるといえよう。しかし……逆に彼がいなければここまで堕落した国王を目にすることもなかった。彼のこともあるため口には出さないでいるが。
そんな国王にメイドも諦め顔で酒瓶を片付けている。
と、そこへ伝令係がドアを勢いよく開けた。
「陛下、挨拶もなしに失礼致します」
「先程ファウト様がお帰りになられました。すぐにでも国王の元へ向かうとのことです」
ファウトというのは言わずもがな勇者の名だが、国王の異様な驚きは無理もなかった。
先程話したとおり、彼はひと月前に王宮に現れた。つまりひと月で彼は魔王を倒したことになる。
……聞けば彼は、元はただの冒険者だったらしい。目立った功績も特にない凡俗な剣士だったという。それがたったひと月で魔王を倒したのだ。それも一人で。
聡明な……とは今は到底見えないが……国王も予想外である。
「す、すぐに準備をするのだ!食事を用意し広間の掃除を――」
「その必要はございません。陛下」
いつからいたのか、おおよそ誰にも検討がつかないでいる。
彼はいつの間にか、玉座の前で頭を垂れていた。
「フ、ファウトか!?」
「はい。勇者ファウト、ただいま陛下の元々へ帰還致しました。」
驚きのあまり腰を抜かす国王に気づいていないのか背負っていた荷を解き自らの横へそれを置いた。
「そ、それはもしや……」
「魔王の首で御座います。ご命令通り持ってまいりました」
死してなお禍々しいオーラを放つそれを持ち国王に渡そうと立ち上がろうとするところを国王に押しとどめられた。
「く、首よりも君の話が聞きたいんだが、どうかね?」
「……話と言いますと?」
「今までの魔国への道はさぞや大変だったであろう。魔王を倒すまでに戦いもあったはずだ。それらをぜひ話してはもらえんか」
「分かりました。といっても、これといって話すことはあまりありませんけどね」
彼は一度楽な姿勢に座り直すと、血塗れの剣を下ろし話を始めた。
「この一ヶ月の間、私は最低限の休みをしながら魔王の元へ向かいました」
銀色に輝いていた鎧はすっかり薄汚れて、肌と鎧の境界が曖昧になるほどにどこもかしこも同じ色をしている。
「途中途中魔物の群れと戦いながら腕を磨き、魔族の小さな村も根絶やしにしてきました」
頬に垂れる赤黒いものが口に侵入するも、気にする様子はない。
「魔物の群れは冒険者のチームのようでした。
魔族の小さな村はまるで人間の暮らす集落のようでした」
少年のようだった瞳は既に存在せず。
「その中で魔族を殺し金銭を奪う盗賊も見かけました。「これも勇者様々だな」と笑っていたことをよく覚えています」
「お、おい……?」
国王が何か不審に思い声をかけるも、彼は話を続ける。
「魔王城に入り、幹部と呼ばれた者達を倒し、最後は魔王と戦いました。私も魔王も同等の力を持ち合わせてはいましたが、私の方が上だったようです」
彼の様子がおかしいことには、姫もメイドも、あとからやってきた国王の家来も気づき始めている。
「ところで、魔王を殺す直前、魔王はこんなことを言っていました。「お前達人間が先に攻めてきたのに」「休戦協定を破ったのはお前達だろ」」
彼はゆっくり立ち上がり、国王の目の先を見つめた。
「一体どういうことだ」
「な、なんのことだ。貴様は魔王如きの言葉を信じるというのか!!」
「確かに、そうですね」
床に置いていた剣を拾い上げ、しかし構えることはなく手にぶら下げ、
「何が正しいかなんて、もうどうでもいい」
その場で乱雑に振るいあげた。
それだけで、国王の腕は床に落ちた。
一瞬誰もが硬直した。状況に頭が追いついているのはファウトただ一人だけ。
彼以外が状況を理解出来たのは、彼が二撃目を振るい国王を殺してからだった。
「お、とぅ、さま――」
「御父様ぁぁぁぁぁ!!」
姫の絶叫に気にもとめず、次々に周りのメイドや家来を無惨にも斬り裂いていく。
抵抗も反撃も、彼等如きの力では何の意味も示さなかった。
悲鳴を聞き駆けつけた兵士も、騎士も、誰も彼もが死体と化す。
死んで、死んで、死んで、死んで…………。
「…………なん、で」
独り言のように言葉を吐く姫に、ファウトは目を向けた。
「人間も魔族も大差なんてない」
「この腐りきった国も、魔国も、滅ぼせば全てが終わる」
「塗れた欲を表に出していた魔族の方がよっぽどマシに思えてくる」
「人間は、悪だ」
「お前らの言う魔族と同じだ」
「だから私は陛下の命令の元」
「魔族を殺す」
姫の心臓を剣で刺し殺すと、魔王の時と同じように首を斬り落とした。
「国民も殺して、別の国も滅ぼしたら最後は――」
「私の番だ」
彼は久方ぶりに自分の涙を見た。
全てを知って病んじゃうヒーローっていいよね!って気持ちで書きました。
魔王の部下になって国王ぶっ殺してから魔王裏切るって展開も考えてたのですがやめました。彼には勇者のままで国を滅ぼしてほしいのでね