表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の空想世界  作者: リリ
4/5

愛を込めて

バレンタイン。

それは、親愛の情をチョコに注ぎ相手に送る日。

気持ちを形にして、思いを伝える日。

その心の奥底を、大切なあの人に打ち明けませんか――?


「てことでチョコ作り手伝って!」


「……それ、何の宣伝文句?」


「近所のお菓子屋さんのチラシ!!」


ロケットのように教室に飛び込んできた友達(アオイ)は、勢いを殺さずにそう叫んだ。


今は二月。二月と言えば、例の「バレンタインデー」のために多くの女子が奮闘する。何日も何日も前から準備をして、思いを募らせて。だから、この時期になると教室の雰囲気は見事にピンク色に染まる。

まだ五日だって言うのに、これが当日になればどれだけ濃さを増すことか…。


「そもそも、何で手伝う必要があるの?去年作ってきたアレでいいんじゃないの」


「それはダメ!だって今年は本……!」


何かを言いかけて、アオイは一度押し黙る。それからボリュームを下げると、


「今年は本命チョコがあるから……」


普段人目を気にしないその子が、珍しく恥ずかしげに耳打ちをしてきた。


「……ふ~ん」


まあ、あんな宣伝文句を引っ張ってくるぐらいだからそんなことだろうとは思ってたけど。でもまさか、「恋愛なにそれ美味しいの?」なんて呆けていた子からこんな相談を受けるとは思いもしなかった。


「去年の、さ」


「うん?」


去年の、と言われればさっきの本命チョコの話に戻ったのだろう。


「チョコ美味しいっていってくれたじゃん」


「うん。味はよかったね」


少しだけ去年に遡らせてもらうが、「とりあえず初挑戦してみた!」と差し出されたときはどんな劇薬を食べさせられるのかとヒヤヒヤしたのも、今ではいい思い出だ。それに思いの(ほか)おいしかった。

強いて悪い点をあげるなら、飾りが少しシンプルすぎたこと。それと、


「硬くて食べづらいチョコを本命相手に渡すとか絶対にやだ」


「そう、それ」


「え?」


「いや、なんでもない」


そう。もう一つはまさにそれ。何があったかは知らないけど、私は生まれて初めてチョコを(あぶ)って食べることとなった。コンクリートを噛んでる気分にさえなったものだ。


「だからお願い!ちゃんとした作り方を教えてほしいの……!」


「いいよ」


「そうだよね…やっぱム……え、いいの!?」


「いいよ?」


承諾しただけでここまで驚かれると、むしろ私のほうが驚きたくなる。別に手間がかかるわけでもない。実演しながら同じようにさせればいいだけだし、アオイが真面目にするのであれば問題はない。それに。


「私も本命、いるから」


「まじで!?だ、だ――」


キーンコーンカーンコーン・・・


アオイの質問を遮るように、タイミングよくHR開始のチャイムが鳴る。


「その話はまた後で。早く戻らないと怒られるよ」


「うんじゃあ後でー!ばいばげぶふっ!!」


廊下まで響く声を出し盛大にズッコケた友達に、不安しか感じられなかったのは内緒。







そして迎えた本番……の数日前。祝日を利用して、乙女二人はアオイともう一人の――ちよの家に集まっていた。


「いやぁ。にしてもねぇ」


「……何?」


包丁やボウル、まな板などの調理道具と、買ってきた板チョコや装飾品の類を出しながら、アオイはニヤニヤ。


「まさか、ちよの好きな人が杉浦(すぎうら)先輩と同じサッカー部なんてさ!好きな人がいたことだけでもびっくりなのに」


(言うまでもないだろうが)杉浦先輩とはアオイの本命相手の事だ。長身であることを活かしフォワードとして活躍する一軍エース。体つきもさることながら中身もすばらしく、なにより相手校の選手も認めるナイスガイ。このステータスでモテない男がいるものならぜひ紹介してもらいたいところである。

逆に言えば、ファンの多い分恋敵も多いということ。


「それはこっちのセリフ。恋愛なんて興味なかったんじゃないの?」


有名人を好きになることを恋に結びつけれないちよからすれば、「それってミーハーじゃあ……」となるが言葉を呑む。初めて恋らしい恋をした、いわば花開いたものを引っこ抜くのも酷な話というものだ。


「わたしだってね、時には普通の女の子になるんだよ」


「普通の女の子は調理前からつまみ食いなんてしないと思うけど」


「背中に第三の目でも生えたのちよさん」


んなわけあるか、と一蹴。そもそも失敗した時のために多めに買ってきてはいるものの、何故最初のうちから食べようとするのか。料理の前に常識を叩き込む必要があるらしい。


「アオイのテンプレくらい想像つく」


「べ、別にツンデレツインテじゃないんだからねっ!」


「帰れ」


「痛いです痛いんでそのおみ足をどけてください」


「さっさと始めるよ」


「だからどけて!?」


ちよは特に気にすることもなく、チョコ作りを開始する。

Let's make a chocolate!


「……ってテンションでOK?」


「知らない」


こんなグダグダな感じでいいのだろうか。いや、いいに違いない。多分。







「そういえば」


板チョコを刻みながら、ちよが尋ねる。


「んー?」


「先輩のどこを好きになったの?……どれだけ動揺してるの」


ボウルの落下音を聞き、ため息をつくように言葉を吐いた。対するアオイは、突然の質問に狼狽えながらも、しかしゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「…………最初は、ね。単純に『あ、イケメンだなー』程度だったんだ。アイドルを応援する感じで、他の子と同じようにキャーキャー言ってたの」


途中で、トントンとリズミカルだった音が途切れる。


「でもね。前に、たまたま帰りが遅くなって、そこで偶然先輩に会ったの。で、試しに声をかけてみたらすごい話が合って、話してる内にどんどん先輩の事が気になって」


包丁を置くと、アオイは言い切った。


「それで分かったんだ。わたし、先輩を好きになったんだって。この気持ちは絶対なんだって」


彼女は言う。選手としての先輩も、何気ない会話をした時の先輩も大好きなのだと。ミーハーな他の子たちとは決定的に違う、感情が芽生えたのだと。

その話を、同様に手を止め聞いていたちよ。静寂に包まれたキッチンでアオイのセリフを咀嚼すると、彼女もまた自分の気持ちを声に出した。


「へー」


「自分から聞いといてな、ん、だ、それはぁぁぁ!!」


「ごめんちょっと拒否反応出てきた」


「わけわかんないよ!なにさ拒否反応って!?」


あまりにも予想に反した返答に地団駄を踏みながら、今度は反撃に転じる。


「そういうちよはどうなのさ!!」


「私?たまたま見かけて目が合って惚れた」


「短い!そんでもって男らしい!?」


「チョコ細かくした?」


「え?……いやまだです、はい」


「さっさとする。話の続きはそれから」


「ちぇっ…」


どちらが話を振ったのか問いたくなるところではあるが、とりあえず作業再開。

チョコを全て刻むと、今度はあらかじめ用意していたお湯を張った鍋にボウルを入れ、そのボウルにチョコを入れ溶かしていく。要は湯煎(ゆせん)だ。


「こんな感じで、出来るだけ早く溶かせるようにチョコをまぜる。ほら、これ使って」


「ほっといてもいいんじゃない?どうせ溶けるんだし」


「…髪を乾かす時、左手で髪の毛をくしゃくしゃしてより早く乾くようにする、って言えば分かる?」


「あ、なるほど」


差し出されたキッチンペーパーとヘラを受け取り、指図されるがままにヘラを動かす。因みにキッチンペーパーは火傷防止の手袋代わりだ。


「さっきの話だけど、手を動かしたまま聞いて」


「ん?」


「私がしたのはいわゆる一目惚れなんだろうけど。私、初めてなんだ。一目で「この人だ」って思ったの」


ヘラの動きをじっと見ながら、ちよは気持ちを打ち明ける。


「あれって結局、相手の容姿しか見てないものだと思ってたけど実は違うんだよね。なんて言えばいいんだろう。ピンと来る?ピッタリ当てはまる?うまく言葉にできないけど、きっとこういうのを『運命』って表現するんだって」


もしかすると、少女マンガのような作り話を現実に求めていない彼女だからこそ分かりえたことなのかもしれない。自分の恋愛事情でさえ他人(ひと)事のように語る冷静さがなければ、好きになったことにも気付けなかったかもしれない。その冷静さがあって初めて、胸の中の心地よい感情に浸れたのだろう。


「……聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる……」


しゅうぅぅといかにも音が出そうな真っ赤な顔は、生娘の反応をそのまま表したよう。反撃に失敗した上追撃を食らうなど思いもしなかったアオイである。


「そんな事言われても本心だし」


「いや分かってるから余計にね!?顔から火ぃ出るわ!!」


「火事にならないようにね」


「ひでぇ………」


話をしている内に、チョコはすっかり溶けてドロドロになっていた。ちよはすぐに火を止めると、新しいキッチンペーパーを台に敷きボウルを置く。


「それじゃあ、後は溶かしたのを流し入れて飾りつけするだけ」


「ラジャ!」


ミニタルトクッキーを皿に並べると、一つ一つ丁寧に、相手への気持ちとともにチョコを注ぎ込む。ついでにと友達や家族の分も作ったが、本命は特別製のハート型タルトクッキーだ。

もちろん装飾のこだわりも忘れない。ここで忘れてしまえば去年の二の舞になってしまう。他の人達には単純にカラースプレーチョコをふりかけるだけだが、


「えーっと、チョコペンって普通のチョコと混ざんの?」


「そうみたいだから、先に固めてからかな」


「みたいって……情報源(ソース)は?」


「〇ahoo!知恵袋」


「なら大丈夫!」


そう、チョコペンだ。ホワイトチョコペンを使ってハートマークを書こう!というのが彼女の提案だったのだ。提案した彼女が調べないのもどうかとは思うが、この際問題ないことだ。


「固まるまで最低数時間はかかるから、待ってる間宿題するよ。私もだけど、どうせ手つけてないんでしょ」


「……めんどく」


「アオイのチョコ投げ捨ててくる」


「あーやるやる!!分かったからピンポイントに本命だけ取り出さないでぇ!!」


慌ててチョコを取り返すと、しぶしぶ英語の教科書を鞄から取り出す。本命チョコを人質にされた彼女に足掻く手段など無かった。







「――もう英語なんて見たくない」


「ちよそれ毎回言ってない?」


かれこれ数時間。やっとの思いで課題を終わらせたちよ(まさかの)は疲れ果てて机につっぷしている。なにを隠そう、彼女らの英語教師(クソタンニン)は意地が悪く生徒からはとにかく不評なのだ!

休みを潰そうと言わんばかりの大量の課題、その上どれも引っ掛け問題や辞書を引いてもなお分からない難しい単語の羅列、さらに一秒でも遅れた者には追撃と言わんばかりの追加課題!!

……な為、2クラス内でもスラスラと解ける者など手の指で十分な程。そして、彼女がさらに腹立たしく思うことと言えば。


「ふふ~ん。さっすが帰国子女のわたし!」


「日本生まれ日本育ちで飛行機にも乗ったこと無い帰国子女ねえ」


その指に入るアオイが目の前にいること。何故こんなアホが英語だけは出来るのかとはなはだ疑問に思うも、スマホを弄る彼女には届かずしまいにはこの始末である。


「どやぁ!」


「口で言うな口で。それに楽勝なら出された日の内に終わらせれば?」


「え~だって部活あるし、ぶっちゃけダルイ」


「黙れ帰宅部追加課題で圧死しろ」


「ちよさんいつにも増してお口悪くありません!?」


本当、訳が分からない。


「ところで、さっきから何真剣に見てるの?」


「んー?あーこれ」


頑張りすぎた腕をもみもみと労うちよに見せられたのはこんな一文だった。


『ヤンデレバレンタイン特集 ~恐怖!血液入りチョコレート~』


「いやしないからね!?」


思わず後ろにのけぞったちよ。「ありえない」を全力で表すそのドン引きした様子にアオイがブンブンと手を振る。


「するしないの以前に悪趣味……」


「でも面白いよ?これとか」


戻したスマホをスクロールさせタップすると、改めて画面を見せる。


「生理チョコのバレない作り方だって!」


大笑いするアオイにゲンナリ顔のちよ。よくもこんな記事で笑えるものだ。


「こんなんするくらいなら告った方が早いのにねー」


「告白するの?」


「……できれば。先輩今年卒業だし」


「ふーん。頑張って。応援してるから」


「ちよさんちよさんそういう風にまったく聞こえないのですがそれは」


「…そろそろ固まったかなー」


「誤魔化し方が雑!!」


本当に固まっていた。


「なんだろうこのしてやられた感」


「チョコペン、するよ?」


「……はーい」


まぁいっかと考えをシャットアウトしたアオイは、提案の通りにハートマークを書き、


「あぁぁぁぁ!!やらかした!!」


そして予想通りはみ出した。


「よかったね。予備があって」


「とうとう予知能力まで手にしたのちよさん」


「アオイのテンプレくらい覚えてる」


「なんかデジャヴを感じるのは気のせい?」


「私が蹴ったら思い出すんじゃない?」


「もう思い出したからステンバーイしないでまじで」


ともあれ、ラッピングを施してこれで完成。まさかの終わりまでもがグダグダ感満載だったが、ご愛嬌ということで。







やっとチョコを作り終わったその夜。わたしは相変わらず、例のサイトを読んでいた。暇すぎて暇じゃないくらいに暇だからだ。


「でもほんっとおかしいよね~」


自分の部屋なので遠慮なしに声を出す。

というか、こんなことが出来るのに告白は出来ないってどんな神経してるのかわたしにはさっぱりで。チャンチャラおかしいってやつだよ。


次はどんな変なのがあるんだろう。わくわくしながら次のページを開くも残念、最終ページでまとめが載っているだけだった。


「え~!?もうちょい見たかったのにー」


ぶーたれながら「じゃあ今度は別の記事を……」と思っていたわたしの目に飛び込んできたのは、まとめのある一文。


『大切なあの人に、頑張って思いをぶつけてくださいね♪』


いつものわたしなら、きっと「いや、DNAぶつけてどうすんの」なんて笑って終わりだったんだと思う。でも。


『ふーん。頑張って。応援してるから』


言い方は素っ気無かったけど、ちよが真剣な気持ちを馬鹿にしないことはよく知ってるから。


「………。よし」


わたしは、あることを決意した。大切なあることを。そのためにはまず―――。


「お母さーん、キッチン貸して!」







時間はあっというまに過ぎ、そしてとうとう迎えた。


「ハッピーバレンタインです先輩!!」


「いつもありがとうございます」


わたしたち二人とも、それぞれの先輩にチョコを渡すと部室を出て一息つく。


「心臓止まるかと思った……」


「でも、渡せてよかったね。あれも」


「ほんとにね……あ、これうんま」


オレンジ色の空の下、帰りながら貰ったチョコを一口。


「尊敬するよ」


「え?」


「告白するなんて思いもしなかった。手紙とはいえ度胸あるじゃん」


「できるだけ簡潔に思いを書いてみた!」


「うん、朝聞いた」


そう、わたしは意を決してラブレターを添えたのだ!そのついでにチョコも作り直した!!まあちよも生チョコに作り直してたんだけどね。


「ちよの応援メッセと例のサイトのまとめに押されましたであります!!あ、もちろんサイトの作り方はしてないよ?」


「……そっか。まぁよかったと思うよ」


あれ?てっきり「いや作るなよ」みたいなツッコミが来るって期待してたんだけど…。

何か、ちよの様子がおかしい気がする。気がするだけ……だよね?


「そんなちよはもしかして入れたんじゃないの〜?サイトに生チョコあったし」


何となくちよを弄ってみる。例のサイトで『生チョコが入れやすい』とかあったから、ただ何となくで。


「はぁ……そんなわけないでしょ」


やれやれと呆れ顔なところを見る限り、やっぱり、わたしの気のせいだったみたいだ。うん、ちよに変わりはない。


「そもそも、二週間前に終わってるし」


「……………え」


おもわず、言葉が漏れた。

違う、おかしいよ。だって……その言い方だとまるで、今なってたらそれを入れて作ってたみたいな……。


「……ねぇ。一つだけ、質問していい?」


いつの間にか足の動きが止まっていたわたしに合わせて、ちよもその場で止まってくれる。


「………何?」


わたしはそこで、朝からずっと気になっていたけど聞きそびれてた事を聞いた。


「その左手の包帯……どうしたの?」


ちよから答えが返ってくることはなかった。

元々はありがちヤンデレちゃんにしようと思ったのですが、ありがちすぎたのでやめました。意外性を出したいんです!でも出せた気はしません。

内容にあったサイトですが、タイトルは違えど検索すれば出てきます。去年よく見たなーと思いながら書きました。

因みにチョコの原料であるカカオはアオイ科らしいです。知ってました?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ