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狭間の王

 少年の退屈な日常が悪魔召喚によって変化する?

午前9時、始まりの鐘が鳴ると、教師が紙をくばりだす。

聖華学園高等学校の中期テスト第一日目の始まりである。


僕は姿勢を正し、氏名欄に『久瀬浩樹』(くぜ ひろき)という自身の名前を書き、簡単な問題を解いていく。


高校二年生という人生の狭間を生きる僕たちには将来に対する不安しかない。

親や教師は決まり文句の様に将来の為だからと、勉強を子供に促す。

その場凌ぎの台詞のようにただただ繰り返す。


僕らは路頭に迷っている。


自分達が何をしたいかも解らないまま促される毎日とそれを受け入れる事しか出来ない自分の無力さを同時に感じながら。


――全ての問題を20分程度で解き終わった僕は静かに目を瞑る。


二週間前の事だった。

異界の者との契約を僕は成功させた。


裏社会では、異界の者との契約を成功させた者をこう呼ばれている。


「契約者」と。


第一日目が終了し、終礼が終るとクラスメイト全員が安堵の溜め息をもらす。

何人かはグループをつくってテスト結果について感想をのべあっている。


僕はそれらに構わず、そそくさと荷物をまとめ教室を後にしようとしたが、教室を出ようとする僕の腕をある女生徒に掴まれる。


佐島奏(さじまかなで)だ。


垢ぬけた髪色とは対照的に、少し暗い感じの印象を受けるこの女生徒は、同じ“超常現象研究部”の部員仲間でもあり、幼馴染みでもある。


「ヒロちゃん…今日も?」


前髪に少し隠れた瞳が潤む。心配しているのだろう。


「当たり前だろ?…折角手に入れた力なんだからな」


奏は掴んでいた手に力を加え、僕を行かせまいとするが、僕はそれを振り払う。


「大丈夫、ヘマはしない。」


「でも、嫌な予感がするの……いくらヒロちゃんでも……」


奏の肩を大丈夫だと優しく叩き、僕は教室を後にした。

顔を伏せていた転校生、「羽根野」の鋭い視線に気付かないまま…。


 *


奴は私にまだ感づいていない。

教室から久瀬の姿が消える。


素早く筆記用具を鞄にしまうと私は教室から二番目に姿を消そうとした。


のだが、徹夜明けの体で急に立ち上がった為、その場でよろけてしまう。

何かに掴まろうとした瞬間、優しくしなやかな指が私を支えてくれる。


久瀬と先ほどまで話をしていた佐島という少女だ。


「大丈夫?羽根野さん」


「あ、ありがとう。少し眩暈が……しただけよ。気にしないで」


佐島が腰から下げている、レトロなポーチから何やら取り出す。


「これ。栄養ドリンク。飲んで?」


「あ、ありがとう」


高校生が常時ポーチに栄養ドリンクを持ち歩いているのには違和感を感じたが、今の私には的確なチョイスでもある。


「栄養ドリンク、いつも持ち歩いてるのかしら?」


「ううん。今出したの」と少女は首を横に振ると、少し照れた顔をする。

まだこの学園に来て2週間な私でも解る。この娘は少しミステリアス。


「じゃあ…また明日」


「うん。じゃあね」


照れたまま挨拶をしてくれるが、その表情には不安の色が強く出ている。

少し話を聞いてあげようかと思ったが今は久瀬を追う事が私の最優先事項だ。


それに、佐島の抱えている不安は多分私にしか取り去ることの出来ない気がする。


「任せて…」と小さく私は呟くと、足に力を入れて走り出す。


教室からぞろぞろと出て来る生徒を軽やかに避けて走る。恐らく久瀬はもう下駄箱の所にいるだろう。早く追いつかなければ!悪魔の手が人に及ぶ前に。


階段を素早く降りると下駄箱に到着する。

そして靴を履きかえてすぐさま学校を後にする。


――聖華学園二年A組。


誰も居なくなった教室に佇む少女がいた。

佐島奏である。


そこへ同じ超常現象研究部の2年、葉塚はづか しのぶが通りかかる。

「どうした?奏ちゃん?」

「あ、葉塚さん。」

佐島はこの四角いメガネをかけ、眼が見えないように前髪を垂らす少女に気が付く。

「何してるの?教室で1人でじっとして?そんなにテスト悪かったの?」


「うん。テストは悪かったけど……その……なんでもない」


と、表情を隠す様に下を向く佐島に、溜息をつきながら葉塚はその肩に手を置く。


「また一人で抱え込んで……どうしようもないから、こうしてじっとしてるんでしょ?

一年の時から佐島は困った事があると、動けなくなるんだから……」


「うん。あのね、ひろちゃんの事をどうすれば確実に助けられるか……32通りの私が出来る事を頭の中でシミュレートしていたの」


「ひろちゃん?あぁ、久瀬くんの事か」


「うん」


「久瀬くんの事で悩んでるのね?」


「う!……ち、違うよ。」


佐島は慌てて久瀬の事を隠そうとするが、自ら葉塚に対して白状してしまった後であった。


ごまかさないの。と、葉塚は奏の頬を両手で軽くサンドイッチする。


「むぐ。でもひろちゃんからは、あいつらにも秘密だって」


「ほほう。久瀬め。ついに悪魔学の研究成果が出たと見える……。なんで奏には話してるの?」


「そ、それは……私も少しだけ協力したからなの」


「そういえば、奏の超研(超常現象研究部)での専攻って確か、魔術や魔女の歴史だっけ?」


「うん」


「あいつが……悪魔学を専攻していて……奏がそれに協力をした。

そしてその事を秘密にしておけということは……?」


にやりと口の端を歪めさせた葉塚は、佐島の腕を引っ張って、超常現象研究部へと足を運ぶ。


本校舎から出て、部室棟の連なりを抜けると、学園の端のそのまた端に、暗い灰色の壁で出来た小さな教会の様な建物が、忘れ去られたように佇んでいる。


そこが超常現象研究部、通称「超研」の部室棟である。


佐島奏は、されるがまま葉塚忍に超研の前まで連れて来られてしまった。


「ねぇ、葉塚さん!今日、テストだったし、皆いないよ。帰ろ?」


「はい?まさか・・・あいつらが本気でテストとかに興味あると思ってるの?あいつらはね……筋金入りの奇人変人。自分の興味あるもの以外どうだっていいのよ。私もだけど。

きっと、テストだって言うのにも関わらず、この学園の片隅で、役にも立たない研究を……」


と言いかけて、小さな灰色の教会風の建物扉が開き、その中から体格のいい男が一人顔を出す。

そして、後ろから葉塚の頭頂部を掴むと、凄みのある声でいい聞かせる。


「葉塚ちゃん?さすがに僕らでもテストは受けているから」


「ひぇ!部長!」


3年の園部 そのべとおる、部長である。


「それに、君が僕らの事を変人扱いするのはおかしいよ。君も普通じゃないからね?」


「う、うるさい!私はこの部の中では一番まともなんだよ!」


「はぁ……君専用の部室にある書物は、とても17歳の女の子の所有物とは思えないけど」


「むむむ!部長こそその歳で、遺跡にロマンなんか感じて、 外見共々中年のおっさんじゃないか!」


葉塚の頭を掴むアイアンクローの威力が増していく。


「ぐわわわわわ!!」


「誰が中年だって?」


「ご、ごめんなさい!許してぇ!」


園部の腕に佐島の手が添えられる。。


「やめてあげて?葉塚さんも、反省してるよ?」


「そうだね。つい僕もムキに……で、珍しいな。テスト期間中に君たちがここに顔を出すなんて? ついに研究者としての自覚が目覚めたか?」


フラつきながら葉塚がその質問に答える。


「園部部長!久瀬が……何かを隠してる」


「久瀬君がかい?ふむ……まぁ中に入りたまえ。」


扉を開けた状態をキープする園部。中には入ろうとしない葉塚達。


「ん?どうしたんだい?」


「部長…時間が無いかも知れないんだ。なぁ、奏?」


「うん。もしかしたら、急がないとたいへんな事になるかも」


穏やかな顔をしていた園部が、奏の言葉を聞き、険しい表情になる。


「私達の研究は、時に命を危険に晒す…。他のメンバー2人も丁度いるし、 少し話し合おうか?いいかい佐島くん?」


「はい。部長。」


部室の扉を開けると、建物の外観に反して大きな空間が広がっており、ステンドグラスから挿し込む光がマリア像を照らす光景はさながら教会そのものである。等間隔の壁に備え付けられた蝋燭が室内に須らく並べられた長椅子を淡く照らしている。


その最前列に長身の男が2人座っていた。


やや赤毛掛った短髪に、理知的な顔をしている 「山打やまうち 邦彦くにひこ」と、銀色の髪を長く垂らし、何故か黒いサングラスをかけている痩せた男は「花菱はなびし 裕次郎ゆうじろう」である。


まず始めに言葉を発したのは、花菱である。

「テストは諦めたのかい?僕たちと一緒で」

すかさず横槍を入れてきたのは山打である。

「おい!諦めているのは、お前だけだろ?」

「え、お前、勉強してるのか?」

「超研で俺は、科学を専攻している。普通科など出来て当たり前だ」

「そうなの?部長はテスト勉強してないよね?」

「あぁ、僕は真面目に授業を受けてるからね。いちいち勉強しなくても」


「ちっきしょ~~~!!裏切り者め~!!やばいの俺だけだよ!」


花菱は泣きながら走りだし、部室を後にした。山打は咳払いをして場を改める。


「さて、あんな馬鹿はほっといて、どうかしたか?佐島さん?」


「山打先輩、気の性です」


再び葉塚が、佐島の頬をサンドイッチする。


「違うでしょ?奏?最初にあんた自身が、久瀬の事を話しちゃってるんだから、今更隠しても遅いの。それに、心配なんでしょ?久瀬の事が」


「う、うん。2週間前の事なんだけど、ヒロちゃんは悪魔の召喚とその契約に成功したみたいなの」


「へぇ……」(一同)


佐島奏以外は、素早く円陣を組む。


「葉塚くん。僕はてっきり、久瀬くんと佐島ちゃんが悪魔学か魔女学に関する歴史を紐解く何かを発見したのかと想定していたのだが、これ色々飛び越えちゃってるよね?いくら不気味がられて、オカルト部と呼ばれようとも、私達は真実のみに目を向けて来た」


「はい。えと、そうですね。少し飛躍しすぎている感があります」


「それとも何かを隠す為の嘘か?」と山打。


「佐島ちゃんが嘘を言う子ではないのは君も知っているだろ?」


「部長違います、奏は、嘘をつこうとしても仕草ですぐばれるんです」


「ふむ。こうは考えられないか?久瀬くんが佐島ちゃんに嘘を吹き込んだ」


「なるほど、確かにそれなら合点がいく。いや、ならどう説明する?久瀬くんこそ無意味な虚勢を張るような男の子ではない。むしろ、表面的な事に嫌悪感さえ彼は抱いている。そんな彼が、佐島ちゃんにわざわざ嘘を吹き込む理由が解らない」


「フフフ!甘いですよ!部長。久瀬くんも年頃の男の子。好きな女の子の前ならかっこいいとこ見せたくなります。虚勢のひとつやふたつ」


「そうだろうか」


「そうですよぉ。もう、だから先輩達はモテないんですよ」


「あの」と言う声に3人が慌てて振り向く。


「な、何かな?佐島ちゃん。」


「私、やっぱり心配なので、ヒロちゃんの後を追いかけます!嫌な予感がするんです!」


佐島奏は、返答も待たずに部室棟を後にした。


「奏はすごい悩む子なんですけど。一度決めたら誰にも止められないほど行動力のある子なんです」


「とにかく、状況がよく解らない。

佐島ちゃんを追いかけよう。」


「了解、部長!!」


そう言うと3人は佐島を追いかけながら、事情を聴く事にした。

町中を佐島先頭に、超研部員は駆け抜ける。


幸いな事に、佐島の歩行速度は速くない事と、信号や人混みに邪魔されてうまく進めないでいた。部長が、横から佐島に状況を聞く。


「君は一体、久瀬くんに何の情報を提供したんだい?それがどう悪魔召喚に繋がるんだい?」


「前々から、ヒロちゃんは悪魔召喚の要素として何か足りないって……色々文献を読んで悩んでたの」


「ふむ。……私の見解では、人々の間で出回っている魔術関連の文献の中にはほとんどが妄想で実際に使えるものは入っていないと思うのだけど」


「そう。それはひろちゃんも認識してた。けど……私のやり方ならもしかしたら通用するかも知れないって……」


「何に通用を?」


「詳しくは私も解らないの…う!」


少し、呼吸が乱れたのか佐島は立ち止まる。


「大丈夫かい?無理はよくない……」


最後尾をついて来ていた山打が疑問点を口にする。


「佐島は…久瀬の居場所が解るのか?悪魔を召喚した場所を実際に見たわけではないのだろ?」


「は、はい。悪魔を召喚する場所は解らないです。けど、ひろちゃんの今いる場所は解るんです」


「愛の力?」嬉しそうに葉塚が反応する。


「違うよ、葉塚さん。愛で居場所が解るなら苦労しないよ。私と一緒に刻印を体に刻んだから…感じれるんです」


「刻印?」


と、部長が険しい顔をする。葉塚は一人違う方向性で推測している。


「この刻印は……」


と、佐島は突如、スカートの裾を上げて内腿に刻まれた刻印を見せる。

一斉に葉塚以外の部員が顔を背ける。


「もう先輩達は女の子に耐性はないんだからぁ……」


と、葉塚は佐島に刻まれた印を確認する。


「これは?」


「えと…簡単に説明すると、疑似魔力を体内に溜める為の紋章」


「疑似魔力?」


「うん。これを見たひろちゃんが言ってた。地球や人間は構造的にどうしても魔力は造れないと思う。もし、この刻印が本物で……奏が魔力を得ているとしたら、それは正確には魔力ではない。この星の…生物の生命エネルギーか何かだろうって」


「だから、疑似魔力……いや、そもそも魔力なんて存在しないんじゃ……?」

(葉塚は、久瀬がこの佐島のこの部分にある刻印を見ていた事の方が気になっている)


「うん。でもこれは仮説だしもう一つ、ヒロちゃんは推測してるの。それは人間の知らない所で、悪魔や魔術師が存在していた場合はまた違った結果になるって言ってた」


「なんで、悪魔や魔術師が居たら違う仮説になるの?」


佐島は、上げていたスカートを元の位置に直す。


山打が割り込む。


「それは、悪魔や魔術師から発生した魔力が、この世界に残留している場合……その刻印によってそれらの魔力が佐島の力になっている可能性もある。そういうことだろ?」


「うん。先輩の言う通り」


「更に言うと、佐島が久瀬の位置を解るのは……刻印の効果によって得ている力を、佐島が感じ取れるからだろ?」


「はい。アタリです」


「我々に隠す意図が解らない」と部長が疑問点を口にする。


それに佐島が当たり前のように答える。


「それは、多分、皆さんを危険に巻き込みたくなかったんですよ」


部員全員の顔がその言葉に確信を得る。

「悪魔を召喚し、契約を成功させたとしても油断は出来ない……。

とある喜劇でも、悪魔に魂を売った者の末路は悲劇で締め括られている。いや正確には最後に魂は救われるわけだが……」


部長が険しい顔で部員全員に意見を聞く。


「どうする?佐島の法式を用いて得た魔力を使い、久瀬くんが悪魔との契約を成功させていたとする。僕達は、一般人。しかもただの子供だ。何かあった場合、恐らく対処しきれないだろう。最悪命を落とす。それでも行くかい?」


その言葉に佐島以外の2人はたじろいてしまうが、決断するのにそう時間はかからなかった。


「部長!これでも私は超常現象研究部員です。この好奇心は止められません!」葉塚が意を決して答える。「同感だ」と山打。


「なら決まりだな。超研部全員で、久瀬くんを救う」


「部長さん……ありがとうございます」


「まぁ、正確に言うと花菱先輩だけテスト勉強で帰っていないんだけどね」と葉塚が補足する。一行は、佐島にあとどれぐらいで久瀬の元にたどり着けるかを聞く。


「もう少し…この先に行った、工場の廃墟にヒロちゃんはいると思う」


再び一行は走り出そうとした時、けたたましい轟音と強い閃光と共に巨大な光の柱が出現する。その発生場所は工場の廃墟がある工業地区であった。


 *


――5分前。


僕は、いつもの廃墟にやって来た。


何故僕がこの廃墟を悪魔召喚の場所に選んだかというと、

魔力の溜りが良いからである。


佐島奏から、伝授したこの刻印は恐らく数少ない成功例だと思う。


この刻印を刻んでから、生体活動で得られる物理的エネルギーとはまた別の

エネルギーが体に集まって来るのを肌で感じるようになった。もちろん、自らの意思で魔力をコントロールする事は出来ず、その魔力の貯蓄方法も、ただの日常生活で徐々に溜まっていくのを待つしか無かった。これは、恐らく自らが立てた仮設①の方が当てはまっている可能性が高い。この地球や生命活動の中で溢れでた生命エネルギーを貯蓄していうというもの。


しかし、僕はある事に気付いたのだ。


場所により、この魔力の貯蓄速度が違うのだ。


人間にも、この魔力を貯蓄出来る限界があるらしく、僕は1週間経つと、体内の魔力の蠢きを感じとれなる。


しかし、魔力が体内に蓄積されている感覚はある。


これがつまり、今貯蓄出来る魔力の限界なのだと思う。


そしてその限界が、自分が身を置く場所の変化に差があることに気付いた。


自分が今知るスポットの中で、今居るこの工場跡地の廃墟が魔力の溜りが早いスポットだ。その仕組みは解らないが……その事実は、仮説①だけではなく、仮説②の方も肯定しているように思えた。


悪魔や魔術師が人の目に触れない様に存在しているという仮説だ。


両者から発生した魔力が消えずに、その場所に残留していた場合、この刻印の持つ力によりそれらが引き寄せられている。その場所が、たまたま生命エネルギーで溢れるパワースポットなのか、魔力が残留している場所なのかはまだ解らない。


「それに、実際に悪魔などいるはずがない」


そう呟きながら、僕は魔法陣を描いていく。

悪魔などいない。そう僕は考えている。

過去の文献を見ても、その全てが空想の話であり、別の目的を持って創作された架空の生物なのである。僕が悪魔と契約したといっても、恐らく、これは僕が作りだした偽物だ。


疑似魔力で形作られた、僕自身が望む悪魔像である。


過去の文献で一番近しいとすれば、人工精霊である。まさしく、人の手で作り出された精霊である。悪魔召喚とはほど遠い。一部では悪魔の存在が囁かれたりしているが、それも恐らくデマだろう。人は時にありもしないものに幻想を抱く。


左手の甲に巻かれた包帯を解く。これで普段は刻印を隠している。


時々、怪我だと思われて心配されるのが厄介だが、背中や首の後ろ、お腹などに刻んだ場合、目視確認出来ない為、うまくイメージが出来ない。魔法陣の作成、発動には不向きだと感じたから手の甲にした。


奏では、目立たないように内腿に刻印を刻んでいたが……あの状態で魔術紛いの事を行使できる奏を少し尊敬している。


佐島奏での髪の色が変色したのは僕等がまだ小学生の頃だ。

僕が飼っていたハムスターが死んでしまった時、僕はどうしても生き返らせたくて死者蘇生術を必死に勉強していた。そしてそれを実現させる為に、奏も一緒になって魔術を研究し始めたのだ。その前後である日、急に佐島の髪が変色して、例の力を手に入れていたのだ。


その代償として、記憶の一部と、嬉しいとか楽しい、という正の感情の一部を差し出して。この事を間に受けてくれた大人は1人も居なかった。いや、1人はいたがそれはまた関係の無い話だ。


そして僕は一時的にその飼っていたハムスターと再会出来たのだが……まぁそんな事はいい。


奏の普段から腰に下げている巾着袋は、一種の空間転送の魔術を行使出来るようにしてある。恐らく、自らが意識してマーキングしたあらゆるものに対してそれらは有効で時々、僕が疲れている時は栄養ドリンクを出してくれる。


盗品で無い事は、先日奏の家に行った時に確認済みである。

佐島の両親は箱買いで何箱も家に栄養ドリンクを置いている事が判明したからだ。


おそらく、やろうと思えば犯罪にも悪用できる。

それをしないのは、佐島が良心の塊だからであろう。


もちろん、僕も犯罪者には成りたくないが…正直100%その誓いを守れる自身は無い。


「さてと、心の整理はついた」


包帯を解いた左手に精神を集中し、力を込める。

そして、外郭だけ描いた魔法陣に、必要なスペルを魔力を放出しながら刻んでいく。


これは、人外の語、魔法言語、古代文字、ルーン文字などのいわゆるスペルと言われるものだ。恐らく本物である必要は無いと推測している。


悪魔召喚を行使する者の願いが一番形に現れる文字でいいと思う。


僕の場合は、過去の文献を参考にして自らが作り上げたオリジナルのスペルである。


「さぁ、顕現せよ!悪魔アスタロトよ!!」


その言葉に思いを乗せるように、魔力を放出させる。辺り一体の音が一斉に気配を消す。

魔法陣の輪郭が淡い紫色の炎に包まれ、スペルが刻まれたリングが空中に出現し、ゆらゆら揺れている。その揺れが、収まろうとする度に、リングの数は増えて行き同じ事を繰り返す。そのリングの集合体が、球体を形造ろとした瞬間に、淡く光るそのリングの集合体に亀裂が入る。


そして、その中から悪魔アスタロトが出現する。


「成功だな」


その球体の中から現れたのは、いつもの通り、小さくて丸い、光る目と棒線の口が引かれた黒い影の球体をした生物だ。


「うんうん。元気そうだな」


悪魔とか言うと、ついつい凶悪で複雑な姿をイメージしてしまいがちだが、僕は敢てイメージし易い、極力単純な姿を想定して召喚している。


眼の前に居るこいつは、アスタロトと言い、僕がイメージする悪魔の要素を出来るだけ取り込んだ魔力の塊で、人工精霊に近い存在だ。もちろん、自我も持たせてある。


「よぉ。主人、元気そうだナ?」


「お前も、元気そうで良かった」


「へへ」


と嬉しそうに、僕の周りをふわふわ漂っている。


「ん?お前・・・手足なんてあったか?」


「あ?何だコレ?」


よく見ると、最初は球体だけだったアスタロトの体に、黒い棒の様な短い手足が生えていた。


「おぉ!ヒロ!!手足付けてくれたんだな!嬉しいゾ!」


「付けるイメージをした覚えはないけどな……」


「えい!」


よっぽど嬉しいのか、さっきからポカポカ僕の顔や体にジャブを打ち込んでいる。


「今日はどうするんだ?お前がくれた魔力分は、こっちに居てやるゾ?」


「そうだなぁ……」


こいつとの契約の代価は最小限に留めてある。魔力を与える代りに、召喚に答えるというもの。まぁ、この契約というのも、僕がイメージしやすいがために設定してあるだけのものだが。その時、砂利を踏みしめる音がしたのでそちらに顔を向ける。


そこには何故か桃色の髪色をした転校生のクラスメイト、「羽根野」が居た。


「正直驚いたわ。独学でここまで辿りつける人間がいるなんて」


「なんで君が?」


「貴方の魔力は感知出来なかったけど、単純に尾行させて貰った」


「尾行と言う事は、一部始終を見ていたという事?」


「えぇ」


二人の間に沈黙が訪れる。


自分がこの状況を見られてまずいのは当然だが、それ以上に羽根野の表情にも何かを決めかねている戸惑いの表情が読み取れた。


「君のそれは……何か違うのよ」


「ん?アスタロトの事か?」


「そう。それ。名前付けてるのね」


少し間を置いて、羽根野は久瀬に問いかける。


「悪魔って信じる?」


「信じるって、そんなの当たり前だろ?」


そう答えた僕に対して羽根野が何故か態勢を整える。


「やはり、悪魔に魂を売った契約者か!」


「羽根野?悪魔なんて存在する訳無いだろ?」


その言葉に戸惑った羽根野は困惑している。


「え、さっきは信じるって……」


「信じるとはまだ言って無いだろ?羽根野。こんな事を言っても解らないと思うけど、

悪魔なんてのは人間の造り出した二次創作物、造り物なんだよ。実際は存在しない」


「じゃあ……君の横でふわふわしているそれは一体何?」


「こいつか?」


久瀬は、浮遊していたアスタロトを優しく指で導き、肩に乗せる。


「こいつは言わば、ただの視覚化されたエネルギーの塊。悪魔じゃない」


「その根拠は?」


「人間には……いや、正確にはこの地球のシステム自体が魔力を発生させる

要因を含んでいないから。と勝手に解釈している」


「半分正解かな?君はそいつを使って何をする気?」


「何を?」


久瀬は不思議そうに、羽根野を見る。そして、羽根野の言葉を気にしていないかの様に

アスタロトを空中に放りだし、自由に行動させる。


「ハハ!どうした主人?修羅場かぁ?奏ママはどうしたんだダ?浮気か?」


「違う違う」


「ハハ、そうだな。主人はママ一筋だもんな?!」


「ちょっと久瀬くん!質問に答えて!」


羽根野を包んでいる大気が震えた気がした。


「なんだよ?僕は「超研」。自分の専攻する課題を研究をしているだけだ」


「その悪魔を私は消滅させないといけないの」


「何故?ただのエネルギーの塊だろ?害は無い。」


「違う。その子からは微かだけど、本物の悪魔の匂いがするの」


「ありえない。こいつは、ただ僕が望んだ形で僕の前に現れただけだ。

悪魔ではない」


「悪魔なの!」


と、羽根野の姿が光に包まれる。

と次の瞬間、羽根野の周りには視覚化されたオーラのようなものが体を覆っていた。


「それは!?」


「本物よ!」


光が右手に集まったかと思うと、十字の光の剣がその手に出現する。

その切っ先は、確実にアスタロトを狙っていた。


「やめ……」


と言おうとした瞬間、羽根野はいつの間にか左手に握っていた懐中時計に力を込めていた。

空気が一瞬にして凍りついた気がした。


「まだ、いくらでも誤魔化せる。 アスタロトと人間に呼ばれる者よ……この世界から姿を消せ!」


一歩一歩羽根野はアスタロトに近付いていく。


「(やはり、この魔力の塊は、時間停止をかけても動いている。悪魔に違いない。久瀬は予想通り、本物の魔力はまだ使えていない。)


「ん?何だオマエ!!主人に何をした!!」


「ちょっと眠って貰っているだけ……貴方が消滅すれば彼は無事よ」


「そうカ」


そう言うと、アスタロトは少し久瀬から離れた所に自分の体を移動させる。


「ン」


「へ?」


「どうした?オレが消滅すれば、主人は助かるんだろ?」


「そうだけど」


「なら、早くしロ!」


「何故?この世界に出て来られて、未練はないの?」


「確かにこいつと……もう会えないのは嫌だ。だが、こいつが無事ならそれでいい。それに……遠い昔、とても大事な友人を亡くした記憶が微かにあるんダ。もうそれを繰り返したくなイ」


「(本当に害は無さそうね)」


「何悩んでル?」


「恐らく、貴方の核には、本物の悪魔の魂が拠り所になっているはずなの」


「当たり前だ。ワタシは悪魔アスタロト様だぞ?」


「(そう望み、望まれ生まれて来たから、貴方の中ではそういう設定なのだろうけど。実際は違うのよね、恐らく)もし、貴方が人間の心に干渉し、唆し、召喚を促せたのではないとしたら……。 貴方は人間が独自に発見したひとつの成果。それを私が奪う権限を私は与えられていない……」


「ん?」


「普通、悪魔が天使を見かけたら、逃げるか、殺すかのどっちかよ」


「テンシってなんだ?お前がそうなのか?」


「そうよ」


「ワタシには、主人と同じニンゲンにしか見えないゾ?」


ふぅ…と溜息をつく羽根野。


「新宿区管轄の守護天使として、採決を下します。貴方の処分は一時的に保留します」


魔力を解き、十字架の剣を消滅させる羽根野。


「ここに居てもいいのか?」


「えぇ。いいわ。貴方は特別よ」


やったー!と、喜びながら、今度は羽根野周りをフワフワ回りだす。


「お前、いい奴だナ!!」


と、ポカポカと羽根野も殴りだす。

そして、時間停止の限界が来て、時が進み始める。


アスタロトは、短い棒状の腕を羽根野に差し出す。


「今日から、お前も友達ダ!」


フフッと、ほほえみながら羽根野は、アスタロトと握手しようとする。がそれは叶わなかい。黒い大きな影が羽根野を襲ったのだ。その衝撃で、羽根野は廃墟に残るコンクリートの壁に勢い良く打ち付けられてしまう。


衝撃で壁は崩れ、その破片が羽根野に降り注ぐ。


――時間はいつもの流れを取り戻していた。


意識を取り戻した久瀬は、崩れた壁に埋もれた羽根野を発見する。


「な、何だ!?羽根野!?一瞬のうちに自分で壁に突っ込んだのか?! 大丈夫か!?あ、アスタロトは!?」


「ココにいるゾ!」


と、久瀬の目前に現れる。

アスタロトが邪魔だが、ぼやけた視界の奥に何かがいる。


本能的に、素早く身を後方に退ける。何かいる。得体の知れないものが!

決して見てはいけない。決して感じてはいけない。決して触れてはいけない、そんな存在が今目の前にいる。(このとぼけたアスタロトではなく。)


そう久瀬は確信していた。


と、その大きな黒い影は蠢き出す。


「よくやったアスタロト。やはり引っ掛かったか……この地区を担当する守護天使が。こいつを殺せば、しばらくやりたい放題出来る」


その大きな巨体が羽根野へと近付く。


「お、お前は・・・?」


「ん?貴様は、確か、アスタロトを召喚した・・・魔術師か?」


その牙がぎっしりと並んだ大きな口を久瀬に向ける。過去見た文献の記憶を辿り、一番近い姿を思い出す。ドラゴンだ。


「そう怖がるな。同志よ。」


くははと、いやらしい笑い声が廃墟に響く。


「もしや…本物の魔族を見るのは初めてか?」


「あ…あぁ。」


いとも簡単に人間の体を切り裂き、ズタズタに出来そうな牙を息をのみ凝視する。


「そう怖がるな…同志よ。この調子で天使を誘き寄せて、血祭りにあげていこうぜ?」

その場にへたりこんでしまう久瀬。

「全く…人間ってヤツは…」

くるりと向きを変えたドラゴンの様な悪魔は、羽根野に近付く。そして、気を失っている羽根野の体を長い尾で巻き上げて持ちあげると、自らの口の高さまで持ってくる。


「久々の天使だ……しかも若い。こりゃあいい」


再び嫌らしい笑い声が響く。腰を抜かしている僕に、アスタロトが近付いてくる。

恐怖で震えながらも、僕はアスタロトに確認する。

「なぁ、アスタロト…。あいつとは知り合いか?」


「ん?知らないゾ?それより、あのでかいヤツは、羽根野をどうするつもりだ?」


「恐らく食うんだよ。それも散々なぶりものにしてからな」


ドラゴンの様な悪魔は、足の爪を立てて羽根野をわざと軽く引き裂いた。

破れた衣服の間から覗く肌に、赤くて細い線が、羽根野に刻まれる。

その痛みで目を覚ます羽根野。悲鳴が辺りになり響く。


「この!悪魔が!!悪魔なんかに同情なんかするからこんな事態に……私はバカだ。魔族を信じるなんて!」


その言葉には、深い憎しみがこもっていた。


「いいねぇ…その憎しみ。もっと楽しませてくれ!」


と今度は羽根野の体に爪を立てると、わざとゆっくりとした速度で体をなぞっていく。先ほどのダメージで脱臼しているのか、体を動かせない羽根野は抵抗出来ずに、その爪の切っ先を受け入れるしかなかった。


「なぁ…主人?私と主人とはトモダチ?」


「あ、あぁ」


恐怖で口の中が乾ききっている久瀬はそう答えるのがやっとだった。


「あいつとも、オレはトモダチになったんダ」


「いつのまに?」


ふわふわとアスタロトは飛びまわり、羽根野の顔の前にやってくる。


「ん?アスタロトよ、どうした?クハハ、そうか、お前が止めを刺したいのだな?前の大戦で天使どもに滅ぼされたお前の肉体に対する復讐か?……クハハ」


「アスタロトめ……よくも私を…憚かったな」

羽根野の憎しみの眼差しがアスタロトにも向けられる。


「この感覚は解らないケド。おマエに睨まれると、体の中心がズキズキする」


くるりと、アスタロトは、ドラゴンの方に向き直る。


「お前、ダレダ?」


「忘れたのか?俺だよ……メフィストだよ?ダチだろ?ダチ」


「ダチ?トモダチの事か?」


「そうだ」


「……」


「ん?どうした?やらないんなら、俺がやる。どけ?」


「ワタシはお前のトモダチになった覚えはない。トモダチなのは……こっちの女の方ダ」


アスタロトは力を溜めると、思いっきりメフィストの鼻に頭突きをする。

それに驚いたメフィストは、羽根野を落としてしまう。


「痛っ!!」


間髪入れずに羽根野から放たれた光の球がメフィストの顔面を直撃する。


苦しむメフィスト。

「もう、ゆるさねぇ!」

メフィストは怒りに身を任せ、脱臼し、血だらけで、意識が虚ろな羽根野を食いちぎろうとするが、その口が捉えたのは、黒い塊だった。


久瀬の目の前で、アスタロトは羽根野を庇い、メフィストに食われてしまう。


「まぁいい」


構わずメフィストは、そのままアスタロトを噛み砕き、飲み込んでしまう。


久瀬は左の手の甲に刻まれた刻印に爪を突き立て感情をそこに吐き出させる。食い込んだ箇所からじんわりと血が滲む。


「大丈夫だ、冷静になれ。また召喚してやれば済む事だ」


久瀬は持てるだけの理性を使い、体の底から沸き上がる怒りを抑え込んでいる。


――冷静になれ。


ヤツはまだ僕の事を味方だと思っている。

立ち居振舞いさえ間違えなければ……機会はある。


逃げる機会はあるはずだ。


「あっ?すまないな。魔術師のあんた。アスタロトはお前の使い魔でもあったんだろ?」


「ふん、気にするな。変わりはいくらでもいる」

憎しみの表情が出ない様に必死に耐える久瀬。


「いいねぇ、あんた。その冷酷さ。ククク。あんたとは仲良くやれそうだ…。」


そう言うと、メフィストはその姿を変え、今度は人間に近い姿となる。


「その姿は?」


「ん?あぁ…この姿か?これが本来の姿だ。この状態が一番楽でね…。


あとはまぁ…天使をなぶるのに丁度よくてな。ククク」

その笑い声に、つい顔を歪めてしまう。


「おや、こういうのはお嫌いなんですね。」


もう身動きすらとれない羽根野を無理矢理起こすメフィスト。

ふと、あることに僕は気付く。体内にうごめきを感じるのだ。


この感じは、魔力が蓄積されている時の感覚だ。


それも……いつもとは違い、その流動性は激しく、恐らく自身の限界すら超えて魔力は高められている。


そうか……この刻印は……仮説②の方にも当てはまっていたのか……。

羽根野や、メフィストから発生し、分散していった魔力を吸収しているのだ。


この地球上では発生した魔力は分解されずに、目に見えないエネルギーとしてそのまま漂っているとしたら、もしかしたら……。「おい!」というメフィストの声で我に返る。


「アスタロトの事なら、すまなかった。一応、面識はあったからな…だが奴も悪い。

こんな天使をかばうから、俺に食われちまうんだ」


「そうだな(自覚して噛み砕いていたのはどこのどいつだ)」


「さてと……こいつ、どうするかな……」


「なめるな…これでも…天使だ…。勝てなくても、刺し違える事位は出来る。貴様は、生かしておくに値しない!」


鈍い音と供に、羽根野の腹に拳がめり込む。咳き込み、苦しそうにする羽根野。目を背けたくなり状況だ。久瀬は、密かに魔力を左手に溜め続けている。


どうする……?


魔力を使って自分が出来る事など、召喚と契約しか……待てよ契約か。


「よし!決めた!」


メフィストの声がする。


「威勢はいいが、よく見りゃまだガキだ……」


弱々しい蹴りがメフィストに打ち込まれるが、それをメフィストは完全に無視している。


「体の方が使えねぇなら……ここは殺し方を楽しむしかねぇな……。天使の体なら仲間の悪魔に高く売れるしな」


「まずは……指先と、足先を一本ずつ……斬り落としていくか……。それとも手足を磔にしてから。いや、いっそ首からいって、死体を弄ぶのも……天使にとっては屈辱感を……。 なんせ、すぐには死ねない体だもんな。お互い様。」


陶酔しきっているメフィストに、久瀬は問い掛ける。


「ホントに、そいつは天使なのか?」


「もちろんだ」


「その証拠は?」


「そうだな……本来なら、白い翼と光輪が頭上に浮かび上がるんだけどな……。

力を開放する前に俺がのしてしまったからなぁ…。俺が強すぎたんだよな。ククク」


「人間と天使の違いはなんだ?」


「ん?魔力を行使出来ることと、魂があること……まぁ発生源は違えど性質的には、悪魔も同じなんだがな。 やはり一番の違いと言えば、実体……肉体を持たない事だな……」


「肉体?羽根野には肉体があるように思えるが?」


メフィストが、久瀬に見せびらかすように羽根野の体をブラブラさせる。


「これは言わば、ご主人様に与えられたカリソメの肉体……本体はただの意識体……だよ」


「じゃあ…肉体が滅んでも、魂と意識体は残って死んだことにはならないのか?」


そうだ…と言った所で大きな溜め息をつく。質問攻めの久瀬に呆れ顔である。


無造作に羽根野を地面に放り投げる。もちろん、羽根野に逃げる力など残ってはいないことをメフィストは解っていた。


久瀬の前に立ち、手の平を上に向けて差し出す。


「あのなぁ…俺は悪魔だぞ?ましてや、俺とお前は契約を結んだ訳でもない。こっからの情報は有料だ……」


「すまない。じゃあ……ここからは、僕の魔力を提供する」


「お前の魔力なんて足しにもならねぇ……。それに俺は、この天使を補食すれば、お前の…何十倍、何倍もの……?」


「どうしたんだ?」


久瀬は不思議そうな顔で、困惑するメフィストの顔をのぞきこむ。

一歩後ろにメフィストは下がる。


「何故だ!何故……お前の魔力は上がっている?


最初お前を確認した時には、微弱な魔力しか感じとれ無かったが……今は比べ物にならないほどの魔力を……しかも、この地上でだと?!」


「何故、そんなに慌てる?」


「普通、俺らの間で魔術師っつうのは、悪魔から提供された魔力を元にそれを利用する。だから、上限はある程度決まっているんだが貴様のは上昇し続けている……。そうとなれば話は別だ……貴様からは情報料として魔力を頂いておく。ここ地上じゃあ、いっぱしの悪魔にとっては魔力も貴重なんでね」


メフィストは、手のひらを久瀬にかざすと、呪文を唱えて救世から魔力を吸収する。


「…お前…なかなか素質がある…こりゃあ天使や、ルキフェル派の奴等とやりあうときに戦力に成りうる。」


「メフィスト…もうひとつだけ教えてくれ。」


「なんだ?同胞よ。」


「人間に…魂は…ないのか?」


「あぁ、俺の知る限りはそうだ。人間が死んでも何もそこには残らない。朽ちた肉体以外はな」


「やはり…そうなんだな」

久瀬は少し悲しそうな顔をする。


「だが、魂の器は……残るって聞いた事があるな?」


「器?」


「いや、俺も長年生きているが、人間界の事は100%知っている訳じゃない。それこそ天使の管轄だ。もういいか?天使を始末したいのだが」


「あぁ」


メフィストは、羽根野の方に振り替える。しかし、そこに羽根野の姿は無かった。


「お前が、何かしたのか!?」


と、怒り混じりに久瀬に詰め寄る。


「いや、僕は知らない」

「だよな…だとすると、あの体で逃げたか?

くそ!奴が魔力を開放していなかった事が仇となったか。全く感知が出来な……?」


地面には羽根野の血と思しき痕が続いていた。


「フッ!馬鹿か。おい、魔術師よ、お前とは後で契約を交したい。一緒について来い」

「俺はお前と契約するつもりはないぞ?」

「なら、貴様をここで殺す。その能力……敵に回したら厄介だからな。ここでお前を支配下においておく」


有無を言わせないその言葉に、久瀬は従うしかないようだった。


 *


佐島の誘導を頼りに、葉塚を含む超研部員4名は、久瀬のいる所まで辿りついていたが、現実離れした状況に戸惑うばかりであった。


久瀬の命については今のところ悪魔によって保障されているが、奏と同じクラスの転校生羽根野の命が危ない状況にあった。


事態は緊急を要する。

そこで、超研部員達は一つの策を講じた。


メフィストと呼ばれる悪魔の一瞬の隙をついて、羽根野の身柄の確保に成功したのである。長身で細身の男が、血痕を辿り、超研部員の「葉塚」が隠れる柱の影に近付いてくる。


こちらに向かってきたことを確認すると、すぐさま葉塚は布で腕から流れる血を止め、部長から指示のあった場所まで足音を立てないように素早く行動する。


そして、打ち合わせ通り部長に合図を出す。


羽根野さんは応急処置を佐島奏から受けた後、誰もいない廃棄工場の二階に部長と一緒に隠れている。


そして葉塚も丁度、羽根野とは対角線上に位置する反対側の2階まで足を運ぶ。


2階とは言っても、廃墟である為、天上など朽ちて無いに等しく、側面の壁や床は、錆びでボロボロになり、一部が崩れてしまっている。その間から姿が見えない様に、身の軽い葉塚が移動する。


次に部長から、山打に手による合図が出される。


メフィストはと言うと、血痕を辿り、行きついた場所周辺に居るはずの羽根野の姿が見当たらず、少し困惑していたが、久瀬からの「自分の流れる血に気付いて止血しただけでしょう」という言葉に納得し、再び残忍な表情を取り戻し、辺りを見渡している。


丁度死角になるタイミングを見計らい、誘い出さなければいけないポイントに

山打先輩が的確に小石を投げる。


メフィストは都合良く、そこか?・・・と、その物音がした場所まで歩みを進める。

そして、私達が誘い出そうとしているポイントの直前で立ち止まる。あと2~3歩、歩みを進めてくれれば私達の作戦は成功する。


もどかしさで一杯になる葉塚。


静かに周りを見渡すメフィスト。


少し違和感を感じたのかそれ以上動くことは無かった。

代りに久瀬が物音のした場所まで見にいかされる羽目になってしまう。


焦りの空気が超研部員に流れる。


部員が誘い込もうとしている場所には、佐島奏が魔力に反応する罠を仕掛けているのだ。

悪魔を召喚する事が出来た久瀬なら、恐らく魔力を持っている為、そのトラップに反応してしまう。

葉塚は声にならない声を上げる。


あと一歩進んだら、魔法陣が発動し、真上の2階の床が腐食し、穴が空き、大量の建材が頭上から降り注いでしまう!悪魔にとっては足止め位にしかならないが、人間にとっては確実に命を落としてしまう殺傷力を持っている。


部員の願いとは裏腹に、その一歩を久瀬は踏み出してしまう。


一歩を踏み出したと同時に仕掛けられていた魔法陣が発動し、頭上の2階の床が急激に煙を上げて腐食し始める。建材の重さに耐えられなくなった床が抜け、大量の建材が久瀬に降り注ぐ。


久瀬は何が起きたかを把握出来ずに、動けないでいた。


その光景を見ていたメフィストが「やっぱりな!」と笑いながら悪態をついている。そこで信じられない光景が目に入る。奏がメフィストの前に姿を現したのである。


突然の少女の登場にメフィストは、眼を丸くしていた。

佐島の体に仄かな光が宿ると、久瀬の体と奏の体が光に包まれて、互いを繋ぐ魔力の道を地面に創る。そして多くの建材が久瀬に降り注いでいった。


メフィストは、残念だったなぁ天使!と、あざとく笑う。

魔術を行使しようとした少女にメフィストが向き直る。


「残念だが、お嬢さん、天使の仲間だろうが間に合わなかった……ようだな?」


「すいませんが、僕がお嬢さんに見えますか?」

「な!何故お前がここに!?」


 そこには、落下する鉄骨に巻き込まれたはずの久瀬が居た。


「なんででしょうね!」


と、その言葉には怒りがこもっていた。その怒りに反応するように周りの大気が震えている。


「まぁ、無事ならよかった。まさか、俺の性だとは言わないよな?」


「えぇ、もちろん。貴方は、危険だと思われる場所に、何の説明も無く他人を差し向けた。

ただそれだけですから」


「そうそう、それだけだ。賢い少年だ」


「所で、契約どうします?」


「そうだな…このトラップがあの天使によって仕掛けられたものなら、既にあいつはいない。あんなもの、悪魔にとっては足止め程度にしかならないからな。仲間の女も姿を消しているし…これ以上天使を追っても無駄だろう。お前が望むのならその契約、快く受けよう」


「解りました」


「……我はメフィスト、魔界の眷属なり。汝の望むもの汝のもの引き換えとし、ここに契約を。 我は内にある魔力と引き換えに、久瀬浩樹、その者の力を欲する。貴様の番だ。我に協力をする見返りとして、魔力を望め。」


「解った…。我は望む。我の魔力と供に差し出す。肉体と引き換えに、汝にその本来の姿が宿らん事を!今、ここに契約する!!」


「おい、何の冗談だ?その内容だと、契約内容に相違が出来て、不履行に!?」


久瀬は、そっとメフィストの体に左手に添える。


「我が望みに今答えよ!!アシュタルテ!!」


「オー!!」


という声がどこからともなく聞こえてくる。いや、正確に言うと、メフィストの体内からである。久瀬の左手に溜められていた魔力が解放され、メフィストの体を中心に、渦を巻き起こしている。

「はっはは。ウソだろ?」

「現実だ。」

「人が悪魔を……メフィスト=フェレスとして恐れられたこの俺様を出し抜くだと?」


激しい稲妻が発生し、辺りに広がっていた魔力の光が、紫色から、青色へと変化していく。放出され続けていた久瀬の魔力が、メフィストの体の中心に収縮していく。


激しい閃光と供に、巨大な光の柱が出現する。

左手を突き出していた救世の手を握るように、メフィストの体内から光の手がの出現する。


「な、なんだ!何をする気だ!!」


そして、メフィストの肉体を形造る魔力が絡め取られるようにその光に纏わりついていき、白い手を形造る。久瀬の手を握るその手。そして、久瀬は力を込めて一気にメフィストの体からその白い手の持ち主を引き上げる。


光の輪郭だったその姿に、分解されていくメフィストの体と魔力が構築されていき、その姿を現す。


必要な魔力値が、メフィストの魔力値を超え無かった為か、メフィストの体の上半身部分はかろうじてその姿を保っていた。


「おいおい、冗談だろこの俺が!?なんでこんな無様な姿に?!ハハハ!!ウソだろ!?」


「おかえり、アスタロト……いや、本物だとしたら、追放された“豊穣の女神アシュタルテ”か」


久瀬は、優しい眼差しで目の前にいる深紅のドレスを来た女性に声をかける。


「えぇ。ただいま。望んでくれたのね……本当の私を。信じてくれたのね、私の事を」


「あぁ。太古の時代に魔界に追いやられた不遇な女神、アシュタルテだろ?」


辺りの景色が元の静けさを取り戻していく。


「おい、マジかよ。アスタロト、お前、裏切るのか?」


「メフィスト、さよなら。私のご主人様がお怒りなの」


アシュタルテから発せられる魔力を左手に吸収していく久瀬。


「メフィストさん、僕がここまで成長できたのは貴方のお陰かも知れません。 けど、ごめんなさい。厳密に言うと、今から僕がやることは、ただの八つ当たりかも知れません」


吸収された魔力を使い、魔術を発動させる。


光がメフィストに降り注いだかと思うと、その中から黒い球体の様なモノが出現する。

よく見ると、それはアシュタルテがアスタロトとして救世に召喚された時の姿に似ている魔力の塊だった。それが、メフィストの頭に降ってくると同時に、高音を発しながらその塊は爆発し、小規模なビックバンを引き起こす。その衝撃に巻き込まれた空間が跡形もなく消し飛ぶ。もちろんそこにメフィストの姿など無い。


あまりにも呆気無いメフィストの最後であった。


「……奏、ありがとう。君に貰った命、大切に……って!!」


横を見ると、羽根野の肩を支えている奏が居る。


「うん。大切に使って?」と微笑む奏。


泣きながら、奏を抱きしめる久瀬。

羽根野は、弾き出されてしまい、地面に尻餅をつく。


「あだ!ちょっとまだ肩が……」と悪態をつこうとする羽根野だが、その言葉を飲みこむ。

嬉しそうに泣いている久瀬に、照れて困っている佐島を見たら悪態をつく気が失せたのである。廃墟に、優しい風が吹く。次の瞬間、何かが落下したような衝撃で、地面が揺れ、砂煙が舞う。


「え!?」


と、久瀬は音がした方向に目をやる。


どうやら、建材の殆どは地面に落ち切っていた訳ではなく、その残りが落下しているようだ。


そして、離れた所からも、奏ーーー!!嫌ーーーー!!という叫び声が聞こえてくる。


「奏?」

「えと、ヒロちゃん。私もよく解らないけど、羽根野さんが時間を止めて助けてくれたみたいなの」


羽根野の方を見る久瀬。


「え~と、これ天使的に言っていいのかな?ダメよね?佐島さんが、魔術を使って久瀬くんの居場所を転移させた瞬間に時間を止めたのよ」


「奏が、自分との場所を入れ替えたのは解ったけど……時間を止めた?じゃあなんで僕達は動けているんだ?」


「さぁ?自分で考えたら?ホントに今回は特別づくし……。ほんとなら、貴方達の記憶か存在どっちかを消して……」


と言った所で、赤いドレスを身に纏った女神に羽根野は睨まれる。


(先程の久瀬が発動させた魔術から推測されるに、この女性の魔力は恐らく桁違いであろう)


「身の程を知ります」と、羽根野は恐縮した。


「うんうん。貴女一人の都合で私達は生きてないのよ」

とアシュタロテは羽根野に釘をさしている。


うえーんと、廃墟に何故か鳴き声が響き渡っている


「なぁ、奏。」


「何?」


「葉塚に言っとけ、悪魔相手にはもうちょっと慎重に動けって。

何とかメフィストを誤魔化したものの、俺にはバレバレだったぞ?」


「うん」


「あと、早く奏が生きてる事を伝えてやらないとな。もしかして部長達も潜んでる?」


「うん」


「やっぱりな。あんな凶悪なトラップと作戦、部長か山打先輩しか思いつかない」


「うん」


「そして奏!無茶はするな。僕は自覚して悪魔を召喚した時点で、禁忌を犯している自覚はある。死ぬ覚悟は出来てる。けど……」


二人の声が重なる。「≪奏≫≪ヒロちゃん≫が死ぬ覚悟は出来てない」


フフフ、とにやにやする奏。

その手を久瀬の額にやる。


羽根野は、これ以上見ていられないと、顔を赤くして違う方向を向く。

その隙をついて、アシュタロテは黒い翼を展開させて羽根野の傷を直す。


「ん?何するのよ?私は、貴女達の敵、天使よ?」


「関係ないわ。トモダチでしょ?」と、メフィストにつけられた傷を癒していく。


「あなた達といると、ホントに調子が狂うわ」

と、口を尖らせて羽根野はそっぽを向いた。


「ふえ~~~ん、奏が死んじゃったよーー!!」


「部長」

「なんだい?山打?」

「少し、やりすぎたかも知れんな。」

「あぁ、危うく、久瀬くんや佐島を事故死させてしまう所だったね」

と、双眼鏡ごしに2人を見守っている部長と山打。

現場からはかなり距離をとっており、抜け目無く安全地帯に避難していた。


「まぁ、結果オーライかな?」

「あぁ、そうだな。部長。」

「それにしても・・・こういう場合って、どのタイミングで出て行けばいいんだ?」

「俺にも解りません。」

「「……」」


「やっぱり、あの2人、キスとかするのかな。それまでは、顔出さない方が」

「もう少し、ここにいようか。部長ドキドキ

「ああ(ドキドキ)」

「おい部長!双眼鏡で覗くなんて趣味が悪いぞ!これは俺が預かって置く」

「そうだな。紳士的で無いな……って。おい!君こそこの双眼鏡を使って!」


と、部長と山打が小さな喧嘩をしている間も、奏が死んだと勘違いしている葉塚の泣き声が木霊していた。そして…その廃墟から人目を盗むようにして、一匹の鼠が逃げ出していることに誰も気付く事は無かった。


 *


創華学園。

翌日の放課後。

超常現象研部、部室棟。


意気揚々と、仲間外れにされていた「花菱友次郎」は部室の扉を開けた。

 今日もその怪しいサングラスが人目を引いている。


そしてそこには、テスト期間中にも関わらず、メンバー全員が集合していた。


「ありがとぉー諸君!君達が、私の心に火をつけてくれたおかげで…今日のテストはばっちりだったよ。テストって、こんな清々しいものだったんだね!」


「「「「……」」」」


「あれ?みんな?」


「君はうるさい。声が頭に響く。」

「部長?」

「あなた、誰ですか?」

「……き、君こそ誰だ!桃色の髪の……美少女よ!」


そこには、ここに来ないはずの全身に包帯をぐるぐるに巻いたショートカットの少女がいた。


「彼女は、羽根野ラゥビーくんだ。一応、新入部員だ」

「へ?山打?…このテスト期間中に入部って…タイミングおかしくないか?」

「気にするな」

「えと、初めまして。羽根野ラゥビーです。先輩……とりあえず、黙って下さいね」


「ちょ、なんだ君、年下のくせにー!?」


「何だ?うるさいぞ人間?きちんと、敬語を使ってやってるではないか」


「え、何?この子!もう敬語なんて使ってくれてないし、何か怖い!でも許す! 何故なら…美少女だからだ!」


葉塚が、皆から「ともろー」と呼ばれている花菱友次郎の肩に手を置く。


「そうですよ、ともろー先輩。彼女は天使様でもあるんですから、ただの人間である先輩とは格が違うんですから。格が」


近くで見る葉塚の目の下には、くまのようなものが出来ている。


ともろーは、部員達が放つお疲れオーラに気がつく。


「て、天使?確かに天使のようだが…天使?いや、そんなことより…みんな顔が疲れきってないか?何かあったのか?僕をのけものにして?」


横を見ると、ランダが栄養ドリンクを全員に配っている。


「当たり前だ。ここにいる者のほとんどが、徹夜だ」


「え、でも山打や部長は特に勉強しなくても」


「無論だ。だが、俺達は自らの仮説に大幅に考慮しなければいけない要素が増えたからな。 その見直しが朝までかかったと言うことだ」


「もしかして、久瀬くんもかい?」


「いえ、私は違います。ちょっと力を使いすぎて、その反動で体が動かないだけです。

私の専攻している分野にも、考慮すべき事項が増えたのは事実ですがね。おかげで、初めてテストで寝てしまいました。まぁ全問解いた後ですが」


「ち、力?何にそんな力を?」


気の性か、そう言った久瀬の表情は花菱にはどこか大人びて見えていた。


「佐島ちゃん、君もか?」


「いえ、私は昨日は寝ましたから大丈夫です。テストはダメでしたが」


佐島は、いつもと変わりが無いようだったが、

微妙に表情が明るくなった気がする。のは気のせいか…?


「おい。こいつはなんだ?主人?敵か?味方か?」


目を擦るともろー。よく見ると、久瀬の肩に小さい妖精さんがいる。


「大丈夫だよ、アシュタルテ。この人は、悪い人じゃない」


「そうか、解った。なら、トモダチだな。」


小さい黒い翼を羽ばたかせて、ともろーの前で浮いている妖精さんは握手を求めてきた。


「よ、妖精さん?!」


そこでともろーの意識は途絶えた。


テスト期間も終了し、再び僕等の日常が戻ってくる。

だが、少しばかりその日常は変化していた。


紅のドレスを纏い、黒い翼を羽ばたかせる悪魔と、桃色の髪をした天使の少女を部員に迎え入れて。


 *


超常現象研究部は、実際に悪魔を目にして以来、各自の研究成果の見直しに追われて忙しい毎日を送る。新しく入った天使様、羽根野は本業が忙しいのか滅多に部活に顔を出さないが、時々来ては、アシュタルテの様子と、僕らの安否を気にしている。


あの一件以来、僕の体は本物の魔力を宿す事になった。アシュタルテと契約を結んだからである。魔力を生産する機能が自身の体に刻印を通して造られたのだと羽根野は言う。


詳しく言うと、魔力と肉体との相互作用により、魂が形創られ、魔力を生産できる機能が備わったらしい。もちろん、契約が無効化されればどうなるかは解らないらしいが。


しかし、その事実は同時に、悪魔を引き寄せる。魔力を悪魔は敏感に感じ取れるからだそうだ。


羽根野は、特別に自身の魔力の気配を消す方法を僕と奏(念の為)……そして、強大な魔力だだ漏れのアシュタルテに根気よく教えてくれている。


奏はすぐに修得したが、アシュタルテの魔力が強大すぎるのか、契約を結んでいる僕までもが日に日に力を増しているようで、うまく抑えきれない。


羽根野はそんな僕らを人一倍心配してくれている。


その訳は本人は語らないが恐らく、この世界にとって僕等が危険な存在になってしまった場合、削除対象者となるからであろう…。


僕は世界に通用する力を手に入れたと思ったけど、これは人間の社会ではまるで役に立たない。使えるとしたら、契約者と言う言葉が通用する裏社会でのみだろう。だから、この力を、潜む悪魔の脅威から人間達を護る力に使おう……そう考えるようになった。


小さい姿になったアシュタルテが、僕の頭に乗る。


「なぁ、主人?」

「ん?なんだ?」

「お前と契約できてよかったと思っている」

「それは奇遇だな。」


2人は笑い合う。


嬉しがるとポカポカ殴ってくるのは今も変わらないようだ。

気のせいかな、奏がこちらを睨んでいる気がするのは……まぁいいか。



断章 ~アシュタルテ~


私の名は、アシュタルテ。

元々は女神と呼ばれる存在だった気がする。


時を経て世界に秩序をもたらそうとする存在が現れた頃からだろうか……

私は、悪魔という存在に成り変わり、アスタロトと呼ばれるようになった。


その頃の記憶は曖昧だ。


それは、私の肉体が一度滅んでいる性でもあるのだろうか。

思い出そうとする度に記憶に斜がかかる。


肉体が滅び、私が再び目を覚ましたら、目の前には一人の少年がいた。

ほとんどの記憶を失っていた私にとって、彼は全てだった。


わからない。


わからないことだが、彼は恐らく私に何かを与えてくれたのだ。


アスタロトと呼ばれていた時代……私には何も無かった気がする……いや、失ったのかも知れない。魔界の王と女王誕生の時も私は興味など湧かなかった。


いくつもの対立、争いが魔界で起こった気がする。


しかし、その中で私の大切な……大切な誰かが……平和を願って命を落とした。


いや、確かあれは……命を奪われたのだ……。


あまりにも理不尽で無慈悲な形で。

彼女の名は確か、第二皇女フェイリアと言った。


その時の悲しみ、怒りの感情だけは今でもはっきり覚えている。


私は周りに賛同し、秩序をもたらす者に戦いを挑んだが……そんなことをしても彼女は戻ってこなかった。そんな無情を抱えながら戦った。そして、私は大きな争いの最中……悪魔の幹部として滅ぼされた。


偽りの姿、悪魔アスタロトとして。


私の存在は、魔界の片隅、深遠なる場所で徐々に消えそうになっていた。

それでも私はよかった。彼女が居なくなった世界でやり残したことなどない。そのはずだった……。


だが、私の僅かに残る感情に呼び掛け、手を差し伸ばしてくれたものがいた。それが久瀬浩樹だった。私は再びアスタロトとして、肉体の無い状態で召喚された。


彼は私に何を望むでも無く、ただ私を彼の魔力が続くまで隣に置いてくれた。


二度目の召喚の時には、二人めの友達が出来た。


しかし、彼女は、かつての私の仲間によって殺されようとしていた。

心の記憶に女王フェイリアの事が過った。


私は、二度も失いたくなかった。友人を。


自然と私の体は前に出ていた。


私の体は、嘗ての仲間に噛み砕かれていた。


しかし、不思議ともう後悔はそこに無かった。


私の魂はずっと悔やんでいたのだ。

以前、友人が目の前で殺されて何も出来なかった時の自分自身を。

そこからまた、記憶は途切れた。


そして、再び私の名を呼ぶ者の声がしたのだ。


また彼だった。

そして彼の声は先ほどよりも、強く、そして優しく私に訴えかけてきた。


本当の私の名で!


次に意識を取り戻した時に私の記憶の殆どは蘇っていた。

彼には感謝している。そして、彼が望むのなら、私は何にでもなる。


豊穣の女神アシュタルテとしての、破壊と再生を司る女神としての力を私は惜しみなく捧げるつもりでいる。彼はそのどちらも今の所望んでないようなのだが。


 *


「どうかしたのか?主人?」


久瀬の隣に座るアシュタルテが困惑した様な表情で見る。

なぁ、その……前のアスタロトの姿には戻れないのか?」


「ひどい! 折角、主人は私の本当の名で真実の姿と魂を望んだというのに!」


アシュタルテは、泣きべそを掻きながら、久瀬の腕にしがみついている。


「その姿で隣を占拠されると、奏の機嫌が悪くなっている気がするんだ」


アシュタルテは、さきほど久瀬から言われた姿になるべく、体を変化させるように試みる。

体がどんどん小さくなっていくが、紅いドレスを来た女性の姿を変える事は出来無くなっていた。どんどん頭身が下がる一方である。


「やっぱり、最初の黒い球体の姿には戻れないか」


「そうだナ。あれは、アスタロトとして召喚された時の姿だ。

私は豊穣の女神アシュタルテとして召喚されているからナ。」


「まぁいいか」


アシュタルテの姿は小鳥位の大きさにまで縮小され、妖精の様になっていた。

そこにもう女神としての威厳は無く、幼き子供の様だ。


部室に、長髪でサングラスの男が入ってくる。

皆からはトモローと呼ばれているようであった。


何やらご機嫌だったのだが、他の部員に八つ当たりされて

少し凹んでいく花菱友次郎。


そして、アシュタルテの姿を見ると、その場に倒れてしまった。

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