妹になっちゃった
ようやく名前が出てきます。
「落ち着け、マリー。その嬢ちゃんはエリカじゃない」
「間違いなくエリカよ!生きてるって信じてたわ。戻ってこれなかったのは、ほかの世界に落っこちていたからなのね‼」
おいおい、とあたしにしがみついて大泣きをはじめた。……あたしにどーしろと……
「あー。こいつが落ち着いたら説明するわ。時間的にも、野営の準備をしないとならんし」
空を見上げれば、たしかに日が落ちかけていた。
こんなところじゃ、日が落ちる前に準備しとかないとたしかにキケンだな。
横を見ると、トカゲは解体されたらしく、血の跡に杖の男が何かの液体を掛けていた。
「これは血の臭いを消す薬です。血の臭いに引き寄せられる獣避けの効果もあるんですよ。だから、もう襲われることはないですから」
あたしが襲われて逃げて来たことと、トカゲの死体を見て吐いたことを気にしてくれたようだ。なんかこんな場合だけど、ラッキーとか思っちゃった。この人たちって、いい人みたい。
「わたしもお手伝いを……」
「いいって。嬢ちゃんはそいつを頼む」
……仕方ない。あたしは彼女が落ち着くまで、背中を撫で続けたーーら、泣き疲れて寝ちゃった……
「ほんと、わりーな」
「構いませんよ。助けてもらったお礼には足りませんし」
「こっちはそれが仕事だから、気にせんでもかまわん」
「とりあえず、お互いに名前を名乗りませんか?慌ただしくってそれどころではなかったですし」
「そうだな。まずはおれか。おれはトキワ。こいつらのまとめ役者ってとこだな。この近くのプレナイトって町でハンターをやってる。ランクはBだ」
「僕はシオン、魔術師です。彼女はマリーで、僕のいとこになります」
「厄介ばらいで付き合ってんだよな。おれも同郷で、こいつらガキの時から知ってるせいで」
「ごめん」
「気にしてねーよ」
ふーん。
「ここでは皆さん家名は持たないのですか?」
「家名を持つのは、貴族とかの身分の高いものだけですね」
なるほど。ならあたしも苗字は言わなくっていっか。
「わたしは桔梗といいます。助けていただいて、ありがとうございました」
ペコリ、と頭を下げる。助けてもらった以上、きっちりと礼をつくさねば。
「キキョウ、か。よろしくな」
「はい」
「それでキキョウ、あなたに質問ですが、こちらではあなたくらいの年で成人とされていますが、実際いくつなのですか?ちなみにこちらの成人は15才です」
「先日、16になりました。わたしの故郷では20才だったんですよ。皆さんのお年はいくつなのですか?」
「おれは27、こいつが20、マリーは22でエリカが18だった」
「……エリカさんというのが、亡くなられたマリーさんの妹ですか……」
「ええ。そうです」
「……ですが、厄介ばらいとは……?」
「そうだな、説明しとくか……」
トキワさんに寄ると、エリカさんはとんでもない性格だったらしい。何でも自分中心でなけりゃ気がすまず、そのためにでっかい猫を被っていたそうな。
男をたぶらかして貢がせ、ということを複数の相手にしてりゃ、そりゃ厄介ばらいもされるわ。マリーさんは妹を溺愛してて、その猫には気づかず、守るために一緒に故郷を出たそうだ。保護者として、シオンさんが付き添い、トキワさんと合流してパーティをくんだそう。といっても、やっぱりエリカさんの性質が変わるはずもなく、痴情のもつれで刺されて崖から落ちた……ってなーんかどこぞのドラマを思い浮かばせるような……って、それこそどーでもいい。とにかく、マリーさんはエリカさんが死んでないと信じることで自分を保っていた、と。そこにあたし……髪と目の色が同じ、年も近い……が現れたことで、あたしをエリカさんと思い込む事にした……ってことか。
ふぅ。説明を終えてトキワさんとシオンさんが息をついた。
厄介な姉妹の保護者さん達も大変だな……
「嬢ちゃん、頼みがある」
まー何かは見当つくけど。
「その前に、お訊ねしたいことがあります。
異世界からわたしがこの世界に来ることになった理由について、思い当たることは無いでしょうか?」
二人は顔を見合わせた。
「なんかわかるか?」
やっぱり頭脳労働は、魔術師のシオンさんか。
「そうですね……
まず、思い付くのは事故ですね。キキョウさんと言葉が通じている、ということは、何らかの関係が二つの世界にあるのかもしれません。だから、事故で飛ばされた」
なるほど、だから穴が開いたってことか。
「他には、故意に呼び寄せた、ということですね。それが神々の意思だった場合、キキョウさんがひとりでいることはおかしい。神殿に呼ぶか、あるいはとっくに迎えがあるはず」
たしかに、神サマが間違うとか、考えにくいし。
「ですが、呼び寄せたのが人だった場合、キキョウさんが危険です」
「わたしは魔術の言葉を完璧に話せます。何も知らないような小娘なら騙すにしろ、脅すにしろ、道具として扱い易いということですね」
「……嬢ちゃん……冷静だな……てか、お前さんその剛胆さって……」
外見と合ってないとは、まぁよく言われてた。
「頼るものもない孤児なんてこんなものです。こちらの言葉については、母の躾の結果ですね。魔術語?の方ですと、かなり口が悪いですよ」
いたずらっぽく笑ってみせる。
「それで、還ろうとしたら……」
「界を越えるとなると、どれだけの力が必要かわかりません。神々に会って話して見た方がいいですね」
「……神様ではなく、人がわたしを呼んだ場合、どれくらいの規模か分かりますか?」
「……おそらくは数十人でも出来るかは……ただその場合は……」
「国家規模でわたしを探している可能性あり、ですね」
「……」
「でだ、嬢ちゃん」
「……この世界についてある程度知るまで、マリーさんの妹になることは構いませんよ。助けてもらった恩と、わたしの身の安全のためにも」
「わりーな。このままだと、マリーの精神がやられちまいそうだったからな」
「すいません」
二人は頭を下げた。こっちの都合もあるから、気にしないでいいんだけど。
「ところで、エリカさんはマリーさんを何と読んでいたのですか?」
「ああ、あいつは誰に対しても呼び捨てだよ。だから嬢ちゃんもそれで構わない。わるいがおれたちはあんたをエリカと呼ばせてもらう」
申し訳なさそうにシオンさんも頷いている、が……
「……呼び捨てでないとダメでしょうか……?わたしは年上の方を呼び捨てするのは、かなり抵抗が……」
これは完璧に両親のせいだな。家が剣術道場なんかやってて、かなり礼儀にはうるさかった。ふっ、これでも剣道二段の相手に勝ったこともあったからね。親バカかも知んないけど、才能あるって言われてたからね。……また話がそれた。
「他の連中はともかく、おれたちは呼び捨てで頼む。マリーのためにもっ‼」
はぁ、仕方ないか。
「わかりました。これからよろしくお願いいたします、トキワ、シオン」
「おう」
「よろしくね」
わたしの立場が決まったからか、シオンの言葉も砕けたよう。
「マリーも、よろしくお願いします」
あたしはそっとマリーの髪を撫でた。
「おはようございます」
「!おはよう、エリカ!」
朝。目を覚ましたマリーに挨拶したら、抱きつかれて返事がきた。なかなかのシスコンぶりだな。
「おう、早いな」
「おはよう、二人とも」
「おはよ!」
「おはようございます、トキワ、シオン」
とっくに起きた、というか、確かトキワは見張り番してくれてたみたい。
「あ、そうだ。エリカ、その格好はちょっと良くないから、僕の服を貸すよ。洗濯したあとまだ着ていないから大丈夫」
……たしかにこのかっこはまずい。それに他の人には服を借りてもサイズがキケン。
マリーはあたしよりかなり背が低い(でも、出るとこは出てる……)し、トキワはとにかくデカイ。縦だけならなんとかなっても、横幅が……
そうすると、一番背丈が近いシオンに借りるのがあんぜんか。
背はちょっと低いけど、細身の男性だから、丈以外は多分大丈夫だろう。
「はい、お借りします」
「うん」
シオンの服を持って、少し離れた木の陰で着替えた。大きめの服を渡してくれたようで、結構いい感じ。ま、靴はしょうがないからそのままだけど。
着替えて戻ると、小さめの布の袋を渡してくれた。
「とりあえず、その服はこれに入れとくといいよ」
「はい、ありがとうございます」
見ると、着替えてる間に朝食の準備が出来ていた。堅パンと、トカゲ肉のシチュー……
夕べも食べたけど、結構美味しい。
トキワ曰く、魔力を多く帯びた食べ物は、味が良くなるそうだ。貴族とかだと、わざわざ魔力を食べ物に込める為だけに、魔術師を雇う人もいるらしい……
というか、あんだけ吐いといて平然と肉は食べれたあたしって、ずいぶん図太いよなー。
「さてっと」
片付けが終わると、トキワが真っ先に立ち上がった。
「おれたちの今回の任務は、森の奥を調べることだ。
さっそく出発するぞ」
あたしたちも立ち上がった。
「エリカ、君は僕から離れないようにね」
「えー、エリカは私と行くのー」
……マリー……
「マリーは槍使いですから、わたしが近くにいては、槍を振るえないでしょう。わたしは後ろから、シオンと見守っていますから」
「しょうがないかー」
……幼児化してるような……
……とにかく、あたしはシオンの横を歩きはじめた。
この先がどうなるのか、不安と期待を胸に抱きながら。
訂正入れました。
後から考えてみたら、苗字を言わないと宣言する方がおかしいですね。