説明書を読んだ
▽KOUJIは財布を手に入れた
中には3217円が入っていた!
KOUJIは3217円を手に入れた
厚かましく小遣いを表示するテロップを他所に財布をポケットに入れる。財布の置いてあったスマホはどういう訳か全く反応しないが、今後の為を思って一応手に取った。
▽KOUJIはゴミを手に入れた
…どうやらこの世界で携帯電話は使えないらしい。文明の利器をゴミ扱いする残忍さに辟易しながら、そっとスマホを机の上に置く。
ゴミなら、持っていくだけ手がいっぱいになるだけだ。
勉強机の上は教材で溢れかえっている。その1番上にある何やら見覚えのないパンフレットらしきものが目に入った。
修学旅行のしおりみたいに簡素な作りで、表紙には「説明書」とだけ書かれている。俺はいぶかしげに1ページをめくった。
『はじめに
あなたは何故この世界に連れて来られたのか?この世界は何なのか?何をすればクリアなのか?など多くの疑問を抱いている事でしょう。
しかしその事を説明しだすと説明書のページが嵩張るので割愛させていただきます。
恐らく旅を進めていくうちに色々分かっていくでしょう。』
…なんだこれ。
何にも役に立たない前置きに苛立ちを覚えながらもう1ページめくる。今度は瞬時に役立つ内容であることが察せた。
『基本的な操作方法
心の中で「メニュー」と思うことによってメニューウィンドウを開くことができます。
選択したいコマンドを強く念じることによってその意に従った選択を行うことができます。
NPCの頭上には青いカーソルが浮かんでいて、話しかけることによって情報を得ることが出来ます。』
説明を読んだ俺は試しに「メニュー」と念じた。すると半透明のウィンドウが視界に表示される。
ウィンドウの右半分には【アイテム】【装備】【フレンド】など、さらに細分化されたタブが並んでいた。
左側には現在装備しているアイテムと、能力値ステータスが示されていた。その数値はどれも一桁台で、とても勇者とは思えない。
1番上には¥4217の表示がある。謎に1000円が加算されているのは初期値なのだろうか。
まあ始めはこんなもんだろ。溜息をつきながら俺はメニューを閉じるよう念じてから、再び説明書に目線をやる。
『アイテムの選択/使用
アイテムは他者の所持品で無い場合、手に取ると所有権を得ます。
その後ストレージするよう選択すると、アイテムはボックスに移管されます。ボックスはメニュー欄のアイテムで確認/使用できます。』
なるほど。実にわかりやすい設定だ。恐らく○○を手に入れた、というログが表示された時にストレージするよう念じるとボックスに行くらしい。
ものは試しだ、とこちらも試しにスマホを手に取った。
▽KOUJIはゴミを手に入れた
(ストレージ!)
すると左手から無機質な感覚が無くなる。メニュー欄を開いてアイテムボックスを選択すると、そこには確かに【ゴミ ×1】と書かれていた。
このコマンドが無ければ青銅の鎧を装備して、大剣を背中で抱えながらコーヒー牛乳を片手に持つというヘンテコな勇者が存在するハメになる。
鞄などを持ち歩く必要が無いと思うと、さらにゲームの世界にのめり込んだ実感が湧いてきた。
『NPCについて
NPCは大きく分けて3種類います。
住民NPC、商人NPC、特殊NPC。
これらのNPCは話しかけたり、話しかけてくるのを返事すると会話へと進んでいきます。
NPCはパーティーに参加させる事は出来ませんが、親交を深めていく内に特別なイベントが起きることがあります。』
つまりNPCもちゃんと人間として接せば良いって事だな。特別なイベントという所が妙に期待感をそそる。
説明書にはそれ以降もいろいろと書いてあった。普段は説明書なんて読まないでゲームを始めるタイプなのだが、どうしてか読まずにはいられない気持ちになり、そして読んでいく内に気持ちが昂ぶっていった。
メニューを開いて、1番下の【設定】を選択する。ログレベルが7になっているのを、説明書にオススメと書いてあった3にまで下げる。
このログレベルは10段階に分かれていて、内容の重要度によってテロップの有無を調整するためのものだ。
いちいち知っているアイテムを手に取る度に「○○を手に入れた」というテロップが出るようじゃ溜まったもんじゃない。
その他もろもろの設定を終えた後、説明書をアイテムボックスにしまう。なんだかようやくゲームがスタートしたような気になった。
…そういえば、台所にコーヒー牛乳を置いたままだったな。始めて触ったのが俺だから所有権は俺にあるはずだ。軽い足取りで台所へと向かう。これから起きる出来事が、楽しみで仕方無かった。