勇者はコーヒー牛乳を手に入れた
ついに俺は、完璧な結論を導き出した。このゲームと現実を合わせたような世界を説明する、天衣無縫な結論が。
やっぱり夢だ。
うん、そうに違いない。少し思考と動きがリアルなだけで俺はまだ眠っているんだ。
やっぱりHPが表示される現実なんてあるわけないし、最近話題のVRMMORPGにしてはワールドが俺の家だなんてリアリティが強すぎる。
よくよく考えれば、さっきの頬を叩いた痛みもそんなに痛くなかったし、やっぱり俺は夢を見ているんだ。
うん、痛くなかった。
…?
ま、まあ夢なんだからいつも通りモンスター退治に行きますか!気持ちを切り替えて俺は自分の部屋の扉を開けた。
いつもはもうフル装備でモンスターも瀕死の状態なのに、今日は随分開始時に近いスタートなんだな。それにスタート地点が自宅の部屋とは、随分リアリティがあるではないか。
ぎっしぎっしと鳴らしながら階段を降りる。すごいな、この木がしなる音はゲームでは中々表現出来ない。この夢はどこまで現実的なんだ!
感銘を受けながら一階へと降りた。最後の階段を降りた時、左上に文字列が表示される。
佐々木家 1F
1Fって、そんなカッコつけなくてもいいのに。そんな事を思っている内にその表示はフェードアウトしていく。
確かにずっと現在地を表示するゲームなんてない。自分の脳内が作ったゲームワールドのリアリティに終始圧巻されていた。
…自己暗示は完璧ではない。俺の胸は恐怖に襲われはじめた。この世界は、やっぱり現実ではないのか?
そう思うといても立ってもいられず母親の部屋の扉を勢い良く開いた。
…いない。
それもただいないだけでなく、まるで母親という存在が今まで無かったかのような静けさ。その隣にある父親の部屋を覗いても、それと全く同じものを感じさせられた。
「なんだ…なんなんだよ…」
両親がいないという事と、謎の数値が視界の端に表示されているという非現実的な出来事が起きている世界は、まさしく現実の世界だ。
玄関には俺の靴が乱暴に脱ぎ捨てられていて、もう使わなくなったサッカーボールは空気が抜けて楕円形にへたっている。玄関のマットには薔薇が描かれていて、長年使われているせいで薄っすらと黄ばんでいた。
それらは皆、昨日も見た確かな現実だった。
…ひとまず落ち着こう。
俺は錯乱の境界に陥りながらも、なんとか足を動かしてキッチンへと向かった。最新式の冷蔵庫が、窓から流れる日の光を浴びて煌々と輝いていた。
俺は冷蔵庫を開ける。生ものや野菜がいっぱいある中、俺はコーヒー牛乳とプリンを手に取った。
▽KOUJIはコーヒー牛乳を手に入れた
▽KOUJIはプリンを手に入れた
そんなテロップが視界の下半分に大々的に表示される。なんだかもう一周してあんまり驚かなかった。
どうせプリンを食べれば体力が回復するんだろ。俺はプリンのカップを開けると、スプーンを使わずそのまま一口で飲み込んだ。
▽KOUJIはプリンを食べた
HPが1回復
予想していたテロップが現れる。数秒すると、その表示は瞬時に姿を消した。
「…くっ、くっく」
「ふふふふ…」
「アハハハハハハハハ!」
俺は猛り狂うように笑った。未だにこの事実は飲み込めないが、この世界を自由に動くことが証明された。
どうやらここでクヨクヨするだけ無駄で、俺は本当にゲームの世界に入り込んだらしい。
そう分かった瞬間、俺はものすごく自由を感じた。
この様子だと、家の外を出れば間違いなくモンスターが現れる。ならばこちらも武器を持たなければいけない。俺は台所にある食器乾燥機のフタを開けて、その中から包丁を取り出した。
▽KOUJIは包丁を手に入れた
▶︎装備しますか?
今までとは違うテロップが表示されるが、お決まりの選択肢が表示されない。どうしたものかと悩んでいると、親切に次のテロップが流れてきた。
*装備したいなら心の中で「はい」と思ってください
テロップに従うまま心のなかで「はい」を選択すると、突然俺の腰に白いライトエフェクトが現れた。
何事かと驚いている内にベルトが巻かれて、右腰には鞘のようなものが取り付けられている。ちょうどこの包丁がピッタリ入りそうな、小さな鞘だ。
「なるほどね…」
武器を装備した俺はなんだか強くなったように感じた。謎の優越感に浸っていると、防具も必要だなと気付き再び二階へと上がっていく。
降りた時とは違って、この世界を俺は純粋に楽しんでいた。
プレイ時間 00:00:21
プレイヤー名:KOUJI Lv:1
HP 30/30 MP 0/0
攻撃力:3(+2)
防御力:1
魔攻力:1
魔防力:1
素早さ:1
ラック:1
装備
武器 :包丁
上半身:なし
下半身:なし
装飾品:なし