088 婚約パーティー
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
如何にか一万文字書き終えました。
今週は、残業が多くて余り活動できなかった。
今月は、こんな状況なのに出張ばかり・・・・トホホホ
皆さんも体調管理はお気をつけて
帝都内で最も広い部屋。謁見の間に似た感じの造りではあるが、何処か仰々しくない雰囲気もある宴会場。その会場では、今まさに大賑わいを見せていた。
「あはは、これは凄いパーティーですね」
「そうですね」
苦笑する俺に、同じく苦笑するシャルロット。現在、レオンハルトたち円卓の騎士のメンバーは、帝国の上級貴族同士の婚約パーティーに出席していた。
部屋の至る所に丸いテーブルが置かれ、純白のテーブルクロスが高級感を引き立てる中、各テーブルに置かれている料理の数々。立食形式のため、お皿を持って食べたい料理を皿にのせる。談笑できるように何も置かれていないテーブルも用意され、そのテーブルを囲うように帝国の貴族や他国の重鎮たちが楽しそうに話をしていた。
ユリアーヌとヨハンは、こういう場に出席した事が無いが周囲の作法を真似しながらそつなく情報収集をしていた。まあ、二人で会話をしている振りをしながら周囲の声に耳を傾けていたのだが、流石に上級貴族に混ざっての会話は場合によっては地雷を踏みかねないので止めさせている。
クルトとアニータの二人は、豪華な料理を堪能している様子で、ダーヴィトとエッダはダンスを踊っていた。
立食出来るスペースとは別に踊りが出来るスペースも設けており、そのスペースの端の方で皇族が準備した音楽団が穏やかなメロディーを奏で、その音楽に合わせて老若男女問わず楽しそうに社交ダンスを踊っている。
レオンハルトたちはと言うと・・・。
「レオンハルト様。お食事をお持ちしました」
「レオ様。飲み物は如何です?」
「レオン様。後で一緒に・・・お、踊っていただけませんか?」
エルフィー、リリー、ティアナが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。次期公爵の婚約パーティーで、他国の者が複数の女性を連れてイチャイチャしていたら、周囲からの目がかなり痛い。
だからこそ、余計にレオンハルトと、シャルロットが苦笑していたのだ。
「レオンは人気だねー。私も何かお世話しようか?」
「いや、リーゼはそのままでいてくれ」
まあ、何もしなくても一緒に居る段階で周囲からの目線が減る事は無いのだが。それでもこれ以上は流石に良くない。そもそも主役を蔑ろにしているのと同じ行為なのだから。
「リーゼちゃん?レオンくんを困らせては駄目ですよ?」
シャルロットがリーゼロッテに注意しながらも、レオンハルトの隣を常に維持していた。更には食べ物のソースが口についたぐらいで素早く拭きとってくれる。
あれ?ティアナたちに感化されてシャルとの距離が近くなった?シャルとは両思い何だから焼きもちを焼かなくても良いのに?
こう言う部分は鈍感なレオンハルトに少し遠くからその様子を見ていたヨハン。
まあ、他者の恋愛には鋭くても自分の場合だと滅法鈍感になるやつも居るからなと何処か残念そうに見つめていた時、周囲にいた人たちが一斉に歓声を上げる。
「ヘンドリック様。御婚約おめでとうございます」
「フリーダ様、とてもお美しいですわっ」
「ブラント公爵領もハウゼン公爵領もこれで安泰だッ!!」
高級そうな衣装を身に付ける上級貴族や大きな宝石などの装飾品を身に付ける御婦人たち。そんな彼らをも凌ぐ程、二人の主役は輝いて見えた。いや、物理的にではなく心理的にだ。幸せ雰囲気をこれでもかと言う位見せ付けている。
「お、おれ平民で良かった・・・」
ボソッと発言するクルトとは裏腹にアニータは目を輝かせていた。エッダもアニータと同じ反応だった様で、ダーヴィトはげんなりしていた。
昔から仲が良かった二人だが、最近より仲良くなっているように思う。
「俺もアレぐらいするのか?」
レオンハルトも少々、いやかなり引いてしまっている。神様の恩恵でかなり目立つ様な事をしてきたが、中身はごく普通のサラリーマン。多少、普通とは逸脱していた部分もあるが、それでも自分自身が超大物芸能人でも無ければ、天皇家などの様な凄い家系でもない。だから、婚約パーティー何て事は経験がないし、そもそも前世でも結婚していなかったのだから、結婚式の参加の経験はあっても主となって行った事が無いから余計にそう感じる。
それに、前世で仮に結婚式を挙げていたとしても、呼ぶのは新郎新婦の家族や親戚、それと親しい友人や会社の上司とかぐらいだろう。赤の他人や殆ど家族ぐるみの付き合いもないような家を呼ぶ事は無い。
「レーア様との結婚となると・・・一国の王女様だから、あると思う・・・よ?」
シャルロットも貴族ではないから分からない感じだが、一般的な知識として言うならば、一国の王女の婚約や結婚式に何もないはずがない。
ただし、正妻をシャルロットにしている関係上大々的に出来ない恐れはあるが、そのあたりはきっとアウグスト陛下たちが考えてくれるのだろう。
胃がキリキリと痛む。
「そう言えば、挨拶に行かなくて良いの?」
リーゼロッテが、他の貴族たちが次々に婚約したヘンドリックとフリーダの元に挨拶に行っているのに対して、自分たちは向かわなくても良いのかと質問してくる。
主役が来てから社交ダンスも一時中断しており、ダーヴィトたちも近くに戻って来ていたし、他の貴族たちからの情報収集に行っていたユリアーヌたちも戻って来ている。レオンハルトの周りには円卓の騎士のメンバーが全員集結していた。
「俺たちは貴族でも地位が低いから挨拶は省略されるはずだよ」
来賓で来られている他国の重鎮やコンラーディン王太子殿下の様な王族や皇族の代表者にアバルトリア帝国の辺境伯の地位よりも上の地位に居る者たちだ。伯爵の地位まで挨拶に来ていたらそれこそかなりの人数になりかねない。と言うよりも親しい間柄でない限り伯爵より下の地位の貴族はこの場に来る事すらできない。
今回は、子爵家の当主が数名と男爵家の当主が数名来ているだけだ。彼らは、ブラント公爵やハウゼン公爵と縁がある者たちだ。
まあ、その理屈で行けば俺たちは準男爵位なので、挨拶は省略される。
されるはずだったが、何故かコンラーディン王太子殿下が挨拶の番になり、少し話をした後此方を向いて手招きしてきた。
何の用事だろう?と思い一人で進もうとすると、皆で来るようにと手で挨拶してくる。
それで皆で、王太子殿下の元に行くと。
「ヘンドリック様、彼が我が妹を助け、魔族を討伐した魔族殺しの英雄、アヴァロン卿とその仲間たちでございます」
「ヘンドリック様、フリーダ様。御婚約おめでとうございます。殿下より御紹介にあずかりましたレオンハルト・ユウ・フォン・アヴァロンです」
紹介されたとはいえ、挨拶をしないのは失礼と思いメンバーの代表としてお祝いの言葉と共に挨拶をした。
「おお。貴方がそうなのですかッ!!私とそれ程変わらない年齢ですごい。貴方の武勇は、ブリジット殿から聞き及んでいます。是非、その時の話を聞かせてくれませんか?」
興奮気味に話をするヘンドリック。彼は、運動も魔法の才能も無い為、そう言う事が出来る人をすごく尊敬しているのだ。
その分、政治的な事への知識はずば抜けていると後で教えてもらった。
「え?・・・はあ?まあ、ご都合が合うようでしたら?」
曖昧な感じで返答しておく。今回、アバルトリア帝国に来た目的は目の前のヘンドリックの婚約パーティーに出席するコンラーディン王太子殿下の護衛としてだ。護衛の立場で出席するのは如何とは思うが、貴族当主にして魔族殺しの英雄と言う二つ名が原因で、今に至っている。
つまり、この婚約パーティーが終われば、コンラーディン王太子殿下がアルデレール王国へ戻る時に再び護衛として同行するため、この帝都に滞在する期間はあと僅かと言う事になる。
「おや?そろそろ次の方の挨拶がありますかね。では、ヘンドリック様にフリーダ様失礼します」
コンラーディン王太子殿下は、その場で立ち上がり踵を返した。我々もそれに続いて軽い会釈をして後に続く。
戻る最中に多くの貴族から注目を浴びる事になる。ヘンドリックやフリーダ以外にその両家へも挨拶をしたり、途中から参加されたジギスバルト陛下たち皇族へも挨拶を済ませる。
そして、パーティーを楽しんでいると、大慌てで兵士の一人が駆け込んできた。
入り口にいた騎士に止められながらも入って来ようとする兵士を見て、緊急事態だと悟り陛下の護衛をしていたアルフレッドがその兵士に小声で用件を尋ねる。兵士も緊急な案件だが、この場を壊すのは不味いと判断し、小声で用件を話すとアルフレッドは驚いた表情を表す。
すぐさま、その内容をジギスバルト陛下に伝え、陛下自身も同じ表情を表したかと思いきや主要な面々に声をかける様指示を出して、ヘンドリックたちに謝罪し、退席した。
呼び出された臣下たちも同様に退席の謝罪を伝えて、部屋を出る。
パーティーはそのまま継続するようだったが、再び入口の扉が開いて騎士が二人入ってきた。
「コンラーディン王太子殿下ッ!!コンラーディン王太子殿下はおられますか?」
大きな声で叫ぶ騎士に自国で何かあったのかと思い、コンラーディンは騎士に声を出して合図した。
「コンラーディン王太子殿下ですね。陛下がお呼びです。すぐに謁見の間へお越しください。アヴァロン卿や他の皆様もご一緒に来てください」
「我々もですか?分かりました。皆すぐに準備してッ」
シャルロットたちに指示を出し、殿下と共にヘンドリックの元へ向かう。
「緊急の用件との事で、我々も此処で失礼します」
一言伝えて、殿下を筆頭に部屋を退出。呼びに来た騎士二人に連れられて謁見の間に大急ぎで向かった。
謁見の間にたどり着くと殿下の護衛として中には居れる人数を四人にしてほしいとの事で、ジークフリート隊長や副隊長と隊でも上位の実力を持つ二人が選出され、他の者は謁見の間の前で待機する事になる。円卓の騎士は全員中に入っても良いとの事で入室する。
先日は行った時よりも空気がピリピリしていた。
「ジギスバルト陛下。緊急の用件との事でしたが、何かあったのでしょうか?」
「コンラーディン王太子殿下。呼び出してしまってすまない。先程儂の元にある内容の情報が飛び込んできた」
もしかしたら、魔族が再度アルデレール王国の王都アルデレートへ襲撃したのか?それとも他の大都市が襲撃されたのか?どちらにしてもかなり良くない情報なのは確かだろう。
「ある国の王族が衰弱した状態で帝都を訪れたようだ」
ある国と言うのが何処の国を指しているのか分からないが、アルデレール王国と言う線もまだ十分考えられる。王都が襲撃された事で、我が国の王族の誰かが逃げてきたと言う事も考えられた。
コンラーディンは、これまで見せた事が無いほどの焦りを見せる。
「ど、どこの国ですか。もしかして我が国ですかッ!!」
しかし、ジギスバルト陛下は首を横に振る。その事で、アルデレール王国の王族が来たと言うわけではない様だ。
「発言をしてもよろしいでしょうか?」
「・・・構わぬ」
アルデレール王国が違うと言う事は、近隣の小国と言う可能性が高いわけだが、それだと我々が呼ばれた理由が分からない。あの場には他のそれこそ該当しそうな他の王国の重鎮や王族の代表が来ていたのだから。
「先程、瀕死ではなく衰弱の状態と言われましたが、それはどういう事でしょうか」
「直接は儂も確認はしておらん。三人の内二人は衰弱をしているとの事だが、もう一人は病気か何かに犯されているらしい」
「その三人と言うのは誰でしょうか?」
「先の魔族との大戦で滅んだはずのガバリアマルス王国の王族と言う事らしい。もうじき此方に到着するはずだ」
「「「「ッ!!!!」」」」
事情を知らない俺たちは盛大に驚いた。ガバリアマルス王国は、ローア大陸の北東部に位置する大国の一つで、隣接する魔族が住まう大陸から魔族の進行をこれまでずっと阻止してきた武闘国家でもあった。
その国が一年ほど前に魔族の大進行に成すすべもなく滅ぼされた。そのまま魔族が流れ込むと予想していたのだが、それ以降の進撃は話に聞かず、大進行で魔族側にも多大な被害が出たのだろうと各国は結論づけて自国の国境を厳重にした。
我先にと旧ガバリアマルス王国の領土を収めようとする国も現れないのは、各国で名の知れた冒険者や国が抱えていた勇者を増援に回して大敗。防衛するぐらいしか余力が無いのだ。
実際は、各国にまだ名の知れた者は居るが、その者たちは自国にいる魔物討伐などを行ってもらったり、いざと言う時の為に居てもらわなければならない。
一年以上経って何故今更、ガバリアマルス王国の王族が姿を見せたのか。
そもそもガバリアマルス王国の王族から国民に至るまで蹂躙されたと聞く。調査隊からは地獄のような光景とまで言われる程だった事を考えると、余程酷い惨状だったのだろう。その中から生き残りがいるとは考えられない。
「正直、此方としても半信半疑の情報だ。だから、仮に魔族が変装して進入してきたのだとしたら、此処は一気に最悪の戦場となるだろう」
誰しもが息をのむ。
「だから、少数精鋭をこの場に召集した。それに魔族殺しの英雄、お主の力も貸してくれぬか?」
「―――承知しました。間もなくこの場所に到着しますよ?」
『周囲探索』と『索敵』で状況を確認し、扉の直ぐ向こうに来ているのを知覚し、その情報を伝える。
次の瞬間――。謁見の間が開き、担架の様な物に乗せられた三人の青年と少女、幼女が姿を見せる。『周囲探索』では、見た目は普通の人族で間違いはなかったし、『索敵』でも敵意は一切感じ取れなかった。直ぐに鑑定系の魔法『看破』で正体確認する。
結果、魔族の変装でも何でもなく本人だと言う事が分かった。
「如何やら、本人の様ですね・・・・ですが、かなりの消耗をしているようです。ん?」
鑑定系の魔法『看破』を使用して分かった事だが、三人の内二人・・・青年と少女に関して外傷はそこそこ見つけられたが、青年の方は毒物に犯されているようだ。速効性ではなく遅延性の毒の為これまで如何にか生きてこれたようだが、それも時間の問題となっている。少女の方も内臓系にかなりの衰弱が見られる。幼女は、基本的にやせ細っているのが分かるぐらい栄養が不足していた。これ以上は別の魔法で調べる必要がある。
「どうかしたか?」
「いえ、彼――――毒を受けていますね。それも遅延系の致死毒」
「何だとッ!?直ぐに治癒士を呼べッ!!」
「陛下ッ!!此方の二人、ガバリアマルス王国の第二王子セドリック様と第一王女シルヴィア様ではないですか?」
ガバリアマルス王国の最期の生き残りである王族の三人がアバルトリア帝国の帝都アバルトロースにて皇帝陛下にその存在を伝える事が出来たのだ。だが、彼らの命は残り僅かと言うレベルにまで低下しているが・・・。
「此方の子供は、第二王女か?・・・それより治癒士はまだ来ぬのかッ!?」
苦しそうに呻くセドリック王子の容態を再確認して、騎士たちに急がせるよう再度伝える。
(このままだと不味いな)
レオンハルトは、シャルロットとエルフィー、リーゼロッテの三人に相槌をして意思を伝える。三人もレオンハルトが何を言いたいのか理解してすぐに準備に取り掛かった。
「陛下、此処は我々が対処します。刃物を使用してもよろしいでしょうか?」
「な、なに。お主らが治癒するのか・・・そうか、其方の同行者に治癒に長けたものがいるとか。構わぬすぐに対処してやれ」
魔法の袋から治療用の道具を一式だし、まずはそれぞれの状態を正確に把握するため鑑定系の魔法『分析』を発動した。
「シャル。まずは青年のから・・・・遅延性の致死毒、左大腿部に毒を指した個所がある・・・針よりは太いな・・・蠍系の魔物の毒だ」
「彼らの発見場所の近くで遅延性の猛毒を使う蠍の魔物は居ますか?」
エルフィーは直ぐに毒の解明のため、毒を所有する生物を探し出すために動き出した。その間にシャルロットはレオンハルトが言った言葉を、羊皮紙に記載していく。
リーゼロッテは道具を出し終えた物を並び替えて準備し、騎士たちに不足している物品の手配に動いてもらった。主にベッドなどだ。だが、この世界のベッドは皆重たいものばかりなので、代わりになりそうなものを集めてもらっている。
「大きい外傷だけ伝える。右腕の橈骨骨折。右の肋骨三本、左が二本、ひびが入っている。背中は虫系の魔物に刺されてるな。こっちは麻痺毒か?」
次々に症状を洗い出すレオンハルト。内外傷全てを確認し、致死毒以外だと内臓が幾つか傷を負ってじわじわと出血しているのが分かった。
「レオンハルト様。毒の種類ですが、デスストーカーと言う中型の蠍の毒の様です」
「解毒できるか?」
「やってみます」
「任せるぞ。何かあればすぐに言うんだ。では次に子供を見る」
エルフィーは直ぐに青年の元に行き『解毒治癒』を使用。徐々ではあるが、解毒されていってはいた・・・が、遅延性の毒の厄介な所は、体内に侵入してからそれなりに時間が経つと変質する。そうなると『解毒治癒』が効きにくくなるのだ。
魔法は便利であっても決して万能ではないのだ。
「解毒薬を作らないと・・・その前に、リーゼロッテ様すみませんが、点滴五百を二本お願いします」
点滴?と不思議そうな顔をする帝国の者。点滴が何なのか理解している殿下や王国側の騎士たちは、なるべく邪魔にならないように一歩程後ろに下がった。
「待ってね。直ぐに用意する。ごめんなさい、ちょっと通りますっ!」
邪魔になっていた帝国側の騎士は、慌てて後ろに下がった。興味津々と言った感じで皆少しずつ前へ前へと近寄っていたのだ。その事で必要になる可能性があると思って出していた治療用の道具が騎士たちに阻まれる結果となったのだ。
「す、すまない」
流石の陛下も素で返して騎士と共に二歩下がる。
あれ?今青年の方にはエルフィーとリーゼロッテが処置に当たり、二歳から三歳ぐらいの子供をレオンハルトが診察して、その結果をシャルロットが記録している。と言う事は、第一王女に誰もついていないと思い振り返ると、そこには彼の仲間たちが応急処置を施していた。
ヨハンとティアナ、リリーの三人。ヨハンも治癒魔法は使えるが、此処まで悪化していると手は出せない。出せないが、出来ることはある。
そして、クルトとユリアーヌは二人の荷物の確認。意図的に逃がされたのは分かっているので、もしかしたら誰かに渡すための手紙などを所持しているのではないかと考えたからだ。余り宜しい対処ではないが、緊急事態なので仕方がない。
ダーヴィトとエッダは、汚れても良い前掛けを準備していた。
緊急事態だったため、此処に居る全員がパーティー用のお洒落な衣装に身を包んでいる。かなり高価な物もあるので、極力汚さない為のもの。
用は手術着みたいなものだ。こっちの世界ではそう言ったものは用意できない為、厚手の革で作った割烹着みたいなものだが。
「この子のお腹少し膨らんでいるな?栄養失調でたしか・・・」
詳しく調べようとした時にダーヴィトから声をかけられて、治療用の服を身に纏う。
「さて、作業に戻る。この子の症状はクワシオルコルだ」
クワシオルコルは、栄養失調の一つで代表的な事はお腹が膨らむと言う事だ。前世では発展途上国で貧しい地域の子供に良く見られる症状でもある。主な原因はたんぱく質の欠乏によっておこるもので、アミノ酸の抑制が血中アミノ酸を減少させて、その事により浸透圧が減少し血管内の水分が保てず、お腹に移動し腹水となるのだ。
初期症状であればすぐに良くなるが、重症化すると他にも下肢の浮腫や肝臓の肥大化、皮膚炎や下痢などの症状も出てくる。
レオンハルトはこの子の治療方法を口頭説明し、それをシャルロットが書き写す。
最後にヨハンたちが見ている少女の元へ移動した。
「ヨハン。悪いがシャルから治療手順を貰ってあの子を処置してくれ」
「わかった。二人とも行きましょう」
ティアナとリリーにもこういう時の行動を、この一年でしっかり覚え込ませている。治癒魔法の才は無かったが、こういう応急処置があるかないかで生死の境が分かれる時も十分あり得るのだ。
毒の関係で緊急性があった青年に対して、調べた結果こっちは別の意味で危険な状態であった。顔色が悪いのは内臓系へのダメージが原因と思っていたが、それだけではなかった。如何やら彼女の心臓がかなりひどい状態で動きが弱々しくなっている・・・魔法で詳しく調べると体内でジワジワと滲み出る様に出血していた。
血液が不足していた事による顔の変色。予想通り内臓系のダメージもしっかり入っていて、そこからの出血と身体中を打ち付けた事による内出血が原因の様だ。
見える範囲では青痣が無かった事が発見の遅れを引き起こしたのだ。流石にこの場で服を全て脱がすわけにも行かないので、せめて着ている服だけでも脱がせる事にした。
「ちょっ!!」
流石に不味いと感じた殿下が止めに入ろうとするが、それを静止させる陛下。直ぐにその場にいる臣下や帝国側の騎士たちを下がらせて後ろを向く様に指示した。殿下も陛下に習って王国側の騎士に同じ命令を行う。
両国の騎士は直ぐに命令に従ったが、帝国の臣下たちは渋々と言った反応であったため、陛下が渇を入れて急がせた。
レオンハルトたちの治療の様子は、ジギスバルト陛下とコンラーディン王太子殿下、帝国の宰相の三人のみとなる。
ついでに言えば、謁見の間の入口を守る騎士たちには、許可するまで誰も入れるなと命じていた。
「やっぱり・・・・これは酷い。痣だらけだ・・・・」
ボロボロの服を脱がせると大きい青痣が見える範囲で四か所はあった。どれも青と言うよりは黒っぽくなっている。時間が相当経過しているのだろう。青年の方も内臓が傷つき出血が見られたが、此方の方がヤバイ。
「シャルっ。急いで『中級治癒』をっ!!」
診察の途中だったが、気になる事があったのでシャルロットに応急処置を頼み、自分は脱がせた服を確認する。最初はドレス風の服がボロボロになっていたのかと思ったが、如何やらレオンハルトたちが孤児院時代に来ていた服より少し良い位だが、元王女が着る服にしてはかなり粗悪の物だった。
土汚れがひどい・・・枯葉や木の枝が服に絡んでいるな。
服を見た結果、山から滑り落ちた感じの汚れの付き方をしていたのだ。転がる様に落ちたのであれば全身を強打し、痣だらけになっていたのも頷ける。
直ぐに彼女の治療に当たる。シャルロットも応急処置を済ませると再び羊皮紙に容態を記入していく。彼女が治療に加われば、それこそレオンハルトと二人であっと言う間に終わらせてしまうだろうが、何日も帝都に滞在するわけにも行かない。もしかしたら事情を確認するために王太子殿下が残る様であれば我々も残らなければいけないが、急いで帰る選択肢もまだ残されている。となると、後を引き継ぐ治癒士が必要になる。
引き継ぐ治癒士が円滑に把握できるように記録していたのだ。それ以外にも変化を見直す事も出来るので、記録と言うのはとても重要なのである。
王女の服は流石に着せられないので、新しい布を取り出して彼女の体を隠した。
内出血などは粗方魔法で治癒させ、失った血液を補うために濃度の高い水薬と彼女自身の血液の数滴使って作った輸血液もどき。これと通常の点滴の二つを体内に流し込むようにした。
第二王女である小さい子供と青年の年齢になっている第二王子。どちらも元がつくが、如何にか一命を取りとめた。
「何と言うか・・・あんな技術見た事が無いぞ・・・・」
安定した三人は別室で寝かされて、その間エルフィーとリーゼロッテ、ヨハンの三人が看病を行った。此方側の医療の高さを見せ付けてしまう形となった事で、要らぬ帝国貴族がちょっかいをかけてこない様にユリアーヌとクルト、ダーヴィト、エッダの四人を二人ずつの交代で護衛に就かせた。
「あれは我が国の秘匿の技術になります。詮索はしないでいただけるとありがたいです」
同盟国と呼んで良い関係ではあるが、自国の技術をおいそれと教えるわけにも行かない。寧ろ王太子殿下は、その技術を自分たちに教えてほしいと内心考えていた。
「会話が出来る様子と聞いていたのだがな?これでは城に呼んだ意味が無かったか・・・まあ呼んだからこそ、適切な対処が出来たとも言えるのか」
レオンハルトたちが処置をしなければ死んでいたであろうと、遅れて到着した治癒士たちはそう返答していた。ついでに自分たちが来て対処していても助からなかっただろうと言って肩を落として帰る場面は、居た堪れなくて仕方がなかったほどだ。
それにしても、これはかなり大変な出来事だった様で、その日の夜は臣下たちを集め、朝方まで話し合いをしていた。
息子の婚約パーティーに参加していた両家の公爵当主も駆り出されて、会議に参加していた所を見ると悲惨としか思えなかった。
王国側は王太子殿下が会議に参加し護衛に隊長と副隊長を就け、他の者たちには休む様に仕向けていた。レオンハルトたちも今日は帝城の客室を借りて泊まる事にし、交代で三人の看病を行ったのだった。
いつも読んで頂きありがとうございました。
明日、若しくは明後日の朝に投稿できるように頑張ります。
それと、出張の帰りにふと思いついた新しい小説の内容。
いつの日か形にして投稿したいなと思います。
因みにヒントは矛盾についてです(苦笑)。