081 忍び寄る魔の手
皆様GWはどうお過ごしでしょうか?
私は、日頃溜まっていた大掃除に勤しんでいます。
ってか最近熱いので、冬物を片付けています。
濃い霧の中、金属と金属が衝突し摩擦による火花だけが何度も激しく光を放っていた。そしてそれは一ヶ所だけではなく、至る所で行われている。
「また来るぞッ!!」
「殿下をお守りするのだ」
コンラーディン王太子殿下を守る近衛騎士団の精鋭たちは、見えない敵から懸命に剣と盾で敵の攻撃を凌ぐ。四方八方からの攻撃に精鋭と言っても苦戦は免れない状況。
当然、近衛騎士団以外の護衛として雇った熟練の冒険者チームたちも状況に変わりはなかった。
今回護衛に採用されたのは四チームだが、そのうち三チームはBランクチームである。残りの一つもCランクチームでかなり優秀な布陣を取っていた。チームとしてBランクでもチームメンバーの中には個人としてのランクはDランクと言う者も当然存在する。
正体不明の敵からの攻撃を必死で防いでいた三十代半ばの冒険者。赤い一撃の新参メンバーではあり、Dランク冒険者の彼は、持っていた剣と盾で如何にか戦闘を行っていた。
「舐めるなッ!!せいっ」
濃い霧で視界は約二メートルから三メートル程しか視認できない。それより先は殆ど見えない程だ。そんな状況から急に高速で襲って来る襲撃者の攻撃を一撃目は盾で防ぎ、更にその後方からもう一体見つけると、今度は剣で敵を攻撃するために振るう。
だが、その振るった剣からは何の手応えもなく。ただ、空を切っただけだった。
二体目は、攻撃に合わせて上空へ跳躍して逃れたようで、冒険者の後方に着地すると鋭い攻撃が彼の背中を襲う。
「ぐあっ」
背中に激しい痛みと焼ける様に熱い感覚に襲われる。一体目も二体目も既に霧の中に消えており、彼はそのまま地面に膝をついてしまう。
痛みに耐えていると殺気めいたものを感じ、其方に視線を向ける。すると目の前まで接近した別の個体と思われる敵の・・・人の様な手が顔を掴みかかろうとしていた。
「うぉりゃー・・・・ケリー大丈夫か?」
槍斧で仲間に襲い掛かろうとしていた襲撃者を吹き飛ばす・・・・が手に伝わる感触から斬撃の威力が浅かったと悟り、彼を守る様に立ち振る舞うチーム赤い一撃のリーダー、ノーマン。
腕力向上の腕輪の魔道具で本来であれば両手で使う槍斧を片手で扱い。そしてもう片方の手に魔装武器雷の戦鎚を持つ。
「水薬は持っているか?」
ケリーは、ノーマンの指示通り水薬を取り出して一気に飲み干す。レオンハルトお手製の水薬であれば受けた傷は瞬く間に治ってしまうのだが、彼が所持していた物は市販の物。効果はそれほど高くはなく、傷も出血と激痛が止まったぐらいで普通に動かせば痛みは出る。
だからと言って、この場でじっとしているわけにも行かない。
「ノーマン。これ非常にまずいですよね?他のみんなも何処に居るか分からないし・・・前を走っていた殿下たちも見失いました」
そんな事は言われなくても分かっている。だが、視界がほぼ失われ、方向感覚も敵の何らかの手段で狂わされている。姿が見えない仲間や騎士たちも懸命に戦闘を行っているようだが、時折聞こえる苦痛の声や悲鳴が此方の焦りを生む。
そもそも何故我々がこの様な状況に陥ったのか・・・。
それは、こんな状況に遡る事一刻半前。我々は帝都まで後五日と言う位置におり、山々の間にある谷の部分の山道を進んでいた。山越えではなく山々の間を抜けた迂回路の道を進む。山を越えないのは岩肌が脆く崩落する危険や急斜面が多く、たびたび足止めを食らう事もあると教えられた為、正規の道で進んでいたのだった。
最前列を進むのは、帝国領土に入ってから同行に加わった自由都市アルメリアの領主アルメリア辺境伯が雇っているAランク冒険者、閃影のブリジットことハーフエルフのブリジットを乗せたレオンハルトたちチーム円卓の騎士の馬車。それに続いてチーム月の雫の馬車、コンラーディン王太子殿下を護衛する王国の騎士団と殿下の乗る馬車、チーム赤い一撃と殿は森人の集いの馬車がそれぞれ列になって進んでいる。
丁度歩いている場所は切り立った崖と岩肌に挟まれているが、それまでは緩やかな斜面で緑にあふれていた。山道の幅はかなり広く馬車が四台並列しても大丈夫そうだ。
道幅が広い理由に対して特にこれと言うものはないらしいが、帝都へ続く道と言う事で広げられたと聞いているとブリジットから教えてもらった。
そのブリジットだが、当初は此方の情報を知るため辺境伯が寄越した人物かと思ったが、今日までそれらしい行動は一切見せてはいなかった。レオンハルトたちの馬車は特に彼女を乗せると言う事で色々対策をしているらしいが、それらを使う機会が今のところない。
まあ悪い事ではなく。寧ろ良い事なのだが、気を緩めた所をと言う可能性もあるので、注意は怠っていない。
ブリジットも我々が間者でないか見極めるためにいる様ではある。
敵国ではないにしても他国での対応となると、こう言った水面下でのやり取りも仕方が無いと言えるだろう。
「レオンくんどうかしたの?」
「ああ、一昨日泊まった村で教えてもらったんだが、最近この辺りで行方不明者が相次いでいるらしい」
「たしか・・・冒険者ギルドで調査を出していますが、まだ結果が出ていないと思います。用心した方が良いでしょう」
シャルロットとレオンハルトが会話している所にブリジットが参加してきた。彼女も俺たちと同行中に立ち寄った街の冒険者ギルドで情報収集を行っていたらしい。
しかも、此方が入手した情報よりも詳しい内容を仕入れているようで、情報を共有してもらう。
「商隊が二つに冒険者が十三名か。Dランク冒険者が戻ってこないと言う事は、盗賊とかではなさそうだな」
盗賊の可能性はあるにはあるが、盗賊が手を出したにしては商隊を襲った数が少ない。それにこんな目立つ様な事はしないだろう。特に冒険者を襲うと言うのは、依頼に出てから戻ってこないと言う事。街から他の街への移動と言う事もあるが、それでも十三人のうちの三人ぐらいだろうし、冒険者ギルドが把握していると言う事は、依頼を受けた冒険者と言う方が濃厚である。
あと、ブリジットが何故行方不明の数を他と共有しなかったかと言うと、不確定要素が大きかったからである。信憑性のない事を相手に伝えるのは失礼に値するし、それなりに裏を取る必要がある。今回は行方不明になっていると言う事実は確定しているため、それだけは共有しているが、行方不明の原因がそもそも同一なのか。人が行ったのか・・・この場合は山賊や盗賊だ。後は、突発的な不慮の事故が続いたのか、強力な魔物がいるのか・・・・それとももっと厄介なものがいるのか。
慎重に進む一行。
(魔法で確認する限り問題はなさそうだが・・・・ん?これは・・・靄か?)
普段使用する『周囲探索』だけではなく、用心も兼ねて『鷹の眼』も使用し、周囲の警戒を行っていたレオンハルト。上空から見る視界に薄らっと霧のような物が出ていた。
そしてそれは、外で騎乗して進む仲間たちも視認する事が出来たようで「ちょっと霧が出てきたな」と報告を受ける。
このあたりの地理に詳しいわけではなく、山間などは気温の変化で霧が発生したりするため気にも留めなかった一行だったが、ただ一人不思議に感じた人物がいた。
「この辺りで霧が発生した事は無いはずだけど?」
ブリジットの呟きを聞いて改めて、周囲を見直す。
(霧の発生する条件が揃っていない?それに・・・・)
霧は本来、空気中に含まれる水分・・・水蒸気を含んだ大気が何らかの出来事で気温が低下し露点温度に達した際に小さな水粒となる。水辺のある場所では良く発生しているのは、日中に水辺の水が蒸発し湿度が上がる。そこに夜になると気温が下がり、霧が発生して朝方視認すると言う感じだ。
だが、この近くには水辺らしい水辺が見当たらない。それに今は昼に差し掛かる時間。気温は上がっているところなので、露点温度に達する事は無い。
(可笑しい?靄が発生している場所が上手く探れない!?)
異変に気が付いた時には既に馬車の車輪部分にまで靄・・・霧が来ていた。最初に確認した時よりも此方に分かりにくく此方に迫っていた様で、予測到達地点よりも早い接触となっていた。
「全員警戒態勢と上げろッ!!何か起こるぞッ!!」
直ぐに馬車から顔を出して外にいる連中に注意する。それと同時に先頭を進む自分たちの馬車も停止させた。
襲撃が予測されるのであれば、迎え撃つか一気に突破して包囲網を抜けると言う手があるが、今回後者の選択肢はない。
既に二十メートルほど先の霧は、道が視認できない程濃いものとなっていた。森や街道であれば問題視するほどでもないのかもしれないが、此処は山道で両端の片方は崖となっている。前世の様なガードレールなんてものは存在していない。視界不良で襲撃者がいる中慎重に前に進むのはかえって危険である。
加えて、この霧はまるで意思があるかの様に此方に向かって徐々に範囲を広げ、この霧に何らかの作用があるのか索敵系の魔法が一切使用できない。
(妨害魔法系か?敵がどれだけいるのか、この霧が何なのか調べられない!?)
レオンハルトはこれまでにない焦りを感じ始める。
それもそのはずだ、敵の規模、位置、正体が全て未知数。確認できた時には一切魔法に引っ掛からない隠蔽技術の高さ。不利な戦場に視界不良のため、敵味方の区別がつけられない。そして、肌で感じ取れるそれだけではない何か。
「シャルとアニータはこの場で待機、エリーゼ、ラウラこっちへ。シャル後を頼むぞ。他の者は外へ出て迎撃の準備ッ」
四人を残して全員が馬車から出て、各々武器を構える。
「ユーリ、馬を馬車につないで迎撃した方が良い。視界が悪いと馬に乗っての戦闘はかえって不利だ」
ユリアーヌたちは直ぐに馬から降りて馬車に手綱を括り付けた。他の馬車も同じように降りてきて迎撃の準備を始めている。騎士たちの何人かはそのまま騎乗した状態で戦闘を行う様だ。彼らの場合、目的が戦闘だけではないのだろうが・・・。
(如何やらブリジットが何か仕掛けたって感じではないな・・・)
ほぼ無いだろう可能性を一応警戒しておくレオンハルト。
既に視界は五メートル先ぐらいしか視認できない状態になっていた。すると、その霧の向こう側に人の様な形をした何かが現れる。
索敵が出来ないもどかしさの中、慎重に事を構える一行。
「私が斬り込みます。可能であれば援護をッ!!」
ブリジットは、フランベルジュを抜剣し一気に人の形をした何かに向かって突撃した。魔法で身体強化と付与をしたのだろう。その速度はこれまで以上の速さで突き進み、一瞬でその何かを斬り伏せる。
だが、剣を振るった先にあった何かは・・・何も存在しない。斬った感触や当たった音すらなく空しく空を切っただけに終わる。
―――ッ!!
空振りに終わるブリジットだったが、また更にその先に同じように人の形をした何かがあり、再度攻撃を行う。それが数回行われ、他の者たちを見失った。
レオンハルト側でもブリジットの空振りの攻撃は、音で判断できたがどれもしてやられた感じがある。
他の者たちに警戒を促していると、此方に向かって来る気配を感じ取り、抜刀の構えを行った。
来るッ!!
霧の中から飛び出してきた者に対して、抜刀で迎え撃つが・・・。
「ッ!!――何ッ!!」
「しまっ―――」
霧の中から姿を現したのは敵に攻撃を仕掛けにいったはずのブリジットだった。互いに腕を振るっている所、このままだと間違えなく同士討ちになる・・・そう判断した両者は強引に身体を捻り躱し、自身の攻撃もそれに合わせる様に軌道を逸らせる。そして、まさに間一髪の所で両者の攻撃はギリギリの所で回避に成功した。
「何故戻って来て、こっちを攻撃するっ!!」
「貴方こそ前に出過ぎよっ!!」
両者はかなり強めの口調で相手を注意するが、どうにも会話が噛み合わない。俺自身は、この場から一歩も動いていないでもブリジットは、俺も一緒にあの正体不明の何かを追いかけていると思っている。
彼女ほどの実力者が嘘を言うはずもないし、それに俺の言葉に彼女も疑問を持っているようだった。
「私は、ほぼ一直線にアレを追っていたわ。貴方こそなんで私より早くあの場に居たのよ?」
「俺は、一歩も動いていないぞ?一直線って戻ってきたんじゃないのか?」
やはり会話が噛み合っていなかった。
お互い得た情報を分析する。そして先程から肌にピリピリと感じ取っている何かの正体が分かった。
「方向感覚を狂わされている!?全員、移動は最小限に。この霧は視界や妨害だけでなく方向感覚も狂わしてくるぞっ!!」
どれか一つでも厄介なのにそれを、これだけの手札で入れ込んできたと言う事は、敵はかなり用意周到にしていたのだろうし、単独ではないのだろう。
此方が動かなければ仲間同士の斬り合いなどはまず起こらない。
霧を発生させたりする魔法にも魔力の限界と言うものがあるので、それが尽きるのを待てばよいのだ。
だが、敵はレオンハルトたちの取る行動に対して次の手を考えていた・・・と言うよりも其方がメインと言っても差し支えない。
霧の外にいる人物が手を前に振り下ろすと、用意していたそれが一斉に動き始めた。
「クククっ。今回は中々良いデータが取れそうですよ?」
不敵に笑う顔は昼間だと言うのに、空を薄暗くさせている様なそんな雰囲気を醸し出していたのだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
コロナウイルス防止のため、極力在宅でお過ごしください。
そして、この機会にしっかり色んな作品を読んでいきましょう!!