073 束の間の休日
季節は廻り、少しばかり寒さが和らぎ始めた今日は、久しぶりに商業都市オルキデオにやって来ていた。馬車での移動ではなく転移魔法に移動のため一瞬でこの街にやって来たのだ。
「お返しは何にするかな?」
レオンハルトは今、先月貰ったバレンタインデーにもらった焼き菓子のお返しを探していた。ホワイトデーと呼ばれる三月十四日まではまだ十日以上あるが、そもそもこの世界にはバレンタインデーもホワイトデーもない。レオンハルトとシャルロットが好きでしている事だが、今回はティアナたちも巻き込んで本格的に動いたため、此方もお返しと言うものをきちんと考える必要があった。
二月十四日・・・此方の言い方に変えると二の月の十四日から今日まで、穏やかな日々を送る事が出来た。年明けから暫くは物凄い多忙で、毎日くたばる様にベッドに横たわって熟睡した。
体力に自信があるレオンハルトでも慣れない事をすると言うのは精神的に来るものがあり、特に屋敷に人が押し寄せてきて、一人ずつ面接する事になった時は正直倒れるかとさえ思ってしまう程だった。
そして、バレンタインデー以降は屋敷でまったり過ごし、王都の冒険者ギルドで簡単な依頼を行ったりした。王都周辺にいる魔物の駆除や新人冒険者の訓練と言った本当に簡単な依頼。それと商業ギルドで市場での商売の許可を得て、ローレたちに雑貨や薬などを売ってもらったりもした。
奴隷だけでは何かあった際に困るだろうと判断し、ヨハンとクルトを一緒に同行させたりもした。このメンバーなのは、単純にヨハンは算術が出来るし交渉事にも対処可能だ。クルトは算術が苦手なのでこれを機会に少しできるようになってもらうと言う意味も込めて。
それよりも・・・。
「目ぼしい物がないなー」
婚約も決まりその婚約者たちから貰った初めてのバレンタインなのだから、此方もきちんとした物をお返ししなくてはいけないのが筋だ。そう言えば、前世で学生時代バレンタインを貰ったら大体の女子が「お返しは三倍返しで良いからねー」と言っていたな。
まあ、実際に三倍返しした事は無い。良くて二倍を少し超えるぐらいだろう。ただ、今にして思えば女子中学生や高校生は、わりと嫌がらせの様な面白半分で手作りチョコを渡してきたりする。当然普通のチョコや手の込んだ生チョコなど作る子もいたが、中にはチョコの中に辛子やらタバスコ、ワサビと言ったものを入れてくる子もいた。それは、ホワイトデーの時に三倍返しをしても良かったのだろうか・・・・。
まあ、仮に作って渡したとしても食べてはくれないだろう。女の子の手作りお菓子と男の子の手作りのお菓子では、響きがまるで違ってくる。女の子の方は食べたいと思うが、男の子が作るの何て食べたいと思うのか?
気持ち悪いとさえ言われそうだ。・・・・三倍返しのつもりが、十倍返しの精神攻撃となって襲って来る未来しか想像できなかった。
結局、どっちにしても詰んでいたと言う事だろう。
どうでも良い事を考えながら歩いていると、変わった雰囲気のお店を見つけた。
「此処は何のお店だろう?」
不思議に感じ中へ入ると、そこは魔道具店だった。
「いらっしゃいにゃ。何かお探しですかにゃ?」
出てきたのは此処の店員だろう人物・・・人物と称するのかは分からないが、猫を二足歩行させた者が出てきた。獣人族の一種でランやリンの様な人族寄りの獣人ではなく猫寄りの獣人。ランたちの猫人族かと思ったら、精霊猫族と言う別の括りになる種族の様だ。これは、その店員と話をして教えてもらった。
「知らない人は猫人族と間違えるからにゃ。全然気にしてないにゃ」
語尾が「にゃ」とついてしまうのは、ネタ的な意味かと思ったら精霊猫族は皆語尾に「にゃ」が付くらしい。これまで精霊猫族と関りが無かったから知らなかったが、知り合ってしまえば何とも可愛い姿をした生き物なのだろうと思う。
見た目が完全に猫だからな。それを二足歩行で立っているのだから、愛くるしい容姿なのは仕方が無いだろう。
「それでもです。すみませんでした」
謝罪後に少しだけ店内を見させてもらった。今はお客も居ない為、精霊猫の店員も一緒について来てくれる。
変わった物ばかりの為、ついつい話し込んでしまうレオンハルト。
「へぇー。では、此処にある物は皆ノアさんが作ったんですか?」
「そうだにゃ。精霊猫族は分類上としては獣人族にゃんだけど、亜人族・・・その中の精霊種に近い種族だから魔法も使えるにゃ。獣人族の中でも特殊な種族だにゃ」
なるほど。確かに調べ事で獣人族を調べた時、獣人族は魔力を持たない者と記されていた。魔力が無い代わりに血継術と言うものが使える。幼少期の頃は特別な力が使えるとしか教わらなかったが、冒険者として活動し始めた頃に知識は武器になる事を知っていたので、結構な量の本を見て調べた物だ。
ただ、精霊猫族の・・・名前をノアと言う女性―――この場合は雌と表現するらしいが、彼女の様に特殊な種族も当然いるらしい。まあ、魔物の魔法が使えるし、見た目が魔物と変わらない種族であれば魔法が使える種族も例外的にいるのだろう。
ますます興味深い種族だ。同分類で精霊犬族や精霊狐族と言うのも居るようだ。
「これは?」
棚にきれいに並べられた魔道具を見ていたら、その中で一つ気になる物を見つける。形としては丁度両手位の長方形の木箱。繊細な彫刻で木箱の表面はとても綺麗で、模しているデザインは花の形を表している。
手に持っても余り重たくないが、木箱の上の部分は開閉可能の仕組みとなっている丁で、中を開けてみると小物入れの入れ物となっていた。魔道具として使わなくても用途があるようだ。
「此方の商品はそれぞれ一点物ですにゃ。魔道具として使わなければ小物入れとして使えるだけじゃにゃくて、実は入れた物の保存状態を修復してくれる機能付きにゃ。魔道具として使うなら裏面に回路があるからそこに魔力を流してみてにゃ?」
精霊猫のノアの言葉通り刻まれた回路に魔力を流す・・・すると、その木箱からとてもゆったりとした曲が流れ始めた。しかもそれだけではなく、何処か爽やかな香りがレオンハルトの鼻腔を刺激する。
「ひょっとしてハーブの匂い?」
「正解にゃっ!!これは魔力を流すとメロディとアロマを楽しめる癒しの箱にゃ」
なる程、前世で言う所のオルゴールとアロマディフューザーを合わせ持った代物の様だ。しかも自動修復付と来たものだからかなり良い代物と言えるだろう。
細工能力に加えてこの性能。日常生活や戦闘に役立つ魔道具ではないにしろかなり良い代物だと思う。嗜好品・・・と言うよりも贅沢品だと思うが、レオンハルトはこの商品をかなり気に入る。
「一点物って事は、他にも種類はあるのか?」
「そうだにゃー・・・在庫は後・・・七つ程残ってるにゃ」
在庫を調べてくれたようで、その中の幾つかを取り出してくれる。どれも違うデザインに加えて奏でるメロディやアロマの香りも異なるようだ。
試しに別の物を聞かせてもらうと、最初のゆったりした音とは別の明るいメロディ聞こえてきた。それに合わせて香るハーブも前世で言う所の柑橘系の様な香りを感じさせられる。
おぉ。これは良い。
他の物も試させてもらい最終的には全部購入する事にした。金木犀の花の様な香りの物と森を感じさせられる香りの物、ラベンダーの様に心が落ち着く香りにローズマリーの様な香り、爽快にさせてくれるミントみたいな物に何処か甘い感じの香りと様々だった。
メロディも穏やか感じから明るく陽気な感じ、リラックスさせてくれる様な心地よい感じの音など様々で、取り敢えず購入した魔道具・・・名前をリラックスボックスと命名されていたが、オルゴールに変更するらしい。それをシャルロット、リーゼロッテ、ティアナ、リリー、エルフィー、レーア、アニータ、エッダに渡す事にする。エッダとアニータはバレンタインの準備は手伝ってくれたようだが、エッダに関しては皆のお手伝い感覚と用途を聞いて別の人物用に作っていた。
当然、シャルロットたちもレオンハルト以外の分も用意していたが、彼の物よりは数段落ちる出来栄えだ。見た目は普通に美味しそうなクッキーだが、レオンハルトの物はそれにかなり手を加えた感じの代物。
ユリアーヌたちも貰って、どうすればいいのか分からない感じだったので、こっそりホワイトデーの事を教えてそれぞれがお返しの物を用意していた。ユリアーヌは、王都の市場で売っていたブローチ。ヨハンはお菓子を頂いたと言う事で、王都で有名なお菓子を渡す様だ。クルトとダーヴィトは、もう用意しているのか・・・それともまだ、用意していないのか分からない。
「お買い上げありがとにゃー」
新しく命名されたオルゴールを魔法の袋の中に入れて魔道具店を後にした。ついでに、使い捨ての魔道具も数種類購入しておいた。細長い棒状の魔道具で、折り曲げると発光するらしく洞窟内を探索する冒険者には好評らしい。前世のサイリウムペンライトみたいな感じだ。他にもスパイダーウェブと言う球体型の魔道具で、地面に叩きつけると蜘蛛の巣の様に粘着性の中身が飛び出し、相手の動きを一瞬阻害してくれるもの。
魔道具の良いところは、魔法が無くても使用できるという所だろう。普通の魔道具であれば魔石に蓄積された魔力を使って魔法を使用でき、定期的に魔石に魔力を入れる必要があるが継続的に使用できる。その反面使い捨ては、魔石の中でもかなり粗悪な物や魔道具作成時に魔石の加工で出た魔石の屑を集めて固めた物を使用していたりするので、使用すると壊れて使い物にならない。そう言うものを今回買ったような魔道具の材料にするのだ。
まあ、今回手にした物も彼女たちにそのままプレゼントするつもりはない。購入した魔道具を弄る事はしないが手を加えるつもりではいる。
「さて、これならきっと喜んでもらえるだろうな・・・・っと、そう言えば王都の冒険者ギルドの依頼掲示板に此処の周辺で採取できる薬草の調達があったっけ?ついでだから幾つか採っておくかな」
レオンハルトはそのままオルキデオの北部に移動して、パルモラと言う薬草を摘んで帰った。パルモラはオルキデオの様な鉱山がある場所に生える薬草で、そのまま使用しても効果は無いが他の薬草と混ぜて調合する事で石化状態を解除する水薬が出来る。
レオンハルトは人目につかない場所から転移魔法で王都に戻るとその足でお冒険者ギルドに向かった。
「はい、この依頼と依頼に記されている品だ。対処してくれるか」
受付で依頼掲示板から取った依頼書とそこに記されているパルモラを七束渡す。受付の女性はすぐさま手続きを始めてくれた。依頼書と一緒に提出したギルドカードを確認しながら事務作業を進めていると・・・・。
「パルモラの採取・・・っと、ええっと・・・レオン・・・レオンハルト?レオンハルト様ッ!!あ、あの大変申し訳ないのですが、此方で少々お待ちいただけますか?」
ギルドカードに記載された名前を確認した途端に受付のお姉さんが慌てた様子で、声をかけてくる。何か可笑しな事でもあったのだろうかと不思議に思っていると受付の女性は直ぐに後ろで事務作業をしていた人を呼び、ギルド支部長を呼んでくるように伝えていた。
Aランク昇格の話だろうか?以前に受けてみないかと打診された事があったが、その時はまだ皆の実力が追い付いていないし、自分自身も経験不足と言う事で辞退していた。まさかその打診のためか?
「お待たせして申し訳ない」
奥の通路からギルド支部長が姿を現した。
「いえ、支部長が来られるような依頼内容でしたか?」
Aランク昇格の話だったら今回も断るつもりでいる。それ以外で用があるとすれば・・・魔族関連、それもスクリームの事だろうかと考えていると。
「レオンハルト様に指名依頼が入っております。それの事で少々内密なお話が・・・」
指名依頼。確か依頼掲示板にある依頼書や随時発生している依頼とは異なり、依頼者本人が直接冒険者を指名して依頼を行ってもらうシステム。ただし、通常の依頼よりも依頼料が高く依頼主に信頼関係を築けていなければ余り行われないシステムでもある。
特にAランクやBランクの冒険者は比較的信頼度と経験、知識、成功率を鑑みて頼まれる事はあるそうだ。指名依頼で多いのは主に護衛依頼と討伐依頼、採取が難しいとされる代物の採取依頼などである。
「指名依頼ですか・・・・相手は誰です?」
指名依頼の場合、依頼主が冒険者を指名するが、冒険者はその依頼を受けるかどうかは好きに決めて良い。依頼主が自分とは合わない人物だったり、敵対者だった場合後々問題が発生する可能性があるからだ。
逆指名と言う制度もあるにはあるが、これは殆ど使用される事は無いそうだ。
兎に角、その指名依頼がレオンハルトを指名して何か依頼をお願いしたいと言って来ている人物がいるとの事。
「この場ではお話しできません。一度支部長室へ行きましょう」
ギルド支部長に連れられて、奥にある廊下を進み支部長室へ向かった。
ギルド職員がお茶を持ってきた後、誰も入室できない様に扉に入室厳禁と言う札を付けて話始めた。
「レオンハルト様をご指名された依頼ですが、依頼主は王城からです。依頼内容は簡単には聞いておりますが、私が話すわけにも行きません。直接王城へ向かって依頼主と話をしていただけませんか?」
王城・・・・また、あの場所に行くのかと嘆くレオンハルト。最近何かと縁があり王城に赴いている気がしなくもない。
面倒な事にならないと良いが、王城が持ってくる依頼と言う事もあり、少し不安を覚える。
「王城ですか・・・王城の誰かとかも教えていただけないのですか?」
そう尋ねるが、支部長からは「お答えできません。申し訳ありません」との返答だけだ。そもそも一介の冒険者に対して支部長の対処が丁寧なのは、レオンハルトが準男爵の当主であると言う部分もあるが、それよりも王都を魔族から救ったと言う影響の方が大きいからだ。
「そうですか・・・ちょっと仲間と相談して決めます」
今回の指名依頼は、レオンハルト個人ではなく。レオンハルトがリーダーをしているチーム円卓の騎士に対しての依頼だ。だから、決定権を持っているのはレオンハルトではあるが、自分だけの判断で決めるのも可笑しいと思う為仲間と相談する事にした。
その後、支部長から指名依頼用の依頼書と合わせて、王城の入口の門にいる兵士に見せる様の書類を受け取り、支部長室を出て受付で依頼完了を済ませたギルドカードと達成金を受け取り屋敷に戻った。
その晩、仲間たちに冒険者ギルドでの出来事を話す。
「と言う事だから、明日早速王城へ向かおうと思う。シャルとヨハンはすまないけど一緒に同行してもらえるか?」
「はい。わかりました」
「僕も大丈夫だよ」
二人を選んだ理由は、このチームの頭脳的なポジションにいるから、依頼主と話をする際に打ち合わせがしやすいのだ。
「では、明日の朝早速王城に向かう。ソフィアすまないが馬車の御者を頼めるか?」
「畏まりました。ご主人様」
夕食を済ませた後は各自自由行動をいつもの様にしており、レオンハルトは庭で一人木刀を片手に日課の訓練を行ったのち就寝した。
さて、そろそろ冒険者として活動してもらいたいですね。と言う事で近いうちに戦闘シーンを含めて冒険者として活動を開始してもらいますので、皆さん是非読んで下さい。
それと、新作の方も良ければ顔を覗かせていただけると嬉しいです。
まあ、まだ文字数が少ないので読み応えはないかと思いますけど・・・。




