060 レストランフェスの準備
気が付けば今年もあと9日ですね。
今年は、執筆活動を再開できて良かったと思います。
今年の投稿は後2~3回出来ればと思っていますので、良ければお付き合いください。
レストランフェス。仮で付けられたフェスの名前だが、これを生誕祭に行おうと盛り上がる幼馴染で俺と同じ前世の記憶と神の恩恵を受けた美少女シャルロットと公爵家の令嬢にして現宰相の娘ティアナ、侯爵家の令嬢で勇者の血筋を引き継ぐ美少女リリー、伯爵家の令嬢にして国教である教会の枢機卿の孫娘エルフィー。
四人ともが美少女なので、見ている分には微笑ましいが、話している内容がかなり大事のため、今は苦笑しか表情が出ない。
取り敢えず、明日改めて商業ギルドに相談に伺う様にするが、その前に話をまとめておく必要がある。
その日は、四人の意見を基に可能な限り現実に出来そうな案へと修正した。流石に魔法で幻想的な空間を作るとか、コース料理を提供するとかは難しそうなので、変えてもらった。
幻想的ではないかもしれないが、魔道具で工夫すればそれなりの物が出来るだろうし、コース料理だとお店毎になるので、今回のフェスには合わないだろう。ただ、前世でのクリスマスイブと言えば夜景の綺麗な高級レストランでコース料理を食べるイメージも確かにあるので、如何にかそれに近い事をしてあげたい気持ちもあった。
こればかりは、これからの相談で良い案が出る事を祈ろう。
結局、彼が寝床についたのは、夜が明ける一刻程前で、早朝から新人たちの特訓に付き合うため、寝不足を感じながらもベッドから降りて準備をする。
「ふわああー。眠たいな・・・んー今日は、実力テストでもしようか」
ゆっくり考え事をしながら、動きやすい服装に着替えて、冒険者ギルドの訓練所に向かった。
「お、おはようございます」
既に待ち構えていたハイモとウド、エルマ、マイケの四人。準備運動も終えている様子だったので、今日行う事について話す。
「おはよう。今日は君たち四人の実力を見せてもらう。一人ずつ俺と模擬戦をして、最後は四人同時での模擬戦だ」
と言うわけで、彼らに訓練用の木剣を渡す。実剣でも良いのだが、仲間同士で怪我でもしたら大変なので、最初は木剣で慣れてもらうところからだ。使い方を知らない人が武器を持つと言う事はそれだけで危険な行為でもあるし・・・。魔法使いのエルマは、木剣ではなく棒を渡した。
そもそもなぜ彼らが素人なのかと言うと、持っている武器が、初心者たちが最初に購入する新人用の鉄の剣を所持していたからだ。素人が鉄の剣と思うかもしれないが、数ヶ月冒険者として活動した者や腕に覚えがある者は、新人用の鉄の剣を身に付けない。
なんでかと言うと、新人用の鉄の剣は、切れ味が悪く、重い。しかも、剣の重みとなる重心点がおかしいからだ。熟練者は、この剣を別名素振り用と言う程の粗末な物。
ただ、素振りをするなら良いかもしれないが、重心点が変な状態で身体に染み込ませると変な癖をつけかねない。それで素振りをするぐらいなら木剣でした方が良いとさえ思っている。
「これで訓練するんですか?ただの木剣ですよ?」
ウドは不思議そうに渡された木剣を見つめながら尋ねてくる。
「そうだ、君たちの持つ武器は、あまり良い物とは言えないからな。変な癖がつくと後々、修正するのが大変だぞ?」
レオンハルトも昔から使っている木刀を取り出し、その場で軽く振るう。風の斬れる鈍い音を感じ取りながら、木刀を腰に差した。
時間も限られているので、早速個々の実力を測るために模擬戦を行う。
「やあああ」
何の型もない。ただただ木剣を力任せに振るうだけ。体勢がめちゃくちゃで、しかも当たらないから躍起になって何度も振るう。しかしその全てが空を切った。
レオンハルトは、その場から一歩も動かずに身体を逸らせるだけで、ハイモ、ウド、マイケと模擬戦を行い一撃も与えられずに終わった。エルマも渡された棒で戦うも接近戦闘がからっきし出来ておらず、三回振るって地面にへたり込んだ。
木刀を抜かせるどころか、一歩も動かせない程、技量がないとは思ってもいなかったレオンハルトは、彼らの訓練メニューを基礎ベースに変更して特訓を始めた。
まずは、体幹を鍛える所からだ。彼らは、木剣を振るうたびに彼らの重心がブレブレになっていて攻撃が綺麗に定まっていなかった。体幹を鍛え、芯をきちんと支える事で、もう少しまともな攻撃が行えると同時にこれからの訓練でより力を付けてくれるようになる。
基礎体力と体幹の鍛えを重点的に型稽古や模擬戦で感覚を覚えてもらう。最後に時間があれば今出せる実力で連携のやり方も教えてやる事にした。
今日の訓練時間も残りわずかだったため、体幹を鍛えて終わる事にした。訓練が終わった頃は既に日は昇っており、四人はクタクタになっていた。
「今日は此処までにしよう。午前中はしっかり休憩して、午後から昨日の場所で手伝いを頼む。俺はその場にいないから代わりにヨハンと言う男を頼ってくれ」
俺は彼らと別れると一度、宿屋に戻り、手早く清拭で汗を拭い、新しい服に着替え直す。いつものブラックワイバーンのレザーコートに袖を通し、木刀から愛刀雪風に変え、他にも魔法の袋や魔法鞄、両足には商業都市オルキデオの近くで発見した火薬を改良して、アニータに渡している魔法銃と同じ種類の魔法銃を装着する。
俺とアニータの魔法銃は、既に魔法の弾だけでなく実弾も同時に使用できるように改造している。流石に魔法の弾の原料はすべてそろっているわけではないので、其方は基本的に揃えばアニータに回している。
それと、火薬を調整して照明弾や炸裂弾も作った。照明弾は専用の銃を作り、色違いの発行をする二種類の弾を二発込めれるようにしている。居場所を知らせる黄色い閃光と緊急事態を知らせる赤い閃光。それらを皆に持たせているし、馬車の操車や荷台にも隠して置いている。
爆弾なんかも作ろうとしたが、魔法で対処できるため、優先順位が下がり、まだ制作できていない。
完全装備となった彼は、一度部屋から『転移』で商業都市プリモーロに飛んだ。何時もの水の補給ではなく、相談のためにハンナの元へ訪れた。
「いらっしゃーい。って、レオン様?どうされたのですか?」
顔馴染となった店員と挨拶を済ませ、ハンナが居るか尋ねる。店員はすぐさま彼女を呼びに行き、数分後にハンナを連れて店員が戻ってきた。
染め物でもしていたのか、顔に植物から取ったと思われる塗料が付いていた。
「今日はどうしたんですか?」
普段は裏口から入る事が多い為、お店の方から訪ねてきた事を疑問に思っていた。相談内容を伝えると、暫く考えて返答した。
「出来なくはないと思うけど、どのくらいの量が必要?」
レオンハルトが相談した内容は、昨日シャルロットたちが話していたレストランフェスで自分たちの屋台の店員が着る服と真っ白いテーブルクロスや鮮やかな赤色のテーブルクロスなど色物の作成だ。
テーブルの大きさをまだ決めていないが、出来るかどうか確認だけ取りあえず先にしに来た。
「服は、三十から四十着かな・・・テーブルクロスも全部で五十から六十欲しい所だね」
残りの日程や資金などを聞いて、出来るかどうか考えるハンナ。結局出た答えが、優先させれば出来なくはないと言う事と素材の問題があるぐらいだった。素材は、冒険者に依頼する形で集めれば大丈夫と言う事なので、その時はプリモーロ支部の冒険者ギルドに依頼しに行くらしい。
近日中に返答をすると伝えて、お店を去った。去る際に、昨日シャルロットが作っていた焼き菓子を渡すとすごく喜んでいた。
レオンハルトは、次に交易都市イリードへ飛んでトルベンの元を訪れる。彼は武器防具を作る職人ではあるが、その前に鍛冶師である。武器や防具以外の制作も行ってくれるし、何より彼には何時も無茶なお願いをしてきているので、頼みやすい。
トルベンのお店を訪れ、ハンナ同様彼を呼んでもらい、相談した。
「なるほどなー・・・で、俺にそれを作れって事か?」
トルベンには、厨房付き屋台の一角である火気周辺の制作をお願いしたかった。と言うのも火をどのように使うかで屋台で出せる料理も限られてくる。ガスコンロの様な使用方法から鉄板、網焼きなど様々な方法がある。これを状況に合わせて取り換えが効く様に出来ないかと言う相談だ。
後は、個人的にタイ焼きやたこ焼きを作るプレートも依頼したい。
火属性の魔法石が大量に必要な上、レオンハルトが作成時に同行してくれるなら作成できなくはないと言うので、此方も追って連絡する事にした。
一つ作れれば、後は同じ用にして大量生産するだけの事。
厨房付き屋台の販売場所や水回りなどは、ナルキーソの職人にお願いするつもりだ。流石にすべて別の街から発注を掛けるとナルキーソの職人たちに反感を買いかねない。商業ギルドには、知人に知り合いがいるので、相談していると言って一部は此方で対応すると話すつもりだ。布製品や染物は、プリモーロが有名だし、火の種類の変更可能な厨房など普通の鍛冶師には作成できない。
二人の協力も問題なさそうと判断したレオンハルトは、ナルキーソへ戻り、仲間たちと合流した。時間的に昼食の時間と言う事もあり、近くの屋台で軽く済ませてから、午後の予定を伝える。
「俺はこの後、商業ギルドに行って昨日シャルたちが話していた内容を相談してくる。悪いけどシャルとリーゼ、ティアナ、リリー、エルは同行してもらえるか?それとソフィア、君も出来れば同行してもらいたい。俺たちの話を記録しておいてほしい」
出来れば、クルトにも参加してもらいたいが、此方に人員を回すと屋台の方が回らなくなる上、頭脳系が減るといざと言う時に対処できない。ダーヴィトやエッダ、ユリアーヌも対処は出来るが、どちらかと言うと男性陣は、力技頼りだ。エッダは、ローレたちの事を考えて残しておいたほうが良いと判断した。
まあ、このメンバーで話を進めるのは、血筋と知識と経験を踏んでの事。
昨日の話し合いにはリーゼロッテは居なかったが、彼女は孤児院の経験上、こう言う祭りには頼りになる。
「分かりました。それでは、馬車を用意します」
徒歩圏内と言えば徒歩圏内だが、メンバーの中には上級貴族の令嬢が居るので、彼女たちと同行するようになってからは、極力馬車を使う様にしている。流石にあまりにも近い場所となると徒歩で行く事もあるが、今回は徒歩だと約四半刻程かかるため、馬車を選択した。
流れる日常を馬車の車窓から眺め、目的地に到着するとレオンハルトを先頭に商業ギルドへと入った。
「これは、レオンハルト様、ようこそいらっしゃいました」
ナルキーソに来てから割と来る頻度が増えた商業ギルド。すぐさまヴィーラント支配人を呼んでもらい。その間に受付で、昨日までの売り上げの報告を済ませた。馬車を停めに行っていたソフィアと交流したタイミングで、支配人のヴィーラント・シュミットバウアーが奥の扉から姿を見せた。
「ようこそいらっしゃいました。今日はどの様な用件でしょうか?」
「生誕祭での事でご相談が・・・」
今現在、昨年度と同じ場所を押さえているため、その場所の変更か何かと思っていたヴィーラント支配人は、レオンハルトの続きの言葉を聞いて驚きの表情を示す。
「新しい取り組みを・・彼女たちが考えてきたので聞いていただけますか?」
詳しい内容を話すため、奥の個室へと案内された。
個室には四人掛けのソファーが二つ対面するように設置されており、二つの間にコの字型になる様に二人掛けのソファーが存在していた。
正面から見て、左側にレオンハルト、シャルロット、リーゼロッテ、ソフィアが座り、右側にはティアナ、リリー、エルフィーが座った。二人掛けのソファーに支配人のヴィーラントと支配人補佐役の一人アナベル。黒系の紫髪に何処か鋭い感じの眼を持った女性。如何にも秘書ですと言っている様な雰囲気を感じさせる。
アナベルとは初対面だったので、軽く自己紹介だけして話を始めた。
「レストランフェスですか・・・・それは、とても画期的ですね」
レオンハルトの話にシャルロットたちが追加説明を入れる形で話して行き、ヴィーラントとアナベルは真剣な表情で、彼らの案を聞いていた。
これまでにない取り組みと言う事と考えもしなかった方法に感動すら感じながら頷く二人。
「しかし、これは誰が主体で取り組むのでしょうか?」
そう。画期的な考えではあるが、誰が取り仕切るのかと言う点において、参加する飲食店の誰かと言うわけにはいかない。もしその様な取り組みをした場合、必ずと言ってよい程うまく行かない。
主導権を握った者を独占できるような体制を作りかねないと言う難点がある。かと言って、それが出来る飲食店に頼むと言うのは、周りからやっかみを受けかねない。
となれば中立の立場で、皆よりも立場が上である商業ギルドが取りまとめる必要があるのだ。
「出来れば、主体を商業ギルドで出来ないでしょうか?」
商業ギルドは、本来主体的にこの様なイベント毎を開催しない。だが、今回の提案は、商業ギルドが取りまとめなければならない。その為、此処をどの様に突破するかが最初のポイントとなる。
商業ギルドは、あくまでも商業を行う者たちを管理する事が目的だ。生誕祭などの場所の揉め事が起こりそうな配置決めは、商業ギルドが行っている事を考えるとイベントの主催もそう言う路線ともう一つの後押しで行ける。
要するに・・・・金銭面だ。
現金な組織と言われるかもしれないが、基本お金がなければ何もすることはできない。そして、イベント毎には必ずと言って良い程、費用が掛かる。特に初めて取り組む内容は、初期投資が更に高くつく。これを如何に回収してやるか、商業ギルドにどのようなメリットがあるか、この街にどういった影響を与えるか、与えたメリットや影響でどう活気づくかにかかっている。
その事を踏まえて、更に詳しい説明を行った。
「商業ギルド主体で行ってもらいますが、それはあくまでとりまとめなどの管理部分。フェス自体は、飲食店が主体で盛り上げるようになります。ただ機材や会場に必要な設備などは飲食店側に購入してもらったり準備させたりするのは、負担が大きい為、商業ギルド側で用意してもらいたい」
初期投資を商業ギルド負担と聞くと、険しい表情を表すヴィーラント支配人と補佐のアナベル。
「でも、それでは商業ギルドに掛かる負担も大きいので、機材などは貸与と言う形で飲食店側から徴収するのです。価格は抑え気味に・・・それで毎年行えば、数年後には初期投資分を賄えるかと・・・」
付け加える様に他でも催し物で使用すれば、早く回収できる上に、他では取り組んでいない為、噂を聞いた他の街の人や商人が来年以降に訪れる可能性が高い事。そうなれば必然的にお金を使用してもらいやすくナルキーソ全体が潤い、宿屋なども満室になる可能性もあると伝えた。
此処まで話をすれば、どれだけ経済効果を生むか目に見えて理解できる。当然、成功させることが不可欠で、成功させるためには商業ギルドが取り仕切ってもらうのが一番安全と言えるし、周りの者もついて行きやすい。
「また・・・とんでもない事を思いつきましたね」
感心するアナベルの隣で、感心を通り越して呆れかえるヴィーラント支配人。シャルロットたちが昨日話し合っていた内容を具体的かつ実行に移せるレベルに仕上げていた事もあり彼女たちも驚いていた。
「いえ、基礎的な事は彼女たちの発案です。俺はそれをいかに実現できるか考えたまでに過ぎません」
謙遜ではなく事実だ。レオンハルトは新メニューをどうするかぐらいで、フェスの様な大々的な事は微塵も検討していなかった。彼女たちが案を出した事で、少なからず形にできたに過ぎないのだ。
「それと、フェス会場に入れる人々を事前にチケットか何か購入した人のみにして人数を絞り込みます。会場内では、各飲食店が出すコース料理を自分たちで選んでもらい。会場の外で買う人は、持ち運びが出来る携帯食に絞ります。なので、会場は出来るだけ広い場所が良いのですが・・・」
「それでしたら、大広場で行うのはどうでしょうか?あそこは毎年、多くの人たちが寛ぐ空間になっていますが、今回は別に会場を作り、そちらに移動すると言う形で」
最も賑わう場所を会場にする案が出る。確かにナルキーソで最も広いスペースで且つ人が集まる場所。そんなところでフェスを開けば、お客に困る事は無いだろうし、かなり注目を浴びるので飲食店の人たちも挙って手を上げるかもしれない。
だが、そこで屋台を申請している人も居るので、その人たちの説得をどうするのかと言う部分が出てくる。
「優先的にフェス参加を促し、断った場合は反対側の出店でどうだろう?そうすれば、少し暗くなるかもしれないが、人は賑わうので、問題ないと思うのですが・・・」
ヴィーラントの案は、広場を二重に囲い内側のお店はフェスでのレストラン兼屋台。外側のお店は屋台メインと言う体制を作ろうと考える。
暗さに関しては、考えがあるのであまり問題ないだろうし、飾り物もする予定なので逆に人が集まり屋台自体が不足する可能性も考えられた。
それに、中心ばかりに集まると、外れた場所に構える屋台の人たちは大打撃を受けかねない。そうすると逆恨みされる恐れもあった。
「今、申請ではどのような屋台が出ていますか?」
シャルロットは、何かを思いついたのか、詳しく話を聞いた。
流石に、何処のお店がどういったお店を出すのかは、情報漏洩になるため教えられないが、どう言った事をするのかだけは教えてくれた。
「現在、中央区から南に向けて申請が上がっていますのが・・・」
南、北、西、東と説明していく中で、シャルロットはやはりと言う表情に、レオンハルトはシャルロットの考えを理解した。
「お店の種類が偏っていますね?」
そう、シャルロットの言う通り何処が行っている屋台か教えてもらえなかったが、何を主にしているのかはアナベルの説明で分かった。つまり、ナルキーソの土地柄の問題上、噴水や水路が多くお店を出しにくい環境にある中で、中央から東西南北へ続く大通りのみ屋台を出せる広さしかない。それなのに、屋台の数は少なく、種類も単調な物ばかりだ。
鳥の串焼き屋の隣に魔物肉焼き屋、俗に言うマンガ肉に近い肉を売っている屋台、その隣にまた別の肉屋と続き、主食となる物ばかりが立ち並んでいる。
この街の生誕祭に参加した時も主食系が多かった事を思い出す。そんな中で目新しいドネルケバブがヒットし、今でもかなりの賑わいを見せているが、数年後にはどうなるか分からないのが現状だろう。
逆に前世での屋台は、主食は勿論あったが、デザートやゲーム類等もたくさんあった。
それと、東西南北のエリア毎で偏りもあり、北はマウント山脈へ進む入口が近いからか肉類が圧倒的に多く、南は農業関連が盛んな為、果物を加工した物が多い。東は海に面している事もあり海鮮物がほとんどを占めている。西は、これと言って特色があまりないので、お店の数も少ない。
同じ物を近くの場所で固めると買いに行くのも一苦労で、そう考えると中央に混在する屋台は東西南北のそれぞれが入り乱れており溜まりやすい。
そう、中央に行けば解決する。つまり中央以外に魅力を感じないと言う事。
そこまで、理解すれば解決策も容易となる。それぞれの通りにそれぞれイベントを開催してやればよい。
中央にはレストランフェスが来るため比較的お客は東西南北へ逃げやすくなる。後は、それぞれにターゲットとなる客層を分けてあげれば、かなり変化があるはずだ。
それを伝えるとこれまで以上に目を輝かせ始める二人。
「それで、レオン様?どの様な政策をお考えですの?」
ティアナの問いにリリーとエルフィー、リーゼロッテも興味深そうに此方を見てくる。
「分からないかい?レストランフェスを中央で行うのだから、他の通りも同じ様に催し物をすればいい。そうだなー個人でするにはかなり負担だろうから・・・領主様や冒険者ギルドの力も借りて取り組むのさ」
「冒険者ギルドですか?」
恐らく力は貸してくれるだろうが、自分たちが主体となると動かないような気がすると考える仲間たち。当然、ヴィーラント支配人たちも同じ考えの様だ。
「そうだ。例えば、中央にレストランフェスを開催し、屋台等も出るが、例年に比べて出店できる数は少なくなる。そこで、それぞれの通りに均等になる様にお店を出す」
説明では、例えばお肉主体のメニューの屋台を一箇所に固めるのではなく東西南北や中央より中央から外れた場所と等間隔に設置。間に海鮮物やドネルケバブなどの変わり種。スイーツやトウモロコシの様な甘い食べ物。簡単なゲームが行える屋台。それで、極めつけに領主の屋敷の庭でダンスパーティーなどを開く。冒険者ギルドには、腕自慢の何かをしてもらったり、教会には参拝者と共に御祈りをしたり、孤児の子供たちと合唱をして楽しませると言う事を提案した。
「大食い対決とかも盛り上がりそう。賞金を付けて、参加者から多少参加料を徴収すればそこまで出費はしないし」
「孤児院の子供たちに協力ですか?それはとても楽しそうですね。昼間は炊き出しなどをする予定ですので、夕方から夜に掛けて時間を作れると思います」
「ダンスパーティーでしたら、対象者を貴族者に絞った方が良いかもしれません。警備する人たちもその方が助かると思いますし」
シャルロット、エルフィー、リリーがそれぞれ発言をし、それに拍車をかけたのか、次々と案が飛び交う。昨日の夜を更に悪化させた光景に乾いた笑みがこぼれた。
午後一番に来たのに、空はすっかり茜色に染まり、夢中で話していた事もあり喉もカラカラになっていた。
「お茶も出さず、申し訳ない・・・・これは、前日、他の国から仕入れたコピと言う飲み物なんだが飲んでみるかい?」
どんな飲み物か分からないが、これを飲んだ時は大人の味を噛み締めた物だと言うので、試しに飲んでみる事にした。お湯から作ると言う事なので、暫く待ちその間にお手洗いや茶菓子などをつまんで過ごす。
「お待たせしました」
配られたコップからは、出来立てなのか湯気が立ち、とても香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。嗅いだ事がある様な気がしながら、この様な飲み物は飲んだ事が無いので、何の匂いか分からなかったが、一口口を付けると・・・。
「ッ!!こ、これは・・・まさかッ!!」
シャルロットも同じ反応を示したので、間違えはない。
これは、珈琲だ。
前世の仕事中に良く口にしていた珈琲。流石に前世と全く同じかと言われれば、そうではないが、これは紛れもなく珈琲の味であった。
口の中に広がる珈琲の香りとほんのり感じる苦み。
苦みを得意としない者は、あまり好きではないかもしれないが、俺は前世の時はブラック派だったので、問題なく飲める。
リーゼロッテやティアナたちは、苦くて飲めなかった様だが、ヴィーラント支配人は俺と同じくそのまま口にして飲んでいた。この苦みが大人の味だとでも言いたげなんだろう。
シャルロットは、ミルク派だったので、ブラック珈琲を美味しく飲めるようにアレンジし始める。魔法の袋からクセのある羊乳を数量入れ飲み。その姿を見たティアナたちもシャルロットに頼んで、羊乳を分けてもらって入れていた。それでも飲めない者は、最終的に角砂糖なんてものは無いので、蜂蜜を少しだけ入れて飲んでいた。
「ほほーこのコピに、その様なアレンジをしたら飲みやすくなるのですか?アナベル、悪いがおかわりをくれるか?それと、羊乳も用意してくれ」
苦くて飲めない者が、羊乳と蜂蜜で飲めると言う事は、それだけ飲み物の味が変化したと言う事になる。それがどの様な変化を遂げるのか、商業ギルドをまとめる支配人としては、是非知っておきたい内容だった。
彼もまた生粋の商売人なのだ。
飲める者が絞られる飲み物が、皆も飲めると言う事は、かなり大きな意味を持つ。
ミルク入り珈琲を口にして、苦みの中にまろやかさを感じ取り、これはこれで美味しいと感じさせられるヴィーラント。最後に蜂蜜を垂らして、飲むと苦みとまろやかさに加えて優しい甘みが口の中いっぱいに広がった。甘みの方が強かったこともあり、苦みがほとんど感じられなかったが、逆になくなった事で、別の旨味を感じさせられたのだ。
「こ、これは美味いっ!!」
苦い・・・大人の飲み物を変化させる方法があるとは考えもしなかったと言うよりも、実際は幾らか試したらしく、そのうちの一つが珈琲に檸檬に似た果実を足してみたそうだ。他にもハーブの様な香辛料も試した様でどれもいまいちと言う結果に終わった。
そう言えば、この世界に紅茶に似た飲み物はあるがミルクティーは、普及していなかった。上級貴族が行くような高級な場所にはあると聞いた事があるが、一般的に手に入る乳製品だと紅茶と相性が合わないらしい。
クセが強い分、紅茶の旨味を消してしまう様だ。だから、何も入れないストレートティーやハーブや果物のエキスなどを入れたハーブティー、レモンティーモドキ、アップルティーモドキなどの飲み方になっている。今回もそれを真似したようだが、失敗に終わり珈琲はそのまま飲む物だと認識し始めていたのだ。
新しい飲み方に興奮するヴィーラント。
「珈琲・・・じゃなかったコピ?を何処で仕入れたのですか?」
珈琲が手に入れば、色々な事に使用できるため、出来れば購入したいと考えるレオンハルト。行商を行おうと考えた理由の中には、この様に前世に似た食材や物を入手したいと考えたからでもある。
流石にヴィーラントも顧客情報は教えられないようだったが、取引した国は教えてくれた。
商業都市プリモーロを西に進んだ隣国で作られているものらしい。商業都市プリモーロの西は広大な砂漠が広がっており、そこを突破するのはかなり大変で、正規ルートで進むなら商業都市オルキデオから少し北西に進んで山岳地帯を抜けた後に南西に向かって進む様だ。陸路だと約一月半掛かるそうで、海路だとその半分で済むと言う事だ。
生誕祭が終われば、その国へ一度赴いて、珈琲を買い付けに行こうと計画するレオンハルトだった。
それと、この珈琲を生誕祭の当日に、目玉商品としてカフェを開く事が決定した。因みに、それを指揮するのが商業ギルドで、実際にカフェの切り盛りをするのは、商業ギルドに勤める受付嬢の一人の親戚がカフェを行っていると言う事で、当日珈琲ならぬコピを出してみる事になった。
流石にコピだけでは、インパクトに欠けるためコピを使ったデザートも教えておいた。ただし、ただではなく、今あるコピの粉を幾らか此方に卸してもらうのを条件にしたレオンハルト。彼もまた、こういったところで商人らしい行動が身についてきたと感じ取れ始めたのだった。
商業ギルドで話し合いを行った翌日、早速レストランフェスに向けて本格的に準備を始める。
まずは、新人たちの稽古を手早く済ませた。今日は模擬戦ではなく素振りと体力作り、体幹を鍛える三つを重点的に行った。生誕祭当日までは、このメニューで進める予定だ。
彼らの訓練内容を一から作るのが面倒だからと言う理由ではなく、根本的に彼らは全てが疎かになっている。技術だけ身に付けても戦いの場に立たされれば一撃必殺などの短時間決戦を行わなければ、すぐに殺られてしまう。
基礎体力などが上がれば、訓練を多少きつめにしても問題はない。
石の上にも三年と言うことわざがある様に、武術と言うものは、地道に積み重ねていくものだと思う。
訓練が終わると、今度はその足で商業ギルドに向かった。前日の夜に仲間たちに話をしているので、昨日のメンバーが暫く屋台の方には顔を出せない事を伝えている。
とは言っても、屋台も実は、明日まで行った後暫く休むつもりだ。新メニューの開発や在庫の整理など行わなければならない事が山積みとなったため、急遽決まった。
「いらっしゃいませ。直ぐに支配人をお呼びいたします」
親戚がカフェをしていると言う受付嬢が、此方に気が付き対応してくれた。
「マイヤーさんよろしくお願いします」
それから、直ぐに支配人が顔を出し、そのまま奥の部屋へ案内される。昨日使った部屋とは別の部屋の様だが、そこにはすでにシャルロットたちが訪れており、彼女たちの向かい側に領主のヴェロニカ・イーグリット・フォン・ヴァイデンライヒ子爵にその従者。冒険者ギルドの支部長ロルフ・ブルマー。ナルキーソの近くに領地を持つアンゼルム男爵家とシャハト騎士爵家の当主、他にも貴族たちはいるが生憎、ナルキーソに居た貴族当主はこの二人だけだった。彼らも別件で来ていたのだが、急遽駆り出されたのだ。
他に、リッテルスト商会やオイラー商会の会頭や代表が顔を出していた。リッテルスト商会は、レオンハルトたちがマヨネーズのレシピを商業ギルドに売り、マヨネーズの制作をその商会で受け持っているため、リッテルスト商会の会頭は此方を見つけるなり握手を求めてきた。
「レオンハルト様、マヨネーズの製法、誠にありがとうございます。これからも誠心誠意作らせていただきます」
一瞬何のことか分からなかったが、マヨネーズの製法を商業ギルドから別の商会に回されそちらで作っている事を思い出す。まだ握手をしている時に思い出せたので、きちんと挨拶を返した。
後は、生誕祭の準備担当者やナルキーソに居る腕の良い大工棟梁が数名席に座っていた。
「それでは、皆さんお揃いのようなので、始めさせていただきます」
打ち合わせと言う名前の会議が開かれた。そこでは、昨日話し合った内容を皆に伝えていく。当然、その様な事が話し合われていた事など知らない者は、驚きの表情を浮かべていたが、一人だけそれをやって当然と言う顔をしている者も居た。
「これはレオンハルト卿が考えられたのかな?」
アンゼルム男爵の問いに、肯定でも否定でもない反応を示す。
「これは、彼女たちが考えた案です。それを私が再現可能な内容に落とし込んだけです」
「これをティアナ様やリリー様がお考えになったのですか。素晴らしい考えをお持ちですな」
シャハト騎士爵が、上級貴族の御令嬢たちを褒める。彼はまだ二十代の青年と呼べる年齢ではあるが、前当主が病に倒れてから家督を継ぎ、騎士爵家を支えている。だが、如何せん彼はまだ若い。彼より若いレオンハルトが貴族当主であることを除けば、彼もまた若い当主の一人と言える。
その為か、時々野心的な発言をしたり、女性を物色するような眼差しを向けたりする事があるようだ。
「ありがとうございます。私たちの考えを上手くまとめられたのは、レオン様です。彼がこの祭りを考えたと言えるでしょう」
「しかし、その厨房付き屋台でしたか?予算は幾らぐらいを考えられているのですか?それに、例え依頼されたとしても期日までに仕上がるかどうか」
厨房付き屋台は、どの様な構成でするのか、配置をどうするのか等一切白紙状態を懸念する大工棟梁たち。同時に冒険者ギルドの支部長も自分たちが何らかの催し物をしろと言われて素直に受け入れるわけにはいかない。
生誕祭の準備担当たちは、屋台の場所の変更をかなり渋っていた。
理由は、必ずと言って良い程の反対を自分自身が受けるからで、そんな事になれば屋台を出すお店と生誕祭準備担当たちとの仲に亀裂が入るからだそうだ。
「厨房付き屋台のデザインは、終わらせています。また、幾つかの準備物も既にこちらで手配をしていますので、当日までには間に合う予定です。冒険者ギルドの催し物は、それほど難しく考えなくても良いと思います。折角の祭りなので、何か競えるイベントを行えば、冒険者連中は其方に食いつくかと思います。逆に静かなところで踊るなら、領主様の屋敷でダンス会場を設けてもらい男女が思い思いに踊るでしょう」
支部長は、大々的にしなくても良い事とレオンハルトとの言う様に競える何かを考えれば必然的に人が集まると納得した。問題は何をするかである。
だが、此処に関してもレオンハルトは抜かりない。この世界ではまだ見た事が無いアレ。それをすれば腕に自信がある者は、必ず参加してくるだろう。
「腕・・・相撲ですか?それは何なのでしょう?」
魔法や魔法による肉体強化の禁止。それに加えて薬などの強化も禁止した純粋な肉体同士の戦い。腕力の力自慢対決になるが、これはこれで白熱するはずだ。前世でもアームレスリングという大会が開かれ、鍛え抜かれた剛腕をこれでもかと見せびらかせながら、戦っているのだ。見ている側も力が入るだろう。
出来れば本番当日ではなく。事前にアームレスリングの戦い方を教え込んでおく必要はある。
「それは、白熱しそうですな。よし、それならば冒険者ギルドは彼の案に協力しようではないか」
「私も構わないよ。屋敷の庭を解放しよう。それとささやかではあるが、簡単な食事も用意しておくとしよう」
支部長と領主であるヴェロニカから協力してもらえるようになった。
残りは、屋台の移動についてだ。これは先の説明で対策を伝えていたが、それでも協力はしてもらえそうにないので、彼らを一堂に集めてもらい。ヴェロニカと自分、それにヴィーラント支配人が説明して、納得してもらうようにした。
その際、ヴィーラントは移動をしてくれた屋台からの徴収費用を半額にすると約束するらしい。それでは、商業ギルド側が困ると思ったが、目先の事よりも今後の街の繁栄を考えるとその選択肢の方が良いらしい。
次の日に早速彼らの屋台申請している者たちと話をし、承諾を得てレストランフェスが行えるようになった。昨日の内に商業ギルドからレストランフェスに参加してくれそうな飲食店にも声を掛けており、まだすべて決まったわけではないが半分ぐらいは概ね決まる。
レオンハルトは、早速冒険者ギルドへ足を運び、当日のお手伝いの募集を掛け、プリモーロやイリードに飛んで服や布関連、厨房付き屋台のパーツの制作を依頼した。
レストランフェス開催までにシャルロットがメニュー開発を行う事になり、料理が出来る者は積極的に身に付けようと努力、出来ない者も出来るようになろう頑張った。
「楽しいフェスになると良いな」
いつも読んで頂きありがとうございます。
お伝えしていました通り、クリスマスイブかクリスマスに投稿しますが、
来週は国内出張ばかりなので、文字数が少なかった場合申し訳ありません。
出張先で一人寂しいイブとクリスマスを過ごす事になりそう。
折角だから、出張先(関西)で色々行ってみようかな(笑)