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006 交易都市イリード

「神明紅焔流初伝、レオンハルト推して参るっ!!」


 現在、身体強化の魔法を最大限に発動しているレオンハルトは、その俊足を生かしギガントボアとの間合いを一瞬で詰める。当然、ギガントボアはその速さに反応が遅れ、レオンハルトの攻撃を受ける。


 強烈な打撃音と共にギガントボアは大きく仰け反ってしまう。


 斬撃から打撃へと変えた効果は、多少なりとあったのであろう。その証拠に攻撃を受けたギガントボアは、顔を左右に振っていた。そして、レオンハルトの事を敵意むき出しの視線で睨め付ける。


 睨め付けてすぐ、もう一匹のギガントボアは突進をする構えを取り前足で地面を蹴りタイミングを計る。


 突進を警戒する一瞬を睨んでいた方が隙と判断したのか、前足を上げ像が立ち上がるような感じで踏みつけをしてきた。


 慌ててバックステップをして回避するも、回避した先にもう一匹が突進してきたため、ギリギリの高さで跳躍し、眉間と首、背中に攻撃を加えていく。背中に関してはもう少し攻撃をしたかったのだが、ギガントボアの背中に生えている刃の様な角を回避しながらの攻撃になったため二発しか入れる事が出来なかった。


「くっ」


 最後の一撃を入れるとレオンハルトは、右腕の痛みで顔を顰める。


 硬質な皮膚に加え分厚い肉に攻撃するのは、攻撃する側にもその反動を与えてしまう。斬撃に比べ打撃は、その反動が強く合わられ、レオンハルトの右腕は一時的にマヒを起こしたように力が入りにくく、また筋肉に電気が走った様な痛み味わう事となった。


 だが、そんな事は相手からすれば関係ない寧ろ好都合ともとれるだろう。


 突進や踏みつけ、鋭利な牙や角による攻撃を何度も繰り広げる。


 それに対抗するように躱し、攻撃を繰り返していく。木刀を持ち替えながらの連打、時には魔法を至近距離で当てたりもする。










 一方、アンネローゼの方は、焦りからか未だに倒すせずにいた。


(急がなければ、まだ四匹も倒さないといけないのに・・・・)


 戦いに集中できない。


 今も水属性の魔法を剣に宿らせた攻撃でギガントボアを傷つけているが、致命的にはなっていない。それどころか消費する方が大きく良い攻撃とはなっていない。


 残りを考えると魔力を温存した戦い方をしなければならないが、そうすれば時間がかかりすぎてしまう。


 焦りが更なる焦りを生む。


 突進をしてくるギガントボアをサイドステップで躱し、できた隙で周囲を見渡す。


(子供たちは、もう少しで避難が終わるわね。騒ぎを聞きつけた大人たちが集まってきているし大丈夫かな。それよりも・・・・)


 アンネローゼは、残りの四匹のギガントボアと戦っている子供たちを見る。


 そこには、信じられない光景があった。


 ギガントボア二匹を相手に激闘を繰り広げているレオンハルトと残りの二体を連携で翻弄するユリアーヌ、クルト、ヨハン、シャルロット、リーゼロッテの姿があったのだ。


「・・・・」


 言葉が出ない。


 それも当然の事だろう。どこの世界に熟練の手練れでも倒すのが難しい魔物を二匹も相手にする五歳の子供がいるのだろうか。しかも、その戦いは彼の方が優位に立っている様にも見える。


「ど、どうなっているの?」


 ほんの少し周囲を伺うだけのつもりが、彼の戦いを魅入ってしまう。すると―――。


「アンネさんっ!!」


 ボアを相手にしていた兵士の一人が、大きな声で此方に注意を促す。


 急いで目の前の的に注意を向けると、ギガントボアは目の前まで突進してきていた。慌ててサイドステップで回避するも距離が足りないと判断すると空いている左手を前に翳し防御魔法を唱える。


「『魔法障壁(プロテクション)』」


 即座に発動された防御魔法は、発動と同時に強い衝撃にさらされる。地に足を付けていないアンネローゼは、その衝撃に耐える事が出来ず、吹き飛ばされてしまう。


「きゃっ」


 地面を勢いよく転がりながらもなんとか最後は、姿勢を整える事が出来た。


 油断は死を意味する。かつての仲間に教えられた言葉が、彼女の脳裏に呼び覚まされる。


(ここは一気に決めた方が良さそうね。幸い、シャルロットちゃんが戦場をコントロールしているみたいだし、他の子たちも奮闘してくれている。だから、まだ大丈夫っ!!)


 構えなおした姿勢から少し重心を下げ、剣の構え方も少し変更する。身体の余分な力を抜き、神経を研ぎ澄ませるとアンネローゼの周りから冷気が経ち込み始めた。


 身体から発する魔力が冷気となり、周囲の温度を下げているそれは次第に範囲を広げ始める。


 氷属性魔法の一つで、相手の動きを鈍らせる効果を持つ『氷結波動(フリージング)』を発動している。


 アンネローゼは、水・氷属性の魔法が得意だが、中でも氷魔法はある程度詠唱を省略したり無詠唱できるレベルだ。正し、中級レベルに限るが。


 無詠唱で発動させた初級の氷属性魔法『氷結波動(フリージング)』によりギガントボアの動きが少しずつ遅くなる。


 遅くなった攻撃を回避しながら、着実に攻撃を加えていく。


 これまで受けてきた攻撃による傷と寒さで体力を消費していったギガントボアはついにその動きを止める。


 完全なる隙を見逃すほどのアンネローゼは甘くない。その隙の一瞬を一気に首元まで近づき、頸動脈の辺りを思いっきり突き刺す。突き出した場所からは(おびただ)しい量の血が噴き出し、最後の力を振り絞るようにギガントボアは叫び暴れる。


「これで終わりよ。<かの者の剣に氷結の力を>『氷柱(アイシルク)(エッジ)』」


 突き刺した刃に魔法を付与。結果剣の刃から氷で出来た刃が出来上がり、ギガントボアの首を貫通させた。表面が幾ら硬い皮膚で覆われていようと、肉の部分はそこまで硬くはない。皮膚も内側からの攻撃にはそこまで強度がないのか、あっさりと貫いてしまった。


 暴れる力を失い、ギガントボアの目は次第に光を失い地面に倒れてしまう。


 予想以上に手こずり、体力や魔力を大幅に使用してしまった。力が抜けるようにその場で膝をつき、状態を安定さようとする。


(早く、子供たちの所に行かないと・・・)


 思考では焦るが、身体は休息を求めているのだろう。思うように動かない。それでも身体に鞭打って立ち上がり、重い足を感じつつも急いで彼らの所へ行く。







 



 アンネローゼがギガントボアを倒し直前、レオンハルトも二匹のギガントボアと決着をつけるため、猛攻撃を行っていた。


 幾度となく繰り返し鍛えてきた技と身体は、洗礼された動きで着実にギガントボアを追い詰める。


 そして、牙の攻撃を避けそのまま強烈な一撃を首元へ入れる。


「はあああああああ」


 渾身の一撃は、これまでの威力とは段違いで高く。打ち込まれたギガントボアはほんの一瞬、目の焦点が合わないほどのダメージを受けていた。だが、まだ倒し切れていたない。その証拠に深く食い込んだ木刀を押し返す力が強くなった。


 この瞬間、レオンハルトは自身が子供の体形である事に苛立ちを見せた。


 レオンハルトの放った渾身の一撃は、彼の流派である神明紅焔流棍術の技の一つ『振動烈波(しんどうれっぱ)』と言う技を使っていたからだ。この技は、外側からの攻撃のみならず、打ち込まれた衝撃波を内側まで届かせその内部を破壊する二段式の攻撃方法なのだ。内部は中心に行けばいくほど効果は高いのだが、今回は魔法で強化しているとはいえ、振動による波紋が重なる位置が僅かにずれ意識を刈り取れなかったのだ。


 それに単純に硬い皮膚の事もあり波紋が思う程中心に行かなかったのも原因の一つでもある。


 けれど、『振動烈波(しんどうれっぱ)』はかなりの致命傷であることは間違いない。その威力を生かすように左手に力を籠め『振動烈波(しんどうれっぱ)』をあてた部分に向かって打ち抜く。


 神明紅焔流体術『轟雷(ごうらい)』、『振動烈波(しんどうれっぱ)』と同じく内部破壊を主とした技の一つで、その一撃は体内を(いかずち)が通りすぎたような強烈な痛みで、体内組織を破壊する技だ。


 二連続の内部破壊系の攻撃は、ギガントボアの首の骨を粉砕する威力にまで高められ、結果ギガントボアの首は大きく、くの字のように折れてしまった。


 繰り出された『轟雷(ごうらい)』の反動により、レオンハルトも左腕を損傷するも、その痛みを耐えるように顔を(しか)めたのち、もう一匹のギガントボアへ視線を向けた。


 仲間がやられた事で警戒しているのか、先程のように無暗に攻撃を仕掛けてこない。


 お互いチャンスを見計らうように少しずつ移動する。


 ・・・・


 ・・・


 円を描くように動いていたそれぞれが、四分の一程移動したところで、そのチャンスは訪れた。


 少し離れた所で、アンネローゼの一撃を受けたギガントボアの苦痛の叫びが、此方の方まで届いたからだ。その叫びが、合図を示したかのようにお互い距離を縮めるよう駆け出す。


 痛めている左手を前に突き出し、土属性魔法『大地拘束(アースバインド)』を発動、地面が隆起し、ギガントボアの足がまるで地面に溶け込んだかのように埋もれ、その場に固定した。


 一瞬動けない事に動揺したのか、大きな隙をレオンハルトに見せる事になり、彼がその隙を見逃す事もなく一気に目の前まで詰め寄り、木刀を突き出す。


 頑丈にする付与を外し、切れ味を向上させる付与を付けた木刀は、ギガントボアの左目をしっかり捉え、突き刺したのだ。


 いくら皮膚が硬かろうと、眼球まで硬いことは滅多にない。 


 刃先は眼球の奥へと突き進み、脳の所まで到達させる。


 突き刺さった瞬間は、痛みを感じたのか僅かな悲鳴のようなものを発しかけるが、脳に到達したときにはその命の灯は消失し、大きな巨体は崩れるように倒れた。


 僅かの間で乱れた呼吸を整え、シャルロットたちが相手をしている。残りのギガントボアに向かって全速力で走り始める。


 シャルロットたちも危ういながらも確実にギガントボアへダメージを与えていた。


 特に二匹いるうちの一匹は、薄い皮膚の所を攻めたのか、かなり満身創痍の状態だ。片目はシャルロットが射抜いたのであろう矢が刺さりつぶしていた。前足の付け根、人間で言えば腋下の部分にあたる場所には、複数の切り傷が与えられ、驚異的な突進力を著しく落としていた。


「ヨハン援護ッ!!クルト注意をひきつけろッ!!」


 ユリアーヌが、槍を構えギガントボアの側面へと回り込む。その間クルトが地面に転がっていた少し大きめの石をギガントボアの顔面目掛けて投げ注意を引く。


「<速断の一撃を持って、敵を撃て>『魔弾(マジックブリット)』」


 無属性攻撃魔法『魔弾(マジックブリット)』は、魔力の塊を相手に打ち込む単純な魔法で、使用難易度も低い。威力はどれだけ魔力を圧縮できるか、打ち込む早さによってピンキリの魔法だが、愛用するものは多い。理由としては詠唱が短い。ヨハンが詠唱した速断の一撃を持って、敵を撃てと言う言葉が、省略も何もしていない状態だからだ。


 複数の『魔弾(マジックブリット)』がギガントボアを襲う。


 魔法によるダメージは全く効いていないが、それでも打ち続ける。


 魔法の弾幕と投石に意識を持って行っている隙をユリアーヌ、リーゼロッテが両側面から攻撃を与える。


 動きが鈍っているギガントボアの注意は、シャルロットが弓と魔法で牽制、足止めをしている状態だ。


「よし、このまま押しき―――リーゼ、後ろッ」


 動きを封じれていないギガントボアへ攻撃を集中していた四人は、そこへ攻撃する事とそこからの攻撃を避ける事に意識を向けすぎており、周りにいたボアの存在を忘れていた。リーゼロッテもその一人で、ギガントボアから距離を取るため後ろへ飛んだ時、ボアが彼女を襲うため突進していたのだ。


 一瞬の動揺で動けなくなってしまったリーゼロッテの表情は、迫り来るボアの攻撃に恐怖を覚える。


 もうだめかと諦めかけたその瞬間―――。


 目の前に一人の少年が、降り立ち。持っていた武器を垂直に振り下ろし一閃した。


 二匹此方に向かってきていたボアは、その一閃によって二匹とも頭部を強く打ち付けられ、地面に接触。勢いを殺す事が出来ず宙を舞う事になった。


 神明紅焔流剣術『双槌連(そうついれん)』。初伝で習得できる技の一つだが、極めれば極めるほどその真価を発揮する。レオンハルトは、その真価を会得しているが現在の彼の力量では、その真価を百パーセント使いこなせない。今回の様に二度振り下ろした攻撃を一振りしか振り下ろしていないと言う錯覚を起こさせる程度しか発揮できなかった。


 けど、単純に考えてそれ自体もなかなかの技術がなければできない事だ。


「リーゼ。大丈夫か?」


 そう言って手を差し伸べてくるレオンハルトの力を借りてその場に立ち上がるリーゼロッテ。


 どうしてか彼の顔色があまり良くないようにも感じる。


「ありがとう。私は大丈夫。レオンは大丈夫なの?顔色が悪そうだけど?」


 彼は大丈夫とだけ言って、目の前のギガントボアに視線を向ける。


(大丈夫に見えない。どこか怪我でも・・・ひょっとして魔力欠乏症?だとしたら――――)


 リーゼロッテがそう結論を出すよりも早く彼は、ギガントボアに向かって走り出していた。


 ギガントボアまでたどり着くと地面とギガントボアの間をスライディングするかの如く低姿勢の移動を行い。木刀をその腹部へと沿うようにして斬り付ける。


 踏みつけから回避するように避けて少し距離を取るレオンハルト。対するギガントボアは、敵対心むき出しで彼を見つめるが、出来た隙を見事につくユリアーヌとクルト。与えられた二閃は、またしても皮膚の薄い所を攻撃したため、浅いながらも確実にダメージを与えて行った。


「ここで一気に畳みかけるぞっ!!」


 レオンハルトの掛け声で、全員で二匹のギガントボアを集中攻撃する。連携のとれた六人の動きは、洗礼されたような戦いを見せる。


「はあああ『ブレイブスラッシュ』」


「喰らえ『ゲイルスピア』」


「<風よ我が声に――――鋭き旋風で敵を切り裂け>『真空斬閃(エアースラッシュ)』」


 リーゼロッテ、ユリアーヌ、ヨハンが次々自身の使える大技を打ち込んでいく。


「はっ!!」


 シャルロットは、皆が与えた傷口へ風属性魔法を付与させ貫通力を高めた『貫通(ピアシング)(アロー)』や風属性の魔法の矢『(ウインド)(アロー)』を次々放つ。


 隙を伺っては、クルトも持っている二本の短剣を使って、喉や足の付け根を攻撃する。


 俺もクルトが攻撃するタイミングで別の場所を斬り付ける。流石に俺やシャルロット、クルトは、大声で技名は言わない。まあ俺とシャルロットは、無詠唱で魔法も使えるし、言う必要がない事を理解している。クルトはただ単純に技を知らない、それだけだ。


 集中攻撃に耐えられず、膝を折るギガントボア。あと少しで倒しけれるそんな時―――――。


「ピギュアアアアアッ!!ピギュピギュアアアアッ!!グゥアグゥア」


 身動きが取れず倒れていたもう一匹のギガントボアが、最後の力を振り絞るように立ち上がり、前足で地面を蹴り始めた。


 俺を含め皆の表情が険しくなる。


 正直、残りの力をすべてぶつけて最後の一匹を倒し切るそんな状態だった彼らは、瀕死の状態になりながらも抗うギガントボアを追加で相手にしなくてはならくなったからだ。しかもそれに触発されたのか、今まで相手にしていたギガントボアも抗おうと最後の力を振り絞り始めた。


 一瞬の油断が判断を鈍らせた。


 突進をしようとするギガントボアを凝視していたレオンハルトは、その瞬間先程まで相手にしていたギガントボアの攻撃を直に受けてしまう。


 辛うじて反応した事で牙が身体に突き刺さることはなかったが、体当たりに近い重い一撃は、小さな身体のレオンハルトにとっては、致命傷と言えるダメージを全身に受けてしまった。


 衝撃を受けた瞬間、意識を手放してしまうが、豪快に吹き飛ばされ地面にたたきつけられる痛みによって辛うじて意識を取り戻す事が出来た。


 地面に叩きつけられた衝撃で肺にある空気がすべて吐き出され、呼吸が止まりかけるそんな感覚を味わう。


「レオンくん!!」


 青ざめた表情で、彼の名前を呼ぶシャルロット。この世界で唯一、お互いに前世の記憶を持つ彼女にとって彼と言う存在は、心の支えの一つと言っても過言ではない。そんな彼が死ぬそう思ってしまうと居てもたってもいられなかった。


 現に吹き飛ばされたレオンハルトは、まだ起き上がる事が出来ていない。その上、もう一匹のギガントボアは彼を標的に捕らえているのか、突進してきていたのだ。


「ダメェエエエエ」


 シャルロットは、相手の注意を自分に向けるため、残りの魔力をすべて使い純粋な魔力の塊を撃った。無属性魔法『加速魔弾(アクセルブリッド)』本来無数の数を撃って戦う強力な魔法の一つだが・・・・。


 たった・・・・たった一発のその魔法は、威力を何倍にも跳ね上げており、当たればかなりのダメージを与えられる。そして、弓の名手とまで言えるレベルに成長している彼女の命中率があれば、外す事などまずない。


 文字通り加速した高速の魔法は、ギガントボアの顔面を見事にとらえる。


 衝撃音が鳴り響くその場所には、ギガントボアがありえない感じに吹き飛ばされていた。


 だが、吹き飛ばされたギガントボアを見ることなく。シャルロットは魔力が空になってしまった事で、意識を失いその場で倒れてしまった。


 まだ、起き上がる力があるのか、吹き飛ばされたギガントボアはゆっくりと立ち上がった。


 傍から見れば、なぜ起き上がってこれるのか疑問に思ってしまうが、自分の命がかかっているのだ。死ぬ気で起き上がって来るのも当然であろう。


 シャルロットの目論見通りギガントボアの意識はレオンハルトからシャルロットに移っていた。再度突進の構え、今までと違い構えて直ぐに動き始めた。


 全身の痛みに耐えながら、起き上がるレオンハルト。他のメンバーは、もう一匹のギガントボアを相手にするのでいっぱいいっぱいだ。


 ここで自分が動かなければ、想い人である彼女を死なせてしまう。


 前世では彼女を死なせてしまった。この世界では今度こそ彼女を守ると誓ったのに、その彼女が死にそうになっている。そんな・・そんな事があって良いわけがない。


 地面に転がっている木刀を取ると、残り僅かな魔力を身体強化の魔法に使う。


 神明紅焔流移動術『駿天(しゅんてん)』を用いる事で、シャルロットの前まで一瞬で移動する。身体の節々が軋みを上げる。魔力枯渇により意識も飛びそうな中、木刀を抜刀術でもするかのように構える。


 左腕は、使い物にならないので右腕だけで構えた状態だ。


「これが正真正銘の最後の一撃だっ!!」


 レオンハルトとの間合いまで五メートル近く離れた位置に踏み込んだ瞬間。見えない何かがギガントボアを通り過ぎる。


 勢いよく突進してきていたギガントボアは、電池が切れたかのように減速し頭部と身体を分断され、それぞれが地面に倒れた。


 レオンハルトが使用した技は、神明紅焔流抜刀術奥義壱ノ型『伐折羅(バサラ)』。


 居合の原点とされる技を極めつくした技であり、攻撃範囲内に入れば忽ち見えない神速の斬撃が襲ってくる。


 最初から使えば、此処まで苦労する事はないが強すぎる技にも欠点が存在する。それは、武器の存在だ。鈍らな刀では、切れ味や速度が鈍るし、そこを補えても技に耐えられず刀自体が砕けてしまうのだ。現にレオンハルトの持つ木刀も柄の部分は辛うじて残されている物の刃にあたる部分は砕けて、地面に散らばっている。


 実は、木刀制作練習の時にいくつかストックしていた物も『伐折羅(バサラ)』の練習ですべて使い切っていたのだ。手元に残る最後の木刀だったともいえる。


 魔力欠乏症に加え重度の疲労、重症と言えるダメージにより崩れ落ちるように倒れる。


 まだ、意識だけは辛うじて残っていたのであろう。動かない身体に鞭を打って動かし、近くで倒れているシャルロットの元まで移動、覆いかぶさるようにして意識を手放した。


 残り一匹のギガントボアと僅かなボアがいるので、自分の身体を盾にしようとした結果の行動だ。やましい気持ちがあるわけではない。


 その最後のギガントボアは、レオンハルトが倒れた少し後にアンネローゼが、前線に復帰。満身創痍だった事もあり、あっと言う間に倒した。ボアも他の大人たちやユリアーヌたちの奮闘ですべて倒す事に成功。


 村に被害を出すことなく終える事が出来た。正し、戦いに赴いた者たちはかなりの重症者を出してしまったが・・・・。それでも死者が出なかった事は一番の功績であろう。










 香ばしい匂いにより、空腹状態である胃袋を刺激、それを抑えるかのように目が覚める。


 知らない天井、普段よりも寝心地の良い布団。此処が何処なのか見当がつかず、起き上がろうとすると左腕から電気が走るような痛みがあり、再び横になってしまう。


 骨折でもしているのか、添え木の様な物をあてがい包帯で巻いた後、首から吊るすように三角巾で支えていた。


 左腕を使わないように起き上がろうとすると不意に左腕以外にも激痛が走る。


 感覚的に骨折はしていない事はわかるが、全身強打と魔力欠乏症による身体の倦怠感、全身筋肉痛とレオンハルトの身体はかなりボロボロな状態だった。


「ここは何処なんだ?」


 痛みの中身体を強引に起こすのもどうなのだろうかと思い横になったまま、痛みが引くのを待つ。


 暫くすると痛みはやんわりと引いていき、実際どの程度動かすと痛みが出るのか知るために右手を軽く動かしてみる。


「軽く動かすのは問題ないか―――ん?」


 手を元に戻そうとした時に指先が何かに触れる。手探りでその何かを触ってみると、とても柔らかくスベスベした手がそこにあった。


 誰なのか確認するために首を少しだけ起こし確認する。


 気持ちよさそうに寝ているシャルロットがそこにいた。どうやら心配して看病していたようだが、途中から寝てしまったようだ。


 その愛らしい寝顔をずっと見ていたいと言う気持ちはあったが、鼻腔から得られた美味しそうな匂いにつられて空腹となっていたレオンハルトのお腹がそれを訴えるかのように鳴る。


 それと同時に扉の向こうから別の声も聞こえてきた。


「そろそろ、お食事にするからお姉ちゃんを呼んできて」


「はーい」


 声の主はアンネローゼとシャルロットの妹であるアニータの二人だ。それ以外にも世話しなく動く複数人の足音や話し声も聞こえる。


 どうやら、孤児院ではないが皆が比較的に来やすい場所なのだろうと推測。


 そうこうしているうちにドアをノックする音が聞こえ、返事を待たずにそっとそのドアが開けられる。


「おねーちゃん、ご飯でき・・・・た」


「やあアニータ。シャルは見ての通りちょっと寝ているよ」


 入り口付近で固まってしまったアニータにゆっくりと身体を起こし軽く挨拶をする。しかし、アニータの様子が少しおかしい。


 口をパクパクさせたかと思うと急に涙目になる。


「レ・・・レオンおにーちゃんッ!!ええええええッ――――ア、アンネせんせーを呼ばなきゃ!!アンネせんせー」


 マイペースに入ってきたかと思いきや出る時はかなり慌てて出ていくアニータ。そんなに大声で騒ぎ立てるとシャルロットが起きてしまうと思ったのだが、それは時すでに遅かったと理解する。


 シャルロットの方を見るとかなり驚いた表情を最初はしていたが、次第に目に涙を浮かべ始めそれが決壊すると同時に彼に飛び込んだ。


 如何にか起こした身体に強く抱きしめられたレオンハルトは、再度激痛を味わう事になる。それ程強く抱きしめられたのか、そこまで強くないが自分自身の身体がそれだけのダメージをまだ残しているのかは分からないが、この痛みを素直に受け入れる。


 シャルロットにこれだけ心配させてしまったのだ。この位の罰は受けなければならないと彼自身がそう納得した。


 痛みに耐えていると、入口の方から複数の足を音が慌ただしく聞こえ始めた。


「レオンハルトく・・・ん。アハハッ、どうやら大丈夫そうね?」


 すごく心配そうに入ってきたアンネローゼも彼らの今の状態を見て苦笑いをする。そして、何故か疑問形で確認してきた。


 なぜ、疑問形?とも思ってしまったが、この現状を見てしまえば、俺も同じように疑問形になったであろう。


 続けて入ってきた神官服を着たおじいさん、リーゼロッテ、アニータ、それにユリアーヌたち三人も部屋に入ってきていた。神官服のおじいさんは、その光景に暖かい眼差しで見ていたが、その他が駄目だ。


 ヨハンとアニータは、安堵した表情だから許せるし、ユリアーヌもお前なら大丈夫だと思ってとでも言う様なすました顔で見ていた。しかし、リーゼロッテとクルトはその光景を見て少し含みのある顔をしていた。特にクルトは、含みの顔と言うよりはあからさまにニヤついていた。


 身体が動くようになったら、模擬試合の時これでもかと言うぐらい厳しく攻めよう。そう心に決めた。


「シャル?もう大丈夫だからね?皆も来ている事だし、少し力を緩めてくれると嬉しいかな?」


 本当は、今の状態を皆に見られているのが恥ずかしく。離れてほしくはないが、今だけは離れてほしいとそう願った。


 だが、強くは言えないレオンハルトは、取り敢えず抱きしめる力を緩めてくれるともう少し痛みも和らぐのではと考え、敢えて妥協案を提示した。


 そのおかげもあってか、抱きしめる力はほんの少し緩む。離れては・・・・くれなかったが。


「あーっ。おねーちゃんお顔が真っ赤になってるー」


 こ、子供は無邪気だ。そして、平気で冷酷な事を言う。


 この位置からは、シャルロットの顔色はわからないが恐らくそうなのであろう。アニータの発言にリーゼロッテが軽く注意する。


「まあそれぐらいは許してやれよ。お前は五日間も寝ていたのだからな」


 ユリアーヌの言う通りこの位は、全然許すつもりだ。それよりも・・・・。


「五日ッ!!そんなに寝ていたのか」


 五日も寝ていれば、身体が(だる)い筈だ。魔力欠乏症も原因の一つだろうが、それでも五日も寝ていれば、身体がこうなっても仕方がない。


 それに、心配する側から見れば居てもたってもいられなかっただろう。


 その為、本当に申し訳ない気持ちでシャルロットの頭を撫でた。


「そんなに寝ていたのかじゃありません。皆がどれだけ心配していると思っているのです?だから、無茶な事は駄目と何時も言っているのですよッ!!」


 アンネローゼに関しては、相当怒っているようだった。それもそうだろう。


 大人相手でも死ぬ可能性が高い凶暴な魔物を一人で相手にしていたのだから、無謀と言うよりただの自殺志願者だ。多少の怪我ならまだしも死んでしまったらどうする事も出来ない。それがわかっているからこそ彼女はここまで強く言い聞かせてくるのだ。


 この世界の命は、非常に安い。簡単に奪われるし奪う事もできるのだから。


「まあまあアンネよ。それぐらいにしてあげたらどうじゃ?この子も良く分かっているじゃろう。それにそのおかげで、この村が無事じゃったんじゃから、大目に見てあげたらどうじゃ?」


 怒るアンネローゼに神官服を着たおじいさんがフォローに入ってくれる。


 この村に神官服を着ている者は一人しかおらず、必然的に誰なのかすぐにわかった。


 まあ、この村の人口を考えると全員の顔と名前ぐらいは皆知っている。


 この神官服を着たおじいさんは、レカンテート村にある教会の司祭様だ。


 そして、治癒魔法を使えるただ一人の人間でもある。司祭を見てようやく自分のいる場所が分かった。


 ここは、教会に隣接している治療院のようだ。治療院と言っても半分司祭様の家になるのだが、一応軽く入院の様な事が出来る部屋もいくつかある。


「レオンハルトくんと言ったかな?村を守ってくれてありがとう。村に大きな被害が出なかったのは、君のおかげじゃ。此処におる間はゆっくりしたらええ。<汝の傷を癒せ>『治癒(ヒール)』」


 司祭の治癒魔法の御蔭で全身の痛みがかなり和らいだように感じる。


「すまないねー。私にもう少し魔力があればこれぐらい何ともないんじゃろうが、生憎魔力量はそう多くないんじゃよ」


 完全回復させれる程、司祭の魔力は高くない。加えて魔力量も高くないため、重度の傷は何十日もかけながら直して行く事もあるようだ。


 それに、この五日の間にアンネローゼやユリアーヌら孤児院の子供たち、共に戦った兵士、防衛準備や避難受け入れ時のパニックで怪我をした村人の治療もあって、司祭はかなり慌ただしく動いていた。


 流石にそれだけの人数を司祭一人で対応もできないので、手の空いている村人も手伝いに来てくれていた。魔力量もどのみち足りないので、軽症者の治療に回ってもらっている。


 まあ傷口を奇麗な水で洗い流し、薬草を直に貼ったり、薬草や漢方の様な物を混ぜて作った水薬(ポーション)系を飲ませたりと簡単な物だ。丸薬や粉薬、塗薬もあるが主に病気に使うので今回の様な怪我による物はあまり効果が出ない。


 よく見れば、リーゼロッテやユリアーヌたちもまだ治療を受けているようで、所々に包帯を巻いて手当てをしていた。


「さて、動けそうなら下に降りて食事でもどうかな?」


 司祭のお誘いに返事をすると、不意にある人物の顔を伺った。


 シャルロットの顔だ。治療の時に離れていたが、それからずっと何かを心配する様なそんな表情を浮かべていたからだ。


「シャルロットと少しお話をしてから行きます」


 そう言うと他の皆は、治療院の一階にある食堂へと降りて行った。


 ・・・・


 静かになったその部屋で、二人はただ何も言わず過ごす。


 しかし、静寂の時はそう長くは続かず、先に口を開いたのはレオンハルトだった。


「シャル。ごめん心配かけたな」


「・・・・・うん。すごく・・・すごく心配した。もう目が覚めないかもしれない。このまま死んでしまうかもしれない。そんな風に考えたらすごく怖くなって私・・・」


 ため込んでいた不安をレオンハルトにぶつける。


「これ以上危険な事をしてほしくないって言いたいけど、この世界では難しいけれど、それでもあんまり無茶な事はしてほしくない。私だけ置いて行っちゃ嫌だからね」


 愛の告白とも取れそうなそんな言葉を言うシャルロット。しかし、この状況下を考えるとそういう意味ではないと言う事はレオンハルトも分かっている。


 前世からの知り合いで、同じ境遇に立たされ見ず知らずの土地に転生させられ、生きて行く事になった二人。転生してすぐの時に誓った守る。それをも破ってしまいかねなかったのだ。


「本当にすまない。折角くれた人生だ。そう簡単に死ぬつもりはないさ。それに君を一人にはさせない絶対にだ」


 もう一度、己の心にもそう刻んだ。彼女に心配を掛けない。彼女を守る。そして、二人とも幸せな人生を送ると。


「バカ(ぼそっ)」










 その日の夕食は、なかなか豪勢であった。昼間は、胃に負担を掛けるのは良くないと言う事でスープと少量の豆のみだったのだが、食べる様子やその後の様子から夕食からは普通に食べても大丈夫であろうと司祭が許可してくれたのだ。


 ボアの肉を使ったシチューに肉と野菜を挟んだパン。収穫されたばかりの新鮮な野菜サラダ。ボアの肉は、思っていたほど臭みは出ておらず、問題なく食べられた。


 俺が寝ている間は、基本ボアの肉が出てきていたようで、始めは臭みが強かったのだそうだ。それをアンネローゼとシャルロットがきちんと下処理を行い、臭みを消してくれたおかげで、かなり美味しくなったのだと後でリーゼロッテから聞いた。


 ちなみに昼食後にあの後どうなったのかを聞き、どれだけ倒したのかも教えてもらった。ギガントボア五匹これは、始めの登場の際に分かっていたので問題はない。あの戦いで撃ち漏らすこともなかったし。問題は取り巻きの様について来ていたボアの数だ。


 最初は数えていたが、途中からは戦闘に集中していたため数が把握しきれていなかったのだ。討伐数は四十二匹。普通に考えたら恐ろしい数の集団だった。数匹仕留めるのにも一苦労の獣を四十二匹も倒していたのだ。


 ツインテールウルフは八匹。これも最初に出てきた個体を除けば、ボアとの戦闘中に混乱した子供たちを襲おうと森から出てきた所を兵士の手によって倒された。


 フェザーラビットは十八羽、ランドバード十三羽と此方も普段に比べ大量の収穫であった。ただ、収穫しすぎて個体数が減ってしまう事もあり暫くは狩りをしない方が良いそうだ。


 森の入口付近には、戦闘の場所になった所に散らばる血の匂いに誘われて、あまり出てこない森の奥にいる獣まで出てきているそうだ。


 そちらの対応は、村の兵士たちが間引いている様なので問題ないそうだ。


 その兵士や手伝ってくれた村の人には、討伐した獲物を幾つか分けた。ボアとフェザーラビット、ランドバードを数匹だ。ギガントボアを提供しようとしたアンネローゼだったが、これは皆一様にお断りをしてきたそうだ。


 ヴェラの所に幾らか売ったりはしたものの、数が数だけにすべては売れなかった。そのまま腐らせるのも勿体ないので、少し離れた所にある街に行ってそこの冒険者ギルドか商業ギルドに買い取ってもらう事になった。


 冒険者ギルドは、各国に籍を置き独自の立場で地位を築き、国も無碍には出来ない大型機関の一つだ。ある程度の大きさがある街には、必ず一つは存在しており王都など大都市になると二、三箇所は拠点と置いている。レカンテート村には冒険者ギルドは存在していないため、必要があれば馬車で半日ほどの距離にある交易都市イリードに向かう必要がある。


 商業ギルドは、冒険者ギルト同様の大型機関で、冒険者ギルドは主に討伐や採取、傭兵など幅広く扱う派遣専用のハローワークみたいなものだが、商業ギルドは逆に販売に関する事、物の売買、商店全体の管理などを取り締まる仕事だ。商人になりたければ商業ギルドに属さなければならないなど、多少なりとも縛りが存在するがそれはいずれ。


 まあ売り行くにも怪我が治っていないし、準備も整っていない。一応ギガントボアなどの獲物は、アンネローゼ所有の魔法の袋にすべてしまい込む事が出来たから急ぐ必要はないが、彼女曰く残りの容量が非常に少ないようで、かなり圧迫しているとの事だ。今すぐは問題ないにしても長引けば悪影響になるかもしれないので、できるだけ早く売りさばいておきたい。それにギガントボアの討伐依頼が出ている以上早めに報告をする必要もあるのだ。


「早く治ってくれれば、すぐにでも行けるのにな」


 部屋に戻って安静にしているレオンハルトが一人呟く。今回の戦いで、失ってしまった武器を交易都市イリードで新しく新調する事にした。それなりの街なら武器職人の一人や二人は必ずいる。そこで、念願の刀を作ろうと考えていたからだ。


 お金も今回の討伐で売ったお金の幾らかは手元に来るそうなので、それで作ろうと考えている。


 ただし、どれもこれも治らなければ意味がない。


「治癒魔法・・・・どうやればできるんだ?」


 以前、軽い怪我をした時、試しで使用してみたが珍しく失敗してしまった。それから何度か試しはしたものの成功したことは一度もない。今回、空いている時に司祭に治癒魔法の使い方を聞いたが、やはりうまくいかなかった。


「無詠唱だからできないのか?それとも適性の問題かな?」


 適性の問題であれば魔法の兆候は見られない。だが、ほんの僅かに兆候が見られるから全くないことはなさそうなのだ。だからこそ余計に悩む。


 適性が低い場合は、兆候が見えるが発動はしない。適性があれば、やり方が間違っている。となり、そこを見極めるのは意外と大変なのである。


「司祭様が教えてくれた詠唱で試してみるかな。<汝の傷を癒せ>『治癒(ヒール)』・・・・・・・やっぱり駄目か」


(イメージがもっと具体的にしなければならないのか?でも司祭様は、そんなに複雑なイメージはしていないと言っていたし、そもそも複雑と言ってもこっちの世界だと神経とか骨の細部まで詳しく知らないよな?――――あれ?ならどうやってイメージしているんだ?くっつくイメージでもしているのだろうか?)


 そこからは、思考の世界に身を投じ始める。考え方、方向性、具体的な身体構造、それらを幾度となく考えていく。


(そう言えば、俺も前世での人の構造はわかるけど、こっちも同じなのだろうか?そもそも魔法が使える段階で、何か前世とは違う神経か何かがあるのではないか?だとしたら修復する構造が違って魔法が発動しないのか?)


 身体の構造を今一度見直す必要がある。見直すと言っても此方の世界の身体構造は一度も調べた事がないが・・・。


 魔力を使って身体全身を調べる『構造解析(スキャン)』そこで分かる不明な個所を調べる『分析(アナライズ)』。二つの魔法を用いて調べる事にした。因みに『構造解析(スキャン)』は、自分以外にも他人の身体を調べたり、物も調べる事が出来る。例えば、魔道具の内部を知る事もできる。『分析(アナライズ)』は逆にそれが何で出来ているのか、どんな物質なのかを知る事が出来る。簡単に言えば設計図とテキストと言えばわかりやすいだろう。


 調べた事で分かったことがある。ある程度、骨や筋、神経、血管と同じなのだがいくつか違う部分があった。まずは、臓器だ。見た事もない臓器が一つ存在している。『分析(アナライズ)』の結果、魔心臓と呼ばれる臓器だ。心臓と名は付いているが、心臓と同じようにここが駄目になると死に至る訳ではないらしい。ただ、直さなければ魔法が使えなくなるが・・・。


 そして、魔心臓から延びる新しい血管、血液ではなく魔力を流す管のようで、そのまま魔管と呼ばれているらしい。他に幾つか知らない神経も存在しているようだ。


 頭を抱え込むレオンハルト。此処まで違うとは思ってもおらず、また意味不明な量の情報が頭の中に納まってしまったため、結構重度な頭痛に悩まされた。


 少しずつ、脳に入った知識を整理していき、どうにか半刻程で痛みは治まった。


(想像以上にきついな。特に複雑な構造で訳の分からない事を調べるとなると・・・。もう少しで、夕食で食べた物を戻すところだった)


 実際、調べ始めて一番初めに知識の波が来た時は、本気で戻すところだったのだ。前に植物を調べたり、どんな金属なのか調べた時はそこまでには至らなかった。恐らくキャパシティの問題だったのだろうと考えるが、それよりも先に考える事があったので、其方を優先する事にした。


 新たに分かった神経や魔管、魔心臓をきちんと身体の構造体に認識させ、治癒魔法を使う事にする。


 発動と同時にやや緑がかった光が傷ついた身体を治し始めた。


「で、できた」


 見事に治癒魔法『治癒(ヒール)』を成功させたのだ。今まで習得してきた魔法の中で一番感動を覚える。それだけ、この魔法は習得するのに手間暇かかっていたから余計に感動ものである。


 まあ初めて使うためか、予想以上に魔力を消費してしまったが、練習をすればかなり魔力を抑えた状態で今以上の力を発揮できそうだと確信する。


 またしてもやらなければならない事が増えた。レオンハルトは、これからどうするか眠気に襲われるまでの間ずっと計画を練り直していた。


 翌朝、朝食の時間になりベッドから起きて、食堂へと向かう。


「おはようございます」


 既に何人か起きて朝食のお手伝いをしていた。そこにいる皆に挨拶をし、自分も準備を手伝おうとした時、キッチンの方から一人の老人がやってきた。


「はい。おはようございます。昨夜はよく眠られ・・・おや?」


 老人は挨拶をしている時にレオンハルトの状態に気が付いた。昨日までつけていた三角巾を今日は付けていないのだ。それどころか、身体の彼方此方に巻いていたはずの包帯もすべて外してある。


 邪魔だから外したのではない事は、その傷口を見ても理解できる。


「傷口が塞がっとるようじゃが?何かしたのか?」


「はい。昨日、治癒魔法について司祭様に教えてもらったので、部屋に戻ってからずっと練習していたら使えるようになりました」


 老人・・・いや司祭は、その言葉を一瞬疑った。やり方を知ったと言って昨日今日で出来る様な魔法ではないのだ。才能がある物でも一週間近くは習得に時間を有するの物を目の前の少年は僅か数時間で習得してしまったのだ。


 司祭の驚きで他の皆もその異変に気が付き始める。騒めく食堂に一早く対応したのは、アンネローゼだった。


「はいはい。皆はそのまま手を動かして、レオンハルトくんは私と司祭様とで後でお話をしましょう」


 そうして、騒がしい朝食を食べた後はそのまま、別の部屋へ移動し話をすることになった。


 なぜ急に治癒魔法を習得したのか。どうやって習得したのか。レオンハルトの治癒魔法がどれだけの威力を持っているのか等々、かなり根掘り葉掘り聞かれたが、一応答えられるところのみ答え、答えられない所は辻褄が可笑しくならないよう作話を伝えた。


 昼前までかかった彼らは、昼食を取った後皆に治癒魔法をかけて回った。因みに治癒魔法のやり方をシャルロット、リーゼロッテ、ヨハンに教えた所シャルロットは数時間後、ヨハンとリーゼロッテは翌日に習得する事が出来た。皆、適性が全くなかったわけではなかったので試しに教えた所見事習得する事が出来たのだ。


 習得とは別の意味で、ユリアーヌとクルトからは呆れられた表情で見られてしまったが・・・。


 司祭とレオンハルト、シャルロットの三人で残りの怪我人の治療を行い、日が沈む頃には全員の治療が終わってしまった。


「いやーまさか此処まで早く終わるとは思ってもみなんだ」


 司祭はあまりにも仕事の速さに驚きを隠せない様子だ。今日一日で一体どれだけ司祭の心臓に負担をかけたのか分からない二人は、申し訳なさそうに微笑した。


 そんな二人に司祭は近寄り、頭をなでる。


「お前さんらはよくやった。戦場でも此処でも多くの者の命を救ったのじゃ。それは、誇れるものじゃからそんな顔をしなさんな。こんなじーさんでもまだこれ程の刺激に会えるとは思っておらんかったしな」 


 司祭と言うよりは、自分たちの祖父と会話している様なそんな感覚を覚える。恐らく、頭をなでられているそのぬくもりもそう思わせる感覚の一つであるのだろう。だが、二人は頭を撫でられることは嫌ではなかった。


 張り詰めた心を一瞬だけれど和らげてくれたのだから。


 司祭と別れて、そのまま皆で孤児院に戻った。











 それから数日後、交易都市イリードから商人の馬車が来た。商人は七日ごとにこの村に現れては商売をしている。商人のスタイルも様々で、彼の様にイリードを中心にその周辺の村や町を生業にする者から、国中を生業にする者、旅の様に転々とする者、国家間でと言う者もいるようだ。


 この商人は、ヴァイデンライヒ子爵に雇われている商人で、きちんとした値段で売ってくれる。物の値段は、その時の物価にもよるが、あくどい商人は平均額の三倍近くで売り付けてくる者もいる。そういう輩は、大体個人でしているか、手汚い大物が後ろにいるかのどちらかだ。


「こんにちはオスカーさん。今日は塩をもらえるかしら?」


「これはこれは、アンネ殿。お塩ですか?どのくらい要ります?」


 雇われ商人ことオスカー・シュトライヒは、その中年層には似つかわしくない爽やかさが似合う笑顔で対応する。何しろ見た目は二十代後半なのに、実年齢は四十代前半なのだ。


 それは、アンネローゼも知っている。オスカーが毎週の様に商品を売りに来る商人の仕事を始める前からの知人なのだから。


 必要な物を買いそろえると、早速本題に移る事にした。


「明日、イリードに戻るのよね?良かったら相乗りしても構わないかしら?」


 相乗り自体は、オスカーが帰る時に何度か村の人から幾らかもらって乗せて行ったことはあるが、それでも基本的に帰る当日に乗り合い場に立ち寄り、希望者がいれば相乗りさせる程度だ。


 事前に予約を取るようなことは今までなかった。


「ええ。それは構わないですけど、いきなりどうしたんです?」


 今までのアンネローゼを知っている彼からすれば、思いもよらないお願い事だったためにその理由が気になってしまった。


「半年近く前に目撃情報のあったギガントボア覚えている?」


 それは、オスカーも覚えている。ギガントボアが目撃されたと言う事で、このあたりで活動していた商人たちは、高いお金を払って護衛をつけたり、別の地域の商売へ移ったりしたからだ。オスカーもそれなりに苦労をした。オスカー自身対策は前者でも後者でもないが、売りに行った先であっと言う間に売れてしまい。買えない人が続出したのだ。


 商人としては、助かるが子爵家に雇われている身としては、皆にある程度行き渡らないのは問題であったからだ。


 それを、肯定するように頷く。


「それを先日この村周辺に出没してね」


 倒された情報を得ていなかったが、目撃情報から既に半年近くも経っている。このあたりにはもういないであろうと踏んでいたオスカーにとっては、驚きを隠せない情報だった。


 半ば、本当に居たのかさえ疑わしい情報になっていたのが、此処に来て、それも知人のアンネローゼが言うのだから信憑性は一気に上がった。


 出没したと言う事は、それを冒険者ギルドに報告しに行く必要がある。だから、イリードへ行く為に相乗りを前もって伝えてきたのだとあたりを付けた。


「討伐依頼の申請に行くのですね。わかりました」


 自信をもって言うオスカーだったが―――。


「いえ、討伐しましたよ」


 笑顔でオスカーの間違えを正すアンネローゼ。


「え、あ、そ、そうですよね。血氷の魔剣士と呼ばれたアン―――」


 オスカーは最後まで話す前にその口を止めた。


 非常に怖い表情で、笑いながら喉元にナイフを突きつける。


「アン何かな?」


 オスカーは、アンネローゼが過去の通り名を非常に嫌っていたのを忘れていた。そして忘れていた事を後悔するように冷汗を流し始めた。


「ただのアンネローゼ殿です。はい」


 分かればよろしいと言うように、ナイフを収めた。命拾いしたと安堵の表情を見せるオスカーであったが、先程言いそびれた内容を改めて口にする。


「私だけではないけどね。ギガントボアが五匹も出た時には、流石に焦ったわ。現役時代でも一人で五匹は難しかっただろうけど、それでも随分と劣ってしまった事に後悔したわ」


 そのまま、何があったのかを詳しく聞いた。アンネローゼは冒険者時代、かなり実力を持つ魔法剣士だった。オスカーはアンネローゼが所属するチームで一緒に戦っていたからよくわかるが、彼女はリーダーに次ぐ実力者だった。そんな彼女が苦戦したギガントボアを僅か五歳の子供数人に倒された。それがあまりにも信じられない。


 それもそのうちの一人に関しては単身で倒していると聞いては、何かの間違いではと疑いたくもなる。


 しかし、アンネローゼの表情を見ればそれが真実だと言う事も長年一緒にいたためか分かってしまう。


「わかった。それでイリードに行ってどうするんだ?」


「ギガントボアとボアを売りに行く為よ。勿論、活躍した子供たちも一緒に行かせるわ」


 アンネローゼの答えを聞き、相乗りの件を了承する。そして、明日の午前中には出発する旨を伝え解散した。


 翌朝、アンネローゼ、レオンハルト、シャルロット、リーゼロッテ、ユリアーヌ、クルト、ヨハンの七名は村の北口に足を運んだ。到着した時にはすでに、二十代後半のやや爽やかな感じの男の人が馬車の点検をしていた。


 彼の所に行くまでの間に彼の素性を教えてもらった。


 驚くべき点はその容姿であろう。二十代後半かと思われたその男性は四十代前半なのだから。


 それと、アンネローゼの古い知り合いと言う事も少なからず驚かされる点であった。


 話が終わる頃には、向こうも気が付いたようで、此方にやってきた。


「皆さん、こんにちは。アンネ殿この子たちがそうなのですか?」


 男は俺たちの事を確認するように見た後は、それが確かなのかアンネローゼに問いただしていた。


 アンネローゼもそれに答えると尽かさず男は一歩前へ出で自己紹介を始めた。


「初めまして、私、ヴァイデンライヒ子爵様の命によりイリード周辺にて商人の活動をしております。オスカー・シュトライヒと申します。以後お見知りおきを」


 右手を胸に当て礼をするオスカー。突然畏まった挨拶をしてきた彼にどうすればいいのか対応に困る子供たち。


「ご挨拶が遅くなりました。自分は、レオンハルトと申します。よろしくお願いします」


 レオンハルトに次いでシャルロット、ユリアーヌ、ヨハン、クルト、リーゼロッテが挨拶をしてゆく。


 それぞれが自己紹介をした後、オスカーの指示で馬車に乗り込み出発した。


 馬車での様子は、普段と変わらない他愛もない話をしていたが、唯一困ったのが、馬車の乗り心地が非常に悪いことだろう。


 道路は当然ながら舗装されていないし、平にもなっていない。ガタガタで、荷台はすごく揺さぶられる。都心に行けば多少マシだとオスカーから教えてもらったが、そこまで行くのが意外に大変だったりする。


 問題は道だけではない。


 馬車の荷台の構造、足回り、環境の悪さ、どれをとっても最悪だ。アンネローゼやオスカー、何度か馬車に何度か乗った事のあるユリアーヌたち三人は平然としているし、馬車はないにしてもこんなものでしょと言いそうなリーゼロッテも平気な顔をしている。平気な顔でないのは、前世の記憶を持つ二人だ。


 当然、前世では車と言う乗り物に乗っていて、そこそこ悪い道でもそこまで気にならないレベルだった。しかし、此方ではそうはいかない。


 小石程度で荷台がガタッとなりお尻が痛くなるし、商売用の樽や木箱がガタガタ煩い。(ほろ)と呼ばれる布状の屋根があるが、雨や風、土埃などを防ぐ程度で、森の近くでは普通に虫が入って来る。


 日が暮れる前に交易都市イリードに到着する事が出来た。


「やっと着いたのかー」


 イリードの街に入る前にその街を守る兵士たちによって入場許可の検査があるため、一同は荷台から降りた。


 ずっと座りっぱなしだったせいもありクルトが荷台から降りると背筋を伸ばして、声に出したのだ。


 その気持ちは分からなくもない、乗り心地の悪い上に荷台から降りたのは、昼食時とトイレ休憩時、後はたまに出てきた獣の排除の時のみだったから、降りた皆も声には出さなくても背筋を伸ばしたりしていた。


 交易都市イリード。人口は約十万人、交易が盛んなために交易都市とも呼ばれ、その特徴が町全体にも分かるぐらい賑わう街だ。また、亜人族や獣人族も普通に街に暮らしている。亜人族は主にエルフやドワーフ、ケンタウロスなどの種族が多く、獣人族は人の容姿に猫や狐、狸などの耳や尻尾が生えた半獣人、狼や虎が服や鎧を身に着け二足歩行をしている獣人など様々である。


 街中の中心から十字に伸びるメインの通り。その通りから少しそれたサブ通り、そのサブ通りから幾つもの枝が伸びるような路地と続く。基本的にはメイン通りに商店や宿屋、飲食店、武器や防具を取り扱う鍛冶屋、魔道具屋、冒険者ギルド、商業ギルドなど街でも大手の者たちが場所を得ており、サブ通りは、裕福な家、大手工房、メイン通りより少しランクの低い商店や宿屋などがある。そこから徐々に外れていくとランクもそれ相応に低くなる。


 街の外周を高い壁で覆うのは、魔物や獣、盗賊など外敵から街を守るために作られている。中心から十字に伸びる先の外壁、東西南北に門が存在し、そこから街の中と外を行き来する。門から遠い外壁の辺りは農場の様な物があり、門から近いと馬車などの乗り合い場から馬車などを引く馬や大人しい種類の熊もどき等を扱いやすいよう手なずけ売るお店などがある。


 街から出る時はそこまで難しくはないが、入る際はお尋ね者や犯罪者が街へ入れないように検査をしていたりする。また街に入るためには、場合によって金銭を支払わなければならい事もある。貴族や教会関係者、身分が証明されている者、通行許可書を所持している者たちは支払わなくても良い。逆にお忍びで正体を知られたくない貴族や、身分が証明されていても商売目的で訪れる商人は支払わなければいけない。あとは純粋にレオンハルトたちみたいに周辺の村に住んでいて、街とはあまりかかわりを持ったことのない者は支払う必要がある。


 オスカーは、ヴァイデンライヒ子爵より承っている。専用の通行許可書を取り出し、積み荷を一通り見られた後、そのまま中に入る。彼の様な個人経営の商人とは別の領主に雇われている商人は、それ専用の通行許可書があれば免税されるのだ。


 アンネローゼも冒険者カードを提示すれば、支払わなくても良い。ただし今回は子供たちがいるため子供たちの分の金銭を支払う準備をした。


 支払う前にレオンハルトたちは、水晶の様な物に手を当て、簡単な質問を受けた。


 質問の内容は、何か犯罪をしたことがあるかの一言だけだ。ないと答えた際に水晶が光れば嘘をついている事になるようで、全員光る事はなかった。


 同伴者の身元がしっかりしているのと子供と言う事で一つの質問だったらしいが、実際は幾つか質問されるらしい。


「問題ないな。ではこれが仮許可書だ。一人大銅貨一枚で、ええっと・・・・・子供が六人だから、大銅貨六枚だ」


 アンネローゼは、懐から大銅貨六枚を係りの兵士に渡す。


「滞在期間は七日だ。七日以上滞在するならその前に一度、門の所か街中にある駐屯所へ行って再更新の必要があるぞ。それとくれぐれも面倒だけは起こすなよ」


 木でできた仮の許可書を受け取る際に兵士から軽く注意を受けた。クルトやリーゼロッテは少し表情が険しくなったが何も言わない。ユリアーヌやヨハンは兵士がどういうつもりで言ったのか理解している様子だ。


「どういう事なんだろう?」


 シャルロットは、兵士の言葉に何かしらの意図がある事は理解しているが、それが何かがわからないようでレオンハルトに小声で訪ねていた。


「恐らくだけど、街中も必ず治安が良いと言う事ではないのだろうね。繁華街から外れた通りとかにスラムがあるのかもしれない。だから、物を盗む子やトラブルになりやすいんだと思う」


 前世の経験をそのまま彼女にそっと伝える。


 レオンハルトは、前世―――伏見(ふしみ)優雨(ゆう)として生きていた時、武術の試合や修行で外国に何度か足を運んだ事があった。日本では、あまり居ないが、貧しい外国に行った時は大人子供関係なく薄暗い街路地生活をする人が多くいた。雨風を凌ぐすべはなく自分たちの体温が失われないようビニール袋を身体にかけ寝ていたし、食事はお店の残飯や消費期限の切れた物、盗んできた物などで食いつないでいたのだ。


 スラム街とまで言われるような一角も存在しており、盗みや窃盗、恐喝、誘拐、殺人。あらゆる犯罪がそこには存在していた。


 だから、そう言う側面を目にしてきた彼は、この世界にも同じような事はあると踏んでいた。


 しかし、彼女はレオンハルトの言葉を聞き痛く悲しげな表情をしていた。


 スラムで暮らす事がどれほどの物か想像しての事だろう。


 南門からメイン通りを少し歩いた所でオスカーと別れた。


 そのまま宿屋を探しに行く。孤児院の子供を時々連れ来る折に毎回利用させてもらう宿屋があるそうなのでそこへ向かっている。毎回と言うが、実は何か所か利用していて、満室の時は別の所を利用する形だ。


 街の中央よりやや南側にある。黒猫亭と言う宿屋に足を運んだ。中に入った時に何故そのような名前なんかすぐに理解した。


 受付が黒猫の半獣人の女性だったからだ。


「いらっしゃいませ。ようこそ黒猫亭へ」


「四人部屋と三人部屋それぞれ一部屋ずつ三日ほど空いているかしら?」


 アンネローゼがすぐに対応する。元々、金銭管理は彼女が行っているし、保護者と言う事もある。


「どちらも空いていますよ。ちなみに一泊の料金が、四人部屋は一人二百ユルドで三人部屋は一人二百五十ユルドになるけど・・・」


 部屋自体は、問題がないようだったので三泊分合計四千六百五十ユルド、貨幣にして銀貨四枚、大銅貨六枚、銅貨五枚を出して支払い、部屋の鍵を受け取った。


 値段的には割と一般的だ。夕食はないが、朝食が付いて一泊二千円だと前世でもほとんど見た事がない金額だが、此方の世界では前世程のクオリティがないので、丁度良いといえる。


 部屋は三階の一番奥の部屋とその向かい側の部屋だった。取りあえず荷物を部屋まで持って行き、夕食を一階の受付横にあった飲食店で食べる事にした。


「皆好きなのを選んでいいわよ」


 店の店員からメニュー表を受け取ったアンネローゼは、それをそのまま子供たちに手渡した。


 各々、注文し食事を済ませた後は、部屋に戻る。四人部屋の方へ皆が集まる形だ。


「明日の朝、冒険者ギルドに行ってギガントボアを査定してもらうから、それが終わったら街で買い物をしましょう」


 その後は少し、雑談などをしたり、何か欲しい物、気になる物があるかなど話し合っていた。


 翌朝、やや硬いパンとスープ、少量のサラダが朝食として出てきた。基本提供されるのは、何処も同じような内容らしい。他に食べたいものがあれば別途料で提供されるようだ。


 孤児院の時とそう変わりはしないメニューだったため、特に追加注文することなく。宿屋を出た。


 暫く街中を歩くと、やや大きな木造の建物が見えてきた。


 建物から出入りする人は、分厚い鎧を着こんだ者から軽装の者、ガラの悪い者と多くの人が利用しているようで、五歳児の子供からすれば近寄りがたい建物でもあった。


 そんな事はお構いなしにアンネローゼはその扉を開け中に入っていく。それにつられてレオンハルトたちも中に入る。入った瞬間半数の者が此方へ視線をやるが、その後は各々の作業に入ったりしていた。


「さて、買取の受付は・・・っと、あれね」


 お目当ての受付を見つけるとそこへ皆で行く。


「おう。いらっしゃい。何か買取かい?」


 買取の受付には、四十代後半位の厳ついヤ○ザの様な顔つきのスキンヘッドの男性が立っていた。しかも拍車をかけるように声まで野太く、より怖さが際立っていた。


 他の受付を見ると若い女性や奇麗な女性も数多く働いているが、何故か買取の所だけ怖そうな男性ばかり対応している。


「えぇ。たくさんあるから、裏を使いたいのだけれど」


 そう言うと、直ぐに男は壁にある立札の所へ行き、確認する。


「二番が空いているな。おーい二番倉庫行くから表頼むわー。では、行こうか」


 スキンヘッドの職員に連れられて、専用の通路らしい通路を通る。


 通路の先は、外へ出るようになり、そのあとすぐに幾つかの建物が見える。


「ここは?」


 レオンハルトが、そうつぶやくと。


「ここか?ここはな、大量に買取を行う時に使用する倉庫だ。カウンターで買取も行っているが、量が多かったり、処理していなかったりした物を持ち込む時には、こっちを使用するのさ」


 カウンターでの買取は、加工された毛皮や角、牙と言った物や薬草、鉱石などが対象で、倉庫は、先程職員が言ったようにカウンターに置ききれない量や解体していない獣や魔物などである。特に獣や魔物は、小さい物でも倉庫へ持って行くのが基本だ。そうしなければ、カウンターが血まみれになったり、生臭さが残ってしまうからである。


 アンネローゼが裏を使う時に言ったたくさんあると言う表現も職員側からしたらありがたいらしい、倉庫もすべて同じ大きさではなく。大きい倉庫から小さめの倉庫まであり、用途によって使い分けができるようにしているのだ。アンネローゼが言わなかった場合は、職員側から訪ねてきたりするらしい。


 入口に二番と書かれた倉庫にたどり着く。倉庫と言うか二番区画と言った方が正しい感じがする。壁はコの字にあり、両サイドとはきちんと壁があるが前面に関しては何もない。高さはかなり高く作られていて屋根もあるため、雨が降っても大丈夫なようになっている。


「すまないが此処に出してくれるか?」


 二番倉庫の中央で、買取物を出す。ツインテールウルフ八匹、フェザーラビット五羽、ランドバード五羽それに此処に来る道中で遭遇したゴブリン六体、アラギツネ三匹、薬草等を出していく。最初は、職員たちも子供連れもありこんなものかと考え、案内をしたスキンヘッドの職員は、もう少し小さい倉庫でもよかったと思い始めていたその時、今度はボアを出し始める。


 一匹目は驚いたが、二匹三匹と出すと驚きは薄くなっていく。ただし、十匹を超えると驚きは徐々に大きくなり始める。二十匹目を超える時には、驚きを通り越して表情に変化がない。結局三十匹出し終え、アンネローゼがその場を異動し始める。


「い、いやー驚いたな。ボアがこんなにあるとは・・・では査定に」


 そう言おうとしたが、移動したアンネローゼが最後のメインディッシュとばかりにギガントボアを出してその場に置いた。


 これには、スキンヘッドの職員以外も皆驚きのあまり、口を大きく開けたまま目を見開いてみていた。


 アンネローゼは、その後も三匹のギガントボアを出し、合計四匹のギガントボアが第二倉庫に横たわっていた。


「こ・・・こりゃ、驚いたな。いやいや、それよりもこれをどこで倒したんだ?」


 スキンヘッドの職員は血相を変えて、聞いてくる。その容姿で、迫ると更に怖さが増す感じがするが、そんな事は気にも留めないアンネローゼは、男の欲しい答えを答えていく。


「レカンテート村の近くで出没したため討伐。恐らく、半年ほど前に討伐依頼が出ていた個体でしょうね。ただ、一個体ではなく複数いた事にはかなり焦りましたが・・・」


「なら、問題ないのか。それにしてもギガントボアが四匹も出るとわな。この辺りは低ランクの魔物が群れる事はあっても、ギガントボアの様なそこそこレベルの高い魔物が群れるのは聞いた事がないな」


 スキンヘッドの職員は、両腕を組んで考えていたが、そこに訂正するようにアンネローゼが発言。ギガントボアが全部で五匹いた事に再度驚きを見せていた。


 彼は、詳しいことを聞きたそうではあったが、彼の仕事は買取の担当。受付でギガントボアを討伐したことを伝えるように指示を出す。


 恐らく、詳細はそこから冒険者ギルド上層部に報告するようになり、詳しい詳細は彼らが聞くだろうと考え、査定に暫くかかる事を伝える。


 数も多い上に持ち込まれた素材の状態確認も行わなければならない。昼過ぎには終わる事を伝えると、アンネローゼたち一行は討伐報告のため受付へと向かった。


 ちなみに別れ際にスキンヘッドの職員が名前を教えてくれた。エッボと言う名前で、受付でその名前を出してくれればすぐに対応してくれるそうだ。


 ギルドホールに戻ると今度は、一般受付の列へ並ぶ。窓口が四つもあり、それぞれが依頼を受けたり、報告したりするために並んでいて、その中でも一番列に人が少ない所へ並んだ。買取受付や一般受付の他に依頼申請受付、それと冒険者に最低限必要と思われる品々を置いた購買の四種類だ。


「いらっしゃいませ。本日はどう言ったご用件でしょうか」


 元気のいい犬の垂れ耳を持つ半獣人の女性が対応してくれる。


「依頼は受けていないのだけれど、討伐完了の報告に来たの・・・あっ討伐部位を貰うの忘れてた。ごめんなさい。今討伐部位は買取の所にエッボさんの所にあるの、どうしたらいい?」


 魔物の討伐依頼を賞めするために討伐を証明するための部位が必要になってくる。それがなければ、いくら討伐しても認めてもらえず、放伐完了の報酬ももらえないのだ。


 アンネローゼは、久しく冒険者として活動していなかったので、買取の所で討伐部位を貰うのをすっかり忘れていたのだ。


「わかりました。此方の方で確認をしてまいりますので、しばらくお待ちください」


 そう言って、担当してくれた女性は、すぐさま裏の通路へ向かった。


 暫くすると担当してくれた女性が通路から現れるが、受付には来ず、そのまま別の通路へやや急ぎ足で向かって消えた。


 リーゼロッテやユリアーヌたちは、何かあったのだろうかと顔に出ていた。アンネローゼとレオンハルト、シャルロットの三人は事の重大さを理解している分、上の立場の人に報告に行ってこの後の指示を仰いでいるのだろうと推測していた。


 そうこうしていると担当してくれた女性が別の女性と共に現れ、慌てた様子で受付に戻ってきた。


「お、お待たせしました。すみませんが支部長が事の真相を知りたいそうで、お時間を少々いただけませんか?」


 アンネローゼは、申し訳なさそうにそれに対して了承する。


 彼女自体、こうなる事は予想がついていた。だから、先に買取をお願いして査定している間にこのような事態に対応しようと考えていたからだ。


 そこへ、一緒に来た女性が受付から出てきて、挨拶を始める。


「初めまして、私は冒険者ギルドイリード支部支部長補佐をしております。エーファ・レディガーと申します。どうぞよろしくお願いします。では早速ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 エーファに案内されるまま奥の通路へ行き、そこにある階段で上の階へ上がった。


 上の階にはいくつかの部屋があったが、その一番奥の部屋に案内された。


 扉の手前でノックをして要件を簡潔に伝えると、中の人物から許可が下り、エーファはそのまま扉を開けて中へ入る。それに連れられるようにアンネローゼたちも中に入る。


 案内された部屋は、正面に窓があり、その手前に大きな机、机と扉の間にはソファーとそれに合わせたサイズの机が置かれている。右側の壁には、高価な物なのか使用していた記念の物なのか分からないが武器がいくつか飾られていている。左側は、本棚になっていて、パッと見ただけでも分かるぐらい分厚い本が幾つも並べられていた。


 大きな机の所に座って書類に何やら記入しては印を押す作業をしている大柄の男性がいた。


「すまないが、少し待ってくれるか」


 男は此方を見ずにそう話すとアンネローゼが一歩前に出て、苦笑の笑みを浮かべていた。


「相変わらず、忙しそうにしているのね。ギルベルト」


 ギルベルトと呼ばれた男は、その声の主を見て、驚いた表情をしめした。


 案内をしてくれたエーファも同様の顔をしていたが、一早く状況を理解したのはギルベルトの方であった。


「誰かと思ったらアンネかー久しぶりだなー元気にしてたか?それより急にどうしたって、そうか呼び出したのは俺か・・・って事は、ギガントボアを倒したのはアンネだったのか。それなら納得が出来る」


 一人で疑問に対し答えを導き出して納得する彼に補佐役の彼女から質問が飛んだ。


「あの支部長?彼女をご存じなのですか?」


 その質問は、アンネローゼとギルベルト以外の者は一同が気にしていた疑問だ。


 昔冒険者をしていたのは、知っている。そこそこの知名度がある事も知っているが、逆に言えば彼女の冒険者時代の話はそれしか知らない。昨日初めて、冒険者時代の頃の仲間を紹介してもらったが、此処に来ても彼女の冒険者時代に関わっているであろう人物に合うとは全く予想をしていなかった。


「知っているよ。昔、冒険者として動いていた時の仲間さ。おっとそっちの子供たちには、自己紹介をしておこうか。初めまして、この冒険者ギルドのイリード支部支部長のギルベルト・オーレンドルフだ。ギルと呼んでくれて構わないぞ。ガハハハッ」


 最初にこの部屋に入ってきた時と目の前で気さくに笑う彼が同じ性格をしているとは、間違っても思えない。確かに今の性格の方が見た目と同じように釣り合うのかもしれない。背丈は高く、肉体もがっちりしていてボディビルダーのように思えてくる。髪型も整えていないのか、黒髪に所々白髪が目立つライオンヘアー、年齢を感じさせる顔つき見た目だけで言うと四十代後半から五十代半ばと言ったところだ。


 その後、それぞれが自己紹介を行い。ギガントボア討伐とその時の様子を知りたいとのギルベルトに言われ、事の経緯を説明していく。


 最初は、薬草や獲物を捕りに行き、そこでボアやギガントボアに襲われた事。撃退にあたったのが自分と子供たちだと言う事。討伐時の様子やその結果など包み隠さず報告した。


「って事は何か?そこにいる子供たちがギガントボアを単独撃破したりしたのか?おいおいアンネよー流石にそれは・・・」


 疑うようにアンネローゼを見るも彼女が嘘を言っているようには見えないし、一緒に旅をしていた時も彼女がそういう性格ではない事は、ギルベルトは知っている。


 ため息の後、彼女の言う事が真実なのであろうと納得し、エーファに指示をだす。


 エーファは、指示を受けた後すぐさま部屋を退出した。


「今、この件を処理するように指示を出した。そっちの子供たちは年齢的に冒険者登録が行えないから、討伐の記録はアンネのギルドカードに書き込まれるが、許してほしい」


 冒険者ギルドに登録が出来るのは、十歳を超えてからでないと出来ない。こればかりは、国王陛下が指示を出しても出来ない程の問題だ。法律がどうとかではない。


 冒険者登録を終えた者には、ギルドカードが発行される。そしてそのギルドカードを作る魔道具があり、この魔道具が十歳以下の子が登録をしようとしても登録できないようになっているからだ。年齢変更出来ず作成者も不明。そもそもどういう構造なのかもいまだに解明されていない古代魔道具(アーティファクト)のため、分解して解析しても元に戻す事も出来ない故にそのまま使用しているのだ。


 今ない古代文明が栄えていた時に一般的に流通していた物のようで、この手の古代魔道具(アーティファクト)はかなりの数が出土している。その為、各ギルドがこれを所有していると言うわけで、ギルド本部には予備もいくつか所持しており新しく作ったギルドに設置できるようにしている。


 このあたりの事情は子供たちにはわからなかったため、支部長ギルベルトに訪ねた所、快く教えてくれた。


 特に秘匿するものでもないようで、逆にこのギルドカードを作成する古代魔道具(アーティファクト)は、カードを作る以外の使い道がなく。あるとすれば、更新時に使用したり、カード情報を読み取るぐらいだそうだ。


 このあたりの事も一緒に教えてくれた。


「所でちょっとお願いがあるのだけれど・・・」


 話がほぼ終わりかけた時にアンネローゼからギルベルトにお願いを申し出た。ギルベルトも何をお願いされるのか、分からないが一応出来る事であれば叶えようと話を聞く。


「この街で腕の良い鍛冶師を紹介してほしいの」


少し間が空いてしまってすみません。いくつかストックも作ったので、微調整しながら投稿していきますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] イメージの問題だとしたら何故できないのか疑問。そもそも世界が違うだけで人体構造が変わってたらビックリだわ。これが神殿関係者や何かの加護や祝福を受けてないとできませんならともかくね。
2019/11/28 21:16 退会済み
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