056 勇者の力
おはようございます。
先週は投稿が出来なくてすみません。
いよいよ、今週で11月も終わりますね。
12月も引き続き頑張ります。
「シーネ?・・・シーネッ!?」
「お、母さん・・・」
ゴブリンの集落で救出した、アーデ、マクシーネ、ナディヤ、リタの四名。そのうちマクシーネを彼女の実家である宿屋まで送り、親子の再会を果たした。
母親に続く様にして出てきたのは、父親と父方の祖母だ。二人は、店先で号泣する母親の異常に気が付き出てきたのだ。
「シーネなのか・・?」
「ああ、神様ありがとう、ございます。ありがとうございます」
父親は、娘が生きていた事に驚き、持っていたお玉を床に落とす。祖母は、どの神か分からないが、必死で感謝の言葉を口にしていた。この場合、神ってヴァーリの事かな?
暫くは、会話にならないと踏んで、外から見ているだけだったが、次第に俺たちの存在に気が付き、簡単に挨拶をした。
「すみません。冒険者をしています、レオンハルトと言います。マクシーネさんたちを偶然発見したので、此方までお連れしました」
「おお、レ、レオンハルト様、娘を・・・シーネをお救い頂きありがとうございます」
マクシーネの父親は、泣きながらお礼を言い、経緯を話す事になったので、仲間に宿の手配に向かうように指示。経緯は、俺とシャルロット、リーゼロッテが行い、付き人としてエリーゼとラウラを残す。後はアーデたちにも残ってもらう。馬車三台のうち一台を残してもらえれば、問題なく乗れる人数だ。
「宿屋がお決まりでないのでしたら・・・家に御泊りいただけますか?お礼も兼ねて御持て成しさせていただきますが・・・」
マクシーネの実家が宿屋だと言う事は、知っていたし、冒険者ギルドでも同じように言われたが、本人がそれを恐れていた。理由は単純に俺が貴族だから。
旅人や行商人、冒険者が泊まるには、丁度良い感じの建物だが、教会関係者や騎士団、貴族が泊まるには些か合わない感じの宿。要するに古く趣があるが、逆に言えば、少し汚い部分もある。全体的に見たら下の上から中の下ぐらいのレベル。
「我々は、ありがたいのですが・・・・大丈夫ですか?こちらは大所帯ですし」
マクシーネの表情が喜びから焦りに変わっているのを察し、しかも急な押しかけで二十人以上いるのだ、躊躇してしまうのも当然。
「部屋は大丈夫です・・・さすがに個室はありませんが」
「お、お父さんッ!!レオンハルト様たちは貴族です。家ではちょっと・・・」
「・・・・・え?貴族?・・・え?」
困惑し始めるマクシーネの父親。そこで、素性を明かす事になり、貴族当主に公爵家や侯爵家などの御令嬢だと話すと、真っ青な顔をして倒れた。
ああ、心労が立ったのかな?・・・・それだけでは倒れないだろうが、止めを刺した感じはする・・・。
倒れた彼をユリアーヌとダーヴィトに頼んで、運んでもらい。マクシーネの母親の方へ。貴族と言う事は気にしなくても良いと話した。それに対して、ティアナやリリーも同意見だと伝えた事で、この宿に宿泊する事が決まった。
金額を聞くと「主人がお礼をと勧めたので、代金は不要です」と返答があったが、流石に大所帯と言う事もあり、半額は此方で負担する事にした。
アーデは、冒険者ギルドの単身寮へ連れて行く必要があったので、クルトとヨハン、エッダとローレ、それからランに同行してもらい送りに出した。
暫くしていると宿屋の主人で、マクシーネの父親が目を覚ます。倒れてしまった事を一生懸命謝罪していたので、その謝罪を受け取った。マクシーネの家族に何があったのかの説明をするため、レオンハルトとシャルロット、ティアナ、リリー、エルフィーが残り、他の者は用意された各部屋に待機させる事にした。説明するのに何人もいるのもどうかと思うからである。ただ、レオンハルトたちが救出する前の話は、彼らには出来ないので、ナディヤとリタにも残ってもらっている。
この人選にしたのは、シャルロット以外貴族令嬢と言う事で残ってもらっている。何がったのかをあまり聞かせたくは無いが、彼女たちも貴族として教育されてきている。こういう時に正面から立たなければ国民に示しが付かないのだそうだ。
「――――そんな事が・・・・シーネ大丈夫か?」
レオンハルトの説明とマクシーネの説明で、事の深刻さを理解した家族は、とても悲しそうな表情で歯を食いしばっていた。
(まあ、実の娘が魔物に凌辱されていたなんて聞いたら、腸が煮えくり返えす思いだろう)
父親の言葉に無言で俯くマクシーネ。彼女の心もまた、深い傷を負ってしまっている。男性に対して恐怖はないが、魔物・・・特にゴブリンに対しては、恐怖心でいっぱいのはずだ。街の外に出てゴブリンと出くわせば、嫌な思い出が蘇りパニック症状になってもおかしくはない。と言うか既になっている。これは救出された者、皆PTSD・・心的外傷後ストレス障害となっていたのだ。
救出の後、商業都市オルキデオに向かう道中に魔物に怯えていた。特にゴブリンが現れた時は、酷く。完全にトラウマになっていたのだ。もしかしたら人と結ばれてもその行為の際は、症状として出るかもしれない。つまり、結婚できない可能性も考えられる。
この世界には生憎、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言う病名は無く、偏にパニック障害とまとめられている。主だった薬は無く、対処法も知らない。なので、パニック障害がある者は、見捨てられるか。奴隷商人に売られるかなどする事が多い。
「ベッカーさん。彼女の心は、我々では治せません。家族皆が彼女を支えていく必要があるので、大変だと思いますが、よろしくお願いします」
「は、はいッ。この度は、大変お世話になりました」
ベッカーと言うのはマクシーネの父親の名前。因みに母親は、ヨラと言い。祖母はマーラーと言う。
席を立ち、深くお辞儀をするベッカー。それに合わせて、ヨラとマーラーも深いお辞儀をした。
話を得た頃にお腹の鳴る音が室内に響き渡る。犯人はレオンハルトで、説明が終わった事で気が緩んでしまった。申し訳なさそうにすると、笑いながらベッカーが食事を用意すると言って食堂へ消えた。彼は、この食堂の料理人らしく。手早く料理を開始した。
シャルロットに頼んで、部屋にいる仲間に声を掛けてもらう。クルトたちも話の途中で戻って来ていたので、此処に居る以外は部屋にいる事になる。
シャルロットは、ローレたちの部屋を訪れ、他の者に食事に降りてくるように伝えて、先に食堂へ向かった。こういう時に彼女たちを使わなければ、後で色々と気を回される。
四半刻程で、美味しそうな料理が、食堂のテーブルに並ぶ。料理時間が短い為、凝った料理は出せなかったと謝罪してきたが、出されている料理だけでも美味しそうに思えた。
料理の代金を出そうとしたが、断られた。翌朝、宿泊の延長の料金を多めに支払い。食事代を受け取らない感じがしたので、現物支給で手を打たせた。
延長をしたのは、レオンハルトは例の鉱石の採集に出かけるからである。採掘の間、ローレたちに商売のイロハを教えるのと実際に商売を始めるので、シャルロットとリーゼロッテ、アニータが付き添うようにし、ダーヴィトとエッダは、ティアナたちの護衛に就いてもらう。ティアナたちには、この街の領主との面会を頼んだ。当主であるレオンハルトが行くのが筋なのだが、用事があるため彼女たちに代理を頼んだのだ。ユリアーヌたちは、レオンハルトと共に採掘に参加してもらうようにしている。
延長期間は、取り敢えず十日間にした。ナディヤとリタは、部屋でゆっくりしてもらっている。元気になったと言っても表面上だけで、精神は未だマクシーネと同じ状態だ。
前払いを終えた後に、それぞれ今日の行動を開始した。
王都の一室にて・・・・。
「ティアナは、きちんと食事を摂っているだろうか?」
エトヴィン宰相とリーンハルト候は、お互いの娘の安否を心配していた。当然、その中にはハイネス伯も含んでいるが、彼の場合は幼少期からエクスナー枢機卿の計らいで、色々な街に修道女見習いとして、派遣していたので二人ほど心配もしてはいない。
「彼が付いておるのだ。きっと大丈夫じゃろう?それより・・・・」
上座に腰を掛けているアウグスト陛下。彼の場合は、娘が同行しようとしていたが、立場を考えて行動するよう説得して、王城に留めている。ただし、レオンハルトの行動より、あれ以来娘が話をしてくれなくなった方が一大事ではある。
「それぐらいで、そろそろ会議を始めませんか?」
大臣たちの声で、我を取り戻した陛下たちは、アルドレール王国の今後の指針について話し合う定例会議が幕を開けた。
まあ、話し合いと言っても各々の状況の報告や領地の報告、問題になっている事の確認や方針を話し合うもの。集まっているのは、東西南北それぞれを任されている辺境伯や大きな街の領主をしている伯爵や子爵。公爵や侯爵などの上級貴族に各大臣の任に就いている者たちである。
話題として上がったのは、魔物の数が年々増えてきている事、新種の魔物の報告例。魔族の活動についてだ。特に魔族については、王都もかなりの被害を被ったため、早急な対策が必要とされている。
「魔族ですが、如何やらガウロン大陸と隣接する諸外国の地域では、魔族との戦闘が激化してきているという情報も得ています」
ガウロン大陸は、魔族が生息する大陸で、かなり環境が荒れた大陸である。人族の生息するローア大陸を我が物にしようと度々戦闘を仕掛けてきているが、これまでは如何にか水際で食い止めていたのに、それがだんだん難しくなってきているとの事。小国は既にいくつか滅ぼされているという情報も得ている。
ローア大陸で大国と呼ばれる国の一つガバリアマルス王国。大陸の北部に位置するこの国は、ガウロン大陸と最も近い位置に面した土地を管理しており、魔族との戦闘を幾度となく行っている生粋の戦闘特化型の大国だ。
軍事力だけでなく、優れた軍師に戦況をひっくり返す程の猛者たち。勇者も数名いる様な国だ。
この国と魔族との戦争は、最近更に激しさを増しているという情報も得ており、腕に自信のある冒険者や傭兵家業をしている荒くれ者たちは、戦果や高名を上げるためにガバリアマルス王国へ行く者も少なくはない。
「かの国が持ちこたえているから、この国も他の国もそれ程被害を出していないのだ。此方も何か支援物資が行えればいいのだが・・・」
ガバリアマルス王国とアルデレール王国は、距離がかなり離れているため、支援物資を送るのは難しい。ガバリアマルス王国の戦果から逃れてくる、かの王国の国民の受け入れを援助しているぐらいだが、これは他の国でも同じようにされていたりする。
「此方で支援できそうなものを見繕っておきます。それと、魔族が関与しているというスクリームの情報を提供してはいかがでしょうか?」
宰相が提案し、それを承諾する。その後も色々な事に対して、話し合いを行い無事、定例会議を終えた。
ただ、エルヴィン宰相の指示の元、ガバリアマルス王国への支援を行う準備を始めて三日辺りが経過した頃、魔族とガバリアマルス王国との戦闘に大きな動きがあり、その出来事に王城内・・・いや、ローア大陸に衝撃が走った。
衝撃が走る二日前、丁度アルデレール王国が王城にて上級貴族や大臣たちとの会議を終えた翌日。ローア大陸の北部、正確には大陸の北東部に位置する。魔族の生息する大陸に最も近い位置にあるガバリアマルス王国。
現在、この国は魔族との戦争を此処五年近く続いているが、この一年は特に激化してきている。
「王よッ。前線に兵士の補充をして頂きたい」
ガバリアマルス王国の王都にある王城にて、最前線の総指揮を任されている将軍が、一人で国王陛下に要望を伝える。
「ガリス将軍。これ以上、兵を前線に送れば王都を守る兵が居なくなりますぞ?」
国王陛下が言葉を発する前に宰相であるグレゴリスが、口を挟んだ。宰相の言う通りこの王都に余分な兵は存在しない。動ける人員は全て魔族と戦闘を行っている最前線に送っている。それでも不足している部分は冒険者や傭兵などに依頼をして前線で戦ってもらっているのだ。
彼らも、この地を失えばすべて奪われるため、依頼されなくても戦っていただろうが、そうしてしまうと逃げ出す冒険者も少なくは無いのだ。命を落としても報奨金用意してくれる・・・しかも戦って生き残ればかなりの額が懐に入るとなれば、戦わない訳にはいかない。
「ガリス将軍?前線はどのような感じだ?」
国王陛下は、この長い戦い・・・それもここ数年激戦と呼ばれる戦いに身を投じる兵士たちに何もしてやれる事が無い。一刻も早くこの戦いを終わらせたい気持ちでいっぱいなのだ。
苦虫を噛み潰したような顔で、現状を説明し始めるガリス将軍。最前線のそれも総指揮を任されるようになって早二年。一気に押し込まれた回数も何度もあり、その都度総指揮をしていた将軍たちが命を落としているのだ。
「正直に言って厳しいですなッ。最前線を持ちこたえていられるのは、勇者ナオヒト・アリマ、勇者ショウタ・ツヅラが居るからですな。それに剣聖ローザリンデ、聖騎士イグナーツ、雷雲のクラーラ他多数が居るからです。加えて勇者の血筋を持つ者もおりますが・・・・」
「・・・・それでも必要なのか?」
これ以上、兵を割けば王都の守りが薄くなることは、理解している国王陛下。それに加えて先の面々が居るのであれば問題なさそうに思える。
勇者と言うのは、一人で戦場をひっくり返すだけの力を用いているのだ。それが二人もいる上、剣の道では最強の一人として称えられる剣聖。攻撃も防御も一流の最強の騎士である聖騎士。雷雲とは、雷属性が得意な魔法使いに付けられた二つ名だが、二つ名自体付けられる事が強さの証でもある。
張り詰める空気の中、更に説明を加えるガリス将軍。その説明には勇者は実は三人いたが、一人戦いで命を落とした。これは既に国王陛下にも報告済みなので、知ってはいるだろうが、敢えて此処でも説明をした。
「勇者タスク・ホンジョウが亡くなったのは知っていたが、賢者ホルンの弟子カイエンとドームが亡くなっていたとは・・・」
賢者と言うのも彼が魔法に置いて国一番の使い手だから与えられた称号。その二番弟子と五番弟子が命を落としていたのだ。賢者ホルンも片腕を失っており、戦線から離れている。更に被害だけで行ってしまえば、勇者の仲間の半数近くも亡くなっているし、将軍の地位に就く者も既に四人命を落としているのだ。
兵士や騎士、国民や冒険者、傭兵たちは数えきれないほどの被害を出している。
Aランク冒険者のチームが数組、Bランク冒険者のチームが十数組消えた。名のある傭兵部隊も同様だ。
「王よッ。これ以上戦火を長引かせたくはない。何卒、増援をッ」
その場で、国王陛下は増援の指示を各大臣に通達し、ガリス将軍の願いは叶えられた。翌朝には嬉しい事に、隣国からの支援物資や数千人ではあるが、冒険者や共闘してくれる兵士を増援に駆けつけてくれた。
だが、増援と共に最前線に向かうと、そこは屍の大地となっており、残してきた兵士の半数近くが居なくなっていた。
「将軍、申し訳ありませんッ!!」
「何が・・・あった・・・」
王都から魔族と戦争をしている最前線までは約十日掛かる。約一月を目の前にいる副官に任せていたのだが、彼を見れば一気に攻め込まれたのは明白だった。左腕を無くし、右目を負傷したのか頭部は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「三日前、本隊に魔族と魔物の群れが襲ってきました。勇者様が応戦してくださったのですが、本隊の半数を失ったところで撤退しました」
詳しく聞けば、新種の人型の魔物に苦戦し、上級魔族の襲来で戦場は地獄絵図となっていたようだ。
「その戦闘で、有力な戦力であった獄炎のボンホフ殿、疾風の剣士テオ殿、魔族殺しの英雄エーベルハルト殿が戦死しました。それと、ジェラール将軍、リオネル将軍も戦死しました」
ボンホフとテオは、冒険者として参加しており、共にAランクの冒険者だ。エーベルハルトは、元冒険者だが、魔族を数体単独で倒した事が功績され、男爵位の地位を得た人物だ。腕は剣聖に劣らないとも言える程の実力者。
「リオが亡くなっただと・・・そんな、あいつが・・・」
ガリスは、膝をつき彼の死を嘆く。幼少期から共に過ごし、戦友から親友になって彼此二十年以上の付き合いになる。彼の双剣術は国内でもトップクラスだったし、剣術だけならガリスも勝てない程だ。
仇は必ず・・・と心に誓った瞬間。大きな鐘が再三にわたり鳴らされる。
これは、敵襲があったという知らせの合図。慌てて外に出ると、上空には無数の黒い物体が空を飛んでいた。
「あれは・・・一体・・・なんだ?」
黒い物体が徐々に本隊がある本陣に近づいて来ると、その正体が明白になった。
亜竜種の群れ、そしてそれを率いるのは魔王に従える十二魔将の一人、魔龍帝ヴァルグドレッド。姿は竜人に似ているがそれを更に竜に近づけた姿をしている。二足歩行で歩くのは分かるが、空を飛んで移動するなら、二足歩行でなくても四足方向でも良い様な気がしてならない。
身につける鎧は、動きが阻害されないよう施されており、十二魔将が着けるに相応しい禍々しさを発している。前世の記憶を持っている者が居れば「呪われた装備ッ!?」と叫んでしまうかもしれない。頭部から生える強靭な角に皮膚の表面を覆う竜鱗、何でも切り裂ける爪と噛み砕く顎と牙、視線だけで相手を殺してしまう様な眼力。先端に進むにつれて鋭くなる二本の尾、マントが鎧に装着しているのに、それを突き破って生えている巨大な翼。
どれ一つとっても勝てる気がしないその姿に、兵士たちは絶望の色に染まる。
「此処に来て、十二魔将が出張ってくるのかッ!?」
空にばかり気を掛けてはいられない。地上からも異常なほどの数の足音が聞こえてきているのだ。これまで相手にしていたゴブリンやコボルトの様な低レベルの魔物やオーガやキュプロスの様な魔物とは違い。リザードマンやそれに似た竜人種の魔族、ワイバーンの様な飛竜種、その他にも地竜種やラミア等の蛇系の魔物と竜に近いとされる魔物や魔族が溢れかえっていた。
「隊長ッ!!この数ヤバいですッ!!」
「直ぐにガリス将軍に報告をっ!!」
最も最前線の中の最前線にいた部隊は急ぎ迎撃の態勢を整える。ガリス将軍が戻っているのは、報告で知っていたので、直ぐにどうするべきか行動に移せたが、いなかった場合はもっと混乱していた事は明白だ。
「此処は僕が出ます」
「なら、俺も付き合うぜっ」
勇者ショウタ・ツヅラと勇者ナオヒト・アリマが先陣に立つ。二人は別次元の地球とスタント星と言う星から召喚された勇者たちだ。
亡くなった勇者タスク・ホンジョウは、神が勇者を育成している場所から呼んだ勇者の中でも最も強い勇者ではあったが、この二人もこの世界に来て十年以上勇者として活躍している。勇者タスクに及ばないにしても、この場で最強の二人である事には変わりがないのだ。
それぞれ所有する聖剣は、聖剣フロッティと聖剣シャインハート。聖剣フロッティは、刺突剣で特性は風・・・それも敵を穿つ一点砲撃型の遠距離攻撃を得意とする。同じく聖剣シャインハートは、片手剣で特性は燃える様な赤い刃と同じく炎。万能型ではあるが、最大出力を一瞬だけ跳ね上げる効果を持つ。
聖剣を抜き構えると本陣から来た伝令役が、ガリス将軍の指示を伝える。
如何やら確認しに行った兵士と伝令役が途中で合流したようで、一人はこの前線の隊長の元に、もう一人は勇者たちの所に来たというわけだ。
「ガリス将軍より、迫り来る敵に全力で対処せよッ!!との事です。勇者様、どうかご武運を」
「了解したッ。いくぞッ!!
身体強化、防御、補助の魔法を即座にかけて突撃する勇者ショウタと勇者ナオヒト。二人に続く様に騎士や兵士たちも走り始めた。
「槍部隊は此処で待機、先行部隊が打ち漏らした敵を此処で仕留める」
騎士ゴートが指示を出す。それに合わせて長槍を持った兵士が、一斉に前へ槍を向けた。密集陣形ファランクス、無作為に向かってきた敵は槍の餌食となる陣形だ。
「弓部隊、牽制射撃用意――――放てッ!!」
騎士アリオスが弓兵に指示を出す。槍部隊の少し後方に控える弓兵たちは指示通り、一斉に矢を放つ。狙うは先行部隊が向かっている更に先の場所。先行部隊と接触する前に粗方手傷を追わせる作戦だ。先行部隊と接触してからでは、無暗に仕えないが、接触前ならかなり有効打になる。
飛来する矢の雨を受けながら前進するリザードマン。数百体はその矢で地面に倒れるが、雀の涙ほどでしかない。
最初に接触したのは、走竜と呼ばれるランナーリザードに跨るリザードマンたちだ。
馬に跨る人と同じく、走力を生かした戦術の様で、先行部隊の兵士たちを次々に切り殺していった。
「穿てッ―フロッティ!!『風穿孔』」
風の刺突が、直線上に延びる様に敵に次々風穴を開けて行った。頑丈な鎧に身を包んでいても、強固な盾で防いでもそれを拒む事は出来ない。
絶命した魔物は地面に伏せ、致命傷を負った者は膝をついていた。
くッ!!
致命傷を負ったリザードマンを足場として跳躍しショーテルを振るう黒いリザードマン。寸前でその攻撃を聖剣で受け止める。
湾曲した形状のショーテルは、聖剣で受け止めはしたものの、受けきることは難しく湾曲部分が肩に食い込む。滲み出る血と痛みに顔を歪める勇者ショウタ。
「祥太ッ!!今行く。そこを退けーッ」
聖剣シャインハートを振るい次々に魔物や下級魔族を斬り伏せる。
「直人君・・・僕は大丈夫だから、君は君の役目を」
勇者ショウタは、手助けに来ようとしていた勇者ナオヒトを辞めさせる。彼の方が強く、多くの兵士たちの命を吸う事が出来る。此処で自分を助けに来たら、多くの人間が命を落とすからと判断しての言葉。
それを理解した勇者ナオヒトは、進行方向を変え、敵陣へと攻め込んだ。
四半刻程で、本陣も戦線に加わり、本格的な激戦が繰り広げられる。その頃には既に密集陣形ファランクスは総崩れしていて、乱戦状態なっていた。
「力を示せッ!!ホスティ『セイントブレイカー』」
「アイギス流剣術『クリムゾンアーク』」
「<我が盟約に基づき・・・・打ち鳴らせ>『雷雨』
聖騎士イグナーツ、剣聖ローザリンデ、雷雲のクラーラがそれぞれ技や魔法を放つ。聖騎士イグナーツの所有する光魔剣ルイン。光属性の魔装武器で、魔物に対する高い効果を持っている。剣聖ローザリンデも自身が所有している炎魔剣シャルザーハで出来を切り倒していた。
上空では、勇者ナオヒトと聖騎士ルシオス、聖騎士サムエッグが魔龍帝ヴァルグドレッドと戦闘を繰り広げている。勇者ショウタも遠距離から攻撃に参加している。
「人族ハ、弱イナ・・・・丸デ羽虫ノ様ニ思エル。童ニハ向カウトドウナルカ、ソノ身ヲモッテ知レッ!!」
魔龍帝ヴァルグドレッドは体長約五メートルもある巨体。その繰り出す攻撃は、強固な盾で防いだとしても、まるでバターを切る様に切り裂かれる。
聖騎士ルシオスは、勇者ナオヒトを庇い身体を四つに切り裂かれた。
吹き出る血飛沫を見て、ナオヒトが激昂する。
「貴様っぁぁぁぁああああああ」
感情と共に聖剣シャインハートに纏わせている炎の火力が高まる。空中に魔法で足場を作り跳躍する。いや、足場と言うよりも壁を作り蹴って突進すると言った方が近い。
四連続の斬撃を魔龍帝に当てるが、強靭なまでに固い竜隣に阻まれ、傷を付ける事は出来なかった。
そう、どれだけ此方が力を上げようと今の所傷一つ付ける事が出来ていない。
「穿てッ―フロッティ!!『風穿孔』」
勇者ナオヒトを死角にした連携攻撃。勇者ショウタの放つ刺突撃が腹部を捕える。
だが、何か別の物に防がれたような金属音が響くだけで、『風穿孔』が当たった場所は、何も起こっていなかった。
「まだだ。燃え上がれッ―、シャインハート『紅蓮剣』」
兜割りの要領で切り込むナオヒトを片腕だけで防ぎ、もう片方の手で相手の足を掴んだ。そして、地上で攻撃してくるもう一人の勇者の所に投げ捨てる。
「コレデ終ワリダ。全テヲ無ニ帰セ『混沌次元』」
闇魔法の中でも最上級に位置する魔法。その魔法は、使用者を中心に球体状に広がり、球体の中に入った者は一瞬にして朽ち果て、灰となって消滅する。魔力と魔力制御次第で広範囲に広げる事が出来る極悪な魔法だ。加えて、使用者が敵と認識した者のみを消滅させるので、敵味方が入り乱れている中でも使用可能な鬼畜使用でもある。
「勇者様お逃げくだ――――・・・」
その魔法自体を知らない人族は、得体も知れない魔法に防御姿勢を取る。勇者ナオヒトと勇者ショウタは、地面に横たわっていて防御姿勢を取れずにいた。球体と勇者の間に身体を入り込ませた聖騎士サムエッグは、大盾を構えて迎え撃とうとする。
だが・・・・球体に入った瞬間、彼の身体は灰の様に粉になっていき、やがてそこには何も残されてはいなかった。彼は愚か、身につけていた大盾や鎧までもが灰となったのだ。
「やばッ!!『短距離転移』
雷雲のクラーラが慌てて、戦線離脱の為に転移魔法を発動させる。
だが、魔法が発動しようとした時、見えない何かによって魔法が阻害され、強制的にキャンセルされた。
「キャ、キャンセルされた。キャアアアーーー・・・」
雷雲のクラーラも聖騎士サムエッグ同様に灰となって消滅する。
「なッ!?転移系魔法が、使用できないのか。しかもあの魔法、味方には効かないだとッ!?」
球体の近くで戦闘をしていたリザードマンと兵士が同時に球体に取り込まれるが、灰となって消えたのは兵士だけだった。次々に兵士や騎士、冒険者に傭兵が灰となって消滅している。宮廷筆頭魔法士のマエスタスは、勇者の元に駆け寄る。
「勇者様、この場をすぐに離れてください。私が退路を作ります・・・『空気砲』」
宮廷筆頭魔法士は、風属性魔法『空気砲』を魔龍帝ヴァルグドレッドではなく、勇者ナオヒトと勇者ショウタ、それに剣聖ローザリンデと聖騎士イグナーツに向けて連続で魔法を放った。
『空気砲』を受けた四人は、かなり強い衝撃を身体に浴びながら、吹き飛ばされる。吹き飛ぶ効力が弱まるタイミングで、連続で使用した魔法が発動し、加速と減速を繰り返しながら、戦線を離れた。宮廷筆頭魔法士マエスタスの時限式魔法技術、予め決めたタイミングで魔法が発動するようにセットできる優秀な技術だ。
しかし、マエスタスもまた、魔法を発動した直後に球体に巻き込まれ、灰となってこの世から消滅してしまうのだった。
『混沌次元』は、援軍で来た本隊も消滅させてしまい。残る戦力は本陣に残っている僅かな兵士や騎士、それに如何にか逃げる事が出来た勇者二人に剣聖と聖騎士だけだ。
読んで頂き、ありがとうございました。
今回の後半は、魔族と魔族と戦争をしているガバリアマルス王国のお話になってしまいましたね。
次回もそっち路線になると思いますので、よろしくお願いします。