054 ゴブリン集落
十一月になりました。今年最後の三連休も半ばを迎える今日この頃。
少し、気分を害す所があります。あまり好きではないと思いましたら、飛ばしていただいても構いません。
商業都市オルキデオへ向かう途中、密林地帯でゴブリンの集落を見つけたレオンハルト一行。ローレたちを馬車と共に林道に残し、討伐に向かう。
大剣使いのティアナと細剣使いのリリー。盾職のダーヴィトと魔法使いのヨハンを先行させて、はぐれたゴブリンの排除に向かわせる。レオンハルトたちはその間に、集落から逃げ出すゴブリンの対策をしていた。
「落とし穴はこれ位で良いかな?シャル、ゴブリン動きはどうだ?」
罠を仕掛けているのは、レオンハルトとリーゼロッテ、ユリアーヌ、エッダ、エルフィーの五人。木の上でゴブリンの様子を伺うのはシャルロットとアニータの二人。アニータの方には王都にいる間に作成した単眼鏡を渡しているので、それを見ながら魔物の動きをチェックしていた。
しかもこの短眼鏡、倍率は四倍、八倍、十六倍、三十ニ倍の四段階の切り替えが出来る物だ。普通は作り方など知らないのだが、そこは神の恩恵のおかげだろう。
ちなみにクルトは、その速度を活かして万が一敵が現れた場合の戦闘のために別の場所に控えている。
「今の所大丈夫ね。向こうも数体倒したみたい」
レオンハルトも『周囲探索』で常時確認はしているが、レオンハルトとシャルロットしか現状把握していない為、情報共有するための会話を行い周囲の者にも理解させる。
四人で罠を作ったため少し時間がかかってしまったが、これでもし集落から逃げ出すゴブリンが居たとしても大多数が足止めをくらう様に準備が出来た。
「それで、この戦闘二人だけに任せるの?流石に無理だと思うのだけれど・・・」
「二人を軸にダーヴィト、クルト、エッダ、アニータ、エルフィーの七人で挑んでもらう。俺とシャル、ユリアーヌ、ヨハンは状況に応じて対処するって感じで良いかな?」
七人でも集落を落とすには人数が少ないが、エルフィー以外の者は、普通の顔でその指示に頷いた。
「え?集落を七人で挑むのですか?それは余りにも無謀です」
当然、その事に意見を述べる。不安そうな・・・いや確実にその表情は不安を現している。
「大丈夫よ、エルちゃん。皆強いからね」
エルフィーの不安を取り除くため、シャルロットは木の上から降りてくると優しくフォローに入った。それを聞いたエルフィーは、年齢が少ししか変わらないのに、感覚的にとても離れたお姉さん・・・優しいお母さんの様な気持ちになった。
「それに、いざと言う時はあの人が何とかしてくれるからね。だから安心して」
チームから絶対的な信頼を得ているチーム円卓の騎士のリーダー、レオンハルト。
Aランク並みの戦闘技術に高度で多彩な魔法を扱え、誰よりも豊富な魔力量、精密な魔力制御、卓越した戦術、幅広くそして未知の知識どれをとっても一流を凌駕する超一流の実力者。それでいてまだ発展途上中とあれば、誰もが彼につき従いたくなるほどの才能の持ち主。
まあ、大半は神からの恩恵だが、それを開花させているのは彼自身の実力。
「エル?大丈夫さ。本当に命の危機に陥ったら全力で助けてあげるから」
先程までの不安が一切感じられない程の安心感。エルフィーは、レオンハルトとシャルロットの魅力にどんどん取り込まれてしまって行く。
「さて、罠もそろそろ良いかな?集落を迂回・・・・あっ!!集落に人の気配がある・・・な」
――ッ!!!
『周囲探索』でも引っかからないギリギリの位置に、偶然引っかかる四人の小さな・・・本当に小さな気配。幼子や子供と言うわけではない。風前の灯火、その言葉が一番しっくりくる言い方の小さな気配。
探索の範囲を広範囲にしていなかった為、見落としていたとも言える。
ゴブリンの集落に人の気配があると報告を受けると、その場にいた全員が緊迫した表情を現した。
それは、村人か冒険者か商人かは分からない。しかし、ゴブリンに捕まればどうなるのかそれが集落とあればなおさらだ。
繁殖のため異種族との配合・・・強姦、凌辱、暴行など非人道的な行いを平気で行う。囚われているのは確実に女性で、男の場合はその場で嬲り殺しにして楽しむか、動けなくして生きたまま身体を切り刻むかで、どの道行きつく先はまともな死に方は出来ないと言う事。子供の場合も女の子なら扱いは変わらずだが、子供が産める年齢に達していない場合、殺して食糧にされる。
「作戦を変更する。俺とシャルで囚われている人の救出をする。他の者は、総攻撃に備えよッ!!シャル。急いでヨハンたちに連絡」
「わかった。直ぐに用意する」
魔法の袋から緊急時用の矢文を取り出し、それを括り付ける。弓を構え『周囲探索』で位置を確認し、彼らの手前に落ちる様に矢を射る。
折角の罠だ。使わない手は無いと言う事で、今いる場所の少し後方へ誘導するようにユリアーヌたちに指示を出したら、レオンハルトとシャルロットはその場からあっと言う間に集落に向かって走って行った。
シャルロットが射た矢は、ティアナたちが居る少し前・・・木の幹に突き刺さる。
「ッ!!」
一瞬敵の攻撃かと身構える四人だが、矢に括り付けられている物を見て、慌てて近寄る。
赤と黄色の縞模様柄に塗られた矢柄。それは、緊急事態が起こった時に使用する物で、その事を知っているダーヴィトとヨハンは慌てて、その矢に括り付けられた文を見た。
作戦変更、至急戻れ。
文にはその一文しか書かれてはいなかったが、それが意味する事は何なのか何となく理解する。原因が何であれ、予定と大きく異なる事態が発生したと言う事で、二人は大急ぎでティアナとリリーを連れ、矢が飛んできた方向へ向かった。
何が起こったのか分からない二人は、ダーヴィトとヨハンの異様な慌てぶりに文の内容を尋ねる。
「緊急事態だ。何があったかまでは分からないが、作戦が変わる程の何かが起こった」
ティアナとリリーもその言葉で、慌てて気を引き締める。
数分でユリアーヌたちと合流が出来る。そこにはレオンハルトとシャルロットの姿が無く。チームのリーダーとサブリーダーが揃っていない事に疑問を持ったヨハンは、神妙な顔で待ち構えるユリアーヌに事態の確認を行う。
ゴブリンの集落に囚われた人間がいる事。その者たちが虫の息と言う事。早急な救出が必要になったため、レオンハルトとシャルロットの二人が赴いていると言う事。最後は、この少し先の場所から此処までの間で総力戦が行われる事を聞いた。
「レオン様が集落に!?直ぐに応援に行かなければ・・痛ッ!!何をするのですかッ!?」
持ち場を飛び出そうとするティアナとリリーをリーゼロッテが止める。現状リーダー、サブリーダー不在の場合、ユリアーヌ、ヨハン、リーゼロッテの三人が彼らの後釜として指揮する事になっている。
「落ちついて。二人は大丈夫だから、レオンくんの強さは貴方も知っているでしょ?」
皆の心の土台として、しっかりとチームを支える。リーゼロッテのおかげで、混乱することなく大急ぎで戦闘態勢を整えた。
その頃、レオンハルトとシャルロットは、ゴブリンの集落の入り口辺りまで侵入していた。『隠蔽』や『遮音』などの補助魔法で魔物に察知される事無く、囚われている場所に向かう。
(ゴブリンの集落かと思ったが、上位種もそこそこの数が居るな・・・発見が遅れたら、危なかったかもしれないな)
ゴブリンにホブゴブリン、ゴブリンライダー、ゴブリンメイジやアーチャーなども居る。規模で言うとざっと三百程度の個体数だが、これは村や町を襲うと壊滅的なダメージを与える規模だ。流石に街や都市だと被害も抑えられるが、兵士や冒険者に犠牲を生じる事は間違いない。
まるで忍者の様な身のこなしで、ゴブリンたちにバレない様に進むと、やたらと厳重に守られた岩の洞窟を見つける。
『周囲探索』の結果その岩の洞窟の中に囚われて人が居るようだ。しかし、この岩の洞窟・・・・密林地帯の中だと言うのに、それもゴブリンの集落のほぼ中央辺りに商店ぐらいの大岩。それを、人工的に洞窟を作った構図だと魔法で調べた結果分かった。
「囚われている人がいるのはこの先か・・・」
「その様ね・・・どうする?このまま看守のゴブリンを倒して降りる?」
幸いにも洞窟の中には十数体のゴブリンとホブゴブリン、上位種のカースゴブリンが一体いるだけだった。ただ、洞窟の近くに上位種が数体いるのが確認された。
(押し切れなくもないが・・・救出した人たちをどうするか・・・・ゴブリンは手段を択ばないし)
洞窟の入口を固めて、中の魔物を一掃する。回復したところを一気に集落から脱出若しくは回復する前に『転移』で離脱する事も考えたが、『転移』は極力使用できる事を知られたくない。
その割に結構乱用しているレオンハルトではあるが・・・。
「あれ見て」
シャルロットに促されるまま指さした方向を見ると荷車の様な物が置いてあった。荷車と呼ぶにはかなり作りが荒っぽいが、乗り心地が悪いだけで使えない事はなさそうだった。
「あれを使って外に逃がす・・・・看守を倒した後シャルは中に突入してくれ、俺は入口を死守する」
回収した荷車をシャルロットに渡す。シャルロットはそれを魔法の袋の中に入れ、荷車の代わりに愛用の弓矢を取り出した。
「わかった。看守のうち一体は私が仕留める」
そう言うと持っていた弓矢を構える。ゴブリンに対して相当怒っているようだった。当然と言えば当然の事、ゴブリンやオークは人族の女性に対して性的暴行を行う。女性からしたら天敵でしかない。これまでは現在進行形の被害者に直面した事が無かったから、その危険性を知識として認識していた。けれど、今違う。あの中で、ゴブリンたちから凌辱を強いられていると言う事が分かるから、怒りが込み上げる。
レオンハルトもそれを感じ取り、居合の構えを取る。
「右の奴を頼む。俺は左をっ」
お互いの標的を決め、手でカウントダウンを始めた。
三・・・・二・・・・一・・・・ッ!!
二人は、『短距離転移』で消え、次の瞬間レオンハルトはゴブリン看守の前にシャルロットは後ろから現れた。
居合斬り。振り抜かれた剣閃は、下方から上方へ向けて垂直に走り、ゴブリンは斬られたと感じる前に左右に切断、絶命した。シャルロットの方もゴブリンの後方、後頭部に狙いを定めて至近距離から射抜く。後頭部から顔の中心に向かう道中にある脳の重要な器官の一つ脳幹を貫き、そのまま鼻根をも貫いた。
頭部を一本の矢が突き刺さったゴブリン看守は、身体の力を失い崩れる様に地面に倒れる。脳幹は中枢神経系を構成する器官の集合体で、多種多様な神経核がある重要な場所だ。此処を破壊されれば、死に際の僅かな時でさえ、何もする事が出来なくなるのだ。
二体のゴブリンを早々に屠るとシャルロットは、人工的に造られた洞窟へと入っていった。
倒れた拍子に出た僅かな音と血の臭いで、ゴブリンたちが異常を察し、慌てふためく。
そのうちの一体がレオンハルトの存在に気が付き、仲間に知らせ襲い掛かってきた。一体から二体、三体と襲い掛かってくる数が増え、棍棒の様な武器を持ったゴブリンから錆びた剣や刃が欠けた斧などを手に斬りかかってくる。時にはゴブリンアーチャーが建物上から狙撃してくる。
――ッ!!
飛来する矢を全て斬り落とし、魔法でゴブリンアーチャーを倒す。
「ッチ。相変わらずゴブリンの武器は、粗末なものが多い」
これは、刃が欠けているとか錆びているとかではない。毒草から抽出した毒を塗っていたり、自分たちの尿糞を縫って菌だらけにしていたりと、掠り傷一つで致命的になりかねない代物を平然と使用してくる。
自分の武器でゴブリンの武器と打ち合いたくもない。振り下ろす前にその腕を斬り落とし、首を刎ねたり、頭部を突き刺したりして次々にゴブリンの亡骸を増やす。
その頃、シャルロットも洞窟の中にいたゴブリンやホブゴブリンを魔法の矢で撃ち抜き残す所あと一体となっていた。ゴブリンの上位種の一体カースゴブリン。
残虐性に秀でたゴブリン種で、攻撃力や俊敏性に優れている。その反面、強姦や凌辱、異種族配合をゴブリン以上に好む性質もある。
間髪入れず、魔法の矢を射る。本来であれば強敵のはずのゴブリン種ではあるが、現在は目の前の女に腰を振るので精一杯だったのか、魔法の矢はカースゴブリンの頭部、首、胴体に二箇所と合計四本突き刺さった。
カースゴブリンは醜い笑みを浮かべながら絶命し、強姦を受けていた女性と共に倒れる。女性に近寄り、状態を確認すると彼女の瞳は既に光を失っており、絶望の顔で染められていた。
他の女性たちも同様の顔をしており、中にはお腹を膨らませている者も居た。
(こんな・・・・こんな少女にまで手を出すなんてッ!!)
救出できた人は四人だけ、他にも人はいたが、既に亡くなっていて死骸が幾つも横たわっている状態だった。ただ、救い出した女性もいつその命が消えてもおかしくないぐらいに衰弱していた。
特に酷いのは今しがた強姦されていた女性で、年齢は十代後半から二十代前半の町娘の様な人。水薬類を掛けたりして、一時しのぎをした後、他の者たちの元に向かう。先程の女性と同年代ぐらいのお腹を膨らました女性。三十代ぐらいの女性。自分たちよりも少し幼そうに見える少女。どの人も痛々しい傷や痣を身体の彼方此方に付けられ、身体は血と泥と白濁の液体で汚れていた。
レオンハルトは、最初から予想していたのだろうか。同じ女性である私だけを行かせたのは、そして布を回収した荷車と一緒に渡してきたと言う事は・・・。
何も身につけていない女性たちに『清潔』を掛け、綺麗にしてから布でくるんで、水薬を飲ませた。少しだけ瞳に光を取り戻した所で、荷車に乗せる。
救えなかった人たちの遺体も『清潔』を掛け、魔法の袋の中に入れる。人骨となっている者はその者が身につけていた装飾品などを回収しておいた。
荷車を牽いて洞窟を出ると、レオンハルトがゴブリンを蹂躙していた。いやレオンハルトだけではないリーゼロッテやユリアーヌ、ダーヴィト、アニータ、それに最近仲間になったティアナやリリー、エルフィーの姿もあった。
本来は、脱出して森の中で戦闘をする予定だったが、何故か集落内で戦闘を開始していたのだ。
「シャルちゃんッ!!こっち」
戦闘を行っていたリーゼロッテが、洞窟から出てくるシャルロットを見つけると直ぐに近寄ってきて、退路を示す。居ないはずの仲間たちが居た事にどう反応してよいか分からずにいると、ヨハンとエルフィーがやってくる。
「レオくんから応援要請があってね。此処で殲滅する事になったんだよ」
「治療は私が・・・」
ヨハンが状況を説明し、エルフィーが囚われていた人たちの介抱に当たる。こういう時の彼女の立ち位置はとても助かる存在だ。治癒に特化する彼女が居ない場合、戦力を削って治癒に回らなければいけないからだ。
「シャルちゃん。道を切り開くよっ。援護お願い」
これから自分が行わなければいけない事を整理して、弓を構える。魔法で敵の位置を捕捉すると魔法の矢で一気に殲滅に掛かった。
そのうちの一本は、レオンハルトの後頭部に目掛けて飛来し、当たる直前に身体を逸らして魔法の矢を避け、その先にいたゴブリンの眉間にクリーンヒットさせた。涼しい顔で避けるレオンハルトも凄いが、避けると信じて何の合図も出していないのに躊躇せずに射抜くシャルロットの度胸もそれを知らない物は度肝を抜かれた。
「な、なに・・あれ?」
「ん?あれか。信じられないものを見たって顔だな?」
戦闘中に驚くティアナの近くでユリアーヌが、数体のゴブリンを薙ぎ払いながらレオンハルトの事を話し始める。彼から教わった戦闘は基本的に実践形式が多く、二人に課した課題の様に皆も課せられそれを乗り越え今に至るのだと。だから自然に皆、個々の実力が高くても連携を重要視して、常に周りを見て考えフォローし合うそう言った戦闘が出来るようになるのだと。
彼の話を聞いて、実際にその戦い方を目の当たりにするとその戦闘の高さを実感させられる。現にリリーは連携がうまく取れていないが、彼女に合わせる様にクルトとエッダがフォローに入ってゴブリンを蹂躙していた。
「まあ無理もないと思うよ?あの二人なら特にね」
そこに荷車にいたはずのヨハンが近づいて来る。彼も魔法を使いながらゴブリンを悉く返り討ちにしていた。魔力量は中級レベルの魔法使い並みだが、魔法のセンスは上級者にも引けを足らないと思える程凄い人。
荷車は現在、シャルロットとシャルロットの実妹のアニータが護衛し、エルフィーが懸命に治療している様子。
「ヨハン?此処に居て良いのか?救出したら真っ先に退避するように言われているだろう?」
「うん。でも如何やら助けた人たち皆、呪いに掛けられている様でこの集落を一定距離離れれば死に至るそうだよ?エルフィーさんが解呪をするからもう少し時間がかかるって」
今回、助け出した人たちに掛けられていた呪いは、エルフィーでも解呪可能だったことが幸いした。呪いにも種類が幾つもあり、解呪不可能な呪いも数多く存在する。解呪が仮に可能であったとしても失敗すると呪いが解除者を襲う呪い返しや代償が必要な呪いとあり、近代では呪いを魔法ではなく呪法と呼ばれ、禁術指定されている国も数多くある。
このアルデレール王国もその一つだが、魔物の中にはこの呪法を使用する個体もいるので、治癒士には解呪が出来るようになる事も求められるが、解呪を専門に扱おうとする者はいない。それに呪いは、聖水と呼ばれる魔法薬で治療する事も出来る。
ただ、一般的に出回る事はなく。基本的には教会が一括で管理している上、聖水は最低品質から最高品質まで五段階の品質に分けられている。これは、最低品質だから悪いというわけではなく、効力が少ないという事を指している。それに最低品質何て呼び名は冒険者たちが付けた名前であって、教会では最高品質の聖水の事を一等級聖水と呼んでいる。そこから二等級、三等級と効力によって名前の数字が上がる呼び方だ。
それに、価格も低レベルの冒険者では、かなり無理をしなければ手を出せれない程の価格となっている。五等級聖水ですら金貨一枚はするのだ。一等級聖水となれば一体いくらするのか分からない。
なので、解呪が出来る治癒士は、失敗した時の不安から聖水を頼ろうとするし、金欠な冒険者は聖水ではなく治癒士の解呪を依頼すると言う悪循環が生まれる。
それに失敗した時の呪い返しは、呪いの効果が高まるため解呪により難易度を求められるようになるのだ。
「洞窟の中にカースゴブリンが居たらしい。たぶんそいつが呪いをかけて脱出できない様にしたんだと思う」
女性を強姦するだけでなく呪いまで掛ける事にユリアーヌは、腸が煮えくり返す程の怒りを内に秘める。
ヨハンも荷車にいた時は同じ気持ちになったが、エルフィーが解呪可能と言う事で早速取り掛かった姿を見て冷静さを保てていた。
(それに僕はチームの頭脳の一つだ。冷静さを欠いては相手の思うつぼ・・・・)
飛び掛ってきたゴブリンに無詠唱で発動した土属性魔法『石槍』で串刺しにしながら、先程の続きとばかりに話を始める。
「ティアナさん。よく見ておくことだよ?あの二人の連携はこのチームの誰よりも息がぴったりだから」
お手本にしろとまでは言わないけれど、あれぐらい出来るようになる事が目標なのだと教える。
個としての強さも当然必要にはなるが、それと同じぐらい連携と言うものも大切にしている。
ティアナは、ゴブリンを倒す片隅でレオンハルトとシャルロットの攻撃を観察した。その攻撃は余りにも自然に、そして流れる様に次々とゴブリンやホブゴブリンを倒す。中堅の冒険者や王国に勤める騎士団員では、これ程洗礼された連携は測れない。
「す・・・すごい・・・」
ティアナが口に出来たのは、只々その凄さに圧倒されるだけの驚きの言葉。語彙力の無さと言うわけではなく、人は余りにも様相と反する出来事が起こった場合、語彙力を失った感想しか口に出来ないのだ。
「僕たちもあれぐらいの連携が行える様になりたいんだよ。連携が上手いと格上の相手でも対処出来るからね」
それは、王都に魔族が襲撃してきた時のことを指していた。シャルロットが居たからこそ、どうにか対処できていたが、いない場合は熟練の冒険者や騎士団の人だけでは負けていた恐れがある。ヨハンたちも奮闘したが、やはり心の中では実力不足だった事は否めない。
彼の言葉の意味を理解したティアナは、共に強くなったリリーの姿を探す。彼女もまたダーヴィトに教えてもらっているのだろうか。動きが鈍く、ずっとレオンハルトを見つめていた。
「さて、そろそろ数も良い具合に減ったし、二人を軸に戦ってみようかな」
これは、合流した時にレオンハルトから既に指示が出されていた。ゴブリンの数が減少したら逃げる個体が出てくる。アニータに逃げる個体を狙撃してもらい。取り逃がした個体はシャルロットの精密な長距離狙撃で仕留める。逃げない個体はティアナとリリーの経験の為に主として戦ってもらうと言う事だ。
因みにユリアーヌとクルトがティアナのサポートに、リーゼロッテとダーヴィトがリリーのサポートにつく。エッダとクルトは、救出した人たちを安全圏な場所までレオンハルトと一緒に移動させる。
いつもなら、強化魔法で仲間たちに付与させるヨハンだが、今回は敢えてそれをしなかった。魔法で強くなることは問題ないが、根本的な基礎部分が疎かになっている二人に、付与魔法は早いと考えしないことにした。これはヨハン独自の判断だが、元々レオンハルトからは、好きなように判断してよいと言われている。
ゴブリン相手なら苦戦はするだろうが負ける事は無いと踏んでの事でもあった。
彼女たちは、これでも武術大会で優勝と準優勝の経験もあり、今大会ではベスト四にまで残る程の実力を備えている。
「この、やッ!!」
ゴブリンの攻撃を大剣で受け流し、そのまま反撃で一撃を入れる。しかし、受け流した一撃が重く、その衝撃が手に伝わり一瞬痺れ、反撃として繰り出す斬撃に鋭さが感じられなかった。反撃を受けたゴブリンは、浅手だったが運よく重要な血管部分を斬り付けれたのか、大量の血を吹き出し苦しむ様に地面に伏せそのまま絶命した。
「剣が鈍っているッ!!集中力を切らすなッ!!」
ユリアーヌは、ティアナの背後から奇襲してくるゴブリンを牽制し、彼女に対して戦いの厳しさを教える。
「は、はいっ!!」
貴族令嬢と言う事もあり、アカツキ流の流派を学んでいる時も此処まで強く言われることは少なかった。加えて、今は戦闘中。実力は同じぐらいだが、魔物との戦闘においては先輩でもあるユリアーヌたち、自ずと上下関係のような構図が出来上がりつつあった。
「ユーリは厳しいねー。まああいつに比べればマシか?」
ティアナ、ユリアーヌ、クルトの三人は、ティアナ以外の二人はゴブリンを間引いているだけで殺してはいない。倒しているのは全てティアナだけの状況だ。タイミングを見計らい二人は間引いたゴブリンを数体彼女の元に向かわせると言った戦法で戦っている。
リリーは、リーゼロッテやダーヴィトもゴブリンを倒してるからレオンハルトから具体的なサポートの指示は出ていない。それぞれの裁量に任せるといった事ぐらいだろう。
実際、レオンハルトが本格的に鍛えようとしたら、かなりスパルタ式なのは間違いなく、それを地味に幼少期から経験している二人は、この程度は当たり前と考えていた。逆にリーゼロッテたちは女性と言う観点から男性に比べて比較的ついて行けるレベルだったので、リーゼロッテとユリアーヌとでは、教え方が根本的に異なるのだ。
ただ、ティアナのやり方の方が成長の伸びしろは大きく。これを理解するのにはもう少し先の話になってくる。
「「これで最後―――ッ!!」」
ティアナとリリーは、残り二体となったゴブリンをそれぞれ、首を刎ねたり、心臓を貫いたりして止めを刺した。
「二人ともよく頑張ったね」
武術大会では、明らかにティアナたちよりも順位が低いリーゼロッテだが、その立ち姿にはまだ余裕すら感じ取れる。対する二人は肩で息をして、中腰姿勢で地面を見つめる様に息を整えようとしていた。額から激しい動きをしていたと思わせる大量の汗が流れ出ており、容姿が気になる御令嬢では、あり得ない光景だった。
同じ女性として、気になったのかリーゼロッテは自身の持つ魔法の袋から清潔なタオルを取り出し二人に渡した。合わせて、リーゼロッテには余り使い慣れない水魔法で彼女たちの頭上から水を浴びせる。
前かがみの中腰姿勢だったからこそ服とかはあまり濡れる事は無く。さっぱりしたのか、受け取っていたタオルで顔や濡れた髪を拭き始めた。
その間にユリアーヌとクルト、ダーヴィトは討伐したゴブリンの死骸を回収、商業都市オルキデオについたら冒険者ギルドで換金してもらえるようにしていた。
丁度、ゴブリン集落での戦闘が終わった頃、レオンハルトたちは、救出した女性たちを連れて、ローレたちが居る馬車に到着した。道中時間がかかってしまったのは、逃げるゴブリンや追ってくるゴブリンの始末や死骸の回収をしていたのと荷車が途中で壊れてしまった為、簡易的に作った物で代用した。
普通は簡易的でも直ぐに出来上がる物ではないが、此処は密林地帯。素材となる木は沢山あるため、力技で素材を用意、加工したのだ。
「あっ!!ご主人様、お戻りに・・・大丈夫ですかッ!?」
一早くレオンハルトを見つけたエリーゼが、簡単に作った荷車に寝かされている女性たちを見て驚愕した。
「ゴブリンに襲われていた所を助けた。悪いが彼女たちに何か着るものを・・・ランは、馬車のスペースを見て来てくれ。ヨハン彼を頼む」
いくら子供とは言え、女性の裸をまじまじと見せるわけにはいかない。レオンハルトも同じだろうと突っ込みたいが、彼はこれからきちんとした治療の準備がある。
衰弱しきった身体を水薬で如何にか最低限回復はさせているが、心の傷は消す事が出来ないし、効果の高い水薬を使用している訳でもないので、身体はまだ予断を許さない。
「シャル?彼女に新薬の精神安定水薬と体力回復水薬を。そっちの子には、万病薬と点滴で対応したら大丈夫。エル、悪いけど治癒魔法で彼女の痛みを取り除いてくれるか?」
「わかりました・・・けど、何をされるのですか?」
四人のうち三人はまだ治療が必要だったため、レオンハルトは素早くシャルロットに指示を出し、治療に当たらせる。最後の一人は、ゴブリンの子供をお腹に宿しているので、それを取り出す必要があった。
簡易テントを張りその中に最後の女性を入れる。テントの中には木箱を並べてベッドの様にし、そこで寝てもらうように彼女を誘導していた。これから何をするのか分からないエルフィーは戸惑いを見せた。
「え?あ・・、あの、何を?」
「これから帝王切開で、ゴブリンの胎児を取り出す。準備は良いか?」
帝王切開が何なのか分からないエルフィー。ただ、彼から痛みを取り除く魔法をかける様に言われているので、その準備を始める。レオンハルトは手術用道具などを一切持ち合わせていない。こんな世界で、しかもこんな場所で手術をするとは、一切考えていなかったのだ。それでも今ある物で如何にかしなければならず、メスの代わりにペティナイフを、縫合糸が無いので、魔力で即席の魔糸を作った。前世と違い魔法で対応できるのでそこは非常に楽かもしれない。水薬類も色々と準備した。手術用のサージカルガウンや手袋もないためどうするか考える。
此処までする理由は、魔法で確認したところ、お腹にいるゴブリンはかなりの日数が経過していて、胎児が大きくなり、自然には取り出せず、帝王切開しか手が無い状況だった。お腹にゴブリンの子供を宿しているなど街の人たちが知ったら、彼女を殺してしまいかねない。生まれた後にそのゴブリンを殺すと言う事もあるが、その後の彼女の幸せは訪れない可能性が強く。どっちに転んでも彼女の人生は良い未来を向かえない。
ゴブリンに強姦され、子を宿す。それだけでも不幸な出来事なのに、その先の未来も不幸しか見えないのは、前世の記憶を持つ彼からしたら、どうにかしてあげたくなったのだ。
それに、助かった命を街に向かう道中で自ら命を絶つ可能性すらあり得るのだ。
(魔法で部屋の中を無菌にして、道具は滅菌できないから煮沸消毒させればいいか・・・問題はガウンと手袋・・・布は血がしみこむから意味が無いし・・どうする)
少しの間考え込むとエルフィーから準備が出来たと声がかかる。麻酔が無いので魔法で彼女に代用してもらっているのだ。
「―ッ!!」
そうだ。さっきも縫合糸が無いから魔法で作った魔糸を用いる事にしたのだから、ガウンや手袋も魔法で作れば良い。その事に気が付くと、想像を固める。
(うすい膜を自分自身に覆う様にして、それであらゆる物を遮断する・・・・んーバリア?みたいなもので良いのか?知っている魔法に似ている魔法は無いみたいだな・・・オリジナルになるなら魔法名がいるか、まあ後で考えよう。想像は出来た)
オリジナルで作った魔法を発動させる。薄っすら身体を覆う様に青白い光を発した後、身体を纏う無色透明な保護膜が出来上がった。
合わせて、これから手術する場所に消毒液を掛ける。
「では、これより胎児除去のための複式帝王切開術を行う」
誰かに伝えているわけでもないが、言葉にする事で自分自身に気合を入れた。
静寂の中、手にするペティナイフを眺め、そして・・・・。
何の迷いもなく妊婦の腹部を切り裂いた。ジワジワと滲み出る血と痛みの呻き声が緊張感を一気に高めた。それを見たエルフィーは顔色を悪くし始めた。
「エルフィーッ。もっと鎮痛の威力を高めてッ」
「は、はいッ!!」
続けざまに次々、重要な血管や組織を破壊しない様に慎重にそれでいて素早く子宮に向けて進む。
しかし、進むにつれて出血も増えてきて術野を妨げ始めた。魔法で如何にか出血して出た血を回収しながら作業を進める。すると、簡易テントの入口が開いた。
「そっちは私がやるわ」
中に入ってきたのは、点滴道具を携えたシャルロット。入口を魔法で菌が入らない様にしていたのを理解し、自分も同じように対処する。レオンハルトは手が離せない状態だったので意識だけを其方に飛ばして、シャルロットにも同様の保護膜を掛けた。
「魔法で保護したから、血に触れても大丈夫。早速で悪いけど、吸引を頼めるか?後、点滴も頼む」
簡易テントの天井部分に点滴液を吊り下げ、腕に点滴針を刺した。レオンハルトが行っている血液の回収を学んで同じように血を回収する。回収してどうするのかなんて質問はしない。何に使うかは既に承知しているので、それをするための前準備を魔法で始めた。
輸血が無いので、本人から出た血を再利用すると言うわけだ。しかし、一度体外に出た血を使う事は出来ないので、魔法で血を綺麗にして水属性魔法『水球』の様に血の水球を作る。
大変な作業の一つが無くなった事で、レオンハルトの作業スピードが上がり、気が付けば緑色の何かが見える状態にまでなった。
「ゴブリンの胎児だ・・・・うげっ三つ子かよ・・・しかも、中途半端に形になっているから気持ち悪いな」
ただでさえ、見た目が気持ち悪いゴブリンを更に醜く感じてしまう。ホルマリン漬けにされた胎児を見ているようだ。加えて緑色で顔の輪郭が宇宙人みたいだし・・・。
人の子の場合、臍の緒があるが、魔物の子を孕んだ場合はどうなるのだろうか。そう考え、三つ子のゴブリンの胎児のうち一体を取り出す。如何やら臍の緒は付いていた。
一体ずつ取り出しては臍の緒を縛って切る。それを三回繰り返す。胎児は子宮から取り出すとみるみる弱くなり臍の緒を切った後すぐに死んでしまった。
ゴブリン胎児は取りあえず、空き木箱に入れて魔法の袋へ。気持ち悪いけど冒険者ギルドに報告して渡せば、研究材料に役立ててくれるかもしれない。
針に魔糸を通し、切り裂いた子宮や血管、細胞を元あったように繋げて、濃縮水薬(中級ポーション)を掛ける。すると傷口がみるみる元に戻っていく。繋ぎとめていた糸を抜き、今度は普通の水薬を掛けて、次に移る。
ユリアーヌたちが戻ってくる事には、全ての処置を終えていた。元妊婦の女性は、馬車に乗せている。今は聖魔法の一つ、精神鎮静化と言う魔法で落ち着き疲れからか深い眠りに陥っている。
「ず・・・・ずみま、ぜん」
涙ぐみながら、吐き気と戦うエルフィー。
シャルロットに任せて、他の者は彼女たちに近寄らない様に指示した。子供とは言え吐いている姿を見られたくは無いだろう。
それに今回、最も大変だったのは、エルフィーだろう。身体の中をまじまじと見る機会は無く、普段は治癒する側なのに次々に身体を切って行ったのだ。しかもかなりグロイ。
一応、そのあたりは二人とも耐性があったので、気にしなかったがよくよく考えると、自分たちもエルフィーと変わらない事が起こっていたかもしれない。前世でもその様な経験は無いので、耐性があったとすれば知識で知っていたか、ヴァーリの恩恵か。その両方だろう。
暫くしてエルフィーが落ち着くと、商業都市オルキデオに向けて馬車を進めた。
此処まで読んでいただき、ありがとうございます。
来月はいよいよ十二月ッ!!
十二月と言えば・・・冬コミだーっ!!
けど、今年もいけないのだろうな・・・・来年こそは必ず!!