043 閉会式
京アニ放火事件でお亡くなりの方々、ご冥福をお祈りいたします。
そして、被害に遭われた方々、一日でも早い回復を祈っています。
それでは、続きをご覧ください。
「皆さん初めまして、今はアルデレール王国で勇者として活動をしています。コウジ・シノモリと言います」
一般の部の準優勝をした選手の仲間として現れた一人の勇者。爽やかな青年の様な姿をしていたが、年齢は今年で三十三歳と、そこそこの年齢は行っていた。
勇者は、主に現地の者が絶大なる力を宿し勇者として活動する場合と、もう一つは神様の力によって別の異世界から召喚される場合の二つだ。しかも、後者は割と一般人ではなく戦の神と呼ばれる神々が鍛えし、精鋭たちが多く、召喚されて直ぐに大きな貢献をしていると書物に書いてあったが、彼はどう見ても元一般人であろう雰囲気を少し漂わせていた。
それに彼の名前と黒髪に黒い瞳。紛れもなく日本人である事を示している。
コウジ・シノモリ・・・・しのもり・こうじ、篠森?それとも志野森か・・・?下の名前もこうじであれば・・・浩二若しくは晃司・・・んーそれらしい漢字は幾つか考えられるが、どれが正しいのか分からないな。
何故か漢字を模索するレオンハルトに対して、宰相であるフォルマー公が本題に入り始めた。
「皆さん、優勝及び準優勝おめでとう。午後から表彰式を行うから、その打ち合わせを簡単に説明しようと思って集まってもらった。まあ仲間たちは表彰台に立つことは無いのだが、アウグスト陛下より優勝者には、賞金と品物が、準優勝者にも同様のものが貰えるが、優勝者よりはランクが下がるがね」
話を聞いていくと、品物の方で何か欲しいものがあるのか尋ねられる。本来は参加し勝ち取った者が選択するのだが、中にはチームで検討して欲しい物を言う人も居るため、初めから呼んでいるそうだ。
独り占めしようとした時は、他の仲間に知られてトラブルになるのではと考えたが、そこはきちんと配慮されているらしい。
もし、チームではなく個人で強い場合は、仲間たちを一時退室してもらう様だったが、それはそれでまたトラブルになりそうでもあった。
「まずは、レオンハルトくん。君は何を貰いたいかね?」
これと言って欲しい物は特にない。何せ商業ギルドへレシピを売って儲けているし、狩りでもそこそこ利益は得ているため、出来れば今すぐ購入するのが難しいようなものを考える。
「それでしたら、紹介状が無いと入れない奴隷商への紹介状って可能ですか?」
この答えに誰もが驚く。この国でも奴隷は当然存在しているが、普通に購入するとなると犯罪奴隷やレベルの低い一般奴隷に労働奴隷になる。決して質が悪いわけではないが、奴隷商のレベルによって取り扱っている奴隷のレベルが概ね分かる。
一見さんお断りの奴隷商は、質が良く、教育も行き届いているので、出来れば此方から奴隷を購入したいと考えた。
レオンハルトは、元々奴隷に対して余り良い認識を示していなかった。それは今でも同じなのだが、一概に奴隷たちを見て見ぬふりをするのもどうなのかと言う考えも少なからずあり、人権を無視した扱いではなく。きちんと一般の人と変わらない様に対応すれば、自分も買われた奴隷たちも良いと言う。少しだけ・・・・いやかなり偽善者っぽい部分もあるが、不幸せになる奴隷たちにも手を差し伸べられると考えたからだ。
それに、これから先、馬車を購入する予定なので、馬車を扱える人が少しでも多く欲しいのと、街を転々とし行商も開くので、行商のお手伝いをしてくれる人が居ると助かるからだ。
まあ、シャルロットやリーゼロッテ、クルトたちも率先して手伝ってくれるだろうが、冒険者として魔物と戦う事もある。いざと言う時の戦力は、出来るだけフリーにしておきたいという気持ちもある。
今の自分の考えを説明し仲間たちは、最初驚きはしたものの話を聞いて納得した。ただ、ティアナとリリー、宰相のフォルマー公は奴隷よりもメイドや執事を雇用した方が良いのではと言う意見も出たが、此方は一介の冒険者でしかない。
わざわざ、メイドや執事を冒険に連れまわすなんて事聞いた事ない。しかも給与は割と高かったりするので、冒険者が雇うのはおかしい。まあ着いてくる人も少ないだろうし・・・。
「レオンくん。紹介状が必要な奴隷商よりも馬車の方が必要かと思うけど・・・」
シャルロットもレオンハルトと同じく奴隷に対してあまり良くは思っていない。それに馬車を購入するのにかなりの金額が必要になる。
それこそ安い馬車であれば、ほんとに荷車の様な何もない馬車になってしまう。少し良いものになると小さめの箱馬車か幌馬車で、グレードを上げれば、大きさや使用する材料、装飾品などが付いてくる。
人数が多いので二台は必要になるし、馬車も金額はピンキリだが、必要としている馬車だと一台最低でも五万ユルド。日本円にして約五十万円近くする。それを二台と馬が一台に二頭必要と計算しても四頭は居る事になる。そう考えたらかなりの出費だろう。
「そうなんだけど、実は質の良い奴隷を使って、レベルの落ちた奴隷を購入しようと思っているんだ」
シャルロットにのみ聞こえる様に話す。
「親を失った孤児や身売りした子供なんかを雇用し、教育させて、自立できるようにしようと考えているんだよ」
実際レオンハルトがやろうとしている事は、リーゼロッテの母親であり、自分たちの育ての親でもあるアンネローゼが経営している孤児院とあまり変わらない。
まあ違うとすれば、大所帯か少人数かと言う事と、児童預かりみたいな孤児院と異なり、此方は職業訓練に近い。
犯罪奴隷は勝手に奴隷解除できないが、一般奴隷や労働者奴隷などは、奴隷解除が可能であるし、中には一定額を貯めると奴隷を解除する契約なんかもある。このあたりの事はまだ、彼らは知らないが、それに近い事を考えているのだろう。
「そう言う事なら、反対は無いかな?馬車は、どのみち手を加えるのでしょ?」
「そうだね。特に足回りはかなり手を入れるつもり」
この世界の馬車は兎に角、乗り心地が悪い。足回りを固くしているせいで、地面の凹凸が直に伝わってくるし、馬車自体もかなり揺れる。
足回りに少し緩みをと言う考えが無いのか、魔物に襲われた際に全速力で逃げれるようにしているためか分からないが、兎に角悪い。
レオンハルトの奴隷商への紹介状は滞りなく受理される事となった。しかも、幾つかの奴隷商の紹介状に他の街でも同系列の奴隷商であれば利用できるフリーパスの様なものも発行してくれるそうだ。
「では、ユリアーヌくんはどうする?」
彼も特にこれと言って欲しい物が無いのだろう。暫く考えて答えた。
「私は、行商を行う際に必要な許可書があれば、それを手配してほしい」
この答えもまた誰もが予想していなかったもの。まだ成人もしていない子供が、行商許可書・・・言うなれば行商手形を求めたのだ。アルデレール王国は、行商手形が無くても行商が行えるが、街への通行時に出入税が減額されるので、行商をする者は行商手形を欲している。
別に手に入らないと言う物でもないが、手に入れるには割と面倒な手続きや書類を作成しなければならない上、此方も商業ギルドへ何らかの功績を残し、各街の誰でも良いから支部長か副支部長、主任の様な役職を持っている人の許可が必要になる。
王家からの紹介状があれば問答無用で手続してくれるだろうと言う事で、ユリアーヌは要求したようだ。
「レオンハルトくんと言い、ユリアーヌくんと言い。今回は変な意味で驚かされるわ。前回優勝した我が娘は、交易都市イリードへの訪問。リリー嬢もあの森の近くへ行く機会を設けてほしいと言っておったが」
「お、お父様っ!!それは言わない約束ですよ」
「エルヴィン様。どうしてレオン様の前でそんな事を言うのですかッ!!」
ティアナとリリーに怒られる宰相。そんな茶番劇を見せられる一般の部の優勝者と準優勝者、それに勇者を含めた仲間たち。
勇者だけは何故か面白そうに笑っていたが、他の者たちは自分たちに話を振れと言わんばかりの顔をしていた。
「さて、彼や娘たちの相手ばかりもしていられないな」
宰相は、時間が無かったと言う感じに抗議している娘たちをおいて、一般の部の優勝者の元へ行き、話をした。
「俺か?そうだなー。だったら、チームで集まれてわざわざ宿屋に行かなくても良いように王都に家が欲しいなーそれも豪邸で」
Aランクチームの一員だったら、冒険者としての稼ぎで王都に家を構える事も難しくはないはずだ。しかし、こんな要求をすると言う事は、少なくとも貴族たちが暮らす場所に家を用意しろと言っている様なもの。
「家ですか・・・・。そうですねーアウグスト陛下に確認しなければなりませんが、元貴族のお屋敷が三軒ほどあったと思います。恐らく問題は無いでしょう」
もう少し渋ると思っていた彼は、意外と意見が通ってしまった事に驚くが、仲間の顔を見て了承していた。
勇者の仲間も特殊な魔道具を要求していたようだ。魔法を閉じ込めた水晶玉・・・別名魔水晶玉と呼ばれていて、割ると封じ込めていた魔法が発動する使い捨ての魔道具。
貴重品ではあるが、手に入らないものではない。貴重な品の魔道具を特殊と称したのか。それは、初めから封じ込められている魔法が特殊だったからだ。
魔法が使えない者を使えるようにする、超が付くほど貴重で特殊な魔法。しかも、王家が持っている三つしかアルデレール王国には残されていない。
(え?魔法を使えるようにする魔法なんてあるのか!?)
実際には、そんな魔法があったようで、王家に残されている文献でもその魔法を使えたものが最後に居たのは、彼此二千年近く前だと言う。
あまりに貴重な品な為一般公開すらされていない。勇者だから知っており、その仲間も勇者から教えてもらったのか、別の国で聞いたのかは定かではないもののその存在を知っていた。
「それは、機密事項の魔道具ですので、大会の準優勝で渡せるような品ではありません」
「そうだぞ。流石にあの魔道具を賞品にするのは、幾ら勇者の俺の仲間でも出来るはずない」
エトヴィン宰相と勇者コウジ・シノモリの言葉に準優勝をした男は、少し残念そうにしていた。彼は魔法が使えない様で、己自身が魔法を使えるようになりたいと言う事からそのお願いをした。
しかし、ただ魔法が使える様になると言う浅はかな理由で、貴重な魔道具を要求したわけではないようで、彼の代わりに勇者であるコウジ・シノモリがエトヴィン宰相に説明した。
「フォルマー公すみません。彼は、故郷にいる娘の病を自分で治療したかっただけなのです。と言うのも彼の娘の病は、司教様でも治せず、俺たちと共に治療薬を探していたのですが、それも結局は見つかりませんでした。勇者と呼ばれていても、小さな子一人救えないのですから本当に自分が情けないです」
勇者コウジ・シノモリは、強力な戦闘の力を有しているが、治癒系や補助系の魔法はからっきしだと言う。そして、彼の言う司教とは、エルフィーの御勤めしている教会の宗教で、街によっては周辺の町や村を含めて一人と言う存在だ。。まあ、祖父に枢機卿と言う立場の人が居るため、王都では司教や大司教と言う役職の者は他の地方に比べて霞んでしまうが、それでも普通に考えればかなりすごい人たちであった。
『中級治癒』の上位である『上級治癒』でも治らなかったそうだ。
更に上位となると枢機卿レベルとなるが、エルフィーの祖父であるオルトヴィーン・ベルント・フォン・エクスナー枢機卿は『上級治癒』より上位の治癒魔法は使用できないそうだ。代わりに、聖魔法の浄化や結界を得意としている。
「そう言う事だったのですね。でしたら魔法ではなく魔法薬・・・そうですね水薬の類でもダメなのですか?強力なものでしたら、宝物庫に仕舞っていたと思いますので、景品に出来ると思いますが・・・」
宰相の提案を受け入れる勇者の仲間。確かに、今大会の準優勝者にしては、お願いする魔道具は余りにも価値が高すぎて不釣り合い。
取り敢えず優勝者、準優勝者の一部の者は希望通りの物を貰う事は出来なかったが、後は希望が叶うとの事で、午後から始まる閉会式と表彰式。
この数日お世話になった闘技場に特設会場が設けられ、そこに一般の部の優勝者と準優勝者、未成年の部の優勝者に準優勝者が集められる。
「こほん。えー今大会も中々高いレベルの試合だったと思います。此処に集まって―――――」
国王陛下が閉会式の挨拶をしているが、陛下自身が闘技場に立つことはしない。王家用に観戦できる場所から、魔道具で挨拶をするという形をとり、国王陛下の代わりに宰相が閉会式の舞台である闘技場に立っていた。
流石に誰も立たないと言うのは不味い上に、賞金や事前に確認した賞品を彼らに手渡す必要がある為だ。まあ物ではなく権利などを要求した者は、それを証明する陛下直筆のサインが入った書類を手渡される事になっている。
「では、未成年の部の優勝者レオンハルトには賞金と望まれた権利書を渡します。前へ」
「はいッ」
前に出て賞金と権利書を受け取りに行く。観戦席からは拍手喝采であった。
だが、ふと何かを感じ取り宰相の元へ向かう途中の足が止まる。
午前中はあれだけ快晴だった空が、今は少し暗い・・・・いや、雲で暗くなっているとかの空模様ではなく、若干紫色の変な空模様となっていた。
そして次の瞬間、王都上空にある何かが割れる様な音が鳴り響く。
―――――ッ!!!
いや割れると言うか砕け散る音だ。現に空は亀裂が入り、そこから透明な何かが降り注いでいる。
「ば、馬鹿な王都を守る結界の一枚が破壊されただと・・・」
そう、他の街と違って、王都は大型魔道具により積層魔法結界を展開していた。そしてそのうちの一枚が何者かによって砕かれる。
過去に結界が破壊された事は一度のみで、それも偶然が重なって破壊されただけだ。今回の様な意図的な破壊工作で積層魔法結界が破られたことは一度たりともない。
偶然の時は、神獣の一体が偶々(たまたま)王都上空を低飛行で通過し、神獣の身体の一部が結界に触れ砕けてしまったが、それでも今回の様な破壊のされ方はしていない。
「これは、悪いが俺は上へあがる。此処を任せるぞっ」
勇者コウジ・シノモリは、観客席から周囲にいた仲間に指示を出し、身体強化魔法やその他補助魔法で強化し、風属性魔法『飛行』で空へ上がった。
それに少し遅れる様に闘技場で一早く察知したレオンハルトも闘技場を素早く降り、観戦席に居るシャルロットの元へ向かった。
「シャル。悪いが仲間たちと共に住民の避難を、俺も上へ行く」
レオンハルトも身体強化魔法等を自身にかけて『飛行』で空へ上がった。
「七番隊は、国民の避難を兵士と共に行ってくれ、五番隊と六番隊は観戦に来ていた貴族たちを安全な所へ。三番隊と四番隊は、上空にいる敵戦力の確認と可能なら上空へ上がった勇者様の援護を。二番隊と一番隊は国王陛下並びに王族、あと重鎮たちを急ぎ王城へ誘導の後二番隊は王城の周辺を守り、一番隊は中で経過に当たってくれ。俺は勇者の元へ行くから一番隊の指揮はアメリア、君に任せる」
騎士団長であるアレクシスは、素早く各隊の隊長、副隊長を集めて指示を出した。
そして、指示をすべて出し終えると国王陛下の元へ向かい先程と同じ説明を行う。
「陛下、緊急事態です。騎士団と共に王城へお戻りください。私は、勇者コウジ・シノモリ殿とともに結界を破壊した者の対処に当たります」
王国最強の騎士、陛下最強の剣と言われる彼は、報告を終えると勇者やレオンハルト同様に身体強化魔法などをかけて上空へ上がる。
先に上がった二人は、ある一定の位置で浮遊しており、その視線の先には魔族と大型の魔物・・・魔獣が飛んでいた。
「コウジ殿、遅れてすまない。下は騎士団が取り仕切って避難している。それと・・・少年、君は下がって居なさい」
アレクシス騎士団長は、レオンハルトに対して引くように伝えた。実力があるのは王城に来た時から分かってはいたが、それでも未成年の子供にこの様な、濃密な殺気と押しつぶすような威圧の場に居て良いはずが無いと言う判断からだったが、それは勇者の言葉で意味をなさなくなる。
「アレクシスさん、悪いけど彼もいた方が良いかもしれないね。彼の力はアレクシスさんと遜色ないし、それに相手が相手だけに強い者は歓迎したい気分だから」
魔族、それも上級魔族であろう者が三体と他に魔族でありながら魔族でない種族、シュラ族の男が一人、後は何か色々な魔物や魔獣を混ぜ合わせ、これまで見た事が無い生き物が一体いる。
魔族の三体のうちの一体は、肌が青く額に角が生えている事から鬼人族と推測できるが、残りの二体は、人間に近い肌で特徴らしい特徴が見当たらない為、分からなかった。
魔獣は、身体と頭部は獅子の様で、前足がアーマーリザードの様な鋼外殻の鎧の様になっており爪は全てを切り裂く鋭利な爪だ。尻尾は蛇が三匹くっついている様で、それぞれが独自の思考を持っているのだろうか。此方を威嚇している様に感じた。顔の表情は獅子と言うよりも猛犬の様に鼻が長い上、覗かせる牙は何物をも噛み砕きそうな凄みがある。背中からは猛禽類の様な羽と蝙蝠の羽が生えていた。後は獅子のたてがみの半分は触手の様でウネウネと動かして気持ち悪さを醸し出していた。
「コウジ殿。あれらは、どれくらいの強さを持っているのだ?」
アレクシス騎士団長の問いに真剣な眼差しで答える勇者コウジ・シノモリ。彼は、鑑定眼と言う魔法を使う事が出来、今も積層結界魔法の外にいる存在を厳しく観ていた。
「魔族の方は、・・・・自分と変わらないか少し低い程度、魔獣の方は鑑定眼でも捉えられません。それにシュラ族の彼は、私では太刀打ちできない程の実力者の様ですね。これは此方の戦力が整うまで凌ぐしかなさそうです」
「・・・そうですか、結界が破られるまでに戦力を整えるのは難しいでしょう。なので、整うまでは全力で挑む必要がありそうですね」
アレクシス騎士団長の言葉で更に身体強化の魔法の質を高める。
勇者と騎士団長の考えでは結界の一層目は弱い傾向にあり段々層が増える事でその強度は高くなる。だから、一層を簡単に破壊されたが、二層目以降はもう少し時間がかかると踏んでいた。
しかし、次の瞬間。謎の魔獣が大きく前足を構え振り下ろすと、残り三層あった結界を全て切り裂いてしまう。。
「「「なっ!!」」」
まだ、戦闘態勢まで持つと考えていた結界が、たった一撃ですべて粉砕されてしまった事で三人は驚くも、直ぐに戦闘態勢をとる。さすが勇者と王国最強の騎士と言われるだけの事はあるし、レオンハルトも前世で達人レベルに達し、神の恩恵を得ているだけの事はあった。
「奏でろジョワユーズ『音鎖爆撃』」
勇者の持つ聖剣ジョワユーズ。通常の剣より少し細めの片手剣で、風・・・特に音を武器に戦う聖剣だ。聖剣とは言うが、魔剣同様に聖剣も略語であり、正式名称は聖装武器である。
勇者の放った音の斬撃は、魔族と魔獣の間を通過するように向かって行き、敵に近づくにつれ音の衝撃波が波紋の様に大きく広がる。
魔族たちは勇者の攻撃に反応し回避、魔獣は僅かに音の衝撃波を受けるが、その攻撃を打ち消すように咆哮。それに伴い発生した衝撃波で、勇者の衝撃波を消し去った。
「あの魔獣、かなり不味いな」
勇者は、先制攻撃を正面から打ち消された事で、魔獣の相手を一人でするのはかなり手こずると判断する。しかし、だからと言って魔獣に二人がかりで挑めば、魔族三体とシュラ族一体を相手にしなければならず、それは相手をする者に大きな負担をかけてしまう事になる。
セオリー通りに相手するなら、同格並みの魔族を二体相手にする者と同格並みの魔族に魔族の中でも上位の強さを誇るシュラ族の相手をする者、そして最後に未知数の化物と戦闘をする者に分かれる。
「勇者の攻撃をかき消すとは流石、人工生命魔獣・・・いや、嵌合体魔獣だ」
「なんだ?バルラハ・・・ソレの名前、嵌合体魔獣にしたのか?」
魔族同士が会話を始める。
「ゾーン無駄口を叩いていると死ぬぞ!?」
鬼人族が仲間を注意すると同時に光を収縮させた熱線の様な魔法が複数魔族たちを襲う。鬼人に注意された事で、襲ってきた魔族の中で一番威張っている魔族バルラハと注意をされた少しお調子者の様な感じのゾーンは、すかさず回避行動をとった。
アレクシス騎士団長の持つ光魔剣アリュアンデス。魔力を剣先に溜めて撃つ強力な熱線はどんな敵をも一撃で穿つ。その技を今使って、油断している魔族を討ち取ろうとした。
「すべて躱すか・・・・ッ!!」
魔族と嵌合体魔獣は、アレクシス騎士団長の攻撃を躱した束の間、今度は地上から上空にかけて無数の斬撃が全てを切断するかのように襲い掛かる。
神明紅焔流抜刀術奥義陸ノ型『頞儞羅』。熱線の間へと躱した魔族へ追撃を仕掛け、三体の魔族は斬り落とされる事は無かったが、腕や足に大きな深手を負わされた。
嵌合体魔獣は、突然の斬撃に反応できず、前足と胴体見事に両断した。
「き、貴様ぁ!!この俺様に傷を付けるとは、どういうつもりだぁああッ!!」
バルラハは、魔族としてのプライドが非常に高かった上、実力も備わっていたので、自分が人族如きに傷つけられるとは微塵も思っていなかった。しかし、実際は相手に攻撃を与える所か先に深手を負わされたのだ。最初から怒りが最大になっていても可笑しくはない。
バルラハにゾーン、デトマンも臨戦態勢に入り、各々の武器を構える。
シュラ族の者は、我関せずと言った感じで戦闘場所から離れて観察していたが、これで三対三に持ち込む事が出来た。
勇者コウジ・シノモリ、アレクシス騎士団長、そしてレオンハルトの三人で挑めば勝てない相手ではない。と思っていたのだったが・・・・。
「グルルルルルルゥゥゥ・・・グガァオオ」
胴体を切断し絶命したはずの嵌合体魔獣が、羽を広げて戻ってきた。グロイ事に切断されたところから、触手が出ており、元の形に戻ろうと半身と前足を探してくっ付けていた。
うげっ。
その気色悪い光景を目にし、全身鳥肌が立つ。それ程に酷いものだった。触手が血で真っ赤になっているので、始め腸でも垂れているのかと思ったら、それがウネウネと動くのだから、絶句しても仕方ないだろう。
だが、絶句している暇もない。嵌合体魔獣が半身を見つけくっ付け終わると、まるで獲物を見つけた様な眼差しで襲い掛かってきた。
「ッ!させるかッ!!」
咄嗟に勇者は、魔法で嵌合体魔獣の行く手を塞ぐが、布でも切り裂く様に張られた障壁は、音もなく砕ける。
「敵を穿てッ!!アリュンアデスッ」
アレクシス騎士団長が、僅かにできた時間で、嵌合体魔獣に対し、熱線を放ち貫く。
「余所見は良くないぜッ」
アレクシス騎士団長が嵌合体魔獣と戦闘そしていると、横やりを入れる様に魔族が襲い掛かってきた。
「その台詞。そっくり返してやるよ」
魔族の斬撃がアレクシス騎士団長の頭部を捕えようとした瞬間、今度はレオンハルトが魔族に対して不意打ちを入れた。
ッチ。首を落としに行ったのに防がれた。
午前中の試合が嘘の様に、命のやり取りを犇々(ひしひし)と感じながら、全力で刀を振るった。デトマンと呼ばれた魔族もレオンハルトの攻撃に問題なくついて来ている。
デトマンとの戦闘中にバルラハとゾーンが参戦。三対一の状況となり、かなり苦戦を強いられるもレオンハルトも今まで以上に意識を魔族に向け全力で相手することで如何にか戦えていた。
デトマンとゾーンは、それ程怒っている様子は無いが、バルラハは魔族のプライドからか怒りの様なものを感じる。
「此方で魔族を引きつけます。その間にアレの相手をお願いします」
レオンハルトは、勇者コウジ・シノモリとアレクシス騎士団長に嵌合体魔獣の相手を任せる事にした。
ってか、勇者や騎士団長の戦い方が分からない以上連携を取るのは難しい。味方に合わせれば、連携できなくもないが今の戦況では合わせる事の方が、被害が大きくなる・・・そう判断した。
空中で魔族三体と激しい戦闘を繰り広げる。
「チッ・・・あまい。セィッ!!」
ゾーンの剣を刀で受け止め、腹部に体術を入れようとしたが、バルラハがレオンハルトの攻撃を妨害するように斬り込んでくる。寸前の所で躱すもゾーンは既に体術の攻撃範囲内から退避しており、刀で斬り込もうとしたが、背中からデトマンが奇襲を仕掛けてきたので、振り向きざまに横一閃で相手を斬る。
デトマンは、レオンハルトからの攻撃で見事に腹部を斬られるが、魔法障壁を張っていたおかげで、かなりダメージを押さえられていた。
ッ!!
しかし、本来であれば傷つける事は敵わないのに、攻撃を完全に無効化できず血を流す始末。
デトマンは、腹部から流れる傷の治療を始めようとするが、今度はレオンハルトがそれを妨害。レオンハルトに合わせてゾーンとバルラハが動くが、魔法で牽制されて良いように動けない。
レオンハルトが魔族・・・それも上級三体を相手に苦戦だけで如何にかなっているのは、彼の剣術、体術、魔術等持ちうる力を最大限に利用しているからこそ相手にできていた。
これが、勇者であれば同じような事が出来たかもしれないが、騎士団長だとまず間違えなく十分以内に決着がついていただろう。
(如何にか一対一の状況に持ち込めれば、一気に倒せるのに)
レオンハルトが、上空へ上がって直ぐ。シャルロットたちは急いで住民の避難を始める。
「皆さん此方へ、急いでください」
「シャル。状況があまり良くない。俺たちも加勢した方が」
ユリアーヌが避難誘導を促すシャルロットに声をかける。レオンハルトや勇者コウジ・シノモリ、それにアレクシス騎士団長が上空へ上がってから直ぐ、残りの積層魔法結界もすべて破壊されてしまっている。
運が良いのか分からないが、魔物が襲ってこない今回は、住民たちの被害が少なくて助かる。とは思っても、被害を無くすことはできない。今でも上空からの攻撃の流れ弾が建物や人々を襲って破壊している。死者も数十人から数百人にのぼるし、怪我人に至ってはその十倍はいると思われる。
「それは無理だ。地上戦ならまだしも空中戦となれば、僕たちは足手まといにしかならない」
ユリアーヌの意見を正論で返したのは、仲間であり、孤児院の時から皆の頭脳キャラとして親しまれるヨハンだった。
ヨハンは、風属性魔法『飛行』を使用でき、更にその魔法を他者に付与させることもできる。だが、これまで空中戦をする事が無かった三人は、積極的に空中戦を鍛えてこなかった。
これはダーヴィトやエッダたちも同様に空中戦はこれまで積極的に鍛えていない為、戦闘は行えても強いとは言い難い。辛うじてシャルロットが問題ないぐらいに空中戦を行えるのとリーゼロッテとアニータがダーヴィトたちより戦える程度だが、この戦闘では焼け石に水だろう。
「だったらこのまま黙って見ているのかッ!?」
ユリアーヌだけではなくダーヴィトも彼を助けるため行動を起こそうとしていた。
「ユーリくんにダヴィさん。悪いけど、住民の避難誘導を手伝ってくれる?」
ユリアーヌ、ダーヴィト、ヨハンに発言はしていなかったがクルトの四人は、静かに怒っていたシャルロットを見て、冷静さを取り戻す。
この場で、もっとも彼を助けたいと思っているのは間違いなく彼女だ。そう肌で伝わるものを皆は感じ取ってしまったから。
「シャルちゃんは、今すぐにでも手助けに行きたいんだよ?でも、あんな化物を相手にするには、被害をできるだけ抑えるために避難させないと、地上戦へ持って行く事すらできない。だから手分けして、住民を避難させよ?」
「そうだよ。他の冒険者の皆さんも手伝ってくれています。だからユーリ兄もヨハン兄たちも一緒にやろ?」
リーゼロッテとアニータのフォローのおかげで、ユリアーヌ、ダーヴィト、クルト、ヨハンは、住民の避難を積極的に動き始める。
(レオンくん。無茶したら駄目だよ・・・・)
避難を進める片隅で、頭上を目で追うのがやっとの高レベルの戦闘を繰り広げるレオンハルトの安否を祈るシャルロットであった。
此処まで読んでいただき、ありがとうございます。
学生の方はもう夏休みに入っている頃なのでしょうね。
私も夏休みが欲しいなと思っていたら、盆休みが一週間以上あると言う事で、書き溜めが出来るッ!!
と思ってしましました。
それと、過去の執筆との矛盾や誤字脱字の多さに御迷惑おかけしております。
出来る限り、過去の執筆内容と照らし合わせながら執筆していこうと思います(フラグ回収も一緒に行えそうですし・・・(笑))
引き続き、読んでいただけると嬉しいです。