042 武術大会未成年の部 優勝者は?
おはようございまーす。
今年の梅雨は、例年に比べると雨が少なかったように感じます。
そして、数日前から蝉が鳴いて「あぁ夏がきた」と実感しました。
まあ前置きはこれくらいにして、本編をどうぞ。
アルデレール王国の王都アルデレートで毎年恒例の一大イベントが開催されていた。
その名も武術大会。
腕のある冒険者を始め、兵士や剣術などの才を持った貴族も参加しているこのイベント。特にその中でも毎年楽しみにされているのが未成年の部だ。これは将来有望な者を見つける意味もあり、貴族の子息も振るって参加している。また、文官などになろうと考えている者を始め、兵士希望者はこの大会に必ず一回は参加しなくてはならない決まりもあり、強い者から弱い者まで多くの者が参加している。
そして、今日はその武術大会の最終日。一般の部、未成年の部それぞれ四名が最終的に勝ち上がっており、特に盛り上がっているのは未成年の部だ。例年から本選と呼ばれる予選を勝ち上がってきた十六名。この者たちが己のすべてをぶつけに来る姿は、見ていてとてもハラハラさせられるが、今年はそれが異常に高い。と言うよりも例年よりも遥かにレベルが高い戦いをしていた。何せ一回戦目から決勝戦を見ている様な気にさせてくれるほどだったからだ。
そんな参加者の中で勝ち残ったのは、前回大会優勝者にして先祖の勇者が考案したアカツキ流大剣術の使い手であり、フォルマー公爵家の息女。ティアナ・カロリーネ・フォン・フォルマー。十一歳とは思えない美しく、それでいて可愛らしい美少女。金髪の髪が靡けば、同年代の男性の大半はうっとり魅入ってしまう程だ。
そして、彼女同様に周囲の男性を魅了するのは、まるで人形の様な白い肌をして綺麗で可愛らしいティアナとは違ったタイプの美少女。フォルマー家同様に王都の一角を管理するラインフォルト侯爵家の息女。ストレートな銀髪はまるで、絹糸の様な細さ。そんな彼女もまた、前回大会の準優優勝者と言う実力の持ち主で、此方も祖父が勇者と言う勇者家系。
三人目は、前回大会惜しくもティアナに負けベスト四と言う結果になったが、実力はほぼ同レベルと言われるユリアーヌ。今年で十三歳と他の者よりも少しだけお兄さん的な彼は、アルデレール王国のその道では有名なルオール一族の出の者。まあ一族の出と言うよりは、両親が亡くなった際の孤児として育てられた。しかし、ルオール一族は、少数民族であるがアルデレール王国では一二を争う程、戦闘の才を有した民族で、彼もまたその血を色濃く受け継いでいる。得意の槍術に加え、体術や投擲等幅広い分野で戦闘可能な彼は、今大会の優勝候補の一人として、注目を浴びていた。
最後は、ユリアーヌと同じ孤児院で育ち共に武術を磨いたレオンハルト。元は、地球と言う世界で暮らしていたのだが、神様の一人ヴァーリの手違いにより、もう一人の人物と共に命を落とした。不手際が原因と言う事で、別の・・・今いる世界にもう一人の人と一緒に転生させてもらい過ごしている。当然、前世の記憶をお互い持っており、前世で達人クラスの実力を有した彼は、この世界でも自身の流派を用いて同年代とかけ離れた強さを身に着けている。また、ヴァーリから授かった恩恵により前世や今世の知識を莫大に得ており、その他にも色々な才能を受け取っていた。
余りの強さから、この大会始まって以来の実力者として司会者に紹介されたり、今大会のダークホースとしてその名を轟かしている。
そんな四人がベスト四に残っており、今日の午前中に準決勝及び決勝戦を行い。優勝者を決める。
レオンハルトは、この大会の優勝者と言う肩書には一切興味が無く、ではなぜ大会に参加しているのかと言うと、共に修行をしたユリアーヌとクルトの実力を見る事、また孤児院を出て共に旅をしたリーゼロッテの実力や旅の道中で仲間になったダーヴィトとエッダとも対戦出来ればと考えていたのだが、結局クルトとしか戦えていない。
一応、皆も本選に勝ち残るほどの実力者だが、リーゼロッテやダーヴィト、エッダは惜しくも対戦者にギリギリの所で負けてしまった。クルトに関しては最初から勝敗は分かっており、その事はクルト自身も理解していた。
なので、クルトはレオンハルトと当たった一試合に全てを出して挑んだのだ。そのあまりにも激しい攻防を見て、観客は勿論、王族や貴族たちもその戦いっぷりに魅入るってしまう程であった。
ユリアーヌとはまだ戦う機会があるが、その為にはこれから戦うティアナに勝利しなければならない。また、ティアナ及びリリーは、数年前にレオンハルトに救われて以来、彼の横に立てる人物になりたいと剣術を学んで今の地位にいる。だから彼女たちも此処で負けるわけにはいかないと張り切っているため、どちらが勝つか正直分からない。
「さて、いよいよ今日が武術大会最終日っ!!連日から続く激しい戦いが――――――」
司会者は既にテンション最大値でスタートした。何時ものように長々と選手の説明をするのかと思ったが、今日は予想よりも早く紹介が終わる。
「ではここで、我が国の国王陛下より挨拶があります」
此処でまさかの人物の挨拶。大会最終日にして未成年の部、一般の部の準決勝戦と決勝戦。
「そう言えば、陛下の挨拶があったな」
一緒に控室で待つユリアーヌ、前回大会の時を思い出すように呟く。このタイミングでアウグスト陛下が挨拶するのは、恒例行事の様だ。だから司会者の話も今までよりも早かったのだろう。
「――――今回は、例年を超える試合が見れてとても満足しておる。今日の試合も是非良い試合にしてほしい。以上だ」
アウグスト陛下挨拶が終わり、再び司会者が話始める。そしてついにこれから戦う選手の名前が会場内に響いた。
ティアナとユリアーヌ。これが準決勝戦第一試合を行う者たち。
二人は、先日のレオンハルト対クルトの試合の時の様に静かにそして、神経を尖らせる。二人から感じる雰囲気は、レオンハルトたちが試合した時の様なそれぐらいの密度があった。
司会者は両者を見て、準備が出来ている事を確認し、試合開始の合図をする。
一気に攻めるかと思ったが、両者ともゆっくりと近づき間合いを推し量っていた。大剣と槍どちらも速攻性のタイプではないが、槍は一番槍とも言うので速攻と言うより突撃系に近い戦いをする。だが、ユリアーヌは突撃も捌きも何方も問題ないため、ティアナの戦闘を予想して突撃しなかったのだろうとレオンハルトは推測した。
実際、ユリアーヌが突撃した場合、ティアナは大剣を大きく振りかぶり渾身の一撃で迎え撃つつもりでいた。
武器の長さはユリアーヌの槍の方が若干長いが、その槍がギリギリ届かない位置でお互い前進するのを止める。
一歩進めば槍の間合い、三歩進めば大剣の間合いとなるそんな位置で、お互い武器を交えずに想像だけで戦闘をシュミレーションする。
読み合いは、ユリアーヌの方が早く。実際に攻撃に打って出た。
ユリアーヌが選んだ攻撃は、まさかの至近距離から放つ突進系。彼自身の身体能力の高さから出来るノーモーションからの一撃は、ティアナの想像していた攻撃手段と大きく異なっていたのだろう。防ぐと言うよりも躱す選択肢を選んだ。
ティアナも戦闘は嫌となる程、叩き込まれてきた。突然の一点を貫く突進攻撃をギリギリで躱し、大剣を盾の様に前へ突き出す。
すると、突進攻撃からではまずありえない位置にいた大剣が大きな金属音と共に衝突で振動していた。ティアナ自身も後方へ押される形となる。
観戦に来ていた国民は何が起こったのか全く理解できていない。
「今のは・・・・ユリアーヌ選手の突進と突進を避けられたことによる薙ぎ払いの攻撃を同時に行った事で、ティアナ選手が後ろへ押された。咄嗟の判断とは言え、ティアナ選手も良く防いだと思います」
今日も解説役としてアレクシス騎士団長が司会者の隣で待機しており、今の戦闘を説明した。
それからは、激しい攻防が続く。どれぐらい激しいかと言うとお互いに攻撃しては相手の攻撃を防いだり、受け流したり、躱したりして対処しその後すぐに反撃を繰り出す動作を続けていた。
手数の多いリリーや速攻のクルトとは違いどちらも一撃入れると相手から一撃帰ってくるそんな戦いを繰り広げていた。まあ時々は、二連続続けて攻撃していたりもするが・・・。
攻撃を休める事無く続いていたが、それは永遠には続かない。魔法勝負であれば魔力が尽きてしまった方が負けるが、武術などの物理戦は体力が付きてしまった方が負ける。
仮にも勇者の家系として知られるティアナだが、実戦で鍛えてきたユリアーヌに比べると体力は低い。しかもルオール一族の血を引き継いでいるのだから、尚の事差が出てしまう。
前回大会の時は、全力で戦っていたけれど、本気ではなかった。しかも今回は、体力勝負に加えて譲れない試合と言う事もあり、集中力の維持も体力の消費をより加速させていった。
「せいっや―――」
「やああああっ!!」
ユリアーヌの『ゲイルスピア』とティアナの『砲鎚』が衝突。威力そして攻撃の位置関係から言うとティアナの方が有利ではあったが、ティアナよりもモーションが少ないユリアーヌの攻撃の方が早く相手を捕える。しかも、地に足を付けているため踏ん張りが効くのは、ユリアーヌの方だ。
体力の低下と踏ん張る事が出来ない空中にいるティアナでは上からの攻撃と言う有利が逆に仇となり、バランスを崩したまま地面に落ちる。起き上がろうとするが、ユリアーヌの追撃を受け止める事が出来ず、結果場外へ吹き飛ばされてしまった。
会場内は静まり返る。
「しょ、勝者ユリアーヌ選手。まさか。まさか遂に前回でのリベンジを果たしたと言えるでしょう。そして、惜しくも勝利を掴めなかったティアナ選手。まさか前回大会優勝者が今大会ではベスト四止まりと言う結果になってしまいました」
司会者が話を続ける中、ユリアーヌとティアナが戻ってくる。ユリアーヌの表情は喜んでいるというよりは、次の試合について考えているのだろう若干硬い表情であった。ティアナは、負けた事が悔しいのか、その瞳には薄っすらと涙が見えた。
「二人ともお疲れッ!!ユリアーヌ、決勝戦で待ってな。それとティアナ嬢、今回は負けてしまいましたが、とても素晴らしい戦いでしたよ。あの時の少女とは見違えてしまいました。良く鍛錬されましたね」
彼女は負けた事で、選手から公爵令嬢へと立ち位置が変わったので、今までの様な親しい会話ではなく、貴族に対する言葉に変更した。
流石の彼女もずっと泣いているわけにも行かないと考えたのか涙を拭い。レオンハルトに一礼した。
「あ、ありがとうございます。負けてしまいましたが、今の成長を貴方に見てもらえて、良かったと思っています。それと・・・・・出来れば今まで通りに接していただければ・・・」
ティアナが話をしている時に司会者から次の対戦者の名前が呼ばれる。
「お、次の試合が始まるな。二人とも行って来るよ」
「ごめんね。ティアナ、私も行ってくるわね」
次の試合、レオンハルトとリリーが二人に声をかけて闘技場へと歩いていく。
「もう、良い所だったのに」
二人が去ってしまった事、時にレオンハルトとは話の途中と言う事もあり少しばかり不機嫌な態度を示す。言葉自体は、呟く様に発していたので、同室にいるユリアーヌには聞こえてはいなかった。
それどころか彼は、二人の次の試合を見るのではなく、椅子に腰かけて静かに目を閉じていた。今のうちに出来る限り体力を回復させようと大人しくしていたのだった。
上級貴族が観戦する一角で、先程のティアナとユリアーヌの試合を食い入る様に見ていたティアナの父親にして、エトヴィン・ライムント・フォン・フォルマー公爵にして、アルデレール王国の宰相を務めている人物だ。
「如何やら、娘は負けてしまったようですな」
流石の彼も娘が負けた事は、少なからず思う所はあったのだろう。しかし、負けてしまったら命を落とすと言うわけでもないので、すぐさま切り替えて次の試合を観戦する事にした。
ティアナと同格の実力を持つリリー。彼女が何処まで彼と渡り合えるのか。そして、彼の実力差を知る良い機会でもあったため、エトヴィン宰相を始め、直ぐ近くで見ている王族たち。少し離れた貴族席で見ているリリーの父親リーンハルト・ツキシマ・フォン・ラインフェルト侯爵たち。
その貴族席の中には同然、シュヴァイガ―ト伯爵家やエーデルシュタイン伯爵家も見に来ているし、エクスナー枢機卿やアウグスト陛下に仕え、彼と顔合わせをした経験を持つ各大臣たちもこの一戦に注目していた。
そんな事は露程も知らない周囲の者は、今か今かと司会者の紹介が終わるのを待ち望む。
「それでは、両者準備は宜しいですね?始めッ!!」
手数と速さを主としたリリーの連撃。それを生かすべく速攻をかける。
気迫も真剣さも先程の二人に引けを取らないものを肌に感じながら、リリーの連撃を捌く。
初手使った『雪洞』、移動も含めた一連の動きからなせる刺突。それを躱されると分かっていたかの様な動きで次々と刺突、斬撃を繰り出した。
分かると思うが、リリーもティアナ同様に彼に成長した事を知ってほしく全力で挑んでいる。その為、今まで見せていない技も幾つか使用しているのだが、どの攻撃も掠りもしない。
「はぁはぁ。私の『雪化粧』や『月下楼』だけではく、まだ一度も見せた事のない『風津波』に『鳥瞰』まで・・・」
『風津波』は、リリーが使える技の中でも上位に入る程の手数があり、その数は何と二十連撃。刺突と斬撃の組み合わせで構成されたもので、初見で全てを捌くのは、余程の実力者でなければ難しい。
また、『鳥瞰』も跳躍からの三連突で、手数こそ少ないが剣速はかなりの物。これも実力者には三連と認識できるが、腕に覚えがない者が見ると単発技に見間違うほどだ。
「やはり、月島流剣術に朝倉式剣術。足捌きは白河流古武術と天枷流柔術と行った所か?」
幾つもの流派を使えると言うのは基本的にどっち付かずになりやすい為、技の練度を上げるには不向きなのだが、恐らく彼女が使用するのは、各流派を使いやすい様にアレンジした別の流派とも呼べる。
問題なのは、アレンジだけなのか、それとも各流派も極めているのかと言うのが一番だろう。そもそも複数の流派をどうやってこの世界に持ち込む事が出来るのだ。
自分たちの様に転生若しくはヴァーリの手違いで自分たちより少し前の人間を召喚させてしまったと言っていた。となれば、他にも向こうの世界から来た人物が居たのではないだろうか。
まあ、今考えても分からないし、知る手段も持ち合わせていない。
「この技でしたらどうでしょう。連技『雪月花』」
『雪化粧』『月下楼』『花魁』の三連続技。エッダとの試合で見せた彼女の切り札の一つ。しかし、今回はそれだけでは終わらない。
『雪月花』使用後にそのまま次の連技を使用する。
「連技『花鳥風月』」
『花茨』『鳥瞰』『風津波』『月下楼』からなる四連続技。
低い姿勢からの二連斬撃、跳躍にて頭上からの三連突。着地後は二十連斬撃と刺突。そして、お決まりの十二連突。
手数の多さはこれまで以上のものとなっている。彼女の最終切り札。大人でも使用できる人はごく一部で、ましてや彼女はまだ身体が出来上がっていない子供。その負荷は想像以上だったろう。
―――――ッ!!
しかし、レオンハルトはその攻撃を全て、刀を使って受け流した。『雪月花』は躱し切れたが、次に放たれた『花鳥風月』は躱し切れないと判断し、刀で攻撃の軌道を逸らした。
神明紅焔流剣術『春雨』。神明紅焔流剣術の中でも数少ない柔の技の一つ。相手の攻撃を最小限の動作で全て受け流す、その静かな一連の動きがしとしとと静かに降る春の雨の如き事から付けられた名前らしい。
この技は、俺自身が神明紅焔流を習い始めた頃によく現師範であったあのクソジジイ・・・祖父から習ったと言うより良く使われた技だけに、余り良い思い出が無い。まあ考案者が祖父だから、使いやすかったのもあるのかもしれないが・・・・。
まさか、すべて防がれるとはと言う風に表情を浮かべるリリー。体力も限界に来たのであろう。崩れ落ちる様に膝をついた。
乱れる息から身体に負荷を掛け過ぎた事で若干酸欠気味でもあり、その結果膝をついた姿勢のまま後ろに倒れそうになる。
間一髪の所で、レオンハルトがリリーの身体を支える。
「お疲れ様。素晴らしい技ばかりだったよ」
その言葉を最後に、リリーは意識を手放した。彼女にとって最後の技『花鳥風月』は相当反動があるようだ。しかもその前の攻撃も大技の一つの様だったので、さらに拍車をかけたのだろう。
「リリー選手、気絶により勝者レオンハルト選手。リリー選手は最初から最後まで全力で挑んでいましたが・・・・・」
司会者が解説者であるアレクシス騎士団長と先程の試合について話を進めている最中、俺は彼女を抱えて控室へ戻る。
控室に戻ると、大会運営の職員とティアナが駆け寄ってきた。運営としては、侯爵の息女であるため何かあっては大変だと言う思い。ティアナは幼馴染のそんな姿を見て心配になったと言う事から。
なので、彼女を運営の職員に預け、ユリアーヌの元へ向かう。
「遂にお前との試合だな。俺がどれだけ成長したのか身をもって体感しろ」
「ああ。楽しみにしている」
この後は少しだけ選手の休憩時間として、王国に仕える兵士たちの模擬戦を二試合ほど挟んだ。流石に試合後すぐに試合をするのは、体力的にどうなのかと言う声が昔意見されてからは、未成年の部も一般の部も共にインターバルの間、兵士が模擬戦をするという風習が出来たのだそうだ。
インターバルが何事もなく終わると、再び司会者が決勝戦に残った二人について説明する。これまでに散々説明してきているため、かなり手短な紹介ではあったが。
呼ばれたレオンハルトとユリアーヌは闘技場へと足を運び、中央付近へやってくる。
「さて、いよいよ未成年の部決勝戦です。両者とも準備は宜しいですか?それでは、始めッ!!」
黒槍を構えるユリアーヌと帯刀した状態で構えるレオンハルト。互いの集中力は最初から全力の様で、開始の合図と共に突進した。
一点突破で突き進むユリアーヌに対し、抜刀術の構えのまま突進するレオンハルト。攻撃範囲はユリアーヌの槍の方が断然あるため渾身の突きを躱さなければ、先に攻撃を受けるのはレオンハルトであるが、レオンハルトに届くかなり手前で突然槍が何かによって弾かれる。
神明紅焔流抜刀術弐ノ型『真達羅』にて、レオンハルトの抜刀術における絶対領域に槍の先が入った瞬間、その先端を刀で弾いたのだ。
しかし、ユリアーヌも弾かれることは初めから分かっていた。真の狙いは次の一撃、左手を握りしめると身体の全身から拳を突き出す。神明紅焔流体術『轟雷』。レオンハルトが教えた技で彼が使える事は既に知っていたレオンハルトも、その構えを見た途端に自身も左腕を回転させる様に掌打を打ち出す。神明紅焔流体術『螺旋掌』。
『轟雷』と『螺旋掌』が、ぶつかり合う。傍から見ればユリアーヌの拳をレオンハルトが受け止めたように見えるが、実際は両者に強い衝撃波を浴びせられていた。
レオンハルトは、掌打からすかさずユリアーヌの拳を掴み手前に引き寄せる。そして、刀を持った右手を強く握りしめて『轟雷』をユリアーヌの腹部目掛けて撃ち込もうとしたが、寸前にユリアーヌは槍を逆手に持ち替えて自身の腹部とレオンハルトの拳との間に差し込んだ。
それだけでは、ただ威力を多少弱めただけになってしまうのは明白なので、槍先を地面に突き立てる。
案の定、衝撃は身体に届く事はないが、槍に打ち込まれた衝撃は、腕に伝わって来た。
「ッ!!」
しかし、二撃目の『轟雷』は予測できていたが、その後の追撃までは想定しておらず、蹴りをまともに受けてしまい後方へ飛ばされる。
ニ、三回転しながら体勢を整えるユリアーヌだったが、更なる追撃が彼を襲った。
神明紅焔流剣術『双鎚連』。振り下ろされる斬撃が二つに見える残像剣。両方の斬撃を槍で受け止める。
そして、受け止めた槍を今度は回転させる様に振り回して薙ぎ払う。
その攻撃をバックステップで躱して再び構え直す。
ユリアーヌが起き上がった所で振出しに戻った感じだ。
両者とも沈黙を続けるが、観客の誰かが、飲み物のカップを落とし地面についた音をきっかけに再び互いの武器をぶつけ合い激しい戦闘を繰り広げた。
長さがある分攻撃の回数はユリアーヌの方が多いが、レオンハルトも刀の間合いに入るとすかさず鋭い斬撃を何度も放った。
『ゲイルスピア』、『六幻』、『ラピッドラッシュ』と技を使うユリアーヌ。『六幻』はレオンハルトの槍術の技を自分なりにアレンジしたもの。突く技とは異なり、遠心力を活用して身体の周囲で回転させ連続的な斬撃を繰り出す技。槍よりも薙刀などの武器に適している戦い方だ。まあ、槍だから使用してはいけないと言うわけでもないが。
それに対し、レオンハルトも剣術で対抗する。主に『双槌連』、『朧月夜』、『雨斬』と使用していた。
互いの技もぶつかり合うと更に激しく武器同士がこすれ合い摩擦から生じる火花や金属音が周囲を圧倒させた。
主に相手の攻撃を躱しているのだが、躱しきるのが難しい時は武器で防いだり、攻撃をしたりして相殺している。
―――ッ!!
レオンハルトは咄嗟に距離をとった。
そして、先程まで彼がそこに居た場所に無数の斬撃が空気を切り裂く。
「かなり、腕を上げているようだな。生身の状態なら、俺でも油断したら負けそうだ」
「ああ。目標はレオンハルト・・・お前を超える事だからな。生半可な鍛錬はしてきていないッ!!」
繰り広げる戦闘に観客たちは釘付け状態に、司会者も実況を忘れてしまう程のものだった。
「早ッ!!」
仲間たちは、その高度な戦闘を見て自分との戦闘に置き換えて観戦していたりする。それ程参考になり彼らにとって高い目標となっていた。
「切り替えもうまい。しかも威力は一切落とさず!!」
連続で斬撃を繰り出すユリアーヌに対し、刀ですべて捌ききったレオンハルト。
「まだ――まだ、届かないのか」
連続攻撃を繰り出しているはずのユリアーヌは、次第にその表情を険しくし始める。戦闘が開始されてそれほど時間は経過していない。それでもこれだけの激しい戦闘を繰り広げていれば、あっと言う間に体力を消費しつくしてしまう。
それに、その前に戦ったティアナとの戦闘のダメージもまだ蓄積されている。全力で戦っているユリアーヌとは反対に、レオンハルトの方はまだ余力をかなり残している上に此処までダメージを負っていない。
神明紅焔流移動術『駿天』によって一瞬にして間合いを詰めるレオンハルト。身体強化の魔法を使用していないので、肉眼で捉えれるレベルではあるが、対戦する者からしたら瞬間移動したような錯覚すら感じる程の移動手段。
『駿天』の連続使用で、一方的に攻め込まれる。以前、使用した際は身体にかなりの負担をかけたが、今は鍛えた事もあり、ある程度は使用可能となっている。
「――――クッ」
既に槍を振るう事さえ難しい状況に、僅かな可能性を試そうとその瞳に闘志を燃やす。
(―――ッ!!体術ッ!?『轟雷』かッ!?)
『轟雷』に対抗するため、俺も体術を使う構えをとったが・・・・予想していない事態が発生した。
「『轟雷』の構えではない?その構え・・・まさかっ!!」
「ああ。見様見真似だが――――うおりゃーー」
神明紅焔流体術『螺旋掌』を放ち、レオンハルトは初めてダメージと言えるダメージを左肩に受けてしまう。威力を少しは殺してみる物の左肩の関節を脱臼させられ、そのまま闘技場の端まで吹き飛ばされる。
「おーーーーーっと。此処に来て初めてレオンハルト選手がダメージを負ったッ!!はたして彼は大丈夫なのでしょうか?」
倒れた状態からゆっくり起き上がる。左肩から激しい痛みが襲ってきた事でレオンハルトの表情が歪むが、どうにか痛みに耐えた。
(脱臼だけでなく、骨折・・・・まではしていないがひびが入っているな)
「レオンくん・・・・」
心配そうに見守るシャルロット。その握りしめる手に力を籠めた。
「まさか、その技まで使えるとは・・・・教えた事は無いのだけれど?」
何処で身につけたかは分かっている。それでも問いかけずにはいられなかった。
「ああ。さっき使用していたのを見て覚えた」
やはり天才か。まさか『螺旋掌』を見て習得するとかなんて戦闘センスなのだろうか。感心してしまう。
「なら、これを使用しても問題ないかな?」
そう言うとレオンハルトは、左腕の脱臼を正常な状態へ治す。『治癒』が出来ないので、ひびはそのままだが動かせない事は無い。
日本刀を帯刀し、抜刀の構えをとる。
神明紅焔流抜刀術奥義の中でも三指に入る程、習得難易度の高い技。前世の時もこの技を使えるのは当時の自分を含めて僅か九人しかいないレベルの代物だ。
その名も神明紅焔流抜刀術奥義捌ノ型『招杜羅』。基本的には壱ノ型『伐折羅』に近いが、その場で待機する『伐折羅』とは異なり『招杜羅』は、移動術『駿天』を用いたヒットアンドアウェイの技で、一瞬で相手の間合いまで移動し斬撃を繰り出した後に元の位置に戻ると言うもの。本来であればこれで終わりだが、此処は異世界・・・・技の完成度は更に高まっている。
以前、森で試し斬りをした際は、魔法による身体強化等補助も加えていたおかげで、一瞬で放った斬撃が無数の斬撃となり周囲の木々を一刀両断されていたのだ。今回は、補助は無いがそれでも前世よりも明らかに練度の高い技となっている。
「ユリアーヌが居れば俺は更に強くなれる気がする。俺にとって良い好敵手だよ。だから、これを手土産にしてやる。更に高みに上がってこいッ!!はぁぁぁああああ」
「セイッ!!」
声と共に抜刀を行う。レオンハルトの身体が僅かにブレた感じはしたが、殆どの人間は違和感を覚えた程度だっただろう。腕に自信があるものは彼の使った高度な技術に唖然としていた。峰打ちで斬撃を放ちその数は八連撃で留める。
だが、その攻撃でユリアーヌは、空中へと舞い上がる。幾ら峰打ちとは言え、その威力は絶大だ。一瞬で身体全身に与えられたダメージは彼の意識を刈り取るまでに至った。
「しょ、勝者レオンハルト選手ッ!!よって未成年の部の優勝者は、今大会初出場のレオンハルト選手です。皆さま盛大な拍手をッ!!」
観客からの盛大な歓声と拍手の中、俺はそのままユリアーヌの元へ向かう。彼もどうやら意識を失ったのは一瞬だった様で歓声と拍手の音で目を覚ましたみたいだ。
「ほら、手を掴め」
ユリアーヌに手を貸し起こすのを手伝った。彼は起き上がる事は出来たが、先の攻撃で足を負傷したようなので肩を貸す。彼とは頭一つ程背丈が違うが、肩を貸すにはそこまで支障がない。
控室まで行くとそこには、運営職員が待機しており、負傷した俺たちを出迎え治療に来ていたのだ。
「ああ、気にしなくて良い、この程度自ぶ・・・・」
「レオンハルト様ッ!!お怪我を、今お怪我を治します」
慌てて入ってくる美少女。修道女の服の上から高級な純白の外套を着た澄んだ薄い青色をしたツインテールの少女エルフィー。観客席で見ていたが、二人が負傷した状態で退場するのが分かり慌てて此方へ来たとの事。
エルフィーがレオンハルトの左肩の軽い骨折を治そうとするが、まずは彼の治療をお願いした。どう見てもレオンハルトよりもユリアーヌの方が重症だ。
(自分の傷は、自分で治療できるからな)
ユリアーヌの治療が終わった頃に控室の外が騒がしくなり、その正体が控室に来た所で判明した。シャルロットを筆頭にリーゼロッテ、アニータ、クルトにヨハン、ダーヴィトとエッダ、それと何故かティアナとリリーも現れていた。
そして、控室には選手しか来れないのだが、彼女たちの後ろに困った様子の運営職員と数名の兵士たちが来ていた。
心配して入ってくる女性陣に対し、男性陣は優勝のお祝いの言葉を投げかけてきた。ユリアーヌへは、軽く励ましの言葉もかけるが、あれだけの戦闘をした後なので、彼は疲れたと言ってしばし、床に倒れた。
「喜ばしい所申し訳ございませんが、優勝されたレオンハルト殿及び準優勝のユリアーヌ殿。またその関係者は我々と一緒に来ていただけますか」
四十歳代ぐらいの筋肉質な兵士に声をかけられ、何事かと思えば、その後ろから見知った人物が顔を出した。
「お久しぶりです。レオンハルト殿」
「お久しぶりですハンスさんにモニカさん」
二人は、以前王城へ招待されて訪問した際に同行してくれた騎士団員だった。筋肉質な男も話を聞けば兵士ではなく騎士団員の様で、しかも副隊長の次の次ぐらいに偉い人だとか。
一瞬、それって偉いのかと疑問には思ったが、声には出さずに話を聞いた。
優勝者、準優勝者は別室にて待機する必要があるらしい。前回ティアナとリリーは経験しているので何をするのか知っており、教えてもらった。
「基本的には午後の閉会式の際に授与式があるの、未成年の部、一般の部の優勝者、準優勝者に報酬がもらえるわ。けれど、その前に一般の部の試合を特等席で観戦する事も出来るわよ」
ティアナが説明してくれた事で、理解したが特等席とは何処の事だろうと考えていると今度はリリーが説明してくれる。
「特等席は国王陛下の横に別室がありまして、其方で観戦する事になります。一般の部の後に昼食をその場で頂き、宰相と報酬について簡単な打ち合わせをしますわ」
彼女たちは、大会参加中は他の人と変わらない普通の話し方であったが、今は上級貴族としての話し方になっていた。
公私によって話し方を変えてるのか・・・それって大変なのでは?
「ご説明ありがとうございます。ティアナ様、リリー様」
「「様はいりません」」
まさかの様付け禁止命令。普通立場の上の人に対して様付けは必須のはず。それも貴族に対しては特に。話ではあまり聞かないが無礼罪と言う物があるらしく。平民は貴族に無礼を働くと問答無用で処罰にできると言う理不尽なもの。まあ、きちんとした理由でなければ捌けず、あまりに理不尽な事で罰した場合で、それが発覚したら、逆に貴族側が重い処罰を受けるとの事。
レオンハルトの周辺ではあまり聞かないと言うだけで、相手が傲慢な貴族の場合は割と無礼罪で相手を奴隷落ちにしたり、袋叩きにしたりするらしく、酷いものだと服を汚したとかでその場で首を刎ねた貴族もいるらしい。
まあ、それだけ貴族社会と言う物は恐ろしい所なのだと思う。そして、レオンハルトはそんな無礼罪を言い渡されてもおかしくない状況へ彼女たち自身の手で持って行こうとしていた。
「では、失礼ながらさん付けにさせていただきます」
流石に呼び捨ては、不味いだろうとの事で無難にさん付けで通す事にした。それでも彼女たちは若干不満がある様な顔をしていたのだが、今は気にしない事にする。
案内された場所はかなり広いスペースを取っており、全員が窮屈なく入る事が出来た。と言うよりまだ、三分の一も埋まっていない。
それから暫くして、レオンハルトとユリアーヌはその場を一旦退席した。理由は戦闘によって傷んだ服のままではまずいと言う事で、魔法の袋に仕舞いこんでいた服に着替えるため、更衣室へと案内してもらい着替えて戻ってくる。
ラフな格好は流石にまずいので、冒険者用のブラックワイバーンの革をふんだんに使ったブラックレザーコートに。ユリアーヌは着替えをヨハンに預けていたそうで、予備の冒険者装備に着替える。黒い服から紺色の服へ着替える。素材はグリーンキャタピラと言う昆虫の魔物の糸に細くて頑丈なミスリルの糸を織り込んで作成しているもの。
ミスリルの部分は、服全体にすると金額が高いので防御を厚くしないと行けない場所のみにして、後は裏生地にオークの革を使っているようだ。
ユリアーヌ、クルト、ヨハンの三人の分も既に各種ワイバーンの革で作成を依頼しているが、まだできていないので今回はお預けである。
一般の部の準決勝、決勝戦を観戦。勇者が出ると噂されていた事もあり、強者揃いであったが、実際には勇者は大会に参加せず、彼の仲間が参加していた。
決勝に残っている一人は北部の街にあるに拠点を置いているAランク冒険者。対する選手も勇者に同行する戦士の様だ。
激しい攻防の末、勝利を手にしたのはAランク冒険者との事。
まあ、負けた選手は、本気で戦っていたようではあるが、全力ではない感じがした。使用している武器も大会が貸し出ししているちゃちな剣だった。
暫くすると、俺たちと同じようにこの一室に呼び出されたAランク冒険者とその仲間たちに敗北し準優勝となってしまった勇者の仲間と勇者にその仲間たち。
勇者とは初対面だが、ヴァーリが転生する折に聞いた勇者はこの世界で生まれる子もいれば外から召喚されたりする。前者は殆ど少ないので、主に此方から転移させているそうだったが、目の前にいる勇者はどちらなのだろう・・・・。
「皆さん初めまして、今はアルデレール王国で勇者として活動をしています。コウジ・シノモリと言います」
勇者の名前を聞いた瞬間。ああ、この世界ではなく彼方の世界から召喚された勇者だったかと驚くレオンハルトとシャルロットであった。
此処まで読んで下さりありがとうございます。
誤字脱字が多く、読者の皆様には不快にさせてると思います。今後も誤字等ない様に執筆を頑張りたいと思いますが、誤字等ありましたら教えてください。
また、ストーリーで矛盾箇所もありましたので、修正等行っていますが、ご気づきがあれば教えてください。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。