041 歪んだ思考と選択
おはようございます。
先日まで九州の方では大雨で大変だったり、六月末はG20と慌ただしい日々ですね。
そう言えば先日、地元にある沖縄料理屋?居酒屋に行ってきました。シークワーサー唐揚げ美味しかった。
小説でも食べ物回を書きたいけど、文章にするのは中々難しいですねー。出来るけど正確な知識じゃない分、調べないといけないし。
そう言えば、今日は七夕ですねー。皆さんはどこかに夜店に行ったり、夜のデートに行かれたりするのでしょうかねー。羨ましい限りです(笑)
神は、僕から全てを奪った。
地位も、居場所も、彼女も・・・。
だから、この世の全てが憎い。
特に僕が憎いのは、あの男。あの男さえ居なければ、僕は今彼女と楽しい日常を過ごしていたに違いない。
あの男、確か・・・そう、伏見と彼女は、言っていたな・・・。
真っ暗の部屋で一人呟く男。唯一、その男が使っているパソコンの明かりで、男がどの様な姿をしているのか何となくわかる程度。
明かりからわかる外見は、如何にも陰湿な感じを醸し出すぽっちゃりをゆうに通り過ぎた肥満体系の男。
彼は、数ヶ月前に起きた事故のニュースを睨むように眺めていた。
「昨日で、あの事故から半年、亡くなったご遺族は―――――――。研修に参加する予定だった同僚の話では―――――」
テレビから聞こえてくるニュースは、政治家が問題発言をした。どこかの俳優が浮気をして問題になっている。某国の首相が来日してきただの。様々なニュースが流れており、最近では、アクセルの踏み間違えによる事故や暴走車の正面衝突なども多く取り上げられている。そして、男が見ていたニュースはまさにその関係した内容と言えるだろう。
夏の日中に起こった暴走車と乗用車の衝突しガス爆発を引き起こした事故。暴走車と言う表現は適切ではないかもしれない。正確には、コントロールを失った暴走車と言った方が良いだろう。
山道で事故が起こり、車数台を巻き込んで最後は爆発により乗用車を崖から転落させてしまった。乗用車に乗っていた男女二人と事故の原因となった暴走車を運転していた人物が死亡。その他に数名の怪我人を出す大惨事。
事故当初は、ニュースで大々的に取り上げられていたのだが、他のニュースが出るとどんどん皆の記憶からも消えてしまうそんな毎日ではあったが、昨日はその事故が発生してからちょうど半年が経過した事で再びニュースで取り上げられたと言う事だ。
それを眺めていた男が、更に怒りを面に出していた。
この男、実はひょんな事から事故で亡くなった二人、伏見優雨と窪塚琴莉とは、少なからず面識があったのだ。
「ぼくの、ぼくのことりちゃんを――――――。ことりちゃんを僕から奪ったあの男も神も運命も・・・・この世界すべてを恨んでやるッ!!」
この男の歪な愛情は、二人が死んだことで歪んだのではなく。初めから歪んだ愛情だったのだ。そもそもこの男と二人が出会うきかっけとなったのが―――――。
窪塚琴莉が事故に遭った八月七日。その約二年前・・・つまり今の男が歪んだ恨みを真っ暗な部屋で過ごす現在から約二年半前の事。
窪塚琴莉は、友達と遊ぶため一人駅に向かっていた。その日も連日続く猛暑が道を歩く人たちを襲っていた。朝からテレビで流れるニュースでは、熱中症で三十人以上が救急搬送されるなど、その猛暑の危険性を強く訴えていた。
「有紗?今どのあたりに居るの?」
電話を掛けながら待ち合わせ場所へ向かう。
そこに一人の男が、道端で倒れた。
「うそっ!!」
男が倒れた事で、周囲にいた人たちは何事かと野次馬のように集まる。彼女も同様にその男を様子見ていたら電話口から何かあったのか尋ねられた。
「人が道端で倒れた」
簡潔に今起きている出来事を説明する。それと同時に数人の人たちが急に電話を取り出して何処かへ連絡し始めた。しかし、誰一人としてその男に近寄ろうとはしなかった。
「あ、後でかけ直す」
琴莉は、咄嗟にその男の傍へ寄り意識確認を始めた。誰か一人でも動けば自ずと人はそれに続く。そして、彼なら迷うことなくそうしただろうから。
「大丈夫ですかッ?誰か救急車を!!」
その言葉に近くで電話をしていた男性が答える。意識があるのか?症状はどんな様子なのか?事細かく聞いてくる。恐らく救急車の手配をして、電話口の人から幾つか質問をされているのだろう。
「あの?わかりますか?」
(・・・・何だ・・・・この女性は、・・・まるで、まるで天使のような人だ・・・・あ、それより・・・僕の・・・・・・・僕の嫁が・・・・)
琴莉の質問に返答するどころか、明後日の方向へ手を伸ばし始める倒れた男。手を伸ばす先には何のアニメか分からないが、少女のキャラクターがプリントされた紙袋があった。中にはプリントされたアニメのシリーズかは分からないが、少女のグッズや箱に入ったフィギュアが紙袋から出ていた。
普通、そんな物よりも自分の心配をしなければならないはずなのだが、倒れた男はその紙袋へ意識を持って行っているため、琴莉の質問を無視していた。いや、意図的に無視していたかは分からないが、明らかにあれに執着している感じがした。
「すみません。ここお願いします」
琴莉は咄嗟に、電話で救急車を手配していた男性の傍にいた女性に声をかけて、その紙袋の回収に向かう。交代した女性は凄く嫌そうな顔をしていたが、倒れた男性はこれが無いと何も返答してくれないと判断しての行動。
周囲にいた野次馬たちも「何だ?こんな状態でもアニメかよ。キモッ」「人騒がせな人・・・本当はただ転んだだけなんでしょ?」「こんなところで寝そべって迷惑な奴だな」「やる事が醜ければ見た目も醜いな。ククッ」
普通の人が倒れているのなら、もう少し言葉を慎んだかもしれないが、倒れた男を見るなり小言で罵倒し始める人も居た。倒れている人にかける言葉ではない。
「これ、大切な物なんですよね?」
琴莉は、散らばっていたアニメのグッズを回収し、持ってきて近くに置いた。
(――――ッ!!て、天使だッ!!)
交代した女性と再び交代して、声をかけ続ける。すると暫くして救急車のサイレンが聞こえ始めた。そこから、救急隊員が素早く処置し始める。
「ほんと人騒がせなデブッ」
今尚聞こえる罵倒。それも小言で言うから質が悪い。
救急隊員の一人が、主に活動した三名、電話を掛けた男性と嫌な顔で一応対応してくれた女性、そして最後に琴莉から事情を聴いていた。別の隊員は、倒れた男の処置をしていた。
男が倒れた原因は、連日続く猛暑による熱中症だった。しかも、発汗も多かったから脱水症気味でもあったとの事。結局、野次馬たちは解散し三人も名前と連絡先を伝えて別れた。男はそのまま救急車で運ばれたが、この事によって後に彼女に深く関係してくることになった。
数日後、仕事を終えた琴莉は一人、駅に向かっていた。会社で受付をしていた彼女は基本的に残業をする事は無い。なので決まった時間に決まった電車に乗って帰宅する。時々、同僚や後輩などとご飯をして帰ったり、寄り道をしたりするが基本的には、いつも同じルートで帰宅する。
「――――――?」
その日もいつも通り・・・・だったはずなのだが、何処からか気が付けば後ろから、誰かに付けられているそんな気配を感じ取った。
しかし、振り返ってもそこには誰もいない。怖くなった彼女は、人の多い道を選択して帰宅した。
そして、それが何日か続く。
ストーカー。琴莉は、そう考えある人物に相談した。
(あ~れ~?今日は中々出てこないな~ことりちゃん)
そう、ストーカーの正体は、琴莉が助けた男。一度その人物からお礼の電話があり、その時にうっかり名前を名乗ってしまった。元から美人でもあった彼女が、倒れた自分に優しく介保してくれた事。そして、嫁たちを救ってくれた事で、彼女に惚れ込んでしまった。持てない男性の誤った愛情。直接会ってお礼がしたいと申し出てきたが、大したことではないと伝えお断りをした。それが今、彼女を脅かしている原因となっていた。
(あっ!!やっと出てきた。僕のことりちゃん~・・・・誰だッ!!あの男ッ!?)
社員専用扉から出てきたのは窪塚琴莉と伏見優雨だった。
彼は、彼女からストーカー被害について相談してきたため、仕事を早く切り上げて一緒に帰宅する事にした。何せ、相談された時、彼女は完全に怯えており実際に姿を見たわけでもない為、他の人に相談できずに今まで過ごしてきていたのだ。その恐怖はどれ程のものだっただろう。
「本当に誰かにストーカーされているの?」
優雨の問いに応えず、涙目になる琴莉。姿を確認していれば警察に持ち込む事も出来る。しかし、警察は被害にあってからでないと基本的に動かない。
「まあ、何かあっても俺が守るから」
この言葉につい嬉しくなる琴莉。彼と初めて接点を持った時も不良から助けてもらった事がある。だからなのか、先程までの恐怖が彼といる事でほとんど感じられないようになっていた。
で、一緒に変えるために外へ出た所で、あの男が目撃していたと言う事だ。
ッ!!
一瞬殺気の様なものを感じ取った俺は、慌てて周囲を見渡すが、それらしい人は発見できなかった。しかし、それがきっかけで俺は、彼女をつき纏うストーカーの影を色濃く認識できた。
(長期戦・・・・いや、短期戦の方が良いな。彼女に何かあってからでは遅い)
ストーカーを捕まえるのには、原則現行犯でなければ難しい。何せ証拠らしい物が揃いにくいからだ。たまたま何時も通りがかったと言われれば、嘘であっても視野に入れた捜査をしなければいけないからだ。
長期戦となれば、悪質な物も出てくるため証拠を揃えやすくなるが短期戦となれば、被害に遭ってもらう必要がある。
この場合、窪塚琴莉に囮をしてもらう必要があるのだ。例えストーカーが捕まったとしても彼女の心に傷を付けてしまう恐れがあるが、それが長い間ジワジワ来る精神的苦痛か、一回強烈な精神的苦痛かの二択になってしまう。
短期決着にしたのは、余り長引かせて、日頃から精神的苦痛を浴びせたくないと言う俺の考えから来ている。
なら、後はどうやって相手を誘い出すか。少しの間考えていると琴莉が急に手を握ってきた。俺が険しい顔をした事で彼女に不安を与えてしまったのだろう。そう考えた時に一つの名案を思い付いた。
「え?イチャイチャしながら帰る?」
俺が結論を説明した。先程俺自身が険しくなったことで彼女は不安になった。であれば、これを利用すれば良い。俺と彼女がイチャイチャする事で、ストーカー行為が無くなるのであれば問題ないし、無くならなくてもストーカーに対する牽制にもなる。場合によっては逆上し姿を見せる事も考えられた。
うまく行けば、彼女に向けられた歪んだ愛情が、俺に憎しみを向ける事になる。そうなれば、彼女が襲われる可能性が少しでも低下出来ると踏んだ。
(ぼ、僕のことりちゃんと手を・・・・手をつないでーッ!!)
突然現れた冴えない男が僕の天使と仲良くしている。その事に怒りを感じ始めた。二人の後を追った僕は人気のない所に言った瞬間、彼を追い払う決心をした。
(このままだと、ぼ、僕のことりちゃんが襲われてしまう)
公園に入った所で、重い身体に鞭を入れ、走り先回りした。日頃から運動なんてしない僕・・・と言うよりも殆ど引きこもりに近い生活をしていたため、典型的な運動不足。
それでも如何にか先回りをして、二人の前に姿を現した。
突然、現れた事で身構える二人。しかもよりにもよって彼女は冴えない男に抱きついてしまった。
―――――ッ!!
「貴方は誰ですか?」
立ち塞がる僕に向かって語り掛ける冴えない男。こんな男に負けるはずがない。
「き、君こそ誰だッ!!ことりちゃんが、ことりちゃんが嫌がっているじゃないか」
言ってしまった―――――。本人を目の前に「ことりちゃん」と呼んでしまった事にかなり恥ずかしさが出てきてしまう。
「ひょ・・・ひょっとして、貴方はあの時の?」
今度は彼女が僕を見て発言する。ならば此処できちんと言わなければ。だが、何を言えばいいんだ?と悩んでいると冴えない男が「知り合い?」と訪ねて来て、僕と彼女が知り合った経緯を説明していた。
「知り合いと言うわけではないの以前、道端で倒れていた所を声かけただけ」
ん?
今・・・・何て言った?
声かけただけ・・・・そう言ったのか?
「名前は確か・・・・熊谷典男さん」
「熊谷じゃなく、熊大。熊大典男だよー。ことりちゃん僕の名前を間違えるなんてあんまりだよ?僕は毎日君を見つめていたのに」
その発言を聞いた瞬間、琴莉は恐怖に駆り立てられた。
この男。彼こそがストーカーの正体であり、彼女に助けられた事が・・・優しくされた事が自分への愛情だと認識していた。そして、その彼女の傍、いや彼女を守るような位置にその人物が立ち塞がっている。それは、ストーカーであり歪んだ認識を持つ彼には、どうしても許せない存在。嫌らしい表情の中には、歪で禍々(まがまが)しいそんな感情すら視認できそうなそんな雰囲気を醸し出していた。
普通の女性であれば鳥肌物を通り越して、青褪めるレベル。
「あんたがストーカーかっ!?」
ストーカーの正体が分かった途端に、伏見優雨の態度は一遍。予想していたよりも早い接触ではあったが、すぐさま彼女を背で庇う様に移動した。
彼から見えない位置に移動する必要もあったし・・・。
「ストーカー!?それは君だろっ!!ぼ、僕のことりちゃんにつき纏う虫めっ」
優雨の問いに反論するどころか難癖付け始めたストーカーこと熊大典男。周囲を見渡し、一応他に居ないかを探る。彼は、ストーカー呼ばわりされた事で更に冷静さを失っており、何かしてくる可能性も考慮し、こっそりと琴莉に指示を出した。
それを聞いた琴莉も頷くだけにして、指示された通りの行動をとる。
「そうか?俺よりもあんたの方がストーカーに感じるのは何かの間違えか?」
この問いは、簡単な挑発だ。そして、彼自身に聞いた問いではなく、彼女に聞いた問いかけ。勿論その返事も此方で用意したもの。
彼女の肯定にショックを受けた熊大。そして、怒りの矛先が優雨へと向いた。
掛かった。
「ぼ、僕のことりちゃんを汚すな―許さないぞっ!!」
熊大は、怒りに任せて襲い掛かる。
「伏見くんっ!!」
彼女の心配をよそに優雨は、熊大が殴り掛かってきた拳を受け流し、手首と胸ぐらを掴んで、そのまま足を引っかける彼を背負う様に入り込む。俗に言う背負い投げだ。
図体が大きい上、肥満体質の彼は背負い投げを受ければ相当なダメージを受ける。現に地面と衝突した時、半分白目を剥いていた程だ。
そのまま、抑え込み手早く彼女に視線を移す。
スマホのカメラレンズを此方に向けたまま頷いた。
琴莉は、優雨の指示された通り、一連の事をスマホで撮影していた。裏取りをする必要も本来は無いのだが、一応保険は用意しておく。
そして、警察へ通報した後、熊大を抑え込んで、警察が来るのを待つ。当然、優雨が連絡したのは警察署ではなく、叔父さんに直接連絡だ。伯父さんは直ぐに近くに居る警察官を向かわせると言っていたので、通報から三分程度で警察が到着した。
事情を聴かれたのでありのまま説明し、ついでに証拠の動画も提供した。
熊大は、ストーカー容疑と暴行未遂の為、一時留置所預かりとなった。恐らく二週間もすれば出てくるだろう。問題はそれからだ。彼が優雨と琴莉どちらを狙うか。
事と次第によっては、次の策も必要かもしれないが、取り敢えず琴莉に関しては彼が出て来るまでは平和に過ごせる。伯父さんに改めて連絡し、熊大が留置所から出る時は必ず事前に連絡をしてほしいとお願いしておいた。
それから、数日が経過し伯父さんから連絡があった。
熊大典男の釈放日が決まったとの事、予定よりも長く拘留させてくれたみたいだったが、流石にずっと拘束する事も出来ないと言う事で、止む無く釈放したと言っていた。
「窪塚さん、今大丈夫?」
俺は直ぐにストーカー被害に遭っていた同僚の窪塚琴莉へ電話を掛けた。夜も遅い為出ないかと思ったが、三コールぐらいで電話に出たので少々驚きはしたが、取り敢えず伯父さんから聞いた熊大の情報を話した。
彼女の返事が段々と小さくなっていくのが分かる。
翌日、再び一緒に帰ろうとするが、残業が長引いてしまった為、同僚の二階堂蓮や他の女性陣にお願いして帰宅してもらった。本当は一緒に帰ってあげるのが良かったんだけれど、急な案件が入り込んできたためその対処に追われる。
仕事から帰宅して、真っ先に彼女へ連絡した。
「うん。大丈夫。皆居てくれたし、流石に今日釈放されて、そのまま来るとも考えられないから」
優雨と琴莉が連絡している頃。
一人荒れる人物が居た。
「くそっ。くそっ!!何で、何で僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだーっ!!」
男は、釈放されると警察署から自宅まで徒歩で向かい。道中にあったゴミ箱や自転車置き場にあった自転車を蹴り飛ばして地面に転がした。これだけでも十分警察に御厄介になる騒ぎだが、彼が行った行動は、周囲に誰も人が居ない時に怒りをぶつけていたため、目撃者は殆どいなかった。
自宅に戻るなり、そこら中にあるものを壁に叩きつけたりして過ごす。終いには、命よりも大切にしていた嫁たちにまで手を出し始めた。
ベッドに横たわる十八禁もののキャラクターがプリントされた抱き枕はビリビリに破かれ、壁に飾っていたポスターも破られたり物を投げつけられた拍子で穴が開いていたりした。大切に飾られていたフィギュアたちも壁に衝突した衝撃でバラバラになり、幾つかは修復不可能な壊れ方をしていた。
彼女の目の前で無様な姿を見せ付けられただけでなく。逮捕され犯罪者になってしまった事で幻滅され、一度も警察署に訪ねてくれなかった事が、見捨てられたという恐怖を味わい。更に暴れ具合をました。
普通此処まで暴れていたら近所からクレームが来るし、警察を呼ばれてもおかしくはないが、この男の家は両親が女医と政治家と言うお金持ちで、近隣とのトラブルは少なく、騒音もそこそこ離れているためにあまり聞こえないぐらいだった。しかも壁は防音性とあり、部屋で暴れる程度では見向きもされない。
両親は常に家を空けているため、一人でいることが多い彼だからこそ、此処まで歪んだ考えを持っているのかもしれないが、それは本人のみぞ知る処である。
だが、怒りと言う物は長続きしない。冷静さが怒りよりも強くなると今度は自分の大切な嫁の無残な姿に絶望し始める。自分で手を出して絶望するとか、どんな絶望の方かよと突っ込みたいかもしれないが、絶望の半分は大体自分の手で引き起こしている事が多い。
「だ、だれが・・・・誰がこんなことを・・・・全部、全部あいつのせいだっ!!僕からことりちゃんを奪い更には、僕の命よりも大切な嫁をこんな姿にしやがって・・・殺してやる。皆殺してやる」
本人が居たら間違えなく「お前がやったんだ」と突っ込みをしていただろう。それ程理不尽な事を言い始める熊大。
熊大が釈放されてから数日後の日曜日。流石に人が多い中で、ましてや昼間に襲われることは少ないと考えた優雨は、琴莉を誘って買い物に来ていた。
この数日で、どれだけ彼女が気を張って過ごしていたかと思うと痛々しくて、どうにかしてあげたかった。かといって何かできるかと言われれば困る優雨は、咄嗟に気晴らしに買い物へ行こうと誘い今に至る。
「きゃああああああああ」
デパートの中で無数の悲鳴が聞こえる。
先程まで、襲って来る事は少ないと踏んでいたのだが、目の前に窪塚琴莉のストーカーをしていた熊大典男の姿があった。しかもその手には刃渡り二十センチほどの出刃包丁を持っていた。
しかも、彼の表情は般若の様な怒りの顔で、鬼気迫るものを感じ取れた。
(おいおい。刃物まで出してくるとか。完全に逝っちゃってるな)
警備員が駆け付けるが、流石に刃物を持っていると言う事で、距離を保ちながら静止を促す事しかできない。
「伏見くん・・・・」
心配しないでと声をかけようとした瞬間、熊大が大きな声で叫ぶ。
「ぼ、ぼくのことりちゃんに触れるなっ!!」
その声を聴いて琴莉は恐怖のあまり、優雨にしがみつく。それを見てさらに怒りが込み上げてきているのだろう。まるでやかんの湯が沸いたようなそんな感じの怒り方だった。
だが、これ以上、興奮させると本当に何をしでかすか分からないと判断した優雨は、琴莉に声をかけて離れる様に指示する。
不安がる琴莉だったが、彼から「必ず守るから」と言われ、一気に恐怖から安心感へと変わった。
「おいっ!!君、何をしているんだっ!?危険だから離れなさいっ!!」
警備員が今度は優雨を静止するように促した。まあ警備員でなくても皆同じことを言うだろう。片方は怒り狂いしかも出刃包丁まで持っている。それに向かっている何も所持していない青年。
「悪いが、今回は手加減なしだ」
優雨は、熊大目掛けて走り始める。そこまで距離があったわけではないのであっと言う間に距離は縮まった。向かってきた優雨に対して、熊大は、持っていた出刃包丁を彼目掛けて突き刺そうとする。
出刃包丁の刃先が、優雨の心臓部を貫こうとする・・・・が、その場面は来なかった。自身の身体に刺さる直前に両手で真剣白刃取りの様に突いてきた出刃包丁の刃を受け止めている。
だが、そんな事はお構いなしと熊大は力の限り押し込もうとするので、優雨も力の限り受け止め続け、且つ徐々に外へ刃先を向けようとする。
熊大は、次第に出刃包丁の刃先が変更しているのに気が付き、慌てて次の攻撃をしようとする。初歩的な攻撃でありながら、現在かなり有効打となりえる攻撃・・・俗に言う頭突き。しかし、一般人相手や不良程度なら有効打になりえるのであって、優雨には、無意味な攻撃でもあった。
何故ならば、次の攻撃に切り替えたと言う事で、手の方の力が若干弱まる。幾ら力を込めていたとしても意識がそちらにない以上は、大した脅威でもない。そして力の方向を逆方向に変える事で、勢い余って自分の手で自分の頭を叩く。
まあ、綱引きをしていて急に相手が手を放したら後ろにこける様なそんな反動。目のあたりを思いっきり叩いたため、彼の意識は完全に出刃包丁にはない。尽かさず、彼の手首を手刀でダメージを与え、衝撃と痛みのあまり手を放した。
床に落ちた出刃包丁を素早く明後日な方向へ蹴り、そこから容赦なく攻撃を入れる。それもピンポイントに痛い個所、大腿部、腋下、みぞおちと攻撃し、更に臓器へのダメージとして強烈な痛みを引き起こす肝臓や腎臓部分も攻撃を加えた。
「ぎゃあああああああああああ。ゴブォッーーーー」
痛みで叫ぶ中でみぞおちから臓器への攻撃で言葉が出なくなり、最後は全身の力を連動させ回転させるように胸部に掌打を打ち込む。
神明紅焔流体術『螺旋掌』。至近距離から相手を押すように衝撃を与える技で、全身を使った打撃の為、ほぼ零距離からでも使用できる。また、全身の力を一点にのせしかも回転するように打ち込む事で威力を更に倍増させる神明紅焔流体術の中では高等技であった。
当然、熊大の身体は後ろへ吹き飛ばされ、最後は地面を転がるように進んで倒れた。
急に胸を強く圧迫された事で、熊大は痛みに叫ぶでもなく、死んだように気絶し、その隙を狙って警備員が彼を取り押さえた。
結局、警察が駆けつけ、殺人未遂及び銃刀法違反やその他諸々の罪状に逮捕された。
彼は、無罪を主張していたが、流石の弁護士もお手上げと言わんばかりに、少しだけ罪が軽くなるように計らったようだが、最終的には刑務所から出て来るのに二年半近くかかる。
その頃には、彼の歪な愛情を向けていた窪塚琴莉と、人生を狂わすきっかけを作った伏見優雨は、事故で亡くなっており、更に絶望の淵に追いやられたというのが、今から一週間ほど前の事である。
「神が居たらぶっ殺してやりたい」
絶望はやがて、世界そのものを恨む様になり、今は真っ暗な部屋で運命と言う物を恨んで恨んで恨んで恨んで・・・・と言う毎日を過ごしていた。
やがて、その願いが届いたのか。突如世界が止まったようになる。
ウフフッ。貴方は中々面白い思考をしているみたいねー。
「ッ!!だ、だれだッ!!」
突然聞こえた女性の様な声に慌てて反応する熊大典男。周囲を探すも誰もいない。それどころか声自体も耳から聞こえたのではなく、どちらかと言うと直接話しかけられているそんな感じだ。
私が誰かって?シュブ=ニグラス。貴方たちから見たら神様と言う存在ですよ。
アニメには詳しい熊大だが、アニメはアニメでもどちらかと言うと萌えの方が強く、少女が出るアニメを好んでいた為、クトゥルフ神話に出てくる神の名前までは知らなかった。
「か、神だってッ!!ぼ、僕は今神が目の前にいたらぶっ殺してやるって言ったから現れたのか」
神を殺すと宣言していた直後の為、自分に天罰を与えに来たと考えた熊大は、近くにあった鋏を握りしめる。
しかし、語り掛ける神の声は何か含んだ感じは取れるが、天罰を与えに来た声質ではなかった。どちらかと言うと憐れむ様な感じだろうか。
天罰なんてしないわ。貴方は自分をこんな風に追い込んだ神様が許せないのでしょ?私たちはそんな神様とは、敵対関係にある神様なの。だから貴方にチャンスを挙げようかと思って・・・・。
神も神同士敵対するのかと思ったが、割と映画やアニメ、漫画でも神同士で争っている物を見た事があったので、深く突っ込まない事にした。それよりも気になったのが・・・。
「チャンスッ!?」
神からくれるチャンス。しかも自分が恨んでいる神とは敵対関係にある神からのチャンスだ。これは願ってもない事。
「ど、どんなチャンスだ?」
少し焦ってしまい、言葉を詰まらせてしまう。
そうねー。貴方が恨んでいる神様を困らせる存在になるのはどう?
困らせるだけなのかと内心期待外れと考えたが、そこはシュブ=ニグラスの言葉で納得させられる。何でも神を殺せる存在は同じ神である。であれば自分を恨んでいる者が神になり、自分を襲うと言うのは。その工程を進めるだけでも迷惑であり、運が良ければ神になって恨んでいた神を殺す事も出来るのだとか。
自分が神になり、憎い運命や恨んでいる神を殺し、自分の好きなように世界を牛耳れると考えた熊大は、彼女の言葉を二つ返事で答えた。
すると、不敵に聞こえる笑みの直後、怪しい光が彼を包み込んだ。
数日後、全く姿を見せなくなった息子が心配になり、部屋を訪れると熊大典男は無残な姿で発見された。
直径三十センチほどの黒い杭の様なものが、口から下半身に向けて貫かれており、血は部屋中に飛び散っていた。しかも、腕や足は変な方向に曲がった状態で死後硬直しており、ブクブクと太った身体は、吸血鬼に全身の血を抜かれたように干からびていた。
余りの惨い姿に、今世紀最大のミステリーとまで言われる様な変死体で、彼は悪い意味で一躍有名になったのだったが、それは当の本人は一切知らない事である。
フフッ。これであの偽神共が慌てふためくのが目に浮かぶ。・・・それにしても人とはどうしてこうも操りやすいのかしら・・・・。まあ、これは始まりに過ぎない。次は何をしようかしら。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
誤字脱字などございましたら、ぜひ教えてください。
また、ここはこの様な言い回しが・・・もう少し文脈のアレンジを・・・などありましたら、教えてください。
出来る限り、検討して盛り込んでいきたいと思います。
これからも読んでくださると嬉しいです。