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040 武術大会未成年の部 本選二回戦

海外出張無事に終わり帰ってきました。

インドって本当に牛が道路に寝そべって、それを誰も動かそうとしない事にビックリ。


本業で行ったのですが、参考になりそうな部分も多く。結果的に良かったと思います。

執筆活動はあまりできませんでしたが・・・・。

 刀。この世界では馴染みがない武器であり、扱える鍛治師も今の所一人しか居ない。辛うじてその弟子たちが、現在習得知るため日夜研鑽(にちやけんさん)(はげ)んでいた。


 ある時、常連から言われたのが、金額が一般的な剣に比べて異常な位、高額で手が出せないと。また、高すぎるが故に使って破損させる恐怖もあると言われたらしい。買いに来る者の多くは、献上品として手にする者たちばかり。


 武器を献上品にするなんてと思うかもしれないが、一般的剣に比べ、見た目はかなり美しく研ぎ澄まされた刀身は、見る者を魅了するほどだ。


 実際に武器として使用する者がいない中で、(ようや)く巡り会えた人物。この出会いは大切にしたいとさえ考えるレオンハルト。その人物が今目の前で自分に対し刃を向けていた。


 司会者の開始の合図から既に五分近く経過している。その間にレオンハルトの対戦相手である狐の獣人ルシアノは、果敢(かかん)にも(レオンハルト)に対し、幾度となく斬撃を繰り出していた。


 しかし、そのすべてが呆気なく弾かれ、攻撃が通る気配すら感じられない程だ。それどころか、ルシアノが繰り出す斬撃に対し、事細かく指導していた。


「もっと動きをよく見て・・・・それから持ち手が逆だッ!!」


 レオンハルトから今の所一切攻撃をする気配は見られない。試合開始直後はレオンハルトも愛刀である雪風を使用するつもりでいたが、相手の刀の扱いを見て気が変わったように指導し始めたのだ。


「くっそーーー何なんだよ。あんたはッ!!」


 ルシアノは、この大会に本気で上位を狙いにやって来ている。彼にはこの刀をもっと他の者たちにも知ってもらい。自分はその中でも実力者で、いずれは刀の道場を開きたいと言う野望がある。それが、去年はユリアーヌと当たり呆気なく敗北。


 血の滲む様な鍛錬を積んで、今年も本選に出場できたと思った矢先にレオンハルトによって指導されてしまう始末。


 しかし、怒りを見せながらもこの試合の間に確実に腕が上がってきているそんな手応えもルシアノには感じられた。指導の甲斐あって、果敢に攻めている時、(まれ)に鋭い一閃を繰り出せるようになっていた。


 今も強烈な攻撃が二連続立て続けに打ち込めた。流石のレオンハルトも二連続来るとは想定していなかったようで、咄嗟に本気で二撃目を弾いた。


 鳴り響く金属音――――。


「中々良くなったな。さて、(ようや)く戦えるか」


 二撃目を弾いた直後、後方へ跳び距離を空けるレオンハルト。これまでは単なる準備運動だったと言わんばかりに手首を動かしたり身体を捻ったりした。


 ルシアノは全力で先程まで戦っていたのに彼は準備運動程度。既に勝敗は見えていた。


「くそっ、舐めやがって」


 刀を握る手に力が入る。


「コンフォート流剣術『フォートブレイド』いやあああああ」


 ルシアノは、突きの構えから突進してきた。コンフォート流などと言う名前は聞いた事が無く。技の名前がありながら、その完成度はかなりお粗末な点からしても、我流なのだろうと言う事は直ぐに分かった。


 我流でなく正式な流派として存在していたら、レオンハルトが態々指導する必要が無いからだ。レオンハルトからすればお粗末な彼の実力も、一応本選に勝ち残るだけの技量はある。しかし、それが純粋な剣術だけかと問われると返答に困るだろう。彼の獣人としての身体能力と天性の直感・・・動物的勘とも捉えれる技量があって勝ち進んでいるのだ。もし人族であれば勝ち残る事は難しかったであろう。


 繰り出される変哲もない突きを一閃。刀を指す方向が変わると同時に二閃目としてルシアノの肩に峰打ちを入れた。


 威力は大分殺していたが、それでも痛みが走ったのか呻く様な叫びをあげて、その場で膝をつく。


 それからの試合の流れは、一方的なものになり、弾いては攻撃、弾いては攻撃を繰り返す。それも相手が倒れない絶妙な威力に抑えて。


「ルシアノ選手、一方的に攻撃を受けているが大丈夫なのでしょうか」


 心配になった司会者が、実況を交えながら隣に座るアレクシス騎士団長へ問いかける。


「・・・レオンハルト選手が力加減をしているのでしょう。致命的なダメージは無いはずです」


 何処まで話すか悩んだ結果、簡潔に説明した。アレクシスからすれば、レオンハルトの攻撃は確かに致命的なダメージにはなりえない事は見て分かる。それに加えて、彼は相手にも察知されない速さで数回ほど寸止めの攻撃をしていた。


 まあ、見えるのはかなりの実力者にのみ分かる程度のものだろう。だから敢えて解説を行わなかった。


 それから同じことが数回行われ、誰しもがその茶番とも思える試合に飽き始めるころ。遂に今までとは違う行動に移った。


「さて、きみに刀・・・いや日本刀の真髄、そのほんの一部分を見せてあげよう」


 レオンハルトは、先程ルシアノが使った『フォートブレイド』に似た構えをする。ルシアノが構えた際は言うなれば、両手で握った短剣で相手を一刺しする様な、そんな構えだった。しかし、今レオンハルトが構えている姿勢は片手で武器を持ち可能な限り腕を引いている・・・細剣(レイピア)刺突剣(エストック)などで強烈な突きを放つ時の溜めに似た構え。


「さっきの技をこんな感じにアレンジ出来れば更にきみの技は磨きがかかるはずだよ」


 その言葉を残し、一気に(レオンハルト)の漂わせる空気が変化した。まるで周囲から音が消えたかと思う程静かになる。そして、次の瞬間ルシアノ目掛けて突進した。


 突進時の攻撃。先程の動きを真似するように・・・しかし、全く違うアプローチを入れた突き。ルシアノの突きは、最初から突き出すような状態で突きに行っていたが、レオンハルトは、目前に来るまで溜めの姿勢を維持したまま突進していた。


 空を切る空振り音。見せるための技なので当てる必要はないが、ルシアノ・・・いや観客の殆どは何が起こったのかさえ理解できない。ルシアノからの視点では、遠くにあった刀の先が瞬き一つする瞬間に眼球に当たると錯覚させる距離に刃先が来ていた。観客からは、刀が突如伸びて来たかのような錯覚を引き起こしたのだ。


「こんな風に直前まで溜めておけば相手に捕らえられることも少ないし、日本刀の場合突くだけでなく斬撃も行えるから、溜めの姿勢から斬撃に切り替える事も出来る。戦い方次第では、かなりの可能性を持っているぞ」


 そう言い残し、ルシアノを背に歩き始める。普通試合の最中対戦者に背中を見せる事はしないが、ルシアノは既に戦意を失っている。戦う意思がない者に刀を向けても意味がない。


「えーっと、ルシアノ選手戦闘困難との判断により、勝者レオンハルト選手」


 勝利の判定と共に闘技場を降り、控室へ向かう。その間、ダーヴィトやユリアーヌたちと同じぐらい拍手喝采となった。


 控室には、仲間たちや知り合いたちが待機しており、勝利をしたことを祝ってくれる。


「やっぱスゲーよ。けど、次は俺と当たるからさっきの様な試合は出来ないと思え」


 クルトは、そのまま闘技場へ進む。第一回戦最後の試合、クルトの他は、エルフの少女エレオノーラ。予選の試合の時は、本選に合が得れる程度の腕を持っていたし、強いと言うよりも鋭い攻撃を得意としていた。


 クルトの俊敏さを生かした双剣技術が、孤児院時代からどれだけ成長しているのか楽しみでもあるし、相手も剣速を生かせる刺突剣(エストック)の使い手。速さ対早さの試合とでもいえる様な少し面白い展開。


「それでは、本選第一回戦第八試合を行います。両者準備は宜しいでしょうか・・・・それでは始めッ」


 やはり俊敏さを生かしたクルトの先制攻撃から始まった。逆手に持つ短剣(ダガー)と同じく逆手に持つ剣、剣と言っても短めのショートソードと呼ばれる部類の剣。まだ、身体が出来上がっていない我々では、通常の剣を振るうのでもやっとの事。大会に出て勝ち上がれるものは、幼少期から体作りを怠らずにやって来たため振るう事が出来るが、クルトの様に双剣を使うとなると片手で武器を扱えるようにならなければならない。ましてやクルトはどちらかと言うと小柄な方。重量のある剣ではバランスが取りづらく、彼の長所である俊敏さを生かせる事が出来ない。


 両方、ショートソードにしないのは、彼なりに考えての事だろう。


 最初の連撃を繰り出すも剣速の早いエレオノーラは、それを防ぐ。鳴り響く金属音は大剣や斧などとはまた違った高音域と言えるような高く乾いたような音。


 全てを防がれたクルトは、すぐさま距離を取り、再度別方向から連撃を仕掛ける。


 ヒットアンドアウェイ。接近戦からの攻撃の後すぐさま距離を取り、再度接近して攻撃をして離れる、これを繰り返す戦法。俊敏さも必要にはなるが、どちらかと言うと機動力の方が必要になる。それと、一瞬で距離を詰めたり離れたりを繰り返せるだけの体力も重要だ。


 孤児院時代にレオンハルトたちと日々修練をしてきたクルトにとって、この程度の体力は朝飯前で、幾度と攻撃と離脱を繰り返す。


 エレオノーラのそれに応戦するが、防戦一方な上に変則的な攻撃も得意とするクルトの連撃に次第に追いつけなくなった。


「はぁはぁ。くっ―――」


 体力の方が先に限界が来た様で、エレオノーラはそのまま両膝をつく様に崩れ落ちた。辛うじて転倒しまいと刺突剣(エストック)を杖の様に使用して如何にか踏みとどまった。


「勝者、クルト選手。まさか受け手側の方が先に体力(スタミナ)切れとは・・・さすがは前回大会ベスト四の実力は伊達ではないと言う事でしょう」


 そのまま、クルトとエレオノーラは控室に戻った。この後、少しだけ司会者たちや観客たちの休息も必要との事で休み。その間に運営側は大急ぎで次の試合の準備にかかる。


 また、敗北者たちは控室から退出し、残ったのは勝ち残った八名のみとなる。ダーヴィトは、ヨハンたちの元へ。他の者たちはそれぞれ試合を見るため観客席に移ったり、興味なしと言う感じにコロッセオを後にしたりする。


「大変長らくお待たせしました。これより本選二回戦を開始します。それでは・・・・・」


 司会者の紹介で、第一回戦を勝ち残ったティアナとヴィムが一試合目を戦う。


 結果はティアナの圧勝。先制攻撃をヴィムが仕掛けるが、それを上手く捌き反撃をきっかけにそのまま一気に攻め込み最後は、アカツキ流剣術『砲鎚(ほうつい)』で相手の武器を叩き壊して幕を終えた。


「続きまして二回戦目に移ります・・・・」


 司会者の言葉で、控室に居たユリアーヌとリーゼロッテが準備を始める。ユリアーヌは壁に立てかけてあったこれまでの試合で使ってきた自分の槍ではなく、布に包まれている別の槍を。リーゼロッテはレオンハルトから直接受け取る。


「リーゼ。いつもの剣ではなく、この剣を使え」


 手渡されたのは、黒に少し赤を混ぜた様な色の刀身の剣。エイコンドライトと呼ばれる隕鉄類の鉱物で作られたもので、強度に優れた代物だ。今まで使用していたミスリル混合剣(クロスソード)は、どちらかと言うと魔法剣(マジックソード)としての要素が強い為、純粋な武器同士の強度のぶつかり合いになれば、最悪の場合折れる事も考えられる。


 手渡された剣は、今使っている剣と差ほど変わらないが、変化があるとしたら若干短いと言う点だろう。レオンハルトは、彼女の予備の剣としてトルベンに依頼して作成してもらっていた代物で、片手剣の銘はレーグル。


 なぜ今まで彼女に渡していなかったのかと言うと、この剣・・・・と言うよりエイコンドライトは魔力の通りが非常に悪い。剣術と魔法を使うリーゼロッテのスタイルでは、少し不向きと言う点もあり、これまでは使用してこなかった。


「ミスリル製の剣より強度の高いこの剣の方が、ユリアーヌのあの槍に対抗できるはずだ」


 レオンハルトとリーゼロッテが見つめた先。ユリアーヌが布から取り出した真っ黒い槍。先端が十字の形をした十文字槍。しかも、刃と柄が一体化した代物で予選や一回戦で使用していた槍とは比べ物にならない代物。


 この槍は、彼にとっての切り札と呼べる槍で、素材は黒鉄(こくてつ)を軸に少量のアダマンタイト鉱石を金属に変えたアダマンチウムを混ぜ込んでいると試合後に彼から直接教えてもらった。何でもオルキデオに居る時に街一番の腕を持つ鍛冶師に依頼し、制作してもらった逸品との事だ。


「おぉーっと、両選手此処に来て武器を変えてきました。これは一体どういう事なのでしょうか」


 大会中に使用する武器は、この様に変更しても構わない。レオンハルトが予選で戦った選手も試合ごとに武器を変える者も居た。多くの選手は、武器の交換を行わないが、試合中に剣が折れる事も稀にあるため、交換をしても良い事としていた。正し、試合中に折れても試合中の交換は禁止されている。予備も携帯していれば話は別だが、控室に置いている物を取りに行ったりする事は出来ない。


 なので、結果的に壊れた武器で勝ち次の試合で変えると言う手段しか普通考えられない。


「これは恐らく、全力で戦うと言う事なのでしょう。ユリアーヌ選手が使っていた槍は、一般的なものから良い者へ。リーゼロッテ選手は魔法が通りやすいミスリルを使用した剣でしたが、強度重視に変更したのでしょう。魔法が使えないこの大会において良い選択でしょう」


 アレクシス騎士団長の説明を聞きながら闘技場の選手が立つ位置まで移動した二人。両者の表情は、この戦いを楽しみにしていたかのように生き生きとしていた。


 この戦いは、純粋に大会に勝つと言う目的ではなくなっており、ユリアーヌは妹の様な存在のリーゼロッテに負けるわけにはいかないと言う思い。リーゼロッテは、孤児院時代に一度も勝てなかったユリアーヌに何処まで通じるようになったのかを知るために、それぞれは武器を構える。


「簡単に負けてくれるなよ?折角、レオンハルトとの対戦用にとっておいた切り札・・・黒槍(こくそう)クラマを使用するのだから」


 ユリアーヌは、敢えて挑発する。この程度の挑発に乗るなんて事一切思ってもいないが、彼なりにこの戦いを楽しもうと言う言い方でもある。そもそも相手を下に見るような言い方をする場合、わざわざ切り札を使用するはずもない事ぐらいリーゼロッテも理解している。


 ユリアーヌの問いかけを返答して、司会者の合図を待った。


「それでは、試合開始ッ!!」


 合図と同時に全力で技を放つユリアーヌとリーゼロッテ。


 突進系の槍術『ストライクアンカー』。各武術に流派があるが、共通する技も幾つかあり、この『ストライクアンカー』もその一つだ。正確には、『ストライカー』と言う突進系の技の上位版ではあるが、突進した状態で溜めた力を一瞬で放つ重い攻撃。


 対するリーゼロッテも突進系の剣術『アクセルドライブ』。此方も流派に関係なく幅広く使用される斬撃の一つ。リーゼロッテは普段魔法により牽制しながら戦う魔法剣士なだけにこの様な斬撃便りの技はあまり使用しない傾向にある。


 結果、二つの技が衝突した際、激しい音と共にリーゼロッテの技が破られる。魔法による身体強化が無い分純粋な力比べでは、男女に大きく開きが出てしまうがそれは最初から分かっていた事。


 破られる事も想定していたリーゼロッテは、崩された態勢をすぐに直し、再度斬撃を繰り出す。一撃・・・二撃・・・・三撃と連続で攻める。間合いはリーゼロッテに有利な状況だが、身体能力的にはユリアーヌの方が数段有利に働いた。


「な・・・何という激しい戦いなのでしょうか―――。ティアナ選手とダーヴィト選手の試合も凄い試合でしたが、この試合はそれ以上のように思います」


 司会者の実況通り、両者の攻防は回を重ねるごとに速く鋭い一撃になっていた。


 試合の最中にお互い分析し、攻撃と防御、立ち回りなどを予測し、対処する。実力者の中でも戦いの中で成長できる者は少ないが、二人はその素質がある。と言うよりもその様な戦いを身に付けたと言っても過言ではない。


「――――ッ!!フェイント」


 突撃してきたと思いきや目前でサイドステップをし、視界から消える。不意打ちを恐れ最も来てほしくない場所へと意識を集中させたが、その行動を読まれていたのか、逆サイドを突かれる。


 クリーンヒットまでには至らなかったが、吹き飛ばされるリーゼロッテに更に追撃を行った。


 槍術六連突き、薙ぎ払いと連続で攻撃を行い、リーゼロッテを徐々に追い詰める。


(槍の間合いはエッダのおかげで把握していたけれど・・・やっぱり実力は数段上の様ね)


 追い詰められつつあったリーゼロッテは素早く、起き上がり回避に専念した。槍の攻撃は大まかに決まっている。原則的に攻撃となれば突きと薙ぎ払い、後は変則的なものとして投げがあるぐらいだ。防御として用いる事の多い回転もあるが、手慣れていなければ帰って使えない。


 エッダには、そこまでの実力は備わっておらず、使っている時も楽に対処できていたリーゼロッテ。しかし、相手がユリアーヌとなれば、その攻撃パターンは幾つにも増えてしまう。回避のみに専念しているおかげで、ギリギリ対処できていたが、このままでは反撃をする事が出来ない。


 強引に距離を取り、それに対して追撃をしてくるユリアーヌ。


「くっ―――」


 強引な回避を行った事で鋭い刃が腹部をかすめ、リーゼロッテの動きが一瞬鈍くなるが、このチャンスを逃せば勝機は無いと判断し、痛みにこらえながら構える。


 反撃(カウンター)技『霧雨(きりさめ)』。レオンハルトに教わった技の一つで、敵の攻撃を最小限の力で受け流し、軽く軌道をずらす。そして、敵の攻撃の軌道に今度は此方の攻撃の軌道を載せて斬り込む技。


 レオンハルトは、刀でその技を使用するが、リーゼロッテの様な両刃の西洋剣でも使用できるし、大剣や短剣でも可能な万能使用である。ただ、弱点として槌や鈍器等の武器には不向きである。


 まさかの反撃(カウンター)に慌てて対処をしようとするユリアーヌだが、間に合わず今度は彼自身が攻撃を受けた。辛うじて、リーゼロッテが負傷していた事により、致命的なダメージにはなりえなかった。


「今度は此方が攻める」


 リーゼロッテは、反撃で生まれた唯一の突破口を確実にするために、怒涛の連続攻撃でユリアーヌに挑む。上段から下段に・・・下段から切上げ、一度引いてからの突き・・・・再び斬撃と繰り返す。


「おーっと。今度はリーゼロッテ選手が攻めに入り、ユリアーヌ選手が守りに(てっ)している」


 司会者の言う通り、攻防の立ち位置が変わった。その事で会場内はより一層盛り上がりを見せる。


 じりじりと闘技場の端に追い詰められるユリアーヌ。


(追い詰められている彼の方が・・・余裕があるな)


 アレクシス騎士団長の考えは、実際に見ていれば分かる事だった。観客たちは激しい攻防戦・・・その技や技術のみで、それがどれ程凄いのかまでは分析しない。だが、戦いを知る者たちは、ユリアーヌの冷静な防御捌きに舌を巻いてしまう。


 リーゼロッテは、攻撃の攻防が入れ替わる反撃(カウンター)のみしか当てられなかった事に焦りしか感じられない・・・そんな様子だったからだ。


 焦りは、戦いにおいて良い結果を(もたら)さない。焦れば、普段行わない様な失敗(ミス)を犯してしまいやすく。冷静であれば、それに素早く対処出来たりするのだが、焦っている者は、それを如何にかしようと更に悪い方へ動いてしまったり、失敗(ミス)に気が付かないなんてこともあり得る。


 そして、それは見事に的中した。


 端に追い詰められたユリアーヌが、一瞬の隙にリーゼロッテとの立ち位置を変えた。即ち、リーゼロッテが闘技場の端に追いやられた状況になってしまう。


 リーチのある槍を横薙ぎに振るい。更に端へ追い詰めるユリアーヌ。自身が追い詰められていた事に気が付いてリーゼロッテに『ゲイルスピア』を放った。


 剣で防ぐが威力を相殺できず、後方へ飛ばされる。するとどうなるか・・・・。


「リ、リーゼロッテ選手場外。勝者ユリアーヌ選手ッ!!」


 司会者の言う通り、場外へ出てしまい。判定負けを宣告される。


「リーゼロッテ。お前、前よりも確実に強くなっているな」


 手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝う。孤児院時代からユリアーヌと模擬戦しては、手を差し伸べられてきたリーゼロッテ、今回もその手に掴まり起き上がった。


「次は負けないわ」


 二人は会場内から沸き起こる拍手を背に控室に戻ってきた。仲間から試合の感想をそれぞれ言われる。


「負けちゃった―――悔しいよ」


 いつもならここでシャルロットが彼女を慰めてあげるのだが、此処にはいない。同性のエッダはこれから試合と言う事もあり頼る事が出来ない為、レオンハルト自身が彼女をそっと抱きしめて慰める。


「もっと強くなればいいだけだ。それに俺から見ても昔より良い試合をしていたぞ。だから泣くな・・・なっ」


 そっと頭を撫で落ち着かせる。


 リーゼロッテが落ち着くまでの間に次の試合は幕を開けていた。銀髪の才女にして細剣(レイピア)使いのリリーと槍術のエッダ、前の試合とどこか似ている組み合わせだが、今回は槍よりも細剣(レイピア)の方が、試合が優勢に運ばれていた。


 単純に使い手の技量の差であるが、そもそも長さを生かした戦法を得意とする槍に対し、細剣(レイピア)の様な至近距離からの手数の相性は良くない。槍の間合いで戦えば有利だが、既に細剣(レイピア)の間合いで試合が進んでいた。


 両肩、両大腿部に二連続ずつ入れる合計八連撃『雪化粧(ゆきげしょう)』、まるで真夜中を照らす淡い灯りの様な変則的な刺突『雪洞(ぼんぼり)』、正確には刺突自体は普通の攻撃だが、その刺突を繰り出すまでの移動それこそが『雪洞(ぼんぼり)』の真髄と言える物だ。


 対するエッダも八連撃を防ぐために槍を回転させて盾の様に守りに入る『ラウンドシールド』。これは槍だけでなく剣や斧でも使用できる汎用性の高い技。弱点は武器で防げる前面のみその間の側面や背後からの攻撃は非常に薄いと言う事だ。


 変則的な動きからの刺突『雪洞(ぼんぼり)』を防ぐ事が出来ず、背後からの刺突を受けてしまう。


「痛ッ―――うちだって、負けない。槍技『スラストジャベリン』」


 槍技・・・槍術とは違い。汎用性の技の総称と言える。簡単に言ってしまえば、流派を持たない者でも練習すれば使用できる技。槍術は、流派でしっかりその修練を積んで使用する技と思うのが容易だろう。


 それに槍技は、各流派の技の基盤となっている部分もある。何故この場面で使用したのか、それは、その汎用性を生かす事で真価を見いだせるからだ。


 単発技『スラストジャベリン』。上段から斜めに切り降ろす攻撃から二連突、一度引いてからの三連突。一撃の威力は低くとも次につなげる技としては優れているのだ。


 リリーの様な連技・・・技と技を繋げてくる人物に対しては特に。


 エッダの攻撃を躱して、反撃を行う。


(やはり、ユリアーヌと比べると槍術の腕は落ちるが・・・・彼女の場合、ユリアーヌとは別に流しが上手いな。・・・・優雅とまではまだ行かないが・・・)


 リーゼロッテを慰めながら、エッダとリリーの試合を一瞬観察し考える。


「受け流されてばかりでは、御爺様に顔向けができません。此処で一気に―――」


 リリーは、連撃の速度を更に上げる。十二連刺突『月下楼(げっかろう)』、攻撃を屈んで躱してからの足元へ三連斬撃『花茨(はないばら)』、正面からの十三連斬撃『茶梅(さざんか)』を繰り出した。


 刺突・斬撃の手数にエッダが次第に捌ききれなくなる。前回大会の時よりも遥かに速く鋭く、それでいて豊富な技の連技。ユリアーヌやクルトはその姿に驚き、レオンハルトは驚く。


 その頃にはリーゼロッテもだいぶ落ち着いていたし、シャルロットがアニータと一緒に迎えに来てくれていたのもある。選手ではない者が控室に来れないはずだが、同行者としてダーヴィトが随伴していた。運営職員に事情を説明して迎えに来たと言う事だ。


(流石シャルと行った所か・・・・にしてもリリーの使う技・・・・あれは、月島(つきしま)流剣術。それに朝倉(あさくら)式剣術の技まで、複数の流派が混合した流派なのか?)


「これで、最後です」


 『雪化粧(ゆきげしょう)』『月下楼(げっかろう)』『花魁(おいらん)』の三連続技。『花魁(おいらん)』は敵の反撃を掻い潜りながら四連斬撃を放つ技で、八連突、十二連突、四連斬の合計ニ十四連続攻撃。


「連技『雪月花(せつげっか)』」


 剣速が見えない程の速さに加えて、手数の多さ。その一連に発生した攻撃は無数の閃光が横切るかの様な錯覚さえ感じ取れる程であった。


 流石のエッダもこの手数は捌ききれず、持っていた槍までも吹き飛ばされ、打つ手がないと言う事で降参した。


「凄い連撃だな。まるで、技単体で使用するのではなく、繋げる事でより強い技になる(たぐい)か」


「ええ、そうです。リリーの連技は私でも対処できない程よ。前回の時よりも数段強く鋭くなっているようですけど」


 隣でティアナが声をかけてきた。彼女はリリーと幼馴染の関係にある事から、練習相手になっていたのであろう。一年前に比べて確実に強くなっていると言っていたのにも関わらず、驚いた様子を見せなかった。


 反対に立って観戦していたユリアーヌは、若干感心しているようで、驚きと言うよりは戦ってみたいと言う感情に襲われているのだろう。


 クルトは、ユリアーヌと違い完全に驚いていた。何せ前回彼女とギリギリの試合をして負けてしまっている。今回は、数段実力を付けて大会に参加していたが、結局相手とほとんど変わっていなかったのだろう。


 両者が闘技場から戻ってくるとそれぞれが声をかける。


 気が付けば、この控室も知った顔しか残っていない。当然と言えば当然なのだろうが。


 次は残す所二回戦最後の試合。レオンハルトとクルトの試合だ。クルトのアクロバティックな動きと双剣を教えたのは、紛れもなく彼自身、言うなれば師弟対決とも呼べなくはない。


 孤児院を離れ、早二年以上経過している今。クルトがどれだけ実力を付けたのか楽しみでならない。


 そして、(しばら)くすると、司会者の声が聞こえ始めた。


「さて、午前の試合も残す所あと一試合。一回戦、二回戦ともに白熱熱したバトルが繰り広げられてきました」


 選手の紹介に入る前の盛り上げでもしているのだろうか。そう思うぐらい司会者の話が長い。


「普段も実力のある選手が、この本選に上がってきますが、今年はレベルが違います。一回戦目からまるで決勝戦の様な激しい試合を皆さん繰り広げてくれました。そして、今大会優勝候補筆頭を先頭に誰が優勝してもおかしくない選手たちが大勢いました」


 ああー。本当に長いなー。


 レオンハルトも・・・クルトも、試合をしたくてウズウズしていると言うのに・・。


「今年のダークホースは間違えなく彼でしょう。では、皆さんも待ち遠しいと思いますのでさっそく呼んでみたいと思います。予選は全て体術で、決勝戦はカタナを使っての稽古の様な試合をしたレオンハルト選手です――――どうぞっ!!」


 先に呼ばれたレオンハルトが、控室から出て闘技場があるコロッセオの中心部へ向かって歩いて行った。


 一回戦の時とは違い、会場内の熱気が逆風の様に感じ取れる。


「続きまして、レオンハルト選手と幼少期共に過ごして、共に鍛えてきた前回大会ベスト四のクルト選手です」


 レオンハルトが闘技場に上ったあたりのタイミングで、今度はクルトが中央にある闘技場へ足を運んだ。


 両者が闘技場の定位置にたどり着くと司会者がまた、長い紹介を始める。その間両者は話を全く聞いておらず、互いを見つめ合う。そして、闘志をみなぎらせていた。


「クルト。全力でかかってこいっ」


「・・・・当然、レオン・・・最初から殺す気で行くっ!!」


 クルトの全力の言葉に頷くレオンハルト。当然武術大会において殺しは最大の禁忌とされているが、この時のクルトは殺すぐらいの気迫で攻めると言う意味だ。つまり、最初から己の力をすべてぶつけると言う事。


「はぁぁぁぁあああああああ」


 気合を入れ、瞳に炎を灯すかのような視線で双剣を構える。レオンハルトもクルトとは対照的にまるで周囲の音が消えてしまったような静けさを出しながら、流れる水のように自然な動きで抜刀術の構えを取った。


 司会者の開始の合図と共に二人が消える。


 いや・・・魔法が使えないこの闘技場で消える事はまずありえない。正確には消えたように思える程の速さで移動したのだ。戦闘に長けた者ならば動きを捕える事が出来ただろうが、一般市民には消えたようにしか見えないと言う事だ。


 その場に居たいと思った次の瞬間には、お互い中央で鍔迫り合いをしていた。


 クルトは、二本の剣をクロスさせる様な斬撃を・・・レオンハルトは神速と呼ばれる抜刀術を移動しながら抜き放った。


 互いの最初の一閃は、純粋なぶつかり合い・・・暫し鍔迫り合いで沈黙が続いたかと思えば、今度は高速斬撃のせめぎ合いが開始された。


「・・・・・・」


 会場内・・・・控室も含め。誰もが言葉を発しない程のハイレベルな戦闘。ただ聞こえるのは剣と刀がぶつかり合う金属音が、火花を散らしながら聞こえているだけだった。


「はぁあああ――――はっ!!」


「セイッ!」


 一歩も譲らない戦闘。クルトの表情からはかなり苦しそうにしている。激しい戦闘からか一回の戦闘とは思えない程の汗と熱気を発していた。レオンハルトの方は、真面目に戦闘はしているが全力ではない分、幾分か余裕を感じ取れる。


「剣技『双剣乱舞(そうけんらんぶ)』」


 レオンハルトがクルトに教えた連続攻撃。一般的に技にある斬撃数を持たないかなり珍しい技。レオンハルトもあまり得意ではないこの技をクルトは持ち前のアクロバティックな動きと合わせて使用できるため。技本来の乱舞攻撃を可能としていた。


 あらぬ場所から攻めてくる斬撃に防戦気味になるレオンハルトだが、それでも剣先が身体に触れる事は一切なかった。


 クルトの攻撃が止むと少し距離を取り、構え直す。その間クルトは体力の殆どを消費してしまっているのか、肩で息をし始めた。


「な、なな、何と言う戦いでしょうか―――――ッ!!余りの凄さに解説するのを忘れておりました・・・・てかっ早すぎて何が起こっていたのか分かりません」


 司会者が若干涙目になって本音を叫ぶ。それを見かねたアレクシス騎士団長は、戦闘を掻い摘んで解説した。


 その頃、国王陛下たちが居る一室は、この試合を目の当たりにして絶句していた。


 現在闘技場で戦闘している二人は自身の娘とほとんど変わらない年齢。レオンハルトに至っては同年代でもある。そんな二人が、騎士団の中でもトップクラスにいる精鋭が模擬戦をしている様な高度な戦闘をしていたのだ。


 幼少期から恐ろしい程の実力者だったのだろうと宰相たちからの話で想像はしていた物の実際に目の当たりにすれば、それが想像の斜め上だったと理解してしまう。


 そして、驚いたのはアウグスト陛下だけではない。レーアの実の兄である王太子を始め、見物に来ていた王族の誰もが、その戦闘に見入ってしまっていた。


 また、その戦闘を見ていた別の場所でも同じような事が起こっていた。


「・・・・・うそ?あの人あれ程の実力を持っていたの・・・?」


 リリーは、前回大会の折に対戦したクルトの実力が、今見ている実力とはまるで違うと感じ取ってしまった。実際、あの時もクルトは本気で戦っていた。しかし、今回はその覚悟がまるで違う。本気である上に全力だ、しかも出し惜しみなしの実力に殺す気で攻める気迫。


 戦闘面は同じでも質がまるで違う。リリーが感じ取っている事は当然ティアナも同様に感じ取っていた。


 両者の実力の凄さに言葉すら出ない程に。


「・・・・クルト、もう終わりか?」


 レオンハルトは、肩で息をするクルトに声をかける。傍から見れば、普通の内容だが、クルトからすれば、「これがお前の限界か?」と尋ねられている気分でしかない。


「ハァ・・・ハァ・・・ふざけるな・・・まだやれる」


 残り少ない力を振り絞り、剣を構える。そこから数分、再び激しい攻防を繰り広げた。だが、徐々にクルトの剣の速さと鋭さが失われ、気が付けば激しい攻防から防戦一方の形となっていた。


(ここまでの様だな・・・しかし、想定していた以上の力を身に着けているようだな)


 クルトの成長ぶりに感心しながら攻撃を続ける。


「クルト。これが最後の一撃だ」


 そう言って、レオンハルトは再び抜刀術の構えをする。繰り出す技は、神明紅焔流抜刀術奥義壱ノ型『伐折羅(バサラ)』。本来相手が、レオンハルトが掌握する絶対領域内に進入したもの全てを斬り捨てる神速の反撃(カウンター)技。


 ただし、既に領域内に入っているのであれば、反撃(カウンター)技とは呼ばず、ただの攻撃技として使える。今回は後者の方の意味を成す。


 殺傷能力は最大限に抑え且つ、クルトが防御できるように計らったうえでの一撃。しかし、幾ら威力を押さえたと言っても仮にも奥義。防御の上からでもクルトを吹き飛ばすほどの威力は持っており、当のクルトはそのまま力尽きる様に地面に倒れた。


 試合は、レオンハルトの勝利に終わり、午前の未成年の部はこれで終わり、食事休憩を挟んで午後の部が開始された。午前の部の盛り上がりが一向に覚めないどころか、ヒートアップしており午後の一般の部も普段よりも激しい試合を見な繰り広げたようだ。


 当の本人たちは、昼食を食べに出た後は、コロッセオに誰も戻らなかったが・・・。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

引き続き執筆活動の方も頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。

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