004 初めての魔法授業
ここアルゴリオト星は、大きな大陸が五つ存在している。大陸の大きい順にガウロン大陸、ローア大陸、ナギラム大陸、ウォーフ大陸、ボーグ大陸となり、これら五つの大陸を五大大陸と呼ばれている。
ガウロン大陸は、面積は広いが主に魔族が住む大陸で、魔物や魔獣も多く生息している。また、人族が生活するにはあまりにも環境が厳しい場所でもある。時には魔物や魔獣でもその劣悪な環境に命を落とす事もあるぐらいなのだから。
二番目に大きい大陸のローア大陸は、ガウロン大陸とは逆で、環境が非常に良い大陸だ。その為か人族を始め、獣人族、亜人族といった多種多様の種族がこの大陸で生活している。中には、ガウロン大陸に近い陸地には魔族も移り住んでいるようだ。ちなみにレオンハルトとシャルロットはこの大陸に転移している。
三番目と五番目のほとんどは、まだ人の手がほとんど入っていない大陸になる。大昔に調査のため人族が大陸の周りを調べていた事から、大きさは概ね把握しているが、大陸内陸部は全くの手つかずだ。ただ、外周には人族などの種族が確認されているから、内陸部にも他種族がいる可能性はある。主に獣や魔物が多いとも言われている場所でもある。
ウォーフ大陸は、獣人族と亜人族が多く住んでいるとされている大陸だ。此方は環境的には割と暖かい大陸になる。地球で言うところの赤道付近に位置しているから、ジャングルの様な熱帯雨林が多い大陸だ。
人族や獣人族、亜人族は数十年から数百年前までは戦争をしていた経緯があるが、今はお互いに手を取り合って生活している国が多い。中には、獣人を奴隷として扱う国や亜人族の中には長命な種族もあり、過去の戦争から人族などを忌み嫌う種族も中にはいるが・・・。
それでも、多くの者は過去を教訓に平和的解決を望むようになった。
ある一つの種族を除いて・・・。
その一つとは魔族だ。魔族とは平和的な解決ができない種族だ。それは今も昔も変わらない。基本的に血の気の多いものが多く、侵略行為も積極的に行うような種族だ。これまでも何度も大きな戦争を繰り返し、その都度多くの命が戦場に散ってしまった。人族も獣人族も亜人族も・・・・。
ローア大陸の北東部は、ガウロン大陸に最も近いことから今でも争い事は絶えない。戦争までは発展していないにしろ、何時開戦してもおかしくない現状が続いている。
レオンハルトたちがいる場所は、ローア大陸南東部にあるアルデレール王国と言う国だ。
アルデレール王国は、ローア大陸の国々の中でも上位の国力を有し、技術や軍事力の質が年々向上している先進国だ。
技術力の向上は主に、亜人族が協力してくれているためである。他の他国も同様に関係を持っているが、中には亜人族や獣人族を下等種族として奴隷にしたり、力という暴力で従わせたりしているので、技術提供されても質の低下しているものしかできない。
そう言う意味でも協力関係を築いているアルデレール王国は、亜人族や獣人族にしては暮らしやすい環境を国自ら製作しているので、彼らも協力を惜しまないのだ。
そんなアルデレール王国の南部を統治するアーベライン辺境伯。その辺境伯領の更に南東部の一角にヴァイデンライヒ子爵領があり、領地中心部からやや外れた所にレカンテート言う村が存在している。
レカンテート村は、人口三百人程度の小さな集落だが、その集落にアシュテル孤児院が村はずれに建設されているのだ。
「レオーン、シャルー。どこだー?」
まだ声変わりをしていない女性の様な高い声の男の子が、必死に大声を出して彼らを探す。
彼の言葉は、色とりどりの花や足首程度の草が靡いている風に乗せるように草原に響き渡る。
「ここにいるよー」
少しすると探し求めている者から返事が返ってくる。姿は見えないが、少し行った所にある小さい丘の向こう側にいることが分かった。その場所は近くに小川が流れているので、恐らくそこで野草や薬草を採取しているのだろうと男の子は推測する。
近くに水がある場所は、ない場所に比べ比較的採取しやすい事を彼は知っていたからだ。
丘の方を向いて暫く待つと、男の子と女の子が姿を現した。
二人の表情を見ると沢山と採取できたのだろうと周りの者が勘違いするほど、良い表情をしていた。
本当は、沢山採取できたわけではない。前世の記憶が蘇った二人が、お互い近くにいた喜びがそのまま顔に出てしまっていたからだ。
「おねーちゃーーーん」
二人を待っていた男の子の後ろから小さな女の子が出てきた。
出てくるなり、二人に向かって手を振り、自分の姉であるシャルロットを大声で呼んだ。
「アニーターー」
シャルロットは、自身の妹であるアニータの元気っぷりを目の当たりにして、やや控えめに手を振り返す。姉妹と言う事もあって二人はとてもよく似ている。アニータの方が髪の毛の癖が強いのか毛先が跳ねるように伸びている。
元気っ子のアニータは、そのまま姉のシャルロットの所まで走ってきて抱き着いた。
ほんの半刻程度離れただけで、この有様だ。記憶が蘇る前も似たような感じだったと当時の記憶を見てレオンハルトは苦笑する。
彼女にとって唯一の肉親がシャルロットなのだ。どうしても甘えてしまうのは無理がない。年齢的にも俺たちよりも一つ下なので、親のいないアニータにとっては、普通の姉以上にシャルロットが特別な存在なのだから・・・。
「レオンお疲れ。成果はどう?」
彼女たちの様子を見ていると不意に男の子から声をかけられる。
レオンと言うのは、孤児院での俺の愛称だ。孤児院の半分ぐらいがレオンと愛称で呼び残りの半分がレオと更に短縮した愛称で呼んでいる。一部ではレオンハルトとフルで呼ぶ者もいるが。
俺に声をかけてきた男の子は、ブルーノと言う俺やシャルロットの四つも年上で、薬草採取の付き添い役が彼なのだ。付き添い役と言うよりは年少組のお世話係をしている。
アシュテル孤児院では、三歳未満は基本自由に遊んだりしているが、三歳を過ぎるとちょっとした学習やお手伝いをするようになる。三歳ぐらいはできることが少ないが、五歳ぐらいになると今回のように野草や薬草の採取ができるぐらいのお手伝いが可能となる。
年長組は、年少組・・・今回の様な年少組の付き添いなどのお世話や三歳未満の子供の子守り、本格的な学習と生きていく上での身の守り方、王国剣術と言う剣術や王国槍術と言う槍術などの戦闘訓練、魔法の才がある者には魔法の練習などしなければならないことが目白押しである。
「そんなに取れなかったかな?」
「その割に嬉しそうな表情だったのになー。うーん」
沢山の収穫があったのだと考えていたブルーノの考えが外れ、レオンハルトたちが何故嬉しそうにしていたのかわからず、暫し考え込んでしまう。
「ブルーノさん、そろそろ皆の所に行きませんか」
姉妹のスキンシップが終わったのか、アニータが解放してくれた事で本題に入るシャルロット。
ブルーノは、先程までの考えをやめる。遅い二人を迎えに来て自分まで遅くなっては本末転倒であると理解し苦笑いを浮かべながら、三人を引き連れて戻ることにした。
集合地点まで戻る道中、アニータが何をとったのか尋ねてきたのでそれを答えながら歩く。
「レオンおにーちゃん、すごーい」
普段よりも少ない量なのにそれでも驚くアニータに申し訳なく思ってしまう。
アニータは、まだ薬草や野草の見分けができないので、見分けができる事自体が少女にとっては、特別に感じているだけなのだが・・・。レオンハルトは、前世の記憶が蘇ったことで思考が大人の考え方になってしまっていたのだ。すなわちお世辞を言われている。
ただ、この考え方もアニータの次の言葉を聞いて改めることになった。
「わたしは、どれがどれか分かんないから、おねーちゃんもレオンおにーちゃんもすごいと思う」
「アニータありがとう。良かったら今度見分け方を教えてあげるよ」
「ほんとっ!ぜったいだよ!!」
嬉しそうに飛び回るアニータにその場にいた三人は少しだけ元気をもらえたような気持ちになれた。
元々、野草や薬草、狩りのやり方などのフィールドワークは、年長組が教えることになっている。
他の孤児院はどうか知らないが、アシュテル孤児院の院長をしているアンネローゼは、孤児院を巣立ちし職に困らないよう色々な知識や技術を孤児院にいる間に身に着けさせる事に力を入れているのだ。
その為、年長組が物事を教えると言うのは、教わる側も教える側もそれぞれにメリットがあるからだ。字の読み書きや生活力、護身など教わるため、皆孤児院で習った事を生かして生活するのだ。
字の読み書きや護身のための武術、本格的な武術や魔法は大人が教えているのだが・・・。
そしてその魔法についてだが、基本魔法は体内に魔力を宿している者にしか使用することができない。魔力を持っているか、持っていないかは、専用の水晶玉があればすぐに見分けることができる。魔力は大体の種族は持っているようだ。
人族で三人に二人ぐらいの割合、亜人族と魔族はほぼ全員、獣人族は全く持っていない。と言う具合になっている。獣人族は魔力の代わりに別の力を持っているようだが、まだ教わったこともないし、ヴァーリからの情報にもなかったので、レオンハルトとシャルロットは知らない。勿論、孤児院の子供も教わっていないのは当然だし、大人でも知らない人はいるぐらいだ。
で、人族だけ見てもわかるようにわりと魔力持ちの人はいる。いるのだが、実用レベルに達している者は五人に一人ぐらいだ。残りの者は魔力を持っているが、魔法を使用するほどの魔力を所持していなかったり、所持していても一、二発使用してガス欠になり、魔法を使えるとは言えない。
ちなみに魔法の内容は、レオンハルトもシャルロットも覚醒前より魔法の才があったため、授業で教わったことがあったのだ。
まあ、座学だけしか受けていないから使い方がわからないのだが・・・。
「皆、お待たせ」
ブルーノが、集合場所にいた他のメンバーに声をかける。
「ブルーノ、遅かったな。何かあったのかと心配したよ」
ブルーノと同じく年少組の付き添いをしていた少年がブルーノに話しかける。それに答えるように苦笑いをしているブルーノ。
年長組の挨拶をしていると別の所でも同じような光景が見られた。
「シャルちゃん、おそーい」
俺やシャルロットと同い年で、シャルロットの親友でもあるリーゼロッテが口を尖らせるように訴えていた。
シャルロットは、申し訳なさそうに手を合わせ謝っていた。
彼女も怒っていた訳ではないので直ぐに許し、シャルロットに抱き着いていた。
(スキンシップが激しいような?外国でもハグは挨拶だって言っていたし、この世界ではこれが当たり前なのかな?)
アニータに比べれば、本当に挨拶程度のハグだった。
ピンク色の長髪を揺らしながら、一歩後ろへ下がると今度は、そのままこちらに向かってくる。
鮮やかなピンク色の髪は彼女の母親譲りで、その母親とはアンネローゼの事だ。
顔立ちも良く、今は幼さからか少し丸顔だが、アンネローゼが美人なのだから、リーゼロッテも美人になるであろう事が容易に想像できてしまうぐらいだ。
そんな事を考えているとリーゼロッテは目の前まで来ていた。
「心配するんだから早く帰ってきなさいよ」
機嫌が悪いのか。少し不機嫌になりながら言ってくる。
「ああ、悪かった次から気を付けるよ」
何が悪かったのか見当がつかないため、反省したような言い方にはならなかった。突然機嫌が悪くなった理由がレオンハルトにはわからなかった。
本当に何もしていないからだ。
彼の返事を聞くとそのまま機嫌が戻ることなく、踵を返す。そのままシャルロットの所に戻るとそこには何時と変わらない表情が見れた。
何だったのかと考えるもそれを遮るように、別の人物かレオンハルトの元にやってきたのだ。
「なーにのんびりしてたんだよ。俺にだけ教えろよ」
彼の元にやってきたのは、三人いてそのうちの一番ノリのよさそうな少年クルトが話しかけてくる。
体格は、自分と同じぐらいの小柄だが、年齢は一つ上と言う事を考えたら、平均より小柄と言える少年だ。真っ赤に燃えるような髪の色は、彼の元気さそのものを象徴するかのようで、持ち前の明るさとノリで孤児院ではムードメーカー的な地位にいる。
クルトの後ろにいた大人しそうな少年が、レオンハルトのフォローに入る。
「レオくんは、まだ採取の経験が少ないから遅くて当たり前だよ」
正論を言われた俺は苦笑いしかできず、フォローした少年を見る。何故か、ニコニコしていたのが少し気になった。
「ヨハン、それだと面白くも何ともないだろ」
クルトが玩具を取り上げられた子供の様な表情で大人しそうな少年ヨハンに訴え出ていた。ヨハンは、クルトと同い年で見たまま大人しそうな少年だ。大人しそうと言うよりも実際大人しいし、何事も真面目に取り組んでいる。体格は、クルトよりは背丈はあるもののどこかひ弱な感じする。それもそのはずで、ヨハンは魔法の才を有しているため、武術などの鍛錬よりも魔法の修練を主にしているからだろう。
最後にその成り行きを只々、見守っているのが四人の中では最年長のユリアーヌだ。彼は今年で七歳になる少年なのだが、身長はすでに平均よりもだいぶ高く、それでいて落ち着いた雰囲気と凛々しさを兼ね備えた少年だった。
他にも周りの孤児院と違う点は、肌の色が褐色なのだ。別に褐色の肌の持ち主がいないこともないが、彼は褐色に加え髪と瞳が黒色と言う特徴も持っている。この地域でその特徴にあてはまる一族がおり、彼はそこの子供と言えるのだ。
レカンテート村より更に南へ進むと険しい山脈。その山脈に住むのが褐色肌の黒い髪と黒い瞳を持つルオール一族だ。
ルオール一族は、人口は少ないが、その分高い身体能力と天性の戦闘能力を持つことで有名である。比較的一族のみの集落で暮らすことが多く、時々集落を出る者もいるが、こうして赤ん坊の時期から集落を出て、孤児院に預けられるような事は過去になかった。
ユリアーヌがどういう経緯で孤児院にいるのか、アンネローゼにも分からない様だった。
だが、その実力はすでに表しており、大人顔負けの戦いを行うことができるのだ。名実ともに孤児院の子供の中では一番強く、他の者たちとは頭四つ以上離れた実力の差があった。
そんなユリアーヌだが、見守っていたのでは終わらないと判断したのか、二人の仲裁に入る。
仲裁中、ユリアーヌは何故かレオンハルトの事を一瞬チラ見していたが、それを悟られぬように行動していた。
記憶が蘇る前のレオンハルトだったら気が付かなかったかもしれないが、今は伏見優雨と言う前世では武術の達人の域まで到達していた彼には、見られていたことを認識する事は造作もない。
(ん?今ユーリの奴。鋭い視線でこっちを見ていたようだが、何だったんだ?)
ユーリとは、ユリアーヌの愛称だ。レオンハルトよりも二つも年上なのに愛称で呼ぶのは、常日頃彼ら三人と一緒に行動しているから皆愛称などで呼んでいる。憧れている年下からは○○にいちゃんなどと呼ばれているが。
ただ、ユリアーヌと俺以外の二人は名前が短い為、愛称と言うよりも呼び捨てで呼んでいる。
仲裁を終えたユリアーヌは、終わったかと呆れていたブルーノの元に行き、この後の行動を伝えた。
「遅くなりました、ブルーノさん。この後なんですが、俺たちが捕らえた獲物をヴェラさんの所に持っていき査定をしてもらおうと思うのですが、此処で分かれてもよろしいですか?」
ユリアーヌは、七歳児とは思えないほど丁寧な口調で話す。
性格上堅苦しいユリアーヌは、親しい者にしか砕けた話し方をしない。それを知っているブルーノもこれと言って驚いた様子は見られなかった。
「うん、いいよ。査定に行くなら他の子たちのも一緒に持って行ってくれるかな?数は大方把握してるから大丈夫だし、君ならそのあたりも大丈夫だと信じてるからね」
ユリアーヌが言っていることは、彼らが捕らえた動物を売りに行くと言う事だ。できるだけ新鮮なうちに売る方が、高く買い取ってもらいやすいのだ。生け捕りなら新鮮さも余り変わらないのだが、何せ解体の練習も兼ねているからユリアーヌたちは捕った動物をできれば早く売りに行きたいのだと言う事だ。そこにレオンハルトたちが採取してきた野草や薬草も一緒に売りに行ってほしいとブルーノが言う。
レオンハルトが薬草採取で、ユリアーヌが動物を狩るのには年齢が関係しているだけではない。ユリアーヌたちのように実力がある者は、アンネローゼさんが認めた子供・・・狩猟メンバーの者にしか動物の狩りをさせていないのだ。
よって、此処にいる狩猟メンバーはユリアーヌ、クルト、ヨハンの三名で残りのメンバーに関しては、今日は狩猟に参加していない。他のメンバーは八歳児や九歳児ばかりだが、この三人は他のメンバーよりも年齢は下だが、誰よりも多くの獲物を狩りとって来る事が出来る実力を備えている。
狩猟メンバーは基本三人で一組のチームを作る。そして、それぞれが罠や弓などで獲物を仕留めるのだが、ユリアーヌたち三人は基本、クルトの機動力で獲物を誘ったり追い込んだりして、ヨハンの魔法で倒すか動けなくする。最後はユリアーヌの戦闘技術を持ってすれば獲物は物言わぬ屍になるのだ。
「それと、今回は・・・・・、全部売るのか?」
「ええ、昨日他の先輩方がたくさん狩ってくれたおかげで、孤児院の方にも食材はたくさんあるようです」
孤児院では、孤児院の子供たちに依頼を出し、その依頼を子供たちが取り組む。ちょっとしたお手伝い感覚の時もあれば、とてもハードな内容の時もある。今回は薬草採取の依頼を受けていただけなので、必要数納品する必要があるが、それ以外は収める必要がない。孤児院で使用してもいいし、村の人やお店に売ってもいいのだ。
簡単な依頼は年少組が行い、少し大変な依頼は年長組が行う仕組みで、ある程度手伝えると判断されたら依頼と言う名の仕事をしなければならないのだ。
遊び盛りの子供たちが、真面目に仕事をしている光景を見ると前世では、色々な人からのバッシングを受けそうだが、この世界では割と当たり前らしい。特に貧困の子供たちは・・・・。
しかし、何も悪い事ばかりではない。依頼を熟し、得られた報酬から仕事量に応じたお金が支給されるのだ。まあ全額支給されるわけでもないし、分配する子供が多いと分け前も減ってしまう。そう依頼だけ熟せば・・・・。
逆に言えば、依頼と同時進行で、此方から何かできる事をしてお金を得られるようにすれば、その分支給金額が増えるのだ。だから野草などを採っていたのだ。
当然、野草よりも動物の肉の方が高く買い取ってくれるため、子供たちは強くなって狩猟メンバーに選ばれようとするのだ。
「昨日狩りして、今日もしたのか?」
ブルーノが言いたいことは、連日続けての狩りについてだ。狩猟メンバーにも決まりがあり、基本的に狩りはアンネローゼの許可をもらっている者しかできない事と、危険な動物や獣、魔物などには手を出さない事、それと支給金額を増やそうと狩猟を毎日行わないようにするため、狩猟の連日及びそのペースが制限されているのだ。
今回、ユリアーヌたちは前日他のメンバーが行っているのにも関わらず狩猟をした事を気にかけたのだ。
「アンネローゼさんからの指示で、ヴェラさんの所に納品してほしいとの事でしたので」
そこまで言うとブルーノは納得したようだ。ユリアーヌたちの今日の依頼は、肉類の納品だったらしい。
納品する肉類と納品以上に狩った動物の肉類の入った収穫籠を肩に担ぎ、出発する。
それに続く様にブルーノやレオンハルト、シャルロットたちも歩き始めた。
暫く進むとレカンテート村の外周を幾つもの柵らしきものが見えてくる。大きな街には外周を取り囲む壁があるが、さすがに村の規模で壁を作ることはできない。
あるのは、丸太を柵のように組み合わせ、先端を尖らせた馬防柵と呼ばれる固定式の防御柵だ。勿論、獣や魔物の侵入を防ぐためにあるが、これだけでは不十分なので、これ以外にも罠なども多数仕掛けられている。
馬防柵の並びに沿って村の外周を歩いていくと、これまた木でできたそこそこの大きさの門と井楼が見えてきた。
門には、領主が保持している私兵のうちの数名が駐屯兵として、村に配属され警備している。
子供たちはいつもの恒例行事の如く、可愛らしい笑顔を駐屯兵に向け挨拶をする。当然、兵士も笑顔で返事をするという当たり前の光景がそこにはあった。
門を過ぎて、すぐにブルーノたちと別れた。ブルーノたち年長者率いる数名と他の子供たちはそのままアシュテル孤児院へ向かう。レオンハルトは、ユリアーヌやクルト、ヨハンそれに年長組の子供三人の合計七人で今日の収穫の買取と依頼物の納品に向かうためお店に向かった。
シャルロットは、リーゼロッテと一緒に孤児院に帰っていった。妹のアニータが門が見えたころから眠たそうに眼を擦り始めたので、帰って横にするためレオンハルトとは別行動をとることにしたのだ。
記憶が戻ってから、始めてきた感覚といつもの感じの両方を感じながら、今までとは違う目線で村を観察する。
木と土壁がメインで作られた家に舗装もされていない道、井戸や洗濯場の様な場所を前世の生活では考えられない生活を送っていた。実際、記憶として知っていたのだが、どうしても自身の目で確認してしまうと現実を突きつけられた感覚になってしまう。
多少なりと今後の生活に憂鬱になっていると、後ろから声をかけられた。
「レオくんどうしたの?」
「もしかして、シャルと離れたのがそんなに寂しかったか?」
ヨハンがそんな俺を心配そうに話しかけてくれたのにもかかわらず、ヨハンの横にいたクルトが再び茶々をいれる。シャルロットと別れたのは、本音を言えば少し寂しい感じもするが、一生の別れでもないのだから寂しがる必要はない。元気がないように見えたのは、この環境についてだが説明する事が出来ない以上、それらしい返事が見つからない。
そんな時、ふと目の前の人物の持っている動物に視線を向けた。
「いや、何時になったら・・・・俺も狩り出来るのかなって」
別に狩猟メンバーに憧れるわけではないが、武術を嗜む者としては今の自分の実力を知るのに狩猟は良いのではないかと考えてる。
「もう少し腕を上げてからじゃないかな?」
「レオンには、無理無理。せめて俺に一撃入れれるようになってからじゃないか」
「クルトはまたそんなことを言って、レオくんは同年代の中では強い方だよ?」
ヨハンのフォローは、ありがたいのだが、何故最後は疑問形と思ってしまう。一応ヴァーリと言う神様が用意してくれた身体なので、色々付与されているらしいが、そんなに弱いのだろうかと少し過去の記憶を思い出す。
思い出すとすぐに呆れてしまう自分がいた。
これは・・・・何というか・・・・。
はっきり言って弱い。弱すぎる!!
確かに同じ年の中では強いのかもしれないが、正直それほど差はないように感じる。理由は簡単だ。
武器に良いように使われているからだ。普通は、武器を使いこなす物だが、これはその反対に使われている。言わば、扱いきれていないと言う事だ。
これは、まず身体を鍛える所からしなければならいと考えていると、前を歩いていたユリアーヌが予想外のフォローをしてくる。
「レオンハルトは、秘めた力は持っているぞ。ただ、今はそれに気が付いていないから弱く見えるのだ」
ユリアーヌは、俺の実力を感じ取っているのだろうか?
「まあ、今のままだとランドバードあたりで逃げ出すだろうけどな」
ランドバードは、今日ユリアーヌたちが狩った動物の種類で、見た目は前世の鶏みたいな鳥だ。前世の鶏より少し太っていて、当然空を飛ぶことも出来ないので、子供でも捕まえることはできる。ただ怒らせると鋭い嘴で攻撃してくるので、それなりに戦えることが条件になるのだ。
鶏如きと思うかもしれないが、五歳児が狩ることを考えると侮る事が出来ない内容だと思う。
ユリアーヌたちは、そんなランドバード以外にもフェザーラビットと言う耳が羽の形をした以外はいたって普通の兎も仕留めていたりする。
フェザーラビットは、温厚で人を襲うことがないから安心できるが、その分逃げ足が速いので捕まえるのに苦労する意味では、ランドバードよりも大変かもしれない。
それでも、難なく仕留めれる当たり、狩猟メンバーに選ばれていることだけはあると言えるだろう。
「来年か再来年ぐらいになれば、一緒に狩れるかもしれないね」
それからは、何時ものように他愛もない話をしながら、ヴェラが営む商店に無事たどり着いた。
ちなみに、レカンテート村の商店は、ヴェラのお店を含めて三店舗しか出しておらず、孤児院がよくお世話になっているのが、ヴェラが経営するお店なのだ。必要なものがあれば、そのお店で購入し、余り物があれば売ってできるだけ出費を抑えようとしているのだ。場合によっては物々交換することもあるので、本当に文明が昔の時代に戻った様な感覚になってしまう。
実際、そんな生活を前世で送った事はないのだけれど・・・。
後は、村の中で目立つものは、鍛冶屋と教会ぐらいであろう。鍛冶屋は主に日常生活に必要な包丁や草刈り用の鎌などである。一応武器も多少はあるが、品質はまあ語らない方が良いレベルだ。
教会は、規模にもよるが街に一つや二つあるし、辺鄙な所にある村にも必ず一つは存在している。
鍛冶屋も教会も何方も孤児院とは、関りを持っていて、教会は子供たちを見るための人手を援助してくれてもいる。
「ヴェラさんこんにちは」
ユリアーヌがお店に入って挨拶を行い。それに同伴するようにクルトやヨハン、他の子供たちもお店に入って挨拶を行う。
「あら?いらっしゃい、良く来たね。もう仕入れてきたのかい?」
「はい、食材と薬草を持ってきました。あと、余分に捕ったりしてきた物も買い取って欲しんですけど」
「仕入れは明日ぐらいだと思っていたんだけれど、予想よりも早く仕入れるなんて流石、アンネ先生が育てた子たちね。いいわよ、買い取る分も一緒にテーブルの上に置いてちょうだい」
そう言って、接客の続きを始める。俺たちが入って来る時には、すでに品物の金額の計算が終了しており、お金を預かっているところだった。
「インゴさん、何時もありがとうね」
買い物客にお釣りを渡し、お礼の言葉も渡す際に添えていた。インゴと呼ばれる老人に片足を突っ込んだ程度の年齢の男性は、それに答えるようにお礼を返し笑顔で店を後にした。
インゴをお見送りした後、次の仕事に取り掛かるように腕を捲し上げ、テーブルの所までやってくる店の店主。
テーブルに置かれたフェザーラビット三羽とランドバード四羽それに薬草類だ。これらの動物の数は、納品後に余る予定の数だ。納品はそれぞれ二羽ずつだったため、全部で十一羽獲物を捕らえたと言う事なのだ。
フェザーラビットは、一日に二羽捕る事が出来ればよい方なので、ヴェラが先程いったセリフは強ち間違えでもないのだ。
まあ、普通の子供それも腕に多少なりと自信を持っている狩猟メンバーでも二羽ぐらいが限界なのだが、そこはヨハンの魔法が獲物の動きを鈍らせそこに素早く対処して、この数を捕まえる事が出来る仕組みだ。
ヴェラがフェザーラビットなどの査定をしている間に、店内にある物を見て回る。
当然、前世の様な便利な日用品は何一つ置いてはいない。食べ物も札だけ店内に置いてあり、現物は別の所で保管しているようだった。
レオンハルトは、その中の札を観察する。書いてある文字は記号とローマ字を混ぜた様な字を使用していた。当然、レオンハルトからすれば全く知らない文字だ。いや正確には前世の知識の方でと付け加えるべきであろう。此方の世界の文字は、覚醒前のレオンハルトの知識でそれなりに覚えているし、ヴァーリからの予備知識にも言葉については覚えさせられているので、今後生活するうえで支障になる事はないだろう。
「ランドバードの胸肉か」
「おや?胸肉と言う文字が読めるようになったのかい?」
査定が終わったのだろうヴェラさんが、布袋を下げてこちらに来ていた。
「最近読めるようになった」
簡潔な返事で済ますレオンハルトをヴェラは、文字が読めた事を褒める。
文字が読み書きできる者は、別に珍しくはない。ただし、余程の田舎やレオンハルトたちの様な孤児には読めない者の方が多いかったりする。
アシュテル孤児院の子供たちに至っては、皆読み書きは当たり前のようにできるのだ。
彼らは、いずれ孤児院を去る立場であるため、一人で生きてゆくだけの知識をアンネローゼたち大人が色々な事を教えてくれていることが、大きい。場所によってはこのような文字の読み書きを教えているところは幾つかの孤児院でもしている事なのだが、その数は少ないと言ってもよい。
ただ、その孤児院でも文字の読み書きは出来ても難しい文章を考えたり、四則計算をするレベルになるとできる人間は大幅に減るようだ。四則計算と言っても足し引きの計算は出来るものは多い。当然それが出来なければ買い物ができないという何とも言えない理由があるのだけれど・・・。
「アンネ先生から学べる事は、しっかり学んでおくんだよ」
優しい口調で言うヴェラだったが、アンネローゼの名前を自分で出したことで、忘れていたことを思い出したかのように話を始める。
「そうそう、二つ先の隣町の森にギガントボアとボアが数匹目撃されたみたいだから気をつけるようにアンネ先生に伝えてくれるかな?一応近くにある冒険者ギルドの方に討伐の依頼も出ているようだし、被害が大きい場合は王国の騎士団が動くだろうけどね。それでも注意するに越したことはないからね」
「わかりました。アンネローゼさんにはそのように伝えておきます」
途中から横に来ていたユリアーヌが返事をする。
ヴェラの話に合ったボアとは、フェザーラビットやランドバードの様な普通の動物に分類される猪だ。正し大きさは前世の猪とは比べ物にならないぐらい大きい。一般的には牛並みのサイズになるのだが、個体によってはもう一回り大きくなる者もいる厄介な獣だ。
獣に分類するよりも猛獣に分類する方が正しいのかもしれない。現に弱い魔物ならその突進力で殺してしまう事もあるのだから、戦う力のない者からすれば脅威でしかない。
そして、ギガントボアに関してはボアを魔物化させた生き物の名前だ。魔物前の生物でもやや厄介なのに、それが魔物化するのだからかなり厄介になる。
大きさは更に倍近くなり、高さは三メートル以上、全長六メートル以上と二トントラックよりも大きく、皮膚は頑丈な体毛で覆われ、生半可な攻撃では傷を付ける事すら難しい強靭な鎧を来ているかのような硬さだ。身体の至る所から突き出る牙の様な突起物は、異様な禍々しさを感じてしまうそう言う魔物なのだ。
「あんたたちも気を付けるんだよ」
そして、金銭の入った布袋を受け取る。
中を確認するように渡された際に言われたため、ユリアーヌと年長組の一人、それとヨハンが布袋に入った金銭を確認した。
袋から出してみると、銀貨四枚と大銅貨八枚が入っていた。
「全部で四千八百ユルドになるけど、ちゃんと数はあってたかい?」
確認した三人は間違えなかった事を伝えた。
ユルドは、ローア大陸東部地方で一般的に使用されるお金の単位の事だ。地方によって使用される硬貨や呼び方が違う。また、ユルドでも国によっては若干価値が違ったりするので、円やドル、ユーロなどの種類の違いと地域による物価の違いと思えばわかりやすいだろう。
その硬貨だが、一番下から鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、一番大きい数字で白金貨と言う順になり、白金貨の上に大白金貨と言う価値が大きすぎてほとんど使用されることのない硬貨を含めて九種類がある。硬貨の価値を前世の円に例えれば、鉄貨=十円、銅貨=百円、大銅貨=千円と硬貨が上がるにつれ桁も一つずつ上がるのだ。取引として使用可能な白金貨に至っては一枚一億円と言う恐ろしい単位になるのだ。取引不可能な大白金貨は一枚百億円と言う価値になるため、普通では使用できない。
まあ、一般的なレベルを考えても金貨以上の硬貨は普通のお店では使用する事が出来ない。なにせ、お釣りを渡す事が出来ないからである。大商人ほどなら白金貨まで扱える。
では、大白金貨はどの様な場面で使用されるのかと言うと国同士の取引で使用される事がほとんどである。
少し話を戻し硬貨の価値についてなのだが、鉄貨をユルドに言い換えると一ユルドになる。銅貨が十ユルド、大銅貨が百ユルド、銀貨が・・・・・と言うようになるのだ。
今回の報酬は、四千八百ユルド・・・・即ち銀貨四枚と大銅貨八枚で合っているのだ。円に直せば、四万八千円になるのだ。ランドバードが一羽あたり三百五十ユルド、フェザーラビットが一羽あたり三百ユルド、今回の依頼料は千二百ユルド、薬草や野草などは、商品の在庫が多い為思いのほか安く、すべて込々で千三百ユルドであった。
品が少ないと高く買って貰えるのだが、在庫が多い場合はそこまで高く買って貰えない。あとは、薬草などの品質によったりもするので、一概に価格を決められないのだ。これは、ランドバードなどの獣や猛獣、魔物も同様であるが、此方はそこまで変動は起こりにくい。
(それにしても、兎モドキが三千円ぐらいで鶏モドキが三千五百円ぐらいなのか・・・・安いのか高いのか分からないな。野草は・・・薬草も含めて一万三千円か。これも安いのか高いのか・・・・少し物の価値を学んだ方が良いかもしれないな)
何に価値があって、物価はどうなっているのか。全く分からない。そのあたりの事はまだ孤児院でも教わっていないのだ。
年長組やユリアーヌたちはそのあたりの事を教わっていることを考えると一年もしたら自分たちにも教わる事が出来るのはわかっているが、そこは元日本人の大人。ある程度目途を付けて生活をしなければ、不安になってしまう。
何せ前世では、ある程度貯金をしていたし最悪銀行でローンを組むことだってできる。しかし、この世界では貸してくれるかどうか怪しい。
前世でもローンでお金を借りる時に、保証人や金額によっては担保などが必要になってきたのに、こっちで保証人になってくれる人はおらず、親もいない孤児にどう考えても貸してくれる者はいないと断言できるからである。
だから、できる限り貯金をしておきたいのだ。それもある程度まとまったお金を。
いざ必要になった時にないと困るし、孤児院を出る際にもこの身なりでは、些か恥ずかしい。せめて服を購入する必要があるし、出た先での食事や住居に充てるお金も必要になってくる。
覚醒した今なら分かる。
お金の大切さが。そして貯金の重要性が。
だから、何を買い取ってもらえば高くなるのか、狩猟メンバーに選ばれるにはどうすればいいのかなど、情報を集める必要があるのだ。
(帰ったら、窪塚さんと話し合う必要がありそうだな)
今後の事を真剣に考えながらヴェラさんのお店を後にする。当然出る時にも挨拶を忘れずに行う。ギガントボアの件を必ず伝えることも一緒に。
帰り道では、クルトがまた要らない事を言ってくるが、それをフォローするが如く話に割り込んでくるヨハン。いつもの光景で孤児院に戻るのであった。
戻ったメンバーは、早速今日の売り上げの報告とヴェラから得た情報をアンネローゼに伝える。
売り上げは、いつも大体この程度なので気にしていない様子だったが、流石にギガントボアの案件は驚いていた。
目撃地点からこの村までおよそ八十キロも離れているので、此方に向かってきているとしてもその前に冒険者ギルドが冒険者を手配して討伐してしまうだろうと言っていた。
一応、討伐が確認されるまでの間は狩猟や採取の時間が短くなるようであったが、これは今の自分たちにとっては好都合とも言えた。なにせ調べなければならない事がたくさんあるため、採取の時間が短くなる分そういった情報収集ができるからである。
翌日、シャルロットこと窪塚琴莉と朝食前に会って話をすることにしたのだ。本当は昨日のうちにしたかったのだが、アンネローゼの報告の後、二人ともそれぞれその日の役割があったので、そちらを行うことにし、夕食後にと考えるも今日一日で色々な事があったため思いのほか心身ともに疲労がたまり部屋に戻るとすぐに寝てしまった事が原因でこんな時間に合う事にしたのだ。
「取りあえず、この世界で生きていくためには情報が不可欠だと思う」
昨日考えていたことを彼女に説明し、そのためには情報を集めなければならない事を伝える。
自称神であるヴァーリの知識と覚醒前の短い人生だけではこの世界を生きて行くのは出来ないからだ。
前世であれば、学校や親、社会と言う物が生き方を教えてくれたり、その手段を学んだりできるのだが、この世界に学校と言う物があるのかどうかも分からない。仮に在ったとしても孤児である自分たちが入学できるとも思えないからだ。
それだけ、今の孤児と言う地位は低い。
「情報って言っても何から調べるの?」
調べなければならない事が多すぎて、シャルロットは優先順位を確認する。これは、レオンハルトとシャルロットの優先順位が必ずしも一致しているとは限らないための擦り合わせでもある。
特に性別の違いによるだけで大幅に見方が変わるからだ。
「そうだな・・・・優先的に知りたいのは、お金の価値と物価の価格、どんな仕事がありどうしたらなれるのか・・・・・」
「魔法の使い方もよね?魔法の存在は映画とか小説とかに出るからわかるけど、流石に使い方はわからないものね」
「そうなると、前世での戦いの技能がどれだけ使えるのか、使い物になるのか、前世で知っている食べ物や道具、生き物そう言うものが、どこまで共通しているのかも調べないとな」
少しずつやらなければならない事を確認し話を煮詰めていく二人。
不意にシャルロットがある事に気が付いた。
「私たちの才能を色々付与してくれているって言ってたけど、何を付与してくれたんだろう?」
自称神であるヴァーリによってこの世界に飛ばされる前。彼は才能の向上と新たな才能の付与と言っていたことを思い出す。あの部屋での出来事は、昨日の事の様なはずなのにすっかり忘れてしまっていたレオンハルト。
実際、自分たちが転生することを選んだのだが、選ぶというより選ばざるを得ない状況だったように感じ、状況把握やら何やらで意識が向けられなかったのだ。
シャルロットも今のいままで忘れていて、前世での技能・・・即ち前世の記憶と言う言葉から思い出す事が出来たぐらいなのだ。
「付与に関しても調べた方がよさそうだな。何を付与されているのか分からないから難しいとことだが、生きて行く上で重要な才能だとありがたい」
こればかりは、誰も知る事が出来ない。例え付与を行ったヴァーリですら分からないのだから。
一つ言えるのは、前世の才能は継続し、更に向上までさせていると言う事はわかるので、そこだけは救いの部分である。
(俺の才能は恐らく、武術関係だと思う。爺さんにも戦いのセンスがあると言われたことがあるし、叔父さんもそれは認めてくれていた。それが向上しているのであれば、今度こそ彼女を守れる力になるはず・・・・・)
突然黙って握り拳を真剣に見つめるレオンハルト。その表情は少し怖いものを感じさせる為、ただ事ではないと感じたシャルロットは、意を決し訪ねてくる。
「レオンくんどうしたの?何かちょっと・・・・怖いんだけど」
指摘を受けたレオンハルトは、すぐさま謝る。その事に対してそこまで気にしていない様子だったが、彼女に対し怖い思いをさせてしまったことを後悔した。
そうしているうちに、レオンハルトの目線の先に一人またひとりと、顔を洗いに孤児院の台所の外にある井戸の所に顔を洗いに来るものが目に入った。
朝食前に話し合いをすることにしたので、そろそろ朝食の準備のために皆が起き始める時間になってきたからだ。
あまり時間が残っていない事に気が付いた二人。
「取りあえず、アンネ先生の授業に参加してみようと思う。戦闘訓練と魔法学、魔法訓練、サバイバル学それと一般的知識を教えてくれる基礎知識学かな?できたら経済学も参加したいけどそっちは時間があるときに参加する」
元凄腕の冒険者にして魔法剣士だったアンネローゼからは、戦闘関係、魔法関係、サバイバル知識を教えてくれる。
一般知識と経済学、それに薬の調合や治療のやり方などを教えてくれ治療学を教会から孤児院にお手伝いに来ている修道女が教えてくれる。
孤児院は、アンネローゼともう一人六十歳を超えた女性ミュラーの二人でやりくりしているが、職員二人だと大変との事で、教会が三人いる修道女を毎日一人お手伝いに派遣してくれているのだ。
ある程度の年齢になったら子供たちは皆戦闘訓練を行うことになっているが、これは個人によって訓練具合が異なる。例えば戦闘を主とする冒険者や国に使える兵士希望の者には、本格的に鍛え。商人や職人などを目指す者には、自身が守れる程度の護身術を教えている。
本格的と言っても街にある剣術道場に近いことをしているだけだ。アンネローゼが使う剣術は、我流ではなく一般的に知られている流派を皆に教えているだけだ。当然流派は剣術のみなので槍や短剣、弓などは我流であるし、剣を習いたい者でもアンネローゼが使用する流派とは別に我流として学ぶ者もいる。なので、皆使用する武術は我流に近い。
兵士希望の子供はアンネローゼから流派を習う者が多いが・・・。
魔法関係は、魔力を持ちそれを実践として使える者だけが学べる。魔力もなく合ってもごくわずかしかない者は、学べないのだ。これは差別でもなんでもなく。使えない事を学ぶよりも違う事をした方が良いと言う子供たちの考えである。たまたま、大人たちもそれ意見に同意してこのような仕様になってしまっているだけなのだ。
サバイバル学は、狩りのやり方や野営の方法。食べ物の見分け方や地形の見方などを教えてくれるのだ。前世でいるアウトドア講座に近いが、此方は便利な道具もなければ命の危険もあるアウトドアなのだが・・・。
基礎知識学は、読み書きができる年齢から受ける事のできる唯一の勉学だ。基礎知識学は、戦闘訓練同様に皆受ける事を義務付けられたもので、文字の読み書き、四則計算のうちの足し算と引き算、職についてなどの簡単な説明などである。簡単な説明しかできないのは、教えてくれる修道女は修道女としてしか働いたことがない為、他の職種の具体的な仕事内容までは分からないからである。
経済学は、国税や領税などこの王国や今居る領地の税金について、物価、商売方法、四則演算の掛け算と割り算、商人としての心得など金銭的な事をメインとして商売系も教えてくれる勉学だ。教えてくれる修道女は、元は商家の娘として生まれてきており幼少よりそう言う事を学んできていたので、子供たちに教えてくれているのだ。
余談だが、元商家の修道女は四女と言う事で後を継ぐ事も無ければ、大きな商家でもないため政略結婚としても微妙な存在だったのだ。そこで、密かに憧れていた修道女として生きて行く事にしたのだそうだ。
治療学は、魔法を使わず薬草や病気に効く薬の調合のやり方を教えてくれる。ただ、基本的には傷や風邪、毒の治療、応急処置程度しか学ぶことはないのだが、意外と参加するものは多い。
レオンハルトとシャルロットは、治療学にはそれほど興味を持たなかった。この世界では、治癒魔法と言う魔法があるし、応急処置程度なら前世の記憶の知識の方が役に立つからであった。その為治療学を学ぶつもりは全然ないのだ。
一応方向性が決まったようで、二人はそのまま朝食の手伝いのため、食堂へ足を向けた。
食後は、昨日のギガントボアの件もあり採取の仕事は午前中だけになった。本来は午後も予定していたのだが、中止になってしまったため交代で幼児を見る条件で自由時間をもらう事が出来た。
俺とシャルロットは、一番初めのお世話役を引き受け、合計六人で世話をすることになった。
中途半端に作業を中断したくない二人の考えだが、思いのほか世話をするのは大変だった。
幼児たちは、活発にごそごそしていて目を離すとハイハイしながらいなくなってしまう。これが、もう少し後だと疲れて皆寝てしまい。世話役は只々見守るだけですんだのだが、今の彼らは知る由もなかった。
交代が来たことで、漸く自由の時間が手に入ったが、今は何もやる気にはなれなかった。
想像以上に体力と精神力を使ってしまい、少し休憩してからでないと何もできそうになかったからだ。
「こ、子供の世話って・・・・こんなに大変なんだね」
シャルロットの言葉に酷く共感できてしまった。一緒に世話をしていた子供を見るとすでに他の子たちと遊んでいた。
(前世の記憶があるから当たり前に思えず、身構えていたけど・・・・・他の子たちは当たり前の事だからそんなに疲れたりしないのかな?)
レオンハルトの考えは強ち間違ってはいないのだが、そこにはもう一つ別の要因もあったのだ。彼らは自分たちが五歳児であることを忘れていた。五歳児と言うよりも五歳児の体力の少なさと言う方がわかりやすいかもしれない。要は、ペース配分を間違えそれに加え慣れず気を張っていたがために他の子たちよりも疲れが出てしまった。
半刻ほど休憩したのち、戦闘訓練を行っている場所に向かった。
「「「「「せいっ!!せやっ!!はっ!!」」」」」
「剣を力で振らずに全身で振りなさい!!槍の子たちはもっと重心を落として、力の入った突きが出来ていないわよ」
今日の戦闘訓練は、主に素振りをしているようだった。木でできた剣を振るう者もいれば、同じく木製の槍で突く練習をしている者と様々であり、剣を主として扱うアンネローゼもそれぞれの武器に合ったアドバイスは出来るようで、実に的確なアドバイスをしていた。
こういう所を見ると自分も道場で素振りや型の練習した日の事を思い出してしまうレオンハルト。アンネローゼの指摘が普段の様子に比べ厳しい感じにも取れるが、これは武術の世界では当たり前の光景だ。寧ろ伏見優雨として生まれていた時の稽古の方がもっと過酷であったからだ。この世界では己の強さは生死に関わるので、もっと厳しくしてもよさそうだと思っていた。
感情に浸っていると近くで何かが打ち合う音に混ざり、気合の入った声が聞こえた。
其方の方に目を向けるとユリアーヌとクルトが木製の槍と剣で試合をしていた。いや、ユリアーヌたち以外にも狩猟メンバーの数名が同じように試合をしていた。
「クルト。足元ががら空きだぞ!!ふんっ!!」
ユリアーヌの木槍は、クルトの隙だらけの足元へ容赦なく薙ぎ払う。
「うわっ!!」
クルトは防御どころか回避する事もできず薙ぎ払いによって見事に地面に転げされてしまった。
「痛てーッ。ユリアーヌもう少し手加減してくれても良いじゃんか!!」
「これでもだいぶ手は抜いているぞ?これ以上すると稽古の意味がない」
孤児院の子供の中では、群を抜いているだけあって他の子供たちは相手になっていない。クルトは、他の子供よりも実力はあるが、それでもこれ程までに力の差が出てしまう。
普通の子供ならこれだけの差が出てしまうと相手をする気すらなくなるのだが。
「にゃろーー。ぜーーーったいに一本取ってやる」
彼は違うようだった。何度も倒されてもその闘志が失われることがなかった。故に強者と相手する事で自身の実力の向上につながっているのだ。
レオンハルトは次第にこの戦いに参加したくなるが、この身体ではどこまで出来るのかが未知数な為観戦する事しかできない。
乾いた音が何度も繰り返されている間際、戦っているはずのユリアーヌと目が合った。
(一瞬、此方を見ていた?)
目が合ったのはその一回だけだったが、偶々此方と目が合ったのかもしれないが、少し違う感じを残しながら訓練場から離れることにした。
言うまでもなく。そのあと隠れてレオンハルトは自分自身の身体能力の検証を行っていた。
結果、五歳児とは思えない力や反射神経を身に着けていた・・・・訳ではなく、五歳児の平均的な力や反射神経、体力などを持っているだけであった。自称神の恩恵があると若干だが期待していた分少しショックを受けてしまうが、仕方がないので当分は体力作りを早朝と夕方に行うことにした。採取の間も色々工夫し身体機能の向上を図った。
覚醒してから一ヶ月と数日経過したある晴れた朝。
いつものようにアンネローゼやミュラー、他の子供たちが起きてくる前に孤児院内にある訓練場で一人走り込みを行っていた。
訓練場と言っても前世で言う所のグラウンドの様な物で、建物とかも何もないただの広場だ。孤児院では、この場所で剣などの稽古や魔法の練習などしている。そこそこ広い為この場所でこっそり体力作りや体術など練習している。
「おはようレオンくん。今日も早いねー」
走り込みをしている時に同じ孤児院で生活するシャルロットこと窪塚琴莉。彼女も俺と同じ境遇にあり、共に協力して行こうと話し合った同郷の者だ。前世でも良く知っている間柄だった事から孤児院内でも一緒にいることが多い。
「おはよー。シャルも練習?」
軽く休憩がてら彼女の傍に行く。彼女の近くに飲み物を用意しているからだ。彼女の近くに寄りたかった気持ちもあるが、もう少ししたら雨季の時期に入るため朝早くでも激しい運動をしたらすぐに脱水症になりそうだったからだ。
飲み物を飲みながら彼女を見ていると、彼女もまた動きやすい服装で来ており、ストレッチをして身体を解していた。
一ヶ月ほど前から始めている体力作りだが、始めた当初は一人で行っていた。次第に彼女もそれに参加するようになり、今では毎朝来ては一緒に練習している。シャルロット曰く、この世界で生活するなら自分も強くなりたいとの事だった。
前世では美人な容姿から守られる立場にありそうな感じだったが、前世のそれではいけないと判断したのだろう。此方での容姿も今は子供っぽくとても可愛い容姿で、大人になれば間違いなく美人になると太鼓判を押せるほどなのだが、そんな彼女が強くありたいと願う。住む世界が違えば此処まで人は強くなれるのだろうかと考えてしまった。
「今日はリーゼちゃんも参加するって言ってたよ」
シャルロットが一緒に行うようになってからは、時々リーゼロッテも早起きをしてこうして走り込みに来るようになってきた。ただ、毎日行っているレオンハルトやシャルロットと比べると出席率は些か低い。三日に一回ぐらいのペースでしか参加しないのだ。
理由は、単純に朝に弱く中々起きれないそうだ。もう一つは、朝のうちにスタミナを使い果たしてしまいその後の作業に支障が出ていたので、その日の仕事が比較的楽な日に練習に来ているのだ。
「あー。今日は採取だけの日か?」
リーゼロッテの仕事内容は、此処にいる二人と同じローテーションで動いている。リーゼロッテが練習に来る日は、決まって午前中採取で午後自由時間か、午前中自由時間で午後子守りかのどちらかだ。前回が子守りだった事を思い出したレオンハルトは、今日が採取の日なのだと再確認する。
その他の事として、孤児院のお手伝い主に家事的な事、勉学や戦闘訓練、魔法が使えるものは魔法の練習、狩猟の許可がもらえている者は狩猟に出かけるなどの事をしている。
基本的に一番多いのは、畑仕事である。これはほぼ毎日と言って良いほど手入れが必要だ。だから午前畑仕事で午後勉学だったり、午前採取で午後畑仕事だったりする。畑仕事は地味にしんどい。最初の頃は自分も何度も倒れかけるぐらい体力を使った。
鍛え始めてどうにか体力が付き、苦にならなくなってきたがそれでも時々辛いものがある。これは、シャルロットも同じ意見だと前に聞いた事があった。
「午後からどうする?前に教えてほしいって言ってた弓の練習でもする?」
シャルロットは、前世の記憶を持っているが故に接近戦を苦手としていた。殺生事そのものが苦手ではあるが、そうも言っていられない世界なので、せめて遠距離から戦うすべをレオンハルトにお願いしていたのだ。
彼は祖父が道場をしている場所で幼少より多種多様の戦闘訓練を行ってきた経験がある。弓を扱う弓術もその中の一つで、弓の実力も高い。免許皆伝にいたる試練を受けていないため奥伝止まりではあるが、技だけなら皆伝の物も教え込まれている。
元々実践を主にした流派だったからこそ、この世界では大いに役に立っていた。
弓も矢もレオンハルトが簡単に作ったものだが、意外にも出来栄えはよかった。ただ、五歳児の作るものなので大人が作ったものに比べれば、お遊び程度に見えてしまうが・・・。
弓の部分は竹に似た素材の植物を使っている。竹のように大きくならずに一メートル程度の背丈で止まってしまう。子供の力では切り倒すのは難しいが、畑仕事で使う鎌を持ってきていたので、一本だけ切断し弓に必要な量だけ孤児院に持って帰った。矢も近くに落ちていた枝を十数本拾ってそれも一緒に持って帰る。
一連の事をアンネローゼに伝えれば怒られずに作業できたのだが、思い立った時に行動したものなので、報告も何もしていない。見つかると怒られる可能性が強いこともあり、切り取りや加工と言った作業は深夜こっそり起きてやっていたりする。
少しずつしかできなかったので、弓矢の一式が完成したのがついこの間。完成したことはシャルロットには教えているが、実際の使い方はまだ教えていないのだ。
暫く悩む彼女。
そこで思い出したように彼とは違う案を出してきた。
「んー・・・・あっ!!今日って魔法の使い方の練習があったよね。そっちにしようよ」
覚醒してから魔法についての勉学や使い方を学んできた。ただ、ここ暫く他の事をしなければならなかったりして参加できていなかったのだ。
魔法の練習などは基本六歳を過ぎてから本格的に習い始める。理由はいくつかあるが、一番は魔法を発動させるための工程が幼い子供だと理解しにくいからである。六歳でも理解しにくいだろうと思うかもしれないが、こっちの世界は前世の世界と違って弱者に厳しい世界である。その事は幼い子供も理解しているため前世の六歳児ぐらいだと考えていると痛い目を見る。
それだけ生きる事に必死な世界なのだ。ただ、小さい頃から力を付けすぎるのも良くないようだ。制御できれば問題ないのだが、子供はそのあたり歯止めが利かない。まあ大人でも馬鹿な事をする者は多いが・・・。
以前、魔法についての勉学に参加した際。アンネローゼからあんまり良い顔はされなかった。本人の自主性も考慮してか、追い出すことはしなかったが、それでもあまり好ましくなかった事は記憶している。
ただ、魔法の在り方、種類、危険性についての話が主だったので、実際に魔法を使う事はしなかった。
「おはょー」
午後の予定を話していると眠たそうな声で挨拶をしてくるリーゼロッテ。
「おはよう」
「リーゼちゃんおはよう」
すでにランニングをしている二人は、新しく訓練に来た仲間へと視線を向ける。
軽く挨拶してから、準備運動を始めるリーゼロッテ。もう少ししたら別の事をしようと思っていたレオンハルトだが、流石に彼女一人置いていくのも可哀そうな気がしたため今日はリーゼロッテに合わせそのままランニングを継続。結局その日の朝の訓練は走り込みをするだけで終わってしまう。
午後の魔法訓練は実践的な事を説明するようで、屋外での活動となった。
前回まで受けた内容を復習するかのように一つひとつ丁寧に教えてくれるアンネローゼ。
「皆魔法の使い方は覚えている?では・・・・マルコくん」
「は、はい。えぇっと・・・内にひめた?ま、魔力を、魔力を・・・・形?にして放つです」
マルコと呼ばれた男の子は、一生懸命前回までで習った事を思い出しながら答えていく。ただ、その意味はどことなくわかっていない様に感じる。
まだ一度も魔法を使った事がない子供たちもマルコと似たり寄ったりのレベルだ。
今この場には十一人いる。日ごろから初級程度の魔法を使える者はそのうち四人。まだ魔法を使った事がない者が六人。後の一人はアンネローゼの補佐役として呼ばれているヨハンである。
初参加の六人をアンネローゼが見て、初級の四人はヨハンが指導している。ヨハンが選ばれているのは、中級の魔法も使う事ができ種類も多種多様に使いこなす。魔力量はまだ中級までは差し掛かっていないが、この年齢を考えると秀才と言えるレベルだからだ。
「んーマルコくんの答えだとまだ正解ではないかな?他に付け加える事がわかる子居るかな?」
マルコの答えは十分ではない。足りないのは・・・・。
「足りないのは、魔力をただ形にするのではなく。自身の魔力を制御し、必要な量を使って使用したい魔法をイメージし形を作り使用する事です」
答えたのは、午前中の採取の時間にぐったりして碌に動けなかったリーゼロッテである。
彼女も親譲りなのか、魔法の才があるようで俺たちと一緒に魔法訓練に参加していた。
ちなみにこの世界の魔法の才能の遺伝があるかは、具体的には分かっていないが魔法が使える者から魔法を使える子供が生まれてきやすい傾向にある。まあ、両方が高位の魔法を使えても子供は、魔法は愚か魔力すら持っていなかったケースもあるので、一概にはいえない。ちなみに逆のケースも報告されている事はここに記しておこう。
「そうですね。リーゼちゃんありがとう。魔力をただ制御し使用する魔法を無属性魔法と言います。これも前回教えたと思うのだけれど、これは魔力を持っていて尚且つ魔法を使用できる者は大方使用できる魔法です。即座に発動でき魔力消費も少ないのがメリットですが、威力は弱く、上級の魔法が存在しないのがデメリットになります」
メリット、デメリットの話をするが、実はこれには一つ間違えがある。デメリットで上級魔法が存在しないのではなく。ただ開発されていないと言うのが正しい。無属性魔法を極めるよりも他の魔法の方が利用しやすいのが理由だ。
「無属性魔法があるように、他にも種類があるのは覚えていますか?」
アンネローゼが再び子供たちを見て問いかける。
問いかけられた子供たちは、各々にこれまでに習った事を思い出しながら独り言の如く何かをつぶやいている。
恐らく、ある程度なら分かるがすべてを言えるほど此処にいる子供たちは覚えていないのだろう。その中にはリーゼロッテも含まれている。
答えが出ないような様子だったので、アンネローゼが声を出そうとした瞬間。
「魔法の種類は、属性魔法と系統魔法に分かれているんですよね?」
「それで、属性魔法が火や水、風、土、光、氷、雷、重力。系統魔法が聖や闇、空間、付与が代表的です。中には特殊な魔法と言う分類で召喚魔法、儀式魔法、精霊魔法、精神魔法があります。あとは、系統に属さない系統外魔法として、言語魔法、生活魔法、索敵、隠蔽などの魔法です」
シャルロット、レオンハルトと答える。
一般的に普及しているのが、何を隠そう生活魔法だ。能力との相性が魔法には存在しているが、生活魔法はその他の魔法に比べて比較的扱いやすく相性がいい人が多いと言われている。寧ろ相性の悪い人を探す方が難しいぐらいなのだ。逆に精霊の力を主とする精霊魔法の適正は極めて少ない。魔力を膨大に持っていても適性がなければ使う事すらできないからこの世界の魔法使いは、どれだけの種類の魔法に適性があるのかと保有できる魔力量の多さがものを言う。
「せ、正解よ。よく覚えていたね」
アンネローゼにとっては、分かってもいくつかの属性もしくは系統の魔法を言い当てるぐらいだと思っていた。それも彼らよりも年齢が上の子供たちが言ってくれると思っていたので余計にこの二人がほぼすべて言い当ててしまった事に二重の驚きをしてしまったからだ。
「二人が言っていたように系統魔法、属性魔法、系統外魔法、特殊魔法と魔法の種類はたくさんあるわ」
そして、復習をしているかのように今まで授業に習った事を掻い摘んで教えてくれる。
レオンハルトが答えた属性魔法の八種類は、正確には四種類とその四種類の上位過程で派生した別の四種類が存在する。火の上位魔法の派生は光、風は雷、水は氷、土は重力とあり、基本的な属性魔法は火、風、水、土の四属性である。
この四属性は四大元素魔法とも呼ばれる事もあるが、昔とは違い今の時代ではあまり使われない呼び方でもある。
当然、系統魔法も代表的な四つは四大系統魔法と言われるが、此方も同様で今はほとんど呼ばれていない。
言葉として使う機会があるのは、学者の様な立場の研究者達か昔の魔導書の様な書物や学校の様な教育の場で使うような本に記されているぐらいであろう。
「さて、そろそろ魔法の実践を行ってみましょうか?」
アンネローゼは、手を前に突き出し詠唱を唱え始める。突き出した手の平から光の発行体が出て少しずつ大きくなり、詠唱が終わると光る発行体はソフトボール程の大きさになっていた。
「これが、皆に初めに覚えてもらう初歩の攻撃魔法よ。属性は無い普通の魔力の塊だから、練習すればこれぐらいはすぐに使えるようになるわ」
初めて魔法を習う子供たちは、その後アンネローゼの指示のもと練習を行う。
「デリアちゃんもう少し魔力を安定させてみて、マルコくんは詠唱が間違えているわよ」
それぞれに的確にアドバイスを送るアンネローゼ。
ちなみに魔法を発動させる際に必ずしも詠唱を唱えなくてもよい。魔法名だけで魔法を発動できる者もいれば、魔法陣を描いて魔法を発動させるやり方もある。要は魔法をどのようにして自分自身のイメージと結びつけるのかが重要なのだ。当然、無詠唱で魔法名も魔法陣も必要としないやり方もあるが、余程イメージをしっかり持っていないと出来ない。
アンネローゼは、よく使う魔法は魔法名だけで発動できるが、そこそこ使う魔法は詠唱を唱える。手伝いに来ているクルトは詠唱を行うが、自分なりにやや簡略化しているようで、近いうち魔法名だけでも発動できるほどの才能がある。
「・・・・・・」
子供たちが四苦八苦している中、手の中でアンネローゼが作り出した魔力の塊より二回り大きい塊を作り出すレオンハルト。
そして、小さいながらも両手に魔力の塊を作り出したシャルロット。
二人は、何の問題もなくしかも無詠唱で発動させたのだ。
「わー。二人ともすごーい」
失敗続きの女の子の一人が、二人の作り出した魔法をみて拍手する。
「レオンハルトくんにシャルロットちゃん。まさか一発で成功させるなんて先生驚いたわ」
拍手していた女の子の近くにアンネローゼが来て、驚かれる。しかもそれが、無詠唱で行われたことに対してだ。
普通は、初めて魔法を使う者で無詠唱を試みる者の多くは、魔力が安定せずに暴発してしまい事故を起こす者がほとんどである。
初めての魔法を簡略化で成功させる者は稀にいるようだが、無詠唱は聞いた事がなかった。
これは、アンネローゼが知らないだけで、過去に数名初めての魔法を無詠唱でした者は存在する。ただ、片手で数えられるほどしかいないため、知る人ぞ知る状態になっているのだ。
それに、レオンハルトたちも簡単に魔法を発動させて見せているが、実は魔法のイメージを具現化するのにかなり悩まされていたのは個々だけの話である。
まあ、この程度の事は神の恩恵でただイメージするだけで作れたのだが、そんなことは知る由もない。恩恵がなくても、無詠唱で発動できるだけのイメージを作り上げていたのも事実なので、正直結果としては変わらなかったのだが。
「ただ、レオンハルトくんはもう少し魔力を抑えてみてね。魔法自体はきちんと発動できているようだから、今度は強力な魔力を如何にコントロールできるかが課題になると思うから。シャルロットちゃんは逆に魔力量を増やしてみると良いかもしれないわね。複数発動させることは問題なさそうだけれど、数よりも質量を優先する場合もあると思うから」
驚きながらも的確にアドバイスを伝える。
半刻もすれば皆掌に魔力の塊を出す事が出来るようになっていた。
「アンネローゼ先生この後はどうするの?」
女の子が魔法を使えたことに喜びながら次の事を教えてもらおうと尋ねる。
その質問の答えを知りたいのは、女の子だけではなく他の子供たちも同様の様子で、目をキラキラさせてアンネローゼを見ていた。
その子供の中にはレオンハルトもシャルロット、リーゼロッテも含まれている。
魔法は前世では存在していない代物だからか、前世の記憶をもつ二人にとっては知りたいと言う知識欲が溢れている様にも感じられる。
しかし、アンネローゼは女の子の質問に対し答えを出しあぐねていた。元々は、もう少し教えたいところだったのだが、次の事を教えるとなると少しばかり時間が足りないのが原因だ。
少しだけ教えてしまうと子供たちはそこから自分たちで勝手に魔法を使う可能性があるからだ。次の魔法を教える時まで我慢できるとも思えないから余計に悩んでしまう。
魔法自体はとても便利なのだがその反面、危険も当然存在する。軽い怪我程度で済むのならある意味教訓としてはありなのだが、最悪生命の危険にもつながるため始めは子供たちの傍にいる必要がある。
「今日はここまでにしましょう」
アンネローゼの答えは、早めに授業を終える事を選んだ。
それに対し子供たちは、やや不満な表情や返事をするがこうなる事も考えていたようで、別の案をアンネローゼは提示した。
「でも少し時間があるから、先生の魔法をちょっとだけ見せてあげるね」
「わー先生の魔法が見られるの?ほんとーやったーーーー」
「先生どんなの?早く見せて見せて」
子供たちの興味が教わる事から魔法鑑賞に移る。やはり、教わるのも良いが上級者の魔法は子供たちにとってはもっと良いのであろう。
「これから使うのは先生の先生から教えてもらった魔法でね。現役時代によく使っていた魔法の一つなのよ」
そういうとアンネローゼは近くに置いていた自分の胸辺りまである長さの杖を取り、先程とは違う少し長めの詠唱を唱えた。
「<煌びく銀色の世界>『細氷』」
周囲に煌びやかな光の粒が舞い幻想的な空間を作る。そして、幻想的な空間に子供たちは言葉も出ずそれを見ていた。次第に広がる白い靄が周囲の気温を下げる。物凄く寒いという程ではなかったが、この時期の服装を考えると寒さで少し身震いしてしまう程度には寒くなった。
「す、すげぇー」
「うん、何かキラキラしている」
子供たちは少し寒くなった程度の事は特に気にした様子は見せず、ただ目の前で起きている事に感動していた。
アンネローゼの使用した『細氷』は水属性の上位の派生である氷属性の魔法で、今は魔力をかなり抑えているから少し寒い程度で子供たちの様な感想を言う事が出来るが、これが実践で魔力を抑えなかった場合非常に強力な魔法の一つと言える。
気温が急速に下がり、相手の筋肉の動きを鈍らせ行動を抑制するだけでなく、寒さによる体力の消耗にもつながり生死を分ける戦いでは相手にとってかなり不利な状況を作り出せてしまうのだ。しかも副次効果として、冷気を肺に取り込みすぎてしまい肺が凍り付き心臓を止めてしまう場合もあるのだ。
当然、水属性の上位の派生である氷属性故使用できる者がそれほど多くない事や魔力消費も割と多い事がデメリットとも言えてしまう魔法ではあるが、使いこなせれば便利な魔法でもあるのだ。
その日以降は、魔法の実技練習も朝のトレーニングに組み込んだレオンハルトとシャルロット、リーゼロッテの三人であった。
レオンハルトとシャルロットが転生してから半年がたった。
レカンテート村にある商店を経営するヴェラから忠告を受けた中型の魔物であるギガントボアの討伐情報は未だ入っていなかった。
冒険者ギルドは、今でも一応討伐依頼を出してはいるものの目撃情報が少なく他に割が良い依頼を冒険者が受けるようになってからは、捜索がほとんど出来ていない状態になっていた。普通に考えれば高さ三メートル以上、全長六メートル以上もある全身鎧と武器を仕込んでいる様な猪がいたら、倒すまで捜索するのと思われるが、この世界ではその様な危険な魔物や生物は多く存在し一個体にずっと対応する事はまずできないのだ。
仮に一個体に常に気を張らなければならないのは、街や国が崩壊させられるほどの何か程度だろう。
時々現れるギガントボアなどの少し強い一個体の魔物より、一個体としては弱いが集団で襲ってきたりするゴブリン種やそれより少し強いオーク種、状態異常などを引き起こすマッシュマンなどの植物系の魔物を駆除する方が優先度は高いのだ。ゴブリンの集団が村一つ壊滅させたという話も度々聞く程度には厄介な魔物なのである。しかも残虐な事に人間を捕まえては、かなりエグイ事をするのである。男であれば生きたまま手足を千切ったり解剖したりするし、女は凌辱や強姦などの性的な暴行を行い自分たちの子孫を増やそうとするのだ。ゴブリン種やオーク種など下級の位置にいる魔物の半数近くは、人間などの他種族の女性でも繁殖させる事が出来るのだ。そして、子供は基本的に食料になる事が多い。当然男も女も使い道がなくなれば食べられるのは同じではあるのだが。
そんな事もあり魔物討伐の中でも優先順位が高いし、他の仕事などもあり冒険者への依頼は尽きる事がないのだ。
半年も特に大きな被害情報や目撃情報が上がってこないことから、孤児院でも狩猟や採取の時間が通常に戻されている。
通常に戻された事で自主訓練の時間が少なくなってしまったが、然したる問題でもなかった。基礎トレーニングを毎日欠かさずしていた事もあり体力は比較的向上し、魔法を上手に使えるよう魔力制御もしっかり行ってきたおかげで魔力量も体力同様に向上している。
魔法の練習をしていた時は、直ぐに魔力切れを起こし、気を失っていた。しかし、今は魔力制御で魔力消費量も減り魔力量は増えているので、酷い使い方をしなければ魔力切れを起こす事も少なくなってきている。
レオンハルトが日頃良く使う魔法としては、『周囲索敵』『清潔』『身体強化』『解析』の四つで、『周囲索敵』と『身体強化』は戦闘にも役立つと考え日々鍛えている。
この半年間で、体力や身体能力などの基礎トレーニング、魔力制御や魔力量増加などの魔法トレーニング以外にも進歩したことがある。
レオンハルトたちが使う武器である。正確に言えば練習用と名の付く武器である。
まだ、五歳の子供に刃物の付いた武器はナイフを除いて持たせてもらえない。ナイフは採取の時に使用したりするが、ナイフと言っても果物ナイフの様な小さなナイフで、切れ味も非常に悪い代物だ。
レオンハルトたちが新調した物は、レオンハルトが木刀で、シャルロットが弓である。リーゼロッテは、皆が使う木剣の方が使いやすいと言う事でそのままだ。
二人が新しい武器に新調したのには理由があった。
まず、ここローア大陸には日本刀の類の武器は存在していないそうだ。これは、以前村の鍛冶師であるおじさんに聞いたのだが、そんな武器は知らないと突き返された。同じく昔冒険者として大陸中を旅していたアンネローゼにも同じ質問をしたところ、鍛冶師と同じ返答が返ってきた。
レオンハルトが日本刀に拘るのには理由があり、それは彼の前世で磨き上げてきた流派の技、剣技に関しては両刃の剣ではかなり威力が下がってしまう。しかしこの世界の支流となる剣は両刃の剣だ。片刃の剣もあるにはあるが、日本刀とは別物のため結局のところ威力には期待できそうにないと言う事が判明した。
日本刀がないのであれば作れば良いと考えたが、五歳児の子供に作れるほど生易しいものではない。
一般的な剣などとは作成段階から大きく異なるため、色々と準備をしなければならない、作るための設備に知識、数ミクロンの誤差を知覚できる目利き、技量それらをどうするかを考えなければならない。
一応前世の頃に日本刀の作り方を教わったことはある。中学生だった頃の伏見優雨は、道場の師範をしていた父方の祖父の知り合いに日本刀を作る有名な刀匠がいたのだ。そこで、忍耐力、精神力、集中力の修行をしたことがある。とは言っても正確には夏休みを利用した長期お手伝いだったのだが、そこで一通りの作業は見学させてもらった事がある。流石に触らせてもらったり、作ったりはしていない。工程によってはかなり距離が離れた場所での見学の時もあった。
そんな事で工程だけは知っているし、自称神であるヴァーリの力で得た知識にも鍛冶の知識は沢山あり、日本刀の作り方も含まれていた。今は作る事が出来ないが、時間がたてば自分でも作れる可能性は十分にあった。
日本刀が作れない現状、日本刀に最も近く五歳児でも作れそうなのが木刀であった。刃は当然切れ味ゼロだが、風属性の魔法を纏わせることで日本刀並みの切れ味を出す事が出来る事が判明し、主の武器を変更させたのだ。
使い慣れていてもこの身体には、馴染んでいないと言う理由もあって早い段階で作成していた。
次にシャルロットの弓に関してなのだが、彼女は剣術や体術と言った接近戦の戦闘はあまり得意ではないと言う事が判明した。此方もヴァーリの力で他の子供たちよりは実力は上なのだが、それよりも才能を現したのが弓術の方だったからだ。実際遠距離の攻撃に関してならレオンハルトよりも才能ははるかに上だ。これには遠距離からの魔法も含まれている。
弓の使い方は、基礎トレーニングのプログラムの中に組み込んでおり、教えるのは当然実家の道場で弓術を教わってきた。伏見優雨ことレオンハルトだ。弓術は奥伝までの技量を身に着けているので、的確な指導もできるのだ。
リーゼロッテに至っては、剣技が完全にこの世界の流派を主流としているため、レオンハルトが教えれるのは体術ぐらいだ。それもこの世界の剣術の動きに合わせたオリジナル版だ。うまくいくかは正直賭けでもあるが、無いよりはましかとの判断で稽古している。
「今日は何を作っているの?」
「ん?ああ、リーゼか。これはトンファーっていう武器なんだよ」
木刀を作る際に森から調達した木材を使って新しい武器を作っていたレオンハルトにリーゼロッテが訪ねてきた。
「とんふぁー?また変な物作ってるんだね」
「変なのかな?前作ったヌンチャクよりは使い勝手がいいんだけど・・・」
前回はヌンチャクを作ったのだが、鎖が手に入らないため植物の蔓を代用し、案の定失敗した。その前は投擲用の小型ナイフやクナイ、手裏剣などを作成し、此方は思っていた以上に良い物が出来上がった。ただ、作成に恐ろしいほど時間がかかってしまったのが少し失敗部分だろうか。
「ところで、何しにここへ来たの?」
リーゼロッテが自分に用があると思ってここへ来たのだろうと思い訪ねる。
「そうそう。シャルちゃん見なかった?何処を探してもいないから、もしかしてここにいるのかと思って」
何故か照れくさそうに聞いてくるリーゼロッテ。
照れる要素が何処にあるのか分からないレオンハルトは、シャルロットが何しているのかを教える。
「確か、弓の練習に行ってくるって言ってたよ」
練習用の矢が数本しか残っておらず、シャルロットから矢の作成をお願いされていたのだ。それが四半刻前に作り終えたので渡したら、そのまま練習場に向かったのだ。
「練習場か。あっちは確認していなかったな。ちょっと見てくるねーありがとー」
そう言って練習場へと走るリーゼロッテを見送り、トンファー作りを再開する。
それから一刻程で、トンファーは完成する。まだまだ不格好だが、どうにか使えるだろうと判断し、そのままレオンハルトも練習場へ足を向ける。
(あれ?シャルもリーゼもいないのか?仕方がない少し練習して戻るか・・・・)
「ようレオンハルト。お前も練習か?」
いつの間にか背後を取られていたことに少し焦って身構えるレオンハルト。
声をかけてきたのは、一緒に行動する事が多いレオンハルトにしてみたら良き親友でライバル的な存在のユリアーヌであった。彼も武術の練習をしていたのか、手には一メートル程の棒を持っていた。
「びっくりした。脅かさないでよ」
「ああ悪い。そんなつもりはなかったんだ」
ユリアーヌはすぐさま謝罪をしてきた。彼はそういった場面は非常に律儀に対応してくれる。周りからは子供っぽくないなど言われているが、俺からすれば接しやすい親友だ。
(まただ。最近ユリアーヌの視線が鋭く突き刺さるな)
実力は個人の子供たちの中では、群を抜いて強い。そんな彼がレオンハルトの事を目には見えない威圧感を放ちつつ警戒していた。
「今新しい武器を作って所で、少し試そうかと思ってきたんだ」
「そうか、なら俺が付き合うぞ?」
棒を持つ手に一瞬力が入り、レオンハルトが返事をする前に鋭い突きが放たれる。
「くっ」
手に持っていたトンファーで喉を守るように防御の姿勢を取る。突き出す棒の威力の方が勝っており、防御をしている上からでも力ずくで突き飛ばせるほどの一撃を受けてしまう。
転ぶまでは至らないがバランスを崩され、整えようとしてもユリアーヌの連撃が追い打ちをかける。
連撃が五撃目を繰り出したところで、手に持っていたトンファーで突きを上方へ弾き、生まれた隙を生かすために懐へ飛び込みもう片方のトンファーで反撃を仕掛ける。
「いい加減に」
繰り出した攻撃は、ユリアーヌの腹部めがけて吸い込まれるように進むが、触れる直前に姿勢を崩し回避される。しかも追撃をされないように崩れた姿勢のまま攻撃をしてきたため開いているもう片方で防ぎ距離をとる。
「この半年でかなり強くなったな。二発ぐらいは当てれると思っていたが、まさか一発も当てられなかったのは驚いた」
「何時までも負けていられないからね。ただ、急に攻撃してくるのはどうかと思うよ」
別にユリアーヌが殺意を込めて襲い掛かろうとしたわけではなく。数ヶ月前からお互いに空いている時、手合わせをしているのだ。
「その武器は攻撃よりも守りの方に向いているのか?」
「さあどうだろうね?試してみたらいいさ」
ユリアーヌの少し挑発めいた言葉を挑発するように返す。
それを受けやや楽しそうな笑みを浮かべ、再び激しい攻防を繰り広げる。
(くっ!!何度戦っても思うが、やはり強い。これだけの技量を持つ者は前世でもいなかったぞ)
流れるような棒捌きと鋭い突きの攻撃を紙一重で受け流しながら、考えるレオンハルト。トンファーの構えを変えて攻撃に転じても届かず、体術で仕掛けても同じ体術で受け止められる。完全に防戦一方の形になりつつありレオンハルトの表情に焦りが見え始める。
焦りがでるとそこから次第に追い込まれるのは、分かっていてもどうする事も出来ない。
ユリアーヌの懐への攻撃を強引に入れようと右手に持つトンファーを振り上げようとする。
(これならどうっ!!しまッぐはっ―――)
レオンハルトの攻撃はユリアーヌにあたる直前に回避され、その流れで右手首に反撃を受け持っていたトンファーを落とす。落としたところに追撃を仕掛けられ、腹部に鋭い突きが突き刺さった。
「よく考えられた武器だが、俺相手では修練が足りないな。前に使用していたボクトウの方が凄まじかったな」
それもそのはずだ。木刀は即ち日本刀と同じ感覚で扱えるため、彼にとっては最も馴染のある武器の一つだ。だが、トンファーに関しては言えば、知識として知っている、軽く使った事がある程度であって真剣勝負に使えるほど身体で覚えきれていないのだから。
間違えがないように伝えるが、決してトンファーが弱い武器ではない。日本刀よりも使いやすいし、守りも硬い、使い方が色々あるなど武器としては優れていると言えよう。
今回に至っては、偶々使い手がトンファーよりも日本刀に馴れていると言うだけの問題。
「木刀は俺のメインの武器だからな」
「今日はボクトウの方ではやらないのか?」
体力的にはまだ二人とも余裕があるが、時間的にそろそろアンネローゼの手伝いをしなければならない二人。差し迫る時間の中で出した結論が・・・・。
「最後に一戦して終わろう。今日は何時にも増してやられっぱなしだからな。この一戦本気でいく」
落としたトンファーを拾い持っていた物と一緒に片づける。そして、片づけた後に木刀を取り出し、構える。
本気で行くという言葉の通り、レオンハルトは通常の構えではなく居合の構えをした。
流れる空気が変わる。
それをユリアーヌも感じ取り、握りしめる手に力が入る。
周囲の音が慌ただしく聞こえたかと思ったら、徐々に音が小さくなり聞こえなくなる。
音が消える前に数人の足音や話し声が聞こえたが、今はもうそっちの方には一切気にしていない。
二人はこれまでにないくらいに、この一戦に集中する。
(ユリアーヌが使うのは恐らく、彼の持つ最大の攻撃力を誇る『ゲイルスピア』だろう。何度か練習しているのを見た事があるが、実際に向かい合って使用されるのは初めてだな。しっかり見切らなければ不味いな)
沈黙が続く。
どれくらい経ったのかは分からないが、永遠とも思える沈黙は唐突に崩れさる。
先に動いたのはユリアーヌだ。
棒を槍のように刺突をする構えで迫る。
「もらったぁああーーー『ゲイルスピア』ァアアアーー」
ユリアーヌは自身が持つ槍の技術の中で唯一高威力のある技を使った。『ゲイルスピア』は、アルデレール王国にある槍を使った流派の中では、五指に入る流派で、名をアルムガルト流と言い。そのアルムガルト流の技の一つなのだ。なぜ流派を知っているのかと言う点においては、アンネローゼが昔旅をしていた時に一緒に同行していた仲間がアルムガルト流で、少し技を教えてもらった事があるからだ。
当然知っているのは、ほんの一部なので教えてもらった子供たちは、孤児院を出たら流派を学ぶために道場へ行ったりする子供もいるのだ。
そのユリアーヌが距離にして五メートル近く離れている所から、一気に加速し刺突の威力を上げて『ゲイルスピア』を放ってくる。四メートル、三メートルと近づいて来るタイミングで、遂にレオンハルトの手が木刀に触れる。
触れた瞬間。すでにそこには木刀はなく、何時抜いたのか分からない程の剣速で抜き放っていた。
彼が使用したのはただの居合ではない。生前に習っていた剣術の一つ、居合抜刀術壱ノ型『伐折羅』と言う技だ。それも奥義や秘伝の類に入る技。
『伐折羅』と『ゲイルスピア』の技がぶつかり合う。
乾いた大きな音と共に突撃をしていたはずのユリアーヌの身体が宙を舞う。
追撃をかけるため、彼の後を追うレオンハルト。それと同時にユリアーヌも見事に着地し、再度攻撃をするためすぐさま走り出すが、彼らの行動は第三者の介入によって止められた。
「二人ともそこまでよ!!」
中断の声をあげたのは、この孤児院の院長であるアンネローゼだった。彼女の近くには、数人の子供たちがおりその中には、シャルロットやリーゼロッテ、ヨハンたちの姿もあった。
「ユリアーヌ!!あの技を人に対して使って良いとはまだ言っていないはずよね?レオンハルト!!あなたも今のは何?ボクトウって言ったっけ?それだったらからまだ良かったものの、真剣だったらユリアーヌが死んでたわよ?それに・・・・・」
アンネローゼの怒涛の説教が続く。
その日の夕食は、別の意味で疲れてしまい。食べ終わるとトレーニングをせず誰もいない広場の窓で外を眺めていた。
(ユリアーヌのやつ。あの技を感覚だけで見切りかけていたな)
少し前の模擬戦闘の事を思い出す。
『伐折羅』があたる瞬間、彼は何かを察知したかのように突進していた状態から一気に後退したかのように見えた。そもそも威力的に言えば、アンネローゼの言うように死ぬまでは行かないにしても下手したら骨の一つや二つ折れていてもおかしくない威力だ。それを、宙を舞う程度で済んでいる事自体が、技に対して多少なりと受け流されたのだと理解する。
もっと技の精度を上げなくてはと考えている所で、近くによって来る気配を感じる。
「今日はお疲れ様、さっきの戦いすごかったね」
声をかけてきたのは、シャルロットだった。
「アンネ先生には手酷く怒られたけどね」
「まあちょっとやりすぎた感じではあったけど、それでも本当にすごかったよ」
尊敬の眼差しででも見るかのような視線にレオンハルトはついつい照れくさそうにする。想い人からそのように褒められると誰だって嬉しくならないわけないのだ。例え、容姿は子供でも中身はもうおじさんと呼べる年齢であっても。
「あの時の居合・・・・って前に言っていた武術の技?」
「ああ、前世の時に祖父が開いていた道場で習った剣術の技だよ」
「たしか・・・・、神明何とか流だった・・よね?」
レオンハルトこと伏見優雨は、生前の時に彼が使う武術の流派を軽く教えた事があり、どうやらその事をうろ覚えだが、覚えていたようで一生懸命思い出そうとしていた。
「神明紅焔流って言う多種多様の武具を極める流派だよ。次期後継者として小さい頃から祖父や義理の伯父さんに無茶苦茶叩き込まれたからな」
物心ついた時からすでにハードな稽古をしていて、その事を思い出してなのか、遠い目をして外を眺める。次期後継者と言うのも嘘ではない。ただ、後継者候補が他にもいたのは事実ではあるが・・・。
「ただ、それがあったからこそ今強くなれているんだけどね」
前世での過酷な修行が、まさかこの世界で役に立つとは全く思っていなかった。別にこの世界に来ることが分かっていた訳でもなく、前世でもほとんど表に出ないような特技なだけに余計にそう感じてしまう。
「うん。私もそう思うよ。だってそれがなければ私も弓をあそこまでうまく使う事は出来なかったもん」
「弓はね。元々義理の伯父さんに進められて覚えたんだ。たしか・・・その伯父さんシャルも前世であったことがあるんだけど覚えていない?警察のお偉いさんなんだけど・・・」
「あの時助けてくれた人?」
あの時とは、前世でちょっとしたトラブルに巻き込まれた時、伯父さんに連絡して助けてもらった事があるのだ。
「そうだよ。警察の人だから、当然格闘技も色々教えてもらったんだけど・・・・正直柔道は、あんまり得意ではなかったけどね」
そう言って雑談を半刻程してから、二人はそれぞれの部屋に戻った。
その頃、別の場所では・・・・。
「なーおい。待ってくれ」
月明かりも届かない真っ暗な森の中を松明の火を頼りに進む男、それを追いかけるようにもう一人の男が周囲をビクビクさせながら追いかける。
「なんだよ」
男は振り向きもせずにまるで、これから行く目的地がわかっているかのように前進する。後を追う男は、物音がすると周囲を見渡したりして足が止まりその都度走って前を歩く男に追いつこうとする。
「まだ例のボア討伐できてないんだろ?それなのにこんな森の奥に来て大丈夫なのか?」
後を追いかける気弱そうな男が半年ほど前に目撃されたギガントボアの事を口にする。
「お前ビビってるのか?」
「ビ、ビビってるわけ・・な、ないだろ」
「大丈夫さ。ギガントボアが出たのは、こことは反対の西の森の奥だろ。そもそも本当にいたのかねー。なにせ隣町の人しか目撃してないんだぜ?冒険者も捜索したけど見つけられなかったらしいじゃねえか。そんな事より、もうすぐだぜ」
前を歩く威勢の良い男が道なき道を進んでいくと微かに甘い香りが男たちの鼻腔に刺激を与えた。
「ついたぞ」
「うわーすごく甘い匂いがする。ここが目的地なんだ」
黄色い少し長細い実をたくさんつけた樹が何十本も植えられている果樹園の様な一角が月明かりと松明の火で認識できた。この実は、モースモの実と呼ばれる果実で、前世で言う所の桃と同じ種類に該当している。世間では高級果実として販売されていて、何といっても糖質が非常に高くほんの少しの果汁で美味しいジュースやお酒が出来てしまう程だ。
基本的には、森の奥地に自然に成長しているため、そこそこの実力と運がなければ見つけるのは苦労するのだが、この場所は脅威となる魔物や獣が少なく。場所も最初に見つけてしまえば、多少苦労するだけでたどり着くこともできるのだ。
「なあ、言った通りだろ?今年は当たり年だな。急いで集めねえと他の獣たちに取られてしまうぞ」
威勢の良い男が、腰に着けていた袋の口を広げるとその袋の中に次々とモースモの実を入れていく。
明らかに見た目以上に物を入れる事が出来る袋。この袋は、魔法の袋と言って魔道具職人が特殊な素材と技術を用いて作る物で、所有者の魔力量に応じて容量を大きくする事のできる魔道具なのだ。
一見すると便利そうに見えるかもしれないが、実は魔道具にはいくつもの欠点の様な物がある。
一つ目は、大した効果のない道具でも値段が非常に高く一般人が気軽に買うには躊躇う程度に高いのだ。次に魔道具は、固有型と汎用型の二種類存在していて固有型は、所有者しか使用する事が出来ない。簡単に言えばこの威勢の良い男が持っている魔法の袋は、固有型の魔法の袋で近くにいるもう一人の男がモースモの実を袋に入れようとしても入れる事が出来ない。また、その逆も同じで袋に手を入れて取り出す事も出来ない。そもそも袋に手を入れる事さえできないのだ。これが固有型の特徴である。一般的な魔道具の八割程度は固有型の魔道具である。
では、汎用型はどうなのかと言うと所有者を必要としないため、誰でも使用する事が出来るのだが、固有型と違って容量も一定量しか入れられない。仮に百パーセント物を入れられる袋と同じ袋で固有型、汎用型の魔法の袋を用意した場合、当然最初の物は百パーセント以上の物は入れる事が出来ない。固有型と汎用型の魔法の袋は百五十パーセント入れる事が出来る。でも魔力量が高い人が同じ条件で行った場合、固有型は二百パーセントの物が詰められるのに対し、汎用型は先程と同じく百五十パーセントの容量しか入れる事が出来ないのだ。つまり汎用型は入れる容量が固定されてしまうと言う欠点があるのだ。
三つ目の問題としては、魔道具職人の腕で大きく性能が異なる点だ。同じ材料で同じ工程で作ったものでも、腕によっては二十パーセント分しか増えない者もいれば百パーセント分増える者もいるのだ。その振り幅が非常に大きく。性能が良いほど値段もその分高くなる。
ちなみに汎用型も値段は非常に高く、固有型の五倍近く高いのだ。しかも腕の良い者が作っても高性能な汎用型の魔道具はほとんど作れないのが、値段を高くしている原因の一つだろう。
四つ目が、魔道具作成の難易度だろう。かなりの知識と技術、そして器用さを求められるため、魔道具職人自体数が少ないのだ。
余談だが、レオンハルトたちがいるアシュテル孤児院には、固有型の魔法の袋と汎用型の魔法の袋があり、固有型は所有者がアンネローゼのため他の者は使う事が出来ないが、汎用型は皆で使用している。主に食材を入れている事が多い。
威勢の良い男は、固有型の魔法の袋にモースモの実を入れては、かなり満足そうな笑みを浮かべていた。
「ああ今年の出来は上物が多いな。これならいつも以上の値段で売れるぜ」
意気揚々と作業をしていた二人だが、そのうちの一人がある事に気が付いた。
「な、なあ、何かよく見ると樹の幹の至る所に傷が入っていないか?それに向こうには倒れた樹もあるし、足元も結構な数のモースモの実の残骸があるんだけどよー」
気弱そうな男が、手に持つ松明で足元を照らしながらそう発言する。
「ああん?そりゃ誰か先に来たんじゃねえか?くそッ、俺たちが一番乗りじゃねえのかよ。おい急いで集めろッ。また、そいつ等が戻ってきたら俺たちの収穫分が減っちまうからな」
威勢の良い男は、より品質の良い実を手に入れるため、少し高い位置にあるモースモの実を観察しながら採っていく。
気弱そうな男も威勢の良い男につられ先程よりも少し上のあたりの実を探し始める。
「おおーこれ何ていいんじゃ――っ!!ひっ―――ぐぶっ」
品質の良さそうなモースモの実に手を伸ばそうとした時、少し離れた位置から大きな足音と鼻息の荒い音が聞こえ、そちらへ振り返ると男の表情が一瞬に恐怖に青ざめ逃げようと向きを変えた瞬間、突如何かに轢かれたように気弱そうな男がその場から消えた。
「なんだ!!今の音は?」
突然の轟音に威勢の良い男は、すぐさま辺りを警戒し始める。この辺りは、魔物が少ないが、決していないわけではない。その事を知っているので、すぐさま左手に短剣、右手は剣の柄に手を置き構える。
「おーい。どこに行った?無事かー?」
警戒しながら、もう一人の男に声をかける。
「あぁ・・あがっ・・・・あぁっ・・」
威勢の良い男の耳にもう一人の唸り声が微かに聞こえた。仲間がまだ生きている事に安堵し、その仲間と先程の音の正体を探る。
パキッ!!グチャ!!
枝の様な物を踏んだ音と何か得体の知れない物を踏み潰したそんな音が後ろから聞こえ、音のする方へ振り向いた。
「おい。大丈夫か・・・!!なっ・・」
男の見た光景は、先程まで一緒にモースモの実を取っていた気弱そうな男が、腹部から血で赤くなった大きな禍々しい角が飛び出し、口からは大量の吐血、激痛による苦しそうな表情、そして何よりそんな状態で宙に浮いているのだ。
一瞬男は何が起こっているのか分からず、静止してしまうが、その時間もほんの僅かだった。
「おっ・・・・おい。う、嘘だろ」
威勢の良い男の持つ松明では、瀕死の男が宙を浮いている様にしか見えなかったが、禍々しい角の持ち主が一歩前に出た事でその正体の一角が顕になる。
男の腹から出た角がもう一本あり角と角の間には、特徴的な猪の豚鼻があり、瀕死の男の後ろから、赤黒く鋭い眼光でもう一人の男を見ていた。
気弱そうな男を瀕死の状態にした正体は、全身黒茶色の毛で覆われた全長七メートル程のギガントボアだ。
「た・・・・・・たす・・・・けぇ・・・」
瀕死の男は、まだ生に執着していたのだろう最後の力で手を伸ばし、もう一人の男に助けを求めるが、最後まで言い切るほどの力は残されておらず、助けを求めるために伸ばした手は糸が切れたかのように力をなくし、落ちて行った。
一緒に来た仲間の死をきっかけに男は恐怖に襲われ、半ばパニックのようになってしまう。
「う、うわぁぁあああああああああああ」
これでもかと言う程の音量で叫び、ギガントボアがいる反対の方へ身体を向け、全速力でその場を離れた。威勢の良い男の実力は、一般人よりは強い程度で、初歩的な攻撃魔法も使えれば、腰にぶら下げている剣もそこそこの腕を持っている。そんな男でさえ、逃げる事に全力を出すのだから、ギガントボアの恐ろしさ多少は理解できるだろう。
しかし、ギガントボアも男を逃がすつもりはないようで、首を思いっきり振る。
逃げる男の頭上を別の何かが追い越し、地面に転がる。男は、咄嗟にできた障害物を避ける事が出来ず、それに躓いて盛大に転倒してしまう。
「痛ってーなーーー」
転倒時に頭を強く打ち付けてフラフラとしながらも、何が起こったのか把握するため、その障害物を確認する。
この時、男は痛みからか、パニック状態に陥っていた状態が、多少冷静さを取り戻した。取り戻したが、それが却って良くなかった。
男の障害物となったそれは、先程までギガントボアの角に突き刺さって息を引き取ったはずの男の亡骸だった。
「――ッ!!」
声にならない悲鳴を上げてしまう。それと同時に一度冷静になったことで自分も目の前の亡骸と同じようになるかも知れないと言う恐怖心から先程逃げ回る行動とは反対の行動をしてしまう。
「こんな・・・・こんなところで死んでたまるかぁぁぁああああ」
すぐさま詠唱を始め、初歩的な攻撃魔法を放つ。放たれた無属性攻撃魔法『魔法弾』は、真っ直ぐギガントボアに向かって飛んで行き、何の抵抗もなくその顔に直撃した。『魔法弾』は、レオンハルトたちが最初の実技で魔法を出す練習の時に魔力の塊を作り出したが、その魔力を相手に打てば『魔法弾』と言う魔法になる。なので、本当に初歩の初歩と言う攻撃魔法の一つなのだ。
そんな魔法が果たして効くのだろうか?答えは当然わかりきっている。
着弾したギガントボアは、魔法攻撃で出来た煙が晴れると傷一つない姿で男の方を観察していた。
「っち!!」
攻撃魔法が通じなかった事から、すぐさま腰にぶら下げている剣の柄に手をかけ、そのまま抜剣する。それに対し、ギガントボアの方もこれから突撃をするとでも言うように前足を蹴って走り出すタイミングを伺っていた。
動き出したのは男の方だ。一直線にギガントボア向けて走り出す。ギガントボアも相手が動いたことで動き始める。初めに男の方が動いたのに、スピードはギガントボアの方が早い。
男は、ギガントボアの突進をギリギリの所で右へ回避し、反撃とばかりに剣をギガントボアに突き立て、相手の突進の力で切り裂こうとするが、剣先がギガントボアに触れた瞬間。強固な身体と突進力に剣の耐久度が負けてしまい、無残に砕けてしまった。最悪な事に砕けた剣の破片が男の身体に突き刺さってしまった。
だが、男にはその痛みを味わう事はなかった。
何故ならば、男は自分の身体に剣の破片が突き刺さっている所を見ていたからだ。そして、見ていた光景は空、地面、身体とローテーションするように変わっていき、最後は地面に激突しながら首から上が無い自分の身体が倒れ込む様子を見ながら、意識を失っていった。
何が起こったかと言うと、ギガントボアには無数の突き出た骨が刃のようになっていて、前足の方辺りから横に突き出た骨の刃は回避の時に偶然当たる事はなかったが、剣が砕かれた時には後ろ足の所から横に突き出した骨の刃が男の首の所にあって、そのまま首を切断したのだ。
ギガントボアの恐ろしいところは、驚異的な頑丈さと、無数にある骨の刃、それに加え突進力の強さがあげられるが、逆に弱点としては普通の猪と同様にほぼ一直線の攻撃になるので、逃げる際にジグザクに逃げれば生存率があがる。
そういう意味でも最初にパニックを起こし逃げたのは、ある意味正解だったのだが、冷静さを取り戻したことで間違った選択肢をこの男は選択してしまったのだ。
ギガントボアは、横たわる二人の亡骸を近くにいたボアと一緒に、バキバキと音を立てながら捕食していった。ボアやギガントボアにとっては、モースモの実を食べに来ただけだったのだが、運良く人間と言う肉を得る事が出来、満足そうな感じで森の奥へ姿を消した。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
構成は作っていたのですが、文章の言い回しが非常に難しくて所々おかしいかもしれませんが、また読んでくれるとうれしいです。ご意見・ご指摘もよろしければ、お願いします。
次回は、25日までには投稿したいと思います。