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028 実験

皆さま、おはようございます。こんにちわ。こんばんは。

さてさて、魔族が登場し始めましたね。前回はあっさり倒してしまいますが、今後はどうなるのでしょうね。


執筆していて思うのですが、時間の書き方は難しいとつくづく思います。

一時間を半刻とし、二時間で一刻。では五時間の場合は、二刻半なのだろうか?

五時間三十分は二刻四半刻??になるのかな。

もういっその事、二刻半程とか三刻弱の様な表現が良いのかもしれないな・・・。

 レオンハルトが魔族との戦闘を終える頃、イリード支部の支部長ギルベルトに指名依頼をされたダーヴィトとエッダは、街の門を潜り目的地へ向かい移動を開始していた。


 依頼内容は、消息を絶った新人冒険者とその新人冒険者の捜索を行い、同じく消息不明になったベテランの冒険者の捜索だ。


 本来であれば受けない依頼なのだが、依頼者がレオンハルトの知り合いで、支部長を務める人物から直々に言われれば、断りにくい部分もあった。


 まあ、レオンハルトやシャルロット、リーゼロッテが居ない為、そこまで無茶をするつもりもない二人は、取り敢えず現場の下見も兼ねて向かう事にしたのだ。


 馬を走らせて既に四半刻が経過した頃、漸く目的地である森が見えてきた。


 最初に消息を絶った新人冒険者のアルニム他二人。三人ともH(エイチ)ランクとこの場所に来るには森に入らなければ丁度良い感じだろう。だが、恐らく興味本位で森へ入った。


 森に入ってもそこまで奥に進まなければ、多少危険な目に遭うぐらいで命を落とす事も少ない。三人も消息を絶ったと言う事は、森の奥に進んだか、森の入り口付近で何かあったのかと推測が出来る。


 しかし、新人冒険者だけでなく。それを捜索に来たダーヴィトたちと同じランクのベテラン冒険者までも消息を絶っている。


 二人は、その場所にたどり着くと今一度、周囲への警戒を強めた。


「エッダ何か感じるか?」


 森に入ってもいないのに既に戦闘態勢のダーヴィト。魔物の気配どころか獣の気配すら感じられない。静まり返ったその一帯は昨日とはまるで違う嫌な空気を漂わせていた。


「何も感じない。けど何か様子がおかしい気がする」


 エッダにもその空気を感じ取っていた様だ。彼女は五人の中で一番、周囲の気配を探るのが苦手なのだが、そんな彼女でも分かる状況なのだから、この場所にレオンハルトやシャルロットが居たら、直ぐにその違和感が何なのか、何処から来るのかを把握できていたかもしれない。だが、この場所に二人は居ない。


 エッダも自身の武器を取り出し構える。


 意を決して、二人は森の入り口辺りを隈なく探し、何らかの痕跡がないか調べた。


「痕跡らしい痕跡は見当たらないな」


 戦闘やその戦闘で負った血の跡、草を踏みつけた後や地面に残る足跡などを注意深く見ていくが、それらしいものは何も発見できずにいた。


 入り口付近でなければ森の中に入り込んだ所だろうかと考え、生き物の気配が全くしない異常な状況下の中、逆に彼ら二人の警戒度を強め、奥へ進んだ。


 少し離れた位置から見ていた。品の良さそうな白髪の老人とその傍に佇む二人の人物。老人はお年寄りと言う年齢に見えるが、腰は曲がっていないどころか寧ろ恐ろしいほど姿勢が良い。それでいて何か貫禄の様なものをひしひしと感じさせられる。


 二人の人物も一人は、紺色の髪の青年でもう一人は灰色に少し青色を足した様な藍鼠(あいねず)色の髪の青年だ。


「おや?実験にちょうど良さそうな方々がお見えのようですね」


 白髪の老人の言葉に二人が、何か嬉しそうに準備を始める。


「コルヴィッツ様、準備が整いました。何時でもスクリームを放てます」


 藍鼠(あいねず)色の髪の青年スヴァルドが、老人に声をかける。その事に相槌を打つ紺色の髪の青年ヴァリアン。


 コルヴィッツと呼ばれた白髪の老人は、スヴァルドの言葉を聞き、そのタイミングを見計らう。そして、彼らが一瞬何かを発見したのであろう。立ち止まり地面を凝視したその瞬間。合図が出てレオンハルトが遭遇したスクリームとは若干異なるスクリームが投入される。


 合図が始まる前は、時間が停止しているかのように全く動かず気配すらなかったのだが、合図と共に止まった時間が動き出したかのように急に活発になりだしたスクリーム。気配も感じられるようになり、雄叫びと言うか悲痛な叫びをあげる様な声を発したのち、ダーヴィトたち二人を目掛けて猛進する。


 急に現れた気配を感じたダーヴィトたちはすぐさま、武器を構える。新人や少し腕に自信がある冒険者では、対処できないそんな気配だ。


 叫び声がする方から何やら此方に近づいて来る足音の様なものが聞こえ始めた。


 ――ッ!!


 二人はその叫び声の正体を目視し、驚く。それはまるで人の形をした何か。格好からして冒険者の身なりをしている所を見ると先日から行方不明になっている新人冒険者とベテラン冒険者だろう。ただそれ以外にも農民の様な格好の者も入れば、兵士の様な鎧を身に着けた者も居た。


 その数はニ十体。人の形をした生きた屍。だが、アンデットで有名なゾンビの類にも見えない。人が化物になったと言う方が表現としては正しいのかもしれない。


 動きの素早さは自分たち以上だと判断し、且つ剣を交えなくても分かるぐらい危険な生き物だと認識した。数も多い事から、今いる場所での戦闘は不利になると判断したダーヴィトは、すぐさまエッダを連れてその場を離脱。


 逃げるわけではなく、彼らの向かう先に少し開けた場所があるためそこで迎え撃つための離脱だ。しかし、その場所へ向かう前に今のままではその何かと接触してしまう。


「エッダッ!!木だッ!!木を倒して進路を塞げ」


 指示を出すや否や、装備していた盾を使って思いっきり木の幹を抉るように攻撃した。半分ほど抉れた木はそのまま、何かの進路を塞ぐように倒れる。続け様にエッダも槍を使って細めの木を切り倒した。


 槍は斧や剣などの武器と違い、横薙ぎの攻撃での斬りつけはそこまで威力を発揮しない。そもそも突く事を主にした武器の為、ダーヴィトが倒した木と同じ木を倒そうとするには、彼女の技術ではまだ無理なのであった。


 開けた所が見え始めた瞬間に木を足場にして両サイドからスクリームの攻撃を受ける。咄嗟にダーヴィトは盾を、エッダは槍で二体のスクリームの攻撃を防ぎ、その勢いのまま広場へ飛び出した。


 バックステップで更にスクリームとの距離を取る。すると先程攻撃してきたスクリームを含めニ十体のスクリームが姿を見せた。


「んー。七十六番と七十八番は、思いのほか速さがあるようですね。逆に八十一番は遅いですね。此方はたしか・・・・そうでした素材は農民のおじさんでしたね。もう少しふくよかな体格の七十番よりも遅いと言う事は、八十一番は改良の余地がありますね」


 ダーヴィトたちよりも少し離れた位置で観測していたコルヴィッツは徐にその実験の内容を羊皮紙に記載する。同じように傍にいたスヴァルドとヴァリアンもそれぞれの担当のスクリームの観察を行っていた。


「コルヴィッツ様、七十番も改良の余地がある。素材となった人間の体格は然程、変化はないと博士は言っていた」


 ヴァリアンは、端的(たんてき)に自分の担当のスクリームの報告をコルヴィッツへ行う。


 そんなやり取りをしている一方で、ダーヴィトとエッダはニ十体ものスクリームと互角の戦闘を繰り広げていた。ダーヴィトの持つ盾で攻撃を防ぎ、もう片方の盾で攻撃を、幾重にも繰り広げられる攻防が、まるで歴戦の冒険者の様に激しさを増す。


 エッダの方も同様に、レオンハルトと出会う頃よりも数段槍の扱いがうまくなっていて、四方八方から襲い掛かるスクリームを的確に攻撃を当て、後方に吹き飛ばす。


「ダヴィッ!!」


 突如、彼の名前を呼ぶエッダ。ダーヴィトもその意味を理解したのか、盾を正面に構える。ダーヴィトが構える前に走り出していたエッダは、構えると同時にその盾を踏み台にして上空へ高く跳躍した。勿論、彼女だけではそれ程高く跳躍は出来ない。だが、ダーヴィトがエッダの乗った状態の盾を上へ押し上げる事で、跳躍の高さを稼いだのだ。


 空中へ押し上げられたエッダは、木の上から襲い掛かってきたスクリーム数体を一閃し、撃退した。


 スクリームも無暗に突撃しても意味がない事を悟ったように攻撃手段を変えてきたのだ。


 これには、観測するコルヴィッツたちも関心を示した。この実験の発端となった博士なる人物の話によれば、スクリームの知能は獣以下と言う事だったのだ。考えなしに特攻し、敵を蹂躙するそう言う風に聞いていたし、これまでの実験でも此処まで知能を付けたスクリームは居なかった。


「おー百番台の四体は知識が備わっているようですね。素材となった人間は・・・」


 コルヴィッツは、事細かく実験体となった素体の人間の情報を確認。魔法使いに商人、盗賊の下っ端、狩人。年齢も性別もバラバラの四人。共通点も何も見つからない事からやはり人間の素体は関係ないと言う事なのだろう。そのあたりの事も詳しく羊皮紙に記した。










 ダーヴィトとエッダが、森でスクリームと激しい戦闘を繰り広げる中、二人の人物がイリードの冒険者ギルドへ足を踏み入れた。


「あれ?まだ誰も集まっていないみたいね?」


 リーゼロッテの言葉にシャルロットも頷く。一応隈なくギルド内を見渡したが、ダーヴィトたちは疎かレオンハルトの姿もなかった。念のため『周囲探索(エリアサーチ)』で三人の気配を探すも発見には至らず、少し早かったのかと考え、三人が来るのをギルド内にある食堂兼酒場となっている場所の一角で待つ事にした。


 しかし、それはあっと言う間に終わりを告げる。


 冒険者ギルドに入ってきた二人を見た受付の職員は、すぐさまギルベルト支部長のもとへ報告に向かったからだ。報告を聞いたギルベルトは、支部長室を出て、彼女たちの元へ向かう。


「シャルロット、それにリーゼロッテ。二人に伝えておくことがある」


 お茶をしながらゆっくり三人が来るのを待っていた二人は、突然現れたギルベルトを見て少し驚きを見せる。普段はレオンハルトが一緒にいる時に面会していたが、彼抜きでギルベルトと話すのはこれが初めての事であった。


 神妙な表情のギルベルトを見たシャルロットは、何か嫌な予感を覚え、リーゼロッテは何事だろうと様子を伺った。


 レオンハルトの事ではなく、ダーヴィトとエッダの二人の事についてと言う事で、詳しい話はこの場ではできないと言われたため、支部長室まで同行し事情を聴いた。


 ギルベルトの話の内容は、数日前に行方不明になった新人冒険者が居るとの事。これはよくある事で、冒険者が自分の力量を見合い誤り魔物に殺されると言う事だ。しかし、聞けば新人の冒険者の行方が分からなくなったのは、森の入り口近くとの事だ。


 余程の事でもない限りまず、全滅する事はあり得ないそう言う場所だ。更にその捜索に当たったベテラン冒険者も行方不明になったと聞かされる。アーミーアントの時の様な異常事態が起こっているのではと踏んだギルベルトは、ダーヴィトとエッダの二人に指名依頼で調査をお願いしているとの事。


 その調査に二人も参加してほしいとの追加の指名依頼とダーヴィトたちに自分たちが依頼を受けた事を知らせてほしいとの伝言も頼まれていたのでその報告も兼ねて伝えた。


 リーゼロッテはどうするか考えていたが、シャルロットは依頼を受ける事を即決する。


 日頃、レオンハルトの意見を尊重しているシャルロットにしては、珍しい程の即断即決。逆を言えば、それ程不味い状況かもしれないと、目の前を走るシャルロットの背中を見ながら考える。


 リーゼロッテにとって、シャルロットと言う人物は、最も親しい親友で、且つ憧れの存在だ。基本的にはレオンハルトから教わった弓術と魔法の中遠距離攻撃を得意としているが、彼女の走る速度や足捌きからも判断できるほどに近距離戦闘も危なげなくこなせてしまう。


 実際には、近距離戦闘をしている所見た事は無いが、間違いなく自分と同等かそれ以上だとリーゼロッテは感じ取っていたのだ。


 それだけでなく、魔法もアシュテル孤児院にいた時魔法に優れたヨハンを軽く上回る魔力量と魔法適正。レオンハルトと言う天才が居るから霞んでしまいやすいが、彼女も天才と呼ばれるだけの才能を持ち合わせている。


 その彼女が此処まで焦っているのだ。自分には分からない何かを感じているのだろう。


「リーゼちゃん。門を出たら転移で一気に森まで飛ぶよ」


 前を走るシャルロットが声をかけ、走る速度を落とし始める。目の前には大きな外壁、その道の先に街の外へ出るための門が見え始めたからだ。


「おや?二人とも急いでどうしたのかい?・・・ああ、そう言えばお仲間が午前中に森へ向かって行っていたね」


 門兵に冒険者ギルドで発行されるギルドカードを提示し、確認している間にもう一人が不思議そうに声をかけてきた。


 あまり長話も出来ないし、向こうも他の人のチェックもあるため、一言だけ言って街を出た。人目の少ない場所へ移動したら、シャルロットが『短距離転移(ショートテレポート)』を発動させて、一気に森の入口まで移動した。


「周囲に敵は・・・・いない。人も・・・いなさそうね」


 『短距離転移(ショートテレポート)』で目的地周辺に到着した瞬間に今度はリーゼロッテが『周囲探索(エリアサーチ)』で周囲を警戒し始める。


 当然、シャルロットも発動させ、確認したが、魔物や人どころか小さな小動物の気配すら感じられない状況。


 しかし、リーゼロッテの索敵範囲よりもシャルロットの方が広範囲に調べる事が出来るため、索敵範囲ギリギリの場所で複数の気配を捕える事が出来た。


「・・・居た。二人ともまだ無事みたいだけど・・・・戦闘中?な、何この敵はッ!!」


 その数はニ十体。二対二十と言う数の戦力差的にはまあ普通か少ない程度だろう。多い時は百近い数の敵を倒す事も冒険者は行わなければならない。だが、今回は戦っている相手が人の様な人でない何か。それが、ニ十体もいる上に強さも二人ほどではないが、新人の冒険者では歯が立たないレベルの強さを備えている。


 『(イーグル)(アイ)』で確認したが、戦闘によるダメージも余り感じさせないと言うか、不死身の様な感じに見える。


 そうこうしていると、ダーヴィトが敵の攻撃を受け止めきれず、転倒。そこを畳みかける様に襲って来ていた。


 距離はかなりある状態にもかかわらず、シャルロットはすぐさま弓を構え、魔法の矢を連射する。その後リーゼロッテへ二人の居る方向を教え向かってもらい。シャルロットは、二人がいる位置から少し離れた場所へ向かった。










 本来なら防御に使う盾で襲い来るスクリームの集団を殴ったり、体当たりをしたり、更には円盤投げの様に投げたりして敵を倒すダーヴィト。一方で、巧みに槍を操り近づく者を寄せ付けない戦い方をするエッダ。


 二人が戦闘を始めて彼此半刻が過ぎようとしていた。


「はあ・・・はあ・・・いい加減倒れろよ」


 スクリームを倒しても直ぐに起き上がり襲い掛かる。本来ならば、強烈な一撃を受ければ、痛みで肉体の動きに制限がかかるし、最悪そのまま動けず死に至る事もあるが。何故か戦っている敵は、痛みを感じていないのか、復活が異常に速い。


 それどころか、普通死んでいても可笑しくない攻撃も平気な顔で向かってくる。心臓部分に槍の刺突を食らわせたり、首の骨を折っても襲って来る。まるでアンデットと変わらない生命力だ。アンデット系の魔物は、基本的に動きが遅く耐久力もないので、動けなくなるほどの攻撃を与えたり火などで燃やしたりすれば、対処できる。


 だが、この敵は動きが素早い上に耐久力もアンデット系よりも数倍あり、どうやって倒すのか見当がつかない。痛みがない上体力の消費も見られず、頼みの火の攻撃もやけど程度で、苦しんだ様子は一切なかった。


 因みに火の攻撃は、魔法ではなく。ジャンルとしては科学にあたる方法を用いた攻撃で、その道具を作成したのが、言わずと知れたレオンハルトだ。


 土器製の瓶に油を入れ、蓋部分を乾燥した藁を詰め込んだ簡単な作りの代物。その藁に火をつけて相手に投げれば、当たった衝撃で瓶が割れ藁の火が油に引火する。これを始めてシャルロットが目にした時は、火炎瓶ッ!!と驚いていた。


 その火炎瓶とやらをレオンハルトから頂いた魔法の袋から取り出し、火をつけて投げたのだ。瓶が割れた瞬間に一気に燃え上がる炎。初めて実戦で使用したが、その火の勢いに驚く暇もなく襲い来る敵に対応しつつ観察した結果、効果なしと判断したのだ。


「しまッ――――ぐっは」


 三体のスクリームが突進してきた事で、盾を構え守っていたダーヴィトだったが、衝撃の強さをまともに受けてしまい、後方へ吹き飛ぶ。


 転倒した先に別の個体のスクリームが待機していたかのように存在しており、タイミングよく襲い掛かってきた。


 ダーヴィトは盾を構えようとするが、腕を電撃が走った様な痛みが襲い構える事が出来ず、エッダもその様子を見ていたが、到底間に合う位置ではない。


「く・・・っそ・・・」


 諦めかけた瞬間、目の前のスクリームが何かに襲われ、その場からいなくなってしまった。どこへ移動したのか確認すると、ダーヴィトの直ぐ近くの地面に張り付けられるように倒れていた。その身体には、無数の魔法の矢が両手足を射抜き地面に固定させて動けなくなっており、他の個体のスクリームも同様に地面に張り付けられていた。


「こ、この攻撃はシャルちゃん!?」


 エッダが、その存在を確認すると同時に鮮やかな赤とピンクの閃光が目の前横切る。


「―――遅いッ!!」


 リーゼロッテの剣技『ライズクロス』で敵に二連斬りを行い。剣を持つ手とは逆の手に留めていた火属性魔法『火球(ファイヤーボール)』で別の個体を燃やしにかかる。


 それを遠くで観察していたコルヴィッツたちは、急に現れた増援に驚きの表情を示す。自分たちが認識した時には既にスクリームは攻撃を受けていた。特に未だに何処から攻撃しているのか特定できない魔法の矢の使い手。


 コルヴィッツ自身、それ程高い索敵能力は持ち合わせていないが、この場にいる他の二人よりは優れている。それが、自分の索敵範囲外からの精密射撃。驚きを通り越して感心してしまいたいぐらいであった。


 そして、気が付けばすべてのスクリームが地面に張り付け状態にされていた。


 だが、スクリームもただ張り付けられるだけでは止まらない。両手足や身体を強引に動かし地面から矢を引きはがしたり、身体が抉れるのをお構いなしに抜け出したりして、その拘束を解いていた。解いていたが、解いた傍から次々飛来する魔法の矢にすぐさま地面に張り付けられている。


 恐ろしいほどの正確な精密射撃である。


 その間に、リーゼロッテは手持ちの水薬(ポーション)で、ダーヴィトとエッダを治療し、ダーヴィトの左肩の脱臼を急いで元に戻した。


「助かった。良く此処が分かったな?」


「ええ。ギルベルト支部長が教えてくれました。それより今は此処をどうにかしなければ」


 簡潔に今の状況を教えてもらうリーゼロッテ、何せシャルロットに方角だけ聞いて救出に向かったため状況が全然で分からない。だが、それはダーヴィトたちも同じであった。この敵が何なのか。何処から現れたのか。どうやって倒すのか。分からない事だらけだと言う。


 ただ分かる事もあるようで、攻撃は噛みついて来たり、鋭く伸びた爪で切り裂こうとして来る事。心臓や頭部を破壊したり、首を折ったりしても平気で蘇る事。痛覚を感じない事。アンデット系の魔物に似ているが動きが恐ろしいほど俊敏と言う事だ。後、火も余り効果がない様子と言う事も教えてもらう。


「・・・・それと、微弱だけど自己修復能力もありそうね」


 ダーヴィトの話を聞き、その人間の姿をした魔物らしき生物を観察していると、先程『ライズクロス』で斬り付けた傷が浅くなっている事に気が付く。


「シャルちゃんが、拘束している間に何処が弱点なのか検証しましょう」


 そう言って、一番近くに居るスクリームへ近づこうとしたところ、此方へ向かって来る二つの気配を感じ取った。


 急いで二人に注意を促し、武器を構え直す。


「ほほう。中々良い感をしておりますねー。向こうのお嬢ちゃんも侮りがたいが、此方のお嬢ちゃんも同じようですねー」


 空から飛来してきた白髪の老人と紺色の髪の青年が姿を現す。二人とも肌が青白く、瞳孔は人の丸型とは異なり、どちらかと言うと獣に近い鋭い楕円型をしている。また、背中には蝙蝠の様な羽があり、頭部からも二本の角の様なものがあった。何処から見ても人には見えない二人組。


 青年の方は、恐らくレオンハルトと同等かそれより下と言う感じの実力があると推測できたが、もう一人の老人は、まるで分らない。一つ言える事は確実に自分たちよりも格上だと言う事。


 しかも、その老人はシャルロットの事も認識している様子だ。リーゼロッテは隙を作らない様に最大限警戒しながら『周囲探索(エリアサーチ)』を行うと、シャルロットの方にもそいつらの仲間が一人近くに居る様で、気が付けば魔法の矢による援護攻撃も止んでいた。


「さて、君たちとの戦闘でスクリームの良いデータが取れました。しかし、これ以上は此方の情報を与えるわけにも行きませんからね。君たちには此処で退席していただきましょう」


 どこかに仕える様な執事服の様な格好の白髪の老人は、何処からともなく取り出した。白い手袋をはめ、非常に爽やかな笑顔を見せながら近寄ってくる。笑顔とは反面、滲み出るオーラは殺気に近いもので、老人の言葉の退場も明らかにこの場から退場するのではなく。生きる事を退場させられるのだろう。三人は直感的に悟った。


「これは・・・・本気で行くしかないな」


 ダーヴィトとエッダは、身体強化を付与された魔道具で、身体能力を向上させ、リーゼロッテは、自身に身体強化の魔法を施す。


 単独で攻めても勝ち目がない事は、最初から理解していた三人は、何の打ち合わせもないまま息がぴったりのタイミングで三人同時に攻撃を繰り出す。


 リーゼロッテの『ライズクロス』、ダーヴィトの『シールドブレイク』、エッダの『スターシスクイン』が白髪の老人コルヴィッツを襲う。


 『ライズクロス』は先程も使った技で、二連撃の斬撃を通りすがる際に切り込む技で、『シールドブレイク』は、『シールドストライク』の強化版で盾の淵の部分で相手を殴りつける技だ。『シールドストライク』の倍以上の威力を誇るが、大振りで隙も出来やすい。


 『スターシスクイン』は、槍の連続突きだ。最大で九連突きを行い。突きの速度は熟練者になれば、すべてを認識する事すら難しいと言われる技だ。


 三人の攻撃を受けるコルヴィッツだったが、彼は何気ない様子で表情も崩さずに三人の攻撃をすべて防いでしまう。それも驚異的な実力差を持って。


 リーゼロッテの『ライズクロス』を右手の人差し指と中指だけで受け止めたと思ったら、左手はエッダの繰り出す九連突き人差し指だけで全て受け止めており、五連突きぐらいのタイミングでダーヴィトの『シールドブレイク』が正面中央から打ち込まれようとするが、リーゼロッテの攻撃を受け止めた後に方向を変え、そのままダーヴィトの攻撃を受け止める。


 男と言う性別もあってか、ダーヴィトの攻撃は左手でしっかりと受け止められたが、初めて指ではなく手で止める。そのまま力押しで攻めるとともに、最終的には受け流されたリーゼロッテが、流された状態からその軌道を生かすように左下から右上に切り上げようとする。


 しかし、その事も既に把握済みのコルヴィッツは、九連突きの最後の突きの槍の先端部を掴み、そのまま左手を右のへ振り抜く。するとエッダは、その事により左側へ吹き飛ばされ、その同線上にいたダーヴィト、リーゼロッテを巻き込みながら、三人共々吹き飛ばされてしまう。


 吹き飛ばされた三人は、近くの木の幹に身体を激しくぶつけ、そのまま地面に横たわる。


「ぐっ・・・・」


 苦痛の声が漏れる中で、コルヴィッツは何事もなかったかのように、服に付いた埃を叩き落とす。そして、もう一人の同伴者スヴェルトにスクリームを跡形もなく証拠を処分するように指示を出した。


 このスクリームはあくまで実験の為のデータ収集を行っており、人間や獣人、亜人などにこれらの情報を分析されるのは得策ではないし、現段階では実践投入の指示も出ていない。初めから実験結果が取れたら処分する対象だった様で、指示を受けた青髪の青年は、平然とした表情でスクリームを消滅して回った。


「さて、此方の始末はもう少しで終わりますし、向こうもそろそろ・・・」


 コルヴィッツが言い終える前に後方をすさまじい勢いで何かが通過する。


 その何かは先程コルヴィッツが話題に上げようとしていたもう一人の仲間だ。その人物を単体で援護していたシャルロットの元へ送っていたのだったが、返り討ちに合い満身創痍の状態で地面に倒れていた。


「ヴァリアンッ!!」


 藍鼠(あいねず)色の青年は辛うじて息をしていたが、かなりの深手を負わされている。スヴェルトは、同胞の姿を目にして怒りを込み上げる。だが、スヴェルトとは対照にコルヴィッツは、ヴァリアンが飛ばされてきた方向を冷静に凝視する。


 そこから、一人の少女が姿を現した。全身を纏う魔力の密度は、これまで実験材料として使用した人間の比ではない。


「皆大丈夫!?あなたが私の仲間を傷つけたのね?」


 シャルロットは、何処か冷静にそれこそレオンハルトが極稀に敵に見せる冷たい態度によく似ている物がある。まあレオンハルトの一番弟子とも呼べるような存在なのだ。怒りを示す場所も似た様な感じになるのだろう。


「ええ。お嬢さんは私の力を目の当たりにしても恐れないのですね?魔族と対面した事がおありなのかな?」


 ここにきて漸く自分たちの対戦相手の事を相手の口から聞かされた。リーゼロッテやダーヴィトたちもコルヴィッツたちの異様な姿を目にした時、頭の片隅に魔族の言葉がちらつかせたが、本来魔族がこの場所にいるとは到底思えない為、確信できずにいたのだ。


 シャルロットは、そんな問いに対して首を横に振る。


 魔族と人間、獣人、亜人とで昔から戦争が繰り広げられている事は、リーゼロッテの母親が経営するアシュテル孤児院にいた頃、勉学で身に着けていた。そして今尚国同士で戦争をしている事も知っていた。だが、こうして魔族に合うのは此処にいる四人全員初めての事である。


 出会った事もなく、ましてや仲間が一撃で倒されている惨状をみて、恐怖を抱くどころか敵対心を静かにむき出してきたシャルロットに、俄然興味を示すコルヴィッツ。


「き・・・貴様ッ!!よくもヴァリアンを!!」


 冷静さを欠いたスヴェルトは、コルヴィッツが止めるのを振り切り、シャルロット目掛けて襲い掛かる。


 怒りに身を任せた豪快なる一撃。手に持つ武器を使用せずに素手で殴りかかろうとする当たり、余程周りの事が見えていないのだと悟ったシャルロットは、相手に合わせる事無く即座に魔法を発動させる。


 荒れ狂う暴風がスヴェルトを襲い。彼女に近づくどころか逆にヴァリアン同様後方へ吹き飛ばす。


 風属性魔法『空気砲(エアロカノン)』。レオンハルトがギガントボア戦で見せた魔法。それをより威力を増して放った。まともに当たれば強固な大木でも簡単に打ち砕く威力を持った魔法を文字通りスヴェルトに直撃させた。


 ヴァリアンの時は魔法の矢と併用して追い詰め、遠距離攻撃と見せかけた瞬間、ゼロ距離まで近づき拳に留めておいた風属性魔法『嵐拳(テンペストブロー)』をヴァリアンの鳩尾(みぞおち)にダイレクトに直撃させて、戦闘復帰できない程の傷を負わせた。


 『空気砲(エアロカノン)』をまともに受けたスヴェルトは、地面に赤い液体を口から垂らしながら苦痛の表情を浮かべ起き上がろうとする。


 シャルロットはそのまま、治癒魔法を即席でアレンジした矢を作り上げ、リーゼロッテたちにその治癒効果のある魔法の矢『治癒の(ヒーリングアロー)』を撃ち込んだ。一定範囲にいる者を癒す『範囲治癒(エリアヒール)』でも良いと思われるが、回復力を考えると此方の方が高い為、新しく魔法を作り上げたのだ。傷の治りで言えば『範囲治癒(エリアヒール)』以上『中級治癒(ハイヒール)』未満と言ったところだろう。


 『治癒(ヒーリング)(グアロー)』を受けた三人の傷は、綺麗に消え去りコルヴィッツから受けた痛みも傷と共に消える。


「シャルちゃんありがとう。さて、私も切り札を切らせてもらいましょうか」


 そう言った途端にリーゼロッテは、自身の保有する魔力を増幅させて制御し始める。それに釣られるようにシャルロットも切り札の一つ『風精霊(シルフィード)化身(インカーネーション)』を発動。


 ダーヴィトとエッダは、レオンハルトからもらった身体強化が付与された腕輪の効力を発動させると共に、ダーヴィトは普段使う二つの円形のバックラーではなく。背中に装備していた楕円形のやや小さめの盾をバックラーの代わりに装備する。この新装備の盾は、レオンハルトの試作品の盾の一つだそうで、完成には至っていないが、使い捨てとして利用するにはかなり性能が良い盾だ。エッダは自身が持つ氷の魔装武器の能力を発動させ、周囲の温度を僅かに下げた。


 下げたが、体感的には分からない。何せエッダの隣で赤い魔力を身に着けたリーゼロッテが立っているからだ。


 彼女が発動した魔法は、火属性魔法『烈火闘気(エンハンスイグニション)』。身体強化魔法の火属性版と言ったところで、通常のものよりも攻撃力が高く。身に纏う魔力は、エッダの氷の魔装武器と対照的な熱量を有した物となっていて、彼女の周囲は温度が少しだけ上がった。


 分類として、魔力消費量と魔力制御に力を注ぐため、中級に位置しながらも使い手は、中級以上の火属性の魔法が使える者の中で、三割程度しかいない代物だ。


 それぞれの体制が整った所で、四人は魔族討伐に立ち上がる。


 相手が魔族・・・下級か中級、上級なのか分からないが、下級でも腕の立つ者が数人がかりで挑むような相手。それが負傷させているのが居るとはいえ三人もいるのだから、出し惜しみをする訳にはいかない。そういう意味もあり先程、使用しなかった切り札を此処で使用する事にした。


 氷の槍と炎の剣が怒涛の刺突と斬撃を繰り出し、試作の使い捨て盾・・・現段階での名前はシザーシールド。楕円系の盾が、まるで鋏の様な形になり、敵を分断させる代物だ。


 使い捨てなのは、鋏を使用すると元の盾に戻らないどころか、閉じたまま開く事も出来ない欠陥品だからだ。


 保険として持たせていた半面、使える機会があれば使った感触を教えてほしいと頼まれてもいた。


()らえ、『シザーアンカー』」


 二人の攻撃のタイミングを見計らうコルヴィッツに対し、一瞬だけ対応できない隙をついたダーヴィトの一回限りの攻撃がコルヴィッツの身体を(とら)える。


「その程度では、話になりません」


 『シザーアンカー』をまともに受けたにもかかわらず、分断どころか、盾鋏を閉じきる事すらできなかった。ダーヴィトは、咄嗟に防御の体勢を取るもその姿勢の上から、強烈な拳が彼を襲う。


 後方に吹き飛ばされ、二人の攻撃を掻い潜りダーヴィトへ追撃を行おうとコルヴィッツはその場を飛び立つが、追撃はさせないと言わんばかりに、シャルロットの連続攻撃が行く手を妨害する。


 通常よりも数十倍に跳ね上がったシャルロットの攻撃は流石のコルヴィッツも、追撃を断念し、自分に向かって来る攻撃をすべてたたきをとした。


「とんでもない速さね」


 シャルロットの攻撃を捌ききるコルヴィッツを見て、今更と思ってしまう事を自然と声に出していた。


「くふふふ。貴方はやはり良いですね」


 コルヴィッツは、余裕笑みを浮かべながら、更に攻撃の速度を速める。


(このままでは・・・・・)


 シャルロットは次第に焦りを覚え始めた。このまま攻撃を与えられない状況が続けば、此方がジリ貧になってしまう。まだ、彼女の魔力量は余裕があるが、現段階において魔力消費の激しい『烈火闘気(エンハンスイグニション)』を使用するリーゼロッテ。身体強化の魔法が付与された腕輪の魔道具の残りの魔力量とエッダの氷の魔装武器の残り魔力量。使用量から考えても四半刻持てばよいと言った状況だ。


 決定打が乏しいシャルロットからすれば、皆が動けなくなるのは不味い上に『転移(テレポート)』で逃げれば、この魔族はイリードへ進行する可能性も十分あり得る。


 出来れば倒すか、撤退させる様にしなければならない。


(どうしたら・・・・え?この反応・・・まさか!!)


 何かを感じ取ったシャルロットは、先程の得た情報を仲間たちに伝えず、それでいてこの後の行動を皆に伝える。


「リーゼちゃん。それにお二人も。大技を決めるからその間だけで良いから敵の攻撃を食い止めて」


 大技を準備する片手間で、風属性魔法『空気鎚(エアロハンマー)』や『空気砲(エアロカノン)』などで、コルヴィッツの動きを封殺しにかかる。


 動きを止めたコルヴィッツ相手に三人は、持ちうる力を最大限に活用して、勝負に出た。赤き剣閃と青白い槍閃が先程の攻撃よりも数段上回った速度で攻撃。ダーヴィトも収納できず開きっぱなしの盾鋏を素手で強引に閉じ、楕円系の盾が二つに分断されたような形になり、それを武器として使用するかのように、尖った先端で殴りつける。


「燃え上がりなさいッ!!『イグナイトブレイヴ』、そして『パワークラッシュ』」


 リーゼロッテの連続技を片腕で防ごうとするが、先程よりも強い斬撃がコルヴィッツの腕に深く食い込み、そこから滲み出るかのように血が出始める。


「今度こそ当たれー」


 エッダも攻撃の速度を上げたようで、さっきの戦いでは易々と止めていた連続突きも数発に一度は身体に突き刺さり始める。


 三人の攻撃に意識を集中させているコルヴィッツ。ダーヴィトの攻撃も彼に当たるかと思った瞬間にスヴェルトがその戦いに乱入。ダーヴィトの攻撃を自身の身体で受け止め、更に反撃と言わんばかりに強烈な蹴りを腹部に受けてしまう。


 当たった瞬間、数本の骨が折れる様な嫌な音をさせ、内臓が損傷したのか口から血を吐き、ダーヴィトは後方へ。スヴェルトは、盾鋏が身体に突き刺さった状態で地面に膝をつける。


「邪魔ッ!!」


 エッダが巧みに満身創痍の状態のスヴェルトを槍の石突(いしつき)部分で薙ぎ払いその場から強引に移動させる。


 だが、その隙をコルヴィッツが見逃すはずがなく。遊びではない殺意を込めた拳がエッダの身体目掛けて突き出されるが、そこは吹き飛ばされたダーヴィトが、普段使用する二つのうちの一つを『シールドブーメラン』で食い止める。


「余所見なんてさせるものですか」


 リーゼロッテは、剣と拳がせめぎ合う距離で火属性魔法『連鎖爆弾(チェーンボム)』を使用し、自分諸共爆炎に飲み込まれる。


 『連鎖爆弾(チェーンボム)』は任意の数の爆発する火の玉を対象の周辺に設置。一つを起爆すると近くの火の玉も連鎖的に爆発していく魔法で、威力は最初そこまでないのだが、連鎖が続くとその威力が増していく魔法でもある。


 鈍い音が二つ聞こえた後に爆煙からリーゼロッテとエッダが攻撃を受け吹き飛ばされて出てくる。


 視界の悪さから二人への攻撃がそこまで綺麗に決められなかったため、二人は吹き飛ばされたはしたものの危なげなく地面に着地する。


 着地と同時に爆煙からもう一つ人影が飛び出してくる。


「その攻撃はさせませんよ」


 コルヴィッツは、爆煙から飛び出すとそのまま大技の準備をしているシャルロットの元へ一直線に向かう。


「させないのは此方も同じです」


 エッダが叫びその一点のみを貫くと言う眼差しで、コルヴィッツ目掛けて跳躍する。リーゼロッテも『烈火闘気(エンハンスイグニション)』の状態で『劫炎装填(フレイムチャージ)』を使用。ミスリル混合剣(クロスソード)が赤く燃え上がる。そして、エッダ同様にコルヴィッツを止めるために跳躍した。


 三人は激しく衝突する。コルヴィッツの両手にはリーゼロッテの炎の剣とエッダの氷の槍、二人の渾身の一撃を鷲掴みして食い止める。食い止められてもそのまま力を籠める二人。後方には間もなく準備を終えるシャルロットがいるため、その妨害を阻止しなければならない。


 コルヴィッツは徐々に力を解放すると二人との均衡したパワーバランスが崩れ始めた。押され始める二人だったが、この一瞬さえ防ぎきれば、シャルロットの大技で、目の前の敵を倒せると信じ、その力に抗う。


「二人とも離れて」


 遂にシャルロットの大技の準備が出来た事を知らせ退避するよう指示を出すが、二人はその指示に従うことなくコルヴィッツを抑え込む。


 いや抑え込むと言う表現は不適切だろう。何せ離れさせない様にコルヴィッツが二人の武器を離さない様にしっかり掴んでいるからだ。


 そして、二人も武器を手放しこの場からの離脱は相手に武器を与え、最悪の場合それで攻撃を防ぎ、生き延びる可能性が少しでもあると思ってしまった為、手放せずにいた。


「お二人を此処に留めていれば、そこのお嬢さんは攻撃を出来・・・・ッ!!」


 直感的に何かを感じ取ったコルヴィッツは、慌てて二人の武器を手放す。その直後、上空から鋭い斬撃が飛んできて、先程まで自分の手があった場所を通過する。その出来事に何が起こったのか分からずにいたが、一つだけ言える事は、手を放していなければ確実に両腕の肘から先を失っていたであろう。


 そして、その出来事にリーゼロッテとエッダも同様で何が起こっているのか分からず、立ち尽くしていると、今度は下方から飛んできた盾がリーゼロッテ、エッダと言う順番に直撃、そのまま二人は左右へ吹き飛ばされる。


 ダーヴィトの『シールドブーメラン』。手元に残る最後の盾を二人のその場から強制的に移動させるために使用したのだ。


 シャルロットの直線上にはコルヴィッツしかいない状況なると、大技を放った。


 『風精霊(シルフィード)化身(インカーネーション)』からの『暴風(テンペスト)(アロー)』を使用し、毎分千を超える風の魔法矢がコルヴィッツを襲う。


 流石のコルヴィッツもこの手数の多さには驚きを隠せず、これまで見せなかった力を露にする。


「『悪魔(イラ・ディル・)逆鱗(ディアブロ)』」


 コルヴィッツの腕の服が突如筋肉が膨張したかの様に大きく膨れ破れてしまい。そこから見える両腕は黒く変色し、血の様に真っ赤な縦線が無数に拳から肩にかけて伸びていた。手や指先も禍々しくなり、悪魔の手を連想させられるそう言った異形の形となっていたのだ。


 しかも腕だけが変化したのではなく。コルヴィッツ自身も老人と言う見た目から青年に見える程若々しくなり、目つきは鋭く、髪も白髪から深紅へと変化している。体格はそこまで変化はないが、見ただけで先程とは存在感が違う事を肌で感じ取った。


 そこから繰り出された高速の連打により、シャルロットの『暴風(テンペスト)(アロー)』の約九割近くを叩き落とす。


 だが、シャルロットはこの攻撃がすべて防がれたとしても絶望に陥る事は無い。何せ、この場所には彼らの中で最も規格外と言える人物が登場したのだから。


「背中がガラ空きだッ!!」


 二人を離れさすために放った斬撃。そして、四人が最も頼りにしている人物。


 一瞬で背後へ移動したレオンハルトは、神明紅焔流抜刀術奥義壱ノ型『伐折羅(バサラ)』で強化されたコルヴィッツの背中を切り裂く。


 背中から焼けるような痛みに襲われ、其方へ視線を向けるとすでに誰もいない。しかも視線を外した事で『暴風(テンペスト)(アロー)』を叩き落とす数が減り、その分自身に突き刺さる結果になってしまう。


 降り注ぐ矢を止めるべく、拳に力を籠める。すると周囲から黒いオーラが右腕に集中し始める。


「『怒涛(ボンバルダメント・デッレ・)砲撃(オンド・アラビアータ)』」


 次の瞬間、拳を突き上げどす黒いオーラは、拳圧と共にシャルロットに向かって飛んでいく。それ気が付いたシャルロットは、咄嗟に防御の魔法をしようとするが、レオンハルトが『短距離転移(ショートテレポート)』を連続使用し、シャルロットをその場から避難させた。


(最後に現れた少年は中級魔族よりも上の実力を持っていますね。これは此処で潰しておくのが得策ですが、そうなれば負傷した二人を救う事も実験の結果を持ち替える事も危ういでしょうね。そうなると・・・・ッ!!)


 『短距離転移(ショートテレポート)』でシャルロットを逃がした事で、『暴風(テンペスト)(アロー)』も消滅してしまう。攻撃が止んだことで、この後の行動を冷静に考えるコルヴィッツだったが、その時間を与えまいと攻撃を仕掛けてきたレオンハルトと激しい攻防戦が繰り広げられた。


 神明紅焔流抜刀術奥義玖ノ型『波夷羅(ハイラ)


 初撃の抜刀から幾重もの斬撃を繰り出し続ける連続攻撃。休み事無く振るわれる攻撃を異形な形をした両腕の拳で殴り伏せる。


 刀と拳がぶつかり合う度に金属音が鳴り響き、火花を散らす。


 レオンハルトは、連続攻撃の合間に『雨斬(あまぎり)』、『双槌連(そうついれん)』、『朧月夜(おぼろつきよ)』、『明月(めいげつ)』、『龍霞(りゅうがすみ)』と神明紅焔流の剣技を繰り出す。


 『雨斬(あまぎり)』は、まるで雨を悉く斬っていく速さと正確さに特化した連続斬りで、『朧月夜(おぼろつきよ)』は、カウンター系の技で、敵の攻撃をあたかも当たったかのようなタイミングで躱し反撃する。『明月(めいげつ)』は、剣術と言うよりは体術に近く自身の存在を明確に相手に与えるものだ。この技は、格下であればその威圧だけで動きを止めさせるし、格上なら此方へ意識を集中させられる。最後の『龍霞(りゅうがすみ)』は、刀の振るったあとの刀身の軌跡が銀色の龍の様に見える事から付けられた技だ。力や速さもあるが、この技は、戦いの流れを見極めながら舞う様に斬り付けていく技術にその凄さがある。


 仮に同じ技同士がぶつかっても技量の高い者の方がその真価を発揮する。


 高度な戦闘が繰り広げられるが、その戦闘が長く続くはずもなく。お互いが一撃ずつ貰ったところで一旦距離を取り、構え直す。


 レオンハルトとコルヴィッツは、次の攻撃の流れを読みきると再びお互い距離を縮める。そして先程の攻防戦とは異なり、回避と攻撃を軸に戦闘を繰り広げた。お互いの空振りの音が周囲に聞こえる最中、シャルロットはリーゼロッテたちを治癒して回る。


「『悪魔(コルポ・デル・)一撃(ディアブロ)』」


「『轟雷(ごうらい)』」


 お互いの拳が相手に直撃、レオンハルトは顔面にコルヴィッツは鳩尾(みぞおち)に当たり吹き飛ばされる。同じぐらいの高さの拳で当たる位置が異なるのは体格の差が大きいと言えるだろう。それに腕の長さが長い分コルヴィッツの攻撃の方が威力は高いが、レオンハルトの『轟雷(ごうらい)』は内部に直接ダメージを与える分、致命的な威力はコルヴィッツの方が大きいかもしれない。


「ゲホッ。流石ですね。この状態の(わたくし)相手にこれ程戦える者が居るとは、それも剣技だけではなく体術も優れている。このまま続けるのはお互いに得策ではないでしょう」


 そう言うコルヴィッツは、まだ戦う余力を残しているように見えるが、レオンハルトの方は余力が僅かと言ったところだろう。


 それもそのはず、今日既に魔族とは二回も戦っている。しかも護衛をしながらの上にスクリームと呼ばれる謎の生物の死骸の回収、魔族の死骸の回収と目白押しだった。送り届けた後は転移で一旦、最初にいた位置に戻り、その後すぐにイリードへ移動、イリードの冒険者ギルドでシャルロットたちが経験した事をそのまま同じように経験し、慌てて此処に駆けつけたのだ。


 幾らレオンハルトでもこの戦闘はかなり負荷がかかっているのだ。以前のアーミーアント討伐の折、単独での迫り来る魔物を退けた時よりも体力の消耗が激しい。そう言った戦闘を繰り広げていたのだから。


「はあ、はあ。得策ではないですが・・・・それでも、あなた方を逃がすつもりはありません。此処で、いやこの国で一体何をしているのか吐いてもらう必要がありますからね。」


 スクリームの事。実験と称し人々を襲っている目的。そして、この国で何をしようとしているのか。知らなければならない事が山のようにあると感じている。


「それは困りました。では、勝手にお暇させてもらうとしましょう」


 コルヴィッツが指を鳴らすと、スヴェルトが未だに気を失っているヴァリアンを担ぎ、空高く飛び上がる。五人がそちらに気を取られた瞬間、地面に転がる数体のスクリームの死骸が黒い炎に包まれて跡形もなく燃えてしまった。


 普通の方の炎では、全くと言えるほど効果がなかったスクリームに対し、黒い炎は燃えたと思った瞬間には、既に存在していない。それ程までの強力な炎だったと言う事だ。


「逃がすかッ!!」


 レオンハルトは愛刀雪風を握り直すと『短距離転移(ショートテレポート)』でコルヴィッツの目の前へ移動。その事を既に察していたコルヴィッツは、間髪入れず強烈な一撃の拳を振るうが、ギリギリの所で躱す。だが、そこも予想していたようで、空中で足払いを受け、バランスを崩した所、踵落としを直接受けてしまった。


 レオンハルトはそのまま地面へ落下し、最後の抵抗とばかりに斬撃を飛ばし右腕に追加の傷を負わせた。


「最後の最後まで諦めませんか・・・でしたらこれは(わたくし)からの餞別です。『怒涛(ボンバルダメント・デッレ・)砲撃(オンド・アラビアータ)』」


 少し前にシャルロットに向かって放った拳圧。それを今度は左腕で行う。シャルロットに使用した時の様な溜めは行っていない所から、あの時に既に右腕だけでなく左腕にも貯める事を行っていたのだと理解したが、放たれた後ではどうする事も出来ない。


 『短距離転移(ショートテレポート)』で砲撃の範囲外まで避難した。コルヴィッツの左腕から放たれた『怒涛(ボンバルダメント・デッレ・)砲撃(オンド・アラビアータ)』は地面に直撃させると砂煙を舞い上がらせ五人の視界をゼロにした。


 砂煙が晴れた頃には、魔族の姿は何処にもなく。あるのは、直撃を受けた地面に大きなクレーターが出来、その周囲にあった木々は、外側へ向いて倒れていたのだ。


 恐らく自分と戦闘している時は全力ではあったが本気ではなかったと言う所なのだろう。昼間に戦闘した魔族より格段に上の実力を持ち、そして何よりその人物が最強ではなく上には上がいると言う事を改めて認識したレオンハルトであった。


前回の投稿から一ヶ月も遅れてしまい申し訳ございません。

本職の方が忙しく、関東方面から九州と出張が続いており、中々執筆活動が難しい状況です。


年内に海外出張の可能性もあるので、活動が出来る時にまったり投稿していきます。

どうぞよろしくお願い致します。

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