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027 それぞれの状況

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

台風21が来ると言う事で、会社内がちょっとしたパニックに。

だが、実際全くの被害らしいものが済んでいる地域では起きませんでした。


しかし、仕事にはかなり影響が出て、結局社内は若干パニックに後処理が大変だー。


被害に遭われた方々は片付けなど大変かと思いますが、無理しないでください。


「おはようございます」


 レーアは眠そうに目を擦りながら仮眠していたテントから出てくる。


 その姿はとてもではないが、この国の王女とはとても思えず、ましてや貴族でもここまで無防備な姿を昨日今日であった男の前でする行為ではない。


 だが、彼女の中ではレオンハルトと言う存在はとても接しやすい存在であった。強いて言うならば長年お供にしてきた執事見習いと姫。そんな関係に近い様にレーアは思っていた。


「ええ。おはようございます。川で顔を洗って来るといい。少しは眠さが取れますよ」


 既に朝食の用意を終え、彼女が席に着くのを待つ。


 それから程なくしてレーアは川から戻ってきた。その姿は先程見せていた姿とは全く別だ。川に映る自分を見て慌てて整え、しかもオフ状態だった雰囲気もオン状態にしている。


「先程は見苦しい所をお見せしました」


 レオンハルトにとっては特に気にする様な事ではないが、レーアからすれば恥ずべき部分だったのかもしれない。実際、彼女の身分から分かるように、彼女の身なりは御付きの侍女がすべて行っていたのだから。


 食事を済ませ、ベースキャンプを片付ける。すべて魔法の袋に収納させるので殆ど手間もかからない。


「さて、出発するか」


「馬はどうするのです?徒歩ですと何日もかかってしまいますよ?」


 セーモへ行くことは決まっていてもそこに向かう手段は何も知らされていないレーア。実際に歩くとなると十日近くの日数が必要となる。普通であれば、馬や馬車などで行くのが王道だろう。


 だが、そんなものは用意していない。と言うのも用意できる環境であっても彼はその選択肢を選ばなかった。


 それは、馬車よりも早く行く手段があるからである。では、なぜその提案をレーアが伝えなかったのか。答えは知らないからだ。


 セーモの街の近くに流れる川をレオンハルトが前世の知識からこの世界に合う様に調整した船、それを今回は用いる事にしている。そちらの方が、馬車よりも倍近く早くたどり着けると踏んでの事だ。


 ただ、船と言っても大型船やクルーザーの様な代物ではなく、木で作った手漕ぎボートに前世のモータースクリューを魔法で代用した言うなれば魔法電動機舟(マジックモーターボート)とでも名付けようか。


 電動機(モーター)は、ガソリンではなく、魔力を原動力とし、スクリュー部分は風属性魔法『風球(ウィンドボール)』を固定、風の噴出を調整し、前進する仕組みを用いている。


 この世界の住人なら思いつくだろうが、そもそもスクリューと言う概念が無い為、その仕組みを思いつかなかったのだろう。


 川の傍まで行くと魔法の袋から魔法電動機舟(マジックモーターボート)を取り出す。


「ッ!!・・・・こ、これは」


 川に突如として現れたそれを見て、驚きを隠せないレーア。大きさとしては五人程度が乗れる小型のものだが、急に現れた事に驚いたのだろう。見える範囲の構造は、この世界でも一般的な形状をしている。見えない部分に手を入れているので、彼女にはわかるはずがないからだ。


「これを漕いで進むのですか?」


 なるほど。彼女が驚いていたのは、急に現れた部分もあるが、舟を漕ぐ労働力と言う点に驚きがあったのだろう。何せ二人で漕いだとしても馬車より確実に遅いと言える上、労力は数倍になるからだ。


「これは、魔道具でして魔力を注げば、人が漕がなくて進むから。それに、馬車よりも早いよ」


 レオンハルト説明を聞いてまだ信じられないのか、舟に乗り込んでからも舟の中を見回していた。理由は恐らく手漕ぎ用のボートオールでも探しているのだろう。


 レーアが乗り込んだ後に俺も乗り込み後方に設置している魔法電動機(マジックモーター)へ魔力を注ぐ。量としては、一般的な魔力量より少ししたぐらいだろうか。


 これだけの質量を動かすとなるとコスト的には低いが、一般人からすればかなり消費が激しい分類だろう。


 魔力を注ぎ込むと次第に水中にある魔道具の主軸とも言える電動機(モーター)が起動し始め、徐々に『風球(ウィンドボール)』を形成し始める。完成すると今度は、レオンハルトの傍にある操作用のレバーが上がり、操作可能の合図を知らせる。


「さて、では出発しますかな。振り落とされない様にしっかり捕まっててくださいね」


 進行方向にレバーを倒すと舟は徐々に前に進み始め、その速度はどんどん早くなる。気が付けば先程までいた場所が随分後ろの方にあるぐらいには、舟の速度が出ている。


 それから昼過ぎまでは何事もなく進み、昼食を取るために一度川岸へ舟を寄せる。


「ここはどの辺りなのでしょうか?」


 これまで川からの移動を経験した事がない彼女は、自分たちがどのあたりにいるのか知るために訪ねてくる。


「んー。明日の夕方にセーモの街の近くまで行けると思うよ」


 ざっくり計算した内容を伝える。まあ速度をさらに上げれば明日の昼には到着するだろうが、初めて乗る乗り物でそこまでの速度を出せば彼女の体調に負荷をかけてしまうかもしれないので、少し速度を押さえての到着予定時刻を伝える。


 彼女はそのまま驚きを隠せない様子だったが、出会ってから常にそんな感じなのでそのままにして、さっさと二人分の昼食を作り始める。


「何作ろうかなー・・・ん?」


 調理台に食材をだしてメニューを考えていると不意に生き物の気配を感じる。


 気配の持ち主を探すと少し離れた場所で人型の魔物が居るのが分かった。


「こんな川辺近くに人型の魔物?・・・大きさ的にはゴブリンではないな。となるとオーガかオーク、トロールあたりか?」


 更に魔法で調べていると如何やらトロールだと判明した。人に近いフォルムだが、背丈は三メートル近くあり、デブっとした感じの胴回り、分厚い肉。棍棒などの武器を持っている事が多く、強い個体になると冒険者から奪った大剣や大斧などを装備していたりもする。


 遭遇するかしないか微妙な位置にいる。更に気配を探ると別の魔物の気配もちらほら感じ取れた。取りあえず脅威と言うか襲撃してきそうな位置にいる魔物は、最初に感じたトロールの集団、それより少し遠くにいる狼系の魔物か獣、方向は違うがトロールの集団と同じ距離にいるゴブリンの集団ぐらいだろう。


 まあ、どれかの集団と戦闘にでもなれば忽ち他の魔物も誘き寄せてしまう事は明白だ。最悪、狼系の魔物か獣の嗅覚で此方の匂いを捕えれば、そこから一気に攻めてきてしまう可能性もある。


「あー休憩場所失敗したかな?でも休憩できそうな川岸があるの此処ぐらいだったしな。仕方がない、まだ使った事がないがあの魔法でも使ってみるかな」


 そう言うと調理台より少し離れた位置へ移動し、両手前へ突き出す。


(イメージとしては、ドーム状が良いかな?範囲は、半径百五十ってところか、強度はテストも兼ねて強力な物・・・四層ぐらいにしておくか、他に付け足す事は・・・・まあ実験も兼ねるんだから、幾つか試してみるかな)


 腕に魔力を集中させる。初めての魔法で使い慣れていない事もあり、身体の中の魔力が一気に抜けていくのが分かる。


「っぐ。結構きついな」


 魔法の展開中に漏れる声。それと同時にレオンハルトの魔法が徐々に形となって発動し始める。


(効果範囲・・・固定。積層・・・圧縮・・固定。魔法軸・・・固定。・・・よし安定した)


 レオンハルトが発動した魔法は、『魔法障壁(プロテクション)』をドーム状に展開した広域防御魔法『広域半球魔法障壁(ヘミスフェランドプロテクション)』。しかもご丁寧に障壁を四枚重ねの防御力強化版の物だ。それだけでなく、追加に隠蔽魔法『範囲遮音(サイレントフィールド)』、生活魔法『範囲消臭(デオドラントフィールド)』を使用する。これで『広域半球魔法障壁(ヘミスフェランドプロテクション)』の中の音や匂いは障壁の外へ漏れる事は無くなった。


 色々、盛り込み過ぎた事で魔力消費量が初期の頃の空間魔法『転移(テレポート)』を優に上回る消費量だ。レオンハルト自身でも軽く減ったと感じるのだから、一般人ではまず発動させることはできない。魔法に長けた者でも一人では厳しいレベルだ。複数人で行うような大規模魔法と化している『広域半球魔法障壁(ヘミスフェランドプロテクション)』は、果たしてそのコストに見合う分の能力かどうかは怪しい所だろう。


 匂いの心配もなくなったことで、心置きなく昼食の準備を行える。


 まずは、主となるメニューを考える所からだろう。肉類がたくさんあるので、其方を使用する事に決めた。分厚い肉をじっくり焼き、その間に付け合わせを手早く作る。


 キャロットグラッセにコーンバター、味のないトマト。此方の世界の人参は、キャロットと言う名前で通っており、色が黄色以外は普通の人参だ。コーンもブルーコーンと言う品種の青色のトウモロコシを使用している。見た目はあれだが、甘みが強くて実に美味しい。欠点としてはちょっと癖のある匂いがする程度だろう。トマトは、そのままトマトの色なのだが、残念な事に味がない。形も細長いので、あまりトマトと言う感じがしないが、この食材を選んだのにも理由がある。簡潔に言えば、胃もたれしにくくするのだ。


 今日の肉料理にはぴったりの食材だろう。味以外は・・・。


 主のオーク肉のヒレステーキに付け合わせ、後はいつもの野菜スープと白パンを籠で準備して終わりだ。


「うわーとても豪華ですね。野外でこれ程の物が出るとは思いもしませんでした」


 レーアは、昼食の豪華さに驚く。本当に何でもかんでも驚いているように見えるが、実際この豪華さは野外では難しい。豪邸の庭とかであれば可能だが、此処は魔物が跋扈(ばっこ)する場所だ。匂いに釣られて魔物が押し寄せてくるので、此処まで手の込んだ料理はなかなか出来ない。


 そして、その料理は見た目だけではなく。味もかなりの出来栄えだった。その証拠にレーアが無我夢中で食べている様子からも伺える。


 魔物に襲われる事無く食事を終え、片付けをした後に少しだけ休憩をした。食後直ぐに舟に乗って移動すれば、慣れない者は気持ち悪くなって、最悪戻す事もあり得る。半刻程ゆっくりしたところで到着時間が大幅に変わる訳でもないのだから、問題ないだろう。


 レーアが水辺で魚を眺めたりしている間に、俺は装備を整える事にした。使用する武器は主に弓。魔法以外で舟の上から攻撃できる手段としては、弓が効率的だ。


 足場が悪いから適しているわけでもないが、弓以外は投石や投槍といった手段しかなく。これといって効果も少ないので、弓を使用する事にしたのだ。


 彼からすれば、足場が悪いくらいでは何のハンデにもならないけれど。


 矢をニ十本一セットにして、三セット準備する。他に隠し矢を用意して、その後は弓の弦の張り具合等を確認する。


 弦を引いては、放す。まるで低重音がリズミカルに震える様な音が聞こえる。最近はあまり使っていなかったが、問題なさそうだと判断し、装備して舟の場所まで移動する。


 レーアを船に乗せ、舟の動力に魔力を注ぐ、『広域半球魔法障壁(ヘミスフェランドプロテクション)』を解除してから船をゆっくり進めた。


 物の数分で、匂いを嗅ぎ付けた狼系の魔物、種類はシャドーウルフと言う名前の真っ黒い狼の魔物が数十匹現れた。


 個体の強さはそれほど恐ろしくはないが、奇襲と隠密に優れた厄介な魔物だ。


 魔法を解除した事で此方の匂いを嗅ぎ付けて襲ってきたのだろう。さして脅威にはならないので放置する事にした。










 その頃、シャルロットとリーゼロッテはと言うと。


 プリモーロから少し離れた場所にある砂漠にいる。この砂漠で、サンドスパイダーと言う蜘蛛の魔物から糸を取りにやって来ていたのだ。


「リーゼちゃん。もう少ししたら下から糸の攻撃が来る。タイミングを合わせて例の物を投げて」


 シャルロットの言葉に返事を済ませたリーゼロッテは、素早く腰に装備していたある物を取り出す。


 長さ三十センチほどの木の棒だ。しかも何の力もない只の棒。この棒でどうするのかと思うかもしれないが、答えは簡単。


 蜘蛛が吐き出す糸を木の棒で捕らえ、後は巧みに巻き上げていくだけだ。リーゼロッテが基本的にその作業を行い。シャルロットは周囲の魔物を警戒しつつ、魔物を間引いたり、時折リーゼロッテから注意を逸らしたりしているのだ。


 この魔物が吐き出す糸は、スパイダーシルクの様な優れた素材とまでは行かないが、耐熱・耐水性に優れており、衣類の継ぎ目を縫い込む糸としては中々の優れものである。


「注意を逸らすよー」


「おねがーい」


 そんなやり取りをしつつ、サンドスパイダーの注意をシャルロットの方へ促すため、中距離からの攻撃を始める。まあ二人からすれば素材を生み出す良い魔物なので、殺める様な攻撃は繰り出さない。鏃の部分は尖っていない物、小さな鉄球の様なものが付いた矢を用いて、射抜くではなく、打撃を与えるに近い攻撃をしている。


 鏃の部分が重くなるため、普段使用する矢よりもコントロールが難しいのだが、そこは彼女の腕でどうにでもなる範疇だ。


「シャルちゃーん。少し休憩しよっ」


 リーゼロッテが先程絡めとった糸を巻き終えるとお腹の具合を見てそう切り出す。


 彼女たちは朝からずっとこの作業をしていたので、そろそろお腹がすいてきたようだ。


「わかったー。なら、次の素材へ移る?」


 この問いかけには、昼食は何処で食べるかと言う意味も含まれている。この質問に大丈夫と答えれば、次の素材の近くへ『短距離転移(ショートテレポート)』で飛ぶが、反対なら一度、宿屋に戻って一休みしてから次の場所へ移動すると言う事になる。


 長年共に生活しているからこそ分かる芸当だろう。これがダーヴィトかエッダであれば、もう少し言葉を足していただろう。


「近くまで行って、そこで昼食にしよっ」


 やはり、リーゼロッテはシャルロットの意図をアッと言う間に理解した。


 そのまま、『短距離転移(ショートテレポート)』で次の獲物が生息している場所の近くまで飛んだ。


 彼女たちが集めなければならない素材として、先程のサンドスパイダーの糸、砂漠のオアシスにある木になると言われるクリムゾンベリーとサンシャインチェリーの収穫、ジェムタートルの宝石甲羅、お馴染みのシルクモスやシルクタランチュラ等を集めなければならない。


 そして、その殆どを集め終わっている二人は、残るクリムゾンベリーとサンシャインチェリーだけ残っているのだ。


 何方も果物ではあるが、食べるよりも染め物用にする方が良い。と言うよりもそのまま食べることができないので、食用として用いられることが少ない。


 そのまま食べてしまっても良いが確実に腹痛になる上、美味しくもないのだ。加工の手間暇を考えるとマイナス要素が強いなんとも残念な食材だろう。


 だが、逆に染め物用にしたと時は、クリムゾンベリーは良い感じの真紅になるし、サンシャインチェリーは少し鮮やかな撫子色になる。


 まあ、二つともリーゼロッテの染め物用なのだが、そんな事はシャルロットにとって気にする部分ではない。


 その素材となる果物が採れるオアシスへと移動したのち、簡易調理台を取り出し料理を始める。レオンハルト同様料理には自信のあるシャルロット。二人ほどではないがある程度まで作れるようになったリーゼロッテの二人が作るのだから、中々美味しそうなものが完成した。


 具材が豊富に使われたポトフの様なスープに、魚と茸の香草焼き、白パンと街中以外ではそうそうお目にかかれない料理だ。


 ある意味、レオンハルトの方よりもヘルシー料理かも知れない。まあ女性二人が作るのだから、そのあたりも考量されているのだろう。


 そう言えば、リーゼロッテも料理を覚えたいと言ってきて、修行中は良く料理を作っていた。この世界にはゲームとかであるような技能を数値化して確認できないので、彼女がどの程度習得しているのかは不明だが、家庭料理程度なら時々失敗する程度で、普通の冒険者に比べればかなり良い方であろう。


 同じチームのダーヴィトは作れないし、エッダも作れるには作れるが、基本的に焼くと煮込むしかできない事を考えれば、優秀とも思えてくる。ただ、それを遥かに上回るレオンハルトとシャルロットが居るので、リーゼロッテは自分の料理の腕にあまり自信を持っていなかったりする。


 まったり、食事を終えた後はオアシスで足を付けて食後の休憩をし、休憩が終わってからクリムゾンベリーとサンシャインチェリーの収穫に向かった。


 それから暫くオアシス周辺を歩いていると。


「あんまり、実っていないねー」


 リーゼロッテは、サンシャインチェリーが実る木を見上げながら、若干疲れた様子でそんな事を言い始める。


 この作業は確かに地味な分、収穫できない場合が増えると飽きてきてしまう。しかもかなり上を向いている時間が増えるため、首も痛くなってくるし、魔物の様なものであれば『周囲探索(エリアサーチ)』で見つけられるが、こういう場面では使えないし、『(ホーク)(アイ)』などの魔法も上からの視点で見るため木の上の葉の部分しか見えない。


 葉の下の辺りになる実を見つけるには、肉眼で確認するしかないのだ。


「そうね。せめてベリーもチェリーも後半分は欲しい所ね」


 結局その日のうちにすべてを見つける事が出来ず、翌日も朝から同じ作業を繰り返す事になったのであった。










 時を同じくして、ダーヴィトとエッダの二人組は、イリードの冒険者ギルドでギルド支部長と面談していた。


「すまないが、君たち二人に依頼を出したい」


 神妙な顔で語りかけるギルベルト。その表情に釣られてダーヴィトとエッダも表情を強張らせていた。


 二人は既に防具に必要な素材は集め終わっており、使用しない素材をギルドに売りに来たところ、受付から支部長へ報告され、呼び出されたのだ。


「依頼ですか?今、リーダーであるレオンハルトや他の仲間もいないんですが」


 チームを組んでいるから依頼はリーダーがすべてしなければならないと言うわけではない。チーム内で個々に依頼を請け負う事も可能ではあるが、流石に長期的な依頼になると他の仲間に迷惑が掛かる事もあるので、受けるとしても簡単な物を受けたり、長期的にチームでの活動がない時に短期的な依頼を受ける程度だ。


 その事は、当然ギルドの支部長ならば知っている事である。それでも彼らに直接依頼を頼むと言う事は何らかのことが起こっていると言わざる負えない。


 ダーヴィトもエッダもランク時に言えば決して高い方ではないが、実力的に言えば現在イリードにいる冒険者の中でもトップクラスに位置するだけの実力は備えている。


 二人で、ジャイアントセンチピードを討伐できるのだから、下手な高ランクの冒険者よりも強いかもしれない。


「わかってる。けれど、今頼めるのは君たち二人しかいないのだ」


 それだけで、急を要する案件なのだと理解した。本当であれば、全員揃って受けた方が良いかもしれないが、それも難しいのであろう。受ける受けないは、依頼を聞いてからでも遅くはないかと判断し、詳しい話を聞いた。


 ギルベルトの話によれば、アーミーアント討伐を行った森の入り口辺りで活動していた新人冒険者が戻ってこないと言う。


 それは、今日ダーヴィトとエッダが狩りをしていた場所に近い位置だが、二人が狩りをしていたのはその森の奥地だ。入口となるとそこまで脅威となる魔物は生息していない。


 居たとしてもゴブリン程度だろうし、冒険者が戻ってこないなんて話はよくある事だ。それが新人なら尚更だろう。


 だが、話の続きがあった。


 それが発覚して、ダーヴィトたちと同レベルのランクの冒険者に捜索の依頼を掛けたが、その冒険者たちも消息を絶ってしまったらしい。新人ならあの場所で消息を絶つことはあっても、ある程度慣れた冒険者であれば油断でもしない限り消息を絶つことはない。


 それに、新人たちが消息を絶っている場所に油断するような冒険者も普通居ないのだから、消息を絶つ事自体が異常とも言える。


 何らかのトラブルに巻き込まれたか、たまたま奥地へ進んでしまって迷子になっているだけなのかは、分からないが、高ランク冒険者を派遣するほどでもないし、今高ランク冒険者は遠征に出ていていないらしい。


 消息を絶った冒険者程度ならまだ居るようだが、もし彼らで対処できないような魔物が居るのであれば、依頼するだけ被害が広がってしまう。


「報酬は、弾ませてもらう。無論断ってくれても構わないが、出来れば受けていただきたい。本音を言えば自分で捜索に出たいところだが、立場的にそれも出来なくてな。君たち二人はレオンの訓練も積んでるし、能力的にも申し分ない。だから頼む」


 他の街の冒険者ギルドの依頼ならすぐに断っている所だが、イリード支部はレオンハルトが良く利用するギルドでもあり支部長とは幼少期からの知り合いでもある。そんな人のお願いを無碍には出来ず、結局その依頼を受ける事にした。


 ただし、二人の時は余り深入りをせず、三人と合流をしたら本格的に調査をすると言う条件で依頼を受けた。


「レオンになんて言うかだなー。まあ、何も言われなさそうだが」


 宿屋で昼食を済ませ、装備を整え直し不足した消耗品の補充を行い、一日を終えた。流石に今朝戻ったばかりの場所へ午後から行くのも疲れるので、明日から捜索することは支部長にも伝え了承済みである。


 彼らにとってこれがとんでもない事に巻き込まれる始まりだとは、想像もしていなかったであろう。










 舟での移動を始めて二日目。


 昨日はあれから特に何事も起こらず順調に進み。予定よりも距離を多く進めたのだが、今日は昨日と違って朝から空気が重い。


 ただ、会話がない、気まずい雰囲気等の空気の重さではなく。嫌な気配と言うか嫌な感じが空気を伝って肌に纏わりつくようなそんな状態だ。


 天候は比較的穏やかなのにも関わらず、この異様な空気は異常だ。


 レオンハルトは昨日と殆ど装備を同じにしているが、保険の為、刀ではなく剣を二本帯刀していた。刀を使用しないのは、最近は割と知られるようなってはいるが、それでも珍しい武器であることには変わりはしない。点滴と言い、この舟と言い。余り印象に残すようなことはしたくないので、刀は使用しない事にしている。


 だが、いざと言う時は刀の使用もやむを得ないと考えている。


「レーア。今日は舟からあまり身を乗り出さないでくれ。出来れば、そこの手すりにつかまってじっとしているんだ」


 レオンハルトは、舟の座面の横に備え付けている手すりを指さし、動かない様に指示を出す。レーア自身は、この異様な空気を感じ取ってはいない様で、不思議そうな顔で此方を見返す。


「川の流れが昨日より荒れている感じがするから、舟から落ちないようにね」


 分からないのであれば態々(わざわざ)伝える必要もないと判断し、それらしい事を言って誤魔化す。


 それから、半刻程進んだところで、レオンハルトの表情に変化が現れる。


 索敵魔法『周囲探索(エリアサーチ)』に複数の人の反応と人に似た反応を捉えたのだ。別に人の反応が出た事で驚いたわけでも、人に似た何かの反応に対してでもない。人に似た反応であれば、ゴブリンやオーク、トロール等も似た様な反応がある。しかし、今日は、魔物は愚か猛獣や獣すら反応がなかったのだ。


 そんな中で現れた反応だから、至って普通の反応であろうと警戒するのは当然の事だろう。


 距離としてはまだ先の様で、四半刻程進まなければ会えない程度には離れている。


(人・・・なのか、このまま進むと・・・・)


 その未知数の集団と鉢合わせになってしまう。そう判断したレオンハルトは、少し進んだところで、舟を川岸に寄せる。


 何のために寄せたのか分からない様子のレーアは不思議そうな顔で、問いかけてきた。だが、流石に自分自身も何が起こっているのか把握しきれていない状況で、彼女を不安にする訳にも行かず、それらしい事を答える。


「この先に何かあるようだ。すまないが、此処からは徒歩で進む。舟だといざと言う時に隠れる場所が無いからな」


 まるっきり嘘だと分かるようなことは避けるのと、本当の事も言えない。この程度の情報なら街の外・・・特に魔物や猛獣が生息するような場所にいるのだから、多少緊張感を持ってもらう意味も考えれば妥当な返答であっただろう。


 やんわりと注意するように促したのが良かったのか、急に周囲を気にするようになったレーア。まだ何もいない場所で警戒されるのは身が持たないと感じ、追加でこのあたりの安全性を伝える。


 それを聞いてか、何処かほっとしたような表情をするが、今はそれにかまっている暇はない。レオンハルトは急ぎ舟を収納すると、昨日同様に装備を整え、更に彼女にも防具を身に着けてもらう。鉄で作られたものは音がするし、重さもあるためマウントゴリラの革で作った防具だ。


 シャルロットの予備の予備程度の防具だが、無いよりはましであろう。


後は、短槍と短剣二本、バックラーと呼ばれる円形の盾を身に着けさせる。


 自分の身に着ける物が徐々にすごくなっていくと、先程のレオンハルトの言葉を信用できなくなりつつあり。最終的には、本当に安全なのか尋ねて来たほどだ。


「今は安全だが、油断をすると何処で襲われるか分からないから、一応保険の意味も込めて持っていてほしい」


 保険が何なのか分からないレーアであったが、いざと言う時に身を守る物を持っていた方が良いと言うレオンハルトの気持ちを理解し、素直にうなずく。サラたちが同行しているあいだや、城に居ればこの様な場面はまず起こらない。


 レーアは、新鮮な気持ちと不安との葛藤に囚われてしまった。


取りあえず、森の中へ入るレオンハルトに続いて、レーアも森の中へ進む。


 地面は、湿気で若干泥濘(ぬかるみ)があり、足を取られやすく。生い茂る草木が進む道を妨害するように生い茂っていたが、レオンハルトは進む道を理解しているかのように歩んでいった。


 草木は、彼女が歩きやすいように(なた)で斬り落として進んでいったため、歩く速度は速くはないものの少しずつ前に進んでいるのが理解できた。


 今向かっているのは、森の中でも少し丘になっている場所だ。そのあたりは森と言うよりも岩肌が多くなっているので、森の中と違い景色が広がっていくのが分かる。


「ここで、姿勢を落として待て」


 レーアはレオンハルトの指示通り、身を屈める。


「何かあるのですか?」


 レオンハルトの表情から何か深刻な事が起こっているのを理解したレーアは、現在何が起こっているのか知りたく小声で彼に問いかける。


「あそこに人が居るのが見えるか?」


 彼の指さす方角へ目を向けると、確かにその場所には十数名の人が荷車を守りながら何かと戦っていた。


 続くように説明をしてくれて、何でも人と戦っている何かが彼自身も知らない何かだと言う。基本的には分からない何かとは関わり合いたくはないが、戦っている人たちも徐々にセーモの街がある方へ後退しながら戦闘していた。


 しかもなお悪い事に彼らが戦闘している傍に川があり、その川は自分たちが先程移動していた川で、あのまま進んでいたら戦闘している場面に鉢合わせていた可能性が非常に強いとの事。


「あの襲っている人型が何なのか。見た目は人と大して変わらない。もしかすれば盗賊や山賊の類なのかもしれないが、それにしては様子がおかしい」


 レオンハルトの言う様に襲っている人の形をした何かは異常とも言える存在だ。肌の色が土の様な色と灰色が合わさった様な色をしており、動きが気持ち悪い上、人間離れした速度で動いている。一番異常と言えるのが、戦っている人の剣や槍による攻撃でも全く倒れない所。


 痛みすら感じていないようにも思える。


 『周囲探索(エリアサーチ)』と『(ホーク)(アイ)』の併用で彼らの戦闘を詳しく知る事の出来るレオンハルトは、最前線で何かと戦っていたリーダーの様な大男が皆に何か指示し始めた。


 声までは分からないが、その大男の口の動きから何を話しているのか推測する。所謂、読唇術と言うものだ。これは、ある程度経験があれば、少しは理解できるし、彼はそこそこ前世で経験があり大体の事は理解できる。


 大男の指示は、撤退の合図の様で、ディルクとガル、ザックスと呼ばれる三名の冒険者が大男と一緒に何かを足止めする様で、その間に荷車を持って逃げると言うものだった。


 弓で見えない所から援護でもしようかと立ち上がろうとした瞬間。彼らの退路を断つように何処からともなく炎が発生した。


 あれは、自然災害でもなんでもない。紛れもなく魔法によるものだ。それも彼ら冒険者の誰かが使ったわけでも、ましてや人型をした何かでもない。第三者による妨害だ。


 レオンハルトは、常時発動させている『周囲探索(エリアサーチ)』に何も引っかからなかった点でかなり動揺する。範囲外からの攻撃かもと考え、範囲を広げるもそれらしい反応はなかった。少ないが獣や魔物の反応はあったが、位置的に考えて難しいだろうと結論にも至っている。


 やはり先程の攻撃は、彼らの近くに第三者が居るのだろうと思われるが、索敵魔法で引っかからない以上、分からないことだらけだ。


 味方であれば、そもそも退路を断つはずがない。仮に敵であれば、その行動も理解できる。だが、何故退路を断つだけで終わってしまっているのか?そもそも退路を断たせた意味は・・・・。


 あの人型の何かが戦わなければならないのだろうか?そこまで考えていると、戦況が少し変わり始める。リーダーと思われる大男が何かに負けて八つ裂きにされていた。続く様に前衛で持ちこたえていた冒険者も二人が同じように八つ裂きにされる。


 経験を積ませる・・・・だとすれば近くに居ても良いはずだ。姿を見せないのは・・・経験ではなく実験・・・ッ!!


 あれの性能実験かッ!!


 それならば、第三者が隠れている理由も理解できるし、退路を断った行動にも説明が付く。ならば、その姿を此方が見つけない限り、生き残りの冒険者の救出は難しい。一人であれば、それでもかまわない所だが、今はレーアが居る。危険を晒すわけにはいかない。


 ならば、まずはその第三者を見つけ出す所から始める必要がある。読み通り実験の為であるなら、データを取るのは当然の事。あの何かの近くに居て且つ視認や気配を消せる魔法若しくは魔道具を使用している可能性が高い。


 その隠れた第三者をどう見つけるのか。


 この世界では知られておらず、前世では当たり前の様に用いられている何か・・・・何かないか。


 珍しく答えを導き出せない状況に思考の視野がどんどん狭くなる。焦っている時に不意にレーアから手を握られ、少しだけ冷静さを取り戻す事が出来た。


 心配するレーアの手のぬくもりを感じつつ、冷静になったレオンハルトはもう一度一から考え始めた。


 ・・・・ぬくもり?


 体温・・・、あっ!!熱感知、それを使えば行けるかもしれない。


 匂いや気配、音や視覚を消す事はあっても体温まで消す事はしない。そもそも体温で探る事を知らない可能性が強い中で、わざわざそのための魔法が作られているとも思えない。


 ならば、その熱感知系の魔法を即興で作り上げれば見つけ出せる可能性が非常に強くなる。


 作るとなれば原理を知らなければならないが、そこは恩恵の出番だろう。すぐさま、熱感知に関する知識が無いかどうか思考の海へ身をゆだねる。


 時間はそれほどかからずに見つける事が出来た。


 物体から放出される赤外線を分析し、それを熱分布図に示すサーモグラフィーを魔法で再現する事にした。


 熱のとこが仮に分かっても流石に赤外線などは知らないだろうから、問題なく感知に引っ掛かると踏んだ。


 やる事が決まり、その方法も理解できれば後は魔力をイメージ通りにするだけで完成する。


 『周囲探索(エリアサーチ)』に『(ホーク)(アイ)』、更には先程作り上げた魔法『熱感知(サーモグラフィー)』を発動させた。


 熱を持つ場所は暖色になり、無い場所は寒色で示されるようになった。当然、人に至っては橙色から赤色とはっきり分かるようになっている。獣や魔物もきちんと表示されていた。


 あの人型の何かに関しては、若干温度が低いのか黄色から橙色あたりの色で示されている。すると応戦している冒険者や人型の何かとは別の赤い場所を見つける。


 『周囲探索(エリアサーチ)』ではその場所には何もいない事になっているが、『熱感知(サーモグラフィー)』でははっきり表示された。


「あのあたりに、別の何かが居るようだ。人の形をして角が生えているのか?」


 レーアにその事を伝えると、思わぬ答えが返ってくる。


「角・・・ですか、まさか魔族っ!?確か角を生やす種の魔族が居たと思います。確か・・・鬼人(きじん)、そう鬼人です」


 レーアはその答えを思い出す事が出来たせいか、自分たちの直ぐ近くに魔族が居る事に恐怖し始める。


 何故、彼女が魔族の種族を知っているのかは分からなかったが、彼女から教えてもらった情報と魔法で得た情報が一致する事を考えると、如何やら魔族が今回関わっているのだと知る事が出来た。


 魔族との遭遇は初めてのレオンハルト。レーアも初めてなのだが、基本的に魔族と遭遇する可能性は割と低い。場所によっては遭遇率が急激に高くなるところもあるが、このアルデレール王国では、平民の殆どは一生のうちで魔族と遭遇する事は限りなく少ない。


 魔族は、種族によっても異なるが、殆どの種族は戦闘に長けており、また身体能力、魔力、膨大な魔力量、物理魔法耐性もある極めて厄介な相手である。下級の魔族でもそこそこの腕に自信がある冒険者や兵士が数人で挑まなければ勝てないともいわれる程、人との力の差があるのだ。


 鬼人と言われる魔族が三体確認できた所で、彼女に此処で待つよう指示を出す。防御魔法を彼女にかけて、移動を開始する。


 彼女ともそこそこ距離を取れたところで、素早く弓を構え鬼人に向かって矢を放つ。










 実験を行う鬼人たち。


 羊皮紙に今行っている実験の成果を事細かに記載する鬼人族の一人。他の二人も同じように実験対象とそれと戦闘する人間を同じように観察していた。


 実験の素体となっているのは、何処からか捕まえてきた生きた人間に開発した謎の物体を飲ませて試した所、いい感じに仕上がったので、その力がどの程度なのか人間を使って虐殺行為を行わせる事になった。


 謎の物体が何なのかは、魔族の研究者に聞いてほしいところだが、要は人間に飲ませて変異させ、生きる物を襲う殺戮者を作り上げている。


 変異させられた人間は、その変異直後に人間としての生命を終え、その肉体を物体が支配するのだ。


 その頃、丁度実験の餌食となっている冒険者が、逃げ出す算段を始め、何人かを残して人間の街に逃げ込もうとしていたので、魔法で退路を塞いだ。急に現れた炎に慌てふためく姿を見て、仲間の一人がとてもいい表情になっている。


「実験体十四番のスクリームは、あまり動きが早くないな?素体となった人間の性能が関連するのか分からんが、記録に残しておけ」


 鬼人の一人が記録している鬼人に命令を出す。


 スクリームと言うのは、あの人型をした何かの名称で、飲まされた人間がもだえ苦しみ叫ぶ為、スクリーム(叫ぶ)と名付けられた。


「二十二番は、中々いい動きだが、反面攻撃が単調だ。調整するように伝えろ。それからッ!!」


 命令を出していた鬼人が咄嗟に何かを感じ取ったように仲間を蹴飛ばしたりして、その何かを避ける。


 記録していた鬼人は、何事かと今まで自分が居た場所を見ると、そこには一本の矢が刺さっていた。何かとは飛んできた矢の事だったのだろう。


 感知されないように隠蔽魔法を張っていたのだが、どうやってか見破られ、その見破った人物を探し始める。










「っち、見破られたか。中々良い感しているな」


 レオンハルトは、一射目の矢が外れた事に少しばかり感心する。だが、既に次の攻撃も行っていた。弓による攻撃は割と居場所を特定されやすい。なので、矢の軌道を変える技術を持って、一射後に続けざまに軌道を変化させた矢を軽くニ十本近く放っている。


 最初の矢から場所を特定しようとした鬼人だったが、四方八方から襲う矢を見て敵が複数いると考え、全方位の警戒を始める。


 まあ、普通に考えて複数いると思うのは当然だろう。魔法で強引に軌道を変えていた場合は、その痕跡をたどりやすいが、これはあくまで技術的に軌道を変えている。


 シャルロットも使いこなしている技術だ。それ程難しくはない。


 矢羽を風魔法で切ったりして、一瞬で調整する。あとは角度を目標に当たるように付ければ良いだけの事。どこの矢羽にどれだけ切ればよいのか、どう切ればよいのかを熟知すればさして難しい問題ではないのだ。


「さて、向こうも何とかしなくてはな。・・・・これで良いか」


 脚の部分に仕込んで置いた矢束の入った小さな長方形の箱を取り出す。箱自体、前世の煙草の箱を一回り大きくした程度しかないその大きさで中には、矢がニ十本敷き詰められている。


 イメージとしては、そのまま煙草の箱に煙草がニ十本入っている様な感じだろう。その箱の蓋を取り、魔力をほんの僅か流せば、煙草ほどしかない矢が、普段の矢の長さに切り替わる仕組みだ。


 俺は、仕込み矢と呼んでいる代物で、別に難しい仕掛けをしているわけではない。木で作っている矢と違い、この仕込み矢は金属で作られている。しかもかなり薄い設計で矢の中は空洞になっている。


 そこに少量の魔力で矢の中の空気の気圧を変化させただけだ。因みに伸び縮みする仕掛けは、前世の釣り竿のような仕組みだと思ってもらったらよいだろう。


 箱ごと弓で射抜く事で一度にニ十本もの矢を放つ事が出来る。まあ精密に的を狙うのが難しくはあるが、刺さる場所が何処でも良ければ、非常に使いやすいとも言える。


 それを合計で三射上空へ向けて射抜き空中には六十本もの矢が空へ上っていく。上へ行くものは次第に重力に引き寄せられ落ちてくる。その落下地点に人型の何かが居る様に射抜く事で、その場所には矢の雨が降り注いだ。


 五体いたそれらをすべて地面に縫い付ける様に倒す。肩やら脚やら腹部と言った箇所に当たっているため、五体とも死んではいない。


「見つけたッ!!」


 上空へ射抜いた事でその場所を特定されてしまう。そこへ鬼人が攻撃を仕掛けてきた。


(二体しか襲ってこない!?もう一体は何処へ?)


 目の前に現れた鬼人二体を相手しながらすぐさま残りの一体を『周囲探索(エリアサーチ)』で探す。先制攻撃で隠蔽が解けたようで今では普通に『周囲探索(エリアサーチ)』で探知できる。


 残る一体は、人型の何かが居る場所へ向かっていた。


 回収でもする気なのだろうかと気にかけていると、襲ってきた鬼人の一体が強烈な拳を繰り出してくる。咄嗟に身を屈めて躱し、持っていた弓を棒術の要領で反撃する。


「舐めるなーーッ!!」


 鬼人二体の実力はどちらもリーゼロッテ以上あり、一撃でも貰えばかなりのダメージを負うであろう。


 一度距離を取るため敵を背に走り出す。それを追う様に二体の鬼人が一気に間合いを詰めた。


 反応速度は鬼人の方が早いようで、一気に距離を縮められ二体ともほぼ同時に拳を突き出した。


 当たるかと言う瞬間にレオンハルトは、足の裏からまるで風を巻き起こしたかのようにその場で後方宙返りをし、二体の鬼人の上空へ移動。そして、空中と言う不安定な姿勢から弓を構え、二本の矢を同時に射抜く。


 飛び込む様に拳を突き出した二体の鬼人は、レオンハルトが消えた事に反応できず、後方からの攻撃を許してしまう。だが、鬼人の一体、記録者に命令していた方は、戦いの経験が豊富なのか、後方から飛んでくる矢を危険察知だけで捉え、認識する前に身体を回転させ、飛来する矢を寸前で叩き落とす。


 だが、もう一体は背中に刺さり、そのまま倒れ込む様に地面を転がる。


 叩き落とした方も地面を転がるが直ぐに体制を立て直す。すると目の前に矢が飛来してきており、慌てて掴もうとするが、今度は間に合わず右目に突き刺さってしまう。


「っぐあああああ」


 悲痛な声を上げる鬼人。右目から後頭部まで射抜けず、目をつぶすだけで終わる。威力が足らなかったとかではなく、単純に矢を掴まれて右目より奥への進行が出来なかったのだ。


 ずば抜けた反射神経にレオンハルトも冷汗を流す。彼自身は二本同時に放った後の追撃の一本で確実に一体屠ったと思っていたのだ。


 どちらも健在の状況で、再び激しい攻防戦が始まる。だが、敢えて言うならば、レオンハルトは未だに主の武器刀を取り出してはいない。別に弓に拘っているとか、刀を使わない様にしているとかではない。ただ、刀を使わなくても対応できるかどうか試している部分が大きい。


 まあ結論から言えば似た様なものかもしれないが。


 体術と弓術、棒術で二体の鬼人と激しい戦闘を繰り広げていると、もう一体が向かった方から断末魔が聞こえ始めた。


 まだ辛うじて生き残っていた生存者を抹殺しているのだろう。急いで向かいたいところだが、此方もそこまで余裕があるわけではない。


 ものの数分で、断末魔も聞こえなくなってしまう。そして今度は別の・・・それも先程とは違う悲鳴のような声が聞こえる。


 『周囲探索(エリアサーチ)』で確認したところ、あの人型の何かを今度は手にかけているようだった。


「向こうも人間とスクリームの始末を終えたようだな」


 人型の何かは如何やらスクリームと言う個体名だと知る事が出来たが、魔族が何か企んでいる貴重な証拠を失うのは不味いと判断したレオンハルトは、『身体強化(フィジカルアップ)』の精度を高め、二体の鬼人を蹴り飛ばすと証拠を抹消しようとするもう一体の鬼人へと一足飛びに移動した。


「これで、最後だなッ!!」


 鬼人が最後の一体のスクリームを殺すと手に持つ双剣にこびり付いた人間の赤色の血とスクリームの青色の血を拭い綺麗にした。


「全く、こいつらの生命力は異常だな」


 ぼやく様にその死体を見つめる。スクリームの死体はすべて首を斬り落とし、それに加えて心臓部分を抉る様な一刺しした痕跡が残っている。


「さて、向こうは片付いたか・・・ッ!!ちッ」


 木々を縫う様に移動してきたレオンハルトが、軽く油断していた鬼人目掛けて、三連続で矢を射抜き、更に避ける事まで計算していたのか、そのまま体術による蹴りを入れる。


 飛来する三本の矢を躱し、それでいてレオンハルトの蹴りも躱し切った。


(やはり、向こうの二体同様に反射神経は伊達ではないな)


「何でこいつが此処にいる?ガハシャとベラベスティは()られでもしたか?」


 鬼人にも個人名の様なものがあるようだ。まあどちらがどちらか見当はつかないが。そんな事をしていると後を追う様に二体も姿を現す。


「はあん?先にボーボルディ、貴様を殺すぞっ?」


 片目を失った鬼人が怒りながら再登場する。


「なんだ?ガハシャ片目失って何言ってやがるんだ?いつも威張ってるからそんな事になんだよ」


 なるほど、皆殺しをしたのがボーボルディと言う名の鬼人で、二体に命令をしていた片目の鬼人がガハシャ、記録を行っていた三体の中で一番戦闘力が低いのがベラベスティか。まあ名前が分かってもレオンハルトにとってはあまり意味がない事だ。


 ただ、一番弱いと言っても普通に人間よりは強い。これが魔族なのかと思うと人間が滅んでいない事に若干不思議に思えてきた。こいつらが魔族でも強さがどの程度の位置にいるか分からないが。


「釈然としないが、全員でかかってさっさと帰るぞ。こいつは良い実験になるかもしれないしな」


 三体の鬼人が一気にその力を見せ付け始めた。


 そこから先程よりも一段と激しい戦闘が繰り広げられる。何よりもボーボルディと言う鬼人は他の二体と違って双剣を使って攻撃をしてくる。流石に体術などの応戦では厳しくなり始めた。


(仕方ない攻撃魔法も加えて倒すっ!!)


 アクロバティックな動きで鬼人の攻撃を掻い潜るとそのまま強烈な後ろ蹴りをガハシャにお見舞いする。ガハシャは、防御しきれず後方へ吹き飛ばされるが、大したダメージは負っていない。追撃をさせない様にベラベスティが間に入り込んできたが、レオンハルトは初めからこいつに的を絞っている。そのまま体術で足払いをして転倒させると矢を取り出し、それを逆手に持つと転倒したベラベスティの頭部目掛けて振り下ろす。


 ベラベスティもその攻撃を必死で受け止めるが、次の瞬間ベラベスティの腹部から岩の槍が突き破る。


 土属性魔法『石柱(ストーンジャベリン)』を無詠唱で発動させた。


 その様子を見たガハシャとボーボルディは怒りの表情を示すが、レオンハルトは既に二つ目の攻撃を仕掛けていた。ボーボルディの死角、『石柱(ストーンジャベリン)』の陰から上空に向かって一本の矢を放っていた。


 岩の槍から姿を現したレオンハルトは、数発の矢を放つが、それは所詮陽動に過ぎない。上空へ打ち上げた矢が地面に向かって振って来るタイミングを見計らい。明後日な方向へ二本の矢を放つ。


 馬鹿にしているのかと叫んだその瞬間に、ボーボルディの脳天に矢が命中。追撃をするように左右に射抜いた矢が軌道を変えて、それぞれ後方から心臓を側面から首を射抜く。


 三本の矢が致命傷となってボーボルディはその場で倒れ、息絶えた。


「き・・・貴様――――ッ!!」


 最後に残ったガハシャは、同胞が殺された事で我を失い。まるで猪の様に突っ込んでくるが、レオンハルトからすれば既に詰んでいる。


 レオンハルトは突進してくるガハシャの左側、ガハシャからすれば右側へ一気に間合いを詰めた。右目を失っているため、右への視野が無くなっている。だがそれは、ガハシャも分かっている事。すぐさま右側へ意識を向けるが、レオンハルトは『短距離転移(ショートテレポート)』で左側へ瞬時に移動。そのまま剣を抜き背後から胸を突き刺した。


「ガッ・・・グハッ・・・・き、さ・・・ま」


 最後に何か一言いうつもりだったのだろうが、結局最後まで言えず力尽きた。


 レオンハルトはそのまま、鬼人、スクリーム、冒険者の死体等を回収しレーアが身を潜めている場所へ移動した。


「――――っ!!きゃああああ」


 突然現れた事で彼女は魔族かスクリームが現れたと勘違いし、パニック状態になる。


「俺だ。レオンハルトだ」


 それを聞いたレーアは、大粒の涙を流し抱き着いてくる。彼女はきっと一人魔族に何時襲われるか不安でいっぱいだったに違いない。ましてや彼女は、ワイバーンに襲われ連れ去られたと言う記憶もあるのだ。恐怖に陥るのが当然だろう。


 こればかりはレオンハルトも配慮が足りなかったなと後悔する。


 そして、魔族を一人で倒したと伝えるのは流石にまずいと判断し、魔族は例の何かとともに北へ去ったと伝えた。


 怯える彼女を背負い。川岸まで移動すると再び舟を出して、朝とは違いそこそこの速度で移動を開始した。


 夕方になる少し前ぐらいにセーモの街が見え始め、正門と思われる場所の近くで、数十人の兵士の様な人物たちが集まっているのが確認できた。


 それを見たレーアは、暗い表情から一遍。王国の騎士の方々だと説明してくれる。


 レーアの捜索の為に既に隊を整え終える所の様で、数人が既に馬に乗って何か話をしていた。


(まだ、此方に気が付いていない様子だな)


「レーア。このあたりで舟から降りよう。これ以上進んでも降りられそうな場所があるとは限らないし」


 レーアも了承してくれたので、そのまま川岸に寄せて船を降りる。彼女に先に行くように伝え、自分はその間に舟を片付けると説明する。


 この位置からだと兵士の隊はギリギリ見えない。レーアは、そのまま兵士の元へ向かって走り始めた。


「さて、余り深入りするのは不味いな。今日中にイリードへ帰らないといけないし」


 そして、レオンハルトは舟をしまうと、そのまま『転移(テレポート)』でその場を後にした。何も知らないレーアは、振り返りもせず騎士団の元へ転びそうになりながらも走った。


「サラーーーサラーーーー」


 遠くから聞こえる声を兵士が聞き取り、指揮を取る女騎士へ伝わる。自分の名前を呼んでいるとの事で、其方へ目を向けるとそこには、これから捜索に行こうとしていた人物が此方に向かって走って来ていた。


「姫様ッ!!」


 サラは馬を駆けらせ急ぎ、レーアの元へ向かう。到着するや否や、無事に生還したレーアを強く抱きしめる。


「サラ、苦しい」


 喜びのあまり強く抱きしめていた事に気が付いたサラは、すぐさまレーアから離れ、片膝をついて謝罪した。一刻の騎士が国の姫に対してあるまじき対応をしたと。


 だが、レーアは全く気にそぶりを見せず、今度はレーアからサラを抱きしめる。


「姫様、よく無事にお戻りになりました。一体どうやって此処まで来られたのですか?」


 暫くするとレーアは落ち着きを取り戻し、そのタイミングにサラは、連れ去られてからの経緯を尋ねる。本当なら何処かゆっくりできる場所で訪ねる事なのだろうが、そうも言っていられない。


 あのような状況下でレーアが一人無事にこのセーモの街まで帰還できるとは到底思えなかったからだ。


「その事でしたら、私を助けて下さった方が居ますの。ご紹介しますわ。彼が・・・・あれ?いないですわね?」


 振り返りレオンハルトの事を紹介しようとしたが、そこには誰もおらず、何故いないのか不思議そうな表情をする。


「もしかしたら、あの川岸で待たれているのかもしれません」


 それを聞き、サラは速やかに他の兵士に川岸へ迎えに行くように指示を出す。そして、三人の兵士が川岸まで行くが、そこには誰もおらず、その事をレーアとサラに伝える。


「え?・・・いない?そんなはずは」


「姫様、姫様を助けてくれた方はどの様な方なのですか?」


 サラは、詳しく聞こうとするが、レーアは命の恩人が何も言わずに居なくなってしまった事に驚きを隠せないでいた。何せお礼の言葉すら彼に言っていないのだ。一方的に迷惑をかけただけでなく、怪我の治療や食生活、此処までの移動と護衛。この三日間で数えきれないほどの恩を彼に作ってしまったのだ。


 実際、無事に帰れたら、父親である現国王陛下にお願いして、それなりの対応と報酬をお願いするつもりでいたのだ。


 何も言わないレーアを気遣い。セーモにある領主の屋敷の一部屋を借りて休ませる事にした。


 給仕が温かい飲み物を持ってきてそれを一口飲むと涙が溢れてきた。


「何も・・・あのお方に、何も・・・何もお礼が出来ません、でした」


 サラは、それからレーアが語る話を真剣に聞いた。


 大怪我をした状態で川から流れてきた姫を助け、未知の治療を用いて手当てを行い。それから、衣服や食事など手厚くおもてなしをしてくれたのだと。


 年齢は、姫と同じぐらいか少し上で、一人旅をしているとの事。多種多様の魔道具も所持しているとかで、その他に治療の技術、サバイバルの技術、魔法もそこそこ仕え、弓を主に戦闘を行っているとの事だ。移動は舟で、しかも自分で漕がなくても良い未知の魔道具で動かしているらしい。


 更に気になるのが、二刻程前に謎の魔物の様なものと魔族を目撃したとの事。彼は様子を見に一人で行動していた様で、戻ってきた時には魔族は去ったと言っていたが、姫様はその少年が撃退か追い払ったか倒したのだと思っているようだ。


 姫様の話を要約すれば、そんな人物が果たしているのだろうかと疑いたくなるが、生憎(あいにく)否定も出来ないのが事実だ。


 何せ、姫様が着ている服は、連れ去られた時のドレスではなく、一般的な服だ。しかも生地から考えるとそこそこ値の張る代物だろう。それに他に着けている防具や武器も一流とまでは言わないが、そこらで売っている様なものではなかった。


 兎に角、姫が言う弓使いのレオンハルトと言う人物を出来るだけ捜索し、姫を無事に送ってくれたことに対してのお礼をしなければならないと考えている。


 だが、捜索した結果、彼と遭遇する事が出来ず、また彼女たちが彼と遭遇するのはもう少し先のお話になるであった。


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